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2026-01-13 21:45

#50 年末年始、SNSの「キラキラ」に疲れたあなたへ|他人の成功と自分の幸せを切り離す

年末年始の心の乱れ / 実家への帰省と旧友との再会 / バリバリ働く友人や成功した親戚への嫉妬 / 「あの時違う選択をしていたら」という妄想 / 自分が選ばなかった人生が輝いて見える / もしもボックス / SNSに溢れる「今年の抱負」や「成果報告」への疲れ / アルゴリズムが見せる成功者バイアス / 価値観の揺り戻し / 過去の自分と今の自分の違い / 揺らぎは「調整」のサイン / 古い価値観に触れても自分を責めない / 心の揺らぎを否定せず抱きしめる / 休み明けの憂鬱を乗り越える / 通常運転に戻るためのマインドセット

▼番組概要

Notable_ Radioは、「セルフリーダーシップ」をテーマにした15分のポッドキャストです。パーソナリティの保倉冴子(子連れワンオペでコロンビア教育大学院に留学し、夢のシンガポール移住を実現)と、サブMCの岡田リチャード(会社を辞めて妻のロンドン駐在に同行)が、実体験に基づく「自分らしい生き方」へのヒントを毎週お届けします。

毎週火曜日AM5時の配信です。



▼保倉冴子主宰コミュニティ Notable_

noteメンバーシップにて、セルフリーダーシップを育む女性のためのサードプレイスNotable_を運営しています。メンバー募集は期間限定です。

https://note.com/saekoyasukura



▼番組ハッシュタグ

#notableradio



▼パーソナリティ

保倉冴子(プロコーチ/コミュニティ主宰)

https://x.com/SaekoYasukura

https://www.instagram.com/saeko_yasukura/

コロンビア教育大学院にて成人教育とリーダーシップ修士修了。コロンビア大学認定エグゼクティブコーチ資格保有。女性のためのセルフリーダーシップを育むコミュニティNotable_主宰。シンガポール在住の3歳児ママ。



岡田毅志リチャード(リチャ/プロコーチ) ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/tiedfamily244⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

日本育ちのイギリス系ハーフ。住友商事、リクルートを経て妻の海外駐在に同行するため退職し、バリバリのサラリーマンから一転、主夫として渡英。2児の父。筋トレ、読書、ストレッチが日課。国際コーチング連盟認定コーチ。


▼リチャードのコーチング

法人向け:https://mzqmcdye.gensparkspace.com/

個人向け:https://line.me/R/ti/p/@277eobsv

サマリー

年末年始におけるSNSの影響で、他人の成功と自分の幸せを比べていることが語られています。特に、心の乱れに共感するリスナーが多く、選択や価値観について再考するきっかけとなっています。年末年始には他人との価値観の違いに揺れることが話題になります。特に、社会に出た後の人間関係や個々の価値観の変化に焦点が当てられ、心の揺らぎを受け入れることの大切さについて述べられています。

年末年始の心の乱れ
こんにちは、Notable Radioへようこそ。MCは、ゼロ歳児を連れてアメリカへのワンオペ留学を経験し、頑張る女性のためのコミュニティ、Notableを運営する私、沙耶子と、
妻の海外駐在に帯同して主婦を経験したアラフォー男性、リチャードです。
私たち2人で、女と男のキャリアの本音や人生について話していきます。
このテーマは、年末年始に乱れた心を解きほぐすということで、沙耶子さんとお話していきます。
Notable Radio
今年もよろしくお願いします。
今年もよろしくお願いします。明けましておめでとうございます。
ですね、明けましておめでとうございます。
やはや、年末年始にね、乱れた心っていうことで、
心乱れたんですか?どういうことですか、これ。
私、年末年始、日本に帰ってたんですよ。
私と息子が、うちの両親の家に滞在して、
実家かな、だから実家に10日ぐらいかな、滞在して、
夫は東京の家に仕事をしながら、年始のタイミングだけ、
挨拶に来て、一緒にご飯を食べたりとかしたんですけど、
なんか、久しぶりに女友達に会って、日本にいる。
そこで、いろんな話をして、それぞれのキャッチアップをしたりとかする中で、
今の私の人生と違う人生が、もしかしたら、
この選択をしなかったら、あの選択をしなかったら、あったのかもしれないなってことを考えたりする時間があったんですよね。
そんなことを感じながら、年末、シンガポールに帰ってきてから、
コミュニティのメンバーの中でも、結構、年末年始、
自分が選択しなかった選択に対して、心が揺れたりとか、
今の選択、今の人生って、合ってるのかなって、ちょっと思うことがあったっていう方が、ちらほらといらっしゃって、
このノータブルラジオを聞いている方も、もしかしたら、そういう方いるんじゃないかなって思って、
ちょっと今日、この話をしたいなと思ったんですよね。
他人との比較
なるほどね。もしもボックスですか。
そうそうそう。もしもボックス。
イフの選択ね。私は年末年始、実家に同じように帰ったんですけど、
友達にたくさん会うってことはできなかったけど、親戚、いろいろ。
中で、義理の弟が経営者だったりするので、
地方で製造業の経営者、創業メンバーの一人で、うまいことやってるんです。
うまいことやってるなって思ってるわけですよ、今。口をついてる感じで。
電子事業も立派に拡大して、今、製造業だけじゃなくて、保育施設も地元に4つぐらい作っていて、
立派じゃないですか。社会貢献というか、地域貢献もしてて、僕より若い妹の配偶者だからさ、若いんだけれども、
そういうことをやってるし、経営者っぽい生活をしてるのを見ると、
自分は同じ期間を1サラリーマンとして突っ走っただけだったな、みたいな。
あげく直近は主婦として生活していて、なんだこの差は?みたいにね、正直。
思ってしまうところをね、思ってるって思われるのも尺だから、ひた隠すみたいな感じですね。
そういうステルスなメンタルで。
気にしない顔でなり過ごすんです。
そうなんですよ。私も大学時代の友達と会って、1年ぶりかなに会ったんですけど、
すっごい楽しくて、私その子たち大好きなんですよ。
結婚してる子もいれば、してない子もいて、子供がいる人もいれば、いない人もいてっていう感じなんですけど、
本当に気心知れた中で、いろいろ話せて、すごい楽しいから、
一番初めに声をかけたぐらい、会おうよって言ったぐらい好きなメンバーなんですけど、
彼女たちは今も日本の会社で、バリバリキャリアウーマンというか、
会社員として働いている彼女たちと、
私はそれを1年前に辞めて、シンガポールに来て、今自分で仕事をしている。
あれもしかしたら、東京で会社員として働いて、流行りに乗って何かをしたり、
ちょっと欲しいものを、自分でラグジュラリなものを買って過ごすっていう楽しみもあったかもしれないななんて、
ちょっと軽く思ったりとかしてね。
今まで自分が持っていたものを手放してシンガポールに来ているから、
もしかしたら、私の人生の延長上にこういうものもあったのかもしれないなって思ったりしたんですよ。
なるほど。今の自分ではない状況をむやみに羨ましがってしまう自分がいたと。
そうそう。そうなの。
でも多分そんな話をしたら、彼女からしたら、
いやいやいや、いいじゃないって言われることは絶対理解してるんだけど、
でもなんかこう、もやっとしたり、なんか違う人生あったのかなって思ったりしたんですよね。
重ねてしまうんだけれども、SNSも良くないですよなっていう。
良くないよね。SNSも良くないよね。
自己価値の再考
SNS良くないよなというのが、
私そのイギリスに主婦として、取材員について行った時には、
会社員を辞めて、婦として暮らしていくっていうところを発信することに何か意味があるんじゃないかということで、
SNS、Twitterでの発信を主に一生懸命やったりしていたわけなんだけれども、
やっぱこう広く届くために、演出をした時に色んなものが損なわれるっていう感覚があったんですよ。
なるほど。
なんかありのままを投げても反応ってないわけですよ。
そうね。
いつしか、ずいぶん前からなのかもしれないけど、SNSにはびこるものって、
そういったプレゼンテーションがなされた情報ばかりだと思うんですよ。
うんうん。
で、それはすごく危険だなというふうに感じている次第。
具体的に言うと、どんなことがあったんですか、年末年始。
なんだろうな、なんかアルゴリズムが変わったのか。
おすすめのタイムラインってあるじゃないですか。
よくよく見ないようにしてるんですけど、なんか強制的におすすめになってるんですよね、今。
はいはいはい。
ブラウザで見ると、Twitter。
で、フォロー中とおすすめっていうのがあって、フォロー中だとフォローしてる人だけの投稿見れるんだけど、
フォロー中に人気っていうタブができて、
フォロー中の人の中でも過去24時間で一番バズってるものたちが優先して、
時間軸無視で流れる配置になってて、
なんかだから何十件もいいねされてたり、何百件もリツイートされてる投稿ばかりが並ぶようになって、
一方で、私の投稿っていうのは何か数人いいねがついて終わりみたいな感じになると、
何かこの差は何だみたいなことを考えてしまうっていうのが一個あったことと、
あとはね、やっぱこう意識高くさ、
年末のね、今年の振り返りはもう終わりましたみたいな、来年の目標ももう立ってますみたいな、
今年はね、100個やりたいことあって90個できましたみたいな話とかばかり目につくし、
こんな立派な人たちばかりなんかみたいなふうに錯覚していくみたいなことがありまして、
そうじゃないって、頭では分かってるけどそうとしか思えないっていう状態を見せられると、
なんかこう、僕は実家で家族にやってただけだからみたいなことを思ったりしてしまう。
そんな僕も一冊本読みましたみたいな、ちょっと哲学のタイトルがついた本をね、
こういうのを読んで、こういうのを学びましたとか投稿しちゃうわけですよ。
よくなくないですか、これ。
冗長してる?
よくないでしょ、そう。
冗長してんな。
よくないなって思いながらやってるんですよ。
そのほうが賢そうじゃないですか。
分かる。
新年一冊目ですとか言って。
分かる。分かるよ。
私ね、それ年末、最近私各種SNSから少し遠ざかって生活をしてるっていうのもあるんですけど、
年末年始は何か意図して出さなかった。
年末の振り返りとか、年始明けましておめでとうございますも出さなかったのは結構それで、
なんか飽和してる、情報が。
うん、飽和。
そう、飽和してる。
なんか全ての人のいいところとか、いいものを出そうとする、
なんか一つの節目が結構年末年始じゃないですか。
そうだね。
同じ気持ちになった、多分りしあさんと。
あの人もこの人もどの人も、それは知り合いとか友達とか関係なくインフルエンサーとか、
全然知らない誰かとかのいいところばっかり入ってくる感じがあって、
あといいところ、もしくは過去の私がいいと思っていた、
けれども今は実は違うものがいいと思っているのに、
過去の自分の価値観にあったことを言われて、
それに心がゆり戻される感覚とかっていうのは結構あって、
なんかダメだなってすごい思ったんですよね。
だから私は結構年末年始はもう本当に家で、
うちシンガポールの家はテレビがないんですけど、
実家に帰って息子がうちの両親にお尻探偵を一緒に見ていて、
お尻探偵ってすごい汚い描写とかがあるんですけど、
そういうのを見て、汚ねえなって時間を潰すっていうのをしたりとかしててね。
いやでも飽和してる、本当に情報が飽和してる。
いや、なんかだから功座やるよねっていう話になってくるのかなとは思うんですよ。
いい点もあると思いますよ。
なんかだから、例えばここの出会いはSNSじゃないですかみたいな話はあって、
でもなんかそのメリットを達成するために、
捨てたもの多すぎないかみたいなことはやっぱ思うんですよ。
だから上手く付き合わないと本当に良くないですよね。
いやそうだと思うんですよ。
僕なんか一個手帳に書いたんだよな年末年始に気づいたこと。
Twitterで俺を知ってくれた人もいるが、
今俺を信じてお客さんになってくれている人たちが俺に期待するのは、
Twitterで発信し続けることではない。
いやそう。
そうっていうことを自分でちょっと思ったんですけど。
いやそう。
そういうことなんですよね。
そうだから、さゆこさんと出会えたのはTwitterをやってたからではあるんだけれども、
Twitterをやってるから僕とこうやってやってくれてるわけではないっていうところ。
じゃないじゃない。
ただの知り合い方がそれだっただけってことですね。
いつの間にかずらされるんですよね。
認識がずらされる気がする。
だからSNSをやることでいろいろ新しいことを知りましたとか、
新しいテクノロジーがあることを知ったりとか、
チャット自分で活用法を知りましたとか、
あるいはこう、じゃあセルフリーダーシップの考え方に気づけましたみたいな、
これTwitterでやってたおかげではあるんだけれども、
Twitterを続けることによってその良い習慣とか良い気づきとかは、
強化されないんですよね。
なのであれなんですかね、やっぱりさやこさんがよく言う、
樽を知るみたいなことが必要なのかなって。
樽、私よく言ってるっけ、樽を知るって。
言ってる。
ようやくとかするとよく出てきますよ。
あ、ほんと?
樽を知るって。
いやでも、そうなのかもしれないですよね。
ノータブルラジオ。
いやそう、私、SNS各種の、なんていうかその、
メディアによって、
SNSとのお付き合いを、
自分のなりにマネジメントしていかないとやっぱりいけないっていう面もそうだし、
あとはなんかその、ちょっと話戻って、
その年末年始だからこそ会った友人とか親族とか、
あとはなんかこう入ってくるいろんな情報の中で、
なんだろう、やっぱ心っていうか、
だからなんか年末年始に心が揺れた人は、
それは別に今あなたの選択が間違ってるとか、
今あなたの選択がなんかこう違うから、
心が揺れてるんじゃなくて、
ただ単に違う価値観の人、もしくは、
特に今のあなたの価値観が違うから、
心が揺れてるんじゃなくて、
ただ単に違う価値観の人、
もしくは、
特に今の自分の価値観とは違うけど、
これまでその価値観で生きたことがある価値観に触れたから、
心が本当に言葉通り揺り戻されて、
なんかこう私このままでいいのかなとか、
私もっとこうなったほうがいいのかなとか、
なんかそういうふうに思わされちゃう、
そういう間の期間なんじゃないかなって思ったので、
年末年始の心の揺らぎ
なので、年末年始に苦しい気持ちになった人は、
みんななってるよって、
そういうのを伝えたいですね。
おもしろいな。
なんか今二つのこと思ったんですよ。
一つあるのは、
そもそも人っていうのは価値観、
人ごとにある。
人一人一人に違う価値観があって、
親子だろうが、家族だろうが、夫婦だろうがね、
やっぱそれぞれ違う価値観がある。
普段揺れないのは、
いちいち揺らさないくらいまでは同調できてるからっていうのがあると思うんですよ。
多分妻子さんと妻子さんの旦那さんも、
だいぶ違う価値観を持っている。
っていうかみんな違うものを持っている。
けれど、いちいちぶつかり合わないで、
揺らぎ合わさなくても済むようなコミュニケーションを確立してるっていうことだけだと思うんですよね。
それは価値観が同じっていうことでは必ずしもないっていうのが一個思ったこと。
で、一方で年末年始っていうのは久しぶりに顔を合わせる人たち。
で、近しい間柄。
年末に会おうぜって大人になっても会おうぜって言うくらいには近しい間柄の、
違う価値観を持った人同士が集まる場なので、
そりゃ揺れますわなっていうのが、
学校と友人関係の変化
思ったのが2つだったろう。
なんか思ったのは、
私たちって大体の人が学校に行ってるじゃないですか。
学校に行ってる時ってさ、
強制的に同じクラスになったりとか、
なんとなくその時の興味関心が似てて、
同じ学部になったとか同じ授業を取ってた人。
で、同じ教室の中で、
同じ横並びになって、
だから友達になれるよねみたいな。
一緒にいる時間が長いし、
友達になれるよねって思って、
友達になり始めた人たちが多いじゃないですか。
学生時代の友人って。
その時ってみんな同類だと思って、
友達になるけど、
もう社会に出て10年とかそれ以上経ってくると、
その時とは違う人生を選択したりとか、
価値観を選択していく人っていうのが出てくるから、
それはすごく当たり前のこと。
だから、また久しぶりに会った時に、
あの大学時代のあの空気感っていうのは、
もしかしたらあるかもしれないけど、
自分に秘めているそれぞれの価値観とか思いっていうのは、
変わっててしかあるべきだし、
そこに対して、
ジャッジしたりとか、
自分自身をジャッジしたりとかってことも、
必要ないよなっていうのをね、
思ったりしましたね。
価値観の多様性と受容
そうですね。
かつさ、
かつなんか30過ぎると、
あれですけど、社会に出てから10年以上経って、
その社会に出てからも価値観変わるじゃないですか。
もちろん。
自分が今まで信じていたもの、
それこそ結婚して子供が生まれてからの価値観と、
それまでの価値観って全然違うし、
だからなんか、
もし子供がいなくて、
日本でバリバリ働いてたらどうなんだろうって、
思う時もゼロじゃない、私も。
だけど、
それっていうのは、
私が今選択してきたことによって、
選択していない選択があるだけだから、
そんなに気にしたくていいのかなって思って、
ちょっと冷静になれましたね。
うん、やっぱ距離を取るのは大事だと思いますし、
さやこさんでもそういうふうに揺れるんだなっていうのはね、
面白い発見だなと。
発見というか、
事例としてね、我々が持って帰れるものかなとは思うんですけど、
価値観っていうところについては思うところがあって、
古い価値観って言葉あるじゃないですか、
一世代上の価値観とか、
昭和の価値観とか、
2010年以前の労働の価値観とかね、
古い新しいがあるってことは、
価値観っていうのは、
可変なものなんだっていうことを、
かなり内包してると思うんですよ、
言葉の中に。
だし、そもそも価値って言葉は、
相対的なものじゃないですか。
そうですよね、バリューその文字。
バリューっていうのが比較軸があって、
どういう軸で比較するかによって変わるものなので、
価値観っていう言葉って、
いつの日からか、
すごく大事なものとして、
すごく重宝がられているものではあるけれども、
そもそも時と場合によって変わり得るものであり、
揺るがない価値観みたいなものっていうのは、
語義矛盾を起こしてるんじゃないかっていうのを、
最近思っていて。
確かにね。
価値観っていうより揺るがない信念なのかな。
そうね、信念。
信念ってなるとまた価値観と違う言葉だと思うし、
ちょっと違う。
違う扱い。
beliefかな、英語で言うと。
beliefみたいなものは、
世界はこうあるべきだと信じることとか、
そういう意味合いになってくると思うんですけれども、
価値観の衝突とか、
揺らぎとか、
塗り替わるみたいなものに対して、
寛容な心を持ってもいいのかもしれないって思うし、
それぐらい、
動いても揺れても大丈夫っていうものだけ、
スマホをスクロールしなさいみたいな。
そうね。
この中で一度も罪を犯したことのないものだけが、
石を投げなさいみたいなね。
怖い怖い。
怖いよ。
話だと思うんですよね。
確かにね。
でも本当に、
シンガポールは年末年始ほぼないんですよ。
旧正月を祝うから、
ほぼ通常営業って感じで、
やっぱり日本のお正月、
去年はシンガポールにいたので、
通常営業で、
今年日本に帰って、
日本のお正月を感じて、
やっぱり日本のお正月っていいなって思ったのと、
同時に、やっぱりそれだけ昔のこととか、
あとは家族とかと近くなる期間だから、
いつもとは違うから、
心が、
昔の価値観に触れたとか、
他の人の価値観に触れて揺れるってことももちろんそうだし、
あとは単純に疲れたりとか、
いつもと違う、
生活してから単純に疲れたりとか、
なんかもういいかなって思っても、
それは人間の当たり前の反応なので、
あんまり深く考えずに、
普通に生きることを、
今日からまた始めたらいいんだろうなって思ったりしました。
そうっすね。
このエピソードは、
成人の日の次の火曜日朝配信なので、
これ聞いてる人は、
もうしばらく連休ないんだみたいな気持ちでね、
慣れてたタイミングかなって思うんですけど、
それはなえるわと。
休みじゃないからね。
休みじゃないから。
いつもと違う環境に置かれると、
いつもと違う感覚というか、
違う感情を呼び覚まされたりして、
大変だと思うんですけれども、
一時のことなので、
そういう心の揺らぎとか、
そういったものをね、
抱きしめていきましょうよと。
抱きしめていきましょう。
という感じで、
このエピソードは終わりでいいですか。
お願いします。
はい。
また来週まで踏ん張っていきましょう。
はい。
この番組は、
毎週火曜日朝5時に配信しております。
ぜひ番組をフォローしていただいて、
最新話をお聞き逃しなくお願いします。
そして、
番組へのお便りもお待ちしています。
概要欄にお便りが送れるリンクがありますので、
そこからよろしくお願いします。
お便りお待ちしています。
先週はたくさん、
年末年始にお便りをもらっておりまして、
嬉しかった。
ありがとうございます。お便りいただいた皆さん、
全部読んでいます。
今後のエピソードで取り上げていきますので、
楽しみにお待ちください。
では、西郷さん、いつものお言葉をよろしくお願いします。
ノータブルラジオ。
ノートに綴る一言が、
あなたの未来を輝かせる。
次回もまた新たな発見をお届けします。
お楽しみに。
21:45

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