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  2. #465 アプデかクリエイトか
2026-01-29 06:02

#465 アプデかクリエイトか

世界線が変わってる
#学校 #教育 #教員 #子育て
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サマリー

教育の変革について、子どもたちがAIの進化を利用して新たな創造性を発揮する重要性が語られています。教育者は、変わりゆく社会における共通言語を学び、子どもたちを新しいものづくりの能力を育む方向へ導くべきだと強調されています。

教育の変革
はい、おはようございます。こんにちは、こんばんは、oipです。
トライアナウンシーズン中学校で教員やってます。
いつもサインして、いいね、コメントありがとうございます、と
言ったところで、
今日はですね、お久しぶりなんですけれども、
えーとですね、
最近思った、いろんなこと考えてる人なんですが、
教育が変わらない理由というか、これから、変わらない理由じゃないな、
これから学校現場っていうのは、こっちの方になっていかなきゃいけないのかもしれないなぁ、なんていう話の、ちょっと特集版というかね、
今までも散々そういう話してきているんですが、
まあちょっとね、それの、またちょっと違った話、考え方、視点っていうのをね、話してみようかなと思っていて、
えーと、タイトルはそうだな、
長くなるかな、どうすっかな、なんかね、アップデーターかクリエイターかっていう話なんですよ。
どういうことじゃね、っていう話なんですが、
えーとですね、今までの、我々が受けてきた、
我々っていう表現があったか分かるんですけど、
まあね、今の大人たちが受けてきている教育っていうのはですね、
既存のものをより良くするための戦士、兵士たちを育ててきているんじゃないかなと、
だから永久にずっと同じことばっかやってると、
私たち大人が作り出してきた世界のアップデートをやるように、
つまり一から無限大に拡張することができる子たちに、
自分たちが持っている知識と共通のものを与えてきていると。
で、共通のものを持った上で、
あなたたちは今までこの社会のシステムをより良いものにアップデートしてください。
ということで、学校現場が成り立っていたのではないかなと思うんですね。
ですが、今はですね、AIの進歩のおかげでですね、
そういう方向ではなくて、01の方ですね、
我々が何か作ってきたものではなくて、
完全に無から有を生み出すっていうのが、
子どもたちができるようになってきてしまったと。
なので、いわゆるこんな勉強なんかって意味があるのかとか、
チャットGPTで共通テスト満点取れるじゃないか、
みたいな話なんですけれども、
まさにそこかなと思っていて、
大人が全員共通で身につけているものはもう大体非があると。
だけど自分たちだけでテクノロジーを駆使すれば、
新しいものを作り出すことができるようになってきていると。
今までは新しいものを作り出すための情報というのが、
大人から供給されるものしかなかったわけですよね。
だからアップデート、アップデート、アップデートだったわけなんですけども、
もちろんね、中には異端児というものはいたはずなんですけれども、
そうではなくて、今大人が持っているほとんどの情報が、
もう子どもたちの段階で手に入るようになってしまったと。
であれば、それがどんどんどんどん若返っていって、
ゼロイチで作り出す人たちっていうのが、
子どもたちに出てくるんじゃないかということなんですよね。
で、勉強なんかやりたくないぜみたいなことを、
言い始めるタイミングの問題ですよね。
例えば高校卒業、大学卒業まで、
何とか勉強をついていけば、当然アップデータになるし、
当然クリエイターにもなれるということなんですけれども、
若いうちに、なんだかの外的要因で、
本来知的好奇心を持っているはずなのに、
勉強が嫌いだということになってしまった場合、
その段階で身につけるべき学習能力というか、
大人の人たちが持っているものっていうのを放棄する、
教育者の役割
代わりに創造する時間ができるということで、
大人たちが持っていないようなアイディアで、
何かを作り出すことができるのが、
今の子どもたちなんじゃないかなって思うわけなんですよね。
ただじゃあ、なんで大人はそれをあまり肯定的にしないのかっていうと、
これは僕の一人の一つの推論になるんですが、
やっぱり自分のことを下に支えてもらいたいと、
年金の考え方と同じなんじゃないかなと思うわけなんですよ。
同じものを持って、
あとやっぱり親心というか、
愛情がちょっと悪い方に行っちゃってるんじゃないかなと思うのが、
自分たちが知っている知識であれば、
究極助けることができると、何があってもね。
だけど、新しい知識だけで世界線で生きていく子たちっていうのは、
自分たちが知らないことしかやらないから、
助けることができないと。
だからそこにちょっと大人の愛情の裏返しみたいな感じで、
不安になってしまって、
こういうのがやるんだと、勉強必ず必要になるんだと、
社会に出ると大変だぞという、
テンプレみたいな言葉が出てくるんじゃないかなと思うんですが、
そもそも今の本当に若い世代、
10代の子たちが社会に出るときっていうのは、
社会は定義が変わっているとか、
意味が全然変わってきていると思うんですよね。
社会に出たら大変だぞとかいう人の社会と、
子どもたちが想像している社会、
想像でイメージしている社会っていうのが、
根本的に違うステージにいるので、
なんかもうキャッチボールがうまくいってないと、
単語の認識が違うと、
なんかリンゴって言ってるのに、
リンゴ取ってって言ってるのに、
なんかみかん持ってくるみたいな、
これリンゴじゃなくねみたいな、
いやいやいや、果物は同じだからいいじゃんみたいな、
なんかそんなキャッチボールが成立しないように、
なんかなってきてるんじゃないかなって思っております。
結局そういう感じになってきたときに、
私たち教育者はどうすればいいのって言ったときに、
学ぶしかないですね。
と思ってます。
だから共通言語にするしかない。
これからの世界をより良くしていくっていうか、
新しいものを作ってより良くしていく子たちに対して、
これからどうなっていくんだろうなっていうのを、
学び続けるしかないんだなっていうのが感想でございます。
今日もですね、いつもと同じで手に限界が来ておりますので、
今日はここら辺で終わりにしようと思います。
皆さんもね、もう2月になりますね。
12分の1は終わるということで早いですね。
2026頑張っていきましょう。
ではでは。
06:02

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