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皆さんこんにちは、草の幹です。 宮武哲郎です。
草野 みき
Off Topicは、アメリカを中心に最新テックニュースやスタートアップ、ビジネス情報を緩く深掘りしながらご紹介する番組です。
今回のトピックは、ベル研究所の重要性について話していきたいと思います。
宮武 徹郎
はい、えー、Off Topic、まあ、おそらくですけど、2025年第1回目。
草野 みき
おそらく。
宮武 徹郎
おそらく。あの、収録してるのが11月なので、ちょっと早すぎるっていう。
草野 みき
割と頭の方っていう。
宮武 徹郎
割と頭の方っていうところで、あの、本当に、あの、その、一発目のエピソードになるかわからないですけど、
一応なった場合は、皆さん明けましておめでとうございます。
from 11月の宮武さんから。
草野 みき
明けましておめでとうございます。無事、うまく年明けれてるでしょうか?
宮武 徹郎
これ、去年もなんかやりましたよね、これ。
まあ、ちょっと、あの、エピソードめちゃくちゃ早く収録しちゃってるので、
なんで、あの、今回もちょっと、あの、年を越さずに次の、次のエピソードを出しちゃってるっていうところなんですけど、
えっと、今日に関しては、個人的にはすごい気になってるトピックについて話したいところで、
それが、まあ、よくオフトピックの中でも話してる、なんか、イノベーションの加速みたいなテーマなんですよね。
おお。
これ、何回、何回やるんだっていう話なんですけど。
草野 みき
まあ、でも、オフトピックのコアなテーマですよね。
宮武 徹郎
そうですね。
草野 みき
まあ、テクノロジー、いろんな、何かの技術革新みたいな、進化していくものみたいなっていうところだと、重要な話かなっていう気もしますよね。
宮武 徹郎
そうなんですよね。
なんで、でも、なんか、今までの、たぶん、その、議論とかその話って、その、えー、その、減速してるか加速してるかみたいな議論とか、
なんか、その、なぜ減速してるのかみたいな話が多かったと思うんですけど、
なんか、まあ、そろそろ加速させるための、ハウの部分、どうやったら加速させられるのかっていうところを、なんか、そろそろ話さないといけないかなと思いまして。
草野 みき
そろそろ。じゃあ、どうやってやるんですかっていう。
そうなんですよね。
宮武 徹郎
なんで、そこについて、今日はもうちょっと、えー、話していけたらなと思っていて。
で、もちろん、なんか、それをやるためには、ちょっと過去の話とかも、えー、するんですけど、過去にどうやって他の企業がそれ、そういうのをできたかっていうところで、
まあ、そのうち、なんか、一社すごい、えー、なんか時々テック業界の中でも、なんか、この会社をもう一回復活させられないかみたいな話で出てくるとかあるんですけど、そこについてちょっといろいろ話していきたくて、
来週に関しては、もうちょっとその、今のそのイノベーションの現状とそれによって、その、どうその加速させるのかみたいな話をできればなと思うんですけど、
今日はもうちょっと一社に、あの、フォーカスしたところで、で、この一社とは、えー、最近、あの、草野さんも、あの、好きな、あの、Apple TV Plusのセベランスに、もう、えっと、一応、一応出てる会社ですよね。
草野 みき
一応出てると、めちゃくちゃ、あの、セベランスっていう、あの、よく、ポッドキャストでも話している、あの、ちょっとオフィスと、えっと、仕事とプライベートが、こう、分けられてしまう、記憶が分けられて、その、外で何してるか分かんないし、仕事を何してるか分からないみたいな、あの、ドラマがあるんですけど、そこのオフィスはいつも独特で、
オフィスの中とかも独特なんですけど、その、外のエントランスというか、オフィスが、ベル研究所なんですよね。
宮武 徹郎
そうですよね。あの、めちゃくちゃでかいオフィスですよね、まず。
草野 みき
でっかいですね。私も、だから、その、セベランス見て、ここどこなんだろうと思って、検索して、そのベル研究所知ったんですけど、だから、いつかアメリカ行ったら行きたいなって思うところです。ニュージャージーとかにありましたっけ?
宮武 徹郎
そうですね。なんで、ニューヨークから多分、2、30マイルぐらい離れたところ。で、ちょっとあれですよね、えっと、楕円形のなんかスペースの中に、えっと、結構、あの、え、なんか駐車場とかもめちゃくちゃでかくて。
草野 みき
駐車場もセベランスそこなんですよね。
宮武 徹郎
そうですよね。なんで、なんか、あの、フィクションで出てくるルーモインダストリーって、これセベランスの会社ですけど、なんか、それ、まあ、それはちょっと、なんか、やばいんじゃないかみたいな会社になってますけど、あの、実は、なんか、それも、それも、いわゆるテック系の会社じゃないですか。
うん。
なんで、なんか、それ、なんか、も、元がベル、ベル研究所っていうのを、なんか、それはそれですごい面白いなって思ったので。
草野 みき
なんか、私も調べたとき、その、どこでロケしてるんだろうなと思った。調べたとき、なんか、すごい変な、変なところだなと思ったんですよ。ベル研究所って、何してるとこなんだって。
ウィキペディアしか見てないんですけど、なんか、建物自体も独特ですし、なんか、その、システム、システムっていうか、その、組織もなんか、面白いなと思ったので、ちょっと、今回楽しみです。
多分、この今、1月ぐらいには、多分、シーズン2が出ていると思うので。
宮武 徹郎
確かに、うまく宣伝に。
草野 みき
宣伝じゃないですけど、でも、みんな面白いので、多分、見て、シーズン2になったら同じ場所だとは思うんですけど、でも、面白いと思います。
宮武 徹郎
ちょっと、あれですね、セベランスのスポンサーが入っていれば、あの、いいですけど、まあ、一旦、ちょっとこのまま進めましょうか。
このベル研究所って、ある会社の配下にある研究所なんですけど、なんか、今現在、まあ、この2024年、25年に、なんかその、国を、アメリカを代表するとか、全世界にとってすごい重要なテック企業の名前を出したときで、
宮武 徹郎
でも、なんか、あの、元はAT&Tにあったっていうところですね。
草野 みき
逆に今、Nokiaっていうのが面白い。
宮武 徹郎
そうですね。
草野 みき
面白いですよね。
宮武 徹郎
で、今、正直、たぶん、そこまで、なんか、その、ベル研究所がめちゃくちゃ新しいもの出してるかっていうと、残念ながら、今、今現在はそこまで出してなかったりするので。
まあ、特にその、昔、まあ、20世紀の、まあ、1900年代と比較してしまうとそうなんですけど。
で、今、AT&Tって、まあ、1877年に設立された会社で、えー、まあ、設立してから40年ぐらいで、えー、アメリカで、一応資産ベースだと2番手の会社になって、えー、で、えっと、1939年から1974年において、えっと、資産が、えー、5ビリオンから74ビリオンまで、えー、成長。
えー、して、えっと、一時期、まあ、アメリカの労働人口の1%以上を雇用してた。
うーん。
ともあったので、まあ、めちゃくちゃ大きな会社でしたと。
で、まあ、なぜ大きく、大きくなれたかというと、まあ、すごい、あの、しん、シンプルで、あの、もう、あの、電話、まあ、電話のインフラを作ってた会社っていうところですね。
うーん。
まあ、今もキャリアサービスなので、あの、元はそこからあって、えー、そこの、そこの需要と一緒に伸びたんですよね。
まあ、そこの需要を作ってたっていうのはあるんですけど。
草野 みき
うんうん。
宮武 徹郎
なので、えっと、1900年代初、初旬の方ですと、AT&Tがだいたい1日500万ぐらい、500万回ぐらいの電話、えー、の、えっと、対応していましたと。
まあ、そこのインフラを、えー、やってたんですけど。
1925年、その25年後には、えっと、それが、えー、1日5000万回の電話。
えー、で、1975年には、えっと、5億回、えー、の電話を対応していましたと。
えー、で、やっぱり、これの、この需要を満たすためには、もう、自らインフラを作らないといけない。
うんうん。
えー、時代だったので、もう、あの、電線とか、まあ、電柱とかを、もう、ひたすらアメリカ中に作っていたっていうところですね。
草野 みき
すごいですね。
なんでね。
今は、その、AT&T自体はそんなにって感じなんですか?その、今はどういう存在なんですか?
宮武 徹郎
やっぱり、なんか、大手キャリア会社っていう立ち位置ですね。
なので、えっと、お金は、お金儲けは、まあ、ある程度しているんですけど、まあ、多少なり規制されたっていうのもあって、あの、アメリカ政府から。
うーん。
あの、いろいろ、あの、ソクスドッキン法かな、えー、とかで、えっと、いろいろ、あの、会社が一部分裂したりとか、えー、いろいろ、時期をストップしないといけなかったりとか、えー、そういう時代もあって。
で、今だと、正直多分、レピテーションとしてはめちゃくちゃ高いわけではない。
草野 みき
どういう意味でのレピテーションですか?
宮武 徹郎
えー、まあ、キャリアサービスなので、なんか、そこの対、なんか、カスタマーサポートの対応がひどいとか、なんか、そういうのはよく言われたりとか、えー、続きするので。
うーん。
まあ、あとはもう、多分、今、CMをめちゃくちゃ売ってる。
これはまあ、もう、どの、どのキャリア会社もそうだと思うんですけど、めちゃくちゃCM売っていて、そこで認知度を取って、まあ、ベライゾンとか、えー、あの、なんでしたか、えー、競合の中で、えっと、戦ってるっていう感じですね。
うーん。
なんか、イノベーションも、なんか、ここ、わかんないですけど、2、30年間、別に、なんか、すごい新しいことをやったかって言われると、なんか、あの、あの、早めにiPhoneと組んだとか。
草野 みき
うーん。
宮武 徹郎
なんか、多分、そう、そういう系の、なんか、イノベーションみたいな、えー、ところが、どちらかというと、もう、ディストリビューションを持ってる、えー、大手っていう感じですね。
草野 みき
キャリア企業の進化って、面白いですよね。
宮武 徹郎
そうですね。
草野 みき
日本も、なんていうか、ソフトバンクみたいな、いろんな事業をやり続けてる人もいれば、なんか、ドコモみたいな、たぶん、ちょっと、私も詳しくないんですけど、こう、キャリアに、その、通信にフォーカスしてたりとか、
うーん。
AUみたいな、ちょっと、ストリーミングもやってみたりとか、
あー、そうですね。
いろいろやってみるみたいな、
宮武 徹郎
アメリカは、なんか、同じことを、みなさんと、なんか、試したりとか、なんか、HBOと組んだりとか、なんか、いろいろ、なんか、やってますよね。
うーん。
そういう意味だと、なんか、そこも、若干、迷ってるっていう感覚があるので、なんか、このまま続けていいのか。
でも、そもそも、で、電話を使う人もどんどん減っていて、
なので、どちらかというと、データの方、まあ、彼らも、その、一つの大きな、たぶん、えー、その、ピボットっていうか、シフトしたのが、えっと、もともと、なんか、通信プランみたいなものが、えー、その、何分電話できるみたいな、えー、リミットって昔あったんですけど、
どちらかというと、データの方に振っていったとか、でも、データも、今、もう、あの、アメリカだと、割と、無限にあるのが、ふっ、普通になってきたので、
なので、もう、無限にするっていうプランにしたりとか、えー、なんか、いろいろ、そこら辺の、ちょっと、モデルの、ちょっとずつ、変えるっていうポイントは、いろいろ、やってますよね。
草野 みき
やっぱ、iPhoneって、ほんとに、すべてをこう、壊した。
そうですね。
宮武 徹郎
存在ですね。
いろんな業界を壊した、あれですよね。
うーん。
ちょっと、そこら辺の話、してもいいかもしれないですね、今後。
草野 みき
それは、確かに、通信は、でも、ほんとに、国関係なく、そこ、なんか、トレースできるかもしれないですね。
うーん。
その、iPhoneって、ハードウェアが強くなりすぎたことによって、通信の業界の、
うーん。
宮武 徹郎
上がり下がり。
なんか、それによって、もちろん、なんか、キャリアみたいな、その、テレビっていうのもありますけど、なんか、同時に、例えば、その、あー、えーと、携帯みたいなところもありますけど、テレビとかの配信とかも、たぶん、彼らも、すごい関わってたりすると思うので、
うーん。
なんか、そういう意味だと、いろんな意味合いで、インターネットとiPhoneが、なんか、あの、いろいろ、ぶち壊してるっていう。
確かに。
まあ、でも、なんか、このAT&Tって、その、やっぱり、その、インフラを作るのに、アメリカ中で、まあ、その、電線とかで、あの、電池を作らないといけなかったので、それを作るために、えー、実は、1881年に、当時、えー、アメリカ最大手の、えっと、電気機器メーカーを買収したり。
うーん。
で、買収して、それを、まあ、その会社がもう、えっと、ウェスタンエレクトリックっていう会社なんですけど、その会社が、もう、めちゃくちゃ伸びて、まあ、当然ながら、配下に入ってるので、あの、たぶん、1970年代とかですと、たぶん、アメリカで、たぶん、トップ10ぐらいの会社に入ってましたね。その会社が独立していれば。
ウェスタン。
草野 みき
エレクトリック。
宮武 徹郎
エレクトリック。
草野 みき
エレクトリック、はい。
宮武 徹郎
へー。
まあ、それだけ、やっぱり、もう、AT&T自体がすごい大きくなっていたっていうところ。
えー、で、まあ、やっぱり、もう、当時は、もう、伸びるためには、あの、もう、買収を通していろいろやらないといけないっていうところだったんですけど、まあ、このインフラを作るための、その、投資額が、えっと、結構、結構半端なくて。
えっと、まあ、NASAとかの、あの、アポロ計画が、えっと、1960年から1973年で、えっと、26ビリオンぐらい、当時の金額で言うと、えー、だいたいそれぐらいの価格帯だったんですけど、その投資金額が。
AT&Tは、その同じくらいのタイミングで、まあ、2.5倍ぐらい投資したと言われているので、まあ、めちゃくちゃお金かけていますと。
で、えっと、もちろん、なんか、今現在だと、なんか、Appleとか、えー、Metaとか、えー、まあ、Tesla、SpaceX、えー、っていう会社が、すごいイノベーションを、えー、まあ、あの、発信させている会社っていうのをよく言われているんですけど、その前にあったのが、このAT&T配下のベル研究所。
なんか、くさるさん、聞いたことあります?このベル研究所って。
草野 みき
え、でも、ほんとに、そのドラマで、知ったっていうところですね。建物が。今、ショッ、コワーキングスペースみたいな、ショッピングモールみたいになってるみたいな動画見ましたけど、なんか、ほんとに図書館みたいな、オフィスがいっぱいあって、広場、でっかいエントランスがあってみたいな。
宮武 徹郎
真ん中にすごいでかい、広いスペースがあるって感じでしたね、確か。
宮武 徹郎
でも、なんか、この、ベル研究所っていう組織、まあ、グループ自体が、たぶん、1920年から1980年ぐらいまでは、えっと、もしかしたら、その当時、もう、世界一のイノベーションカンパニーと呼ばれるぐらい、いろんな発明とか、いろんなイノベーションを起こしていた。
で、それこそ、トランジスタとかもそうですし、反動体とかも、反動体はそこではないですけど、そこからトランジスタが生まれたり、レーザーが生まれたり、UNIXってOSが生まれたりとか、いろんなものがそこで生まれていて、それこそ、なんか通信衛星とか、プッシュフォンとか、光ファイバーとか、
なんか、いろんなものが、そこから、実は、その期間で生まれていますし、たぶん、研究所で言うと、歴史上一番ノーベル賞を取ってる。
ぶつりで7個、化学で1つ。
草野 みき
なんで、なくなった?
そうですよね。
宮武 徹郎
なくなったじゃないか、まだ。
草野 みき
なくなったじゃないですね、一応。
宮武 徹郎
なんか、このベル研究所に関しては、僕も昔からは知ってたのを知ってたんですけど、別になんか、深くはリサーチをしてなかったので、
ただ、2015年あたりに、メタのマックさんが、マック・ザッカーバーグが、このベル研究所についての本がありまして、それを彼のブッククラブでレコメンドしてたんですよね。
で、それが、The Idea Factoryっていう本で、で、それを、僕はその当時は別に、それを知らなかったですけど、なんか後々、そういうレコメンドしてるっていうのを見て、それをベースにちょっと読んでみたんですけど、めちゃくちゃ面白くて。
で、やっぱり、マックさんもこの本をレコメンドしてたのは、ベル研究所のいろいろ、やっぱりこれ、あれだけイノベーションを作ってる会社だったので、なんかそれ、それがどういう人とか、なんかどういう環境があるとそれができたのか、で、それって再現性があるのかっていうのを多分ずっと研究してたのかなと思うんですけど。
なんか、多分、ベル研究所の根本としてあった、その仮説っていうか考えが、そのイノベーションは、えっと、一人の発明家から別に生まれ、生まれませんっていうことですね。
草野 みき
組織、人がいっぱいいることで。
宮武 徹郎
いろんな種類の人たちが集まるっていうのが、大前、重要っていうポイントですね。
でも、なんか、よく、その、何か新しいものが作られたときに、なんか、エウレカ的な瞬間を多分、みなさん想像するじゃないですか。
草野 みき
エウレカ的な瞬間?
宮武 徹郎
あの、えっと、英語だと、ユリカって呼びますけど。
なんか、ひらめきみたいな。
ひらめきみたいな瞬間が、みなさん多分想像して、で、しかもその発明家が、なんか一人で、なんか、ガレージとかにいて、そこで自分の研究所にいて、そこで、これができるっていうのを気づく瞬間があるみたいな。
ことって、よくある。なんか、まあ、映画とかでも、いろんな場面であると思うんですけど。
なんか、実態としては、テクノロジーが、その、すごい発展するタイミングって、ちゃんとした原点って、そこまで明確ではない。
なんか、いろんなものが進んで進んで、それが、しかも複数のものが進んで、それがたまたま、それを研究してる人たちがあって、で、それでたまたま、そのアイディアが出てくるみたいなことって多いと思うんですよね。
草野 みき
そっちのほうが多そうですよね。
宮武 徹郎
そっちのほうが多いと思います。正直。
だから、再現性がないし。
草野 みき
あと、その一人だけじゃないですもんね、その成果って。だから、余計難しいですよね。
宮武 徹郎
で、結構、タイミングの問題とかもめちゃくちゃあるわけじゃないですか。その場所だけではなくて。
でも、そういうのが、いろんな要素とか、いろんな種類の人たちが必要になってくるっていうのを、ベル研究所の人たちは知っていたからこそ、それを同じビルに突っ込めば、そこのセレンリピティが起きやすくなるんじゃないかっていうのを、そういう意味で再現性を作ろうとしていたっていうところですね。
草野 みき
よくある、例えばスタートアップでインキュベーション施設を作りましょうとか、スタートアップスタジオやってみようみたいな、ちょっといろんな人を集めて、場所を作るみたいなのって結構、ここ数年多いと思うんですけど、それだと再現はできていないのでしょうか。
宮武 徹郎
そうですよね。インキュベーション施設とかでよく聞きますよね。こういう、いろんなタイプの人たちを集めようとしてって。多分、いくつかあって、まずはそのクオリティっていうのを一つもちろんありまして、別にインキュベーション施設が悪いクオリティの人たちを集めてるっていう話ではないんですけど、
出る研究所に関してはめちゃくちゃすごい人たちを集めていたっていうところはあります。場合によってはめちゃくちゃな金額を出して、給料を出して採用していたので、やっぱりそこの一つ大きな違いはあるかなと。金銭的なインセンティブをしっかり提供してたっていうところがありますし、あとはその結構自由に研究をさせていた。
だから、特にこれをなんとなくAT&Tのためになるような研究をしてくれっていうざっくりしたテーマを渡してるんですけど、
AT&Tってどんどん成長してる中で、バーチカルにインテグレーションしてるので、いろんなことをやってる会社になっちゃったんですよ。となると、研究テーマがめちゃくちゃ幅広くなるんですよ。
何でもほぼ何でも研究していいっていうところで、何かしら見つかった場合は、どうにか当てはめられるみたいな。
草野 みき
当てはめられる。
宮武 徹郎
その、AT&Tのためになってるっていうことを言えるっていう。
草野 みき
割と広い研究対象があった。何でもいいよっていう。
宮武 徹郎
ベースとしてはその2つあって、後々どういう組織を持ってたのかとか、そこら辺も話すんですけど、そこは多分多少なり影響したのかなとは思います。
ここも結局どこまでっていうのがいろいろあったんですけど、ここも結局会社のインセンティブ、会社の下でやるべきなのか、個別のスタートアップでやるべきなのか、大学の研究所でやるべきなのかみたいな話で。
これはちょっと来週話すところなんですけど、多分そこにもちょっと草野さんの質問に関わってくるところだと思うので、そこら辺も全然インセンティブ設計とか、何を、何に、どういうタイミングで、どの期間で、どういう金額、お金をもらって研究できるのかっていうのも変わってくる。
宮武 徹郎
これを一つの機関というか、組織としてイノベーションを加速するために、
ベルラボのメルヴェン・ケリーさんという方がいろいろ仕切ってた部分があるんですけど、
物理学者とか科学者とか数学とかエンジニアの人たちを一つのビルに入れて、
さっきも話したように、明確な目標がなくても何年も研究してもいいですみたいなことをそこの自由度を与えた。
草野 みき
へー。それでも気になりますね。どういう、とはいえここまでにこうした方がいいみたいなのがないとダラダラ言っちゃいそう。
宮武 徹郎
基本的に何も言ってないっていう。
草野 みき
本当に言わないんですね。
宮武 徹郎
本当に言わないっていうところですね。
基本的に言わないっていう話は聞いてますし。
なので一応ピーク地にはベル研究所のキャンパス、セベランスのルーモインダストリーズがいるキャンパスが15,000人ぐらいそこにいて、
そのうち1,200人ぐらいがPhDを持っていたっていうところで、めちゃくちゃすごい人たちが集まっていた。
その1,200人のPhDの1.5万人の中で13人が7つのノーベル賞を取って、元スタッフ元メンバーがその後4つぐらい獲得しているんですけど、
ベル研究所のあの施設って最初からそれが作られてるわけではなくて、ベル研究所を作るためにそれが作られた。
後々作られてるんですよね。
しかも多分第二次世界大戦中かその後ぐらいだったと思うんですけど、
あの施設の一応目的としてあったのが、各人たちが一応研究を、自分たちの研究にフォーカスしながらでも邪魔が入るようにしてたんですよね。
邪魔っていうのは何かというと、他の人たちの研究を知る機会とか、他の研究者とたまたま会えるようなオフィスのレイアウトにしていて、
そこからこそめちゃくちゃ広いスペースがあるっていうのが、
オフィス、研究所から違う研究所に行ったりとか、いろんな場所を移動するときにそのめちゃくちゃでかい広間を通らないといけなかったりするので、そこで誰かと偶然会ってほしいっていう。
草野 みき
本当にその研究所を作る目的じゃないとこんな設計しないビジュアルしてるんですよ、本当に。
写真みなさん見てほしいんですけど、でっかい筒抜けの広場に囲うように研究室みたいなのがあって、
宮武さんが言ったように誰が通ってるかわかるし、どこに誰がいるかみたいなのがすごくわかる施設なので、あれは本当に意図して作らないとなかなかない建築ですよね。
宮武 徹郎
そうなんですよね。ただ、よくあのビルのデザインがよりセレクティビティを生んだみたいな話をする人って多いと思うんですよ。
ネットでもそう書かれてること多いんですけど、でも同時に逆も書かれてるんですよ。
実はあの広間が広すぎて、あそこを通るのがめんどくさすぎて、一応横道があるんですよ、いろいろ小さい横道みたいなのが。
そこで基本的にみんな移動してたので、結局他の人とその感じだと合わないからこそめちゃくちゃ孤独だったみたいな話もあって。
草野 みき
ドラマの感じを見ると、無機質な孤独なダダピロイみたいな、悪く言うとそうかもしれないですね。
宮武 徹郎
そこに最初から人がバーって戯れてると、もしかしたらそこに入ろうと思うかもしれないですけど、でも同時に研修者の人たちなので、めちゃくちゃ他の人たちと話したいっていう気持ちが持ってる人って別に多くはないと思うので。
草野 みき
どの写真見ても人が誰もいない写真しかないですよね、ググっても。
宮武 徹郎
確かに。
草野 みき
だから、そんなセレクティビティは確かに今見ると感じないかも。
宮武 徹郎
でも、実は多少の意味あるんですよ。
でもそれが、これは個人的な意見なので、実際その場にいた人とかに話は聞けてないんですけど、あれはヒロマで起きてないと思うんですよ。
食堂で起きてると思うんですよ。
で、実際にAT&Tの弁護士、弁護士っていうかリーガルチームが、ベル研究所の人たちがいろんな特許申請を出すじゃないですか、自分たちの発明とかで、めちゃくちゃ特許申請が出てる中で、
なぜ特定の人たちがより多くの特許を出してるのか、なぜこの人たちが他の人たちによりも出してるのかっていうのを調査したんですよね。
分析したら、一つの結果が出てきて、全員実はあるベル研究所のエンジニアと朝ごはんかランチをしてたっていう。
で、その人は別に、たぶんすごい発明をしたとか、もしかしたらその後やってるかもしれないんですけど、彼の特技はいい質問を聞くこと。
草野 みき
もう一回聞いていいですか、調査した人、調査対象はどんな人なんですか。
宮武 徹郎
調査対象をした人たちはベル研究所の人たち。
草野 みき
研究者っていう。
宮武 徹郎
研究者っていうところで、その中で人によって特許を出す数が違うんですけど、
特許の数イコール貢献って見たときに、なぜ貢献度が高い人たちが、なぜあれだけ出せれてるのかと。
草野 みき
その貢献度が、その賞を取ったりしてるプロジェクトによく携わってる人はどんな人かみたいなことですか。
宮武 徹郎
そうですね。そこで共通点があるんじゃないかと。
例えば、どっかで一緒に仕事していたのかとか、みんな同じ大学を出身なのかとか、それによってどうやってよりイノベーションを加速させるのかっていうのを、
リーガルチームが見たときに、同じ人と朝ごはんかランチをしてたと、全員が。
草野 みき
なるほど、なるほど。
宮武 徹郎
その人の特技は、彼は普通にエンジニアの人なんですけど、彼の特技がいい質問をすることだったんですよね。
彼自身が、こういうアイディアを考えたことありますか?みたいなことを言ってるわけではなくて、
ちょっとより考えさせられるような質問を聞いてくるっていう。
草野 みき
その共通点っていうところで、その人は書を取ってるわけではなくて、
宮武 徹郎
その人は多分取ってないと思います。
草野 みき
取ってる人の共通を見たら、その人とよく喋って、みんな喋ってたみたいな。
宮武 徹郎
そうです、そうです。
草野 みき
なるほど。
宮武 徹郎
なので、個人的には逆にそこの部分って結構重要なのかなと思うんですよね。
草野 みき
はい。
宮武 徹郎
たまたま会うっていうよりも、いい質問をできる人とか、いい問いかけをできるような人たち。
草野 みき
いい投資家みたいな感じですね。
宮武 徹郎
いい投資家。投資家はそこまでいい質問をするかどうかわかんないですけど。
草野 みき
でも、よく相談する人が、いいアドバイスとか質問をしてくれるみたいな存在だったんですかね。
宮武 徹郎
多分そうだと思います。
多分ちょっとした発言によって、研究者は研究者でめちゃくちゃ頭いい人たちなので、
それによって、これってどういうことなんだろうっていうのをより違う方向性に研究したりしてたと思うので、
そこが多分一つ重要だったのかなと思います。
それ以外ですと、よく一般的にベル研究所のイノベーションの加速で言われていたのが、
そもそも自分の研究所のドアを閉めてはいけませんとか、
どんなに役職とかはかかわらず、何か支援してって同僚から言われたら絶対断れないとか、
あとは、上司は基本的に部下の研究を一切邪魔してはいけませんっていう。
草野 みき
共通のカルチャーがあるっていうのは、いいですね。
それぞれ違うことをやってても、共通の規範みたいなものがあるって、組織として良さそう。
研究所って結構バラバラしてるイメージだったんですけど。
宮武 徹郎
そうですよね。
草野 みき
わかんないですけど。
宮武 徹郎
なんで、何かしら分裂されてることが多いと思うので、研究所って。
特に自分の特定の分野みたいな、ざっくり言うと、AIの専門の人たちはAIの人たちとしか話してない。
同じ部屋にしかいないっていうところを、ベル研究所ですと、
無理やり違う分野の人たちを、理論家を一底にぶち込んだりとか、同じ部屋に。
だから、いろんなことを試していて、その中で一部成功したのかなっていうふうに思いますね。
草野 みき
確かに本当に、でも研究室ってすごくそれぞれ独立してますけど、
こういういろんなジャンルで共通の、大学とかそうなのかなと思いますけど、
でもそんなに一緒に、でもいいですよね、こういうのは。
宮武 徹郎
多分、コープレートだったからこそ、こういう取り組みができたのかなと思います。
基本的に、多分、大学とかだと、やっぱりより特化型に走らないといけない傾向があったりすると思うので。
草野 みき
もう目標がぼやっとしますもんね。
そうですよね。
イノベーションしてればOKみたいな感じですね。
宮武 徹郎
やっぱり、これだけの組織を作れたっていうのは一つ、もちろんすごいことではあるんですけど、
でも同時に、これだけいろんなアイディアを作ってたからこそ失敗した部分もあって。
そもそも、例えばトランジスタって、もう今のテック業界では欠かせない技術をベル研究所は発明してるわけなんですけど、
それを一番使わなかったのが、多分ベル研究所なんですよね。
草野 みき
そういう評価あんまりできてなかったっていうことなんですか、当時。
宮武 徹郎
結果的にコアな事業にそこまで関わりがなかったっていうところなんですよね。
草野 みき
え、でもさっき言った話だったらなんか。
宮武 徹郎
結局電線電柱の話、コンピュータビジネスにAT&Tは振らなかったんですよ。
草野 みき
はー、でもテクノロジー発で事業やってこうみたいな感じかと思ってました、その話聞いてたら。
宮武 徹郎
メインとしてあるのが、AT&Tの事業を加速するためなんですよ。
草野 みき
うーん、既存の今の。
宮武 徹郎
既存の。
で、コンピュータビジネスにAT&Tが行くことは検討はされたんですよ。
はい。
でも、これは多分さすがにドッキリ法に引っかかると思って、やめたんですよね。
草野 みき
あー、やろうとは思ってたんだ。
宮武 徹郎
で、もちろんどれだけそれによって成功してたか失敗してたかは、もちろんわからないですけど、でも諦めたっていうのは確かにあったので。
なので、必ずしもトランジスターを使いたくないっていう話でもなかったと思うんですけど、
でも結果的にそれが使えなかったりとか、
いくつかこういう事例ってあったんですよね。
確か、トランジスターは結果的にフェアチャイルドセミコンダクターというシリコンバレーを始めた会社になりましたけど、
それこそ光ファイバーとかもそうですし、結果そこの事業に入らなかったですし、
レーザーとかもまさにそうだったんですけど、結局いろんな技術を作ったのに、それをいわゆる他の企業に渡してしまったっていうところですよね。
未来を作ったんですけど、自分たちがその未来に乗らなかったっていう。
草野 みき
それ乗らなかったおかげでっていうこともないですか?
宮武 徹郎
でもそれもあると思いますね。
草野 みき
乗らなかったおかげで、割と自由にその研究者が技術を持って、
その研究者の人は報われたんですかね、それによって。
宮武 徹郎
いや、報われてないです。
草野 みき
あらま。
宮武 徹郎
そうなんです。まあ、もちろん一部の人たちは多少なり報われてます。
ウィリアム・ショックリーは結局独立したので、
で、別のバージョンのトランジスタを作って、それでシリコンバレーを作ってるわけなので。
でも彼も別にめちゃくちゃ儲かったかっていうと、そこまで。
トランジスタの影響力を考えると、そこまで儲かってはないので。
やっぱり、徐々に徐々にそういう結果というか、新しい発明はするんですけど、
なんかAT&Tとして使えないなっていうのが、徐々に徐々にいろんな事例が出てくるからこそ、
ある時にベル研究所のある研究者が、
草野 みき
そうですね。話聞いてると、研究者の人からしたら、結構いい施設ですよね。
めちゃくちゃいい施設ですよね。
いろんな研究者の、すごい優秀な人に、いろんな人に出会えて、自分のやりたい研究に集中もできるし。
宮武 徹郎
何も言われないですし。
草野 みき
ドア開けとけばいいんですもんね。
宮武 徹郎
ドア開けとけばいいっていう。
草野 みき
いいですよね。
宮武 徹郎
めちゃくちゃいいんですよ。
やっぱりこれはもう、AT&Tがもう、正直市場独占してたので。
1回、AT&Tって独占金賞に対しての指摘を勝利してるんですよ。
これはだいぶ昔なんですけど、なんでそれもあって、キャリア会社としてどんどん伸びることができたんですよ。
それによってめちゃくちゃお金儲けをして、その利益があったからこそ、それが全部ベル研究所とかに行って、そこで未来を作っていたっていうところですね。
草野 みき
難しい話ですね。
日本でもちょっと違いますけど、QRコードとか、電装の研究者の人が作って、発注するとき、読み込みで作業を早くするためにQRコードを作ったみたいな話とか。
でも特許を多分取らないで、世界に広まった方がいいよね、みたいな。
でもそれも最初の短期のプロジェクトでこれ開発。
なんかイーゴからインスパイアされたみたいな話ありますけど、効率を良くするっていう目的のもと、それ生まれて。
でも今QRコードを見たら、めっちゃみんな使ってるじゃないですか。
でもそれを制限しなかったおかげでっていう話もあると思うし。
どうなんですかね。カラオケとかの機会も特許取らないで、日本の人が作った。
ですけど特許取らなかったことによって、いろいろ広まったみたいな話もありますけど、難しい話ですね、これ。
宮武 徹郎
そうですよね。でもここはすごいいいポイントで、それこそテスラとかも特許は一応取ったんですけど、使っていいってオープンにしたりとか。
なんかイーロン・マスクとしては、特許を取るのって意味がわからないっていう発言を確保したことがあって、それによってイノベーションが全部止まっちゃうので、
一社がそれ独占してどうするのっていう話をしたこと、彼もあったりすると思うんですけど。
そこも果たしてAT&Tが全部そのプロジェクトを自らやっていたら、今の世の中があるかっていうと、それもそれでわかんないので。
でも、あの発明ができたのは、たぶん彼らが研究者を自由にさせられたからっていうのも多少なりあると思うんですよ。
しかも、彼らの一部の売り上げ、AT&Tの売り上げ、あとベル研究所の売り上げって、もう政府なんですよ。
具体的に言うと、アメリカ軍で、もういろんな技術を軍のために作ってたっていうのがあるんですよ。
草野 みき
それがシンプルに、AT&Tの研究機関の売り上げがそこで。
宮武 徹郎
結構そこが多いですね。AT&T自身の売り上げも結構そっちに寄ってた時期はありました。
たとえばなんですけど、パールハーバーの数年後とかは、ベル研究所ってアメリカ軍から数千プロジェクトぐらいの依頼を受けてたり。
へー。
なんで、パイロットのためのコミュニケーションシステムを作ってくれとか。
草野 みき
うーん。
宮武 徹郎
なんで、もう一部はコンサルっていうか、いろいろ受注してたって感じですね。
草野 みき
アメリカ最高峰の研究者が作るシステムみたいな、一番そこに頼んだら早いし優秀だからみたいな感じなんですかね。
宮武 徹郎
いろんな技術を実際作っているので、そこにお願いしていたっていうところ。
そこのコンビネーションがいろいろあったっていうのがあるんですよね。
草野 みき
その生き残れた理由としてみたいな。
宮武 徹郎
生き残れた、これだけベル研究所が成功した理由。
草野 みき
うーん。
宮武 徹郎
もちろん環境の問題もあったんですけど、同時に会社レベルとか政府とか、戦争時だったので、より政府がそういうところにお金を突っ込みたいっていう話も、
いろいろそういうのが混ざってたからこそ、ベル研究所があれだけ上手くいったっていう話はあると思います。
もちろん特定の研究者のスキルセットとかそういうのもあるんですけど。
草野 みき
聞けばでも聞くほど本当に再現が難しい。
宮武 徹郎
そうですよね。
草野 みき
特に日本でやるってなったら余計難しそうな話ですね。
宮武 徹郎
でもなんか個人的にベル研究所の中ですごいなって思ったところが、やっぱりなんかいろんな技術を作ってた会社じゃないですか。
草野 みき
はい。
宮武 徹郎
でもなんか多分多少なり彼らの中でも、これAT&Tで使えないなって多分知ってたと思うんですよ。
でもやっぱり研究者、主に研究者とかエンジニアがいたので、別にそれですごい彼らがお金儲けしたいっていう気持ちでやってたわけじゃないんですよね。
いい給料もらってましたし、そもそも。
だから当時はスタートアップをしてめちゃくちゃ儲かるみたいな感じではなかったので。
なので彼ら何やってたかというと、多少ないお金を払えば誰でもベル研究所に行って、その新しい技術について教えてくれるんですよ。
なので25Kくらいコストかかったんですけど、当時、今だともっともっと高いですけど、25K払えば1週間ベル研究所の中でセミナー受けられるんですよ。
例えばトランジスタについてみたいな。
草野 みき
学校みたいな感じなんですね。
宮武 徹郎
学校中、授業みたいな感じですよね。
そこで実際、ハウツーまで全部出してくれるので、トランジスタの作り方っていうのを目の前で作ってくれるんですよ。
それを見た人たちが、こういうふうに作るんだって言って、独立っていうか、自分の国に戻ったり、場合によってはシリコンバレーに行って新しいものを作ったりとかするわけなんですよね。
草野 みき
結構オープンなんですね。
宮武 徹郎
めちゃくちゃオープンで、そこの運携を受けたのって、日本だと使われてるかわかんないですけど、テキサスインストラメンツっていう計算機、科学的計算機があるんですけど、そこのジャック・キルビーさんもそうですし、
あとはソニーのモリタさんとかも行ってるんですよ、ベル研究所に。
学びに行って、それでソニーが作られてるんですよね。
もちろんそれだけじゃないですけどね。
いろいろあってそうなんですけど、そこの技術の共有をしたからこそ、次の世代が生まれたっていうのは確かにあると思いますね。
宮武 徹郎
AT&Tは儲からなかったですけどね。
草野 みき
だからそれが本当に難しいですよね。
自分の利益を求めなかったら世界は発展するし、いろんなテクノロジーが。
それはなんていうか、自分だけにしてなければ、テクノロジーが広まる、確かにイーロン・マスクの言う通り、イノベーションを制限してしまうっていうことなんですけど、
宮武 徹郎
キーを反映する、それをしながらキーを反映させるっていうのが、マジで難しいっていう。
しかもこれってベル研究所だけじゃないじゃないですか。
一番有名な事例ってゼロックスパークなので、ゼロックスってコピー機とかを作ってたところの研究所のゼロックスパークって、
そこで開発してたGU、GUIとマウスをスティーブ・ジョブスが見て、それでマッキン都市に導入してるので、
もちろんゼロックスパークは一切それによってお金をもらってないですし。
草野 みき
でもイノベーションは加速したからいいんじゃないっていう。
宮武 徹郎
名前は歴史には刻まれますよね。
草野 みき
知る人は知るって感じですね、でも。
宮武 徹郎
しかもポジティブでもあり、ネガティブな面でも見られちゃいますよね。
そういう技術を作ったのにそれを使わなかったっていう。
草野 みき
勝者の歴史なんですかね、やっぱりこれは。
どう思いますか、それはバランス、この問題どう思いますか。
宮武 徹郎
この問題に関しては一部はもうその覚悟の上で、
もしどこか事業会社がこういうのをコープレートラボみたいなものを作るのを考えているのであれば、
その覚悟の上でやらないといけないと思います。
草野 みき
もしじゃあ宮武さんがベル研究所の研究所長だったとします。
当時のAT&Tの所長だったとして、
宮武さんはもう生まれ変わってるっていう記憶は知ってます。
ベル研究所が衰退していくことを知っています。
こういうイノベーションがちょっといろいろ漏れてるっていうことを歴史を見て知っている中で同じことをしますか。
宮武 徹郎
同じことはすると思います。
変えるとすると、これは多分当時変えても意味ないと思うので、
今作るのであれば変えてると思うのが、
インセンティブの設計を若干変えてると思います。
草野 みき
研究者とかに対しての。
宮武 徹郎
研究者とか起用家とかもそうですけど、
あとはよりライセンスとか、技術をもうちょっとIP扱いするっていうところで、
割と自由にライセンスして他社に提供するとか、
そういうのを考えると思います。
ただ、多分当時のAT&Tって一部内部要員があって一部外部要員があったと思うので、
これの新しい技術を活用するかどうかっていう問題。
内部に関してはそもそもコアな事業とフィットしてないじゃんっていう話があったと思って、
外部に関しては独近法なので、
会社が分裂したりとか、ベル研究所を分裂させろみたいなことを言われてしまった場合、
どうしようもないので。
でも、社会貢献っていう意味合いだと、
別に必ずしもお金の話ではないので、
そういう意味だとやり続けてたと思いますし、
どうにかインセンティブの設計は変えたいと思いますね、ここら辺は。
でも、これをベル研究所を再現できるのか、
するべきなのかはちょっと来週において、
できるのかっていうと、やっぱりさっきも話したようなタイミングとか状況とか、
いろんな面が多分ありますし、
ただ、あそこにいた人のクオリティとその規模って、
多分、あれだけでもなかなか再現できないと思うんですよ。
草野 みき
そうですね。
宮武 徹郎
多分なんですけど、なんとなく言うと、
スペースXと同じぐらいの規模とクオリティのエンジニアリングチームを抱えながら、
カリフォルニア工科大学の2倍ぐらいのサイズの研究人員を抱えないといけないんですよ。
それって、どっか一緒の会社ができるかって言われると、なかなかできないですよね。
草野 みき
ちなみに、ベル研究所で起業家っていう概念もあるんですか?さっき話してたみたいな。
宮武 徹郎
いや、多分ほとんどないです。
あれも、時期的にそこまで起業するっていうのが、みんながやってたことじゃないので。
草野 みき
そう考えたら、今は一緒に収まる必要あるのっていう、優秀な人ほどそう思いますよね。
宮武 徹郎
そうなんですよ。
あとやっぱり、これはもうちょっと来週話しますけど、
第二次世界大戦の後に、企業だけが研究をするようになったわけではなくて、大学も結構やり始めた。
そこに対して、特に第二次世界大戦の後に起きたのが、
アメリカ政府がめちゃくちゃ資金提供し始めたんですよ、大学の研究所に対して。
結局、そっちでいいじゃんっていうところにも一部なったと思いますね。
草野 みき
なるほど。でも、そこのシフトってすごい大きなエフェクトがありそうですね。
それによって、いろいろ研究の進み方が変わってそう。
宮武 徹郎
そこに関しては、もうちょっと来週話したいなっていうふうに思ってて、