1. アドラー心理学ラジオ
  2. #27 困ったあの人、承認欲求、..
#27 困ったあの人、承認欲求、物欲。私たちを操る「見えない相手役」【共同体感覚⑦】
2026-10-03 25:51

#27 困ったあの人、承認欲求、物欲。私たちを操る「見えない相手役」【共同体感覚⑦】

Y A
Y A
Host

📩 お便り・感想は ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠こちら(マシュマロ)⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ ※匿名OK!!

📝 今回のあらすじ・ハイライト

最強の分析ツール「相手役」のレンズ / 「こら!」は最高のご褒美? 子どもの裏技的生存戦略 / 犯人探しの罠と、引きこもりに潜むミルフィーユ状の目的 / デカすぎる相手役「社会」と、すっからかんの勇気タンク / 無機質な数字に操られる? 連打される無意識の欲望スイッチ / 3秒で脳内ジャック! 他人の「欲しい」をインストールするSNS / 「アドラーの劣等感やん!」哲学者が暴く“模倣的欲望” / 手軽に「俺スゲー」したい! 社会をダシに使う承認欲求 / 伝染するペラペラの「薄い欲望」と、マグマのような「濃い欲望」 / 見えない相手役から抜け出し、自分だけのダイヤモンドを握りしめる


■ パーソナリティ:あつくてゆるい(あつゆる)

アドラーを実践して10年以上。教育現場に身を置きつつ、アカデミックな哲学研究とカウンセリングの修行を重ねてきました。

✔︎ X (旧Twitter):⁠⁠⁠⁠あつくて ゆるい|読書|アドラー心理学ラジオ⁠⁠⁠

✔︎ note: ⁠⁠⁠あつくてゆるい|アドラー心理学ラジオ⁠⁠⁠

▼アドラー心理学オススメ本

⁠⁠⁠【研究者厳選】アドラー心理学おすすめ本 完全ガイド2026(超入門〜マニアックまで)


📖 今回紹介にした本

『欲望の見つけ方: お金・恋愛・キャリア』(人は皆、誰かの欲望を模倣する)

ルーク・バージス 著/川添 節子 訳(早川書房)

最新スマホが欲しい、仕事で成功したい……私たちが性懲りもなく何かを欲してしまう、その「欲しい!」の裏側に隠された法則とは? 哲学者ルネ・ジラールの「模倣の欲望(人は他人の欲しがるものを欲しがる)」理論のエッセンスを分かりやすく解説。日常の買い物から人生の重大な選択まで、誰かにインストールされた「薄い欲望」から身を守り、自分だけの「濃い欲望」を見つけるためのヒントが詰まった一冊です。


✨ 番組のフォロー・高評価をよろしくお願いします。

皆さんのご感想や高評価が、私の一番の勇気づけになります! ぜひ番組のフォローをお願いします。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:05
アドラー心理学ラジオ。この番組では、お手軽な自己啓発として消失されがちなアドラー心理学を、哲学、カウンセリング、そして、科学の視点から深掘りし、本物の姿勢として語り直していきます。
お相手のあつくてゆるいです。 皆さんは、「えっ、なんでこの人こんな不可解な行動をとるの?」
全然心当たりないのに、謎の悪意とか不機嫌を向けられてもやもやする、みたいに思うことはありませんか?
前回、そんな時は行動の目的に焦点を当ててみると、謎が解けてくるという話をしました。
でも実は、その目的論をさらに強力に進化させる、絶対に外せないもう一つの視点があるんです。 それが行動の相手役。
その人は今、一体誰を相手役に行動しているのか? 身近な人のちょっと困った行動から、私たちは日常でふと思う
これ欲しい!という些細な欲求まで、 人間の行動の裏に潜む見えない相手役の正体を一気に解き明かしていきましょう。
ここまでお聞きいただいた皆さんなら、アドラーテス学の大前提に、 人間は社会的な存在だという対人関係論があることを十分わかっていただけたかと思います。
前回お話した、人間の行動には目的がある、という目的論に、 対人関係論をガッチャンコさせた時に出てくるのが、
opponent、相手役という考え方なんです。 相手役についてアドラーはこんな言葉を残しています。
心の中で何が起きているかを理解するために、 その相手役は誰かと問いかけることが極めて役に立つ。
この問いに答えられると、その人一人だけの問題としてではなく、 誰かとの関係の中にある問題として初めて捉え直すことができる。
もちろんこれ、寝相が悪いのも夜中にお腹が空いて冷蔵庫漁っちゃうのも、 全部相手役がいるんや、みたいな極端な話じゃありません。
アドラーが、「ここに相手役がいないわけがない!」と叫ぶのは、悪い習慣とか反抗的な態度といった、 何かしら問題を含んだ行動について語る時です。
つまり、「なんであの子はこんな困ったことばかりするんだろう?」
「あの部長なんでいつもプリプリ怒ってんの?」と頭を抱えちゃう場面。
何の目的のために、という目的論に加えて、 この人は今誰をターゲットにしてこの必殺技をぶっぱなしているのかと、相手役の視点をプラスしてみるわけです。
これ、兄弟関係を見るとわかりやすいです。
以前、家族不知の回でやりましたが、 家族というのは子供にとって初めてサバイブする小さな社会。
そこでの最大のミッションは、親の注目という名のスポットライトを独占して、 自分の確固たるポジションを確保することです。
03:03
そのために子供は必死に頭を絞って、 オリジナルの生存戦略を編み出していきます。
例えば、上の子がすごく優秀で、 親の期待を一心に背負っているようなケース。
すると下の子は、
はっ、これまともに勉強やスポーツで戦っても一生勝てんわ! と早々に悟りを開きます。
じゃあどうするか。
親という相手役に対して、自分の関心を独占するという目的を果たすため、 問題行動という裏技を繰り出し始めることがある。
普通なら問題が起きるたび、何が原因だったのか、 なんでこんなことが起こったのかと毎度問い詰めてプリプリしがちじゃないですか。
でも相手役、そして目的論のレンズで見ると、 この一連の問題行動がシンプルに読み解けます。
それは相手役である親に、自分に注目させるという目的だということ。
コラッと雷を落とされるのは一見嫌なことに見えますが、 子供からすれば親のスポットライトを自分だけに浴びせるという最大の目的を見事にコンプリートしているわけです。
こういう時のアドラー流の処方箋は至ってシンプル。 その子の本音は親に注目してもらいたい。
ですから、わざわざダークサイドに落ちてまで注目を引かなくてもいいように、 ポジティブで建設的な行動に注目してあげればいいんです。
ちょっとお手伝いしてくれたとか、一人で静かに遊べたとか、 ハードルを極限まで下げて、そのポジティブな行動にいいねとプラスの注目を与え、勇気づけしていく。
そうすれば、わざわざ建設的じゃない方法で関心を引く必要がなくなるので、 問題行動は減っていくと考えます。
とはいえ、現実はそう甘くはありません。
うちの子、ポジティブなところなんてもうウォーリーより見つからんのじゃ! と白目を剥きそうになる日も当然ありますよね。
それでもなんとか極小サイズのポジティブを見つけては注目を与えていく。 これがこうした困った行動へのベースとなる対処方法です。
もう少しデリケートな引きこもりのケースでも考えてみましょう。
お子さんが部屋から出られなくなった時、何が原因なんだろうと考えるのは親として当然です。
友人関係、先生からの理不尽な指導、はたまた勉強のプレッシャー、 そういう原因の存在自体を否定するつもりは全くありません。
でも、原因探しには厄介な落とし穴があります。
原因なんて無理やりにでも探せばいくらでもひねり出せてしまいますし、 いつの間にかただの犯人探しゲームにすり替わってしまいがち。
じゃあここで、原因じゃなくて目的と相手役に視点をガラッと変えてみます。
この子は今、一体誰を相手役に、そしてどんな目的でこの行動をとっているんだろう。
06:05
実は引きこもりという行動の裏には、相手役と目的がミルフィーグのようにいくつか重なっている可能性が考えられます。
分かりやすく3つに分けてみましょう。
1つ目は家族という相手に対して関心や心配を一心に集めるという目的。
もし親に反発しているケースなら、引きこもって親を悲しませることで、 親への復讐を果たしているのかもしれません。
2つ目は原因とされた学校や友達という相手に対する復讐の目的。
親が学校に抗議してくれれば、子供からすれば相手にやり返したという感覚は確かに得られるかもしれません。
そして3つ目、ここが見逃してはいけないポイントなんですが、
社会という相手役に対してこれ以上理不尽な摩擦でHPを削られないよう、自分を保護するという目的です。
え?特定の個人じゃなくて社会みたいなでかいものも相手役になるの?ってびっくりしませんか?
面白いことにアドラー自身、問題行動というのは共同体からの要求に対する反抗として現れることがある。
そこに相手役は必ずいるはずだと断言しています。
つまり世間や社会も立派な相手役になるんですね。
アドラー的に言えば、社会というでかい相手役を前にシャッターを下ろしてしまうのは、外の世界に立ち向かうエネルギーがすっからかんに枯渇している状態。
極端に勇気がくじかれた劣等コンプレックスだと捉えます。
ここで先ほどの原因探しの落とし穴がリアルに効いてきます。
仮に親が、原因は○○だと鬼の行走で学校に猛抗議したとしますよね。
すると子供からすれば、家族の関心を集めるとか、学校に復讐するという一つ目、二つ目のダークな目的はばっちり果たせてしまうかもしれない。
でもそれじゃ根本的な解決にはならないんです。
だって子供が一番切実に抱えている社会から自分を保護したいというSOSは満たされないし、何よりすっからかんになった勇気のタンクにはガソリンが一滴も注がれていません。
外の世界に立ち向かうエネルギーは枯渇したまま。
この空っぽのタンクの存在は、原因論だけだとなかなか見えてきません。
何の目的で?誰を相手役に?という目的論と対人関係論。
これらがあって初めて、世間や社会という相手役、自分を保護したいという真の目的が見えてくる。
目的と相手役のレンズを通すからこそ、この空っぽになった心にどうやってガソリンを注いであげようかという、勇気づけのアプローチへと目を向けていけるようになるわけです。
09:00
さて、アドラー先生がそこに相手役はおらんかね?と探し始めるのは、主に引きこもりとか犯行といった人間のちょっと困った行動について語る時でした。
でも、これって別にやんちゃな行動に限った話じゃなくて、私たちの行動の原動力になるごく普通の欲求とか欲望にもバッチリ相手役が潜んでいるんじゃないの?というテーマにここから踏み込んでいきます。
例えば、私たちがこの秋物の新作ニット買おうとか、年末はハワイ旅行と行動するとき、そのベースには当然、これが欲しい、こうしたいという欲求がありますよね。
でも、この欲求って真空でポツンと無から発生するわけではないはずです。
推しのインフルエンサーが絶対買いってお勧めしていたからとか、ハワイの写真をインスタに上げてみんなにどやりたいからとか、当然、周囲の人間関係や社会という相手役からビンビンに影響を受けているはずなんです。
実際、アドラは人間を行動へと引っ張っていく力を2つ挙げてこんな風に言っています。
1つ目は、生まれつき備わっていて、人間社会を強くする方向に働く。
2つ目は、育つ過程で後から身についてしまうもので、自らのプレステージ、名声や威信のために常に社会を利用しようとするあからさまな一般的誘惑である。
1つ目の引力は、他者と協力して社会を良くしていこうとするポジティブな力、つまり共同体感覚の方向性への引力、ライフタスクへの貢献と言ってもいいかもしれません。
それに対して厄介なのが2つ目。
アドラ曰く、自分のプレステージ、名声とか威信のために社会を利用してやんよ、という強い誘惑が働くと言うんです。
つまり、承認欲求を手軽に満たすために、私たちは社会という相手役を出しに使ってしまう。
そしてこの社会を出しに使うという厄介なメカニズムについて、アドラは別の箇所でこんな風にも語っています。
神経症的な人は、最終的に自分がこの状況の支配者になるという目標を持っている。
その目標に向かって増大した所有、パワー、影響力を求める。
そして同時に他者を軽視し、欺くことも求めるのである。
この神経症的な人という言葉、アドラの本を読んでいるとよく出てくるんですが、
医学的な病名というより、極端に勇気がくじかれて劣等感をこじらせちゃった人、自身のタンクがすっからかんな人、くらいに捉えてみてください。
彼らは自信がないから、みんな違ってみんないいよね、なんていう平和な横並びじゃ夜も眠れないくらい不安に駆られます。
どうしても俺が上でお前らが下だという露骨なマウンティングピラミッドを築いて、その頂点である支配者の椅子に座りたがってしまう。
12:08
で、手っ取り早くその椅子に座るために他人を見下すことやステータスになりそうなものを所有するといった、一瞬で俺すげーと錯覚できる玉手箱に飛びついてしまうわけです。
こんな風に人間を行動へと駆り立てる承認欲求も広い意味では対人関係的だし相手役がいるって話なんですが、
誰もが知る大企業に入りたいとか、港区のタワマンに住んで高級車に乗りたいみたいな欲求って、神経症なんて深刻に言われなくてもぶっちゃけ誰だって似たような気持ちを抱きますし、
まあ人間そんなもんでしょって話な気もします。
でも私が最近気づいてゾッとしたのが、そういう露骨な見栄とか承認欲求だけじゃなくて、もっと無意識レベルの些細な欲求でも私たちは見えない相手役にハンドルを握られているという事実だったんです。
私、たまにガチャガチャの森に吸い込まれる習性があるんですが、ある時、AからEまで5種類あるガチャガチャを通りすがりに1回だけ回してみたんですね。
出てきたのはAというキャラクターで、私は、「お、可愛いな!」とそれだけで大満足して帰宅しました。
ところが後日、なんとなくメルカリをパトロールしていたら、そのガチャのCだけがなぜか異常にバズっていて、私のAの5倍くらいの値段で取引されていたことに気づいてしまったんです。
その瞬間、私の中に得体の知れない奇妙な感情が湧き上がりまして、もともと1ミリも興味がなかったはずのCが急に神々しく輝いて見えて、「明日もう一回ガチャ回しに行こうかな?」とソワソワし始めたわけです。
別に、転売屋になって小銭を稼ごうとかそんな下心じゃないんです。シンプルにCが欲しくなっちゃった。
これ、何が怖いかって、私が見たのはメルカリの円マーク2500みたいな、ただの無機質な数字だったということ。具体的な誰かの顔を見たわけじゃない。
なのに、これを血まのこで探している見えない誰かの影を数字から掻き取った瞬間、私の中に欲しいという欲望がボワッと生成されてしまったわけです。
現代ってフリマアプリとかSNSのおかげで、他人のこれ持ってる、これ欲しいが異常なほど可視化されています。
私、読書アカウント界隈の住人なんですが、そこでも定期的にブームが巻き起こります。
最近だと本の形をした小さなキーホルダーみたいなブックチャームっていうのがあって、誰かがゲットしてSNSにアップするとそれを見た人も欲しいってなって、どんどん連鎖していってました。
これも結局、顔も知らない誰かの所有物をチラ見したことで、無意識の欲望スイッチが連打されているわけです。
私、これを愚かな大衆名と批判したいわけじゃありません。
15:04
私自身、漏れなくそういうビッグウェーブに乗っかりがちなタイプです。
子供の頃、クラスで流行っている謎の練り消しとか無条件に欲しくなったじゃないですか。
大人になって、一丁前にコーヒー片手に日経新聞とか読んでても、欲望の基本OSは小学生のあの頃とまるで変わってない。
自分に全然成長してないなと苦笑いしつつも、それが人間でしょって感じです。
ただ、私がお伝えしたいのは、自分の欲求にはかなり細かなレベルで見えない相手役がべったり張り付いていて、影響を受けまくっている事実に、もうちょい自覚的になった方がいいよね、ということ。
なぜなら、これに無自覚だと恐ろしいことが起こるからです。
例えばインスタで、内蔵どこ入ってんの?ってくらい加工されたモデルさんの動画を見た女子中高生。なんなら小学生が極端なダイエットに走っちゃう問題。
実際、中高生を対象とした3000人以上の調査でも、SNSに触れる時間が長い子ほど痩せたいという気持ちが強くなる、という結果が出ているらしいんですが、
本人は、私が痩せたいからサラダチキンかじってんだと、純度100%の自分の気持ちだと信じて疑いません。
でも、裏を返せば、会ったこともない、なんなら地球の裏側にいるかもしれないインフルエンサーとか、それにいいねを連打している不特定多数の世間という相手役に脳内をジャックされていると言えます。
ベッドに寝転がってショート動画を3秒チラ見しただけで、いつの間にか他人の欲望をインストールされて、これが私の本当の気持ち、と錯覚させられる。これシンプルにめっちゃ怖いじゃないですか。
ルネ・ジラールというフランスの哲学者がいるんですが、彼はこの現象を魔法的欲望というネーミングでズバリ言い当てていました。
人はそのもの自体が欲しいんじゃなくて、モデルとなる誰かがそれを欲しがっているから自分も欲しくなるんだという理論、つまり自分の欲望の裏には相手役がいるという話です。
なぜわざわざ他者をモデルに設定してまでその欲望をコピーしちゃうのか。ジラールさんは著書のタイトルにもなっている革新的な言葉でこう説明しています。
インスパイアー・ザ・ネクスト、ヒタチ、とか、メイグッド・ポッシブル、ウィッド・キャノン、みたいなCMに出てくるキャッチコピーみたいな響きですが、さっきのを直訳すると、
あらゆる欲望は存在への欲望である。
要するに、私たちは自分の存在にどうにも埋まらないポッカリとした欠如感、穴を感じているってことです。
その足りない感を埋めるために、モデルとなる誰かのキラキラした存在に憧れて、その人が持っているものを模倣して欲しがってしまうんだと。
18:08
私、これを見た瞬間、「いや、それアドラーの言う劣等感そのまんまやん!」と膝を打ちました。
劣等感を埋めるために、見えない他者をモデルにして真似っこする。
しかもジラールさん、人が心の穴を埋めるために他人の真似をしてまで欲しがるものの代表例として、バッチリ、プレステージ、名声、成功を挙げているんです。
つまり、先ほどアドラーが言っていた、手軽に承認欲求を満たすために、社会という不特定多数の相手役を利用してやるぜ、というあの厄介な引力と同じことを言っているわけですね。
お前の欲望、全部誰かへのマウンティングだからな、なんて宣告されたら、なんだか人生がペラペラに思えて寝込みそうになります。
でも、ここで一つ希望の持てる話をしたいんです。
ルーク・バージスという人が書いた、ワンティングという、ジラールの魔法的欲望について考察した本があります。
ちなみにこの本、日本版の正式タイトルが、欲望の見つけ方、お金、恋愛、キャリア、というペライ自己啓発本みたいな名前でして。
出版社側も、これじゃヤバいと焦ったのか、後から、人は皆誰かの欲望を模倣する、という不穏な真っ黒い別カバーを上からがっつりかぶせて、そっちが本当のタイトルだと勘違いさせる力技に出ているという、岩くっつきの面白い本なんです。
この本、笑っちゃうくらいアドラノ主張と重なっていて、欲望には大きく分けて、薄い欲望と濃い欲望の2種類があると語られています。
ちょっと一節を引用しますと。
濃い欲望を見つけて育めば、安っぽい魔法の欲望から身を守ることができ、最終的には今よりも充実した人生につながる。
濃い欲望とは、表面からは見えない奥深く、地球の中心に近いところで作られるダイヤモンドのようなものだ。
それは人生において変化し続ける環境に影響されない。
一方、薄い欲望は極めて魔法的で伝染しやすく、大抵底が浅い。
先ほどアドラも、人間を行動へと引っ張っていく力は2つあると言っていました。
すぐ人に伝播する底の浅い薄い欲望は、まさにアドラが言うプレステージへの誘惑。
他人の目を気にしてレアアイテムや肩書きを手に入れてお手軽に満足しようとする、安っぽい承認欲求のゲームだと言えます。
一方、周りに流されないダイヤモンドのような濃い欲望、これはアドラが言っていた他者と協力して社会を良くしていこうとするポジティブな力、共同体感覚に向かう引力のことです。
21:03
私はこんな理想に向かっていきたいんだ、世界をこう面白くしたいんだという、心の底からマグマのように湧き上がるブレない欲望、これこそが自分の個性を使って社会に居場所を作る貢献のゲームなんです。
何度も言いますが、薄い欲望なんて捨てちまえと全否定するつもりはありません。
時々見栄だって貼りたいし、タピオカの次はアサイーボールに並びたい時だってあります。
ただ、日常のちょっとしたこれ欲しいの裏側には無意識に見えない相手役がセッティングされていて、承認欲求を満たして仮染めの優越感を得るという目的の手のひらの上でコロコロ転がされがちだということ。
このからくりを知って、あ、今踊らされてるなと自覚的になっておくことが大事だと思うんです。
それに、どうせ一度きりの人生ですので、自分の奥深くで堅く錬成される濃い欲望を握りしめて生きていきたいじゃないですか。
これって本当に私が欲しいもの?それとも顔も知らない誰かに見せつけたくて欲しいと思わされてるだけ?
ふとした時にこの問いを自分自身に投げてみる。
それはきっと脳内に座る見えない相手役から自分を取り戻して、本当の意味で自分らしい人生を歩み出すための確かな一歩になるはずです。
日常の不可解な行動から、私たちが自分だけの純粋な欲望だと信じ込んでいる心の奥底にまで、
目の前の誰かだったり、顔も見えない不特定多数だったり、実はいろんな相手役がべったりと張り付いている。
人間って他者との関係の中でしか欲しいものすら決められない。
どこまでも社会に埋め込まれた生き物だということが改めてお分かりいただけたかと思います。
でですね、この相手役の視点を前回の目的論とセットで持っておくとマジで強力です。
原因論のフィルターでは解決困難に思えていたことの道が開けたり、日常の人間関係の地雷をスッと回避できたり、
他人の不可解な行動にイライラする代わりに、ああ、今は心のガソリンが空っぽなんだなと少しだけ優しい眼差しを持てたり、
ぜひ前回の話と合わせて日常生活で活かしてみてほしいなと思います。
さて、今回の相手役や前回の目的論の話からも見えてきたように、
人間って常に高みを目指したり、他者より優位に立ちたいと願う生き物なんですよね。
24:02
アドラーはこれを優越性の追求と呼んでいて、
次回はこのキーワードとか人生を貫く究極目標の話に突入していく予定なんですが、
私が若干息切れしているのと、このアドラジの台本を自主制作の本にしようと裏で奔走しておりまして、
ということで次回から2週にわたって緩めの端休め会を挟ませていただきます。
もともとこの夏に行ってきたコーチ旅行の話に絡めて、
そこで見かけた娘の行動をアドラー的に分析するっていうのを一回でサクッとやるつもりだったんです。
でもいざ台本を書き始めたら私のコーチ愛が爆発してしまいまして、
とても一回じゃ収まりきらなくなってしまいました。
なので急遽前編後編の2週に分けさせていただいて、
次回まずは前編として、小難しい哲学は一旦忘れて、
私がただただコーチの魅力を語るコーチ旅行の記録をお送りします。
そしてその次の後編では、せっかく手に入れた目的論とか相手役の視点を使いながら、
娘の行動の裏にある生存戦略をアドラー的に分析しつつ、
合わせて皆さんからいただいているお便りもいくつかご紹介できたらと思っています。
かなり緩めにはなりますが、次回も良ければお付き合いいただけたら嬉しいです。
アドラー心理学ラジオ第27回、お聞きいただきありがとうございました。
お相手は熱くてゆるいでした。
25:51

コメント

スクロール