おれたち LIVES MATTER。俺または、人生を無理やり楽しむための人間参加キュレーション番組です。
みなさんこんばんは。今日も始まりました、俺またです。まずは自己紹介からいこうと思います。
宮口の元シナリオライター、Shojiです。よろしくお願いします。
バッタン漫画家、Kiwaです。よろしくお願いします。
最後に元はナビーで、東京でウェブディレクターやってますYoshidaです。よろしくお願いします。
ということで、前回からサブカル千夜一夜物語第5弾、ヴィジュアル系の歴史というのを始めちゃいましたけども、
結構ね、ちょっと俺前回やって、これ長くなるぞと思っちゃったわ。
だってまだ序盤も序盤でしょ?
序盤も序盤でね、ここからちょっとみんなは聞き覚えがあるかなっていうバンドが出てくる時代に入ろうとしてるんだけども、
1991年から今回始まるんだけど、一応1999年20世紀の終わりまで喋ろうと思うと、
2回じゃねえな、これ3回になるかもってふと思っちゃった、今俺。
3回って過去あったっけ?
3回はないね、2回までだね。
ただもうここまで来たらやるしかないんでやろうと思いますが、
もし3回になったら、約3週間、1ヶ月近くヴィジュアル系の話を僕らに聞かされるということになるんですけども。
お願いだから付き合ってくださいということで始めちゃったかもやっちゃったからね。
新しいリスナーを獲得できるかもしれないね、もしかしたらね。
でもヴィジュアル系ファンの人ってね、コアだからね。
怒るかもしれないね。
怒るかもしれないね。
怖いですね、お手柔らかにお願いしたいですね。
その時はね、謝りに行くので一緒にファミレスで語りましょうということで。
じゃあ今回は1991年から始めていこうと思います。
91年?僕が生まれた年ですね。
吉田くんが生まれた年。
じゃあ吉田くんが生まれた年の歴史ということで喋っていこうと思うんですけど。
ヴィジュアル系歴、1991年、Xが社会現象。
X感じてみろ、叫んでみろ、みたいな年でした。
そんな時生まれたんだ、俺。
Xジャンプの時代。
Xがメジャーデビューして、それで大人気になって東京ドーム公演をやって、
有名なジェラシーっていうアルバムが第33回日本レコード大賞を獲得と。
サイレントジェラシーとか超有名な曲が入ってるやつだね。
そして吉田くんが生まれた年の年の背には、紅白豊合戦にXが出ます。
当時まだXジャパンじゃなくてXだからね。
急だったんじゃない?お茶の間的にそんな時に出てきたら。
多分急に出てきたっていうか、急にXっていうド派手な格好をしたものが
センセーショナルにお茶の間に現れたってイメージなんじゃない?
現れたって感じだよね、多分ね。
なんだこいつらはっていうのとともに、みんながそれに夢中になるっていう年だった。
へー、なるほどね。受け入れられたんだね、でもね。
もうカリスマって圧倒的カリスマだったから好き嫌いは置いといて、
すごい奴だっていう感じになったんじゃないかなと思うよ。
なるほどね。
で、この年に一応音楽雑誌のビジュアル系専門誌っていうものもできて、
その雑誌に言葉としてビジュアル系っていう言葉が使われて、
ビジュアル系が確立するみたいな。
で、これがXのブルーブラッドのキャッチコピーに使われてた
サイケデリックバイオレンスクライムオブビジュアルショックっていうところのビジュアル。
長いな。
多いな。単語が多いな。
いろんな単語が多かったな。
そしてサイケデリックバイオレンスクライムオブビジュアルショックっていい言葉一つもねえよなと思って。
物騒だね。
物騒な言葉しかねえなと思って。
この年なんだね、Xって。
俺もなんかXってね、イメージではやっぱ物心ついた頃にはなんかもういて、
すごいカリスマバンドってイメージだったから、
そうなんだ、本当に俺が音楽的に物心をつくかつかないかのギリギリのところで
ドカーンって出てきたバンドだったんだなって印象があるからこうやって調べてみると。
いやでもそれ聞いてみて改めて思うと、
僕ら高校生ぐらいの時かな。
田舎なんで結構ちょっとヤンキーっぽい人が多いじゃない。
我々の地元もいるから。
女の子とかもやっぱ多くて、
我々高校生になるとそれこそPHSだとか携帯だとかボケベルだとか出てきて、
不純一性交流が始まるわけ。
お前結構不純一性交流って言葉好きだよね。
なんかあんまり丁寧に言おうと思ったらこういう言葉になっちゃったんだけど。
逆にね丁寧に言ったらなったんですけど、
始まってやっぱそういうお姉さんとね遊んだりするじゃないですか、
カラオケ行ったり。
カラオケもめちゃめちゃカラオケもブームだったんじゃないかと。
大抵X歌うんだよね女の子が。
お姉さんが、年上のX。
だから俺たちより年上だったから当時社会人とかだったから、
なんかやっぱそのドストライク世代なのかなって今聞いてて思った。
思春期にXがバーンっていって、
それ5歳とか年上のねお姉さんとか。
で大人になってもまだずっとXなんだなっていうの。
なんとなく今ね振り返ると。
みんな歌ってたもん。
暮れないぐらいさ吉田くん世代でもわかるよね多分。
暮れないわかるよ。
なんやかんやで語り続かれてる名曲だよね。
だからこういう伝説的バンドっていうのが出てきて湧いたと。
でそんな中でそのXフォロワーというか、
Xからその次のどんどん新世代っていうのがここから出ていく時代に入ります。
Xとかに影響を受け始めたり来た子たちが出てくるんですね。
で前回話した85年から89年までのそのインディーズでメジャーでは大爆発しなかったけど、
インディーズのカリスマだった人たちとかそういうのをひっくるめた影響を受けた人たちだね。
でこの時に91年に同時にXっていうのが大ブレイクしたと同時に、
Xの弟分がインディーズデビューします。
弟分がいたんだ。
そうそうそうそうとても可愛がられてた弟分として有名、
後に超有名になれるらしいっていうバンドだねこれが。
あーなるほど。
Xの弟分だったねこれが。
そうなんだ。
でこれもこの頃からインディーズとして出たんだね。
覚えてる覚えてる。
あれだよねウイスキーしか飲んじゃダメなんだよね。
そうなの?
ってなんか言ってたあのボーカルの人が。
河村隆一さんが。
でこのルナシーっていうバンドがインディーズでブイブイ出てきた頃に、
もう一つねそのライバルバンドが出てくるんだよ。
ライバル。
これがね多分名前言ってもわかんないけどね、
これちょっとね吉田君も知ってる人が出てくるから面白いと思うんだけど、
ルイマリーっていうバンドがライバル。
ルイマリー出ましたね。
出た出た。
いやめっちゃ有名よ吉田君このメンバーの人は。
ルナシーの後のモンスターバンドとなるルナシーのライバルとしていたんだけど、
このルイマリーっていうバンドのボーカルの人がいまして、
でねハイの猫って書いてハイネっていうボーカルがいるんだよね。
いいよね。
この人が後のねTMレボリューション西川貴則さんです。
うそー。
羽ねたよね一人だけ。
ハイネだったの?
なんかねこの頃のね対談とかね、
ルナシーのメンバーとね西川貴則がやってる番組で喋ってたんだけど、
今だからこその話なんだけど、
当時ルナシーはやっぱみんながねすっごい真剣にやってたんだって。
ですごいなんか切磋琢磨してる中で、
西川貴則さんもバンドとしてルイマリーっていうバンドやってたんだけど、
やっぱりそこでちょっと自分だけ感覚が違うっていう、
そのバンドとしてうまくいかなかったっていうことがあったらしくて。
でこのルイマリーは後のルナシーほど大ブレイクせずに終わっちゃうっていう。
西川貴則さん結構苦労人なんだよね。
この頃はねバッチバチのねビジュアル系だったんだよ、西川貴則。
なんかお姉みたいだったよね。
そうそうそうそう。
ブラックオアホワイトでした。
覚えてる覚えてる。
ゴリゴリだね。
だからこの頃ライバルだったルナシーが、
後にバンバンメジャーで有名になっていくわけじゃない。
結構その時に西川貴則っていう人は一回表向かいが消えちゃう状態になっちゃって。
でちょっと悔しい思いが、まあ俺が勝手に思ってるだけだけどね。
やっぱ悔しいよなと思うよ、俺だったら。
だけどその後、西川貴則さんはビジュアル系ではなくて、
その当時ねアクセスっていうバンドをやってて有名だった朝倉大輔さんっていうプロデューサーの方と一緒にTMリボルションっていうのをやって大ブレイクを後で果たすわけじゃん。
その時に多分ねルイ・マリーのハイネを知ってる人にとってはTMリボルションが出てきた時に、
全然あれってビジュアル系というよりもどっちかというとデジタル寄りのロックだったわけじゃない。
シンセサイザー対応したりとかね。
そうね。
だからあれって感じだったと思ったのね。
俺最初は知らなくて後追いで知ったから衝撃はなかったけどああいうものだって。
なんかガムテープみたいなのを巻いてホットリミットですごいかっこいい。
あれやってた。
ちょっとオタクっぽいうんちかあさんに、
TMリボルションの西川貴則さんがルイ・マリーでハイネって名前でやってたんだけど、
後にですね、ガンダムシードディスティニーっていうアニメで、
ハイネってキャラクターの声当ててるんですよ西川さん。
えーまじで?
ちょっとこれ、成仏したなって思わない?
うん、成仏したね。
ハイネがついに成仏したって。死ぬしね、作中でも。
知ってるとニコってなるんだよね。
でもちょっと面白いのがルイ・マリーとして体制してたら、
この頃のビジュアル系の人ってめっちゃキャラ作りして喋らないとかやるわけじゃない?
大変だよね。
喋りたいから喋れない西川貴則っていうのもすげー面白いなーと思って。
いいよなー。喋ってたもんなー。ヘイヘイヘイで。
めっちゃ喋ってたよね。
だからこういう意味で、そういう運命のいたずらというか運命の面白さっていうのがあるんだけど、
ルナシーのライバルとしていた西川貴則さんが全く別のジャンルとして体制するっていうね。
体制したね。
もう体制どころのレベルじゃないでしょうっていうね。
そうだね。
これはちょっと俺はすごい見てて面白いなーと思って。
いずれ政治家になるんじゃないかと思った。
政治家になるんだ。
確かにね。
ねー、今女子プロレスラーみたいになってるもんね、西川貴則。
で、この翌年、1992年に行くと、ビジュアル系新世代の始まりっていうのが訪れます。
そういうことですね。
先ほどのルナシーがメジャーデビューすると。
うん。
で、Xなんかはもう東京ドームスリーデイズ公演破滅に向かってってやったりとか。
破滅するんだ。
すごいね。
だからその時、この年にXジャパンに解明って、この年にたぶんね、Xジャパンに解明すると同時にあのベースの大地さんが辞めたんじゃないかな、確か。
で、ピースさんに変わるっていうね。
まあもう伝説のバンドとして定着だよね。
もう伝説になっちゃったんだよ、この1年2年の間にXジャパンっていうバンドは。
だからこうやってカリスマ、絶対的なカリスマXジャパンっていうものが定着して、それを追うようにルナシーがメジャーデビューしてっていう流れで来るんだけど。
ここでルナシー小話をちょっと挟むとね、ルナシーのファンクラブがあるのね。
で、ルナシーは確かねファンのことをね、スレイブって呼んでるんだよね。
ひどいね。
奴隷ではね、奴隷。
ひどいひどい。
ひどい。
ここら辺もちょっと面白いなと思って。
で、こうやってルナシーもデビューするという中で、ここでついに次世代ビジュアル系っていうのの三大バンドっていうのが出てくる。
なんか三大強制。
そう、馴染みが深いのが出てくるんじゃないかな。
で、その話は1993年次の年の話と一緒にやるとして、ここでね、ちょっと僕らで言うと一応ビジュアル系っていう枠の中にされてたけど、
俺のイメージでは全然ビジュアル系じゃなかった人がメジャーデビューするのね、この年に、1992年に。
このラルク・アンシエルって俺久々にね、ビジュアル警戒するためにファーストアルバム聞いたんよ。
ボーカルのハイドさんのさ、あの面の良さというかさ、あの男前がフューチャーされることが多いけど、ファーストアルバムから世界観がもう完成されてて。
なんか演奏凝ってるし、いやすごいバンドだなと改めて聞いて思ったんだけど。
だから当時どっちかというとダークな世界観とかが主流でゴリゴリなのが多い中で、割となんかねガリガリガリガリやらずにもうちょっと幻想的で、ギターなんかもクリーントーンが多く使われたりとかね。
そういうちょっと変わった世界観というか、そのいわゆるその時のガチ流行りだった主流をもうちょっと曲げた新しいものを生み出したバンドとしてはやっぱ頭一つ抜け出たんだなと。
俺ねラルクVKと認識しないでね、高校の時カラオケで歌ったりした気がする。
ああなるほどね。じゃあやっぱり当時VKって言われてそういう中に入るのが嫌だったラルクは後の吉田くん世代ではそれに成功したんだ。やっぱりラルクはラルクでしかないっていう立ち位置までもう行ったんだね。
そうそうそう。ラルク歌ってても別にふーんみたいな、ああいいよねみたいな感じで、VKっていうね認識がすごい薄くなった気がするなあ。
なるほどね。じゃあやっぱラルクっていうのはもう超えたんだね、それを。
爽やかじゃないですか、全体的にラルク。疾走感があったりとか、ちょっとヤンキーっぽいやつとかも歌ってたし。
ああそうだね、ヤンキーっぽい人もラルク好きだったりするよね、すごく。
そうそうそう。たしかVKかって今言われて確かになってなってるぐらいの感じですね。
でとしてはね、逆に言うとね、この頃のね多分インディーズシーンってほぼVKだったんだよね、いわゆる今定義すると。そんなイメージなかった?岩ちゃん。
あるある。これ結構最近なんだけども、ラルクのブルーリーアイズって曲あるじゃない。
ああそれこそファーストアルバム入ってる曲だよ。
ファーストアルバムだよね、アニメの主題歌だったね、ビデオがあるかなんかの。
これね、ヴィンス・ニールがカバーしてる。
あ、そうなんだ。
カバーアルバムで歌ってる。それでちょっと笑っちゃってさ。
元祖の元祖のLAメタルのモドリー・クルーがその影響を受けた人たちの流れを汲んでる、ここに来たラルクの曲をカバーするんだ。
ガテンってなるよね。ガテンが行ったぜってなる。
なるほどね。すごいね。ちなみにこのラルク・アンシールっていうバンドはね、このアルバムの後に覚醒剤で捕まっちゃうんだけどね、さくらっていうドラマーもクソ上手くて。
ああ懐かしい。
その話は後でちょろっとできればなと思うんですけど、すごいバンドだなっていうのがデビューして。他のバンドめっちゃすごいんだけどね、みんな。
いやでもね、すごいすごいっていうのは俺の中で個人的にあってね、うちのお姉ちゃんっていうのが7歳年上なんだけど、ザードとかが好きだったね。ベタだけどね。
そんなザードとか好きで、で爆竹のことうるさいバンドって言ってたんだけど、そんなお姉ちゃんがラルク好きだったからね。
なるほどね。
ちなみに、このいわゆるビジュアル系っていう言葉がもう一般的なカテゴリーとして確立して、すごくみんながビジュアル系ビジュアル系っていうものを知るようになってきたときに、ここら辺で出たときに黒夢は反感を感じてたらしいね。
なるくもそれが嫌だったっぽいんだけど、黒夢はこの頃からその一括りにされるのが嫌だから、この人たちはなんかどんどんどんどんね、外れていこうとしてるのね、その後。
なんかギャルをリーダーみたいになってたよね。
なんかね、だんだんだんだんいわゆる最初の初期の頃のゴリゴリ系のビジュアル系をやめて、だんだんちょっとフェミニン系みたいな、ちょっとソフトな感じに変えていって、最後の最後にはもうビジュアル系というかね、パンクバンドになるよね。
なってたなってた。ファンに全員ビビアンを着ろとか。
そうそう、ファッションリーダー的な、ギャルフォのファッションリーダー。
なにそれって思った。
ただね、やっぱね、どの時代のどんな音楽性をやってるアルバムもね、めちゃくちゃかっこいいんですよ。
才能があるんだね。
そうそう、いやむちゃくちゃ才能あるバンドだと思って、俺はめちゃくちゃ好きだったね。
不思議な感じだよね、ちょっと違うもんね。
やっぱそのボーカルのね、清晴さんっていう人の声なんかもうカリスマ性のある声してるし、
セスすごいよね。
だし、ベースのひときさんのベースなんかめちゃくちゃかっこいいしね。
ベースかっこいい、ほんとにベースはかっこいいと思った。
だからこの黒夢っていうバンドは、最初名古屋系とか黒系を作り上げてるめっちゃ猟奇的なデビューの仕方をするんだけど、
その後どんどんどんどん変わっていって、もう姿形も変えて、最後の最後なんかは、え、これ黒夢?みたいなね、コークスクリプっていうのがあったんだけどね。
最後の方ね、俺はめちゃくちゃそれも好きだった。
もう2回びっくりしたからね。最初のやつでやっぱ猟奇的すぎてびっくりしたし。
びっくりした、俺もびっくりした。
そう。
すごいびっくりした。
ビームスっていうシングルで、なんか全然違う姿形になってて、え、CUだったかな?
まあなんかその辺のあるシングル曲で。
ビームスとか、そのメジャーでお茶のマリ有名になった頃だよね。
そうそうそう、あれ別の人になったと思う。
別の、そうそう別の人になった。
最終的なギャル王になってたからさ、どういうことだと思った。
でもかっこよかったよね。
かっこよかった。
曲かっこよかった。
そしてこの年にね、最もビジュアル系史上有名になるバンドもメジャーデビューを果たすのかな?
グレイっていうバンドだね。
あるほど。
グレイVKなの?
それが吉田くんの言ってることすごいわかって、一応これって吉木プロデュースバンドとしてビジュアル系っていうイメージでグレイってデビューしたんだけど。
そうなんだ。
俺ね、かっこはいわゆるビジュアル系、ちょっと薄くはしてるけど、とても一般受けするように。
なんだけど、俺グレイの音楽性ってね、もうやっぱ全然違うな、すごくビジュアル系ではなくて健全なポップロックだなと思って。
だから俺もビジュアル系って言われるとグレイが、ちょっと違和感がやっぱあるんだよね。