例えば、例えばなんですけど、ある一枚の部屋の写真をパッて、あのー、見たとするじゃないですか。で、そのー、自分は、その掃除状況が気になったな、この部屋綺麗に片付いてるなーとかいうことを気になったとしますよね。
じゃあ、もし別の人は、Aさんは、あー、カーテンの色がちょっと気になるなー、カーテンここの色こんな色なんだっていうことを気にするのかもしれない。Bさんとかは、なんかソファー、あー、ここのソファーはこんなソファーを使ってんのかーとかっていうことを気にしてるのかもしれない。
それを突き詰めていくと、同じ写真を見てるのに、私とあなたは同じものを見てないというか、見てなかったりするわけですよね、それって。
自分、そのー、同じ景色を見てるのに、自分と自分以外の人は、同じものを見てないかもしれないっていうことに、まあ、なんか気づいたというか、そういう風に思って、あー、なんか面白いなーと思いまして。
でも、それってあれに通ずるのかなーと思って、あのー、若い頃、水泳とかでも先生に、自分でね、できてると思ってたんですよ。できてると思ってたのに、できてない、できてない、腕の垣ができてない。
なんでだよ、できてるのになんでだよ、なんで腕詰めるんだよ、とかって思ってたけど、それってこう、自分が見てた、できてると思ってる世界は、こう、なんかちゃんとできる、できてるのを知ってる人からしたら、できてない垣だったってことですよ、腕の垣がね。
自分でできてると思ってた、思ってる、自分でできてると思ってるだけの垣だったっていうんですかね。だから見えてない世界だったわけですよね。でもそれを一回、できてる垣を知った人からだと、その垣はできてないっていうところが見えるから、指摘をするわけですよね。
で、「いや、垣が違うよ。」とかっていう感じで、歌とかもそうだったんですよね。なんか自分で歌えてると思ってた頃って、自分でもわかってなかった。歌えてるっていうことをわかってなかった。歌えてなかった。歌えてなかったのに自分で歌えてると思ってた。
それもいわゆるその認識の違いというかね。だからこう、あれが起きるのかもしれないですね。いわゆる嫁姑じゃないけど、机をシュッて指でやってさ、フッみたいな。そういうのもちょっと起きるのかもしれないですよね。
だからこう、なんだろうね。若者の怖いもの知らずっていうのがあるじゃないですか。それはそこから来てるのかなって。自分も若い頃に、結局できてなかった頃をできてないと思ってないからとかね。できてる世界を知らないからね。できてる世界を見えてないから自分でできてると思ってるんですよね。
だからこう、怖いもの知らずに突っ込んでいくっていうか。でもなんかそういう部分って必要だったりもするんですけどね。若い頃というかね。そういう部分。
知らないからこそ飛び込んでいって。でもそこから新しい発見とかあったりとかして成長したりするわけだから。だからそういうのも必要だったりするんですけど。
だから怖いなと思うのが、車とかでガソリン。車出るけどガソリンあるよね。ガソリン入ってるよねっていう質問をしたときに、満タンに入っているのか半分に入っているのか。
でももしかしたらランプがついてるけどでも入ってはいるっていう。入ってるっていうところの認識合わせをしておかないと。
入ってる入ってるって人任せに例えばしたときにガソリン。いざ車こうプルンってつけてエンジンかけてじゃあドライブ行くぞといったときに、ランプついてるじゃん。入ってるって言ったじゃん。でも入ってはいるじゃんガソリンって。
なくはないよって。なくはないけど俺の認識ではないぞみたいな。そういうずれとかもあったりする。だから面白いなと思って。
何が痛かったかというと、自分が見てる世界と自分以外の人が見てる世界っていうのは同じじゃなかったりするので、そういうのを踏まえて物事の判断とかしていくと、面白いのかな、大事なのかなと思ったりしますね。
何とかバイアスって心理学でも言うらしいんですよ。拡張バイアス。例えばその何とかの車欲しいなーって思ったら道路道行くその車ばっかりが目につくようになるみたいな。気になるようになるみたいな。
そういう心理状況があるらしいんですけどそういうのって。気になったら気になっちゃうみたいなところだと思うんですけど。
でもそれって人間の生きていく上で情報量が多すぎて、人間生きていくには情報量が多すぎて頭の中で所々選択してるらしいんですよ。
自分にとって必要ある必要ないみたいな部分を脳が勝手に選択してるらしいから、自分にとって必要ないと思う状態は人にとって必要ある情報でも自分にとっても必要なかったら認識されないっていうところらしいんですよね。
人間のメカニズムとしてしょうがないのかもしれないんですけど、そういう部分があるなと思ったら面白いなと思って、そういう部分をうまく利用していったらいいのかなと思うしですね。
そんなことを感じた排水溝の掃除から、そんなことを感じた雑談でございます。
さて今週のテーマに入っていきましょうね。いよいよ前置きが長くなってしまいました。