自分探しの考察
おかさん、ハイ。このチャンネルでは、宮古のほとり、滋賀県に住む60代になったおかさんが、
丁寧お前に会社を辞めて歩き始めたセカンドキャリアの日々や、仕事、生活、人生について、ゆるーくお話しします。
改めましてみなさん、こんにちは、おかさんです。
みなさん、自分探しをしてますか?自分探しをしたことありますか?と。
私ね、いつだろう?昨日?昨日かな?おととい。
数日前にね、Xで自分探しに関するポストがバズってたんですね。
30代でまだ自分探し中、とか言っている人終わってます。
20代で探し終われ、30代は一点数中でひたすら実行する時期、いつまで探してるんですか?と。
自分探しで迷子になってなかなか身動きが取れないとか、就職とか悩んでるみたいな話ね、時々聞いたりしますけど、
みなさんもそうなんですかね?これ見てね、私思ったのは、私自分探しってしたことがあるかな?と思ったんですよね。
少し前にお話しましたけど、なんとなくたまたまとか偶然あったことに興味がわいて、それをやっていくと。
その辺挑戦上でいろんなことがじゅじゅつなぎにつながっていくと、みたいなね。
だから就職とか探す時とか、大学に入る時とかも自分を探すみたいなこともなかった。
これは良いことなのか、良くないことなのかわからない。
自分を見つめないままで、60歳に歓励を迎えちゃったのかもしれないですよね。
これはどうでしょうか?良いことなのか、良くないのか。
幸せなのか不幸せなのかって、ちょっと考えちゃったんですね。
自分がよくわかって、自分を見つめて、自分を探しきれて、
よし、自分が探したからこれに、探した自分に沿って人生を歩んでいくよって。
みなさん、そういう人多いのかな?と思いました。
少なくとも私はそんなことせずに、60歳まで来ちゃったなっていうふうに思ったんですね。
でもあえて言うなら、去年かな。
前職30年間勤めた会社で、リストラ希望退職が発表されて、
1ヶ月半か、あれこれ悩んで会社を辞めて、転職しようと決めたと。
この時に少しは自分の人生とかを見つめ直したのかもしれないですよね。
自分探しの実践
Googleで自分探しって何?って検索すると、
AIにある概要によると、自分探しとは自分の価値観や人生の目的、
生き方を見つめ直し、より納得できる人生を送るための方法を探すことです。
例えば自分の内面と向き合ったり、新しい経験をしたり、
身近な人に意見を求めたりするなどの方法があります。
私、たまたま希望退職が発表になった時に、
国家資格キャリアコンサルタントの養成講座に通っていて、
人のキャリアの相談に乗るための資格を取ろうとしている中で、
いろいろ勉強して、いろんなキャリア理論とか、キャリアを見つめ直す方法を
学ぶ中で自分に当てはめたらどうだろう、なんていうのは考えることです。
なので、意識せずに、無意識のうちに少しぐらいは、
その時に自分探しをしたのかもしれないですよね、結果的に。
だとしても58歳の時ですね。
Xでバズってたとすると、30代でやってる人なんか終わっていると。
あと私58歳で探してた人は、もう終わってたどころか、
箸にも棒にもかかれない、みたいな感じなのかもしれないですよね。
でも、確かに自分を探し切って理想のキャリアを歩むっていうのが非常に
良いこととか必要なことっていう感じかもしれないですけど、
そうじゃなくて、人間万事、採用がうまとか、ケセラセラみたいになるようになる。
風に吹かれて、目の前に出てきたことに興味を持って、
それをまあまあ楽しいなとか思いながらやっていって、
人生を歩んでいるっていうのも悪い感じもしないですけどね、どうなんでしょう。
自分探しができていたら、私はもっと幸せを感じていたのかなと。
そうかもしれないですね。もう足られ場はないんでね。
そうかもしれないですね。
でも今、私なりにはまあまあ幸せというか、やりたいような人生を歩めていて、
今もね、転職先も自分探しを行った結果、理想のキャリアを選んだわけじゃなくて、
これも前にお話したように、転職活動がうまくいかなくて、転職先が見つからなくて、
いろいろ過去の人脈コネクションを考えた中で、
過去知り合っていたなという方を思い出して、その方にこちらから弁説をお願いしたみたいな。
なので、自分探しをした結果ではなくて、それもそこだけ取り上げると、
生きるための手段としてキャリアを選択したという部分が多いかもしれないですよね。
マスト、必要だから。
マストとか必要だからって、必需品とかに言いますけどね。
必要なことだけを充足しているだけだと、やっぱり幸せではないのかもしれないですよね。
生活必需品だけで生活しているとやっぱり余裕がない。
人生として余裕がなくて、やっぱりいろいろ本当に必要じゃないようなもの、
いわゆる贅沢品とか思考品とかそういったものが揺れていると、
より幸せを感じるという側面もあったりするので、
本当はもっと自分を探した上でキャリアを見つけていればよかったかなという気もすると。
だけどもね、必要に迫られて転職して、幸い今のところね、
理想と現実のバランス
転職先ではまあまあ幸せというか好きなように仕事をしています。
今日もね、採択ワークでやってたんですけど、
マーケティングとか、あとは今ね、営業の役割を担ってたりする。
社員が従業員7人しかいないんでね、営業担当っていませんでしたからね。
いろいろマーケティングを通じて引き合いが増えている中で、
2人のお客さんから立て続けに具体的な問い合わせがあって、
これはすぐに対応しようというので、対応したり提案書を作ったりしていました。
そういったのもね、自分はとても楽しいし、今の会社としても必要なことだし、
もしもこれでね、何か提案が先方に受け入れられて、
じゃあ御社にお願いしますと言われたらね、事業に貢献できることになるので、
それはやりがいを感じるんだろうなと思ったりもします。
こういった方に、自分がやりたい、やらなければならない、
そして私ができる、will, can, mustとか言いますけどね、
そういった3つの特性が揃った仕事が転職した後もできているので、
非常に幸せでバランスが取れて、まあまあ楽しくやれているということで、
これはこれで非常に結果論ですよね。結果として良かった。
だから自分探しを十分やってきたわけではないけど、結果としてまあまあ理想かどうかはわからないですね。
理想っていうのもよくわかんないですけど。
理想を求めていても、理想とのギャップに悩んだり、
あとは理想で、もともとは私もどんどんどんどん、もっともっとみたいに考えだすと考えてしまうので、
理想を考えだすとキリがなくなったりするっていう危険性も感じるので、
十分に理想も考えなくて、
will can mustのバランスが取れている領域でキャリアを歩みながら、
そこそこ貢献できていて、自分もやりがいにつながっていると、
そして報酬も得られて生活もできると、みたいにやれているのが私には非常に合っているのかなというふうに思っています。
ということで、今日は20代で自分探しは終わらないとダメだよと、
そういうXのポストを見て、私、自分探して、やってなかったなと、これでいいだろうかというふうに考えてみたという話をしてみました。
はい、いかがでしたでしょうか。
今日も最後まで聞いていただいて本当にありがとうございました。
それではまた次回のおかさん配慮でお会いしましょう。
さようなら。