関西だしね。
そうね。
やっぱ変わってくると思う。中山とか。
土地に根付いてるっていう感覚がすごい。
あるいはノーベル文学賞受賞者で、
今年亡くなった大井健三郎とかは、
四国ですよね。
あれもすごく。
結構ね、その土地について書くこと多いしね。
四国について書くっていうのも多いし。
で、俺はその中上賢治に対して思うのが、
浦上春樹だから。カウンターとしての。
やがて文壇の中心にいた中上の後に、
浦上春樹がどんどんどんどんのし上がっていって、
文壇の中心ってものがなくなっていくっていう中で。
ちょっと補足すると、
なぜ中上が文壇の中心からいなくなったかっていうのの一つは、
中上賢治が東京に入れ出したってことなんですよね。
和歌山の自分たちの部落のことを路地っていうふうに名付けて、
地の果て死時の時以降かなっていうすごい大作があって、
その後に東京の方に出て、新宿のそれこそ山頂目とか、
そういうとこを舞台にしたような、
タイトルは奇跡とか軽蔑とかいうタイトルなんだけど、
そういうふうな小説を書くようになってからの中身っていうのが、
文壇での中心からずれてきたっていうのはね。
そこに対しても浦上春樹ということで。
浦上春樹は神戸、足屋っていうところで生まれ育ってて、
それもすごい高級住宅地で、
いわゆる神戸に対するベッドタウンみたいなところがあるんだけど、
そこから和世田大学に入るために東京に出てきていて、
そこからすごく浦上春樹は大体69年くらいに大学生で、
いわゆる革命だよね、全教頭。
学園紛争がすごい流行ってた時期に、
それに対して幻滅したっていう流れがある。
それでああいう学園紛争っていうのは失敗に終わって、
その後のすごくどんどんアメリカ内にされてバブル景気に走っていく。
日本が高度経済成長に行くっていう。
あとやっぱりノンポリカだよね。
ノンポリカもある。
特定の政治的信条を持たないっていうのが、
一番若者のイケてるライフスタイルになってくる。
それでいろんなものが、日本もどんどん豊かになっていって、
物も豊か、金も豊かになっていく中での生活、
それに対する今までの個人、
そういう社会に対する自分みたいなところを描いたのが、
例えば浦上春樹はするなら、
それもその後の世代じゃないですか、我々は。
彼らは段階の世代っていわれる戦後生まれの世代で、
その次、大体俺らの父親世代があって、
で、俺らの世代があるっていうふうに思うと、
今は文劇評の中で一定数の人が、
浦上春樹以降、特に文学は進歩してない、
あるいは戦後文学が終わったっていうふうに言われることがあるけれども、
そういう次の世代として我々の感覚があるんじゃないかなと思うんだよね。
そうだし、やっぱりそれはあれだよね。
ここ出した文芸文庫に、大池景三郎の代表作の
「ノーベル賞を取る理由によっては万円元年のフットボール」という作品があるんだけど、
その説明の後ろに、戦後世代の切実な思いを
結晶化させるためのことが書いてあるわけよ。
だから文学が、今で我々が言っている問題意識は、
文学科学をやる人の問題意識ではなくて、
2023年という時代に生きる人の共通の何かの話にもなると思うから。
それが書く人のためだけでなくて、もっと開かれたということは一応。
それを進めたいかな。
今日ね、ベッドタウン文学を考えるということを思い出したときに、
ラッパーの当時のことをすごく思い出したんだよね。
ティーネイジバイブ。
それはKSMなんだけど。
よく考え方がね。
KSMだね。
ティーネイジバイブをずっと思っているのはKSMだよね。
歌っているのはカズマだから。
ライカゴジラの人ですね。
ヨヨコーの上の人だね。
ヨヨコーの上の人です。
当時はニュータウンで生まれた人があって、
我々がこれから話すことになっちゃうけど、先取りすると、
ニュータウンには何もなくて、団地だけがあって、チェーン店だけがあって、
その中で音楽も何もなくて、
彼は僕の高校の先輩なんですけど、
その高校で流れているヒップホップに目覚めて系統していくっていう話なんだけど、
そういう意味で、今のすごい当時って、
我々、俺よりちょっと下の世代になると思うんだけど、
すごく一番イケてる人だったんじゃないかな。
そうだね。
すごく時代を想像するようなアイコンみたいな感じだったよね、当時って。
っていう意味で、文学だけじゃなくて、そもそもカルチャーとか、
あるいはヒップホップという我々の境地制、同時代を生きる人間としての感覚がすごくあるんじゃないか。
そうだね。
高2ぐらいの時の当時ってすごかったよね。
すごかったね。
大学一、二年生で終わったよね。
2019年とか20年とかそこら辺かな。
はいやが2018年。
はいやの後の。
はいやの後。
今はいろいろ問題なくなっちゃったけど、ファーストワーゴン、エンジェルがあって、
そこの辺なんだろう、オンマイオンウェイとか、
そう。
以降のプロペラ、オレオあたりとかはやっぱり、
当時のセンスがすごく、やっぱり、
世代の共通のイケてるものだったっていう感覚はある。
そこから先まだ変わってくるからね、当時も。
その何がイケてたのかっていうのはいまいち、どうなんだろうな。
コミとしてあっただけなんだよね。
なんかね、オレの中で当時とカエル帝って似てるんだよね。
へー。
カエル帝ってキング・オブ・コント今年も出てましたけど、
漫才によるコントですね。
カエル帝のコントってすごいのが、ボケがないんですよ。
YouTubeに上がってるネタで、タイトル忘れちゃったんだけど、
飲み会で仲良くなった男女が家に来てゲームするってやつがあるんだけど、
すっごい普通にゲームしてて、たまにちょっといい感じになってイチャつくだけなんだけど、
それがコントとしてエスタブリッシュされることで、
人間のおかしみみたいなのが出てくるっていうコントで、
本当に最後まで何の裏切りもないの。
ただなんかよくわかんないけど、
今日いい感じになった二人がイチャイチャマリオカートしてるのを見せ続けられる5分間が続くんだけど、
なんかそのフックの長さみたいなのが俺の中での当時なんだよね。
当時の曲が例えばプロペラなんて、歌詞忘れちゃったんだけど、
ずっとプロペラって言ってるだけで2分半続くし。
それでなんとなく悪趣味。
プロペラってあれですからね、ペニスのことだから。
ペニスの比喩で、俺は自分のペニスをブラブラ回せるぜっていう、
本当にナンセンスかつ悪趣味のことをずっと歌ってるんだけども、
そういう内容で。
俺の中では当時はストリート感の無さだった。
そうだね。
俺の中で当時はヒップホップがすごくガッとくる時代があった。
2010、それこそ1個前。
お前らの世代が当時がすごい暗黒だったんだから、
2個年上の僕らの世代からすると椿だったんですよ。
いわゆるチル系ミュージック、チルっていうのが流行ってた時代。
そういうところだったら椿は沖縄出身で、っていうストリートだったし、
当時フリースタイルダンジョンが流行ったとか、
今ヒップホップの話になってきたけど、
ハンナとかいてさ、
そういうのに対する、ある時点でサイファーだしメダサイファーだし、
っていうのに対するストリート感の無さっていう。
そうだね。
何か我々日本人っていう、実際別にヒップホップの国じゃないんだよ。
だけどヒップホップはいいし、かっこいいしっていうので、
当時はニュータウンからストリート感の無さで登場したんだなっていう。
そうなんですよ。まさしくその通りで。
何でかっていうとモールボーイズなんだよ。
うん。
わかる?
モールボーイズ。
モールボーイズっていうのは当時がフットを感じる場所がイオンモールとか、
そういうショッピングモールだからっていうところから取られてるわけで、
もうモールボーイズっていうのを名乗ってるっていううちにそういうフットの無さ。
つまりそれが非常に資本主義的な、
どこにでもあるような大体可能なものを自分のフリースタイルとしてるっていうことが、
当時のフジラーが言ってるようなことなんだね。
それで言うとパソコン音楽クラブも同じようなこと言ってる。
はいはい。
パソコン音楽クラブっていうのは、
誰もいなくなっちゃった。
なんかいろいろそういう、
エレクトロニック系だよね、単純に。
うん。
豆腐ビーツとかそこら辺の流れの。
エレクトリックでビートがちゃんとあるテクノ。
そうそう。非常にダンサブルなことやってて。
それでポップス要素もあり。
アナログ機材しか使わないっていうのをやってるけど、
でもファーストアルバムがあって、
それがタイトル忘れましたけど、
なんだっけ、R&Bかなんかのムード系の音楽でさ、
なんだっけよく有名な、Just Two Of Usだっけ。
はいはい。
あるじゃないですか。
なんとかグローバージュニアかな。
あの有名な。
チャイナ、ジャクソン。
出てこないけど有名な。
グローバージャクソンジュニアみたいな。
そう、グローバージャクソンジュニアですね。
の有名なさ、
ジャケットがあるじゃないですか。
白にワインとトランペットみたいな。
あれと同じジャケットでそこの代わりにある写真が
ジョナサンなの。
っていうのをやってる。
だからそれを言うとさっき話してたトークビーツも
ベッドタウンのベッドタウンぐらいでしょ。
てかニュータウンなの。
ニュータウンか。
完全にニュータウンの生まれるので。
トークビーツのどこだっけ、町のとこだっけ?
いや、トークビーツは神戸なんだけど。
神戸のベッドタウン。
神戸のベッドタウン。
トークビーツの前の活動の名義がDJニュータウンなんだよね。
あー。
てかそういう風にそこら辺のエレクトロニックとか
ヒップホップのほうだと割とそういう
これは標高の差だと思う
標高の差はあるね
僕ん家の方来ると多分海抜100mちょいぐらいはある
俺なんかね日光みたいなのがあったんだよ
だからそういうことだね
ちょっとずつ上がってるんだよ
空が遠い近いなと思って
空が近くてそれを支えてる等の話を参考で書きましたけど
そんな話じゃねえか
そういう話なんですけど
空をぜひ買ってください
空を落とさないようにっていうのが僕のテーマなんですけど
何でしたっけ
あそうだ存在しない記憶だ
そうそう
なんかなんだろうな
何て言えばいいんだろう
何も
空虚な生活だけがそこにあるから
空が近いから
一気に自分なんだろう
空虚な生活が潰されて
自分のところまでそれが落ちてきそうな感覚っていうのがやっぱあるんだよねすごい
だから割となんか
江古田に今日本大学芸術学部に取ってますけども
江古田にいる時とか他の場所にいる時はあんまり感じないんだけど
地元にいれば江古田やっぱ空が落ちてきそうな感覚があって
それってなんかなんだろうな
だから古里の喪失が何かいつも何か自己喪失になってしまうっていう怖さがあって
多分それの理由が
何だろうな
存在しないはずの記憶を
何だろう
存在しないしてはいけなかった
存在していない記憶
近畿がちょっと関わってると
そこに触れてしまうことっていうのが
だからすごいなんだろうな
空が近いと自分が上がってる感覚もある
だから空を飛んで遠目になってしまうのがやっぱり俺は一番怖いところがあるから
ちょっと抽象的な話にいつもなっちゃうんですけど
そういうことを書きましたっていう宣伝をしちゃったんだけど
今全部宣伝だったの?
いやでもベッドタウンの話ですよ
僕ベッドタウン文学書いてますから
自分の喪失について語ることっていうのはベッドタウン文学について考えることになるから
だから逆に厚崎ももうちょい高いよね
俺は高いというより低いってことは高いところがあるね
びっくりするんだよ
隣町なんだけど
藤原町と俺の町の市境にその市で一番高い地点ですっていう
藤原の市で一番高い地点ですっていう点があるんだけど
それって俺坂下ってくるんだよね
坂下ってきたところにこの町が一番高い地点ですって書かれてて
低いなってずっと思ってるけど
坂を下ったところにあるんですよ藤原の家の町は
そういう意味でずっと高い場所ですよね
高いところがあって
もうちょっと北の方に行くとまた一気に下がってまたもう一回上がったりするんだけど
すごい高低差のある町ではあるから
そうだと距離感とかわからなくなりそうだよね
でもそういう何だろうな
そういうふうにやっぱりふるさと郷愁を感じる風景
たぶん最近エモいとかの文脈であるのが
とりあえず画素の荒い青空の写真とかある
あと何だろう
例えば外国人が撮った江ノ島とか
そういうのがちょっとエモいみたいな文脈で
サーモセントだっけな
YouTubeで音楽のプレイリスト作ってあげてる人がいるんだけど
遥か中村とかそこら辺のチルっぽいっていうか
チルというか
マスロックっぽいのが
言ってしまったな
イギリスリング的な
静かめな音楽でちょっとエモい音楽に乗せて
そういう外人なんだと思うんだけど
青空の写真とか画像が荒い青空の写真とか
乗せてたりとかしてて
そういうのが存在しないノスタルジーを
喚起させるみたいな文脈があるんだけど
だからむしろそういうノスタルジーというものが
存在しない方から喚起されるようになってしまっていて
自分の街に対する何か安心感というのは
結局見慣れている
よく知っている感じしかないから
欠点も何もなく非常に浮遊してしまっていて
自分が大体可能な気がしてしまうんじゃないかな
みたいなのが俺の見通しかなって
分かるな
アニメーション作れそうじゃない?
この設定で
どういうこと?
漫画描けそうじゃない?今思ったこと
何の設定です?
存在しない記憶と浮遊してしまっているのと
大体可能な自分っていう
この3つの柱でVOAを作れる
お前が作れ
脚本を書くから絵を描いて
今絵を描くのは3人しかいない
まずはアムギリだから
俺らアムギリしかいないから
俺はそういう世界観かな
俺が思う別単線というのは
俺はどうしようもなく都市生活者として
東京に縛られていくっていう
それも俺が生きることに関わっている
東京のために作られている街であるから
それぞれの風景があるんだけど
それを持ちつつ
子供が違う風景を持つっていう
それでも血縁があるって感覚
それでも血縁がある
それは割と古典的な家族感が
未だにあり得るっていう方なんだ
未だにあり得るってわけではないけど
そういう
何なんだろうね
俺もそんなに古典的な家族感を
信頼はしてないんだけど
なんていうんだろうな
俺は全くそういうのないんだよね
だからうちは父親が主婦だったし
母親が働いている時点で普通に
父親が大工を柱じゃない家だったのよ
母親のほうが稼いでるわけだから
だから俺の金で食わせてるだろう
誰の金食ってると思うんだっていう
別にそういうことじゃない
違う違うわかるけど
今ちょっと過度な日々だけど
そういう本当に言ってるのかわからない
家族っぽいセリフじゃんそれ
でチャンプ台ひっくり返す
お前がそういう話してると
俺がそう言うみたいだろ
いやならないならない大丈夫
っていうようなことがあるってことが
そういうのを例えば
寺口寛太郎一家が細胞刺されたやつ
それ見るたびに俺はびっくりするんだよ
そういうのがあまりにも自分と縁同すぎて
うちはどうなの
うちはね割と
まず夫婦が一緒に寝てない
生活のリズムも違うし
お互い飯食った後もやることがそれぞれあって
っていう家で住んでるから悪い友達から
だから家族が
俺が子供の頃は全員寝てたのよ
家族3人ちゃんと
でも俺が一人寝れるようになったから
父親と母親と別に寝てんだよね
そういう風になってきたから
だから宇野恒博がゼロ年代批評の
2000年代っていうのが
サバイブの時代だっていう
新自由主義になって
サバイブしないといけない時代になった結果
そういう古典的な家族像も公開してるから
人々が擬似的な擬似家族
それぞれ血縁で結ばれてないけど
共同体を作っていくんだっていう話があるんだけど
だからそういう意味で
すごいそういう共同体的な感触が
うちの家族にはあるんだよ
一応母親と父親っていうのをやってるけど
なんとなく最初から
子供の頃から俺が対抗あるっていう風に
育てられた感がある
だからそういう親という権威性から
あんまり感じたことがない
3人寄って住んでるだけみたいな
テンション感がある
だって俺父親とやっぱ
普通に下ネタの話もできるし
例えばね
しょうもない冗談とか
高校の友達でいいような話をしてるし
そういう雰囲気がある家だから
そういう感じで家族感が薄いから
っていうのが俺のベッドタウン的性の見立てに入るかな
じゃあやっぱり今の話聞いてどう思った?
自分家強い父権性みたいな
父権性は家族全都してる?
家族全都もしてないけど
結局俺の父親は広島なんですけど
広島ではその血縁があったんだよ
俺の父親が世代もあって
広島を出てきててやってるんだけど
俺も広島がルーツであるっていう感覚がものすごくある
引っ越すまでは本籍地も広島だったでしょ
なんかそういう感覚すごいあって
俺は結構珍しいタイプだと思うけど
俺が血縁の呪いみたいなのをすごく感じてる
俺の父親とか俺のじいちゃんとかの
どうしようもなさみたいなのを
俺も繰り返してる感覚がすごいあるから
内側は固定的な家族感で暮らしてるとかではないけど
なんかそういう感覚がある
でもそれぞれの生活が独立してる感覚っていうのはすごいあるよね
なんか今さふと思ったんだけどさ
たまに俺弾き当たりの時にさ
離れ組の家族の風景って歌を歌うんですけど
離れ組ってまず俺の家からあと100名とかでも実家がある
分かる人には分かるだろ何か
そうなんですけど
これは地元で言うメッセージだけだから
ネットとかでもないけど
最初の歌詞がキッチンにはハイライトとウイスキーグラスがある
どこにもあるような家族の風景で
そんなことねーよとなります
冷静にキッチンにハイライトとウイスキーグラスは置いてないじゃん
それね松崎家なんだよ
中学生のラジオでうちはずっとJ部かかった家だから
J部から離れ組がキッチンにはハイライトとウイスキーグラスがいて
うちじゃねっていう家だった
で
だからなんかでも
でその次に
キッチンにはハイライトとウイスキーグラスとフライパンマーサー