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2025-05-15 1:15:54

空地的ジンブン学presents 必読本10選! 学


初のビデオポッドキャスト/初めてのメール「これだけは読んでおけ本を10冊教えてください」


藤原が紹介した本

『高校生のための現代思想エッセンス ちくま評論選 二訂版』/2018年/筑摩書房

『職業としての学問』マックス・ウェーバー(尾高邦雄訳)/1936年/岩波文庫

『遠い山なみの光』カズオ・イシグロ(小野寺健訳)/2001年/ハヤカワepi文庫


松崎が紹介した本

『構造と力』浅田彰/2023年/中公文庫

『監督 小津安二郎』 〔増補決定版〕蓮實重彦/2016年/ちくま学芸文庫

『2010s』宇野維正、田中宗一郎/2020年/新潮社


中村が紹介した本

『夏目漱石』江藤淳/1971年/講談社文庫

『意味という病』柄谷行人/1975年/講談社文芸文庫

『ニッポンの音楽』佐々木敦/2014年/講談社現代新書


10冊目

空地Vol.6『作品と合評』/2025年/文芸誌 空地


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サマリー

このエピソードでは、ポッドキャストの参加者がリスナーからのメールに基づいて、おすすめの小説や批評、哲学書を10冊紹介する企画を展開します。リスナーの文学的理解を深めるための参考図書を通じて、現代思想や関連トピックについて議論が交わされます。 このエピソードでは、日本の現代思想を理解するための本の選定について語り、特に浅田明の『構造と力』や夏目漱石の作品についても触れられています。また、現代文教育の在り方や古典文学の意義についても議論が展開されます。 今回のエピソードでは、マックスウェーバーの「職業としての学問」に焦点を当て、その内容や意義、特に近代化についての考え方が論じられています。また、学問が合理化に寄与することや、当時のドイツの社会状況における知識人の役割についても掘り下げられています。 このエピソードでは、映画評論家ハスミシゲヒコの影響とその文体について考察されており、彼の独特なレトリックや映画観の重要性が強調されています。視聴者に映画の見方を刺激する内容となっています。 このエピソードでは、空地的ジンブン学が推薦する本10選について議論されており、特に文化や文芸批評に関する貴重な洞察が提供されています。また、近代文学や著名作家、そして新しい文体の探求がテーマとなっています。 ポッドキャストでは、カズオ・イシグロの作品や彼の文学が描く日本の文化と個人のアイデンティティについて探ります。主に「東山並の光」や「日の名残」といった作品を通じて、彼の独特な視点や美しい文章に触れる内容となっています。 このエピソードでは、日本の音楽や文学に深い影響を与えた著作について考察されており、特にセンスの良い著者の作品が取り上げられています。また、近代的な文脈での歴史の捉え方や音楽評論と文芸評論の相互関係についても掘り下げられています。 ポッドキャストのエピソードでは、空地的ジンブン学によるおすすめの本10選が紹介され、各書籍の特徴について考察されます。

ポッドキャストの導入
藤原です。松崎です。中村です。というわけで、空地的ジンブン学、今日もやっていくわけなんですけども。
ここどこ?どこだ?出してくれよ。ポッドギャストを取らないと出れない部屋。
ポッドギャストを取らないと出れない部屋、ここは。え、セックスしなくていいの?セックスはしなくていいよ。
ポッドギャスト取らないと出れない部屋だよ。普通ここ男3人で入って、その、俺ら友達同士入って、ここでセックスしてもしょうがないんだよ。
ポッドギャスト取らないと出れない部屋だよ。セックスしないと出られない部屋に入ることで。
できるのかと思ってたのに。できないですよ。ポッドギャスト取れるよ。代わりにポッドギャスト取れる。
というわけでね、空地的ジンブン学、今日もやっていくわけです。
メール来てます。初めてだね。初めてのメール回。
メールね。ありがとうございます。
ありがとうございます。メール届いてまして。
なんかその、お決まりみたいだったけど、メール来てますみたいなの初めて過ぎてびっくり。
そうですね。読んでいいですか?不慣れですね。
ラジオネームとかいいんだよね。
ラジオネームなしの方じゃないですか。
ラジオネームなしの方でいいの?これ。ラジオネームなしの方。
青松明の講演の回から聞き始めました。いつも更新ありがとうございます。
お三方のトーク、興味深く。また時々クスッと笑いながら聞いています。
ただ、文学を通っていない私は、空き地で展開される会話や議論についていけないことが少なからずあり、もどかしい思いをする時もあります。
そこで、これだけは絶対読んどけ、みたいな小説や批評、哲学書など10冊ほど教えていただきたいです。よろしくお願いします。
だそうです。
文学書の紹介
なんか、あれよね、非常に企画にしやすい質問ですよね。
そう、すごく丁寧。
まずお答えよりありがとうございます。
ありがとうございます。
すごく丁寧だし、案を出してくれるというか、あちらから。
確かに。
私たちが思う。
普通にリスナーが分かっていない話をずっとしすぎているという説もあるけど。
ちょっと怖い話です。
そんなシュート名の切り口なの?
青松明です。青松さんの講演の回から聞いてくださっていたやつ。
11月のね。
そうですね。
経済の回から。
淡いパステルグレーの日々ね。
淡いパステルグレーの日々。
パステルグレーって何?
パステルグレーってだから、そのなんかあれでしょ。
黒んだ、ホコリ色みたいなことでしょ。
というわけでやっていきますか。
持ってきましたよね、それぞれ。
それぞれ持ってきました、メールを受けて。
1人3冊持ってきました。
1人3冊持ってきました。
やっぱりさっき藤尾が言ったけど、暗黙の業界で3人で話しているとこいっぱいあるからね、本当に。
そうだね。
聞き直すとちょこちょこ。
あとかといって、ひろと文芸学科だけど、俺と松井は別に専門で大学でやっているわけでもないから、大学の授業でやってないところで本を読んでいる部分が結構強いから。
スタンダードではないのかもしれない。
し、空き地の文脈でね、喋っている部分も結構ありますから。
空き地の文脈は空き地の文脈だから。
エコーチェンバーですからね。
そうですね、その点では非常に。
エコーチェンバーが電波に乗って届くだけでね、お便りが来てとなるのは嬉しいよね。
どういうことかわかるけどね、言っていることは。
じゃあやっていきますか。
はい、どうぞ。
私からいきますか、じゃあ。
藤原先生から。
一人一冊ずつで参集していこうと思います。
一人一冊ずつで参集していこうと思うんですけど、何からいこうかな。
何がいいんですか。
じゃあ、読んだ順でいこうかな。
最初にいくのは、
最初にいくのは、
高校生のための現代思想エッセンス、
ちくま評論生2定番。
ちくま商房から出ている本なんですけど、
これですね、高2の時に現代文のテキスト、高校の現代文のテキストで使った本で、
ちくま評論生なんか2回出てるんだよね。
最初の版がね、たぶん90年代とか80年代とかに出てるんだけど、
これが2定番で2007年に出た本です。
それを使ってて、
で、ラインナップが結構良くて、
まあ、有名な人ですね。
大体ポッドキャストに出た名前だと、
ブレイディ・ミカコとか、
僕はホワイトで、
イエローで、ちょっとブルーとかで知られてるブレイディ・ミカコとか、
あと加藤範博もいますね。
歯医者の創造力っていうのが出てますけど。
あと、あずまひろき、動物化するボス友だとか、
国文広一郎の贅沢のすすめとか、
そこら辺が載ってますね。
で、あと上野千鶴子もいるね。
武田大臣もいるわ。
内田辰樹もいる。
長居とする。
内田辰樹か。
武田大臣もいて、長居ひとしもいて、
オカマリもいて、みたいな。
まあそういう本なんですけど、
それが全体的に評論とか、
ブレイディ・ミカコとかはエッセイみたいな感じなんですけど、
で、載ってるで、
っていう本なんですけど、
ここら辺を公認の時に、
現代文で扱ってて、
まあ結構俺が授業で精力した後とかあるんですけど、
こういう風に線引いてあったりとか、
普通にやった後があって、
っていう感じなんですけど、
これね、これはじめにが、
これ読み返してみたんですけど、
はじめにがすごく良くて、
2007年にこの本が作られて、
世界の良さを大きく変わったが、
編集員とには変わりはない。
想定している読者は、
自分で考えようとする強い意志と、
他者の苦しみに共感している、
柔らかな心を持つ若い人々、
すなわちあなたであるから始まるんですけど、
そういう若い人向けの、
大体高校生、
高校生のために現代思想エッセンスってあるんですけど、
高校生に向けて現代思想とかが書かれてあって、
本当に分かりやすいんで、
夏目漱石とかにもね、
脚注がついてるぐらい、
それぐらい分かりやすいんですけど、
最初に、
おさだひろし、
変じゃレッスンが書いてるので、
そこで開けられてるのが、
夏目漱石のね、
随筆のところから出てきて、
真面目に考えよう、誠実に語れ、
真実に行ないっていう、
考えて語って実行するっていうことから始まって、
それで先ほど挙げたラインナップの、
現代思想の、
当時、2007年当時、
今でも問題になっていることがほとんどですけど、
例えば、ディズニーランドのオリエンタリズムとか、
これは学校でやりましたね。
普通に動物化するポストモーダーもあるし、
あとパヌプチコンと、
よく俺が風光の話とか出しますけど、
パヌプチコンと、
あとその時はカメラ、
監視カメラとかの、
現代社会の監視社会についてとか、
そこら辺が出てるかな、
あとは死の定義の話とかね、
脳死の問題とか、
高校生へのリーディング
が今覚えてるところかな、
っていうのが出てて、
最後のエピローグが、
大井健三郎ですね。
大井健三郎が、
普通に簡単なエッセイみたいな感じで書いてあって、
これが書いてある。
高校生の時やったんだよね。
もうあんま覚えてないですけど。
本屋とかに普通に売ってる?
売ってる。
Amazonにも買えると思う、普通に。
これ1000円くらいだもん。
1000円くらいですかね。
Amazonで買えない物ってないからな。
Amazonで買えない物は、
古本屋に行かないとないみたいな本ではある。
サロン洗濯品とかしない?
Amazonで買えない物はありませんから。
そんなことはないでしょ。
絶版になってる本とか買えないじゃん。
GAFAから手に入らない物ないですか?市場には。
GAFAから手に入る物しか入らないみたいな。
日々の営み、ささやかな営みとか。
それ別にコンビニでも買えねえわ。
あとスペックスか。
あれはコンビニでも買えるけど、もう少し探そうよ。
とはね、ちょっと話がザーッといっちゃったけど。
これは普通に読むと、結構わかりやすいし、
普通に大学で勉強するにはかなり入り口のことしか書かれてないんですけど、
いろんなジャンルのことが取り扱ってあるので、
ここから興味あることで、読書案内とかもついてるから、
そこから興味あるところとかに当たっていくっていうのがいいんじゃないかなと思います。
学産っていうのが結構良くて、
例えば学術参考書ね。
だからそこらへんは良くて、
これ高校生の時に現代文のテキストで扱ったって言ったんですけど、
よくあるじゃん。大学時期の現代文ワードとか、
クリティカルワード50線みたいな。
ああいうのを読んでみると、一回通して読んでみると、
なんとなく普段大学とかに使われるような言葉の定義とか、
平たくどういうふうに扱われてるかみたいなことがわかるから、
そういうの意外と舐めずにね。
高校過ぎても学術参考書っていうのは、
高校生の参考書なんて今がやってもだいぶ難しいですから。
書き講習の初日みたいなと思って。
何が?
それを舐めずにみたいな。
いやだって本当だもん。
中学のまでの教科書、英数、国書、英数、国書。
そっちのほんとなんだ。
でも言われるよね。塾の書き講習とかの。
最初のときに教科書をちゃんともう一回やるってことが大事なんですよって言うじゃん。
言う。
俺たち南館大の受験生だったけど、
1月に教科書を読むやつが受かるっていう定説があったの。
見慣れない背景、空間と相まってさ、初めての塾来たみたいな気持ちになった。
そうですね。
後ろのね。
あれまで帰りたいんだよな。
しかも特にこれ、新学校で公認のときにやったやつだし。
めっちゃ成績してんじゃん。
これなんでやってたかっていうと、問題集にもなってるんですよ。
はいはいはい。
これ問題集にもなってて、最後に問題がついてんのね。
読解っていうので1、2、3番があって、
例えばここはここを説明しなさいみたいなのが3つあるんですけど、
これとあともう一つの東京大学では現代文で要約問題が出るので、
120字かな?評論を要約するって問題が出るので、
この読解の3問と要約をやって、現代文の先生が添削してくれるっていうのを公認のときやってました。
これで実際やってみたほうがいいと思う、普通に。
いかに人がだらしなく読んでるかがわかると思うから、マジで。
で、それしっかり回答編もついてるんで。
どうなの?著者が怒るんじゃないの?
何が?
アズマンとかが。
俺そんなこと言ってねえよって言う系じゃないの?大丈夫?
そんなことないでしょ。
だって別にちゃんと…
あるよねよく。
どういうこと?
ニュースで問題出ましたのときに、次の週に学者とか小説家とかが問題出たらしいけど、
そんなこと書いてませんって。
この前サイハツとかも言ってなかった。
どう読めるかだからね。
でも、何て言うの?
著者としては全く自分が思ってない意図で問題文出されてるから、
なんか問題…
それ俺そんなこと言ってないよみたいなことをよく見るよね。
たまに作家のエッセイとか読んでも見てない。
見る見る見る見る。
小説とか特に言うしね。
でもこれぐらいはね、そんな簡単なものしか出てませんから。
この文章なんて高かしれてますから。
高校生が読める本だから。
高かしれてるし、
現代思想の理解
この評論のところの解説とかにはかなりわかりやすく、
現代思想のキーワードの説明とか図解とかがあるんで。
実際読んで、あと書いてみるっていうのがかなり自分の能力に役立つんじゃないかなと。
大学帰れば…
やっぱり予備校の先生やね。
役立つ…
いや、勉強ほど大事なことないから。
まともに読めない人といっぱい出会いますから、大学帰れば。
まずは勉強からという。
まずは勉強から。
というわけで、ちくま評論戦。
高校生のための現代思想エッセンスでした。
俺はじゃあ次いきますか。
俺のとりあえず全体のテーマはね、
入学は大したことがないっていう。
これね、まずどうしようかなと思ったの。
とりあえず今回のいただいたメールの感じ的に、
マルケスとか応援話をしてもしょうがないと。
普段自分がどういう日本の現代思想とか読んで話してるのかっていうので、
そういうのも見取り図になるような本を選ぼうと思って。
夏目漱石の価値
と思った時に、入学じゃないのを最初選ぼうと思ったわけ。
単純に宇野恒博、宮台とか、あと加藤天佑とか。
どちらかというと、80年代?90年代以降かな?
反批評空間勢的なところから選ぼうと思ったんだけども、
それは2週目だなと思って。
まず批評空間のやつらを読んで、
言ってることは確かにすごいことを言ってる。
が別に確かにそれだけじゃねえなっていうのが、
入り口としていいんじゃないかなと思って。
プリティカルシンキングしながら読むニューアカデミズム。
っていう2冊。朝田明ら。口頭と力ね。
ニューアカの代表?
代表。超売れた本。
この前文庫化されて話題にもなったし。
文庫落ちしましたね。
文庫落ちっていう言い方しないけど。
多分口頭と力は。
言ってた言ってた。
俺の先生の普通に大学教師の先生が、
口頭と力を考えると文庫落ちしましたけど。
単行だと誰も読めない。
当時の大学生めっちゃ面白いけど。
文庫になることを多分みんな文庫落ちって言ってる。
単純に言葉として。
ランクが下がるとかそういうことではない?
だけどちょっとしかねえ。
これあれなんですよ。
いわゆるドゥルーズ風光デリだったりの
フランスの現代思想のチャート式みたいなやつで
すごい圧縮してあって
どういうことが言ってるかっていうのが
まとまってるみたいな本なんだけど。
最初多分ラカンと話してるよね。
ラカンとかいろいろそこら辺の
ボードリアルとかの話をして
バルトとかバターユーとかで
近代っていうのはどういう仕組みで成り立つのか
みたいな話をしてるわけ。
結局人間っていうのは自然状態
ピュシス
っていうのはいろんなところに
エネルギーっていうのが流れていっちゃうから
それを一つの方向に流すために
社会っていうのが
構造っていうのが作られてる。
それが構造と力ってことなんだけど
単純に言うと。
その上でじゃあ
ポストモダンどうなってるんですか
みたいな話をする本なんだけど
いわゆるめっちゃむずい本じゃん
と言われる本じゃん
まあそうだね
帰ってきたYouTube
帰ってきたYouTube
哲学の
ロシュコフ
ロシュコフィーだっけ
知らないけど
チャンネル
機械音声ゆっくりボイスで
哲学を解説するやつね
はいはいはいはいはい
いろいろ
ハイデガーとかと一緒に
結構がっつり40分くらい
ハイデガーとかの
精神現象学について
まとめてくれる
その中に
ハイデガーとかと並列に
構造と力の話が入ってる
広松渡る
ハイデガー
なんだろうね
ヘイゲルとかもあるよね
そういう流れで
いわゆる
難解度される本
でも別に
浅田明が難しいこと言ってるわけじゃないよ
フランス現代思想が難しいのを
浅田明がまとめてるだけだもん
だから別に
読んでもらえば
読んでもらった方がいいんだけど
最初はめっちゃこう
喋ってるんだけど
最後第4章かな
浅田明がそれを受けて
自分の話をするんだけど
この考えを喋るんだけど
これ書いてるのが27歳なの
若いなわ
だからそこまでは
すっごいなんか
すげえむずいし
なんかやべえな
これ27歳書いたのかと思うんだけど
最後だけ
すっごい平たい
アジデートなんだよね
白石和子の
詩を引用したりしながら
結局この後の
闘争論に続いていく
いわゆる
この消費社会の中で
パラノイアになるんじゃなくて
スキズを
だから単純に
言い換えちゃうと
あれなんだよね
ASDよりADHDってことなんだって
その基礎としてだから
拡散
演出していくんじゃなくて
そのことにパラバラのね
演出していくんじゃなくて
拡散していこうということで
いこうっていう方向に
結びつくんだけど
最後どんどんなんか
ポエムみたいになっていくんだよ
若いね
そう若い
だから浅田明は確かに
27歳でこれを書いたのがすごいが
27歳分の青さがあるという
はいはいはい
読みごろとして一番いいんじゃない
そういう構造と力がまず一つ
若ければ若いほど面白いからね
単純にね
これね
これ読んでるだけであれですから
だいたいわかるから
そうね
現代思想
これと千葉麻雀の
現代思想入門と
あとなんだっけ
現代思想の冒険者たちみたいな
あの
高談社のソフィア文庫から
なんか出てるやつ
ぐらい読んでおけば
まあだいたい見とるやつが
わかるから
千葉麻雀の現代思想入門
今日持ってくるから迷ったわ
めっちゃ面白いし
だからね
世代だしこれ
だからそこら辺ぐらい
適当に読んでおけば
なんていうの
もうあの第一とかにあったら
頭良さそうって思われるぐらいは
喋れる
第一で頭良さそうって思われるためには
幻聴読んでないといけないだろ
それぐらい
いや第一
幻聴読んでるやつには
幻聴
いやもうそれはなんていうの
第一がすごいと思わないぐらいすごい
わかるわかる
だから
いや幻聴読んでるやつ
幻聴読んでるやつは
下手なこと言えないから
くやくや喋らないけど
確かに
確かに
後のやつは
すごいと思われる
思われたいなら
これぐらいだけでも思われる
まあてか別に
専門的にやらないんだったら
これぐらい読んどいても
それかなり十分だと思うよね
うん
全然読むだけで全然
結局ね
世界が変わる
世界が変わるね
ごめん
ハズケリューペみたいに言っちゃったけど
ハズケリューペみたいに言うなよお前
いろいろいろんなものが見えるようになりますよ
知らないけど
ハズケリューペみたいに
はい
では次
はい
えーとね
なにこれこう
えーとね
結構ね適当になってるんだけどね
うん
じゃあエトウジューンいきますか
はい
エトウジューンの夏目漱石ですね
たべたま名前出ますけど
エトウジューンという文芸技評家の
漱石作かな
あーデビュー作
うん
デビュー作が入ってるかな
みんな夏目から始まるもんね
まあそう
その風潮の最初の方
そうか
でもあるけど
エトウジューンは
そうね
うん
でなりますね
まああれですわテーマは
松崎と結構逆で
うん
日本語で原著を読もうなのよ
はい
日本語のものの原著を読もうなのよ
テーマ逆ってか別に
松崎そんなこと一言も言ってなかったけど
村津文明思想を
だから強度と力と逆ってことでしょ
あーそうだね
あの
まとめてあるものを読むんじゃなくて
定義をいきなり読みましょうっていう
総語も楽しいわ
勉強としてはかなり楽しいことである
その中でかなり読みやすい方のもの
文芸技評だから
はいはい
しかも夏目漱石は
みんな読んでるからね
まあ学校でやるし
基本的にはみんな読んでるし
やるよね心の一部だけやるよね
それね有名な話だよ
心ねうちの学校はがっつり読ませられて
俺の心は学校で全部やりましたけど
これもね確かに
愛媛は全部やってるんだけど
愛媛短いもん
愛媛は
石炭おば早積み立てつな
そんなおもんないけどね心ですね
心ガチおもろいって
心クソ響いたよ俺高校生の時
心やっぱ高校生で小説読んでない人が読むにはおもんないと思うやっぱり
明治の精神がお前
やっぱり日本の国語教育は
あそこで俺失敗してると思うんじゃないすか
心をやってる時点で
だから心をやるための助長が成り立ってないよね
インディビジュアルプロジェクションとかさ
いやでもさ心読まない日本怖いよマジで
俺心全部読んでない国語読むの怖すぎるマジで
そんな愛国心あった
いや愛国心あった夏目漱石の愛着
正しい日本語というのを読みましょうってことでしょ
そうだって夏目漱石は日本語の標準じゃん
分かるけど何て言うの
目倉柳ぐらいとかやった方がよくない感じ
最近は載ってるって言うけどね
でもさ何て言うの
そこからやった方がさ絶対何て言うの
まず明治って遠くない
距離は遠い
そもそも戦後文学あんまやらんよ
やる工房くらいまでしかやらなかった記憶ある
だってあなた小説に興味あるからさ
そんなこと言えるけどさ
本当に小説なんか興味なくてさ
突然明治の精神がみたいなこと言ってるさ
古いさ今の日本語とも違うの読まされたらさ
まあそれはあるね確かにそれはそうかも
同時にやればいいと思うけど
教育における古典文学
でもあれじゃない古典みたいなもんじゃないのそういう意味では
古典教育のレベルだけどね現代文は
だからやっぱさコンビニ人間とかやった方がよくない
でもたぶん現代文の小説教育って
小説を読ませるものじゃないからね
別に面白い必要はないと思うんだよね俺も
勉強じゃないからね勉強だからね
なんかそういう風に言っちゃうとあれだけど
まあ夏目漱石は面白いですよ
確かに音楽教育で別にクラシック面白いと思わないもんね
そうそうそう
そういうことそういうこと
だから俺毎回来日やれと思ってたんだよ
何日やったら面白くなくなるって
いやあと別に面白いことやるのかな
でもなんていうの
それもさ難しくないやっぱ
まあちょっと保守的だけどね
勉強できる人側の意見も次ねやっぱり
それ面白いと思えるのはね
最初に楽しいっていうのが大事じゃんやっぱ
何事も成功体験じゃないけどちょっとした
でもたぶん楽しいところはあるよね
普通の高校生におすすめの本
どうなんだろうね何がいいんだろう
インディビジュアルプロダクションもたぶん思わないと思う
普通の小説好きじゃない高校生が読んだら
マジで?
絶対そうだよ
あれより面白い小説ないのに
あれだいぶ面白いけど
普通の高校生が読んで面白いってなる小説ないよたぶん
そんなこと言ったら本当に純文学ではないと思うマジで
そこら辺のだから山手線乗ってる
高校生が面白いと思う小説でしょ
ないよそんなのって
じゃあやっぱ容疑者への検診とか
でもこれって定読に向いてないじゃん
伏線でしかないからな
だから割と体熟習小説とか通俗小説というもので
比較的日本語がしっかりしてるものっていうのが小説だと思う
そういうラインではある
確かに
ラドベンみたいな冊子でつければいいのかな
古典だったら定詞名から読むからな
知ってる
双葉定詞名からやったけど
漫画版心の経の博士
母石に経って書いてある
めっちゃ面白い
ネットで読めるよ
本名出てこない
普通動かすのよ
普通にドロドロだよ
ごめんえとうじゅんの話全然聞いてないわ
別にえとうじゅん自体は思想的な立ち位置とかもあるけど
ドミギですからね
ドミギだしねこの後ね
この後だから創出成熟に行くのもおもろいよね
成熟と創出
結構混ざっちゃうね松崎の映画と
これはね結構ね
成熟創出読んだ後にもう一回読むと
かなりちゃんと書いてます
文芸評論として書いてる
文芸評論としてちゃんとテクストに当たって
自分が若い自分が文芸評論の世界で
文壇の中で認められるために
ある程度経緯に注意を払いつつ
新しいことを書いてるという
ちゃんとテキストの批評として成り立ってるってことだよね
そうですね
でえとうじゅんってね自分の話しかしてないからね
その後とかは
文芸評論は結構自分の話すること嫌で
小林貴殿が言ってるけど
そういうイメージもある
小林貴殿のね初期のやつとかと迷ったんだよねこの枠は
文芸評論を誠得してほしいね
結構だからこの
青空文庫で参照作品が全部当たれるのもいいと思って
全部青空で
それ結構いいね
デジコレで読めるよって言われても
かなりハードル高いからね普通の人に
だから
すごい考えてるなと思っちゃった
青空文庫で読めるか
青空文庫で原著当たるのすごいわ
簡単だわ
図書館行く必要ないしね
家から勉強できる
俺自身も結構だから
夏目漱石
後人とかも
夏目漱石の話よくするけど
大輝作から大輝人大輝作漱石しろ
そうそうやっぱり読みやすいから
そうねやっぱね
僕ねうるさい人なんでね
文章が楽しいかどうか大事なんだよ
美しいかどうかとか
まあそうだね
やっぱヘイゲルとか
めっちゃ文章がポイジーだからいいのよ
まあそういう面白いものは
哲学者において大事な少しだもん
文芸企業とか哲学とかも
単なるテクストでしかないよなっていうことで
割と結構
文章自体は読みにくいと思う
古臭いしね
だし江藤潤が抱えてる問題意識が
割となんだろう
その時代のものだから
古臭い問題意識ではあるけど
まあいいんじゃないでしょうか
文技表ね
これは中古で100円で買えますから
文技表読んでみると面白いかもしれない
1個ね
あと青空文庫と同じ軸で
俺高校生の時買えなかったから
物工風で物工風に売ってる文庫本しか買ってないね
まあそうだね俺もそうだった
物工風に売ってる文庫本で買えるもんです
今日も家に本がなさすぎて
ずっと図書館で本読んでるから
家に本がなさすぎてびっくりした
単行本買えないよね
単行本なんか買えない
じゃあ藤原2周目いくか
マックスウェーバーの学問論
はい
これ時系列でいくと
これ読んだの高校3年生の時だったんですけど
先に
本いきますね
マックスウェーバーの職業としての学問
出た
藤原出す
これを
これは1919年のドイツでされた
マックスウェーバーの講演なんですけど
講演録っていうのもいいよね
最初に読む本として
哲学者でも講演
哲学者って主に大学教授でもあるから
普通に教えるのって大事だし
そういうのを結構
ライフワークとしている人もかなり多いから
そういう意味では
講演録を読んでみるっていうのも
特にこのマックスウェーバーの職業としての学問は
マックスウェーバーの仕事自体とは
ある程度関係ありながら関係ないような話なんですけど
マックスウェーバーが何で知られてるかっていうと
あれなんだっけ
プロテスタンティズムと職業倫理
プロテスタンティズムの倫理と
資本主義
資本主義だっけ
分かんない
あれ半分くらい読んだ
なんですけど
あれでは近代は合理化にあると
近代化とは何かって言ってたら合理化っていう話で
自術的価値観とか宗教的倫理から外れて
この職業としての学問でも出てくるけど
学問っていうのは合理化のための
すべてが予測できる
すべてが予測できて対処できるためのものっていう
それ合理化ですよね
っていう風な考え方をした人です
マックスウェーバー
あといっぱい色んなことの仕事もしてるんだけど
そこら辺はちょっと
マックスウェーバー経済学者だから
俺もそんな確かに言うんだけど
深井さんとかもそういうこと言ってるよね
そうだね
当時の本当にあれなんじゃない
当時の割と近代化の時期だから
マックスウェーバー
特に職業としての学問1919年だし
そこら辺において
日本で言ったら
第一次世界大戦が終わった年だからこれは
プロテスタンティスマは確か1905年とかなんだよ
だから本当に近代化
特にドイツは遅れた国だから
そういう意味では
日本が深く列強ぐらいをしてた時期って考えると
大体そういうことが重要だったっていうイメージが
つくんじゃないかなと思いますね
これは1919年のドイツで起こられた講演で
当時第一次大戦後ですよドイツは
イクイクベルサイユ
イクイクベルサイユですね
ドイツは戦争に勝てなくて
賠償金問題を抱えてて
ここから帝国主義
ヒトラーが政権を握っていくわけですけど
そのドイツにおいては
ここでよく話されるんですけど
認識の代わりに大権
教師の代わりに自動車を欲したっていう
職業としての学問は
大学教授が教室にいっぱい生徒を集めて
それっぽいことを言って
生徒を騙してるのがよくないみたいな話が結構出てくるので
はいはいはいはい
そういう雰囲気ってあるからね
そういう風に教師が予言者としてじゃなくて
ちゃんとやろうよっていう話が
主にされていくんですけど
何?
どうぞ
何だお前
ここ27ページでは
最近の若者は偶像崇拝をしてると
個性と大権のことである
個性は大権からなり大権は個性に属する
苦心して大権をして
苦心して大権すれば
それが個性に還元されて
それが才ある人間だと思う
っていう若者がそういう人が多いし
後半ではそういうのがどんどんどんどん
例えば宗教的要素を持つ団体とつながったり
教師を予言者として扱ったりとか
するっていう風にいくと
それをかなり強烈に批判しているわけですね
それどういう風にするかっていうと
日々の座平
つまりドイツ語では仕事っていう意味だし
日々の仕事に変えると
手仕事的なことなのかな
手仕事的なことっていうか
ここでは学問他には芸術とかの役割も
芸術とかの話も出てくるんだけど
つまりやるべきことやれってこと
日々の要求を
満たしていくことが重要だと
そこに人間関係も人生の宿命も置くべき
みたいなことを言ってます
かなり古い言い方ですけど
マックスエイバーはね
そういう意味では
かなりこの話は全体的に
古臭い印象を受けると思う
特に当時のドイツで考えれば
ドイツは特にプロテスタントなのかな
知識人と教育の重要性
キリスト教系の中道派が
権力を握っていた時代でもあったし
そこを吸収してヒトラーが政権を握ったのが
ドイツですから
そういうことも入っているので
そういうところに対する
当時の1919年のドイツってものを
強く感じると思うんだけど
やるべきことをやろうよ
みたいなこと言ってるんだよね
知性の犠牲って言ってるんだけど
知性を犠牲に
そういう宗教とか
そういう超越的な思想とかに行くのは
最後の方に書いてありますけど
この回避は事故の究極の立場の決定について
事故の宿命を見極めるという勇気を持たず
この義務を育児内妥協によって軽減しようとするときに
ノリに生じるって書いてあるので
こういうことを言ってます
これをね
僕は高校3年生の時に
夏にかんむり模試
目指してた大学の実践模試で失敗しまして
次の日にお茶の水の見学校で復習してたんですけど
ほとんど全部解き直してるじゃんかって
3時間くらい経った後に気づいたの
アホらしいと思って
お茶の水の丸善でこれを買って
お茶の水のエクセションを俺で読みました
2時間くらいで読み終わる
100ページくらいだから
2時間くらいで読み終わって
勉強したっていう
その後慌てて勉強しました
確かに受験生が書いそうな本やな
俺もうこれくらい
今並のねこれくらい薄い本全部読んでるから
時勢力とかもね
方法調整とか教演とか
高校生でも読めるって言われて
入門書とかも結構読んでたけど
通志とかの西洋哲学誌通志とか
結構読んでたけど
古い新書とかのやつとかね
とかね
今並の
読んでたんですけど
今並の青いやつ
というかもやもやとなってます
まあいいやそれは
何文庫っつったっけ
いわない
新書じゃなくて
現代新書かな
現代文庫かな
でね
大体ね
熱くて単純に
自己啓発として見ると普通に
今の時代からだったら
当時のドイツの状況とか
大学とはみたいなことも書いてあるんだけど
学問とはみたいなことも
単純にやる気出ますこの本を読むと
三本松さんみたいなもんだから
これが一番高校生の時
これまだ覚えてたんだけど
高校生の時に
一番興奮したのはですね
また自己の前進を打ち込んで
例えばある社本のある箇所の
正しい解釈を得ることに
夢中になるといったようなことの
できない人は
まず学問には縁通い人々である
って書いてあるんですね
だからその一文の解釈を朝から晩まで
一生懸命みんなで考えて
それでも楽しくてしょうがないって人が
学問をやろうよって言ってるわけです
興奮した
高校生の時俺はこれで
でその後に
なんかその
情熱と無価値
だから誰それが言ってないことを
言ってやろうとか
専門俺は誰なのに専門家だ
みたいなことを言ってる奴は
なんでもないみたいなことがあって
なんでもないみたいなことが書かれた後に
いやしくも人間としての
自覚のあるものにとって
情熱なしに成し得る全ては
無価値だからであるって書いてあります
でその情熱
例的な例えば
芸術でもよく言うじゃん
消滅っぽいとか思いつきとか
降りてくるみたいなこと
それは何で起きるかって言ったら
情熱あって仕事してるからでしょっていう
仕事があるから
そういうのが得られるのではなくて
そういうものから得られるわけじゃない
みたいなこと言ってます
平たく言えばね
いろんなこと言ってるんだけど
簡単に読めるんで
80ページしかない本文は
すぐ読めるんでね
おすすめこれは
だからこれを機に
意外と公園録ぐらいだったら
読めるんだよっていう
こういうちっちゃな
知的好奇心を満たしていくことが
楽しいと思うから
こんなん制御する本でもないですし
楽しく
喫茶店で1時間ぐらい読めると思うんで
読んでみてください
ハスミシゲヒコの映画思想
以上から
マックスを言えば職業としての学問ね
興奮したこれ
高3の時
はい
監督大津足次郎ね
名職
ニューニューアパー通りですね
89歳誕生日おめでとうございます
いつなんで
先日2日前ぐらいかな
結構近かった
長生きやね
なんだけど
これね僕大学の授業で
制読したやつですけど
今やあれじゃない映画好き
フィルマークスに貼ってるような
映画好きからしたら
コメントジジイだからさ
劇団一人とかと一緒なわけよ
違うな
この映画を見なければならない
キリン川島とかと一緒なんだよ
キリン川島?
バカリズムとかと一緒なんだよ
佐久間信之とか
違う
大喜利芸人と一緒なんだよ
あーそういうことね
コメント芸人ね
コメント芸人じゃん
実際多分
今みんなコメント芸人だと思ってるでしょ
ハスミシゲヒコって
チラシミね
4分の1やなチラシミ
でも大体いるんだよな
いるし大体2、3行じゃん
だから2、3行以上の
ハスミシゲヒコのテキストを
最近みんな読んでるかっていう
確かに読んでないかもしれない
チクマの連載エッセイぐらい
それは読んでるじゃん
ハスミの
テキスト読んだ後は
チクマのエッセイぐらい
はいはいはい
おずいあす次郎
監督おずいあす次郎
ハスミシゲヒコ
ハスミシゲヒコはもうあれですよね
単純にアシキ日本シネフィル文化の
元祖ですから
これはガチで
あとガチの
表装文化とかの研究者なのか
東大総長だったんだよね
もともと
専門はフロベールの
フロベールの研究者なんだけど
そこはいいんですよ
とりあえずだから
ハスミシゲヒコの80年代あたりの
映画思想
映画評論っていうのが
すごいシネフィルの間で
絶対的な価値観として
今までに続いてると
これがおかしいんじゃないか
っていうことを例えば
宮田彩人とかは言ってて
宮田彩人も独自の
映画企業活動してるんだけど
その前にまず一回
ハスミ読んでみようと
大事ですよ
だからハスミシゲヒコっていうのは
結局男性的なすごい強い言葉と
すごい強い価値観で
アーティストね
文体の特徴ね
批評家への盲信の危険
別に大したこと言ってないのに
難しいレトリックを駆使した文体というので
さも交渉であるかのような
フリをしてると
でもこれ本当なんだよ
じゃあなんで
交渉な文体が必要だったかっていうと
自分にとって
素晴らしい映画である
ジョン・フォーズとか
ハワード・フォークスのような西部劇とか
そういうエンタメ作品っていうのを
いかにして擁護するかっていう
中的にそういう
レトリッカルな文体っていうのが
必要とされたわけ
ハスミシゲヒコは実際
権威になったし
そのおかげで今や
ジョン・フォードとか
ハワード・フォークスなんて
巨匠ですよ今や
アメリカのB級映画ですよ
結局は
元はね
なんだけど
その結果
悪しきハスミ的な
レトリカルな文体だけが残ったと
これが日本の映画企業の
チラシの橋に残った
残ったそう
でなんかその
相前真嗣のお引越しは
名作と言わねばならない
あれね
みたいな
そういうことだけは
言ってるわけ
なんだけど問題は
ハスミの
ハスミの雑魚居エピゴーデンが
多すぎるっていう
ことなんだよ
チラシ4にハスミだもんな
で確かに
ハスミっていうのは
ティマイズム
いわゆる同じ共通するモチーフとか
洗い出してテキスト論的に
論じていくっていうのが
テキスト論の
すごい分かりやすい形をやってるのよ
特に監督康二郎とかだと
小説もそうだしね
小説もそうじゃなかったっけ
小説論
小説論の方ね
ハスミ小説も書いてる
ハスミの小説の方じゃない
小説から遠く離れてとか
あと
だから
大江ケンザブロー論を書いてる時は
大江ケンザブロー論
例えば前元年は
三つザブローなんだよね
だから3であるみたいな感じで
大江の全ての小説から
数字だけを抜き出して
大江を数字で読み解くっていう
これは大失敗作らしいんだけど
失敗したみたいな
失敗しそうだけど成功してたら
ガチ名誉じゃね
成功してたらマジ面白いじゃん
読み物としては
ハスミの中では
優定評価高くない方だと思うけど
大江ケンザブローは特に
だから小説から遠く離れては
井上久志とか長亀健一とか
村上春樹の小説が
共通する説話論的構造を持っている
説話論的構造って何?
説話論的構造ってあれでしょ
最終的に普通に
簡単に抜き出すというか
回収されるみたいなことじゃないの
教訓とかに
騙されてます
あれだよ
先生
話し言葉の物語ってことじゃないの
お二人ともハスミ主婦に騙されてます
何?
ストーリー
そういうことなんだ
でもハスミ主婦はストーリーを
説話論的構造っていうことで
ジョン・フォードをエラックしたの本当に
なるほどね
一般的に説話論って言ったらそうだけど
でも説話論ってそうじゃん
でも的構造っていうことでさ
さもさ
すごい自正的な言葉みたいになるでしょ
でもということで
結局小説から遠く離れても
紐解けば
全部の最近の小説って
同じストーリーしてるよねっていう
はいはいはいはい
であと他にも
ドゥルズ・ゼリダ風報とか
あれはテキスト論とかじゃないけど
あれは現代思想をどっかに持ってきたんだっけ
あれは
あれは何?
俺まだ土地話しかないから
何とも言えないけど
そういう感じじゃない
そういう感じじゃないと思う
ああそう
あれはね
読みながら考えるみたいな本だったはず
読んでないので
適当なこと言えないけど
で監督大津康二郎は
ひたすら大津の映画を見ながら
共通する文字譜とかを洗い出して
これがこうでこうでこうでこうだよね
っていうことを言うんだけど
有名なのが
4章かな
住むことっていう
章の
大津康二郎の映画の
日本家屋の2階は空中に浮遊しているっていう
浮かんでるんだ
なんででしょう
地上映らないから?
答えは階段が映らないからです
大津の映画をあいつはひたすらバー見て
階段一貫映ってないな
ってことは2階浮いてんじゃねって
口頭向けなことを言い出すわけ
で2階が浮いてて
2階っていうのは基本的に
大津康二郎の映画っていうのは
妻に先立たれた夫と男と
その娘の話ですから基本的に
で2階ってのは常に娘の部屋があるんだと
2階っていうのは娘が住んでる女の空間であり
1階が課長性的な空間である
それで2階において
女友達とかが来るんだよね
その時2階にお茶とか出しに行った
劉知史で演じる父親はいつもの
意見はどこにもないみたいなことをひたすら言って
そこで空間が分離されてることと
でここが面白いのが
でも実は映ってるんだよねって最後言い出すの
それ映ってるのが
三摩の味の岩下島が
とついた後に階段が映るっていう
だから娘が家からいなくなった後にも階段が映るっていう
で1階と2階が接続されるみたいな
面白いでしょこういう
面白いけどさ
デタラメじゃん正直
そう言えるってだけだからね
でもそう言えるってだけなんだけど
そう言えるってだけじゃなくて
そうとしか言えないっていう風に
はすみは書くわけ
それがはすみのレトリック
ねじれたテクストとかが
そういうのを担保してるわけね
だからなんていうの
本当だってなるの
でも本当ではない別に
けど確かにはすみしげっ子は
明らかに頭脳が明石すぎる
こういうテクストのほうはみんなやってるけど
はすみほどエキサイティングかつ
納得がいってしかもおもろいっていう
のを書けるのははすみしげっ子しかいないから
はすみはすげーんだが
話半分聞かないと
エピゴーネになると
気づいたらあなたもエピゴーネになって
表現流行らないですからね
でなんかあれ
流行ってる少女漫画原作の映画とか言って
これはなんか月というテーマが
連続してるねとか
言い出す
愚かな
愚かなシネフィルにはならない
特にね
サッカーの一人を盲信することもかなり怖いけど
批評家の一人を盲信すること
マジでやばくね
気を付ければいいよね
盲信するのは推しぐらいじゃない
推し盲信するのも大変だよ
推しは盲信される仕事をしてるかもしれないけど
批評家の一人を盲信するのは
かなり大変よ
推し盲信してTシャツ着て待ちづらい方がいいんだからさ
今日戦闘中のちっちゃんTシャツ着てますけど
自分要望してます
次いきましょう
入学続けですね
本当は
入学書の紹介
入学書を持ってこようと思ったんだけど
今日思いっきり入学書を紹介会だな
結局そういうことなのかもしれない
基本文化
読んだ上で
読んでいくのも楽しいから
だから
これはカナダに講じる意味と言えば
良い本だよ
書室
書室何年とか言ってほしいよ
わかんないんだよね
文芸文庫の出版年じゃないかな
えっとね
これね文化の
まとめてるから
単行本は多分単行本に出てるはず
タイトルの
タイトルの意味という山井は
初号50年だね
初号50年から75?
うん75年代から
えっとね
いわゆる入学前からだね
そこらへんのその5年前後ぐらい
入学
入学入ったらもうカナダに講じる文芸費用
やらなくなるから基本的には
文芸費用やってる時期のカナダに講じる
NAMに気になるからね
これはあるよね
NAMやってる時期のカナダに講じる
NAM
ニューアソシエイト
なんだっけ
ニューアソシエイト
マジョリティ
いやいいわ
逆にそこでマスマティックスは
実際の経済活動に移っていって
そしてNAMが崩壊
NAM崩壊して
死の構造へ
文芸批評の重要性
ニュークリティック
トランスクリティック
いわゆる自己啓発期で
どっちかというと
サラリーマンが手に取って買う本のようになってきた
最近の
そして意味と言い止まりは
マチア両兵衛が短編小説を
書くために読むべき本って挙げてたよ
文芸の短編小説特集で
嘘だなと思ったけど
マチア天然か
そんなわけなくね
さっきも
藤原が言ってたけど
近代的に生まれた
近代で生まれた自我
近代的自我と言われるもの
に扱いに困って
現代はずるずると続いてきた
という流れがありますけど
そこで
あくまで
方法論的に
形式的に転倒していこうとか
改義していこうとか
そういうことをね
転倒ですね
レトリックだ
にわか的こういうことを言うから
カルタリー・コージンとか
文章が名責なことを楽しめる時点で
ある程度すごいからね
村上春樹みたいなものを
読んでておもろい
例えばね
言ってることは面白いけどね
古いけど
意味と言い止まりが
特に面白いのはカルタリー・コージンの文献評論の中で
ぶっちゃけね
関係ないことなんだよ俺と
述べられてる
話も
島尾敏夫 志賀直屋 鴎外
マフベス
ロブグリエ
夏目漱石
特にきらどっぽ
らへん
当時の王道かあるけどね
70年代とか
70年代の文献評の
王道だよねそこらへんは
戦後というものが
がっちりまだ固まってない時代
戦後が定まる前だから
戦後を定めるにあたってそこらへんがすごく
引用されてたっていう感じがある
だから
文章がすごい楽しく
純粋に読めます
その中で
入学家的な意識
ねじれていこうぜという意識
なんていうか
京都学科バカにしていこうぜ
バカにして
今でもバカにしてるらしい
東大の人
京都学科
たぶん京大も言ってる
ねじれていこうぜという
ところはね
分かる結局これもね
安藤康二郎とか
あんま変わらないような気もするんですよ
実際
これもね
そうね
特にね
意味というよりは
僕結構からたにこうじんも
いっぱい読んでるんですけど
からたにこうじんも
はすみぐらい信用できない
ところあるんですよ
まず老悪癖があるのと
あとね
入学ってさ
何人かで集まると最悪なんだよね
そうだね
対談とか読むと本当によくないよね
本当によくないことを言う人たちなんだけど
なんか
これが結構若くたろいものが好きだから
っていうのもあるね
あとからたにこうじんの時とかのさ
世代だとよくあるけどさ
文芸秘書がまとまった単行本で
出るわけじゃなくて
雑誌に文芸誌に書き下ろしたりしてるのが
これもだから実際その講談社文芸が
まとめてるんですけど
そういう意味で一個の議論に対して
ページ数がちょっと少なくて
読みやすいよね
読みやすいけど論理に難があるときあるよね
たまにここ厳密じゃないな
っていうときは
ただうるせえなだけるときあるわ
これは300ページでだいたい16章なんで
1ページ
1章20ページ前後
この時代ぐらいまでは
入学からだよね
一冊一冊単行本が出るようになってくる
それって単純に批評家がアカデミシアのように
なりたかったないっていうことでもあるけど
今がね
だっておかしいじゃん
江藤潤ってさ
奥さんDVしたってさ
奥さん死んだ後に
自殺したヤバイ奴でしょ
吉本龍明って部屋にいる間
ずっとテレビつけ続けてて
それでオウム擁護して
むちゃくちゃな
おじさんたちじゃん
だからむちゃくちゃなおじさんたちが
むちゃくちゃなことを
上手い文章で書いてるだけで
批評だった時代ってのがあったんだよ
本当に吉本とか
龍明とかすごいよだって専門教育受けたのに
あいつって
すごいただ優れた詩人である
というところだけからスタートするの
だって外国語読めないんだからさ
吉本龍明詩集も面白いですけど
結局
大したことないに行かないといけないよね
大したことないというか
相対化しないとダメじゃない
あとカナタリ後人とかは
和尚石黒の作品
流行りすぎてて今となっては
普通に当たり前のことをこの人が
言い出したんだみたいなところも結構ある
風景の発見あたりとか
日本近代文学の起源あたりは
小説好きな高校生だったら
当たり前になっている読み方をこの人が発見したりもするから
そこら辺面白いかもしれない
そうだね文芸批評は
ここから広げやすいと思うんです
フォーク福祉の最初の方から
ここから批評空間の方
に行って
最終的にあずま広木に行くこともできるし
なんだろうな
大塚
英史とかの
サブカルチャー批評みたいな方にも
だんだんコミットしていくから
時期もあったから
そっちにも広げられるし
あとなんだろうね
あと
古典だよ
古典ですよ
あとは文芸批評を読んでみるのも
面白いかもしれないですね
ちょっと体力つけば
この時代の文芸批評は
勢いがあっていいよね
本当に
当時文学は永遠だと思っていたらしいからね
かっこいい
江戸時代の文学は
サブカルチャー化したと言っていたのに
空谷康二はそう思わなくなった
って意味で言ってる
文学が永遠だと思ってから辞めたの
やってた時期
中神が前世紀で
中神死んで辞めてるもんな
中神が死んだのがでかいから
中神がカリキナダとか書いた時って
今は空谷康二も
回想録やってるんですよ
あれ読んでるんですけど
あれの一番の神回
って思っていたっていうタイトルの回想
神回
空谷が昇陽したかった中神って
中神の一部分でしかなかったっていう問題はある
だから後期の中神の
大東亜共栄圏最高みたいな
そういう文脈とかを
空谷は結局拾い切れてないっていう問題は
結局あの人
三崎カリキナダあたりが
そこらでカリキナダも
カリキナダまでは買ってた気がする
血の当て次第の時はもう買ってないんだよね
中神の初期作
まったく面白いと思ってないらしいから
あと片つむりあたりとか
面白いと思ってないらしいから
ということで
最後の冊ですね
最後の冊いきましょうか
皆さん体力もつけてきました
時間も時間ですしね
ここ読まんの?
ラストに向けて
一本でいいと思うよ
気にながら聞いてください
ここでね
今日ラインナップ見たら俺だけ小説を持ってきたんですが
和尚石黒の遠山並みの光
小説読んでも別にこのポッドキャスト
なんていうかこう
分かるようにならないかなと思って
いやでもどういうの読んでるかなっていう
おもしれーっていうとはなるからね
幸せにはなるよ
だから持ってこなかっただけだから
和尚石黒はまあ
2017だっけ
書いてない
書いてないこれその前に出たやつだから
その前に出たやつだから
これ出てないよ
忘れられた巨人出てるから取ってるよ
2000
忘れられた巨人の後に取ったんだ
忘れられた巨人の後に取ってんだよ
モブディランの
受賞第一作が
クララとお日様
そうだよ
忘れられた巨人の前だった気がしたなイメージ
あれか翻訳が遅いのか
なのかな
忘れられた巨人読んでないから分かんないけど
遠山並みの光はですね
和尚石黒
ノーベル文学賞取りましたけど
のデビュー作ですね
もともとの放題は
女たちの遠い夏だったかな
地区まで出たとき
これ今早川書房で出てて
早川エピクチャ文庫っていうやつですけど
早川エピ文庫
早川エピ文庫はですね和尚石黒が全て
読めます
クララとお日様は文庫になったんだ
で読めますから
武庫府に行けば必ずあることで有名
和尚石黒早川エピ文庫
ノーベル賞作家みんなあるから
アニエルのもあるしね文庫
ノーベル賞になったという
取ったというだけで大量に文庫本が出ますからね
そのためにやるんじゃないかと
エリアスカネっていうのはダメだね
出てないね
80年受賞のエリアスカネっていう
全然出ない
ノーベル賞取ったからといって
すぐ翻訳が出るかって言われても
そうでもないし
だって今ノーベル文学賞
全員の作品読んだことある人
読んだことある人の方が少ないでしょ
文学仕組みやってる人でも
それはだって翻訳がない作家が
翻訳がない作家がいっぱいいますから
英語圏の方が比較的
英語っていう時点で翻訳されやすいのと
和尚石黒は日本にルーツがある人なので
そもそもノーベル賞がヨーロッパの賞でしかないし
そうだね
カズオ・イシグロの作品紹介
だから日本の文化需要と
別にパラレルじゃない
そうだね
和尚石黒の
東山並の光でデビュー作なんですけど
はい
これ主に話は
和尚石黒の初期2作から
東山並の光と浮世の画家は
日本の舞台なんですよ
和尚石黒は日本語も喋れないし
日本には3歳くらいまでしかいないんだけど
日系イギリス人なんだけど
長崎の話で
長崎の話っていうか
イギリスの
片田舎に住んでいる
中年の日本人女性が
長崎で
長崎で暮らしていた時のことを改装する
って話なんですね
ロンドンから娘が来て
日本人の男と結婚すると
それで当時
長崎に若い頃いて
日本人の夫との
娘と
日本人の夫と別れた後の新しい今の旦那さん
イギリス人の旦那さんの話とか
当時の周りの女性の話とか
が出てきて
そこからイギリスに
引っ越すわけですねその家族は
娘が自殺してっていう話です
かなり暗いんだけど
かなり壮麗で
美しい文章で
なんですね
自分いつぐらいに読んだかな
高校生で読んだ
アカデミー賞取った時に
読んだかな
中学生だったな
中高生でも読んでた
高校生ってことは
同時期ぐらいに読んでた
あれ二高部だった
同い年じゃないの
こんな回で
こんな回で
逆にこの回で
一番の情報かもしれないけどね今のが
ミスラーにとって
ハスミシゲヒコがパチってことじゃないの
ハスミシゲヒコがパチ
カラタニコウジンがソウキコ
消したくて言わなければいけない
見なければいけないのはなんだっけ
カゾイシグロの
初期作なんですけど
東山並の光がカゾイシグロの中でもだいぶ好きで
東山並の光
浮世のがか日の名残
その三作が特に
価値観の変容の時期を
くぐり抜ける人たちのことを書いてあります
東山並の光は
戦後すぐの日本の
長崎っていうのもあるし
日の名残は
第一次世界大戦の後のイギリス貴族に
仕えた羊つまり自分が
仕えた人が政治的に
仕えた人々だったってことをどう受け止めるか
みたいなのを回想で話してる
みたいな感じなんですよ
それは普通に
ここの役者跡書に書いてありますけど
結局根底になるのは世界を不条理と見る
見方
つまり哲学的な意味での
世界における自分の位置が見えない状況
言い換えれば自分と世の中の関係が分からない
従って例えば過去について
未来についてもどう考えればいいか分からない
といった状態
特に東山ダメの光と浮世の画家
日の名残で書かれてるわけですね
価値観の転移の中でどう生きていくか
これって普通に言えば
近代的自我ですよ
簡単に言えば
一般的に言われる
家富家的って言われるやつですね
近代的自我がそういった世界との関係の中で
どうやっていくか
なんだけど和尾石黒は
この東山ダメの光と浮世の画家は
すごく性質で動きがない作品なんだけど
日の名残とか私は話さないで
クララとオフィスさんもそうなのか読んでないけど
とかに行くような
もっと大きな話に行くんだよ
日の名残をぶっ壊しとったんだけど
日の名残はものすごく大きな流れがあって
私は話さないんで
はっきり言ってもドラマ的に読めますよ
サスペンス的に読めるから
SFだから
その主人公の正体何なんだろうと思いながら読む
ショーズだから
私が
私がコジラだった頃とかもそうかもね
あれはね
主人公がどんどん
自分が誰か分かんなくなっていくんだよ
後半にかけて
それが分体レベルで
かっこいいな
私は話さないでも確か分体いじってたよね
分体いじるっていうか
俺が今言葉の中心にしてたけど
単純に主人公がどんどん
今自分が誰でどこにいるのか分からなくなっていく
っていうことを
書いてある
それでね
カズオ石黒のすごい美点だと思うことが
何個かあるんですけど
一つはカズオ石黒は
そこで
近代的自我の問題ももちろん扱ってるし
扱ってるんですけど
すごくね
カズオ石黒は勇気をくれる
小説家です結局人類の
皇帝に向かっていくところがすごくいいところだと思う
絶対的な光とか
絶望とかに行くんじゃなくて
その薄明かりっていうかね
遠山納目の光って日没のこと言ってますけど
そういう薄明り湯で人を肯定してくれるような作品ですね
日本文化と個人のアイデンティティ
で カズオイシグロは長崎に多分行ったことないんじゃないかなと思う ほとんど
小説を書くようになってから
で イギリスも結局日本人にとっては ここではないどこかの話がずっと続くっていうのが
かなりB点 日本文学とは全く違う枠組みで書かれた小説だから
で まあそうだね
で カズオイシグロね これね 頑張ろうと思えば英語で読めます
これ私は話さないで英語で 結構簡単?
英語で読みました 受験の英語とかでも読める?
大学受験のセンターとか共通テストをなんなく解ける人だったら 頑張れば読めると思うんです
だからそれは そんぐらいでも読める
なんていうんだろう
それが現状でなんで小説が読めないかっていうと 単純に物語の言葉に慣れてないから
大学受験生ってさ 家にあるものの単語を言えないのに 評論で使う単語を言えるじゃん
そういう感じだから ちょっと慣れればすぐ読めるようになりますから
カズオイシグロめっちゃ読みやすい
サレンジャー読めないよな
サレンジャー読めない
サレンジャーとカポーティ読もうとして
サレンジャーはしかも特にライム木畑が読めない
フラニーとズイも読めない フラニーとズイちょっと方言みたいに書かれてる
ラインストレーズ読めやすかったけど
カポーティ読めない
ティファニーで朝食をね 最初からね 辞書に載ってない用例ばっかでね
何にもわかんない
ガリガリ読んでくるのも面白い
フィッツゼロード結構読みやすかった
フィッツゼロード俺も読んだ
結局あれも翻訳されてるから読めるっていうのもあるけどね
そういう意味で 日の残りとかね すごくいいんですけど
これはね 東山並光が人生の目標としている文章でもあって
カズオイシグロは耳がいいんだよ圧倒的に文章が
すごく音を聞いてる
英語を読むとは特にわかる
すごく韻律がすっごいしっかりしてるから
そういう意味で 野草曲集って音楽を題材にした短編小説誌もあるから
そういう意味で文章の心地よさみたいなものを感じられるんじゃないかな
ごめんちょっと話がガクなんだけどさ
東山並の光でさ 一番面白い瞬間があるんだよ
一文目さ
ニキ 最後に決まった下の娘の名は別に相性ではないから始まるんだけど
娘の名前なのにニキってどういうことやねんっていうのが
永遠とつきまって起こる
だから娘ニキな
娘ニキ
ニキ娘か
ニキ娘の話
以上です
いやどんどんレンタルオフィスの時間が
迫ってきてる
迫ってきてますけど
はい3冊目
もうね別に入学からここまでだね
3冊目イエイ
2010s
2010s
宇野志 田中宗一郎ね
これ買っちゃった
これあれですよ
さっき言った現代の
なんかいろんなことを主張してるけど
よく考えたらヤバいおじさんたち
現代の当順的にヤバい人として誰かって考えたら
ロッキンゴンのライターなんだよね
確かに
ロッキンゴンのライターはありがたいね
本当にありがたいおじさんたちですよ
こんなおじさんたちがいないと
世の中悪くなっちゃうだろうなっていうおじさんだから
田中宗一郎あれですよ
最近ね万引き自慢して炎上した田中宗一郎
定期的にしてるけどね
田中宗一郎って何かしらで
田中宗一郎が炎上初めて
そうなの
宇野小枝さんは常に炎上してる
宇野小枝さん
有名なのはあれですよ
どっかフジロックで
今は誰か忘れちゃったけど
アメリカとかでめっちゃ売れてる若いミュージシャン
アメリカの若い女性が支持してる若いミュージシャンが
ガラガラで東京の女の子どうしたって呟いて
炎上した東京の女の子どうしたおじさんですよ
2人ともね
そして宇野小枝さんはそういう発言とかが変わりすぎて
宇野小枝さんは映画音楽ジャーナリストなんだけど
宇野が書いてるパンフレットは買わないという
ヘイトも買っちゃってるんですね
素材運動が起きること
キャンセル先導をよくされてる
だから映画学科の4年生が宇野を推すというのは危ない
危ないかもね
危ないよでもその上で言うけど
俺は宇野小枝さんのツイッターのサブスクに入っている
もうどっぷりなわけね
田中宗と宇野小枝さんのトークイベントのチケットも買っている
ポップカルチャーの影響
この2人の2010年代に何が起きたかという話なんですよ
ポップカルチャーにおいてね
だいたいレディーガガーとピッチホーク
ラップミュージックはどうして世界を制覇したのか
スポーティファイトライブネーションとか
ネットフリックス市場主義
MCUとかあとはゲームオブスローンズとか
2010年代の文化状況の話をしながら
例えばファンダムカルチャーの話とか
例えばピッチホークってアメリカの
ネットから始まった
ネットの批評サイトだよね
みんな知ってると思うけど
そういうのとか
いわゆるファンダムカルチャーってのはどういうことだったとか
万能拳法の話とかしなかったっけ
も知ってると思う
だから10年代のポップカルチャーが
どういうことだったかって話をしてるんだけど
僕はね高校時代
保坂和志と宮内真嗣とタナソーを信じたので
今も信じてるだろ
今も信じてるだろだいぶ
その3人を信じて
今そこ相対化してるの?
その3人を信じて
ギンナンボイズとビッシュを聞いて
すごいよね
とブラックミディを聞いて
典型的に田舎の男の子じゃない?
田舎のオタクじゃない?
それはともかく
それはともかく
どうなんだろう
でもみんなそうじゃないの?男の子って
そういう事前はあるよ
宮内に行くかあずまに行くか
宇野に行くかで
俺は宮内に行っただけだよ
ああまあそうか
いやでもなんかその
オタクあるあるって言われるもの
全部吸ったよね今
たぶん
確かに
ポストパンクとアイドルと
著者とその作品の分析
宮内でしょ
オタクあるあるの全て
オタクあるあるの全て
なんだけど
これねやっぱね
田中聡一郎のこの
終わりにの文章が
名文であると
まずすごいのはね
自分の話を書いてるんだけど
全部君で書いてあるっていう
厚い文章ね
二人称なんですよ
全部君はって来てくれる
どのくらい厚いかというとね
これを松崎にちょっと回った時読んだんですけど
俺も読みました
帰宅して買いました
厚すぎてね
俺も眠すぎて読めなかった
眠すぎて読めなかったんですけど
まあねちょっとね一番難しいのは
結構ね一文が長いからあれだけどね
他人を攻撃しても仕方がない
攻撃すべきは彼らの神だと
ポール・バレリーを拾った君はこう考える
真実を生み出す唯一の手立ては
しかるべきプロセスで
しかるべき合意
コンセントと生み出すことができる
システムの構築に他ならない
誰もが自由にアクセス可能で
いつでもそこから離脱することができる
透明かつ公平なシステムで
ならなければならない
ではそうしたシステムとは何か
トム・ヨークとトマス・ピンチョンから
譲り受けたパラノイアを発症させながら
君はお得意の論理の張約を果たす
真実を生み出す唯一の手立ては
社会に蔓延するインビジブルな制度に
ゆっくりと働きかける何かを
不特定多数の共通項として見出すこと
こういうことをずっと言ってるんだけど
つまりタナソーは
レディオヘッドの日本語の歌詞の役者だから
レディオヘッドってすごい歌詞が上手いバンドになってるけど
あれはタナソーのポイージーだっていう説も
あるんだけど
基本的につまりこの
資本主義社会の中で
日本という国に暮らすということが
すでにある種の問題をはらんでいて
罪悪をはらんでいると
その上でどう生きていこうかっていうようなことも
タナソーってよく言うわけなんだけど
そういうところの姿勢とかも非常に
僕は影響を受けてますし
あとこの前
卒業政策でプロフィール帳を書かないといけなくて
好きな言葉は何ですかっていう
俺やっぱりこのタナソーの文章の締めくくりの
キープクールバッドケアって書いてあるからね
かっこいい
そのプロフィール帳書かなかったんだ
キープクールバッドケア
あなたがリアルであるように
あなたが優しくあるように
さもなきゃ俺の前から消え伏せちまいで終わりますから
ちまいだ
ちまいで終わるんだ
捨てちまいin my head 以来の
タナソーとね
うのこれまさに
日本の音楽とその歴史
非常にね
トークイベントとか見てるとね
すっごいもうね
暴言しか入ってない
かなり
偏った人たちでは
あるけど
でも俺はなんか2人の
話とかに割と
影響は受けてるとこあって
だけどこの2人だけ信じちゃダメなんですよ
だから本いっぱい読もうって話して
そして相対化して
その中で自分が
信じるものがないかっていうのを
見つけた方がいいよねっていうことで
ハスミは赤だときて
から
うのかなかっていうのは
いろいろ読んでるっていうことの証です
だからそういう感じで
でもね
この2人今面白いのが
本じゃなくて結局
イベントベースなのが
言論の場って育ってきてる気がしますよ
知らずとかにしろ
本が
作れないしね
作られないし遅いし
リアルタイムで反応してることもかなり重要だからね
現録画においては
という感じで散策ですね
というわけで拾っておきましょうか
これね
日本の音楽佐々木篤氏なんですけど
最近読んだんですけど
節儀に勝手に尊読してて
流れとしては
近代的時代に迷い始めた
夏目漱石という人間で
からの
ねじれていこうぜという
空谷光人
からの
それらを俯瞰して歴史として見たときの
日本の音楽ですよ
っていうと
これが夏目漱石だった
俺も思ったよ
まずちょっとこれは
先に言わせてもらうと
音楽評論と文芸評論と
哲学1冊ずつ持ってこようとしたんだけど
文芸評論が2冊になっちゃったから
3冊なくなっちゃった
日本の音楽って音楽評論なんでしょ
音楽評論じゃないんだよね
ああ音楽史
結局歴史なんだよなという感じは
でもあれだよね
だから小分けで中を見ていくと
本当に平たいことが書いてある
J-POP以前から始まって
J-POP以前が
3章になってて
ハッピーエンドの物語
YMOの物語
J-WAVEの話
J-POPが生まれるから
J-POPが生まれます
J-WAVEの会議室で生まれてるんだから
互換が良いという理由で
J-POPというのが生まれた
J-WAVEが洋楽専門のラジオ局だから
日本の音楽をそろそろ流した方が
良いってことになった時に
今までみたいな歌謡曲っていう技を
使いたくないってなって
どうしようってJ-POPっていうのを
J-WAVEが考えてるから
だからJ-WAVEのJなんだよある意味
J-WAVEとかとさどっちが先なんだろう
パラレルなんだよ
J-POPによってJ-POPが見えだす
だってたぶん93年なんだよ確か
J-POPが生まれてるのも
Jリーグ開幕が93年で
小沢賢治のデビューが93年
この後J-POP以後が
渋谷系と小室系
中田康隆
その次が第4章が中田康隆
これ2010年代前半という感じ
0年代から10年代が
10年代前半ぐらいまでの話ですね
俺も読んでるから
僕も読んでるから補足すると
これは田中さんの授与じゃない
佐々木篤氏が歴史を書く上で
一つリスナー型ミュージシャンっていう
視点から歴史を書いてる
だから
リスナー型ミュージシャンと
あの話も
ここかここと
他の話が
二軸で話そうと
ここの話をしてるか
他の話をしてるか
二軸は今の話をしてるか
過去に戻る話をしてるか
この軸で音楽を
話していくんだけど
それが結構なかなか名席で
だからバッファロースプリームフィールドとか
の影響下にあるハッピーエンドとか
そういうね
ソフトロックがあってこその
ピシカード5とか
ハッピーエンドというものを
外部のアメリカの音楽と対比して
日本の歴史を作っていくっていう
戦後のねじれですよね
戦後してますね
戦後戦後
してるというね
ただまあね
2010年代前半までですか
これ
それ以後に書かれてないですから
誰で書くんだろうね
2015年以降
20年まで
カーキか
カーキじゃないだろ
流石にカーキじゃないだろ
現代の文学と音楽の関係
中田ヤスタカの規模感
中田ヤスタカの規模感
でも当時リアルで方角ないって
言われてた時代だったもんね
米津玄師とかなのかな
そっから飛ぶのかな
普通にオタク
サブカルチャーなんじゃないの
米津玄師とか
でもピシカードからの
中田ヤスタカはすごい繋がるが
確かに中田ヤスタカ
中田ヤスタカと米津玄師コラボしたよな
繋がるのか
あれからサウンド変化したからね米津玄師
中田ヤスタカの
微妙にサウンド
中田ヤスタカの直接的な
これだから難しいのよ
コムロ系の直接的な影響を受けたのが
中田ヤスタカだから話がねじれてる
別にそんなことないの
ハッピーエンドから直接的な影響を受けた
ピシカード5じゃないから全然
だから全然米津玄師とかで成り立つと思いますけど
宇多田の話出てないだろ
米津玄師の話出てくる
ジェイコップの話取ろうという
あれなんだよね
日本の文学にしろ思想にしろ
その年代の代表選手を決めて
周辺の文脈を話すだから
宇多田の中心文脈として捉えてないっていう
ナチュラルはあれだし
ナチュラル文だしどっちかというか
日本ってツイッターがちゃんと歴史と書こうとしてるから
佐々木篤が
そういう書き方をしてるね
逆に佐々木篤のもうちょっと
なんていうか
こういうのじゃなくて評論のやつね
日本の思想ね
違うよ
もっと普通の自分の本とか
テクノマテリアリズムとか
テクノイズマテリアリズムと
ストックハウゼンから音響派
とかはよりも
こういう風に一つの米津玄師を
置いて歴史を作ってないから
やっぱ思うよね
音楽の本でさ
大和名と米津玄師が大量にページにピラッと
なってくるとさ
すごい切なくなるよね
なんで
テキストにしてこうなるんだ
なるほどね
結局
話せないことを話そうとしてることになるわけですけど
こういうものは
おすすめですね
だから結局
2015年代どうなるか
20年代
我々の地平
の前までちょっとね
分かる本を
持ってこようと思った
この断札になりました
こんなとこっすかね
最後10冊目
悪口ボリューム6
初めて見たわ
僕たち今
初めての反応やない
悪口ボリューム
説明しよう
悪口ボリューム6
作品と合表
合表と作品が
それぞれ載ってます
作品と合表
単編小説が2本と詩が1つと
あとは原稿用紙6枚以内の
制限を設けて
同人が書いた単編小説について
みんなで合表するという
その記録が
載ってますので
700円文学フリーマー
東京40
インの73ブース
また改めて
ちゃんと話すんだけど
参加します
作品も書き下ろしましたし
合表パートにも参加します僕は
出読10冊のね
ラスト1冊は
俺らが
2015年以降の青春を生きた
俺らが
ここまで読んできた俺らが書いてるからね
実際に
合表パートではかなりね
新しい感じ
新しい試みだし
番組とか話すよりもかなりしっかりと文学が
発信しますから
ということでね
こんなところで
メールありがとうございました
またメール送ってください
嬉しいので
ありがとうございました
01:15:54

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