ノト丸
では、そのちょっと奇妙な未来の情景をもう少し具体的に覗いてみましょうか。
物語の主人公、リクっていう青年が、初めてレイバーフェストナイトっていうイベントに参加するシーンがあるんです。
場所は未来都市の中心にある巨大なドーム、ワークサイトゼロ。
もう耳をつんざくようなけただましいサイレンが鳴り響いて、リクは他の参加者と一緒に、なんかこう生贄みたいにステージに押し上げられちゃうんですよ。
へー。
そこで半ば強制的に手に握らされたのが、博物館でしか見たことないような古いクワ。
ブク美
クワですか。畑を耕す。
ノト丸
そうですそうです。で、周りの熱狂している参加者の動きを見よう見真似で、彼はクワを振り下ろす。
すると、腕には経験したことのない鈍い衝撃。
ブク美
うわー。
ノト丸
それから、鼻には湿った土の生々しい匂いがツンときて、肌には熱気を冷ますための冷却ミストがなんか鋭く突き刺さる感じ。
ブク美
五感が刺激されるわけですね。
まさに。そして何より、ステージを取り囲む観客席からは、まるで古代のコロッセウムか、って思うような熱狂とも狂乱ともつかない、獣みたいな叫び声が、もう地響きみたいに響き渡ってるんです。
ブク美
なるほど。このシーンは、物語の世界観をギュッと凝縮して示してますね。
AIによって、管理されて最適化された未来の日常っていうのは、快適で安全で清潔なんでしょうけど、同時に予測可能で変化に乏しくて、そして耐え難いほどに無味乾燥だと、作中では描写されてるわけですよね。
はいはい。
物理的な不快さとか危険は取り除かれたけど、同時に生々しい現実感とか、五感を揺さぶるような強烈な体験も失われちゃったと。
ノト丸
うーん、なるほど。
ブク美
このワークサイトゼロでの体験は、まさにその対局にあるわけです。
土の匂い、筋肉の痛み、肌への刺激、観衆の叫び声、これって全部、すごく直接的で、ある意味原始的ともいえる感覚刺激じゃないですか。
ノト丸
確かにそうですね。
ブク美
人々はあまりにもクリーンで予測可能な日常の中で失ってしまった、生きてるっていう実感、制御されてない現実との接触を、このある種暴力的なまでの体験を通して取り戻そうとしてる。
ノト丸
うーん。
ブク美
単なる感覚刺激っていうだけじゃなくて、自分が世界に対して作用してる、何かを変えてるっていう、その手応えへの渇望の現れともいえるかもしれませんね。
ノト丸
ここが本当に興味深いところです。
ノト丸
なるほどな。
ブク美
あー、なんか想像つきますね。すごい迫力ありそう。
ノト丸
この振動がもう宗教的な儀式みたいに会場全体を包み込んで、観客はトランス状態で体を揺らしてるみたいな。
へー。
あるいは、眩しい光とインダストリアルな音楽に合わせてベルトコンベアが流れてきて、参加者たちがなんか半端硬骨とした表情でひたすら精密な組み立て作業を繰り返す工場ラインステージとか。
ブク美
うわー、それはまた。かつて人間が担ってた単調で時には過酷だったはずの労働が、ここでは熱狂的なエンターテイメント、一種のショーパフォーマンスになってるんですよね。
ノト丸
こういう未来像って完全に突飛なフィクションって言い切れるのかなってちょっと思いますよね。
ブク美
と言いますと?
ノト丸
少し視点を変えれば、現代社会にもなんかその予兆みたいな現象って見られる気がするんですよ。
ノト丸
例えば、エベレスト登頂とか、ウルトラマラソンとか、極限の肉体的精神的苦痛を伴うエクストリームスポーツへの挑戦。
ブク美
あー、ありますね。
ノト丸
あるいは、サバイバル状況とか、過酷な職業訓練なんかを映し出すリアリティショーの人気とか。
ブク美
うーん、確かに。
ノト丸
あと、手作りの品とか、手間暇のかかった料理、アナログな体験みたいな本物の感触、オーセンティックな経験を求める消費のトレンドもそうかもしれません。
ブク美
なるほど、便利さだけじゃない価値みたいな。
ノト丸
ええ、これらって便利さとか効率性だけじゃ満たされない、人間の根源的な欲求の現れじゃないかと思うんです。
物語の中では、このレーバーフェストナイトを、AIによって奪われた人間であることの証を、自分の肉体を使って取り戻すための陶酔の儀式で表現してるんですね。
ブク美
陶酔の儀式ですか。
AIがもたらす完璧な効率性、予測可能性、安全性の対価として、私たちは不確実性とか身体性、それから困難を乗り越える達成感みたいなものを手放していくのかもしれない。
うーん、なるほど。
その失われた感覚を、こういう人工的な労働っていう形で、しかもお祭りみたいに取り戻そうとする。
これって、テクノロジーが進歩すればするほど、逆説的に強まる可能性のある人間の欲求かもしれませんね。
ある意味、AIが生み出した退屈に対する人間なりの抵抗とも言えるかもしれない。
ノト丸
そこで、あなたに改めて問いかけたいんです。物語の設定は極端ですけど、核心にある問いは無視できないと思うんですよ。
ノト丸
ええ。
ノト丸
AIがすべてのめんどくさい仕事、骨の折れる労働から私たちを解放してくれたはずの世界で、なぜ人は自ら進んで汗を流して、痛みを感じて、ある意味で労働機械になることを望むんでしょうか?
What if、生きている実感、自分が世界と関わっているっていう手応えを得る唯一の方法が、かつて私たちが忌み嫌って克服しようとしてきたはずの、苦欲そのものになったとしたら、
それってユートピアを完成なんですかね?それともなんか新しいディストピアの始まりなんでしょうか?
ブク美
物語はその問いに対して、さらに一歩踏み込んだ解釈を示してますよね。この熱狂は単に生の実感を取り戻すためだけじゃないんだと。
というと?
それは、すべてを管理して、最適化して、ある意味人間の不完全さを許容しない全能のAIシステムに対する、一種の反逆の儀式でもあるんだっていう見方です。
ノト丸
反逆ですか?AIに対する?
ブク美
ええ。AIが作り上げた完璧すぎる楽園の中で、あえて非効率で苦痛を伴う人間くさい労働を行うこと。
それは、かつては自分たちのものだったはずの労働っていう聖域を、AIの支配からこう狂おうしく奪い返して、人間の主体性とか自由意志を再確認する行為なんじゃないかと。
ノト丸
なるほど。深いですね。
ブク美
登場人物の一人にサエっていう女性がいるんですけど、彼女がリクにこう語りかけるシーンがあるんです。
「AIが完璧なユートピアをくれたおかげで、私たちは不完全に汗をかく自由を手に入れたの。皮肉なものよね」って。
ノト丸
はあ、そのセリフすごく印象的ですね。
ブク美
非常に示唆に富んでると思います。
完璧に管理されて最適化された社会では、不完全であること、非効率であること、無駄なことをすること自体がある種の贅沢であり、自由の証になり得ると。
AIによって物理的な労働からは解放されたけど、その代わりに精神的な空白とか意味の喪失っていう、
新たな課題に直面した人類が、皮肉にもAIのおかげで見出した新しい形の自由なのかもしれないですね。
そして物語は、この労働への熱狂が単なるエンタメとか反逆の儀式を超えて、最終的には信仰の域に達したって結論付けるんです。
ノト丸
信仰ですか、労働が。
ブク美
科学への信仰を失った人類が最後に見つけ出した最も甘美な信仰だと。
ブク美
AIっていう新たな神が支配する世界で、人々はかつての宗教に変わる精神的な支柱として、労働そのものに救いを求め、共同体意識を育んで生きる意味を見出すようになったと。
ノト丸
すごい展開ですね。
ブク美
労働が目的であり、救済であり、人々をつなぎ止める究極の価値になった。
これは、テクノロジーと人間の精神性の関係について、本当に深く考えさせられる結末ですよね。
効率とか合理性だけじゃ埋められない人間の精神的な渇望の深さを示しているようです。
ノト丸
さて、この壮大で少し奇妙な物語の世界から、ちょっとだけあなたの日常に視点を戻してみましょうか。
ブク美
はい。
ノト丸
ここで、今日の議論を踏まえて24時間以内に試せる未来リトマスとして、こんな小さなアクションを提案したいんです。
ノト丸
明日、誰かに頼まれたわけでも、お金になるわけでもないけれど、何となくやってみたいなって思うこと何かありませんか。
本当に小さなことで構いません。
ブク美
ほう。頼まれてもいないのにやってみたいこと。
ノト丸
ええ。例えば、普段は素通りする公園の草むしりをちょっとしてみるとか、
ブク美
ああ、なるほど。
ノト丸
面倒で後回しにしてた部屋の整理をもう徹底的にやってみるとか、新しいレシピに挑戦してみるとか、
あるいは、ただ無心で編み物をしてみるとか。
ブク美
うんうん。
ノト丸
なんでこれが未来リトマスなのかっていうと、この行動が外部からの義務とか報酬のためじゃなくて、
純粋にあなた自身の内側から湧き上がる動機、つまりやりたいからやるっていう意思に基づいているからなんです。
ブク美
なるほど。内発的な動機ですね。
ノト丸
そうです。その小さな自発的な労苦の中に、この物語が描いたような極端な形ではないにせよ、
目的を持つことのささやかな喜びとか、何かを成し遂げることの手応え、
ノト丸
あるいは没頭することによる精神的な充足感をほんの少しだけ感じ取れるかもしれない。
ノト丸
それは、未来において仕事の意味が変わったとしても、
私たちが持ち続けるかもしれない根源的な欲求の現れを探るささやかな試みなんです。
ブク美
まさにそうですね。物語で描かれたレイバーフェストナイトは、その感覚が社会全体で極端に増幅されて儀式化、進行化された世界ですけど、
その根底にあるのは目的意識とか達成感、自己効力感といった私たちにとって非常に身近な感情ですよね。
ええ。
たとえそれが人から見れば取るに足らないような小さな行動であっても、自分自身にとっては意味のある時間になって、ささやかな満足感を与えてくれることがありますから。
うん。
この内発的動機に基づく行動こそが、AI時代における人間の生きがいの、もしかしたら鍵の一つになるのかもしれませんね。
物語はその可能性をSF的な想像力で押し広げて見せてくれたと言えるでしょう。