汐灘市の未来計画
ノト丸
さて、今回皆さんと一緒に考えていきたいのは、ネイチャーポジティブという考え方です。
自然をただ元に戻すんじゃなくて、もっと豊かにしていこうと。
この価値観を、未来に向けてどう活かせるのか。
そのヒントとして、汐灘に海が還る日という近未来を描いたショートショートを、今日は見ていきたいと思います。
ブク美
へー、興味深い作品ですよね。
ノト丸
物語の舞台は汐灘市。埋め立てで、まあ発展してきた街ですね。
ここで市が打ち出すのが、30年かけて日型を再生しよう、というリーオーシャニング計画。
推進役の上崎美代という人物が、データを示して、これは未来への合理的な投資なんだ、と説明するわけです。
ブク美
まあ、リーロ整然とですね。
ノト丸
でもやっぱり地元からは強い反発が起こる。工場経営者の長谷川健吾さん。
未来のデータじゃ今日の飯は食えん。
ブク美
うーん、切実な声ですね。
ノト丸
親たちが汗水流して築いた土地なんだ、というその土地への誇りとか生活への不安、これがぶつかるわけですね。
ブク美
えー、未来への変化に対するまあ典型的な反応とも言えますよね。
ここで面白いのが、AIのタイムラインの描写です。
ノト丸
あー、ありましたね。
ブク美
海を返せ!とか、海はもう陸だとか、そういうハッシュタグでなんか街が静かに分断されていく。
ノト丸
技術がかえって対立を深めてしまうみたいな。
ブク美
えー、そういう側面もあると。
で、ミオさんはデータっていう正しさで説得しようとするんだけど、感情的な反発に遭う。
ノト丸
うーん。
ブク美
一方で長谷川さんの方はLLM、大規模言語モデルですね。
あれで反対の理屈を補強しようとする。
ノト丸
なるほど。AI対AIみたいな構図にもなりかねない。
ブク美
そうなんです。非常にこう、現代的な分断の描かれ方だなと。
ノト丸
そんな対立の中で、一人の工員、三浦翔太さんでしたっけ?
え、翔太さん。
彼が古い8ミリフィルムを見つけるんですよね。
そこに映っていたのが、失われた干潟での人々の暮らし、泥まみれの笑顔とか。
あー。
データとか経済合理性だけじゃこう捉えきれないもの。
過去の記憶とか感情とかが状況を揺さぶる。
ブク美
まさに、数値化できない価値っていうのがここで示唆されるわけですね。
ノト丸
データだけが全てじゃないと。
ブク美
物語の力というか、人の心を動かすのはそういう部分かもしれないですね。
ノト丸
そして、計画の最終説明会。
ここでミオさんがちょっと大胆な行動に出ます。
はい。
用意していたデータ、プレゼン資料を閉じて、その8ミリフィルムを上映するんです。
ブク美
あー。
ノト丸
会場、ザワザワしていたのがだんだん静かになって、フィルムの中の波の音に変わっていく。
ブク美
感動的なシーンですよね。転換点になる。
で、上映の後、長谷川さんが問いかける。
ノト丸
はい。戻した海で、孫たちは何を食べて生きるんだと。
ブク美
そう。俺たちが磨いた技術はじゃあどこへ行くんだって。
うーん。
これ単なる反対じゃないんですよね。未来への責任感というか。
あー、なるほど。
自分たちが築いてきたもの、その技術とか経験がこの先どうなるのかって、すごく本質的な問いかけなんです。
ノト丸
ただダメだ、じゃなくてその先を見ている。
ブク美
ええ、そうなんです。
ノト丸
それに対してミオさんはどう答えるんでしたっけ。
ブク美
ミオさんは同じ海は戻りませんと。まず現実を認めるんですね。
はい。
その上で、でもあなたの技術、つまり長谷川さんたちの工場の技術と私たちの生態工学を重ねれば、次の海を一緒に作れるはずですと。
ノト丸
次の海ですか。
ブク美
ええ、チタン製の藻場とか、潮力発電、AIを使った海の牧場とか、具体的なアイディアを出すんです。
ノト丸
なるほど。失われた過去をそのまま復元するんじゃなくて。
ブク美
そう、対立していた者同士が持っている知恵とか技術を掛け合わせて、新しい価値を共創する、そういう道を示したんですね。
これは大きな転換ですね。対立から共創へ。
新たな価値の創出
ブク美
この提案がきっかけで、東汐灘未来協議会っていうのができて、協働が始まるわけです。
自律施工ロボットが堤防を壊したり、工場の廃熱で海藻を育てたり。
ノト丸
市民も参加できるんでしたよね、XR空間で。
ブク美
そうなんです。拡張現実とか仮想現実とか、そういう技術を使って未来の干潟作りにアイディアを出したり、多様な技術とか意見を取り込んでいく。
ノト丸
これがネイチャーポジティブを行動に移す具体的なステップって感じですね。
ブク美
まさにそう言えると思います。
ノト丸
そしてここでさっき名前が出た翔太さん。
ブク美
ええ、三浦翔太さん。
ノト丸
彼がそれまであまり発言しなかったのが、ホログラムの干潟を見てポツリと提案する。
ブク美
はい、ここ。潮が満ちたら歩ける水族館にできませんかって。
ああ、面白い。
彼の個人的な記憶、子供の頃の体験とか、そういうのが元になってるんですね。
ノト丸
しかも彼が得意なのは溶接技術でしたっけ?
ええ。
その個人の記憶とか得意な技術っていう小さな力が、大きな未来計画と結びつくかもしれないと。
ブク美
そうなんです。この瞬間が対立を乗り越えた、なんていうか、第三の潮目みたいな、新しい価値が生まれる兆しを感じさせるんですよね。
ノト丸
トップダウンだけじゃなくて、個人の思いとか経験が未来を形作る可能性があると。
ブク美
ええ、ボトムアップの力ですね。それが計画をより豊かにしていく。
ノト丸
この物語、ネイチャーポジティブっていう理念を単なる環境再生っていうだけじゃなくて、もっと深いところで捉えるヒントをくれますね。
ブク美
そうですね。
ノト丸
失われたものへの経緯、それから対立する多様な価値観をどうやって統合していくか、そして未来を共に作り上げていくっていうそのプロセス自体が大事なんだと。
ええ。
ちょっと考えてみて欲しいんですが、皆さんの周りにも、効率とか発展の名の下に、いつの間にか見過ごされて埋め立てられてしまった海。みたいな価値ってありませんか。
ブク美
そして最後に、この物語から皆さんと一緒に考えたい問いがあります。
ネイチャーポジティブな未来に向かうために、私たちが本当に還すべきものって、一体何なんでしょうか。
ノト丸
うーん。
ブク美
失われた風景そのもの?それとも、立場の違う人たちが未来を一緒に悩みながら、まあ時には痛みを分かち合いながら、粘り強く新しい答えを共に作り出していく。
そういうちょっと面倒かもしれないけど、人間らしい対話とか共創の時間、そのプロセスそのものなのかもしれないですね。
ノト丸
なるほど。プロセスそのものに価値があると。深いですね。
ブク美
そうですね。