自己の弱さの認識
おかさん、このチャンネルでは、宮古のほとれ、滋賀県に住むアラカン、まもなく60歳、定年を迎えるはずの会社を希望退職で辞めて、セカンドキャリアを歩き始めたおかさんが、仕事、生活、人生についてゆるーくお話します。
改めましてみなさん、こんにちは、おかさんです。
今日は、「弱くて良かった」という音声配信を聞いて、私も弱くて良かったと思ったことがあったな、というのを思い出したのでお話ししたいと思います。
この弱くて良かったというのが、数日前に、私が毎朝聞いている高橋新平さん、おもちゃクリエイターの高橋新平さんの1日1アイディアというボイシーの音声配信で、「弱くて良かった」というテーマでお話をされていたんですね。
私もそういった経験が仕事であったな、というのを思い出したので、それを紹介したいと思います。
その前に、そもそも私は強い、どちらかというか、完全に弱々の人間なんですね。
思い出すと、小さい頃からお世話になるまでよく泣いていました。
母からビスビスしていると。
ビスビスって、私のふるさと、兵庫県の北部の方では、ワンワン泣くみたいな子供が泣くのをビスビスと言うんですけど、ビスビスしていると。
本当に幼稚園、小学校の時とか、何かあったら泣いて帰ってきたと。
いじめられたり、こけたり。
体もあまり強くなかったので、よく風邪ひいたりとか、運動も苦手で走るのも遅いと。
いつもクラスの一番後ろで、マラソン大会とか走ったり、遠足に行っても人から置いていかれるみたいな状態で、本当に泣き虫だった。
親も特に母も心配していました。
あとは、会社に入ってからも、情けないんですけど、3回くらいから仕事中に泣いたことがありますね。
仕事での涙
営業マネージャーと立ち話をしている時に、少し詰められて。
最初エキサイトしてやってたんだけど、ガンと言われて立ったまま泣き出して、周りの人はびっくりしたりとか。
あとは、プロダクトマネージャーになってからの企画会議の冒頭で、前回の企画会議で宿題だったことをちゃんと出てなくて、
それを指摘されて厳しい言葉を言われたと。
厳しい方で有名だった役人の方から厳しい言葉を言われて、
場所で発表をしてたんですけど、ブワーと涙が止まらなくなってしまって、5分間休憩になったと。
今でも思い出しますね。
そんな感じで情けないかな弱いお母さんだったわけなんですけど、
さすがにそれでも今から59歳で歳とってくると、
良くも悪くも鈍感になってきて、ワーワー泣くようなことはなくなったのかなと思います。
良かったことは泣くことじゃなくて、先ほど企画会議で詰められて泣いたと。
その役員の方と初めて話をしたとき、
プロダクトマネージャーになって何ヶ月か準備をしていた企画の種みたいな、仮説みたいなものを発表する場があって、
その役員の方とか部下長さんがずらりと15人ぐらいおられるところで、
こんな風に考えてきましたっていうのを発表してたんですよね。
協力を生むコミュニケーション
発表しては質問されると。
その役員の方は結構厳しい、他のマネージャーの方は死因としていて、
私と役員の方の一対一行き口みたいな感じで質問されて答える。
少し話をしてまた質問されて答えるみたいなやり取りをしてたんですけども、
ある質問をされたときに、私その質問にすぐ答えられずに、
なるほど、それはよくわからないんですよねって正直に言ったんですね。
そしたら今でも覚えてるんですけど、
死因として周りを取り巻いているマネージャーの方々とか、
大丈夫か、死因として、こっちをみんなで見ると見つめられて、
そんなことを言って大丈夫なのかと。
やっぱりわからないみたいなことを言ってはいけないみたいな雰囲気があったんですかね、
その役員の方との関係の間では。
で、私、なるほど、ちょっとよくわからないんですよねって言ったら、
役員の方もじっとこっち見て、それってどういうことだとおっしゃられたんですね。
で、私も正直に言われてることはわかると、質問言われてることはわかって、
それについては、実は準備企画の中でいくつかの観点で考えてみたと。
こういう風なところを考えて、こんなところを調べて、こういう事実がわかったとか、
何個かと言ったらいくつかの側面とかで調べて考えて、
こうじゃないかみたいなことは解説を置こうとしたんだけど、
どうしても情報が不足、ある種の情報が不足しているとか、事実に行き着いてないというので、
結局あるレベルまでは調べて考えてみたけれども、
結局わからなかったんですという経緯をお話したら、よく考えてるじゃないかと役員の方に言ってもらえたんですよね。
そこから一緒に考えようという風に雰囲気が変わって、
役員の方もこんな人に聞いてみたらこういうところがわかる可能性があるんじゃないかとか、
誰かに相談してみたらいいんじゃないかとか、いくつか新しいアイディアとかアドバイスをもらって、
役員の方もその会議室にいた別の部長さんとかに、
こういうのってどういう人に聞けばいいと思うとか意見を求めたりという、
少しその会議室の空気が変わって、2、3アクションアイテムが出たんですよね、アドバイスの中から。
私以外の人が、例えば海外の拠点の〜さんに協力を依頼して、
お母さんがコンタクトできるようにそれを前立てをしてくれるとか、
私以外の人のアクションアイテムが2、3出て、それに対応してもらって、
少し調査とか、情報の把握で一歩進んだという記憶が、そういった経験を持ちました。
そこで、やっぱり何ですかね、虚勢を張って、いやいや、それはこうだと思いますみたいなことを言ってたら、
それは違うんじゃないかとか、変な方向に行ってたかもしれないなって思うわけです。
で、わからないと。わからないっていう風に言ったことで、コミュニケーションが発生して、
物事が少し前に進むきっかけになったと。
だからその後は、その役員の方に対してだけじゃなくて、いろんな支援でも、
当然、準備はするとか、やれることはやっておくっていう前提なんだけど、
わからないことはわからないと、素直に言うとか、そこは悩んでいるとか、
そこはどうしてもわからないんですよねとか、教えてくださいとか、みたいに自然に言えるようにだんだんなって、
そういうふうに言って、こっちがわからないとかっていうスタンスで、
例えば開発技術で詳しい人とかお客さんとかに接していくと、話をしようとか協力しようみたいな空気が生まれることが
多いなって思って。
なので、少し自分が弱い部分っていうのを正直に開示、オープンすることによって、
協力を得たり、新たな関係が生まれてっていう、そういうサイクルになっていくんじゃないかなっていう風に、
私の経験からは思ったりもしています。
今日は弱くてよかったという仕事で、そういった経験をしたというお話をしてみました。
いかがでしたでしょうか。
今日も最後まで聞いていただき、本当にありがとうございました。
それではまた次回のお客さん会でお会いしましょう。
さよなら、さよなら。