1. 日常のおと
  2. バブルの残り香と90年代。アナ..
2025-10-30 12:09

バブルの残り香と90年代。アナログからデジタルへ、20代を駆け抜けたモノたち。

spotify apple_podcasts youtube

信じられますか? インターネットが夜11時からしか使えなかった時代があったことを。メッセージへの返信は、街の公衆電話から送っていたことを。

今回は、そんなスマホもSNSもなかった「90年代」へのタイムスリップエピソードです。

バブル景気の残り香で浮かれたのも束の間、日本は「就職氷河期」へ突入 。社会の空気が大きく変わる中、私たちの周りには新しい「モノ」が次々と現れました。

数字の暗号で会話したポケベル 、世界を変えたパソコンWindows95、そして「自撮り」という文化を生んだデジタルカメラ。

アナログとデジタルが混じり合う、不思議で熱い10年間。今の“当たり前”がどうやって生まれたのか、その原点を覗いてみませんか?

---

 

感想やメッセージお待ちしています。
📩 お便りフォームは https://forms.gle/evFQe6L5CyWmxY4P7 
コメントは LISTENで https://listen.style/p/note 
https://x.com/hatamoto_s  
ハッシュタグは #日常のおと #ポッキャトークテーマ 

 

ポケベル着信音|ポケットサウンド/効果音素材

サマリー

このエピソードでは、20代を振り返り、バブル時代の終焉とデジタル革命の到来について語られています。また、ポケベルやデジタルカメラの登場が若者たちのコミュニケーション様式に与えた影響についても触れられています。

バブルの思い出
日常のおと、ハタモトです。
今回は、ポッキャトークテーマ、ヤングアダルト編に参加するエピソードになります。
テーマは、「20代を振り返る。」
私の20代は平成の始まりと重なっています。
私が社会人になったのは1991年。
世の中はまだバブルの残りがに包まれていました。
CHAGE&ASKAの『SAY YES』が大ヒットした年です。
私も会社からイエスと言ってもらえた幸運な世代だったのかもしれません。
入社1年目、ボーナスは今では考えられないくらいありましたし、
社員旅行は海外旅行でした。
会社のお金でパスポートを取って初めての異国の地を生みます。
私たちの未来は明るいぞと本気で思っていました。
ところがです。
翌年から状況は急降下。
前年の株価バブル崩壊に続いて、この年は土地バブルの崩壊で、
あれよあれよという間に経済は冷え込んで、
就職氷河期と呼ばれるような時代に突入します。
ボーナスはどんどん減っていき、海外旅行なんてもちろんなくなりました。
あの落差は本当に辛かった。
いっそバブルなんて知らない方が幸せだったんじゃないかとさえ思います。
ポケベルとコミュニケーション
今回はそんな私の20代、90年代ですね。
そういう時代をお話しします。
この音、わかりますかね?
ポケットベル、通称ポケベルの音ですね。
私自身は使っていなかったんですが、
当時の社会風景を語る上で欠かせないアイテムでした。
スマホなんて影も形もなかった時代で、
特に女子高校生たちの間で爆発的に流行したそうです。
面白いのは、ポケベルはメッセージを受信するだけの一方通行だったということ。
返信するには、その辺にある公衆電話を探して、
そこからメッセージを送るという、そんな仕組みでしたね。
なので、休み時間とかね、学校の公衆電話はいつも
長蛇の列ができていたという話も聞きます。
しかもね、最初は数字しか送れなかったそうで、
だから若者たちはね、必死に暗号を考えていました。
『4649(よろしく)』とか、『14106(愛してる)』とかね。
ちょうどその頃ね、ドリカムの『LOVE LOVE LOVE』が記録的なヒットを飛ばしていた頃なので、
ポケベルでね、愛してるなんて送り合っていた若者もいたんじゃないでしょうか。
このもどかしさが逆にコミュニケーションを濃密にしていたのかもしれません。
デジタルカメラの影響
そして1995年、私の人生を変える大きな買い物をしました。
Appleのパソコン。
その当時のね、Power Mac 6200/75 ですか。
ハードディスクの容量は500MB、メガバイトですよ。
今だとね、もう写真1枚で80MBぐらいありますのでね、
500MBだと数枚しか入らないんですよね、写真だけでね。
でも当時はね、これが未来への扉に思いました。
このパソコンがね、当時の価格2300USドルぐらいなので、計算するとだいたい22万円とかそれぐらいですか。
もうちょっと安かった気もしますけれども。
大卒の初任給がね、20万円以下、20万円に届かない時代なので、
今だとどれぐらいなんでしょうかね。
ちょうどね、その頃Windows 95が登場しましてね、日本はパソコンブームがやってきました。
あとは私たちを熱狂させたものとしては、NTTのテレホーダイですね。
これは夜の11時から朝の8時まで電話料金が定額になるというサービス。
今考えると意味わからないですよね。
当時のインターネットというのは電話回線を使ってて、
繋いでるだけでその時間分電話代がかかってました。
なので多くの人がそのテレホーダイサービスを使って、夜11時以降にインターネットを使い始めると。
この接続する時のピーガーという音を聞きながらネットの世界に入っていってました。
懐かしいですね。
私は「カメラのある暮らし」というポッドキャストもやってるんですが、
今日はその原点ともいえる話もちょっとしてみたいと思います。
90年代というのは写真のあり方が劇的に変わった時代でもありました。
まず1993年、富士フイルムからFUJIX DS-200F というデジタルカメラが登場します。
これが世界で初めてフラッシュメモリを搭載したカメラでした。
つまり電気的に繋がっていなくても写真を記録を残しておけるというものでしたね。
ただ値段がとんでもなく高くて本体だけで22万円。さっきのパソコンと同じぐらいですよね。
これだけじゃ何もできなくて、他に専用のバッテリーキットとかメモリカードとか他にもいろいろ必要であって、
一式揃えると50万円近くになったとも言われています。
のでまだデジカメは一般の人が使えるものではありませんでしたね。
でその2年後ですね、1995年革命が起きました。
カシオのQV10が登場したんですね。
1995年というのはだからかなり大きく時代が動いたんでしょうね。
阪神淡路大震災という大地震もありましたし、
日本だけではなく世界が大きく変わったのもこの1995年だったのかなと思います。
このカシオのQV10価格が6万5千円。
まだね高いですけど、買えない値段ではなくなったかなという感じでね。
このカメラね、これまでになかった機能が2つありまして、
1つが液晶ディスプレイ。
今ね当たり前に液晶ディスプレイありますけれども、
このQV10からですね、撮ったその場で写真が見られる。
失敗したらすぐ消せるし、現像代もかからないということで、
写真のハードルを一気に下げてくれました。
もう一つが回転式のレンズ。
ちょっとピンと来ないですが、
これで何ができるかというと、自撮りですね。
この機能は写真を作品や記録から友達とワイワイ見せあっこしてね、
楽しむコミュニケーションツールに変わっていったんじゃないかなと。
撮って見せて笑い合うQV10。
そのスタイルを生み出しました。
この写真でコミュニケーションするという流れは、
90年代後半の女子高生文化にも結びついていって大きなブームになります。
その象徴がプリクラですね。
ゲームセンターとかにあるプリクラですね。
これが繋がっていくのかなと。
あと1998年に登場した富士フイルムのインスタントカメラ『チェキ』ですね。
この頃に登場してたんですね。
今はもうかなり流行ってますけれども、
チェキだけで相当売り上げがフジフイルムも上がっているという世界的にね。
その登場がこの1998年だったそうです。
撮ったその場でカードサイズの写真が出てくる。
そしてそれにペンでメッセージを書いて交換したり手帳に貼ったりという。
まさに写真がコミュニケーションツールになったというコミュニケーションのためのカメラでした。
QV10がデジタルで示した方向性をチェキがアナログ的な形でより手軽に実現して大ヒットしました。
この流れがね、今のスマホの写真の楽しみ方、
そしてSNS文化に直接つながっていると思うと考え深いものがありますね。
どうですかね。
平成の初期の頃ね、90年代。
ポケベルの数字に世の中が湧き、テレホーダイの深夜に胸をときめかせ、
デジカメの登場に未来を感じた20代。
振り返ってみると、私達の世代というのはインターネット以前のアナログな世界と今のデジタルな世界のちょうど橋渡しをした世代なのかもしれないです。
不便だったけど温かみがあった時代、そして新しいテクノロジーが次々に生まれてワクワクし続けている時代ですよね。
その両方を知っているのは、もしかしたらすごく幸運なことだったのかもしれないなと今になって思います。
ということで今回はポッキャトークテーマ|ヤングアダルト編で20代を振り返ってみました。
あなたの20代はどんな時代でしたでしょうか。
ここまで聴いてくださりありがとうございました。
日常のおと ハタモトでした。
それではまた。
12:09

コメント

スクロール