久しぶりの放送と現代の若者の課題
はい、おはようございます。こんにちは、こんばんは、oipです。 都内の市立中学校で教員やってます。
いつも再生にいいねコメントありがとうございますと言ったところで、 お久しぶりでございます。
前回の放送からですね、17日かな? 2週間ちょっと空いたということで、個人的にはお久しぶりなんですけれども、
聞いてくださっている方としては、 久しぶりっていう感覚があってくれると、僕はとても嬉しいなぁなんて思いながら、
やっていこうかなと思っております。今日はですね、 久しぶりだからってね、何か貯めるわけではなく、淡々とただ感覚が空いたっていうだけの話で、
今日はね、若い子たち頼る力弱すぎ問題っていうのをね、 言おうかなと思っております。
頼る力並びにですね、教わるセンスですね。 なんかね、この2つがね、弱い。
「自分で考えろ」の誤解とAIへの依存
弱すぎるっていう話をしたいんですね。 かなり前、僕なんかってね、15年以上教員やってるんですけど、
もう本当に十何年前から同じことをね、結構 部員とか生徒に言うことはよくあるんですが、真面目な子とかすごい、
なんだろうな、前向きにいろいろなことを頑張っている子ほど、大人に気を使っちゃうんですよね。
大人や周りに気を使ってしまって、自分で何とかしなきゃ、自分で何とかしなきゃっていう感じで、
ギリギリまで耐えてしまって、これがね、最悪なケースだと鬱病になってしまってとか、そういう感じになってしまうんですけど、
過去にもあったなぁ、そういう感じのケースがあって思うんですけど、
人に頼る力っていうのがあまりにもなくて、これはなんか教育の責任なのかなと思ってしまうんですが、
自分で考えろということを言われ続けてきているから、まずは自分で考えなきゃいけないんだなぁと思うんですが、
これ自分で考えろって実はその先があって、自分で考えてその意見を持った上で聞いてこいというだけの話なんですよね。
それを自分で考えろ、自分で考えて行動しろだと思っている人がおそらく日本国にはとっても多いんじゃないかなぁなんて思うわけですね。
ただAIの態度によって、自分で考えなくてもAIに頼ることだけは許されると。
結果、AIに丸投げして、意見を鵜呑みにして、某ニュースが流れたりとかするわけなんですけれども、
そこで僕は、とにかく確認して、AIは全然使う前提でOKなんだが、
僕はこう思うんだ、私はこう思うんだ、これでどうなんかなぁみたいな仮説を相手にぶつけろと。
ホワイばっかり聞いてんじゃねえと、I think なんてらかんだらお聞けと、
いう話を言っているわけなんですが、これはかなり口酸っぱく言い続けてやっていかないといけないなぁというところになってきているんですね。
聞きづらい環境と信頼関係の重要性
AIを頼るっていうことはできるんだけれども、某ニュースの報道にもありましたが、
なんで人に聞かなかったんだろうね、みたいなやつですよ。
だからそれは教育の責任で、聞きづらい環境を作ってしまっているっていうのが問題だと。
聞かなかった人が悪いんじゃなくて、聞きづらいようにしてしまってきている外的要因っていうのがいっぱいあるんじゃないかなと思っているので、
やっぱりもっと使え、もっと使えって言ってはいるんだけれども、なかなか使いづらいなっていうのは、
子供たち目線としてはあるんじゃないかな、だからそれが結局信頼関係なんですよね。
一番最初に信頼関係を作らないと、もっと人を頼れと、もっと人を使えといったとて、なかなか難しいんだろうなと思っていて、
使わないとどうしようもならないような状況になってくると、初めて人を頼るようになるのかなとは可能性としては思っているんですが、
ある意味それもシステムだとは思うんですけれど、記述っていうシステムが人を頼るようになるっていうのは一理あるとは思うんですけれども、
もっと早くやっていればもっと良かったのにねっていう話なので、
AIと人間の違い、人間関係の価値
特に僕今リージョンリンクでいろんな生徒と関わっているんですけれども、
とにかく自分たちでやろうとする、スマートにやる、
AIも使えるし、AIに聞いて、こういったからやってみようみたいな感じなんですけど、
やっぱりね、AIはあまりにも渡す内容が寄り添いすぎるっていう問題プラス、
寄り添っていたとしても、完全なパーソナライズができてないし、あと尖ったものがないし、
あとやっぱり報道にもありましたが、責任が取れないので、
一般的な話しかしないというか、ぶっ刺さるようなことは言えないというか、
なんかそんな感じですかね。
実際にどういうふうに返答が来るかっていうのは人それぞれっていうところがまた問題かなと思ったりするんですが、
それはちょっと話が全然それでしまうので、
頼る力とはちょっと違うかなと思うんですが、
AIに頼るのは全然いいんだけれども、自分の考えをぶつけるようにAIに聞く必要があると同時に、
頼るっていうのは、AIよりも人間に頼った方が、人間特に大人ですね、
子供たちは大人に頼った方が、より心霊関係ができてプラスになることが多いんじゃないかなと、
AIに聞いて何かをやるっていうことよりも、人と繋がって何かをやるっていうことの方が、
人生を色とりどりにするという意味で、豊かな人生、いわゆるエルビーングですね。
近づくためには、AIへの頼るよりも人間への頼るっていう力を磨く必要がありそうだなっていうのを、
最近痛感してますてっていう、17日ぶりの放送でございましたというところでございます。
頼られる側の責任と教員としての心構え
リスナーの皆さんの周りには若い人いますか?若くなくてもいいんですけどね。
例えば、仕事の都合上上下関係になっているとかでもいいんですけれども、
何でもいいんですが、上の立場の人が下の人から頼られてますかっていう話で、
頼ってきなさいよって話なんですけど、
そういう人に頼られるようにするっていうのは、上の立場の人の仕事なのかななんて思ったりしましたよというところでございます。
僕も年齢40になるので、若い兄ちゃん姉ちゃんにね、
追川先生って頼ってもらえるように振る舞わないと、自分というものがシステムとしてエラーになってしまうので、
これから入ってくるだろう若い先生たちという人たちにヒューマンエラーでぶつけるんじゃなくて、
システムエラー、俺が聞いてもらえる環境を作れてなかったんだなっていう感覚で、
常に動いていきたいなと思っております。
季節の挨拶
急に暖かくなってきましたので、
皆さん体調は崩さないようにいっぱい水分摂りましょう。
ではでは。