1. 俺思 | 週刊漫画家と装丁デザイナーのPodcast
  2. 創15号 映画「ひゃくえむ。」..
2025-10-12 57:51

創15号 映画「ひゃくえむ。」感想回/相対評価と絶対評価

spotify youtube

※この回は映画「ひゃくえむ。」のネタバレが大いにあります。


まじで映画館出て30分以内に撮ったぜぇ…。

音質良くないけど観たてほやほやの感想を聴いてくれよな。


▼トーク内容▼

ひゃくえむ。みた/難解/達してしまった人の孤独の話/トガシが途中で人になる/走り方変わったね/最後の表情/モーションキャプチャー/絶対評価か相対評価の話/なんのために走ってんの論/揺れたことある人にしか刺さらなくね?/みんなどんな感想持ってんの?/現実逃避と直視/魚登作品の語りたくなる性/思想がキャラになってる/藤本タツキと魚登/チェンソーマンは令和版ドラゴンボール/藤本タツキキャラは相対的/魚登作品のテーマは絶対的/自分たちはどっちの作家か/ポッドキャストスターアワード/天然コケッコー/オフビート/あんぼ平成作品好きすぎ/令和作品は絶対的/みんなの絶対的な価値を知りたい


『ビリオン ブレイク』第1巻

→https://cycomi.com/book/20605


【お便り📮】https://onl.la/R6BtCwu

【X】https://twitter.com/oreha_omowanai

【Instagram】https://x.gd/Kt5LB

【note】https://note.com/oreha_omowanai

【根本】https://twitter.com/mone_blossom

【あんぼ】https://twitter.com/ambo__atsushi


#漫画家 #デザイナー #ビデオポッドキャスト #ポッドキャスト #デザイン #俺思






サマリー

映画「ひゃくえむ。」では、相対評価と絶対評価の視点から登場人物の成長や孤独感が描かれています。特に、トガシ君の走り方の変化が内面的な変化を引き起こすことに焦点を当てています。ポッドキャストでは、映画「ひゃくえむ。」に対する感想が述べられ、現実との向き合い方や相対評価と絶対評価の議論が展開されます。作品のテーマとして、現実逃避の重要性や世代間の価値観の違いが浮き彫りにされています。映画に関する感想を通じて、相対評価と絶対評価の違いが語られ、競争や比較を重視する文化についても考察が行われます。ポッドキャストでは、映画「ひゃくえむ。」の感想や評価の方法について議論され、特に相対評価と絶対評価の違いや青春のリアルな描写について語り合われます。会話の中では、映画「天然コケッコウ」も取り上げられ、平成感についての考察が展開されます。ポッドキャストでは、映画「ひゃくえむ。」の感想を共有し、相対評価と絶対評価の違いについて考察しています。

映画「ひゃくえむ。」の感想
いやいや、取り急ぎ取り急ぎ。 今、緊急でね、動画回してるんだけど。
すげー嫌だわ。一番嫌いな範囲。
こんなポッドキャスターは嫌だ。 一番嫌いな範囲だよ。
緊急で動画回してるんだけどさ。 見てきたよ。
はーい。
ひゃくえむ。
見てきました、映画。映画ひゃくえむ。
そう。どうだった?もう率直に。
え、俺はすごい面白かったよ。
面白かった?
うん。
ね。何回じゃなかった?
もうずっと俺出た後から言ってたじゃん。
だから、もう誰に言われて気づいたけど、
確かに何回だろう。
何回だよね、結構。やってること。
いや、俺もめっちゃ刺さったんだよ。
でも、そう。何回だからこそやっぱりちゃんと、
すげー真食ってること言ってるから、やっぱすごい。
あの魚と虫がね。
そうだねー。
ほんとに。
そのね、まあこれから見る人もいるだろうから、あれだけど、
現実逃避についての会話のむずさは。
あれはむずいだろ。
いや、むずいけど、でもすげーこと言ってるわってなったね。
あと、ザイツさんのスピーチとかな、あの、高校でのさ。
もうみんなポカーンみたいな。
完璧にするというか。
我々は生物です。
いつか死ぬ。
細胞単位でとかね。
それが理由ですみたいな。
孤独と成長のテーマ
確かになんか、なんだろう。
俺らあれを見たとして、
その言葉の意味みたいなとか、
その内容の面白さみたいになるけど、
もっと大分けで見たらさ、
もうなんか異端人みたいな、
っていう捉え方としての面白さもあるなとは思う。
最初に。
わかるよ。
もう異端、なんかさ、
俺は結構孤独の話だと思ってて、
もうもはや。
なんか、やればやるほど孤独じゃないですか。
あの競技、登り詰めれば。
で、最初のトガシズってちょっと孤独だったじゃん。
なんか冷めてるみたいな。
わかるよ。
ちょっとこう、沢山してる感じというかね。
で、達してる人って孤独に書かれてるなって思ってて、
やっぱ、100Mって。
ザイツとか、途中からのコミヤとか、
あとカイドウとか、
達してる人って孤独なんだよ。
でも、主人公のトガシ君は、
社会人になってからちょっと愛想笑い増えんだよね。
高校生のところで、孤独じゃなくなるんだよね。
そうだね。
主人公になっていくんだよね。
なんかね、人になるんだよ。
トガシが。
人の心がね、
なんだろうな、付き合い良くなるんだよね。
愛想笑い増えんだよ、要するに。
その話をしてて。
で、高校の最後でさ、コミヤに負けちゃうじゃん。
で、そこでコミヤにさ、
走り方変わったねって言われるじゃん。
お前、生き方変わったねって話なんだよねっていうさ、
こととかさ。
ぶっ刺さり。
いや、わかるよ。
走り方変わったねえわい。
それこそ本当に。
そういうことじゃん。
結構前に、
俺の尖りなくなった話も、
中学、大学の時と、
今でのコミュニケーションの取り方が違うとかは、
もうまさに、
人になったね、お前っていう。
そういう感じはめっちゃある。
そうなんだよなあ。
あれは、そういう話をしてて、
でもそれって、
難解じゃねえみたいな。
あの、走り方変わったねえわ、雨のさ。
確かにな。
確かにな。
どこまでも普通に、
なんかそのマスが読み解けんの?みたいなのは。
その走り方変わったねえの意図かと。
そう。
お前人になっちゃったねってことなんだけど、あれ。
どうなんだろう。
孤独じゃないじゃん、お前みたいな。
まあ確かになあ。
いや、だから、
まあ確かあそこは劇的には描かれてきてたけど、
そんなにさ、
MAXじゃないじゃん、結局。
その物語、映画全編通して。
映画全編通しての、
その一番いいところは、
やっぱちゃんと分かりやすい標準になった感じもするけど、
まあ最後ね、そうだね。
最後、全員で向かう盛り上がり、
で、それぞれの一応こう、目的、意識が。
そうだね。
5人。
新人の子、
カイドウの下国女王、
復活したトガシ、
コミヤ、
ザイツ、王者ザイツみたいな、
分かりやすさは、
まあもう単純にあって、
っていうのは分かる気がするけどね。
で最後、
まあああいう終わり方するのも、
まあでもあそこまでだったら分かんじゃねえと思う。
そうだね。
最後の表情の意図とか分かる?
そう。
さすがに。
いやでもだって、泣き笑いしてたら分かる。
泣き笑いしてたら、そっか。
あれ原作だと、走るのが好きだで終わるんだよ。
原作だとね。
ちゃんと言葉にされてんの、ウォート先生の。
それは、ちゃんと前振りがあって、
一貫の一番最初に、
俺はトガシ、走るのが速い、みたいな、
モノローグへの対比として書いてあんだけど、
その辺一切なく、表情と、
音楽だけで行くから。
まあでも音楽があるのはでかいよね。
でかいね。
あと音ね、ずっと。
走る音とね、
アスファルト蹴る音ね。
そうね。
相対評価と絶対評価
いやだからやっぱ、
結局そう映像化するってなるとさ、
他の付加価値というか、
要素増えるじゃん。
っていうとこでの、
映像化した時の面白さはやっぱ存分にあったな。
確かに。
モーションキャプチャーとかね。
確かに。
本当に、あのモーションキャプチャーすごいよね。
すごい。
どういうあれかわかんないけどさ、
最後エンドロールでさ、
キャス…
いかない。
役がちゃんといるからね。
誰の時のモーションキャプチャーはこの人ですよ、みたいな。
いやあそこの、
やっぱなんだろう、
それぞれみんなスタート出して、
クラウチングスタートする時のあのカチャカチャやる、
動きの差とか、
あそこに指導が多分入ってるわけじゃん。
入ってる入ってる。
それってなんか今までそういう感じではなかっただろうなっていう。
今風だよね、撮り方としては。
分かりやすい差だと思う、例えば。
それかもうあのカチャカチャするとこは別に飛ばしてもさ、
このセットするところで、
なんかルーティーンある人とない人みたいな、
差の描き方だったらわかるけど、
あんだけ細かくやられたら、
さすがにキャラの差出てくるよなっていう。
いやあでもあそこに説得力を持たせるから、
今のアニメなんだなって思った。
ああ、なるほどね。
本当に。
いいじゃん。
いい。
よかった、俺は。
しかもあのさ、雨のシーンのさ、
最後のインターハイ、雨の結晶ね、
あれ、1分以上ワンカットだったから。
もうちゃんと注目してたんだけど、
ずっとこういってこういってこうなめるようにやって、
で、こう後ろに回って、
おお、切ってないんだよね、映像。
あれはもうぶっつけ本番で撮ってるなっていうの分かって、
あれは相当主導入ってるよね、雨の中か知らんけど。
なかなか、すごい緊張感だよね。
緊張感だからやっぱ伝わる感じが、
結構生身感が。
だからそれがあったんだよな。
あとカッパ着てる審判だかなんだかよく分かんない人たちも、
こう写してくじゃん。
全部でこう写すじゃん、回るように。
あれの臨場感みたいなのは、
なんかアニメならではだなと思いつつ。
いいね、良かったね。
確かに。
スポ根幹は映像としては良かったけど、
確かに内容のムズさは、
言われたら確かにそうかもとは思う。
俺100Mって結局、僕の解釈は、
ちょっとね、主観と客観じゃなくて、
絶対評価か相対評価かの話なんだよ。
あれってずっとその話してて、
100Mで1位になるって、
旗から見た相対評価なんだよね。
誰よりも早いとか、
あいつよりも俺が早いって話を序盤してるんだよ、選手たちは。
でも達してしまった人たちって、
絶対評価の話しかしてないんだよね、実は。
ザイツだったり、
あの人もそうだよね。
辞めちゃった。
個心悪いやつな。
何のためにお前走ってんだっていう、
お前は絶対的なるもの持ってんのかっていう話しかしてなくて、
周りの評価じゃなくて、誰と比べて自分が早いとかじゃなくて、
自分が走る意義はどこにあるんだの話をしてて、
うごと先生って、
実際全部それだよな、みたいな。
地もそうだし、
地もだって、命を投げ撃ってまで、
たすきを繋げるほどの価値が、
自分にあるかどうかっていう話でしかなくて。
自分の生き方みたいな。
誇り持てるかどうか話でした。
でも、基本的に周りの奴らは相対評価の話をしてくるから、
それで悩むんだよね、トガシとかも。
今年で契約打ち切られちゃいますよとか、
もうトガシはオチ目だよねとか、周りの人は言うんだよっていう。
でも、じゃあなんで走るのっていうのが、
最後のラスト10秒の表情に出てるんだよねっていうのが、
100Mの全てだと思ってるんですけど。
その絶対評価の、
相対評価って分かりやすいやん。
順位だし。
絶対評価を原価するってのはやっぱりむずいね。
それをやっちゃったから。
それを理解するっていうのは確かにハードルがある。
絶対評価ってみんなないじゃん。
絶対評価を持って生きてる人なんて、
それこそがああいうアスリートだったり、
歴史を変えるような人たちにあるものだけど、
それを確かに分かりやすくしたっていうのは異業ではある。
俺ら難解だなと思ってるのは、
それが言葉には出されてなかったこと。
映画の中で。
全部映像と表現だけで読み取ってくださいっていうことと、
あと、結局それが刺さるのって、
何か一つのことをやり続けて、
絶対評価と相対評価の中で揺れ続けた人しか分からないかなって思ったんだよね。
100Mは。
通じないかもみたいな。
そこに極上の10秒があるんだよっていう。
なんか俺が前言ったさ、走り続けることが意味あるんだよ本当はみたいな話にも繋がるんだけど。
映画見に行く、100M見に行く人ってさ、
みんな同じ目的で行ってないというかさ、
興味とかところって、
絶対評価が分かる人というか、
そこに共感を得て、
大きさを感じれる人と、
地の人だ。
マスはそっちで行くよね。
物語も面白いし普通に。
というところで行く。
だから結局両方取ってたら、
まあいいよなって。
ということで、
つまりそれが売れることだなって感じがする。
絶対評価だけというか、
難解な部分だけを売りにして、
売れてる人って存在しないでしょ。
文学性の部分だけで売れてないから。
そんな人はこの世にいないじゃん。
音楽だって多分そうじゃん。
俺らが普段普通に聴いてる音楽でさ、
例えば元音楽家の人とかさ、
アーティスト同士で聴いたら、
ここがスゲェんだよがあって、
ここにこの意志が、意図があるっていうのは、
深さ違うでしょ、多分理解度。
でも俺らはなんか、
こういう時にこれ聴くのがいいんだよな、
大衆なわけで。
それがつまり売れることだよなって思う。
そっちまでじゃあ届いてるんだ。
劇場出る時面白かったって言ってる女子とかいたしな。
だからそれがもう正解、答えというか。
ちょっと僕は感想を出したので、
フィルマークスの感想を読みます。
出た?いつ?いつ言ったの?
出してないよ、僕は。
他の人のね。
見ます。
どういうムードなんだろう。
でも4.2ってすごい高いよ、フィルマーク。
すごい高いよね。
他の人はどういう感想を持ってるのか。
気になる。
長っ。
良かった。とてつもなく良かった。
冷めてると思った言葉が最後にすこぶる光を放つんだ、すごい。
長い人だね。
現実逃避の工程がテーマの一つであったと思う。
冒頭から主人公はある種の現実逃避で走り続けていて、
現実との向き合い方
ステージごとにその形は変わっていくものの、
一貫して現実逃避や現実との向き合い方については書かれていた。
現実との向き合い方そうだね。
なんかテーマだったね、確かに。
面白かったね、現実逃避のそれこそ階層があったよな。
理解力の階層があったよね。
絶対あるね。
俺はそれを完全に相対と絶対の話だなって捉えたんだけど。
で、上がった人たちは孤独になっていくしかないんだみたいな。
岡本太郎がすごい似たことを言ってるんだよね。
岡本太郎わかる?
芸術は岡本太郎?
自分の中に毒を持てっていう本があるんだけど、
すっげえ似たようなことを言ってる。
めちゃくちゃそれかもと思ってる。
その話かもしれない。
自分がどう生きるか的な話をしてる。
孤独を恐れるなっていう話なんだよね、ずっと。
カイドウが言ってた、
現実を見なきゃ現実逃避できないよって。
その通りすぎる。
その通りすぎるけど、確かにそれってどう伝わるの?
どう伝わるんだよね、本当だよね。
現実をわかんないと現実逃避できないよって。
すげえって思ったけど。
よくわかんない言葉だよな。
ちゃんと自分の目で直視しないといけないっていう
やり方はしたんだけどさ、どうなの?
現実の捉え方ってやっぱさ、難しいよな。
どうしたって曲解するもんね、現実なんて。
見たくないし。見たくないよ。
どれだけ現実怖いかみたいな、
自分が持ってる、例えば希望とか目標とかに対しての
現実があるわけで、
その現実をちゃんと捉えるってすげえむずいことだよな。
それを理解してないと現実逃避なんてできないよなっていう話だけど。
通じるのか?
そもそも普通に生きてる方がいいかどうかしいけど、
別に現実を知らなくても生きていけるから。
人は。
もちろん。
こういうのが、なんだろう、
わからないけど、
現実、本当の現実というか、
向き合うべき現実がある人にとっての現実を
知らないまま死んでいく人の方が絶対多いだろうと思う。
いやでも本当に向き合ってない人多いからな。
向き合う必要がないんだな、そもそも。
映画の表現と評価
別に自分、そういうことだから絶対評価のクリエイティブなんて
やんなくていいわけだし。
別にそこに価値は見出さないからいいんだから。
本当は何秒であっても走るのが好きだったらそれでいいんだよって話なんだけど、あれ。
何秒だろうとね。
でもそのためにはみたいなさ。
その、あの言葉では確かに。
現実逃避は確かに。
いやあれ本当に足した人の話だよな。
あれむずいよ、やっぱ。
本当に難解だと思ってて。
現実逃避っていうワードもそうなんだけど、
なんだろうな、確かに現実逃避は。
ワードアウトなんだろうな。
でも今ちょっともうちょっとだけ視点をメタにして、
こうやって語らせることができる作家だよね。
魚人先生って。
あーなるほどね。
語らせちゃうよね。
何について議論し合うっていうね。
議題を持たせる的な。
そっちもそうだったし。
語りたくなる性が強いよね。
本当に。
なんか。
え、でも分かんないけど。
考察とも違うんだよな。
普通にだからさ、結構女の人多かったじゃん。
うん、うん。
何の話すんだろうね。
マジで気になる。
この後、
マジで気になる。
飲みに行くのかするわけじゃん。
何の話すんだろう。
100円目について。
だって別にさ、
推しがどうこうって話の作品じゃないわけでしょ。
キャラ推しとかいう話じゃないから。
分かんないけど、
漫画のスポットコミックさ、
キャラがあって、
おもろかったりするじゃん。
配給しかり、
それが繋がり。
それも目的だったりするけど、
違うじゃん、100円は。
魚人さんのキャラクターって、
思想なんだよね。
思想が歩いてるみたいなキャラなんだよね。
キャラなんだよね、それぞれ。
でなったら、どういう目?
キャラものじゃないよね。
確かに。
好きなシーンはどこだった?
あと映像良かったよねとか、
音良かったよねとか、
その辺のレイヤーの話はするんだろうけど。
いやーそうだね。
もうちょっと深みまで行きたいですね、僕は。
悔しいので。
前回、
前回もらっていたお便りにも、
ちょっとだけ答えようと思っています。
この回はちゃんと撮りたい。
これについてはちゃんと話す、
別の回撮りたいって言ってたやつね。
魚人、
藤本達輝論ですね。
もう一回読みますね。
えーっとね、
たろこさんですね。
先月同時に、
劇場版が公開されたチェンソーマンと100円を見てきて、
どちらも楽しかったと。
で、こちらの2作品について、
とある方がポストを投稿していたと。
一見クレイジーな作品のチェンソーマンレゼ編が、
実は万人受けするエンタメであり、
一見万人受けしそうな陸上青春モノの、
俺この問いが本当かと思うんだけど。
売られてるのはそうだね、パッケージはそうだけど。
陸上青春モノの100円が恐ろしく尖った。
そうだね、何回だもんね。
表現の狂気の映画だというのは、
大変に面白いという内容がバズっており、
こちらの内容を見てなるほどと自分の中で発見があり、
まだ上手く言語化できていないのですが、
この2作品の対比が、
昨今のエンタメ業界を分かりやすく表現しているように感じられました。
もし2人も見ていましたら、感想を聞いてみたい。
僕は昨日見てきたんで、どっちも見ました。
レゼ編ね。
レゼもすごかった。
俺は原作読んだだけかな。
マジモンのエンタメだった。
エンタメは見てない。
アンボがさ、先週かな、
言ってた表現の中にさ。
言ってましたね。
終わった後にね、
誰となんとなく軽く喋った後。
なんだっけ?
ドラゴンボールなんだよ。
そう。
チェンソーマンは令和のドラゴンボールだなって俺は思う。
まさしくそうだったよ。
まさしくだった。
映像を見てて飽きるシーンが一瞬もなかったし。
やっぱね、
デンジって戦闘民族なんだよな、結局。
戦いたいから戦うのが悟空であり、
死にたくないから戦う、死にたくないから食うのがデンジなんだよな。
そういうところで、やっぱドラゴンボールだよなって思う。
そうだね。
ドラゴンボールってさ、一冊読むのって一瞬で読むんだよな。
一瞬だね、アニメもそうだしね。
本当に。
本当にそうだね。
なんか本当にすぐ終わるんだよ、セリフも少ねえし。
わー、わー、しばばばばばば。
だからさ、いつでも読めるし、いつ読んでも同じ感覚になれる。
考えること少ないよね、読んでて。
だから好きなんだけどさ。
チェーンソーマネーズ編も本当にそうだったよ。
そういう感じだよね。
本当にそうだったよ、映画。
設定こそさ、心臓が、描写的な尖りはあるよね。
心臓がエンジンで、ブラーンでチェーンソーがここから出てくるなんて。
バリバリな尖り方してるし、ここからチェーンソーとかはもちろんそうなんだけど。
ジャンプ作品にしてはグロが多いとかね、その辺はね、あるけど。
なんだけど、じゃあわからんけど、当時こうやってここにエネルギーが出て、
はーって、ぎゅーんって地球を越えてみたいな。
そうだね。
尖りじゃない?わかんないけどさ、そんな破壊力ある攻撃できるとか。
っていう、表現の方向性が違うだけで、尖り方は一緒だろうし。
そうだね。
っていうので、チェーンソーマンが王道系とされてるのはそうなのかなって思う。
普通にね、魚人さんが言語と文学の人すぎるかな。
確かに。
これも、昨日今日と両方見て、チェーンソーマン100分で100M90分だったんだよ。
チェーンソーマンの方が早く感じた。見終わった方が。
100M90分はちゃんと90分に感じたのよ。
で、それはやっぱ噛み砕かないといけないことが多すぎる。
魚人さんの噛み砕かないといけない言葉が多すぎるから、90分に感じて。
チェーンソーマンが言ったように、ドラゴンボールなんだよ。一瞬なのよ。
ほんとだからレゼ編って、やっぱりそういうことというか、セル編みたいなことなんだよ。
そう。
そいつとの戦いだけを描く。
それはね、言えてみようです。本当にそうだと思って見てました。
で、僕は、藤本拓樹は僕らより2,3個上だから、ちょうどゆとり世代だと思ってて。
で、魚人さんが僕らより2,3個下なんだよね。
下なんだ。
魚人さんがだいたいZ世代。
で、僕らはゆとりとZの本当に狭間にいる。
最後のゆとりだし、Zの始まりだしみたいな。
最後のゆとりだからね。
オールゆとりだから、俺ら唯一。
そうそう、オールゆとり。
最後のゆとり。
評価賞も一番薄かったからね。
で、僕らは正直どっちにも結構な影響を受けてると思ってて。
この2人の一番世代感で出てるなって思う部分が、やっぱさっき言ったんですけど、
絶対評価と相対評価の描き方なんだよねって思っている。今のところ。
で、チェンソーマンのデンジ、主人公は幸せになりたいんですよ、基本的に。
人並みの幸せを得たいんだよね。
今より良い生活がしたいとかね。
人並みの幸せっていうのは、他の人と比べてるんだよね。
デンジってずっと、実は。
女が来てとかって、他の人が普通に享受してるであろうみたいな幸せが俺にはないみたいな。
でも、実はデンジって相対評価の中で苦しんでる主人公だなって最近思ったんですよ。
100円目見た後。
確かに。
そうそうそうそう。そうなんだよ。
で、ウオウト先生の作品って、ずっと絶対の話をしてるんだよね。
確かに。絶対評価で悩んでるな。
そうそうそうそう。
確かに。
それがユトリとZの一番の違いかなと思ったんだよね、実は。
確かに。
世代間の感情の違い
だってまだ競争あるじゃん。まだ。
それこそね、運動会のと競争。
俺らの時は順位あったけど、今はみんなで同時にゴールしましょうがあったりするしな。
俺らの世代ってまだギリギリSNSがおかしくなかったというか。まだ。
もちろん承認欲とかあったけど。
YouTuberはあれだったけど、みんながみんなみたいな感じじゃなかった?
たぶん藤本達輝も俺らよりちょい上世代だから、そのムードはあって。
なんか苦しいんだけど、なんか苦しいし現実つらい。
全然ぼんやりとした不安がつきまとっているけど、周りみんな普通に見える。
ただ人並みの幸せを得たいっていうムードの中で平成を生きてきて。
藤本さん以下の世代ってたぶん、現実とかどうでもいいけど踊ろうぜみたいな世代に見えるんだよね。
もはや競争とかじゃなくて、そっちのムードみたいな。
どうだろう?
なんかそれを体現したのが、今やっぱり神聖として出てきている漫画界の中心になる藤本さんなんじゃないかっていう説が俺の中でありますね。
確かに絶対評価の描き方というか、どこに着目しているかはそうか。
一番最初のテニスの漫画はあるんだよ、藤本さん。知ってる?
知らん。
タサクっていうマガジンで大賞か何か取ったやつ。
あれもう、なんでテニスやってるのって話なんだけど。俺のすげー好きな話なんだけど。
あれもう絶対評価の話してるんだよね。
確かに、藤本たつけの最初の告白するやつはさ、あれだよね。
自分がどうかはそうだけど、周りがすごい影響あるけど、例えば隕石来ちゃうとか怪獣来るだけ。
どんな状況でも、自分は今なんだみたいになって。確かに絶対的に見えるけど相対的な感じがある。
ルックバックも相対的なんだよ。自分に比べてあいつの方が絵が上手いから始まるじゃん。
なんで自分よりあいつの方が絵が上手いんだ、をずっと追っかけるみたいな感じ。
藤本たつきは本当に平成を喰らい続けた人。だからあの作品が出てくるんだよね。
それって平成喰らい続けた人が分かる感情だから。
相対評価の影響
なんで自分よりあいつ絵上手いんだ、悔しい、こんなはずじゃなかった。
でもSNSが発展すればするほど、フォロワー数とか、いいね数、閲覧数、これ相対なわけじゃん。
相対で生きてるじゃない。
その相対に飽き飽きして上がっちゃった人が魚人さんなんじゃないかっていう説。
相対とかじゃなくね?みたいなムードを作っちゃった魚人さんに感化されてる人が、
その真相真理で今の本質ここにあるんじゃね?って思って今跳ねてるんじゃないかっていう。
今の方が相対化すごいよ。何でも数字出るし。
だからこそってことね。
だって喰らい続けたらどうでもよくね?ってなるじゃん。
自分が好きでやってたらもうよくね?みたいな世界観になりそうっていうのを体現した。
絶対評価の体現者なんじゃないかっていうのが、うごと先生の答え。
その差ってことね。
そうです。どうですか?
そうかも。
そうかも。
おもろい。
でも確かに絶対評価と相対評価の差はめっちゃあるよね。
めっちゃあるよね。
めっちゃあると思う。
俺も相対評価の人間なんだよ。
どっちなんだろう?
俺は競争を描いているから、基本的にはね。
そうだね。
だって結構それで生きてきてるもんな、お前は。
そう。俺も平成をずっと食らってんの。
テニスもそうだし、学生も。割と新学校ね。
そうそう。
勉強も順位だろうし。
誰より点数がいいとか、誰よりいい学校に行ってるとか、誰よりも受験でいいとこ行ったとかいう話をめっちゃ受けてんの、俺は。
俺もそっちの人間なの。
なるほどね。
藤本辰樹先生よりなの、俺も。
確かに。
うごと先生には絶対なれないんだよな、今からみたいな。
感覚がね。
うん。
ところまで思いました。
という。
確かに。
確かに。反論がない。まあいいですけど。
それどっちだろう?
競争と自己認識
安保。安保は絶対派か相対派かっていう、クリエイターとして。
いや、うわー。
ね。
でもさ、俺は小中高、割とおもろいとかのところで、なんだろう、おもろくありたいとか、他の人より点数高く取りたいなって思ったことないけど、こいつよりは俺自分らがおもろいだろうと思ってるっていう生き方してたから、それって別に点数できないじゃん。
確かに。
でも、まあ比べているから相対的ではある。
まあまあ比べたら相対的だけど、でも自分がそれもう絶対的なものであると信じてたら絶対だよね、それが。
どうなんだろう、それがだからどっちだろうなって今思った。
確かにね。
割とだから数値みたいなところでは、あんまり戦ってきたことないし、評価をそれで得ようみたいな。
部活の勝ち負けとか意識したこともないもんね。
だから、そのだから部活終わりの闘技校とか下校時のノリのどこにいるのか、自分が。
そうだね。
回してる側にいるのかとか、いや今日これ、このノリ今日だいぶおもろかったなとか、あいつにめっちゃいい振りできてたなとかなのかっていう方が俺すごい覚えてるね。
そうなんだ。
それ絶対なのかな?
絶対な方かもね、なんか総体で生きてなさそうに見える。
どうなんだ、だったら結構自分がおもしろくできてた。
なんかそっちの記憶の方が俺すごい覚えてる。
じゃあそうかも、アンボってだってさ、SNSの数字に振り回されたりとかあんまりしないよね。
まあそもそもね、そもそもSNSやったりとか。
そうだね。
弱すぎるとあるけど。
そうだね。
そう、だから部活のやつとかと会ってもらうとさ、あの時の試合ああ負けたよなとかってあるじゃん。
あるね。
まだ点差、総体だけど、俺それより行くときにあの会話したよなとか。
めっちゃ絶対的かもそれ。
俺そっちの方が覚えてる。
だってお前のめちゃめちゃそれ1個人の絶対に揺るがない思い出じゃんそれって。
そうかも。
すごいじゃん。
だからそうかも俺。
すごいかも。
なんか。
どっちかって言うとアンブの方が今を生きてるかもしれない。
でもね、総体評価って古いんだよ。
もうなんか、俺それ感じてて。
競い合って優劣がつく面白い面白くないが古いってこと?
そう。
あのー、ビリオンブレイクもそれ本当に対魔忍でしょ?
まあ確かに。
ビリブレはそうかも。
一旦、最初の入りは家族より劣ってる自分が辛いで入ってんだけど。
あれはそっちに行こうとしてるんだよね。
あんまネタバレするってよくないんだけど。
最終的にそっちに行こうとしてる話なんだよ。
やっぱだから。
総体の呪縛から解かれる話なんだよねあれ。
確かになんか、今の物語ってさ、競争に勝った1位って終わるより、勝った負けたより、1位になる2位になるで何を得たかみたいなところの面白さ。
そうそうそうそう。
そっちの話ばかりをするようになっちゃったのは、ウォトさんがいるからなんだよね。この世に。
そうなの?
ウォトさんってすごいね。
だって、地だぜ。地って。
すごいよね。
だってさ、みんなが信じている天道説っていうのを自分が死んでも覆すぞ。
それは、俺は絶対に天道説が本当だと信じているから。地道説は。地道説が本当だと信じているからみたいな話をするわけだよ。
地道説を信じて生きて、自分にそれを信じ切って生きることに価値あるっていう映画。
そうそうそうそう。絶対じゃんそれってみたいな。誰が何と言おうと俺はこれを信じるんだっつうのを、ウォトさんが描き続けている作家。
そうだね。確かにそう思うと、なんかさ、そういうことだから、ウォトさんが思想とかそういうところでキャラを描くとして。
思想で描いてるね。
でも藤本達喜ってさ、キャラより展開の方が重要って言ってるよね。
あー言ってね。言ってる言ってる。
漫画って結構やっぱキャラが。
キャラがって言うんだよ。
キャラがキャラがって言うけど。
本当はね。
そうだろうと思ってるけど、キャラより展開の面白さですって。
確かに藤本、今はわかんないけど結構前の時に言ってたよね。
言ってたわ。
それって相対かもしれないよね。
確かに。
だって展開に振り回されるのって相対だから。展開ありきって自分で決めてないからっていうことだよね。環境ありきって。
絶対の作家と相対の作家や。
だと思ってるよ。
おーすごい。
俺そう分析したんだよ、最近。
そうなんじゃないか。
そうなんじゃないかみたいな。で、それはどっちも必要なんだよ。だから。
まあどっちがどっちとかって話じゃないからな、それも。
そう。なんかその、やっぱほんとジャンププラと漫画ワンみたいな関係性。本当はあの二人とそういう関係性だと思ってて。
ジャンププラがそっちになったよなって。最初ジャンプジャンププラだったのかね。
そうだね。っていう関係性で二人とも今この時代にいるんだなって。
だからもう王道とオルタナみたいなイメージっていう感じはあるよね。
そうだねー。
そうだだから、あれだよ。そのタラコさんのバズった投稿のチェン・ソーマンはこっち。
ヤケマンはこっちっていうのは、絶対なのか相対なのかというところっていうことだ。
そう。
すごいじゃん。
俺が言いたいのはそういうことだ。
すごいじゃん。
すごいよ。答えたよ。
すごいよって。
俺も文学、どっちかっつーたら俺も文学の方だから。言えるよこれぐらいのことは。言わせていただくよ。
相対育ち絶対作家ってこと?
お前は?どっちなの?
いや俺今のところね、まだ相対育ち相対作家だと思う。
俺ね絶対作家なれないんだよね。
へー。
なれないんだよ俺。
そうなんだ。
やっぱ考察させれないもん俺、人に。自分の作品を。
なんか魚太先生も藤本達希も両方に共通してるのは、考察の余地があるところだね。作品が持つ。
ジェンソーマンってあるの?作品。
あるだろ。死ぬほど考察するじゃんみんな。いろんなところで。
マーキマがどうでもいい。
こうだ言ってるじゃん。魚太さんの話もしたがるじゃんみんな。みんなしたがる。
そうなんだ。
いやそうだよ。それはそうだよ。
確かにね。
これって何なんだろうってみんな言いたがる感じは、僕には絶対に出せない。
へー。
だから僕は、それはスポーツ漫画家っていう相対評価の中で戦う作家をやってるからなんだよ。
スポーツってそもそも枠組みが相対だから。
相対ってそもそもな。
ルールあるし、とか。
そこについて議論するわけではないからな。
めっちゃルールあるし、スポーツの枠組み絶対出れないんだよな。スポーツ作家やってるうちはね。
そうだね。
で僕は、いろいろ考えた結果ファンタジーはあんま描けない。
へー。
自分ではね、今のところは。
なるほどね。
まあそれも自分で枠を決めてるだけなのかもしれないけど。
でもたぶんさ、聞いてる人とかダイのSNSとか知見言ってた時とかは、ダイには絶対性のある作家っていう印象を持つ人が多そうじゃない?
あーほんと?そうか。でもそうか。そう見えんのかな?わからんな。
そんな気がせん?
自分のことは一番自分が見えないっていうね。
いやそれはあるよ。結局。結局そう。
現実見ろよ。現実見ろよ。
自分が一番現実なんだけど、人は一番自分を見れないっていうね。
どうなんだ。でもダイに、その見えない原因ってのもさ、理解してるから自分が絶対だと言い切れないみたいなところがあるわけじゃん。
でも、この聞いてる人とか俺とかから見えてるダイはもう一個答えになっちゃってるから。
映画と評価の考察
ダイは自分を問い続けてるけど、人を問いとしては感じないじゃん。答えとして感じるから。
ってなった時には絶対性作家だと感じる人が多い気がする。
僕の作品を見て判断してほしいですけどね。どうなるか。
なるほどね。
俺はやっぱり結構いまだに人と比べているんで。めちゃめちゃ作家としては。
そういうことさ。もう、サイコミっていうアプリの作家であんな毎週ランキング出てる。
ずっと比べてるんで。
それはそうだよ。
いや、今本当に根本ダイになろうと動いてはいるが、心の奥底ではずっと比べてるんで。
やばい、魚人さんまた当ててるやんみたいな。
比べてるんで。
でもそこに100Mの話も戻るけど、
在宙が最後引退した後に言う、その10秒の幸福度みたいなところって、
絶対的な視点だけで幸福度があるわけじゃん。
そこに相対的な要素があるから幸福度が高いわけで、
ってなったら、いくら絶対的なこと、自分が走るのが楽しいだけじゃ得られない、
追われてるとか追い抜かれてるっていうところの相対的な競い、争いに幸福感があるわけだから。
それは両方持ち合わせてはいるよね。
そうだね。両方あるよ。連載中は特にそうだし。
魚人さんもいつか会いましょう。
お願いします。
会ってください。会ってください。これを聞いてたら。
一応魚人さん、すげえ昔から相互フォローなんで。
お願いします。
そうなんだ。
そうなんです。こんなダサい言い訳はないけど。こんなダサいアピールはないんだけど。
大の…
実は。お願いします。
自分でダサいって自認しながら言うこと、お前めっちゃ多いよ。
本当にダサいんだけど。
よく言うのもダサい。
こんなダサい…
ダサいのを理解した上で…
言っちゃうんだよね。
言っちゃうのが大っぽいよね。
何だろう。大のキャラだったら言わなさそうだと思うんだよね。
印象的だったら、大の印象で言ったら、昔から相互だったとかって、
いや、会うのには関係ないからみたいな。そういう時になったら会うからっていう風に見えるけど。
言っとくんです、ここは。
言うんだよな。
お願いします。会いましょう。
これを見ていたら、届いたらお願いしますって。
そうだよ、お前。一応報告でね、ポッドキャストアワード…
あ、そうじゃん。
ダメだったじゃん。
ダメでした。
お疲れ様でした。
くっそー。
お疲れ様でした。
ちょっと前にね、1ヶ月?2ヶ月前くらい?
そうだね、ポッドキャストスターアワードとかいうの。
そう。
ダメでした。
大賞と審査員特別賞とリスナー賞、3つあって。
映画「ひゃくえむ。」の感想
今聞いとくべきポッドキャストみたいなやつだったんだよね、確かに。
そうそうそうそう。
ダメでした。
ダメでしたね、残念ながら。
うん、聞いといてほしいけどね。
いやー、でもこの100M回は行ってほしい。結構…
相対と絶対の話だ。
そうだよ。
これじゃあ、でも、今相対的絶対的な話をして。
これは何回?どうですか?
相対的と絶対的でこういう差があるよっていう話は?
これめっちゃ何回だと思う、この回は。
この回は何回だよ。
跳ねないよってやばいよ。
跳ねないよ。
あのー、友達と旅行行った時に言われたけどさ、
ダイの話難しすぎって言われたもんね。
言われたじゃん、この間ロッジ行った時。
言われてた?
言われたよ。
ダイが持ってくるテーマと話難しすぎるから、
アンボが話し出せよって言われたもん、あいつに。
確かにそれ悪すぎた。
それはお前さ、アンボに言ってくれよみたいな。
俺じゃなくて。
いや。
それ言われたらもうまじでグーの音も出ない。
俺に言うなよ、それを。
それはグーの音も出ないんだけど。
それは確かにテーマ持ってきたのは俺だよ、だいたいみたいな。
でも、今の絶対と相対の話面白いじゃん。
面白いって。
俺はそれを面白いと思ってるわけ、今のこういう。
俺の語彙だと、
チェンソーマンってやっぱりドラゴンボールでとかっていう、
分かる範囲になるんだけど、
それをもっと抽象として広げて、
つまりは絶対と相対だよねって言えるのはお前だから。
そうだね。
難しいね。
だからね、ドラゴンボールでって、
いやそうだよなってドラゴンボールとチェンソーマンの話したところで、
あんまなんか、いやそれはそれでいいのかもしれんけど、
それ以上の解釈にいかないというかね。
だいたい深めるか広げるかすると、たどり着くみたいな何かに。
うん、でもいい回だと思うので聞いてほしい。
伝わってほしいね。
どうしようかな、ぼちぼちかな。
あ、でも42分喋ったね、いいじゃん。
他に喋ることある?
青春のリアルな描写
え?
ないよ、俺今回は。もう100円はよかったよ。
そう、100円はすごいよかったです。
で、レゼも見て。
見てください。
ちゃんと。
良いので。
ちゃんと良いので。
最近じゃあ俺が見た映画。
ちょうど一昨日。
何見たの?
えーと、天然コケッコって知ってない?
分かんない分かんない。急に知らない話しないで。
もうね、2000初期ぐらいで。
天然コケッコ。
超田舎、片田舎での青春物語なんですけど。
2007年。
最近、音楽を聴いて熱くなったり、感傷的になったりってあるじゃん。
あるね。
それで平成の夏室とか聞くと、あーいいなーって思うわけ。
それを平成感ってなんだろうな。
でもやっぱ俺、誰でも話したけど、平成感がやっぱ好きなんだよ。
そうだね。
やっぱそれはそうだ。
で、その平成感についてもうちょっと話そうかなというかと思って。
それを他の映画とかにも昔から俺が好きな映画があるんじゃないかなと思って。
ジェミリに俺の平成感を伝えたの。
AIね。
そうそう。
グーグルのAIに聞いて、こうこうじゃないみたいな。
で、それを感じられる映画って何あるって聞いたら、バーっと何部か出してくれて。
有名なとこだった。
それこそ、なんだっけ、前俺が見て好きだった。
リンダリンダリンダとか、スイングガーとか。
座平成だね。
座平成。
で、そういう系をバーっと見てて、その中に天然苔っこっていうのが入ってて。
これは田舎の学校の物語で、小中が一緒で全校生徒6人。
そこに東京から一人の男の子が来る。
その男の子は中二なんだけど、中二の女の子が主人公で。
その子は中二は一人しかいない。
だから男女一人ずつだけ。
で、その二人の青春恋愛物語なんだけど。
ジェミニーが表現してたワードで、オフビート。
ビートがない。
なるほどね。
バーンっていう盛り上がりもないけど、
常にそういう流れが流れ続けている。
すごい下がりもしない、すごい上がりもしないけど、なんとなくドキドキするとか。
っていう物語調をオフビートって言ってたんだけど、ジェミニーでは。
本当にその通りで、なんかでっかい失恋するわけでもないし、
すごい女性的な告白をするわけでもないし、
代々的な感情の揺れがあるわけじゃないんだけど、
すごいちょっとしたことで好きになったり。
で、その男の子は東京から来て、東京の同級生とかと電話してて、
もうキスしたよとか。生きるのよ。
でもキスなんてもちろんしてない。
その電話を主人公の女の子に聞かれちゃう。
なんであんな嘘ついてんの?とか。
で、その男の子はずっとキスしたい、キスしたいって言うんだけど、意味わからんみたいな。
で、キスもしたことないし、何のためにするの?っていう恋愛感のない感じなんだけど、
その男の子が着てるパーカーが主人公が欲しくなって、
それくれるんだったらチューしていいよって言って、神社の前でチューするんだけど、
その時も、例えば今とかだったら酔ってゆっくり唇が重なり合うとかっていう表現があるけど、
そんなんじゃなく、もうすごい遠くから、ちょっとしたかしたかもわからないぐらいで、
え、終わったの?みたいな感じで、もう終わっていくのよ。
そういう一大イベント的な手をつなぐところとかが。
劇的じゃないんだね。
そう。それがね、いいね。
いいんだ。
なんなんだろう、あれ。
いいんだ。
それがやっぱりリアルで。
実際そうだもんね。
でも、次の日からちょっと話しかけるトーンが上がったりとかしてんのよ。
ちょっとギクシャクしたりとかすんだよね、次の日から。
だから全体を通したら、揺れてるんだよなっていう空気感が結構良くて。
あれ、でもそれ刺さるかわかんないわ、俺。
俺、アンボが好きな平成のやつ。
ことごとくあんまんないよね。
あんまんな時あるよね。
あるよね。
多分。
めっちゃある。
そうなんだよ。どうなんだろうな。
なんで好きなんだろうね、そういうの。
なんかね。
ずっとそういうの好きだよね。
好き。
情緒的なやつ。
結局なんか青春コンプレックスだと思ったけど。
それが発動してるからだよね。
そう。
なんか。
いいんだよね。
日常が当たり前に続いていく感じがいいんだろうね。
そうだし、冬眠っていうのは少ない。
地元の子たちはみんな夏でB3なんだけど、東京から来た子はちょっとオシャレな。
ちょっとシャレたサンダル履いてるさとかがよく見えちゃう。
そういう細かい変な描写がずっと続いていくっていうのが気持ちいいんだよね。
そこの面白さを俺は最近すごい感じて。
何コケッコウだっけ。
天然コケッコウ。
タイトルまだ平成だな、忘れてる。
コケッコウ描写はマジでないの。
なんなんだよコケッコウ。
で、最後の最後でなんか。
感じ方が。
エンドロールが流れた後に鳥カゴ。
鶏飼ってるカゴをみんな見てて。
鳥がコケコケコーって鳴って。
わーみたいな謎のシーンが最後なんだけど。
何で見れんだよこれ。
これだよこれ。
ユーネクスト。
ユーネクストで見れんの?天然コケッコウ。
ユーネクストで見れます。
ヤバいね。
岡田まさきいるじゃん。
岡田まさきのカゴなんだよ。
東京から来るのが岡田まさきで。
そうだね。
で、岡田まさきが東京の高校に行くって言うの。
でももうその時は隙同士みたいな感じなんだけど。
で、カホが地元というか近い高校に行くんだけど。
でも行ってほしくないけど行ってほしくないって言わないわけよ。
カホは。
で、岡田まさきの制服のボタンをカホが直してあげてて。
なんか二人田んぼの土手みたいなところでしゃべってて。
高校とかできなくなっていくなみたいな。
これまたほつれたらこっちまで届けに来んの?みたいな。
そういう話をしながらカホが
いや私は一緒になんか通いたかったなみたいな。
一緒にこの高校までの道を一緒に歩きたかったみたいなのを言うの。
で、じゃあそれに対して岡田まさきがなんて答えるかじゃん。
返さないのよ。
なんなんだよ。
何も返さないの。
なんなんだよ、岡田。
すごくない?それ。
びっくりしたのわかんないか。
そんなパターンだね。
そんなパターン。
二人だけ並んで方言でね。
私は歩きたかったんじゃよみたいな言って
コオロギなのかツズムシなのかの音がシャシャシャンって鳴りながら
岡田まさきが黙ってガクラを着るのよ。
表情を映さないの?
割とね。
やばいね。
全身映るぐらい。
表情を映せ。
いや表情はわかるけど結構暗い中で
着て遠くちょっと見たりして
次のシーン行くの?
それがリアルなんだろう。
そこがいいのよ。
リアルだね。
中3の
その
たっしゃな女の子の
ちょっとシンクったというか
思いもよらない行為の言葉に
中3の男なんて何も返せないんだよ。
手札ないしね。
っていうところを感じる良さで良かった。
絶対的な評価の未来
いいね。天然コケッコ。
天然コケッコ。
みんなも見てよ。
いやおもろかったよ。
俺見るかわかんないけどさ。
俺は結構好きだったな。
あんこ平成集めてるよな最近。
こいつだってみんなで車乗った時
最初に流すのオレンジレンジなの最近ずっと。
お前俺に影響されすぎだろ。
この夏は平成だぞっていう
赤い西原出過ぎだろお前。
そこから洗脳されすぎだろ。
洗脳されすぎだろ。
夏じゃないよ。
終わったんだけど。
夏だけじゃなくて
やっぱオレが好きなのは平成なのかもなっていうところになってる。
ザ平成男だもんな。
それはそうだね。
それはそうだよ。
ザ平成男って全然悪口だから。
ザ平成男だろお前めちゃくちゃ悪口だから。
いやでもほんとにね。
でもなんか今までなかったというか
オレこういうの好きなんだなって
なんとなく平成って単語が一個あるだけである。
それで集められるし。
確かに確かに。
だからチェン・ソーマンもザ絶対と総体も
どっちが好きかあるよね。
いやでもこの後ねマジで絶対が流行るよ。
これはもう分かる。
これも結構前に話してるけどさ
コスパとかじゃなくてみたいな世界が来てるやん。
確かに。
コスパって総体評価なんで。
他の人より手頃に大きい価値を生み出す。
でもそうじゃなくて
自分が好きならそれで翌年の世界来るんだよこの後。
もう絶対聞きかけてると思ってて。
コスパとかじゃなくて自分が好きで買ったからこれが好きなんだよ。
終わり。この話は終わりねみたいな世界になってるので
そっちが令和っぽいかなとは思うね。
そうだね。
ね、本当に。
コンクールで金賞を目指すって平成なんだよなみたいな感じ。
そっちじゃないんだよな。
ちょうどそのさ平成っぽい映画バーって上げてる中で
次に俺見ようかなと思ってんのが
コンクールっていう中高生の合唱歌の話を
見ようと思ってたんだけど
そうじゃねえんだな。
たぶん金賞目指すんでしょ。平成っぽいよね。
たぶん今まではそんな行事に頑張ってこなかった奴らが
吹き溜まりの奴らがさ
それを
一年復帰して頑張るんだよ。
まあまあまあ。
だから次のエンタメは絶対的なある何かを見つける話を
かける人が強い時代がしばらく続きそうっていうのが結論。
じゃあもうウート時代は続くね。
本当に中心だね今。
マジで中心だと思う。漫画界の。
魚人藤本太月です。
映画と評価の考察
確かにファクトも相対配理の絶対終わりだった。
そうそうそうそう。絶対とは何かつ終わりだよね。
夕日見てさ、なんか振られちゃったけどさ。
振られた結果とかじゃなくて
自分が自分としてその子に本当に好きで告白したというところに意味があって
振られたからとかっていう話じゃないよってところね。
本当にその通りです。
ファクトはなあ。
本当にその通りです。
不思議な漫画だったなあ。
僕の敬愛する苛田桃井先生の
付き合いなくていいのにって作品の終わりも
私この曲やっぱ好きだなあで終わるんだよね。
絶対じゃん。
絶対すぎるよねみたいなのの後姿みたいなところで終わるのよ。
全てが。
なんかいろいろあって恋愛とか成就しなかったけど
私やっぱこの曲好きだな終わりなんだよっていうのが
令和っぽくないかみたいなこと。
俺は好き。
感覚でやってるのかな?
やってるだろ感覚で。
じゃあダイがそれやるとしたら
めっちゃ考えて
絶対に終わるんだって。
そうそうそうそう。
考えに考え抜いてこれが今だって。
いや僕はちょっと確かに
そうなると確かになんか絶対を絶対として書いてる感じ。
だからもうスーパー言語我慢すぎるから
俺はそれをやっぱ相対としてやってんだよねっていうことで
僕は絶対じゃないんだなっていうのは
作家として思うんだよね。
質問と回答の交流
すごいおもろいな絶対的だからゆえ
相対的に生きるしかないみたいな。
そうです。そうですっていう。
分かる?みんな大丈夫?ついてこれる?
おもろ。
もういっか。6時半。まあいいでしょう。
というわけでフォローと高評価を
マジでよろしくお願いします。
お願いします。
Q&Aは皆さんに何を聞こうかな今週は。
えーむずいね。
現実とかの話してもむずいもんな。
現実な。
俺ら問いつくの苦手だからね。
でもこれ。
いつも確かに。
問いつくの苦手じゃない?
苦手。なんか答えづらい質問ばっかしてるから。
それで困らせてるんだよ。
でも答えづらい質問を
気になってるわけだから俺らは。
それを噛み砕いて答えてくれる人が好きだ。
俺たちは。絶対にそう。
そういうことだから。
質問の
なんつーの
感覚を変えない?
あ、じゃああなたの
もう絶対的なる揺るがないものを教えてください
っていうすごい抽象度の高い質問で
終わります。
まあ僕の絶対的なる揺るがないものは
まあ
漫画ですね。
一旦は。
漫画にかける情熱だけは
今のところ揺るいでないなと思っていますよ。
これ本当に俺は
きれいごととかじゃなくて
友達ですね。
いいね。いいね。確かにアンボっぽいわ。
確かにね。揺るがないもの。
はい。以上です。
揺るがないものを教えてください。
それではね。俺はもう
何回ですか。そう15かな。
15?
15目だからお送りしました。
お相手は根本とアンボでした。
57:51

コメント

スクロール