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#14 あえて選ぶ遠回りの道
2022-03-21 31:12

#14 あえて選ぶ遠回りの道


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00:04
はい、こんばんは。 セラピストの鬼軍曹、ジムサヤームの藤原です。
今日はね、月曜日なので、祝日ですが、お休みいただいてました。
逆に言うと、月曜しか休み取ってないので、祝日だろうがね、シシュしてます。
月曜を営業して火曜日を振り返るみたいなことをやったことがあったんですけど、
もうやっぱずっと長らく月曜日を営業してないって認知されているので、
急に明けてもね、あんまりいらっしゃらないんですよね。
それが何年か前に分かったんで、
祝日だろうと、もう月曜定期をいかなる場合でも、
月曜は休んでますにした方が、告知もしやすいっていうのもあるし、
お客様に、この月曜はやってるけど、この月曜はやってないみたいに思われるよりは、
いつでも月曜日が休みと言った方が早いので、
そういうのもあって、祝日だろうが月曜日だけはお休みしてます。
今回のテーマは、あえて選ぶ遠回りの道です。
いろんな情報が溢れていて、近道を教えてくれる人もたくさんいるし、
遠回りが無駄な努力だ、みたいなことをおっしゃる方もいるし、
それはそれでその人の中では正解だろうし、
すべてのことを遠回りしとったら、いつまで経っても行きたい道にたどり着けなかったりとか、
場合によってはスピードがいることもあるので、
全部が全部ではないと思うんですけど、
私はこの今自分がやってることって全部遠回りしてきたことの上に成り立っているので、
あまり最短距離でとか最速でやってきたことってほとんどないんですよ。
例えば、まずリラクゼーションのお仕事に就いた時は、
21、22歳くらいだったんですけど、
その段階で最初ね、お店入って働いて、
いつかお店できたらいいなとか、ほんわり思ってた状態でも、
例えば22歳だとして、25歳までに店持とうとか、
03:01
そういうことはあんまり思ってなかったんですよ。
むしろ現場に入ってみて、自分が若いことで、
第一印象からとっても不利な状態で仕事をしなきゃいけないっていうことを目の当たりにして、
若いし経験もないっていう状態の私は、今は評価されない。
ただし、もし30歳くらいになった時に、
30歳で経験がとてもあるんだったら、
求めてくださる方いるのかな?みたいな感じで、
22歳くらいの頃から、私は30からだと思ってました。
年齢とか、年齢的に不利な状態をバネにして、
短い時間で結果を出して、例えば売り上げを出してとか、
そういうので跳ね返す力がめっちゃ強かったら、もっと早く動けたんでしょうけど、
なんかね、センスもないし、下手れだし、
レッスンは逃げるようなクズだったし、
めちゃくちゃな自分がたどり着くのって、
有能な人がたどり着くとこじゃないし、
絶対走るルートが違うはずなんで、
それは無理!みたいな。
25歳で店持つは私には無理ってなって、
その代わり、時間を味方につけて、遠回りして、
誰かに鼻で笑われてもいいから、
30歳くらいになった時に、
ベアって言えるとこに行けばいいんじゃね?みたいな感じで思ってたんで、
リラクゼーションセラピストになりたての頃の自分の目標は、
30までに店持ってたらいいかな?だったんですよ。
だからそれまでは独身で、
親、病気で面倒見なきゃいけないとかそういうのでもなく、
自分の選んだ通りに人生を選択できる状況の今、
やれることと、やりたいと思ったことをやろうと、
お店を持ってからだったらできないであろうことも、
お店を持つまでにやってやろうと思って、
それでね、お店持つまでだいぶ遠回りしました。
語りだしたら難航の話になんねんっていうくらい、
お店持つまでのうよ曲折がいっぱいあって、
その中のいろんなハプニングとか、
嬉しかったこととかもいっぱいあるんですけど、
今22歳でセラピストになって、
06:02
28歳でお店を持ったんですけど、
そこまで6年ぐらいかかってて、
もっと早くにできたかもしれないんですけど、
私にとっては結果、最善でした。
今もそう思います。
どの過程にも無駄がなかったし、
道中は無駄だなと思ってるんですよ。
道中は、私こんなことやってて、
ほんまにお店持てるんかなとか、
こんなことしてる間に、
お店出してる人おんのにとか、
1年とか2年でお店持つ人もいるのに、
私はいつまでこんなことやってるんとか、
めちゃくちゃ当時は思ってました。
なかなか目指してるところに
たどり着けない時間が、
増えれば増えるほど、
夢は遠のいてないのに、
遠のいてるような気持ちにもなるんですよ。
やるやる詐欺じゃないけど、
やるやるって言ってる自分で
満足してるんじゃないかなって、
かなり自問自答もしましたし、
でも諦めるとかはなかったんですよ、不思議と。
諦めたら、自分がやってきたことが全部、
それこそ無駄になっちゃうような気がしたので、
諦めないだけ決めて、
あとはもう、
走ってやろうみたいな感じでやってました。
いくつか前のお話でも話してるんですけど、
私はタイに行ったことがなく、
太鼓式マッサージをほとんど受けたことがない状態で、
もっと言うとリラクゼーションサロンに
ユーザーとしてそんなに行ったことがない状態で、
太鼓式マッサージのセラピストになりました。
日本国内のタイマッサージスクールに入って、
その後、そのスクールをやっている会社に
そのまま就職という形で働いて、
いろんなお客様から、
タイで勉強したの?とか言われるたびに、
いや行ったことないんですよね、とか言いながら
やったわけなんですけど、
その時にタイに入れた一旦ねっていう気持ちが
まず芽生えました。
そのためには、長期間、
会社にいてはそれできないから、
会社を辞めてタイに行かなあかんっていうステージが来ると。
当時はね、その会社、
社員の長期休暇認めてなかったので、
現在はいけるらしいんですけどね。
やっぱ時代は変わるなと思いますね、そう思うと。
09:01
少なくとも私がいた時代は、
長期休暇認められてなかったから、
あってもほんまに3連休が限度やったんですよ。
だから、よしじゃあまずは、
タイに行けるようになる。
っていうことは、
正社員セラピストという立場を、
自分から抜け出して、
タイに行かなあかん。
じゃあお金いるよねってなって、
その会社の中で、
最もハードで、
でも最も報酬がいい店舗に移動しました。
それもたまたま秋が出て、
たまたま私がそれまで入ったお店でちょっといじめられてて、
だから、もうねそのいじめられてるのも、
めっちゃ飲室やったから、
たった一人の人からなんですけど、
めっちゃ飲室やったから、
その人から逃れるには、
本社とかメインテンポがあるとこから、
遠く離れなきゃいけない。
ってなって、
遠く離れるには、
当時その会社が展開してた店舗の中では、
淡路島しかなかったんですよ。
淡路島はでも、
みんなのびのびやってて、
移動もないし、
あんまり上下関係のいざこざも聞かへんし、
なかなか人が辞めなかったんですけど、
辞めるタイミングが出て、
その時にちょうど、
なんだかんだレッスンを受ける側で、
本社に礼儀してたので、
淡路決意に出るから募集してんねん、
みたいなことを聞いたので、
社長に直談判、
私行きたいですって言って、
手挙げました。
それまでは、
会社的には、
私の住んでるところって、
会社が展開している店舗の、
ほぼどの店舗にも、
1時間以内で通えるところだから、
私ってすごく使いやすい社員だったんですよ。
どっかの店舗に決意に出たら、
じゃああっちの店舗に、
ちょっと応援行ってねとか、
そういうふうに、
人が動くたんびに、
動かせるような立ち位置だったんですけど、
でもそれを、
もう私分かってたけど、
もう逃げないと、
まず私は、
いじめてくる人から潰されるし、
やばい、
逃げなきゃ。
で、
淡路島決意に出た。
もう行くしかないってなって、
社長に強くお願いして、
すぐ決まりました。
その数ヶ月後には、
淡路島住んでったんですけど、
そのおかげで、
めちゃくちゃハードだったけど、
それまでの店舗にいる時の、
お給料よりもだいぶもらえたので、
12:02
そして社宅に住めるので、
社宅の家中もすごく安かったので、
ザクザクお金貯まりました。
本当に、
なんでしょうね、
今やから言えますけど、
月12万から15万ぐらい貯金してました。
復興中の幸いというか、
淡路島って遊ぶとこないんですよ。
ないっていうか、
今は知りませんよ。
でも、
当時はね、
遊ぶとこもなかったんで、
仕事終わったらもう夜中やし、
歩いて行けるところって、
ファミマだけあったんで。
あとは、
車でいちいち山下りなあかんかったんで、
めんどくさいしね。
夜中やってるお店って、
ショットバーしかないし、
ショットバー行ったら、
結局大工を使わなあかんから、
お金かかるしみたいな。
そんな感じで、
夜遊びもしなかったので、
そういう意味でお金が貯まりましたね。
それも良かったなと思います。
その時、
お金結構貯められたので、
その後の機動力もすごい出たし、
やっぱり貯金あるって、
でかいなって思いました。
最初ね、
その会社に入るために、
私一度全財産失ってるので、
失ってるというか、
会社に支払ってるので、
レッスン代として。
22歳なんか、
よっぽど優秀な人じゃないと、
お金持ってないと思うんですよ。
私はそんな持ってない中で、
レッスン代として会社にね、
たくさん合計47万円かな、
支払った後だったんで、
本当お金なかったんですけど、
だから入ってくるお給料から、
ちょっとずつ、ちょっとずつ、
貯めてたんですけど、
いじめられるし、
これじゃラッチ開かへんってなって、
その時にたまたま、
味島に行けることになりました。
で、そこからね、
お金貯めて、
入社3年ぐらい、4年ぐらいで、
辞めてタイに行くぞって思ってて、
次の遠回りを始めるんですけど、
今度は辞める時期は自分の中では、
大体いつくらいと、
もしくは何百万、
自分の設定した金額到達したら辞める、
っていう自分の中のリミットがあって、
じゃあ辞めた時にすぐにタイに行って、
勉強ができるようになってなきゃいけないよねってなって、
それはどういうことかっていうと、
当時の情報で、
当時の環境でなんですけど、
タイのマッサージスクールは、
英語で学べるところ、
日本語で学べるところ、
大きく分けて2つ。
タイ語しかできないところもあるのかもしれないけど、
15:01
それはもうね、除外。
英語で学べるところと、
日本語で学べるところ、
どっちが多いかって言ったら、
もちろん英語なんですよね。
英語だったら、世界中の人がターゲットになるから、
スクールとしてはそうやって運営するの当たり前です。
当時は私、英語喋れなかったんで、
そしたら、
英語が喋れない私は、
日本語クラスがあるスクールしか選べないのかと思ったんですよ。
これはね、日本語クラスを、
タイで受けた人たちを理するわけじゃないので、
そこはご容赦くださいね。私の考えです。
で、
日本語クラスで、
タイで日本語で学ぶのもいいけど、
私にはまだ時間がある。
今月、来月、旅立つわけじゃない。
そしたら、日本語だけじゃなくて、
英語も少し分かるようになってたら、
自分が旅立つときに、
自分に選択肢がより多くなるんだなって思って、
なので、私はタイに行くっていう目的のために、
英語を勉強し始めました。
これよく、なんでタイ語じゃなかったって言われるんですけど、
そもそも文字一文字も読めないし、
そして、タイ語が話せても、
タイ人とかタイ関係にしか通用しないじゃないですか。
これがね、英語が元々話せる状態で、
第二外国語をタイ語にするんだったら分かるんですけど、
まず第一外国語は私は英語がいるっていう判断をしました。
そしたら世界中ね、
大体のところは行けるんじゃねえか、みたいな浅はかな考えですけど、
今考えてもそれは間違ってなかったなと思います。
というわけでね、
12時間労働の五金六金当たり前の店で、
当時月間の労働時間が270時間ぐらいある状態で、
今度は英語を学ぶことを決めました。
っていう感じで、
5対幾年みたいな時期が私にあったんですよ。
ほんまにやりたいところにたどり着くまでに、
ものすごく私労力と時間とお金かけちゃったタイプで、
当時は不安でした。
でも、その過程でまたいろんな体験をしたから、
話せることっていっぱいあるし、
その過程で出会ったいろんな人たちと、
いろんな面白おかしいエピソードとか、
18:04
辛いことはそんなになかったけど、
嬉しいこと、そして自分の人生感が変わったこともたくさんあったので、
リラクゼーションの店を出すっていう目線だけでは、
直接的には関係がないけど、
結局お客様とお話しするときの引き出しがめちゃくちゃ多いとか、
いろんな分野に少しではあるけど、
興味があって勉強したことがあるとか、
リラクゼーションのこと以外の、体に関すること以外で、
私が出せる情報ってたくさんあるっていう状態に育ったので、
それが自分の中では現在のトーク力とかにも生きてきていることだから、
よかったかなと思ってます。
タイのマッサージを知らない、
タイ人とも関わったことがない、
タイに行ったことがないっていう状態から、
タイ人ってこんなに素敵なんだよとか、
こんなに面白いんだよとか、
タイに行ったらこんなに面白いことがあってさとか、
こんなに不思議なことがあってとか、
いろんなことを今話せる状態にあるのも、
全て遠回りしてきたおかげなので、
自分にとってまさかここまで武器になると思ってなかったんですけど、
やっぱり楽しんできたことだからお客様にも伝えられるし、
これからこの道に進んでいく人にも、
最短距離はこうだけど、
でもあえて遠回りしても面白いかもよみたいなことを伝えられるので、
私としてはあえて遠回りをしていくっていうのもいいんじゃないかなと思います。
それは私は、
よく身近な人に言うんですけど、
やってることは全部計算の上でなので、
なんかね、
計算やぞってね、
言ってる時ありますけど、
見てる未来を定めて、
そこから逆算をして、
大体の大まかなルートを決めた上で、
ちょっと寄り道、道具作みたいな感じなので、
全然プランも何もないのに、
全然違うことを始めるとかではないのですけどね。
英語を勉強するって決めて、
英語関係とか、
英語を勉強するにあたっての話は多分、
今日ここではできないというか、
また次回行こうしますけど、
タイ行くために英語を勉強するんや、
ミスやめてからタイ行くために、
その時に英語を話せるようになっているように、
21:01
英語勉強するんやってなって、
まずそうですね、
12時間労働、週5週6勤務で、
まずやったのが、
スカイプを使ったオンライン英会話でした。
当時が2011年かな。
10年前。
めっちゃ昔話。
10年前に私ね、
オンライン英会話やってたんですよ。
ちょっとあれじゃないですか、
走りじゃないですか。
オンライン学習の。
結構ね、こういう感じで、
自分が選んできたこととか、
気に入ったこととかが、
めっちゃその時代が来る前に、
私やってたりするんですよ。
だから当時は何それとか、
それ大丈夫?とか、
思われたりとか、
誰かにこんなんやってて、
めっちゃ面白いよとか言っても、
任務消されないことがほとんどなんですよ。
数年経ったら、
それが何かにバズったり、
主流になってきたりすることって、
めちゃくちゃ多くて、
私それ、
前からやってたんですけど、
みたいなことしょっちゅう起こってます。
あれですね、何でしょう。
自分でというか、
これよく言われることなんですけど、
先見の目がありすぎて、
逆に早すぎて、
何もないっていう。
もうちょっと気づく遅かったら、
先取りしてる人、
みたいになれるんですけど、
誰も知らん時にやりすぎて、
みたいな感じですね。
10年前、オンライン映画はやってます?
って人、そんないなかったと思うんですよ。
留学してる人とか、
掘り入ったりしてる系の人たちは、
別ですけど、
世間一般的に、
オンラインで何かを学ぶっていうのは、
あまり種類ではなかったと思います。
10年前はね。
そんな感じでね、
夜12時半とかに、
夜12時、12時半に
家帰ってきてから、
英語を1時間、
スカイプで、
英語で英語を勉強するっていうのを、
やってました。
1時間毎日ですよ。
体調悪いとか忙しい関係ない。
そしたらね、
半年ぐらい経ったら、
先生が言ってることがわかるようになったし、
先生に毎日レッスンするから、
毎日発表せなあかんことあるから、
その日話したいこと、
今日晩御飯何を作ったかとか、
今日はこんなことがあったとか、
そんなのをノートに書いて、
わからん単語調べて、
それ読み上げて先生に、
それはこうやって表現するんだよとか、
言われながら、
スカイプでオンライン映画はやってました。
24:02
ちなみにそれもね、
またこれ遠回り選択なんですけど、
私遠回りのプロかもしれへん。
何か名乗ろうかな。
なんかね、
それも英語会話の先生選ぶときも、
自分で生徒側が選べるんですよ。
お客さんがセラピースで選ぶように、
この先生やったらこの時間空いてるとか、
逆にこの日程やったらこの先生たちがいますよとか、
そういう感じで、
生徒側が、
自分がその日受講する先生を選べるんですけど、
先生のプロフィールがあるんですよ。
日本語を話せる人、
日本語を話せない人、
トーイックが強い人、
みたいな感じで、
ある中で、
私はね、
何人かいろんな先生試した結果、
私が思ったのは、
日本語を話せる先生は、
ちょいちょい私が詰まったとき、
すぐ日本語を出してくるんですよ。
私が、
うーんってなって、
脳みその中から、
記憶をほじくり出してる間に、
答えを出してくるんですよ。
それじゃ定着しい品ってなって、
待ってくれと。
待つか、
ヒント投げてほしいのに、
答えを投げられるもんだから、
その場は次に進めるんだけど、
自分の中で回路が繋がらへんな、
と思ったんで、
これはアカンと。
日本語を話してくれる先生楽やし、
こっちの糸も組み取ってくれるし、
英語を話されへんの
分かってる状態で
接してくれるから、
楽やけど伸びひんと思ったんで、
英語だけで、
英語を教える先生、
いっぱい受講して、
その中で、
私が言葉に詰まっても、
思い出せなくても、
間違っても、
貧乏ゆすりとか、
嫌な顔を全然しないで、
じっと待ってくれる先生が
おったんですよ。
しかも私がその正解にたどり着いた
後に、
ちゃんと思い出せるように
復習までさせてくれる人で、
やっぱり
難しい単語が分からないときって、
その単語は
分からないけど、
別の言い回しでその単語を
表現したりすることができるから、
その思考方法も、
先生と話しているうちに
身についたんですよ。
その先生、ポール君って言うんですけど、
同い年の男の子で、
本人は認めなかったけど、
おそらくLGBTの子で、
実際何回か
向こうで会ったりとか、
遊んだりしてたんですけど、
27:00
なんでしょうね、
そうやって英会話、
タイに行くために
英会話勉強しようってなって、
青島やから、英会話教室
少ないし、高いし、
スケジュール合わへんしっていうので、
オンライン英会話に行き着いて、
そしたらね、
日本語で教えてくれる方が
いいと思っとったら、
日本語使える先生やったらちゃあかんってなって、
英語の先生選んで、
結果その子とね、
向こうで会えるようになるみたいな、
さっき言っときますけど、
LGBTらしいじゃないけど、
個人的に仲良くなっただけで、
イロコには発展はしてませんけど、
逆に、
向こうで私が彼氏できた時に、
あんた気をつけなよみたいにね、
言われとったんで、
フィリピン人はこっちが軽いから、
気をつけなよみたいなね、
このくだりで
今日言ってなかったけど、
英会話の学習の相手、
先生はフィリピン人でした。
当時ね、
オンライン英会話の
走りの時期だったんで、
フィリピンにいる
フィリピンの先生たちと、
日本にいる日本の生徒たちを、
スカイプでつないで、
直接、個別で
オンライン英会話をするっていう会社が
いくつかできてた時期で、
私はそこの中の一つで
登録してたんですけど、
グループレッスンじゃないから、
コミュ障発動しなくてもいいし、
なんか恥ずかしいとか、
発音間違ってるとか、
思われなくていいし、
先生が自分のためにちゃんと待ってくれる、
っていうのも良かったし、
あとお値段がすごい安かったです。
今やったら考えれないぐらい安いですね。
時差があるからこそ、
私が夜の12時半
とかから受講しても、
フィリピンが2時間遅れてるから、
フィリピンのスケジュールが
向こうの学校が決めたスケジュールの
最終枠で撮れることができたんで、
それも感謝ですね。
12時間労働して、
12時過ぎとかに
店出て、
12時半にはパソコンの前に
座ってるみたいな、
1時間勉強するみたいな生活を
半年くらいやってました。
その頃は、
私ほんまにタイに行けるんかな、
お店も出るんかな、
って思ってましたけど、
なんとね、持てました。
もう30分くらいになるので、
この辺で今日は終わろうと
思うんですけど、
今、現在の
私がやってることとか、
提供していることだったり、
フォロワーさんとか、
お客様たちから見えてることの裏に、
ものすごい苦悩もあれば、
30:00
遠回りでもがき苦しんだりとか、
体調不良で、
強制修了かかったりとか、
いろんなことで、
苦しんだ上に、
今日の私があるので、
なんでしょうね、
うまくやってきたと思わないでほしいな、
っていう話でした。
そんな容量のいいタイプではないし、
苦労苦難上等で、
失敗上等で、
やってきたので、
今、私どうしたらいいかなとか、
本当にやりたいことを
たどり着くのかなと思っている人は、
ぜひ現在地から、
逃げないで、
前見て、
でも後ろ見ていいから、
前見て頑張ってほしいなって思います。
じゃあ、
今日はここで終わります。
聞いてくださった方ありがとうございました。
サラピストの鬼軍曹、
一武山の藤原でした。
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おやすみなさい。
31:12

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