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#00「ゆとり教育者ラヂオ」へようこそ
2026-05-11 08:33

#00「ゆとり教育者ラヂオ」へようこそ

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「ふつうの先生の、ふつうじゃない話を聴いていく番組」
ホストは、高知の現役教員で「会いに行けるセンセイ」という活動をする「のざたん」

 

第0回は、この番組を始める理由を話しました。
「教員として、ゆとりを持って働く」って、どういうことなんだろう——
そんな問いから始まる、自分自身への対話の記録です。

▼ この回で話したこと
・なぜいま「ゆとり」という言葉を選んだのか
・「ゆとり教育者」の輪郭——しなやかさ、観察眼、小さな選択
・「教育者」は先生だけじゃない、という話
・番組のミッション:気づき、許可、伴走、そしてそれぞれの「ゆとり教育者」へ

▼ 次回予告
第1回「ゆとりは時間じゃなくて『余白』だと思う」

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▼ のざたんの他の活動
Voicy「学びのセカンドオピニオン」(毎日配信)
https://voicy.jp/channel/3708

note
https://note.com/nozkoh

#ゆとり教育者ラヂオ #教員 #教育 #ゆとり

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サマリー

この番組は、現役教員である「のざたん」が、教員として「ゆとりを持って働く」とはどういうことかを問いかけるものです。過酷な労働環境で疲弊する教員が多い中、穏やかに働く人々に着目し、「しなやかさ」「観察眼」「小さな選択」といった特徴を持つ「ゆとり教育者」の輪郭を探ります。学校の先生に限らず、子育てや人材育成に関わる全ての人々が対象であり、リスナーと共に「ゆとり」の本質を深めていくことを目指します。

番組開始の挨拶と目的
こんにちは、ゆとり教育者ラヂオへようこそ。 この番組は、普通の先生の普通じゃない話を聞いていく番組です。
ホストを務めるのは、のざたんと申します。 高知県で私立学校の現役の教員をやっております。
普段ですね、僕はボイシーで毎日音声配信をやってるんですけれども、このポッドキャストではちょっと違う角度で話したいことがあって、新しく番組を立ち上げました。
理由はシンプル。自分自身に問いたいことがあるんです。それは、教員としてゆとりを持って働くって一体どういうことなんだろうという問いです。
「ゆとり」という言葉を選んだ背景
まあね、こうなったきっかけはですけれども、ビビンにしたこともあると思うんですけども、最近働いている先生周りの声ですよね。
SNS開いても勉強会行っても同業者の先生たち無理とかやめたいとかってこぼしちゃう人がいるんですよね。
これが若手であっても中堅であってもベテランであっても関係なく削られちゃってるなーっていう感じがするんです。
ブラック環境だよねって言われちゃうのもよくわかるなーっていう気もしています。
ただですね、一方で同じような環境にいながら割と穏やかに、しなやかに働いている方もいるんですね。
実際に身の回りにもいます。まあまあでもね、数は少ないんですよね。
だからこそ、もっとそういう人たちに出会いたいし、何考えて働いてるんだろうねーみたいなことを聞いてみたいと。
そんな風に考えているんです。そうやって考えていくうちにたどり着いたのが、ゆとりという言葉でした。
「ゆとり教育者」の定義と対象
これは時間のゆとりというのだけじゃなくて、心のゆとりとか考えるゆとりとか、自分の在り方を保つゆとりとか、そういうものを持って働いている人を僕はゆとり教育者という風に呼んでみようと考えているんです。
ここで一つ急いでおきたいんですけれども、ここで言う教育者という言葉です。教員と言ってないんですよね。
これには良い意味がありまして、学校の先生だけじゃないなと思っているんです。保護者の人もそうだな、企業で人を育てている人、地域で子供に関わっている人、近所の大人もですかね、みんなどこかで誰か育てているんですよね。
だからこそ誰もが何かしらの教育者なんじゃないかなと思っているんです。だからあえて教員じゃなくて教育者という言葉を選んでいます。
この教育に関わる人がゆとりになれていないという印象があるんです。
なのでこの番組ではその問いをまずは自分自身がずっと考えていきたいなと思っています。時々ゲストにも話を聞きに行くんですけれども、基本は僕が一人で考え続けるそんな番組にしていきます。
「ゆとり教育者」の仮説的特徴
ここで少しだけゆとり教育者って具体的にどんな人なんだろうということを話しておきたいんです。
これですね最初に言っておきますと立派な先生とかすごい実践をしている先生とか変額を叫んでいる先生とかそういう方々をですね僕はもちろん尊敬はしているんですけれども、僕が今探しているのは多分ねそっちじゃないなという気がしてるんです。
そこでですね仮説として3つの特徴を置いてみました。
一つ目はしなやかさです。頑張るより自分の在り方を大事にする感じ。
力で押し切るんじゃなくて自分の軸を保ちながら状況に合わせていけるような柔らかさですね。グニャーンと折れないんだけど曲がるみたいなそんな感じのしなやかさですね。
2つ目は観察眼ですね。自分のことも子供のことも学校のこともちょっと離れたところから見られる目を持っているとかちゅうにいながらですね半歩引いて眺めているようなそんな感覚ですね。
3つ目は小さな選択。日常の中でね自分なりの選択を地道に積み重ねていくっていう感じですかね。
大きな改革大きな変革そういったものではなくて毎日の小さな小さな決断の質みたいなものですね。
これがもちろん僕の仮説なので当たってるかどうかもわかりません。多分何だろうな回を重ねているうちに書き換わっていくかもしれないです。
その書き換わっていく過程とかをリアルタイムに聞いてもらえると僕は嬉しいなぁと感じております。
番組の構成とVoicyとの違い
そして番組の構成も少し話しておきますね。基本は一人語り回です。月に数本ペースかなと思ってるんですけども不定期で更新します。
取り教育者という生き方について考えていることとか、ボイシーではまだ言葉にしきれていないようなそんなところをですね少し深いところまで掘って話したいなと思っています。
そして時々ゲスト会もやります。会いに行きたい人とか学びに関わる大人とか、肩書きはバラバラなんだけどゆとりを持って働いている人とか、そんな人の話が聞けたらいいなと思って考えています。
ボイシーとの違いもですね軽く触れておきますと、ボイシーはもう毎日のメモみたいなそんな感じもしていて、
その日その日に思ったこととか、反射的に話すような瞬発力の内容でどんどん話し続けますし、ここから先もどんどん配信をしていくつもりなんですけども、
一方でこのポッドキャストに関しては定期的にまとめていく、どちらかというと思考ノートと言えばいいですかね、そんな位置づけにしています。
ボイシーを聞いてくださっている方にはこちらもぜひ聞いていただきたいですし、ぜひこのポッドキャストから来てくださった方はよかったらボイシーの方も聞いて見てもらえると嬉しいなと思っています。
リスナーへの問いかけと番組のミッション
初回はこれぐらいにしておきまして、最後にもう一度自分の問いを置いておきます。
僕は教員なんですけども、教員としてゆとりを持って働くってどういうことなんだろうと、しなやかにとかゆるやかにとか削られずに働くっていうのがどういうことをしたら可能になるんだろうねと、
そんなことをこの番組でずっと考え続けていきます。
でもこれって正直に言うと僕だけの問いじゃないんですよね。
世の中にはたぶん削られている先生、削られている教育に携わる方、本当に少なくないなと思うんです。
なのでそういった人たちにまず、自分結構削られてたなという風に気づいて欲しいんです。
そして自分を大事にしていいんだという風に自分に許可を出して欲しいんです。
答えは僕も持ってないんです。よかったら一緒に考えていきたいと思っています。
その先でそれぞれの先生とかそれぞれの教育者が自分なりのゆとり教育者であってくれたらなというのが僕の一番の願いなんですね。
これはここまで聞いていただいてわかるかなと思うんですけども、答えを提示するようなそんなことは一切する番組ではないですね。
どちらかというと問いを深めていくそんな番組にしたいと思っておりますし、
ちょっとザワザワするような時に聞いていただいて、
ゆとりってなんだろうな、教員とゆとりって組み合わせできるのかななんてことを自分なりの問いを立てて考えていってもらえたら嬉しいなという風に考えております。
次回予告とエンディング
というわけで今回は以上となります。
次回はですね、第1回目ということで、ゆとりは時間じゃなくて余白じゃないかなということをテーマにお話しいたします。
それではゆとり教育者ラジオホスト1のざたんでした。
また次回お会いしましょう。
それではまた。
08:33

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