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#051 香港はどう変わったのか?~返還、雨傘運動、そして現在~
2026-10-10 36:13

#051 香港はどう変わったのか?~返還、雨傘運動、そして現在~

ふだん広報・PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、日常のあれこれをPR視点も織り交ぜつつ雑談する番組です。

今回は前回に続き、香港話を。まずは、やじまが先日約40年ぶり(たぶん)に訪れた香港旅行の思い出話から。

沢木耕太郎『深夜特急』の舞台を訪ねたり、香港のディープな街並みを堪能したり。そんな街歩きの中で改めて気になったのが、香港の政治と歴史。

1997年の中国返還と「一国二制度」、2014年の雨傘運動、2019年の大規模デモ、そして2020年の香港国家安全維持法。ジョシュア・ウォンやアグネス・チョウら若き活動家たちのその後にも触れながら、香港が歩んできた約30年を振り返ります。

かつて若者たちが埋め尽くした道路も、今では何事もなかったかのような日常の風景に。街の風景は変わらないように見えても、その意味は大きく変わっているのかもしれません。

観光だけでは見えてこない、もう一つの香港のお話です。

参考:

書籍:香港デモ戦記 (集英社新書)

https://amzn.asia/d/09oqxd9U

ドキュメンタリー映画:時代革命(amazon Prime Video)

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0DQDXYLKK

ドキュメンタリー映画:ジョシュア 大国に抗った少年(Netflix)

https://www.netflix.com/jp/title/80169348

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サマリー

やじまが約40年ぶりに訪れた香港旅行を振り返り、幼少期のジャッキー・チェンの思い出や、沢木耕太郎『深夜特急』ゆかりのスターフェリー、重慶大厦、街並みを紹介する。話題は香港の歴史に移り、イギリス統治から1997年の中国返還、「一国二制度」、2047年までの制度維持の約束を整理する。2014年の雨傘運動では、行政長官選挙の候補者が中国側の委員会によって絞られることへの抗議として、学生らがアドミラルティなどにテントを張り、79日間にわたって座り込みを続けた。2019年には逃亡犯条例改正案をめぐって衝突が激化し、2014年の無言の抵抗から、より武力を伴う運動へと変化した。2020年の香港国家安全維持法によって運動は抑え込まれ、ジョシュア・ウォンは収監され、アグネス・チョウは海外に渡ったと語られる。現在の香港は観光客には普通の生活に見える一方、監視や政治的な締め付け、家賃高騰や若者の住宅取得難による閉塞感が水面下にあるという。二人は香港の状況と日本の政治的環境を比較し、世界情勢が急変し得るからこそ現地を自分の目で確かめる大切さを話す。最後に、香港の飲茶、エビワンタン麺、パイナップルパン、シャコや、近郊のマカオへの訪問についても触れ、歴史を知ったうえで旅をすると街の見え方が変わると締めくくる。

約40年ぶりの香港旅行と訪問のきっかけ
どうもこんにちは、やじまです。 こんにちは、ほそやまです。さあ本日も始まりました、やじま・ほそやまの桶屋ラジオ。
こちらの番組は、普段広報PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、身の回りの日常のあれやこれやについて、広報PR視点も少し織り交ぜながら、
脱線もしつつ、雑談する番組です。 お願いします。 よろしくお願いします。
今回は、ちょっと前回ね、少しあの香港行きましたよっていう話をしたと思うんですけど、ちょっとそこをもう少しちゃんと話せという、ほそやまさんからの無言の圧を感じまして。
確かに無言で言ってました。 話をしたいなと。あれ、ほそやまさん行ったことあるんでしたっけ、香港。
香港はないです。そう、台湾しかないですね。
あ、そっかそっか、いいですね。
今回、そもそもなんで香港に行ったかっていうところからお話したいんですけど、一番のきっかけは、
友人から行かないかということで、お支えを受けたっていうのがきっかけではあるんですけど、
実は、僕、昔香港に行ったことがありまして、
どのくらい前ですか?
40年くらい前ですね。 えっ、ほんとですか?
で言うと、相当ジジイだなって、改めて思う。40年前って言って。
そうですか。 それこそ、小学生の時に、父親が家族旅行で行きまして、
当時、僕、ジャッキーチェーンがめちゃくちゃ好きで、ポリスストーリーとかの劇場で見て、
お、すごい。
すごい大興奮してたぐらいの、そういう漢風大好きな男の子だった。
ジャッキーチェーンといえば、香港なんですよね。
確かに。
で、家族旅行で行って、それこそ、ジャッキーチェーンのオフィシャルショップみたいなのがあって、
そこで、ブロマイドを買ったりとか、大興奮した思い出があって、
そこからずっと行けてなかったというのもあって、もう、親父は亡くなっちゃったんですけど、
ちょっとその時の思い出とか、行ってみたら、そこでまた記憶がよみがえるところとかね、
実体験できるところもなんかあるかな、みたいなのが一つありました。
あともう一つの理由としては、前回も少し話しましたけど、
10年ちょっとぐらい前に、反対性デモというか、雨傘運動みたいな、
そういう国民と政府というか、政治との衝突とか、デモみたいなのが、
まさにその香港のど真ん中で起こった現場っていうのを、
自分の目で見てみたいなと思って、まさにその、1997年に香港が中国に返還されて、
そこからその政治体制とか、結構やっぱり激変している。
まさに今現在進行形で変わっているなと、
それをちょっと自分の勉強も兼ねて、目で見たいなと思って行ったと。
おー現場に。
やっぱ自分の目で見ないと、っていうのもあるんで。
僕、ちょっかい香港に行ったことないんですよね。
そうなんです。
空論島と香港島って大きく分かれていて、
空論島。
空論城とかって、すごい要塞みたいなマンションとかって、昔、結構一時期よくテレビとか、
あとゲームのモチーフになったりとか。
そうなんですね。
マンションのがあるんですけど、
どっちかって言うと、文化とかの中心、経済とか文化、商業は空論島で、
香港はどっちかって言うと行政とか、
あと、丸の内とか銀座とか、霞ヶ関とか、
もうちょっとその高級なショッピング街とか、
あるいはそういう政治行政の立法府っていう国会議事堂みたいな、
そういう施設があったりとかっていう、結構分かれるんですけど、
僕が今回泊まったのは、香港島の金床っていう、金を鳴らすって、金へんの金床という、
英語で言うとadmiraltyっていうエリアなんですけど、
まさにそのデモが起こったのが、このエリアなんですね。
そうなんですね。
香港の政府庁舎とか立法会っていう国会議事堂みたいな、
まさにその舞台になった場所として、
なんでそういうことが起こったのかみたいなのをちょっとおさらいしつつ、
どんなことを感じたのかみたいなのを、少し話せればと思うんですけど、
香港返還と一国二制度
そもそも香港って、なんでまずイギリスの植民地になったのかっていうのはご存知ですか?
なんでか、なんでか分からない。戦争なんだと思ってるんですけども。
そうですね。ただ第一次世界大戦とかよりもっと前の、
もっと前なんですね。
えー、そうなんだ。
要は中国、当時シンという国とイギリスが戦争、
アヘンとか貿易不均衡みたいな、ちょっと細かい話なので割愛しますけど、
戦争があって、それでシンが負けて、香港がイギリスに割譲されたと。
それが1840年とかぐらいで、そこからもうずっとイギリスの統治下にあったんですね。
あ、軟禁条約とかそんな時代ですか?
かな?
はい。
で、それが1840年ぐらいの頃に、香港がイギリスの統治下になって、
で、その後に1984年かな、中国とイギリスが返還合意をして、
で、その97年に中国に返還されたというのが経緯ですと。
なので今は中国の配下にありますと。
なんですけど、ちょっとここで問題なのが、やっぱり香港がイギリスの統治下になったのが1840年で、
そこから150年以上、もうイギリスの統治下だったんで、
イギリスは当然資本主義の経済で独自の法制度があって、
いわゆる中国の社会主義的な政治とか統治システムとは違うわけですよね。
なのでいきなりそれを、今までそういうふうにイギリス型でやってきたのを、
いきなりその中国型に変えちゃうと、混乱するよねということで、
前回も少し言いましたけど、一国二制度という、
国としては中国なんですけど、制度としては外交と国防は中国側になるけど、
香港はそれまでの資本主義制度とか生活様式っていうのは維持をしますよという合意があって、
それが1997年に返還されて、それを50年、2047年まで変えないですよという約束をしたんです。
2047年までって期限も決めたんですか?
移行期間として、やっぱり急に中国の全部システムに一斉に変えますと混乱するから、
50年あれば大丈夫でしょうっていうので、変えたわけですね。
ただやっぱり、そんなに綺麗にパキッと動かれるものでもなくて、
返還当初は、わりとそこは一応、中国側も香港側のやり方とかスタイルっていうのを尊重してやってたわけですけども、
徐々にやっぱりその中国にどうしつかというか、
やっぱり自分たちのコントロールしやすいように、徐々に変えていくという流れがありました。
2014年の雨傘運動
雨傘運動が起こったのは2014年なんですけども、その前にもちょっと伏線みたいなのがあって、
例えばその2003年かな、ちょっと今メモを見ながら見てますけど、
国家安全保障に関する法整備をめぐって、大規模なデモが起きて、その時は法案が棚上げされたというのがあって、
要は市民が声を上げれば政治が動くんだと、
抵抗しますと政府側も助歩してくれるんだという成功体験があって、
その伏線があって、2014年の雨傘運動になっていったというので、
2014年の雨傘運動というのは、香港のトップの総理大臣みたいなポジション、行政長官というのが、
どう選ぶかっていう制度が、
中国側ではそれは、普通選挙で選ぶんじゃなくて、
候補者は事前に、その氏名委員会が選んだ人だけから選べますよっていう、
普通選挙は投票できるんだけど、要は中国側が認めた人からしか選べないですっていう、
それは本当の意味では民主的な選挙とは言えないですよね。
完全に最初からフィルターされている。
確かに確かに。中国側が統治したいんですもんね。
そうそうそう、コントロールしたい。
だから香港側よりな人はそもそも選ばれない。
そっか、候補に際ない。
そうそうそう。
民衆が、俺らこの候補を襲うとか、この人をリーダーに立てようと思っても、
いや、こいつら反体制的だろうって。
こいつらはそもそも候補者に入れないと、中国側になったらそれ選ばれない。
それはちょっとアンフェア。普通選挙の仕組みとはちょっと違うんじゃないかっていうので、
まあ抗議運動があって、これも前ちょっと言いましたけど、いわゆるその武力による抵抗じゃなくて、
その、いすわって、さっきのアドミラルティって、そういう霞が関みたいな場所に、
学生とかが中心にいすわったんですよ。テントとか建てて。
そこで無言の抵抗というか、抗議の姿勢を示す。
それに対して警察が打ち出すためにサイリガスとか使って威嚇した。それを傘で守った。雨傘運動。
傘で守ろうとしたんですか、これは。
そうなんです。別に攻撃しようとしたわけじゃなくて、防御するために傘で守ったというので、
僕が泊まったアドミラルティとか、空欧半島の方でも文庫区とか、ちょっと新宿みたいなエリアでも運動が起こって、
しかもそれが79日間かな、続いたと。
2ヶ月、3ヶ月。
そうですね。だから学生とかはテントでずっと野宿しながら、
学校とかあるときは多分外抜けたりとかするんでしょうけど。
すごいですね。
数日でもするとかっていうんじゃなくて、2ヶ月以上か。
結構我慢比べというか。
で、これもちょっと前回言いましたけど、これをムーブメントっていうのを突き動かしたのが若者たちだったというので、
シュー・テイさんってアグネス・チョウさんっていう日本でも知られている方とか、
ジョシュア・ウォーンっていう、当時15、6歳だったのかな。学生運動でも元々注目されてたリーダーというか。
要は、返還後に生まれているのかな、彼女たちは。
要は、返還はよく知らないんだけど、
自分たちがこの香港を守らなきゃ、みたいな危機感で立ち上がって、
若い子たちがそういう風に行動で抵抗しているのを見て、
上の年代の人たちが、若い子たちが頑張っているのに、俺らそういう生還しているの、ダサいな、みたいな。
俺らもそこに乗っかろうと思って、一気にどんどんムーブメントみたいなのが広まっていったというので、
そういうムーブメントが広がっていったと。
確かに。
どうぞどうぞ。
ジョシュアウォンさん、調べてみたら、2012年の時15歳なので、ちょうど1997年生まれとかですかね。
そうですね、まさに返還後の生まれた。
そうなんですね。
そうそうそう。
2019年の抗議運動と国家安全維持法
で、その後、アマガサウンドみたいなのがあって、そこから5年後に、また2019年に。
もうちょっと、2014年のアマガサウンドの時は、無言の抵抗という、武力は用いずに、街中を選挙、居座ることによって抵抗を示すっていうのがあったのが、
2019年から、今度またもうちょっと武力も伴う抵抗運動みたいな。
で、2019年に逃亡法条例というのが、改正案というのが法案で出されて、
香港から中国本土とかに犯罪者を引き渡せるようになっちゃう、一定の条件しますよっていう制度。
要は、今までの一国二制度という形で、中国の法制度とは、中国は香港は別ですよって言ってたのが、
中国本土の司法制度の影響が、香港に入ってくるんじゃないかっていう、より懸念が深刻化して、
その時は立法会とかも、強引に押し入って、子どもたち中心に選挙しちゃったりとか、武力による衝突みたいなのもあって、破壊行為みたいなのもあったり。
それが雨傘運動、これもまさにアドミラレティとか、その辺りのエリアで起こって、
そういう、ちっちゃい紛争状態みたいになっていた。
銃撃みたいなのも一番、銃を発砲するみたいな、警察側も。
そこまでやる必要があるのかみたいなので、
今までは若い子たちの動きに対して、賛同してた上の世代の人たちも、一部ちょっと引いちゃうみたいな。
国民もちょっと分断されてしまったみたいなところもあったと。
ちょっと話長くなってきちゃったんで、後半はちょっとはしょりますけど、
一番大きな転換というのが、民衆と政治側との駆け引きみたいなのが続いていく中で、
2020年に国安法、香港国家安全維持法というのが制定されて、
そういう治安維持のための強制的に取り締まれるみたいな、そういう制度みたいなものが成立してしまって、
結構それによって、雨傘運動のきっかけとしてムーブメントみたいなものも、
力によって結構抑えつけられちゃって、
今は沈静化というか、一時期の盛り上がりからはだいぶ静まってしまっていて、
それこそジョシュア・ウォーンさんとかも今、就管されてたりとか、
あとアグネス・チョーさんとかも今海外に渡っていて、
そうなんですね。
香港にいないんですけど、
香港にいると捕まっちゃう可能性が高いので。
そうなんですか。
ジョシュア・ウォーンさんが就管されてるっていうのが、
今までのこの背景聞いてると、
なんていうか、このままじゃいけないと思って起こした行動だけど、
でもやっぱりそういった武力みたいなところだから、
就管されちゃったってことなんですか。
そういう、彼自身が別に暴力を振るっているわけじゃないですか。
そういう、なんていうのかな。
主導したみたいな。
テロとかを煽ったとか。
そっかそっか、なるほど。
結局、ジョシュア・ウォーンさんとか、彼らの正義と香港というか、
中国側の、からすると、それは治安を乱すものですよね。
なるほどですね。
かつ、やっぱり習近平さんとか、中国も体制変わって、
よりやっぱり締め付けとか、中国にどうしつか、
みたいなのが、より締め付けが強化されている中で、
今までは割と恩恵に対話をしながら、
妥協点見出していこうよ、みたいな感じだったのが、
より中国側の締め付けも厳しくなってきたし、
民衆側の抵抗運動みたいなのも、
やっぱり無言の抵抗運動から、
もうちょっと武力も一部伴うような、
反対性の運動みたいに、
やっぱり賛同しかねる人たちも、国民の中でも出てきて、
やっぱりそこも一枚岩じゃなくなってきて、
そういう中で、
ちょっとそういう意味では、一時期の盛り上がり、
アラブの春みたいな、民衆からの体制変革みたいな、
勢いみたいなのが、ちょっと今は失われているという話ですね。
なるほど。
現在の香港と日本から見た危機意識
実際に現地行ってみて、雨傘ありました?
いや、もうさすがに雨傘ないんですけど、
でもなんか、やっぱり行ってみてびっくりしたっていうか、
本当にだから、本当に街中なんですよ。
そのデモが行われて、ドキュメンタリーとかも、
今回行くにあたって、いくつか見たりとか、事前に見てたんですけど、
実際なんか、なんていうのかな、
イメージしていただくとわかるんですけど、
丸の内とか霞ヶ関の道路とか、
ショッピングなんていうのかな、
道を、テントとかでも、
占拠してる状態。
ありえないですね、そんな状況ね。
不法占拠というか、
椅子割っちゃってるみたいな、
そういう、なんていうかな、その状態だったんですけど、
実際に行ってみて、
そんなことが起こられてたんだ、みたいな。
だって今、日本でそれをもしやろうって、
100人規模とかでやったとて、
警察がとかね、国が動いて、
一瞬で撤収されちゃいそうですよね。
もちろん言論の自由とかもあるけど、
でもなんかね、そんなの一瞬でほんとね、
蹴散らされちゃいそうな。
そうですよね。
それはなんかほんとに、
ここで、こんな街のど真ん中で、
そんなことが起こったんだって、
さっき細山さんがおっしゃった通り、
そんな何十日も、
街のど真ん中を選挙して、
なんで取り締まられなかったのかな、みたいな。
むしろなんか、強引に武力とかを含めて、
それを退けようとすると、
それこそ民衆がよりヒットアップしちゃうっていうのも、
もちろんあったと思うんですけど、
にしても、
それはなんかそんな、
ほんとにだから街の中心部、
道路も含めて、
選挙されちゃうと、
それこそ経済とか、
人々の移動とかもそうだし、
経済とかも影響を受けるじゃないですか。
ほんとそうですよね。
経済に。
そこで商売やってる人とか、
それによってね、
それこそそういう観光客とか来なくなっちゃう。
そうですよね。
それでも、それは分かってても、
いろいろ、今目の前の人たちに、
何か被害だったりとか、
悪影響がある可能性もあるけど、
それでも未来を考えたら、
もうそうするしかなかったってことですよね。
やっぱり今やらないと、
その後の世代も含めて、
影響があるっていう、
危機感みたいな、
前回の議論でもそういう、
なぜそこまで行動に駆り立てたのかっていう話でしたけど、
っていうのは、
でも、
僕らが今平和に暮らしている日常っていうのが、
1年後、2年後にどうなってるか分からないっていう、
それこそ、
香港もそうだし、
それこそ台湾とかね。
まさに、
中国側からそういう武力侵攻というか、
いつあるかも本当分かんない。
確かに、いやそうですよね。
そしたら、もう一変しちゃいますからね。
ちなみに、この雨傘運動を起きて、
10年くらい経って、
実際に運動を起こした方々の思いが、
そのまま通じたわけじゃないかもしれないけど、
今何か変化というか、
良い影響というかってあったものなの?
今でいうと、むしろ、
僕も最近、
死ぬ状況は分からないですけど、
結構監視とかはより厳しくなっているというのは、
それこそそういう若手の運動家とかが、
逮捕されちゃったりとか、
そういうのも含めて、
だから、表向き、経済とか人々の生活は、
変わらないように見えるけど、
裏側というかね、
水面下でのそういう閉塞感とか、
コントロールというか、
中国側からの手綱が、
より引き締められていることの、
不安みたいなのは、
あるんだと思いますね。
別に、表向き、普通に生活している分には、
特に僕らみたいな観光客は、
多分全然、
そんなに意識することは全くないんですけど、
でも、そこで生活している人からすると、
あると思いますね。
それこそ、
香港も東京とかと一緒で、
家賃がどんどん上がっていて、
すごい狭い国土の中に、
人口700万人ぐらいって、
人口密度が高くて、
しかもそういう、
海外からの資本とかも、
どんどん入ってきて、
若い人たちは、
家を買えないみたいな、
家賃もどんどん上がっているし、
みたいなのもあるし、
より、
閉塞感というか、
物価も上がっているんですか。
うん。
かつ、政治的にも締め付けがある、
みたいな中で、
やっぱりそういう、
若者だけじゃないかもしれないですけど、
不満とか不安とかっていうのは、
やっぱりあるっていうのは、
思います。
そうまでしてでもというか、
こういう結果を想定していたかは、
分からないですけど、
それでも、何かこういう大きな運動を起こして、
国だけじゃなくて、
世界中にこうやって注目される運動を起こしたっていうことですからね。
そうすると、中国大丈夫かみたいな、
なんか、ちゃんともう一回、
国の統治やり直せみたいな、
目も出てくるのかなってちょっとしたので、
少なからず何か変化が起きる影響は、
あったんだろうなと思いますけど。
そうですね。
逆に思ったこととしてはやっぱり、
そう考えるとやっぱり日本ってまだまだ、
平和というか、もちろんね、
沖縄でもなんか、
米軍の殺害事件が起こったりとかあるけど、
なんかまだ、
平和というか、
危機意識みたいなところは、
自分たちの国が何か、
どうにかなっちゃうかもみたいな、
だから自分たちで立ち上がらなきゃみたいな、
そういう危機意識は別にない。
確かにな、そうですね。
政治家がどうのとか、
この法律がどうのとか、
なんかありますけど、
なんかこんな武力を行使してまで、
っていうことでもないですよね。
じわじわっと、
いろんな活動を通じて、
新しい制度ができてとか、
変化しつつあるけど、
そうですよね。
平和なのか。
平和だなっていうのと、
あとは一方で、やっぱり、
香港とか台湾もそうですけど、
そこで今、香港とか台湾に限らず、
やっぱり今、世界の情勢っていうのは、
目まぐるしく日々変わる中で、
1年後とか5年後とかどうなっているかわかんないなっていう。
急に何かが起こってもおかしくないっていう、
なんか世界だからだなと思って。
だからこそ逆に、
そういう、なんていうのかな、
この目で確かめるとか、
あるいはなんかそういう、
香港とか台湾に限らずですけど、
そういう、行きたいと思ったらやっぱり行ってみるみたいなのは、
結構大事かなと思います。
そうですね、確かに。
なんか日本って、
もしかしたら今の運動とか、
アラブの春みたいなのをちらっと矢島さっきおっしゃってたのが、
起きづらいのって、ちゃんと定期的に選挙があるとか、
憲法で自由が保障されてますとか、
なんかいろいろ機能していて、
実はこれを防いでるのかなっていうのをちょっと、
なんか気づきと思っております。
もちろん全てがうまくいってるとは思う。
ちゃんと機能してるのかも、どうですかね。
どうなんだね。
よくね、経済一流、成人一流とかなんか言いますよね。
よくね、日本ってね。
そうなんですか。
確か。
成人一流。
成人一流、はい。
『深夜特急』をたどる香港街歩き
ここの現場に行ってきて、ホテルにも泊まって、
他は何をされてきたんですか。
でもそうですね、泊まって、
それこそなんか、僕はちょっと世代的に深夜特急とかもよく好きだったんで、
深夜特急って何だっけ。
深夜特急で沢木幸太郎が、
香港を起点にして、香港から陸路でイギリスに行くまでの旅路を書いた、
ルポっていうか、一応小説なんですけど、
多分40代以上の人たちからすると、
結構バックパッカーブームの縦役者みたいな。
すごい。
深夜特急とか僕も好きで、
深夜特急に出てくるスターフェリーっていう、香港島と空欄島を結ぶ、
夜景が綺麗なフェリーとか、
あとチョンキンマンションとか、
その舞台になった場所みたいなのをちょっと見たりとか、
あとヤムチャ食べてるとか、
結構割とやってたことは普通かもしれないですね。
2階建てのトラムとか走ってました?
走ってました。
あとなんか、ネオン看板、
なんかこう雑多な街っていうイメージがありますよね。
あと面白いのは何か、面白いっていうか、
40年前に行った時の回収みたいなのを見ていくと、
もうジャッキーチェーンって、
香港側の人たちからすると、結構超嫌われてて、
完全に中国側の人っていう。
そうなんだ。
っていうので、そっちに身を売ったじゃないか。
そうなんですか。
なんで、ジャッキーチェーンのもの、
グッズとか写真とか含めて、
そういう名残みたいなの一切見なかった。
そうなんですか。
日本だったらね、なんかまだ名前知られてる、
香港といえばみたいな感じなのに。
そうなんですね。
まだブルースリーとかの方がリスペクトされてるとか。
そうなんですね。
そうそうそう。
で、そういう意味だと、そこはちょっと。
違った。
ちょっと悲しい。
悲しい。
そうですね。
そうなんだ。
あとまあ、そうですね。
香港グルメとマカオへの旅
そんな確かに特別なことしてないかもしれない。
そういう意味だと。
食べ物は何食べたんですか。
ヤムチャはベース、定番で食べるし、
あとエビワンタン麺とか。
めちゃくちゃうまかったし。
牛肉麺とかは?
エビワンタン麺ですね。
エビワンタン麺。
あとは、香港のファミレスみたいなのがあって、
パイナップルパンという、メロンパンみたいな。
メロンパンみたいな?
皮がクッキー生地みたいなサクサクの。
あるんですか。
中にバターを切ったやつを挟んで食べるみたいな。
切ったやつを、バター丸々入ってるってことですか?
そうそう。
絶対おいしい。
それはめっちゃうまかったです。
なにこれ、おいしそう。
めっちゃうまいです。
B級グルメです。
あとは、シャコ。シャコがおいしくて。
シャコって、シャコ?
エビみたいな。
香港はそれが有名だって、僕も知り合いから教えてもらって、
おそろおそろ行って食べたらおいしかったんで。
すごい、日本で見ないものばっかりで面白い。
そうっすね。でもグルメと、もちろんグルメと、
ネオンとかの街並みと、
夜景とかスターフェリーとかで、100万ドルの夜景とか。
そういう夜景みたいのは確かに見どころ。
お買い物とかじゃなくて、
食と移動して街並み見るみたいなのが楽しい。
そうですね。
そういうルーフトップバーみたいなのがあったりとか。
僕は行かなかったですけど。
あとはマカオも近い。マカオも行ったんですけど、マカオも近いんで。
カジノとかね。
あ、そっかそっか。
マカオはポルトガル寮なんで。
ここはそうなんだ。へー。
そんな近くで。
エッグタルトとかね。
美味しかったですし。
すごい。そんな食文化かわいい。
そうですね。それもフェリーで1時間半ぐらいで行けるんで。
だから香港、マカオを含めて3泊ぐらいあればサクッと行けるんで。
さっき言ったような歴史の話もちょっと片隅に入れつつ、行ってみるとより楽しめるし、
まさにその変化の、2047年に完全変換されるまでの移行効果を自分の目で見て、
確かめていただくのはいいんじゃないでしょうか。
いいですね。いいんじゃないでしょうか。
すごい。こんな近くの国で、こんな勉強になるとは。
とても勉強になります。
僕も結構本とかいくつか読んだり、面白かったりすることで、参考リンクで貼っておきます。
なんか動画とか撮ったりです。
そうですね。ネットフリックスとかでドキュメンタリーのやついくつかあって、
それ面白かったんで、ぜひそれ見ていただくといいと思います。
お願いします。
じゃあ今回はそれぐらい。そんな感じですかね。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
36:13

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