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藤原です。
松崎です。
中村です。
というわけで、空地的ジンブン学公開収録なわけなんですけども。
公開収録なんだよね。
一応ね、雑音が聞こえ、雑、雑踏の音が入ってますけども。
そうなんです。実は、渋谷のね、スクランブル交差点でお届けしてるわけですけどね。
あるいは、新宿歌舞伎町、アルタ前。
アルタ前の喫煙所をキーステーション。
喫煙所をキーステーションに。
今、アルタビジョンの猫を眺めながら、お送りしております。
高いところは狭いですね。
誰もいないな。
やっぱね、今ね、誰もいないなって思いながら。
ありがとう、いきくん。
同人のいきくんだけが座ってくれてますけども。
そう、いきくんのゲスト回もあるんで、皆さん聞いてくださいね。
そうですね。
えっとね、疲れちゃったね。日々の疲れが止まってますよ。
日々の疲れが止まってますよ。
いや、なんだかんだやっぱり日芸祭3日目ですからね。
E202でお届けする放送も一応今回が一空気ってことでね。
そうだね、公開収録なんていうのはなかなかないし。
来年もね、できたらいいけど。
できたらいいけどね、なんか機会があれば。
それ以外にもなんか、公開収録何回かやってみて、割と手応えもあったんじゃないかな。
普段とは違う頭の回路が開くというか。
そうだね、普段と全然喋っていることも違うしね。
ってこともあるから、また定期的にやってもいいかなって思うところも。
そもそもこういうさ、日芸祭っていう枠の中でやらせてもらってるけど、
そもそもこの空き地の一つのイベントっていうのは結構3日経ってみると面白かったですよね。
そうね。
いろんなことができましたね。
いろんな友人の知り合いを呼んだりして、
写真の展示、朗読劇、音楽ライブ、朗読という、
だいぶ面白いことができたんじゃないかなって思うね。
そうだね。なんか徐々に人も入ってきたし、そろそろ本越しに入れて喋りますからね。
そうっすね。
今ダラダラ話しすぎましたね。
そうでもねえよ。
ごめんなさい。
ということで、今日は何?
今後とっと。
今日は何!?
出た。
あむぎり3人でお届けしてるポツポツの話なんですけども。
あれも道開けろってやつじゃないの?
あむぎりしかいないことでお馴染みの空き地的人文学。
今回のテーマは何?
ベッドタウン文学の構想
今回のテーマはね、ベッドタウン文学を考えるというやつなんですけど、
我々3人ある程度ベッドタウン生まれなんですよね。
ひろとか西側で、俺が東側。
俺と松崎が東側の人間っていうのがあって、
文章を書く上で必要になってくるのは風景があって、
その街を書くことでもあって、
っていうところで、
我々の感覚としてはベッドタウン文学なんていう言葉が
我々3人の中でいつの間にか生まれたりとかもして。
ベッドタウンの何もなさみたいなのはずっとね。
それは我々の文学について喋ることでもあり、
我々の書くことについて喋ることでもあり、
我々について喋ることでもあるっていう。
そうだね、ベッドタウンっていうのは、
僕が思うに非常に現代社会の歓迎的な土地だと思うね。
だからベッドタウンにおけるベッドタウン文学のあり方を考える、
ベッドタウン文学を構想するっていうことは、
現代社会において、
How to live, How to dieするっていうことなのかなと思うわけ。
そうだね、何て言うんだろう。
それぞれでもベッドタウン文学を構想するっていうことで喋っても、
その前に我々にとっての、
自分たちの原風景とまではいかなくても、
生まれ育ってきた街の感覚っていうのはそれぞれ違って、
全然景色も違うじゃないですか。
我々それぞれの街に行ったことありますけどね。
それについても話しつつ。
そうだね。
でも俺のベッドタウンって、ベッドタウンっていうよりニュータウンなんだよね。
松崎君とか藤原君の家とかも行ったことあるんですけど、
実家というか生家というか。
行ったことあるけど、
やっぱり明らかに街の作りが違ったんだよね。
そう、違うね。
古い街っていうか。
もうね、うちの街来てもらうとすごいよ。
大通りバーンみたいな。
地域ごとの違い
男児バーンみたいな。
中村の住んでる東京の西側の方が、
計画的に作られた街だからね。
西側も吉祥寺寄り西側っていう。
多分多摩の方とか町田の方とかがまたあると思う。
っていう感じで、なんだろうね。
断絶した土地だよね。
あと海から遠いこと?
君たち東側だから比較的海に近いじゃん。
そうだね。原風景に海はないけど、
行こうと思えば。
しかも東京湾から吹く風っていうのはあるかも。
そう、行くたびにちょっと風湿ってるなと思うんだよね。
確かに定期らしいね、うち。
そうですね。
特にうちは湿気は多いっすよ、やっぱり。
そうそう。
湿気ってると思う。
だからなんだろうね。
やっぱりね、
何もない街に風だけが吹いてるってイメージがあるので。
ニュータウン。
風の質が違うとやっぱりなんか、
違う街だなぁと思えるところ。
確かに。
びっくりするよね。
意外とこう、中村の街とか行くとさ、
こんなになんか居心地悪いんだって思う。
普通に。
住み慣れてない場所に行くって、
こんなに違うもんなんだっていうか。
そうだね。
住み慣れ感を感じるより、自分が住んでる場所に。
なんか、なんだろうな。
異境みたいな感覚ってないよね。
異境ってあの、異なる境。
何に対して?
あの、なんだろうな。
だから、自分の街以外にふるさとがある感覚ってある?
逆に。
それ以上に。
ああ、まあでも親近感を覚える街あっても
ふるさとっていう感覚もないし、
あるいは自分の住んでる街でも
ふるさとって感覚はないから。
そうだよね。
でもふるさと感を持てないことが
ベッドタウン性だと俺は思ってる。
そうだよね。
土がないんだよな。
土がない。
そう。
で、血もない。
血もそう、血縁がない。
血縁がない。
だから中上賢治っていう作家がいて、
和歌山生まれの作家で、
割と血縁関係の話が多いんですよ。
もともと非差別部落の出身の人で、
結構そういう、
差別されてきたような人たちの話を書いてて、
しかもお父さんたちが再婚したりしてて、
お父さんが違って、中上って中上なんだけど本名は。
中上もお父さんの苗字で、
しかも全員お父さんとお母さんが違う兄弟が十何人もいるみたいな。
そういう家庭に生まれた作家で、
戦後で初めてアクター歌手を取って、
戦後生まれで初めてアクター歌手を取って、
それまで戦後の世代には文学ができないって言われてたんだけど、
それを初めて覆した人っていうんだけど、
やっぱ中上賢治を読むと、
血の匂いがすごくてびっくりするんだよね。
土地にちゃんと何か人が根付いてるっていう。
中上賢治と浦上春樹
関西だしね。
そうね。
やっぱ変わってくると思う。中山とか。
土地に根付いてるっていう感覚がすごい。
あるいはノーベル文学賞受賞者で、
今年亡くなった大井健三郎とかは、
四国ですよね。
あれもすごく。
結構ね、その土地について書くこと多いしね。
四国について書くっていうのも多いし。
で、俺はその中上賢治に対して思うのが、
浦上春樹だから。カウンターとしての。
やがて文壇の中心にいた中上の後に、
浦上春樹がどんどんどんどんのし上がっていって、
文壇の中心ってものがなくなっていくっていう中で。
ちょっと補足すると、
なぜ中上が文壇の中心からいなくなったかっていうのの一つは、
中上賢治が東京に入れ出したってことなんですよね。
和歌山の自分たちの部落のことを路地っていうふうに名付けて、
地の果て死時の時以降かなっていうすごい大作があって、
その後に東京の方に出て、新宿のそれこそ山頂目とか、
そういうとこを舞台にしたような、
タイトルは奇跡とか軽蔑とかいうタイトルなんだけど、
そういうふうな小説を書くようになってからの中身っていうのが、
文壇での中心からずれてきたっていうのはね。
そこに対しても浦上春樹ということで。
浦上春樹は神戸、足屋っていうところで生まれ育ってて、
それもすごい高級住宅地で、
いわゆる神戸に対するベッドタウンみたいなところがあるんだけど、
そこから和世田大学に入るために東京に出てきていて、
そこからすごく浦上春樹は大体69年くらいに大学生で、
いわゆる革命だよね、全教頭。
学園紛争がすごい流行ってた時期に、
それに対して幻滅したっていう流れがある。
それでああいう学園紛争っていうのは失敗に終わって、
その後のすごくどんどんアメリカ内にされてバブル景気に走っていく。
日本が高度経済成長に行くっていう。
あとやっぱりノンポリカだよね。
ノンポリカもある。
特定の政治的信条を持たないっていうのが、
一番若者のイケてるライフスタイルになってくる。
それでいろんなものが、日本もどんどん豊かになっていって、
物も豊か、金も豊かになっていく中での生活、
それに対する今までの個人、
そういう社会に対する自分みたいなところを描いたのが、
例えば浦上春樹はするなら、
それもその後の世代じゃないですか、我々は。
彼らは段階の世代っていわれる戦後生まれの世代で、
その次、大体俺らの父親世代があって、
で、俺らの世代があるっていうふうに思うと、
今は文劇評の中で一定数の人が、
浦上春樹以降、特に文学は進歩してない、
あるいは戦後文学が終わったっていうふうに言われることがあるけれども、
そういう次の世代として我々の感覚があるんじゃないかなと思うんだよね。
そうだし、やっぱりそれはあれだよね。
ここ出した文芸文庫に、大池景三郎の代表作の
「ノーベル賞を取る理由によっては万円元年のフットボール」という作品があるんだけど、
その説明の後ろに、戦後世代の切実な思いを
結晶化させるためのことが書いてあるわけよ。
だから文学が、今で我々が言っている問題意識は、
文学科学をやる人の問題意識ではなくて、
2023年という時代に生きる人の共通の何かの話にもなると思うから。
それが書く人のためだけでなくて、もっと開かれたということは一応。
それを進めたいかな。
今日ね、ベッドタウン文学を考えるということを思い出したときに、
ラッパーの当時のことをすごく思い出したんだよね。
ティーネイジバイブ。
それはKSMなんだけど。
よく考え方がね。
KSMだね。
ティーネイジバイブをずっと思っているのはKSMだよね。
歌っているのはカズマだから。
ライカゴジラの人ですね。
ヨヨコーの上の人だね。
ヨヨコーの上の人です。
当時はニュータウンで生まれた人があって、
我々がこれから話すことになっちゃうけど、先取りすると、
ニュータウンには何もなくて、団地だけがあって、チェーン店だけがあって、
その中で音楽も何もなくて、
彼は僕の高校の先輩なんですけど、
その高校で流れているヒップホップに目覚めて系統していくっていう話なんだけど、
そういう意味で、今のすごい当時って、
我々、俺よりちょっと下の世代になると思うんだけど、
すごく一番イケてる人だったんじゃないかな。
そうだね。
すごく時代を想像するようなアイコンみたいな感じだったよね、当時って。
ベッドタウン街の原風景と工場地帯
っていう意味で、文学だけじゃなくて、そもそもカルチャーとか、
あるいはヒップホップという我々の境地制、同時代を生きる人間としての感覚がすごくあるんじゃないか。
そうだね。
高2ぐらいの時の当時ってすごかったよね。
すごかったね。
大学一、二年生で終わったよね。
2019年とか20年とかそこら辺かな。
はいやが2018年。
はいやの後の。
はいやの後。
今はいろいろ問題なくなっちゃったけど、ファーストワーゴン、エンジェルがあって、
そこの辺なんだろう、オンマイオンウェイとか、
そう。
以降のプロペラ、オレオあたりとかはやっぱり、
当時のセンスがすごく、やっぱり、
世代の共通のイケてるものだったっていう感覚はある。
そこから先まだ変わってくるからね、当時も。
その何がイケてたのかっていうのはいまいち、どうなんだろうな。
コミとしてあっただけなんだよね。
なんかね、オレの中で当時とカエル帝って似てるんだよね。
へー。
カエル帝ってキング・オブ・コント今年も出てましたけど、
漫才によるコントですね。
カエル帝のコントってすごいのが、ボケがないんですよ。
YouTubeに上がってるネタで、タイトル忘れちゃったんだけど、
飲み会で仲良くなった男女が家に来てゲームするってやつがあるんだけど、
すっごい普通にゲームしてて、たまにちょっといい感じになってイチャつくだけなんだけど、
それがコントとしてエスタブリッシュされることで、
人間のおかしみみたいなのが出てくるっていうコントで、
本当に最後まで何の裏切りもないの。
ただなんかよくわかんないけど、
今日いい感じになった二人がイチャイチャマリオカートしてるのを見せ続けられる5分間が続くんだけど、
なんかそのフックの長さみたいなのが俺の中での当時なんだよね。
当時の曲が例えばプロペラなんて、歌詞忘れちゃったんだけど、
ずっとプロペラって言ってるだけで2分半続くし。
それでなんとなく悪趣味。
プロペラってあれですからね、ペニスのことだから。
ペニスの比喩で、俺は自分のペニスをブラブラ回せるぜっていう、
本当にナンセンスかつ悪趣味のことをずっと歌ってるんだけども、
そういう内容で。
俺の中では当時はストリート感の無さだった。
そうだね。
俺の中で当時はヒップホップがすごくガッとくる時代があった。
2010、それこそ1個前。
お前らの世代が当時がすごい暗黒だったんだから、
2個年上の僕らの世代からすると椿だったんですよ。
いわゆるチル系ミュージック、チルっていうのが流行ってた時代。
そういうところだったら椿は沖縄出身で、っていうストリートだったし、
当時フリースタイルダンジョンが流行ったとか、
今ヒップホップの話になってきたけど、
ハンナとかいてさ、
そういうのに対する、ある時点でサイファーだしメダサイファーだし、
っていうのに対するストリート感の無さっていう。
そうだね。
何か我々日本人っていう、実際別にヒップホップの国じゃないんだよ。
だけどヒップホップはいいし、かっこいいしっていうので、
当時はニュータウンからストリート感の無さで登場したんだなっていう。
そうなんですよ。まさしくその通りで。
何でかっていうとモールボーイズなんだよ。
うん。
わかる?
モールボーイズ。
モールボーイズっていうのは当時がフットを感じる場所がイオンモールとか、
そういうショッピングモールだからっていうところから取られてるわけで、
もうモールボーイズっていうのを名乗ってるっていううちにそういうフットの無さ。
つまりそれが非常に資本主義的な、
どこにでもあるような大体可能なものを自分のフリースタイルとしてるっていうことが、
当時のフジラーが言ってるようなことなんだね。
それで言うとパソコン音楽クラブも同じようなこと言ってる。
はいはい。
パソコン音楽クラブっていうのは、
誰もいなくなっちゃった。
なんかいろいろそういう、
エレクトロニック系だよね、単純に。
うん。
豆腐ビーツとかそこら辺の流れの。
エレクトリックでビートがちゃんとあるテクノ。
そうそう。非常にダンサブルなことやってて。
それでポップス要素もあり。
アナログ機材しか使わないっていうのをやってるけど、
でもファーストアルバムがあって、
それがタイトル忘れましたけど、
なんだっけ、R&Bかなんかのムード系の音楽でさ、
なんだっけよく有名な、Just Two Of Usだっけ。
はいはい。
あるじゃないですか。
なんとかグローバージュニアかな。
あの有名な。
チャイナ、ジャクソン。
出てこないけど有名な。
グローバージャクソンジュニアみたいな。
そう、グローバージャクソンジュニアですね。
の有名なさ、
ジャケットがあるじゃないですか。
白にワインとトランペットみたいな。
あれと同じジャケットでそこの代わりにある写真が
ジョナサンなの。
っていうのをやってる。
だからそれを言うとさっき話してたトークビーツも
ベッドタウンのベッドタウンぐらいでしょ。
てかニュータウンなの。
ニュータウンか。
完全にニュータウンの生まれるので。
トークビーツのどこだっけ、町のとこだっけ?
いや、トークビーツは神戸なんだけど。
神戸のベッドタウン。
神戸のベッドタウン。
トークビーツの前の活動の名義がDJニュータウンなんだよね。
あー。
てかそういう風にそこら辺のエレクトロニックとか
ヒップホップのほうだと割とそういう
ヒップホップやエレクトロニックミュージックの影響
フッドのなさみたいなのがテーマになってるような人たちは
結構多いよね。
所在のなさみたいなところから
所在のない場所からスタートしなければいけないっていう風に
強いられてるからね。
それやっぱりあとエレクトロニックミュージックっていうのもやっぱ
選んだっていうのが
ニュータウン性とかさ。
ニュータウンの非常に整理された街並みとかさ。
楽器としてもあれだもんね。
大体可能なものを使うってことだよね。
非常に進展性がどちらかというと薄いほうの音楽になるわけじゃない。
だからもしかしたら曲論
トークビーツがちょっと前にさ
本当にいいと思ってずっと聴いてた曲が
AIが作ってたって話をしてたんだけど
そういうのにも近いけど
自分のせいも大体可能なんじゃないかみたいな
ことなんだと思うんだよ。
ひとつニュータウン性みたいな。
誰が歌う曲であってもいいっていう風になる。
言ってしまえば打ち込みなわけだから
非常に身体からちょっと距離感があるわけじゃない。
他になんかフックだったりするんだけど
テクノとかだと。
もちろん作家ごとの身体性っていうのは音楽に出てくるわけだけど
今一応話の構図を分かりやすくするために
あえて大雑把に
エレクトロニックミュージックとニュータウン性っていう話に
今持っていっちゃったけど
そういうとこはあって
全然トークビーツ好きだから
すごいもっとしゃべっちゃうけどさ
トークビーツのMVってさ
首都高とか
あと団地とかをずっと映像を
人がいない映像を続けていくだけみたいなのがいっぱいあって
その無機質感とか
確かに
なんか
そこはかなとなく怖い気もするけど
なんとなく
そこに人がいる感があるというか
温かみというか
あれだよね
誰かが座った後の椅子が温かいみたいな
ことをなんか
感じたりもするなとは思うし
その
なんていうかな
トークビーツのMVそんな見てるわけじゃないけど
強い情念っていうよりは
そこにある生活っていう
っていうのがあるよね
でもそういう風景じゃない?
君たちがよく知っている
今外から怖い漫才みたいな
確かにそうだなっていう
全員顔が怖い漫才
でも今文学の話で無理やり戻すと
文学の話とか多いと思うんですけど
でもなんかこう
それぞれで今
でもさそこに行く前にさ
まずだから自分の原風景っていうものの
ベッドタウン星の話をまずしないと
そうだね
そういう風に順序立て進んでいこうぜ
いいよ
自分の原風景といったベッドタウン
俺はあれなんですよ
駅前駅から
商店街の坂があって
駅の反対側に競輪場があって
競輪場の周りに
言ってしまえば低所得者の皆様が
集うような酒場とかがたくさんあって
その奥に
その脇に工場地帯があって
汚い川が流れていて
山崎の工場があって
イーストキン臭いっていう
なんか近いな
全部うちの周りにあるな
だから郊外に使いやすいんだ
俺はそうでもないのよ
そうだね
俺の世代って
その後も
街なんだよ
その後に
俺が元々生まれたマンションは
工場があった跡地に作られている
工場があった跡地
俺がよく遊んでた公園も工場の跡地
一番よく行ってたショッピングモールも
工場の跡地
工場地帯を
全部住宅地に開発するために
土化していって
そこで作った街が
俺の生まれ育った街で
そういう意味ですごく
うちの街って坂がないんだけど
のっぺりした真っ直ぐの道が続いていて
住宅街だけ続いていて
川があって
俺は小学校より東京の方が
直線距離が近い家に住んでたから
そういう窓を開ければ東京が見えて
でもそこには
10歳くらいまで
自分で行ったことはなかった
自分で電車乗って東京に行ったことはなかった
窓を開けると
日が沈む方向に東京がある
すごくそういう感覚がある
なるほどね
でもやっぱ何個か工場が残ってて
製紙工場が残って
ニュータウン性とフットの無さのテーマ
紙作る工場が残ってて
そこはゴミとかを再製作してるから
そこの川を歩いて
川で遊んでると
ちょっとパルクの一致感がする
みたいな街だと
そういう角度の街は
自分の近くにもあるんだけど
俺の街って
なんだろうな
元々あった場所を
人間が住んでた場所を
ニュータウンとかベッドタウン化したっていうよりかは
本当に何もなかった場所を
街にした場所だから
すごいんだよね
川が流れてるんだけどさ
ご存知の玉川浄水なんですけど
ご存知
みなさんご存知
太宰治様が自主した
玉川浄水っていう
ヘダで作られたニュータウンがあって
ニュータウンじゃない
それを隔てるって
埼玉の方に向かうと
さやま湖がある
これも人造湖
東京の人たちの水のために作られたものがあって
それを気持ち悪いぐらい
真っ直ぐ縦に
垂直に道が貫いてる
街だったから
なんかすごいよね
すごいなんか
ディストピア感あるよね
自分たちの通り
そうだね
お前たちの街って
ちょっとディストピア感あるかも
そうそう
で
元からあった古いものが
どんどん
本当に
ぐちゃぐちゃになって
倒れるぐらいのボロイヤルが
いっぱいあるね
意外と
1984年的ディストピアだね
そうだね
そういう意味で
ベッドタウンの世界
俺はブレードランナー的ディストピアなんだよ
俺の街っていうのは
はいはい
割と
深く整備もされてないし
普通に
ちょっと前までは
ヤンキーが多い街として有名でした
やっぱけばいいんだよね
最寄り降りると
俺びっくりするけど
駅の周りが
ヤンキーさえもいないんだよ
だから
そう
だから完全に管理された感が
ヤンキーさえもいなくても
人間もね
結構ね
袖くくっちゃうのよくないんだけど
なんかその
同級生とか
街歩いてる雰囲気だと
本当に人がいないんだよまず
本当に人がいないと
なんか
いたとしても
なんだろうな
聞かざってないから
なんて言うんだろうな
本当に住むための場所
ための場所でしかないんだよ本当に
だからヤンキーにとっても
多分それ以上の意味を持ってないんだよ
そう
って思うね
多分
だから地元
すごいだから
人間が人間である意味
生活する意味をなんかすごい
失ってる感がすごいあるんだよ
あー
そうそう
街を歩くと
だから
街をふらっと散歩するわけじゃないですか
どこへ行くあてもなく
ずっとどこへ行くあてもなく
ぶらっと歩いてる人たちがいっぱい
それぞれの方向に向かってきて
で
でっかい道路が東京の方へ伸びてて
23区の方へ伸びてて
でそれをただ見てるだけ
みたいな
で
時間が来たら自分たちもそこに一緒になって
流れになって東京の
23区に向かっていく
で帰ってきてまた
一人になって
どこへ行くあてもなく
さまようっていう
街だから
なんだろうな
そうなってくると
そう
あのやっぱり
なんだろうな
すごい
なんだろうな
結構なんか
異国への憧れみたいに生まれたね俺は
異国への憧れというか
ここではない場所
どこかっていう
すごい憧れがあるね
やっぱりいまだに
この早稲田通りとか大梅街道とか
その先何があるのか
玉川城室のその先でもいいし
玉川も近いけど玉川のその先でも
でもそこはもう
日本ですから開けてるわけでもないから
見ることはできないし実際に
だから実際にそっち側に行った時に
そっち側に着いたっていう感覚も薄いっちゃう薄いし
そういう感じでやっぱりなんか
街の変化とルーツの尺度
囚われてる感じがするんだよ街に
これはなんかこう
すごく
街にて感じるのが
17歳の時に引っ越してるんですけど
俺の街に対する感覚の変化って
12歳と17歳なんだけど
12歳から都内の新学校に進学してて
東京に出てるんですよ
生活圏内が東京になるっていう
それで12歳まではものすごく地元で生活していて
俺の知ってベッドタウンではあるんだけど
意外と高校までは地元で暮らすっていう人が
多分半分以上なの
高校受験のシステムっていう問題もあるけど
ずっと地元に暮らす人は少ないかもしれないけど
大学も千葉って人ももちろんいるだろうし
でも18歳っていうしっかりした自分の
ルーツとか共同体みたいなのが
基盤が築かれるまでの年齢に
地元に暮らしてる高校生の方が多いと思うんだよね
藤原の土地ってあれだよね
具体的な駅名は置いといて
行くと分かるんだけど
地下鉄がまだギリ通ってるところじゃん
そうだね
だから都市に近いから
行くと不思議に思うんだよ
西側だとグラデーションになってるんだよちゃんと
だんだんベッドタウンからニュータウンへ
って変わっていって
ロマンス化とかの部分が分かるよね
そうなるんだけど
小田原の方とかもそうだけど
東側って急にベッドタウンになるんだよ
だからその街で暮らせざるを得ない
江戸川を挟んでしまったことによって
僕東京に一番近い千葉に住んでるんですけど
そういう感覚もあるし
でも俺はそういうの12歳で亡くなってて
12歳で東京で暮らしてたら
そしたら地元でも東京でも
違法人になるっていう感覚になった
そっから17歳まで
その街で都市生活した年暮らしてたんだけど
その中でさっき言った工場から街になった
工場地帯から住宅地になったっていうところから
住宅地からより廃墟なベッドタウンになっていくっていうか
何もない土地っていうのが
何個もすごくだらっぴろい駐車場とかものすごくあったんだけど
それがちょっとしたマンションになったりとか
よく行ってた台湾料理屋が立ちの木になるとか
っていう経験でどんどんどんどん
自分のあったしかも現風景が
開発によってどんどんなくなっていくっていう感覚があったんだよね
それが17歳になって引っ越したときに
そこからもデタッチメントになるっていう
東京に引っ越さなかったから
1個奥の駅に引っ越したんですけど
そうなってくるとそこはすごく昔の街なの
工場地帯に対するもっと廃墟の街で
そこは水害が危険だったから引っ越したんですよ
前住んでた生まれた街は
土地が低いから
そうするとものすごく広い家があった
今もずっと家の前を放置してるんですけど
今日も100坪とか200坪とかある家を
3個5個とかに分けて売ってるのよ
相続できないとか
住む人いないとか
俺はその家に住んでるんですよ
100坪の家を
家の広さがよかった
よくね?土地とかよりいいだろう
住所とかよりは全然よくね?家の広さって
ふるさと感の再構築
ちょっとえぐいじゃん
フリジュアラの実家の経済感がした
それが東京に対する千葉の
東区に一番近いところの
フリジュアラの家の風呂は足伸ばせますから
そうなの?
ピーン
ブルジョアですわ
ピーンだよマジで
ブルジョアですわ
ブルジョア人ですよ
それいいんですけど
プロレテリアートとしてはやっぱりね
それで
100坪の家を
数戸に分けたうちの一つに住んでるんですけど
本当に怖い漫才みたいな
怖い
そういう感覚だけがずっとあって
どんどんどんどん町が変わっていくっていう
根付かないっていう
どこに対しても違法ですよっていう
でもなんとなく自分は
12歳まではその町に生まれ育って
その土地の感覚っていうのが
なんか根付いてないわけじゃないんだよね
俺は
で
でも東京の人としての感覚はものすごいある
すごく
都市性活者として
そこに根付いてしまったっていう
全員
12歳の時にびっくりしたのが
こんなに千葉から
僕の実家千葉ですけど
千葉から乗ってるんだと思った
全員が帰る家があるんだと思って
みんな電車で1時間かけて通勤してるんだと思った時に
そういう人たちの集合体としての東京っていうか
っていうのを感じたんですね
中学の同級生とか全員そうだったから
東京
だからこう
日々
あなたに
で東京の
に
その都市性活者として根付きがあって
我々
俺は10代の間その呼吸で暮らしてた
だからそんな
ルーツの無さみたいなのは特にないんだ
ただ
ルーツのない
ルーツのないっていうか
ただの
東京地
東京の
でも千葉でもないところだけど
東京と千葉どっちにもこう
ルーツがあるっていうか
感覚もあるから
そういう話を聞くと全然
俺の思ってる話とちょっと違うなっていう感じだと思う
何?
怖いよ
何?
いやなんか
多分俺の場合はもうちょっと
ゲットタウンに生まれた自分を考えるってことは
2023年における
ポストモダニティ以降における
ふるさと感っていうのが
そもそも多分既存の
ふるさと感っていうのを
リコンストラクション
構築していかないといけないんじゃないかっていう
あーそういうこと
多分どっちかっていうと藤原はなんか
藤原攻める意図もないんだけど
言ってしまえばいい
今まで通ってきた意味でのふるさと感っていう
ものの尺度で今多分自分の街を走ってたんだと思うんだけど
俺はどっちかっていうと
ふるさとっていうもののあり方が変わってきたんじゃないかなっていう
だから多分そこの尺度が違うのかなっていう
俺の場合はね
俺ってふるさとがねやっぱり意境化してるんだと思うんだよね
遠くへ遠くへってなってる
俺の場合は
僕が中古を一回
茨城の方に行ったっていう
はいはい
ことで感じたのは
ふるさとっていうのが
そもそもゲットタウンには血縁とかがないわけじゃないですか
血縁もないし
土地にだから
見越し担いだりしないじゃないあんまり
我々は特に
市内高の多分家庭に生まれてると思う
もちろんびっくりするけどねたまに
自分ちの近所で
見越し担いでて
逆盛りしてるおじさんたちいて
そうあれが親父の友達だったりするんだよ
友達とか知り合いだって
俺は完全にしないんだけど
俺は完全に断絶してるから
俺はどっちかっていうと
地元がここになんかそういう
言ってしまえば
中上県立的な
血縁あるんだってちょっと思うんだけど
俺の場合
水戸に住んでたんだけど
水戸帰ってもなんとなくふるさと感があって
それって見慣れた感と住み慣れた感
だからつまり
ふるさとっていうものを規定するのが
実は血縁とか
土地に根付いてる感ではなくて
住み慣れ感でしかないっていうのが
ゲットタウンのせいなんじゃないかなっていう
ルーツがあるとかじゃなくて
ずっと住んでて
把握しているっていうことが
ふるさと感になってきてるんじゃないかなみたいな
感じなんだよ俺の中で
だからなんかなんだろう
くじ腹が生きてるような意味での
ふるさとっていうのはもう存在しないってこと
俺はそう思う
だからやっぱここではないどこかになる
でもどこかでないここさえ
だいたい可能なふるさとになってしまうんじゃないかなっていうのが
俺の思論だね
なんだろう
話とかはちょっと脱線するんですけど
前友達の詩読んでた時に
なんか真夜中のふるさと
寝返しで真夜中のふるさとってずっと言ってて
なんか妙にしっくりきたの
寝返しが真夜中のふるさとだって言ってて
っていうのはもうやっぱり
ふるさとっていうのは
今いる自分の状況が理化された場所にあるものなんだと思って
しかもそれを真夜中暗い場所で
無双するぐらいにまで
自分と距離が
個人と距離が離れてるんだなと思ってすごい
個人の下にふるさとがあるんじゃなくて
個人の見ている先もしくは
個人の後ろ奥深くにふるさとがあるんだなと思ったの
と思うと
それが割と一般化してるんだなって感じはしたんだよね
なんだろうそれって
だからなんだろうな
ベッドタウン文学ってひとっくりにしちゃったけど
ベッドタウン文学の意味
ベッドタウン文学を考えることって
なんだろう
ふるさとじゃなくてなんていう意味なの
自分が生まれてきた生活環境とか状況について考えることもあるじゃん
そういうものがなんだろうな
ふるさとになり得なかったそういうものだけが空虚にあるっていう状況が
ベッドタウン文学なのかなって俺は思う割と
そうだななんとなくわかった
存在しない記憶ってあるじゃないですか
はい
呪術回戦だけどもとは
これってなんだっけな
音楽のライターみたいな人ですよね
集計座のレーベルやってる人がいて
園芸音楽って東高洋高音楽っていう風に名付ける
見たことない存在しないはずの記憶が呼び起こされるような音楽っていうコンセプトなんだけど
夢文学なんだろう
まあいいや
たぶん存在しない記憶がふるさとになっている時代なのかもしれないな
存在しない記憶がふるさとになっている
島尾俊夫の夢について
そっちもいけるか
そうっていうのは今ちょっと広く話し切って思ったかもしれない
これも教授と話した学びの中なんだけど
島尾俊夫の話したときに
言い踏んでるんだよ
島尾俊夫がね
島尾俊夫って夢を覚えていられる夢と
覚えていることが許されなかった夢に分けるんだよね
その覚えていられることが許されなかった夢が
記憶に存在しない夢なの
その記憶に存在しない記憶だと思う
そういうものが想起されるっていうのはなんだろうな
そういうものを想起させるような
それってちょっと怖いなって思っちゃうけどね
ちょっと怖い
だってそれは覚えてはいけないはずだった夢だから
それによって何か話変わっちゃってきた
変わってきちゃったけど
崩れていくことって普通にあると思う
怖いななんか
だからさ
自分の話続けるけど
東京来て特に東京の東側の街行くと
空が遠いなって思うんだよちょっと
喪失と郷愁
これは標高の差だと思う
標高の差はあるね
僕ん家の方来ると多分海抜100mちょいぐらいはある
俺なんかね日光みたいなのがあったんだよ
だからそういうことだね
ちょっとずつ上がってるんだよ
空が遠い近いなと思って
空が近くてそれを支えてる等の話を参考で書きましたけど
そんな話じゃねえか
そういう話なんですけど
空をぜひ買ってください
空を落とさないようにっていうのが僕のテーマなんですけど
何でしたっけ
あそうだ存在しない記憶だ
そうそう
なんかなんだろうな
何て言えばいいんだろう
何も
空虚な生活だけがそこにあるから
空が近いから
一気に自分なんだろう
空虚な生活が潰されて
自分のところまでそれが落ちてきそうな感覚っていうのがやっぱあるんだよねすごい
だから割となんか
江古田に今日本大学芸術学部に取ってますけども
江古田にいる時とか他の場所にいる時はあんまり感じないんだけど
地元にいれば江古田やっぱ空が落ちてきそうな感覚があって
それってなんかなんだろうな
だから古里の喪失が何かいつも何か自己喪失になってしまうっていう怖さがあって
多分それの理由が
何だろうな
存在しないはずの記憶を
何だろう
存在しないしてはいけなかった
存在していない記憶
近畿がちょっと関わってると
そこに触れてしまうことっていうのが
だからすごいなんだろうな
空が近いと自分が上がってる感覚もある
だから空を飛んで遠目になってしまうのがやっぱり俺は一番怖いところがあるから
ちょっと抽象的な話にいつもなっちゃうんですけど
そういうことを書きましたっていう宣伝をしちゃったんだけど
今全部宣伝だったの?
いやでもベッドタウンの話ですよ
僕ベッドタウン文学書いてますから
自分の喪失について語ることっていうのはベッドタウン文学について考えることになるから
だから逆に厚崎ももうちょい高いよね
俺は高いというより低いってことは高いところがあるね
びっくりするんだよ
隣町なんだけど
藤原町と俺の町の市境にその市で一番高い地点ですっていう
藤原の市で一番高い地点ですっていう点があるんだけど
それって俺坂下ってくるんだよね
坂下ってきたところにこの町が一番高い地点ですって書かれてて
低いなってずっと思ってるけど
坂を下ったところにあるんですよ藤原の家の町は
そういう意味でずっと高い場所ですよね
高いところがあって
もうちょっと北の方に行くとまた一気に下がってまたもう一回上がったりするんだけど
すごい高低差のある町ではあるから
そうだと距離感とかわからなくなりそうだよね
でもそういう何だろうな
そういうふうにやっぱりふるさと郷愁を感じる風景
たぶん最近エモいとかの文脈であるのが
とりあえず画素の荒い青空の写真とかある
あと何だろう
例えば外国人が撮った江ノ島とか
そういうのがちょっとエモいみたいな文脈で
サーモセントだっけな
YouTubeで音楽のプレイリスト作ってあげてる人がいるんだけど
遥か中村とかそこら辺のチルっぽいっていうか
チルというか
マスロックっぽいのが
言ってしまったな
イギリスリング的な
静かめな音楽でちょっとエモい音楽に乗せて
そういう外人なんだと思うんだけど
青空の写真とか画像が荒い青空の写真とか
乗せてたりとかしてて
そういうのが存在しないノスタルジーを
喚起させるみたいな文脈があるんだけど
だからむしろそういうノスタルジーというものが
存在しない方から喚起されるようになってしまっていて
自分の街に対する何か安心感というのは
結局見慣れている
よく知っている感じしかないから
欠点も何もなく非常に浮遊してしまっていて
自分が大体可能な気がしてしまうんじゃないかな
みたいなのが俺の見通しかなって
分かるな
アニメーション作れそうじゃない?
この設定で
どういうこと?
漫画描けそうじゃない?今思ったこと
何の設定です?
存在しない記憶と浮遊してしまっているのと
大体可能な自分っていう
この3つの柱でVOAを作れる
お前が作れ
脚本を書くから絵を描いて
今絵を描くのは3人しかいない
まずはアムギリだから
俺らアムギリしかいないから
俺はそういう世界観かな
俺が思う別単線というのは
俺はどうしようもなく都市生活者として
東京に縛られていくっていう
それも俺が生きることに関わっている
東京のために作られている街であるから
それぞれの風景があるんだけど
それを持ちつつ
子供が違う風景を持つっていう
それでも血縁があるって感覚
それでも血縁がある
それは割と古典的な家族感が
未だにあり得るっていう方なんだ
未だにあり得るってわけではないけど
そういう
何なんだろうね
俺もそんなに古典的な家族感を
信頼はしてないんだけど
なんていうんだろうな
俺は全くそういうのないんだよね
だからうちは父親が主婦だったし
母親が働いている時点で普通に
父親が大工を柱じゃない家だったのよ
母親のほうが稼いでるわけだから
だから俺の金で食わせてるだろう
誰の金食ってると思うんだっていう
別にそういうことじゃない
違う違うわかるけど
今ちょっと過度な日々だけど
そういう本当に言ってるのかわからない
家族っぽいセリフじゃんそれ
でチャンプ台ひっくり返す
お前がそういう話してると
俺がそう言うみたいだろ
いやならないならない大丈夫
っていうようなことがあるってことが
そういうのを例えば
寺口寛太郎一家が細胞刺されたやつ
それ見るたびに俺はびっくりするんだよ
そういうのがあまりにも自分と縁同すぎて
うちはどうなの
うちはね割と
まず夫婦が一緒に寝てない
生活のリズムも違うし
お互い飯食った後もやることがそれぞれあって
っていう家で住んでるから悪い友達から
だから家族が
俺が子供の頃は全員寝てたのよ
家族3人ちゃんと
でも俺が一人寝れるようになったから
父親と母親と別に寝てんだよね
そういう風になってきたから
だから宇野恒博がゼロ年代批評の
2000年代っていうのが
サバイブの時代だっていう
新自由主義になって
サバイブしないといけない時代になった結果
そういう古典的な家族像も公開してるから
人々が擬似的な擬似家族
それぞれ血縁で結ばれてないけど
共同体を作っていくんだっていう話があるんだけど
だからそういう意味で
すごいそういう共同体的な感触が
うちの家族にはあるんだよ
一応母親と父親っていうのをやってるけど
なんとなく最初から
子供の頃から俺が対抗あるっていう風に
育てられた感がある
だからそういう親という権威性から
あんまり感じたことがない
3人寄って住んでるだけみたいな
テンション感がある
だって俺父親とやっぱ
普通に下ネタの話もできるし
例えばね
しょうもない冗談とか
高校の友達でいいような話をしてるし
そういう雰囲気がある家だから
そういう感じで家族感が薄いから
っていうのが俺のベッドタウン的性の見立てに入るかな
じゃあやっぱり今の話聞いてどう思った?
自分家強い父権性みたいな
父権性は家族全都してる?
家族全都もしてないけど
結局俺の父親は広島なんですけど
広島ではその血縁があったんだよ
俺の父親が世代もあって
広島を出てきててやってるんだけど
俺も広島がルーツであるっていう感覚がものすごくある
引っ越すまでは本籍地も広島だったでしょ
なんかそういう感覚すごいあって
俺は結構珍しいタイプだと思うけど
俺が血縁の呪いみたいなのをすごく感じてる
俺の父親とか俺のじいちゃんとかの
どうしようもなさみたいなのを
俺も繰り返してる感覚がすごいあるから
内側は固定的な家族感で暮らしてるとかではないけど
なんかそういう感覚がある
でもそれぞれの生活が独立してる感覚っていうのはすごいあるよね
なんか今さふと思ったんだけどさ
たまに俺弾き当たりの時にさ
離れ組の家族の風景って歌を歌うんですけど
離れ組ってまず俺の家からあと100名とかでも実家がある
分かる人には分かるだろ何か
そうなんですけど
これは地元で言うメッセージだけだから
ネットとかでもないけど
最初の歌詞がキッチンにはハイライトとウイスキーグラスがある
どこにもあるような家族の風景で
そんなことねーよとなります
冷静にキッチンにハイライトとウイスキーグラスは置いてないじゃん
それね松崎家なんだよ
中学生のラジオでうちはずっとJ部かかった家だから
J部から離れ組がキッチンにはハイライトとウイスキーグラスがいて
うちじゃねっていう家だった
で
だからなんかでも
でその次に
キッチンにはハイライトとウイスキーグラスとフライパンマーサー
家族の風景
どこにもあるような家族の風景なんですけど
この言い回しめちゃくちゃなんかそれぞれの生活で分けてるなと思ったんですよ
自分が傍観者でそれぞれに家族の生活があって
だからいわゆるさ家族全都してる曲っていう古典的なものは
サタマサシ的なものだと思うんだよ
いやサタマサシでもないよ
感覚宣言は別にそういう歌じゃないもんね
感覚宣言はなんか弱気な
あるいは崩壊しかけの時期に以前のことを歌うぐらいの
あれはラッパーのセルフボースト
器用な男が感覚宣言をするというこの二重性なんだよね
セルフボーストではねえだろ
セルフボーストではない
セルフボースト的な盛り上げ方じゃない
黒人が白人にお前らより俺はすげえし金あるし
あえて言っていくことでメイクまでしていくんだよ
本当にその時金があると
自分を高めるためにわざと張ったり売っていくみたいな
そうだねサタマサシかどうか分かんないんだけど
サタマサシで話が変な方向で長くなったね
思ったより家族家族してる風景じゃないなと思ったねこの歌
何をサビがさ2番のサビが
1番のサビなんだっけ
どこにでもあるような
2番のサビは何を見つめていって何と別れたんだろう
愛しい距離があるよそこには
やっぱり生活と生活の距離がちゃんとあるってことが
家族の風景なんだなだったんだなと今思った
全世代上の人だけど
あの家族の風景って一応誰の目線って書いてあるんだ
子供の目線なのあれ
子供の目線だと思いつや
それかも三人称なの
あれむずいよな確かに
いや三人称だね
サビでそれぞれの目線に変わるっていう
だから愛しい距離がそこにあるんだよっていう
そこがすごいラインじゃない
キッチンにハイライトウィスキーグラスで
いつもちょっと古いけど父親の感じがする
おじさんの感じがする
7時には帰っておいでよとフライパンマザーで
フライパンマザーしかいってない子供がいるってことを
明確に示してるから
あの2分だけで3人ないしは4人くらいになるってことが伝わるんだよね
っていうのはすごくない
確かにそれはすごいね
これはただ離れ込みコメントだけなんだけど
離れ込みすごい話になっちゃったけど
今あの歌たまに歌ったりとかするけど
確かに古典的な家族の歌ってわけでもないなと思ったね
話変わっちゃったね
古典的な家族像の無さっていうのが
俺の中ではベトナムスへともつながってるんだ
その感覚は俺もちょっとわかる
なんかなんだろう
そうだね
だからそれぞれの生活が距離がちゃんとあることが
家族として
あること自体が
家族として大切なことっていうかなんだろう
前提条件かその後かわかんないけど
あるっていうのはなんかすごい
家族の話になっちゃった
そうだね
そういうふうになんかでも
だからなおさらそのなんだろうな
ニュータウンのこの窮屈さがあるんだよな
明確な差し合いが現れると思ったら
自分が成長して12歳とかになったら
すぐ距離を取ったわけだから
再開発された風景
うち結構そういう家だったから
だから松崎とかに近いと思います
12歳くらいになったらもうちゃんと
対等な大人として扱うっていう
大人というか人間として扱うっていう
今覚えてる思い出しては父親が
12歳っていうのは武士で言ったら原復なんだから
お前もう大人なんだよって言われた
原復15だ
15の時に言われたんだ
15の時に言われた
俺12の時にそういう話を
親父と一回したんだけど
なんか
だからそこで
俺の話にしちゃうけど
高校生でコロナで学校行かなくなって
その
他者との距離も遠いまま
何もない場所にただ取り残された
放り込まれた感がすごいあって
その
そのことを割とずっと書いてる
動作に
そうそう
って思ったね
ベッドタウン文学ってだから
俺の中で結局そういうラインだったね
俺も割とそういうラインで
だから
多分名付けたフジラとは
ちょっと
本位ではない意味だけど
そういう意味での
空き地なんですよ
俺もそうなのよ
空き地っていうのが
アレッジに対する空き地だって話がよくある
どっちかというとアレッジ派っていうのは
戦後の焼き跡なわけじゃん
焼き跡さえもないのよ
なぜならだいたい可能な土地っていうのは
レゴで
家あるじゃん家のレゴ
あれの一番下の緑のプレートそのもんだから
だからそこの上に
俺らは構造と力で
何でも組み上げられるみたいな
そういう
状況の
プレイグラウンドだよねそういう
無地のプレイグラウンド性っていう意味での
空き地なのかなってことも
最近思ってきた
俺はそういう意味で
そもそもの意味から
変わってきてるけど空き地ってみんなの感覚
それぞれの点あると思うけど
結構俺にとって空き地って
さっきも言った再開発でなくなった
教習みたいなところがあるから
俺が古典文学好きっていうのは
なんかこう
その中で遊んでいた感覚が今文学に対する感覚
っていうのはちょっと変わってないけど
空き地それは街にあった
すごいあった
あった
中ないんだよ俺の街空き地が
本当に
空き地があったら市民の公園にしましょうね
森にしましょうね
全部空き地がなくなっちゃうし
市民
でも空き地ってあんま見たことない
なんでだろう
本当に見たことない
空き地で遊ぶっていうのが異世界だった
自分にとって
そんなのあるんだっていう
個人の分化と社会
だから俺の文脈で言うと
空き地に
また
何かを作り上げていく
自分の力で
今思ったんだけどね
俺の街って再開発されてないし
あと富士山の街は隣の街だから
昔から割と行く機会はある
俺がモノコロって言ったときに
もう再開発終わってるんだよ
だから再開発されたってことはわかるんだけど
再開発前を知らないから
そこに
でも再開発されてるって何かしらちょっと
詫びしさみたいなのあるじゃない
そういうのだから
その詫びしさっていうのは
元を知らないから存在しないに寄せられてるんだよ
存在しない記憶を呼び起こしてるみたいなところが
俺の場合は
より強いのかもしれない
再開発前を知らないのに
そこで何か詫びしさが残るみたいな
いやそんなことないでしょ
あんた12歳くらいで出てんだっけ
13歳の終わりです
ああだよね
いやあれからめちゃめちゃ変わったからさ
ああまあ
あれね
生活しないとわかんないかな
でもなんていうの
あなたの街の駅前とかですよ
あああれは終わった後だった
駅前です
でっかいマンション2本
あれはもう最初から
俺が知ってるのは最初からの風景なんだ
でも何かの
明らかな
作られた感が生じさせる
ノスタルジーっていうのはあるんだけど
それは存在しない記憶で
だから自分のノスタルジーさえも存在しないんだよ
全てが終わった後だから
全てがもうコーティングされてしまってるんだよ
全てがコーティングされた後感はある
結局ね
なんだろう
なんか俺と
俺も本当に全てが
構築された後の風景が
今のまま続いてるから
元々どういう場所だったのかすら
わからないもん
ちゃんと街の歴史とかを見ないと
本当にスキヤと
浜寿司と
なんかなんだろう
谷寿司がある
何年かごとに入れ替わってる
棚一緒みたいな
松寿司じゃなくて
松屋グループがやってる
知らないから
松野屋かな
誰も知らないから
松屋グループがやってる
松屋で牛丼持ち帰ると
箸に松屋なんちゃらなんちゃら
松野屋って書いてあって
お前がってなる
なんで松屋の話を
でも松屋も別途男性だけどね
なんかそのさ
コーティングされた東京とかなんて
戦後とかの
東京の感覚って全くないんだけど
でも戦後の東京の雰囲気を
残した街って東京に存在してるし
その中で繁華街でも
12歳で東京出た
繁華街のコーティングされた中に
見つけてきた目印とか
愛着が変わっていくっていうのが
あるの渋谷新宿とかでは
松屋の
パーテーションに分けられてて
松屋の話好きすぎた
分けられてて定員が
来ないで自分で
あなたが来るに行って
それぞれ断絶して食べてるっていうのも
非常にベッドタウン的じゃない
あれは落ち着くね
あれに落ち着き覚えてしまうじゃない
なぜなら我々にとって隣人は知らない人だから
共同体がないから
隣人は知らない人で
その人たちと一緒に並んで
飯を食べたとしても我々は安心感を得られない
そうだね安心感を覚えるから
別にパーテーションじゃないけど
3日?2日連続で松屋食ったよ
お店で
2日連続で食べました
松屋は松屋
どん丸でしたけど
日ゲ皆さんはご要望だし
どん丸
どん丸の満腹どんって本気で満腹にさせに来るからね
どん丸はびっくりするね
オリジナルどんがあるから
それ好きだな
あれサブスクに来ないかなってずっと思ってます
何の話だっけ
すっごい長く喋ってるんだよ
松屋制ですよ
すっごい長く喋ってるこれ
これね今すっごい喋ってる
30分前ぐらいからずっと怖いの
1時間喋ってます
どうやってまとめるんだろうって30分か思ってるの
俺も思ってる
割とここがちょっと近いじゃん
藤原はちょっと遠いんだよ
だからまあ
多数決
多数決というか
多数決じゃない
多数決か
秋千尋松屋独裁だからな
そういう終わらせ方
どっちも怖いな
本当に怖いのは
独裁である松崎が
多数決という形で独裁することが一番怖いから
あーひとらの同じやり方ね
そうそう
ひとらの話やめよう
そういう風に
でもなんだろう
少なくともそれはよく言われる話ですけど
1970年代以降に
ポストモダンの時代になるわけじゃないですか
そうすると
より社会が
個人に分化されてるわけですね
情報化とかがあって
社会システムが終わって歴史が終わったから
その先だとひたすら
ベッドタウンと空地の関係性
平坦な日常が続くばかりで
インターネットのせいで
個人はそれぞれ自分の生物に住んでる
それでそういう時代において
もはや
すごいすべてが
フラットになってて
凶悪されてて
何でもかんでも入れ替え可能な時代に
そういう認識はあるじゃないですか
あるある
そういうすごい平坦さ
松屋のパーテンションは
縦寄り住宅です
松屋の話やめようか
松屋とベッドタウンはわりと近いけどね
松屋とブックオフとベッドタウンでしょ
松屋ブックオフ
エコダブックオフ問題ね
話広げないで
話広げんの
エコダブック
何だろう
今話聞いてても
自分の町に空地がないとずっと思ってたんだけど
でもそれはお前の町が
大きい空地なんだよね
空地がないことが空地を生み出してる
それ自体は空地にしちゃってるの
空地を埋めてるんだよね
空地を埋めて
そこにも
そこすらにもパーテンションで
区切られた人間が入って
知らない人
人間が知らない人に変わっていった町で
やっぱり
人間の普遍性と文学の役割
それでも
やっぱり
何に立ち返ればいいんですか
くせに実動に立ち返ると言いそうになっちゃった
それでも
なんだろうね
ありきたりなことだけど
何か人間というものは
普遍の部分っていうのはあるっていう話なんじゃないのかな
そうだね
だから俺は中上賢治を読んでも
ちゃんと感動するわけで
でもそういう
ところがある上で
ちゃんと
いってしまえばそういう文学の流れの中で
その文学の
今のやり方にのっとって書くのではなく
自分たちの現状の認識に基づいた
もので
をシリアスにやることが
何らか
作品に対する
何か一理遣いになるのではないか
そういうことなのかもしれない
あと一個だけカッコで言いたいけど
それはポストモダンの議論で
磯崎新たとか建築家が
すごい言葉が
重要だったっていうのは
ニュータウンの
空き地の上に建築が
構造としてあるってことが
すごい近いかもね
っていう話は一応補足情報として
なるほどね
でもそういうことでやっぱり
なんだろうね
そう言っても
文学あるいは
人間を信じたい
ってことだと思うんですよね
でも信じるために
僕たちは僕たちの
この現状にきちんと
立って地に足をつけて
何かできることを
探していきたいと思う
という
ベトナム文学宣言でした
お疲れ様でした