学力低下の問題提起
はい、おはようございます。こんにちは、こんばんは、oipyです。
前の私立中学校で教員やってます。
いつも再生いいね、コメントありがとうございます、といったところで
今日はね、ちょっと、なんだろうな、考察会というか
学力低下について、みたいなね、叫ばれる学力低下についてにしようかな
ということで、ちょっとね、ボソボソとぼやいていこうかなと思っております。
はい、えーと、あの、なんかよくみなさん、まあ、SNSとか見られると思うんですけど
なんか、研究者とか、元教員だった人とか、まあそれが日本ではなく海外も含めてですけど
うん、なんかいろんな権威ある人たちが、なんか肩書きをなんかつけて、あたかも説得力を持たせるような感じで
これなんか学力が低下しているとか、OECD全体でも平均値が下がっているとか
うん、なんかそんなのよく出てくるじゃないですか
で、あとね、あの、一番新しいのが、あの、なんだ、オープンエア、チャットGPTが
あの、共通テストで満点を取った、みたいな、うん、やはり満点は96%でしたっけ
うん、なんか取った、みたいな、で、これで学力は、学力は、みたいな、うん
で、最近の画読回力が下がっているとか、なんかそんなのよく出てくるじゃないですか
うん、まあいろいろ言いたいことはね、あの、あるんですけど
うーん、まあ簡潔に、僕個人の考え方を言いますとですね
うーん、なんで物差しをずっと買えないんだろうな、っていうのが1点
それと、えっと、ぜひですね、あの、なんかこういう学力低下、うんうんって叫んでる人たちに
あの、他社との、他人との比較って子育てに有効なんでしたっけっていうのを聞いてみたいっていうのが1点
この2点かな、って思うんですよね
教育における物差しの変化
うん、あの、前者の、あの、物差し、物差しが変わってんじゃねっていうのは
うーん、そうなんですよね
例えば、なんかみんなで、今の時代って多様化認めちゃってるじゃないですか
うん、認めちゃってるっていうか、多様化を認めようっていう時代じゃないですか
うん、だからなんか、まあ例えるなら、僕なんか、みんなで砂山を作って遊びましょう、みたいな感じで
バケツいっぱいの大量の砂が渡された時に、うん、なんか
それから昔は、高さをみんなで一生懸命出すために、みんなで一つの山を建てました
いやーすごい高いお山ができたねわー、みたいな感じだった、うん
で、今は一つのバケツで、同じ量ですよ、同じ量で
えー、砂山を作りましょうって言った時に、はーいって言って
まあ一人一人、もしくはまあ二人とか、まあバラバラになって
それぞれが分配された砂の量で山を作ると
うん、そうすると、同じ砂の量なので、絶対高い山ができるのは
あの、みんなで作って、一つの山を作ったものなんですよね、うん
だからこれって、まあある種学力、うん
学力の高さっていうのは、あのー一つに、一点集中して
えー、高い山を作ろうってやった時の方が高い、うん
で、えー、みんなで、えー、それぞれ仲良く、あのー
仲良くっていうか、みんなで分け合えてなさいよって言った時に
まあそれぞれがそれぞれで山を、いろんな山を作ると
そうすると、高さって絶対下がるじゃないですか
平均的な高さって、それはそうですよね
うん、砂の量が減るわけだから、うん
で、えー、それをどっかから見た人が
昔は高い山ができてたのになー、みたいな
今低い山ばっかりだ、みたいな
もっと高い山を作ればいいのに、みたいな
そういうことを言ってるような感じなんじゃないかなと
いやいやいやいやいや
あのー、昔は一つの山しかできなかったんですけど
今は、自分たちで自分たちの考えた、えー、好きな山作ってるんだから
えー、そっちの方に評価した方が良くないですか、みたいな話
うん、でも物差しをね、常に変えてないっていうのは
うん、なんだか、なんかその評価する
大人の都合に合わせた人たちが出来上がっていないっていうことを
ただ投げてるだけなんじゃないかなーって
僕は思ってしまうので、まあ現場にいるんですけど
まあまあ、まあ今後的に僕はそんな、学力とかそんな気にしないタイプなんであれなんですけど
うん、なんか、そういうニュースとかで
まあ、もちろんね、情報的なリテラシーとかが高い山っている状態なので
まあもう、こんな風に釣りだなっていうのが分かるんですけど
うん、まあ本当にね、真に分かってる人たちはそのものは気にしないんだろうなとは思ってはいるんですけれども
うん、なんか、ね、なんか説得力を持たせてどうにかこうにか
学力が大事だっていう方向性に持っていきたいらしいんですけど
そもそも学力ってそんなに必要なんだっけっていう世界線に来ているっていう論議論が
なんかあんまり行われないんですよね
なんかそういう、なんかSNSとかの
なんか、リプですかね
あのー、だから、レスポンスを見てみると
そもそもなんか学力についてとか
こうなんかね、スマホについてとか
なんかとりあえず買いが大事だとかは言ってはいるんですけど
そもそも、あれ学力ってそんな大事なんでしたっけって
他の子たち伸びてる部分ありませんでしたっけみたいなのは全然出てこないんですよね
現代の教育のあり方
いやー、なんでなんでしょう
っていうのが一つと
で、あと
もう一つが、あれなんだっけ
あれだ、そう
そういう人たちに
他人と比較するのって教育的にいいんでしたっけっていうのを聞いてみたい
本当に聞いてみたい
え、だって
学力の低下が叫ばれてるって言ってるってことは
昔はこうだったよね
昔の子の方が優れてたよねみたいな
今は問題があるよねっていう問題提起をしてるわけじゃないですか
例えば、そうだな
あえてちょっと皮肉っぽく言いますけど
昭和くんはすごい勉強ができて
頑張ってるよね
それに比べて令和くんは
みたいな
令和くんもっと勉強頑張った方がいいよ
みたいなこと言ってるみたいな
あれ、これって子育て的にいいんでしたっけ
これ、なんか他人と比較するの良くないっていうのは
もう通説でみんな知ってますよね
だからこういう研究者の人たちに
ぜひ聞いてみたい
本当に
あれ、なんで比較とかあんま良くないって分かってるのに
昔の人の方が勉強してたよね
学力高かったよね
みたいなことを言うんですか
今の子たちの良いところを探した方が良くないですか
みたいな
ダメですかね
って思うんですけど
でね、この他人との比較の部分をちょっと考えてみると
なんかいろいろ見えてくる部分もあるよなーってね
思いながら僕は教員をやっているわけなんですけどね
この子はこの子の良いことがある
この子はこの子の良いところがあると
子供たちにもたまに言うんですけど
やりたくないのはやらなくていいんじゃねえと
もう今は世界線が変わって
僕らの時代はやりたくないことを我慢して
何かその忍耐力というものをつけないと
社会でやっていけないっていう構図だった
まぁ実際そうだと思うっていう話をしているんですが
ただあなたたちはやりたくなければやらないっていう選択をとっても
割となんとかなる世界線になってるよ
今っていう話をしているんですよ
勉強なんかやりたくないみたいな
やらなくても多分大丈夫だからやらないっていう選択してみるわみたいな話とかをね
しているんですよ
おそらくねなんとかなると思います
本当に勉強なんかやらなくてもっていうね話でございます
はいなんか珍しくねこうSNSとかにずっと前から疑問だったんですけどね
なんか比べちゃいけないって絶対分かってるはずなのに
なんでわざわざ比べるんだろうなみたいな話とかね
あとだからそのなんだろうな
昔はその評価基準みたいな数値化できるものっていうもので
なんか割と評価をしていたんだけれども
最近の評価基準っていうのは数値化できない部分だったりするので
そもそもそのテストの結果にいわゆるウェルビーングと言いますか
子供たちが未来を明るくする生産性を高めるっていうものが
そもそもテストで数値化できる値の高さ低さっていうので
その評価できない時代なんじゃないかなとも思ってたりします
まあそんな現役教員のちょっと尖った考察でございました
皆さんはどうお考えでしょうかというところで
私はマイナス4度の中歩いておりましてですね
ちょっと手がもうやばいです
右左トレードトレードでやってるんですけど
いやーもう痛い
手袋すればいいじゃんって思うかもしれないんですが
スマートフォンをですね電話しているかのように見せかけつつ
これが多分一番綺麗に音を拾ってくれるんですね
電話のように持っている状態がね
なのでとても手が痛いというところで今日は終わりにしようと思います
1月ももうすぐ終わりですね
まだまだ頑張っていきましょう
ではでは