FM八ヶ岳 デインライフ 暮らしの羅針盤(野々村誠司)の時間です。 今日は、アコースティックデュオの栗・勝&美穂さんをお招きして、お話を伺います。お相手は野々村誠司)です。
まずは、自己紹介をお願いします。
はい、こんにちは。アコースティックデュオ栗の勝&美穂です。 僕の方が勝です。そして隣にいるのが…
はい、隣にいる私は美穂と申します。
僕たちはですね、北都市須玉町の方に住んでまして、そこで小さな畑をやりながら音楽をやったり、アートをやったり、いろんなイベントを開いたりということで、一言で言うと農的な暮らしをしながら音楽やアートをやっていきたいという、そういうずっと自分たちがやってきた思いを八ヶ岳で実現させて、今やっています。
ほとんど私たちカップルなんですけれど、24時間同じようなことをやっています。
私だけの独立してやっていることは、ティンホイスルというアイルランドの楽器を演奏するんですね。
それでいろんなところで演奏するのもそうなんですが、お教室はオンライン教室開いております。
あとは、クラフトの方でアートテゴネ石鹸という、自分たちの森で摘んだ薬草だったり、世界いろんなところに訪ねてピックアップする薬草だったりを使った石鹸を作って展示会を開かせていただいたり、いろいろしています。
アルマセラピストだったり、ベトナムのカオツボハン社の施術者だったり、いろいろな顔があります。
お二人の出会いとか、ユニットを組んだきっかけなどあればお話していただけますか。
30年くらい前に出会っているんです。
出会っても間もなく2回目に会ったくらいで、ミホちゃんがティンホイスルを持っていたんですね。
僕はギターを持っていたので、いきなりセッションしたんですよ。
そしたら曲ができちゃったんですね。これいけるなと思って、そこから2人でやろうと決めたのが約今から29年前くらいかな。
出会っていきなり音が生まれたという、そういう逆に出会いは音楽を作ることだったみたいな感じですかね。
でも出会った後にね、比較的すぐアイルランドに飛んじゃったんですよね。
私はカッチャンと呼んでいるんですけど、カッチャンがその後3ヶ月後くらいに追いかけてきて、そこからストリートミュージシャンになりながら、
ダブリンの街角で、そういう映画が実際本当にあるんですけど、ダブリンの街角でストリートミュージシャンとして向こうで歪みを稼ぐ。
そこから栗が始まった感じですね。アイルランドから。
最初にユニットとして音を出したのはアイルランドだったんですね。
当時アイルランドに、みほちゃん半年、僕3ヶ月いたんで、その間すごい向こうの民族楽器とか民族音楽にすごい影響をされまして、
そういうインスピレーションがかなり、特に最初の頃は強い感じですかね。
そこの楽曲をかなり栗野は活かしているというか。
そうですね。アイリッシュミュージックといってすごい有名な民族音楽なんですけど、
僕らは直接カバーした曲も後で聴いていただくんですが、書けるんですけど、
そこから直接それをもう一回復元して伝統曲をやるというよりかは、
伝統曲から得たインスピレーションをもらって、作るのは自分のオリジナルの音楽を作りたいという方が大事なんで、そっちをやってますね。
なのでいろんな世界中の楽器を使うんですけど、主にアイルランドの楽器なんですよ。
アイルランドの楽器を使うと、大体皆さんアイリッシュねっておっしゃるのね。
でも実際聴いていただいて、もちろんアイリッシュっぽいんですけど、
すごくアジアの、私たちいろいろ海外も演奏するんですけど、アジアだと本当にアジア的だねって言われたりするし、
無国籍、多国籍、もしくは栗流という感じです。
アイルランドの楽器が多いだけで、またちょっと独独なんだよね。
そうですね。よくどのジャンルですかって質問がよく来るんですけども、
ジャズですか、ロックですか、フォークですかって言うんですけど、
僕らは平たく言えば、たぶんワールドミュージックっていうカテゴライズになると思うんですけども、
まず栗の音楽っていう独自の世界ということのほうが大事かなと思ってるんですね。
どこにも属さない。
当てはめられない。
アジア、ヨーロッパの影響も受けながら、日本での暮らしの中から生まれた独自の音楽っていうふうに自分たちは解釈してます。
はい。
じゃあまずは1曲、音楽を聴いていただこうと思いますけど。
うちCD5枚出してるんですけども、4枚目のCDに入っている一番頭の曲で、「黎明」という曲を聴いてください。
今日はアコースティックデュオの栗、勝さん&美穂さんをお招きしてお話を伺っております。
独特の音楽だと思うんですけど、作られるのは2人で共同で?
そうですね。僕らね、実は楽譜とかそういうので残してないんですね、曲は。全部自分たちが覚えてるんですけど。
例えば僕がギターとかウズウキっていうアイルランドの民族楽器でリフレインというかコード循環とかやってると、
それ聴いてそのインスピレーションで美穂ちゃんが笛を重ねてくるとか、
あと美穂ちゃんができたフレーズに僕がギターとかで伴奏するとかっていって、
いろいろですね、それぞれから始まる場合と同時にセッションして作る場合と。
とにかく音、音色から始まります、作曲は。
そして楽譜がないです。なので忘れたら終わりです。
楽譜がない時のCD5枚出してるけど。
1枚もないです。
1枚もないです。
すごいですね。
だからね、しっかり覚えておかないとね。
この先長いのでまだまだ。
お客さんの方からこの曲をリクエストされたらパッと。
そうですね、それは大体できるかなと思って。
その曲作りも暮らしにいろんなところで旅をしたりして、影響を受けてるということですけど、
どんなところを旅されましたかね。
まずだから最初に97年か、1997年に行ったのがアイルランドですよね。
それから帰ってきて、次はどこだったかな。
イギリスかな。
ただイギリスにたどり着く前にマレーシアからずっとユーラシア大陸を楽器をいっぱい持って。
リクロで4ヶ月間ずっと横断しながら旅をしたことがあるんですね。
その途中でトルコによりブルガリアによりルーマニアによりハンガリーによりオーストリアによりイギリスによりアイルランドまで行ったんですけど、
イギリスではグリーンギャザリングという大きいフェスティバルがあってそこに参加することができたのでそれを目指して一応行ったんですけども、
何の目的かというと、やっぱりユーラシア大陸東から西の端まで歩くことによって文化とか音楽とか食文化とかどういうふうに変わっていくのかなというのを自分の体で感じてみたいというのがあったんですね。
それで感じたことがこのCDの中の楽曲にも入っているので、やっぱり僕らはそういう体を動かして旅するとか、
あと家にいるときは家で農的な暮らしをしているものですから、そういうところから例えば土をいじっていると土の感触から曲が生まれたりとか、そんな感じですかね。
4ヶ月の旅の間でいくつぐらいのときに?
その旅は2000年ですね。
他にも旅はすごいたくさんしているので、こうやってヨーロッパの話をすると、またみんながヨーロッパの方で、やっぱりアイルランドとかイギリスっぽいねって言われるんですけど、
私たちは同じくらいアジアにもものすごくディープに関わっていて、最初のきっかけはフィリピンの山岳少数民族とのコラボレーションからだったんだけど、そこからフィリピンにものすごくディープに関わらせていただいて、
山岳民族だからまた違うんですよね、マニラの方の音楽とかと全然。今は違うか、でもちょっと前まではフンドシ文化だったっていう、あと昔だったらクビカリ族だったとか、そういうミュージシャンと一緒に向こうも回ったりこっちもツアーしたりしたこともあって、
アジアいろいろ行くんですけど、最近はインドネシアにすごく縁があって、音楽の影響があったりね。フレーズもなんかアジアっぽくなっちゃったりね。
そして私たちはもちろん日本人なので、コピーっていう感じはないんですよね。なんか日本人っぽくなって、結局すごく日本の感じとアジアが混ざっちゃうみたいな感じもあるんですけど、なので旅がすごく自分たちを活性化させてもらう、そんな感じですね。だからまた旅に出ちゃう、そんな感じ。
じゃあ年に何回かは海外に行かれている感じですか?
去年は台湾だけかな。
海外はね。
その前はインドネシア。
その前はインドネシアの世界遺産のフェスティバルに呼んでいただいて演奏したり。
記念イベントね、世界遺産の記念イベント。
あとインドネシアはその前にね、2,3回呼んでもらったりして、向こうの民族楽団とセッションしたり、そういうこともしてます。
どこに行っても音楽は通じ合うことができる?
それなんですよ、結局。音楽と言葉とか文化とか細かい違いを越えて一つになれる、僕は思うんですけど、唯一の道具かなと思っているぐらい自分の中で確信があるんですね。
例えばイギリスに行ってホスピスとかで演奏したりした時にも、
そのホスピスは子どもたち大体10代の後半ぐらいまでしか生き延びられないみたいな人たちを育てている施設なんですけど、
そこに行った時も彼らが本当に手を震わせながら聴いてくれたり、そういう思いをすると、
言葉じゃないなっていう音楽が走ってる波動だとかそういうものが人の心に響いて何かが生まれるんだなっていうのを体感するんですね、そういう檻に触れてね。
アジア人同士で米を食べてる文化だったりするのかもしれないけど、結構あうんで通じ合えるものがあるんですよね。
ここが私たちの感激どころなんだけど、西洋だと色詰め込み系、音楽もそうじゃないですか、どんどん詰め込んで詰め込んで演奏するから、
私たちが作ったり言ったりした曲にパーカッションが好きならば入り込むんですよ。
イメージできるでしょ、好きならば好きならば。
でもアジアの人とやると、これお米ってね、かっちゃんも言ったけど、お米文化の共通点かもしれないんだけど、
ねっとり、田んぼで稲を植えたときに、泥から長靴とか地下タビでスポンって抜けるときに持たれるじゃない、そのリズムなんですよ。
だからピッタリなもの、この微妙な揺れとか、あと隙間、曲の中の隙間とか、会話もそうだし、黙ってても平気な文化っていうのかな。
西洋だと黙ってたらほら、何も考えてないねあなたみたいになっちゃうんだけど、なんかシーンとしてにこにこお互いに喋らないでも語り合えるみたいな。
だから日本の民謡なんかも結構多くは田植えとかそういうところから生まれてるような僕は気がするんですけども、
彼らの文化の中にもそういうような要素がやっぱり感じられて、その辺で何か合うんでできるんじゃないかなって思ってます。
日々の生活の中にもそういうのを取り入れながら生活をされてる感じになってくるんですかね、そういうような文化。
彼らの文化、僕らの。
結構ミックスしてる。実は今この収録もね、台湾人の子がお留守番しててくれて、
だいたい友達の友達、もしくは友達の友達の妹とか、みんな家に送り込んでくるんですよ。
今までもポーランドだったりイギリスだったりフランスだったりアメリカだったりいろんな国の。
彼らが言うには、ここどこの国?って言うんですよね。うちに来て。
結局自分たちが音楽もそうだし、どの文化もリスペクトしてて、どの文化も取り入れて、どの国の食事も自分流に。
ここがポイントなんですけど、自分流に自分たち流にアレンジしたいって気持ちがすごくあるんですよ。興味があるってことね。
なのでご飯、昨日も一緒に食べててもそういう感じで思ってくれるし、部屋もそうだね、決まってないよね。
ここに少数民族の布があって、ここにイギリスのヴィンテージがあり、ここに何とかがありみたいな。
それ音楽に通じてる感じですかね。
今の質問に戻ると、結局うちらも普段は、実は家自分で建てたんですけど、まだこの話はゆっくり後でしようかなと思うんですけど、
そこで僕が思ったのは、やっぱり僕らっていうのは間違いなく自然の一部じゃないですか。
いろんな草とか木とか動物とか、いろんな風とか、そういうのの循環の僕は一部だと思ってて、そういうことを感じてると、何やってもつながり合える自分がいるんですね。
一番僕らが大事にしてるのは、日本は特に四季の季節感がすごくはっきりしてますよね。
八ヶ岳は特に冬寒かったり、春が今すごい最高にあったかくてきれいだったりね。
そんな中で、そういう循環する暮らしの中で生まれてくるものっていうのがやっぱり音楽とか、あと僕クラフトとかもやってるんですけど、それのインスピレーションの原点になってるなって思います。
じゃあここでもう一曲紹介していただきたいと思いますけど。
さっきから散々音楽の始まりはアイルランドだったんだっていう話なんですけども、実は次の曲はアイルランドの民謡をカバーした曲で、リュウグゥサンポという曲なんですけども、
じゃあこれを聞きながらまたお話をしていったらいいかなと思うんですけどね。
じゃあ栗が音楽を始めるきっかけになったアイルランドの民謡を聞いてください。
タイトルは本当はGive Me Your Handって言うんですよ。
でも私たちはそうは書いていなくてリュウグゥサンポと書いてある。
これはなぜかというと、自分たちのアレンジでちょっと沖縄な感じがするんですよね。
この曲聞いた時に沖縄風にアレンジできないかなと思って、なのでメロディーラインは完全にアイルランドの節なんですけど、
アレンジを途中からね、なんとなくリュウグゥチックに、沖縄チックになっているので、
イメージもタイトルもリュウグゥサンポっていう風に書いたんだよね。
普段今お二人どのような生活というか暮らしをされてます?
普段ですか?
えっとね、こんな暮らし。
普通に何かで衝撃的なことがあって、またさらに成長してこんな暮らしになりましたとか、よくあるじゃないですか。
うちの場合、見た目も暮らし方も考え方もほとんど出会った時と変わらないんですよね。
だから今何十分か喋ったそのままのスタイルで今も暮らしている。
いろんな多国籍なことがミックスして自分流に、そして食事もそんな感じで自分流に、音楽も自分たち流にミックスしてっていう感じで、
しかも今お伝えした山の中でっていう感じで、何ひとつ変わらずに同じ静かな暮らしっていうんですかね。
うちね、水道が普通の公共の水道ではなくて山から水を引いたんですね。
だから家を作り始めるきっかけは山から水が引けたということなんですね。
それも経験ある友人に来てもらって、水引けるよって言って黒パイプを300mぐらい山の湧いてる水のとこから引いてきて初めて。
で、しばらく見ててこれ大丈夫だなと思ったんで家を建てることにしたんですね。
だからそのまず水があって、土があって森があって、毎朝僕日の出とともに起きてその時に太陽浴びるんですけども、
そういう土とか森とか水とかそういうのと一体になった日々を暮らしてるんですけども、
あんまりこれを目的にしようとかこうなんかしたいってことはそんなに大きくはなくて、
もちろん夢を実現させながら暮らしてるっていうのはあるんですけども、
一番大事にしてるのは今をどう生きるか今日をどう生きるかっていう、
要するに今にいるように僕は心がけていますね。
普段の暮らしで。
家を自分で作られたっていう話が今トロッと出ましたけども、
その辺の話も少ししていただければ。
いいですか。これだけ喋っても1時間ぐらいかかっちゃうんだけど、
2分ぐらいにしますね。
いろんな経緯があって今住んでるところに出会ったのが2000年ぐらいなんですね。
しばらく考えていたらそこをなんと好きに使ってもいいという素敵な親さんのお言葉を受けてですね、
2004年からいろいろ農地転用とかいろいろね、家建てる時に必要だったんですけども、
そういうのも周りとか全部いろいろ助けてくれて、2004年から作り始めました。
音楽もそうなんですけど、家も設計図なしで作ってるんですね。
家作りの自分なりのコンセプトはあるものを生かす、
それは自然の素材だけではなくて今まで使われてたものとかを生かして作れたらいいなっていうのと、
なるべく身近で手に入る材料で作れたらいいなっていうのがあって、
最初にやったのはですね、みほちゃんの家族が長年住んでた静岡県の清水にある古い2階建ての小民家をですね。
住んでたのも救急おもやね。
おもやじゃなくてそのまた前のおもや。ボロボロの小屋、小屋的なもの。
それを解体して今のところまで移築するっていうところから家作りを始めたんですね。
しかもど素人たちがね、私たちが。
だから家作る前に家を壊しに行ってですね、その材料をもう一回復元して、
それを建てて、それを見ながらこの後どうしようかなって作り始めたのが今の家です。
結構ね、北斗というか八ヶ岳というかね、自分で家を作られている人がいるんですけど、
難しいところはいつも相談されたりします。
ですよね。
なかなか面白いと思うんですけどね。
面白くてしょうがなくてですね、そんな大変なことをやって3年ぐらいかけて家作ったんですけども、
大変だと思ったことはほとんどなくて、もう次に何やろうか、何やろうかって言って、
大体働き終わって温泉とか行ってね、振り返るんですけども、
もう明日何やろうかなってね、お風呂の中で思っちゃうぐらい、
その時はもうなんか面白くてしょうがなかったですね、作るのが。
あと知らないっていうのが良かったんだよね。
無知なもんですから。
無知は宝かも。
今だったらね、クレーンとか使うんだろうけど、何も使わないで、
人の力だけで、2人だけで、ロープ使ってね、張り材を上げたりして、
本当に人力で作りました。
最初の頃はお2人で?
すみません、みほちゃんじゃなくて、もう1人強力な助っ人がいたんです、その時。
私はね、1年間だけ、これまた話が変わっちゃうんですけど、
1年間だけ、かっちゃんともう1人のお友達の大工さんが、
大工さんの賄い担当。
その2年、3年かかったでしょ。
次の1年は、実はかっちゃんと別々に、私は音楽の旅に1年ちょっと離れてイギリスに飛んじゃうんですよ。
イギリスで生活しながら、向こうで音楽活動して、
バンドのメンバーになって人脈作りを始めるので、
2手に分かれる。
うちの日本でのベース作り、海外の音楽としての人脈作りが私の派遣舞台というのかな。
それが1年、その後あるんだよね。
だからかっちゃんはその後は、大工の友達からも離れて、
今度は違う友達が常にだいたいもう1人ぐらい、ボランティアの人とか。
大きいうちだったんで、1人でやった時もあるけど、だいたい2人か3人ぐらい。
その都度、いろんな協力してくれる人と一緒にやりました。
今日は、アコースティック・ディオ・クリノ・カツ&ミホさんをお招きしてお話を伺っております。
その2人が暮らしている場所を使ったイベントを今度やるそうですけど、
どんなイベントになってくるんですかね。
そのイベントの話はこれからさせていただけるので嬉しいんですけど、
5月30日、31日に私たちの家でイベントがあります。
フォレスト・ギャザリングという名前なんですけど、このコンセプトが重要。
旅をするように暮らしを作り出している人たちが音を奏で、知恵を交換するつどい2日間。
ということで、自分たちが本当にこの暮らしの中からいろいろなことを作り出しているように、
八ヶ岳、それから私たちの仲間、これは全国に散らばっている仲間たちが
同じような気持ちで暮らしている人たちがとても多いんですね。
なので、その人たち、それはメインとしてスピーカーズ、こちらからステージでしゃべる側のスピーカーズとしてお呼びしたり、
あとはマルシェをその時に私たちの家の庭で繰り広げられるんですが、
7なんと50店舗ぐらいの賛同者が現れて、それの中にもちろん八ヶ岳からもいろんな素敵なお店が出展するんですが、
実際は北海道から沖縄までいろんな方たちが出展とか演奏とかをさせてくださるんですけどね。
そのイベントと、あと一番のメインは5月30日の夕方から私たち含む、
アマナ、北合木村から、そしてケイゴ、インナ、田中、小淵沢から、
そしてクリ、カツアンドミホはスタマ町から、そしてシンゴ、リンキは北海道から、
このミュージシャンたちが融合しながら、普段は独自の音楽を作り出しているんですが、
それぞれの独自の音楽だけではなくて、今回のコンセプトは私たちミュージシャンたちも融合しようということで、
それぞれの音楽に私たちが作った音楽をもっとミックスさせてやる。
そんなメインイベントが5月30日の夕方から行われます。
なので30日はマルシェ、これは入場無料。
それから夕方5時からは、こちらは音楽会の参加費が3,500円かかるんですが、
今時はあまり焚き火が焚けるところがないかもしれないんですが、
小さな焚き火を焚きながら、本格的な照明で360度何もない森の中で行われます。
それから31日は、今度は音楽の演奏というのは直接ないんですが、
勇士たちによるパフォーマンス、私が教えているティーンホイスルの生徒さんたちの演奏、
ケルトの風っていうんですけど、演奏をやったり、それから東京の方からいらっしゃる絵本チーム、
それから次はプロの方なんですけど、古谷和子さんというストーリーテイラーと野中勝美さんという
ネイティブインディアフルートの素晴らしい方たちがその時に演奏してくださることになりつつ、
私たちがとてもリスペクトさせていただいている白州在住の渡辺明彦さん、
たぶんどんどんご存知な、みんなが本当に憧れちゃう渡辺明彦さん、
本もたくさん書いていらっしゃる方の自給自足的暮らし、
夢見る百姓というのが今回の彼のキーワードなんですけど、彼をお呼びして、
それから阿波踊りムスヒ、こちらは静岡の天竜からいらっしゃる元プロボクサーの男性がね、
いろんな経緯で今は阿波踊り、日本人のDNAを呼び起こす踊りが阿波踊りなんですって、
すごい面白い話なんですけど、そんなお話を阿波踊りを通して伝え、
それからみんなで阿波踊りはその時あると思うんですけど、
それから沖縄からは大塚寛進さんという日本刀の修復師、刀職人の方が居合の演舞を披露してくださったり、
これまた日本人としてのいろいろな刀にまつわる話かな、
すごい奥が深いので彼はいろんな私たちと通じる、多分日本人としての話をしてくださる、
それから群馬からは星野康二、星野純さんをお呼びして浄土家の、
彼もいろんなことをやっていらっしゃる、ゲストハウスもやっていらっしゃる方なんだけど、
康二についてかな、多分ね、いろいろ奥が深いので他の話も出るかもしれないんですけど、
それからあとは、ひびきかんなさん、こちらの方はステージの時にかっちゃんが有菌ということをひくんですけど、
その開発、製作者でもありながら、タイマン、タイマンの栽培をしております。
そのタイマンはマヨネーズとかそういうのに使う朝油のための種を作っていたりするんですけど、油を作ったりするんですけど、
タイマンの研究者、それから栽培者のひびきかんなさんは群馬の尾西かな、尾西、尾西と書く群馬の尾西から来てくださいます。
その方はタイマンの栽培の話も興味あるんですけど、とにかくものすごい、多分ここの辺の、
八ヶ岳に住んでいらっしゃる田舎暮らしの人は全員必修でいらっしゃった方がいいぐらい、
もう本当に山暮らしの先駆けの方、自分でブルトーザで道も何億円もする、
多分国が直したら何億円もするだろうという道を自分で直しちゃったりとか、本当に何もない山の中で暮らしている素晴らしい方で、
そんな方たちが31日はスピーカーズとして登場しながら、同じく表現のマルシェといって30日でおなじみの方々が50店舗ぐらい、引き続き2日目も出店します。
そんな感じですかね。
そのイベントを知らない人が検索しようと思ったらどうすれば出てきますかね。
じゃあね、一番簡単なので、今こっちで言える簡単なのは、インスタグラムだったら全部英語でスタジオクリ、スタジオね、英語でスタジオ。
クリはk-u-r-i、食べるクリね。スタジオクリ全部続けて、そしてアンダーバーショップ。
スタジオクリアンダーバーショップっていうのが私の石鹸だけのサイトなんですが、
そこにも旅する森の集いというギャザリングの案内が出ているので、そこからどんどんリンクで飛んでいただくと分かります。
あと北都市中に一応フライヤーをいろんなお店に置かせていただいているので、そのフライヤーを手にしていただけたら、
イベント詳細がブログとか他のインスタでも見れるようになっていますが、
今のところは一番覚えやすいのはスタジオクリアンダーバーショップでまずは検索していただけたら、どんどんリンクでつながっていけると思います。
あとおそらくこの旅する森の集いというのを入れてもらうと、多分フェイスブックページとかが出てくると思います。
そうだね、フェイスブックも。
僕は自分でもそれを入れてみたりする時があるんですけど。
一応フェイスブックのイベントページ立ち上げているんですよ。
なのでイベントで探したらいいのかな、旅する森の集い。
旅する森の集い北都市とか入れたらフェイスブックの方のイベントページも出るかもしれないかな。
じゃあここでもう一曲紹介していただきたいと思います。