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FM八ヶ岳 デインライフ 暮らしの羅針盤の時間です。 今日は、穂坂範雄竹野造形美術館代表の穂坂光輝さんをお招きしてお話を伺います。
お相手は野々村誠司です。穂坂さん、よろしくお願いします。 よろしくお願いします。まずは自己紹介をお願いします。
はい、そうですね。私はいろんなことをやっているんですけれども、 まずご紹介いただいた穂坂範雄竹野造形美術館という代表をやっていたり、
あと交付の方で、和のセレクトショップギャラリー 日本の匠とい穂坂というお店、昔はライブ工房穂坂という名前だったんですけど、そちらの店主をやっていたり、
あとは講演会活動を全国でやっていたりですね、 それから本物寺小屋という寺小屋の共同代表をやっていたり、
あと買いまみっていうフリーペーパーの発行に携わったりですね、 いろんな活動をしております。
竹野美術館というところがまずはどんなところなのか、ちょっと皆さんにお話ししていただければと思いますけど。
穂坂範雄竹野造形美術館は泉ライン沿いにありまして、 福都市の大泉町にあるんですけれども、
私の亡くなった父親、穂坂範雄が竹野造形作家だったんですね。 その地の作品を飾る美術館と、
手前側はショップになっていまして、 そのショップの方に交付の日本の匠と美穂坂の品物を持ってきてですね、
営業しています。そこは5月から9月の間、期間限定というような形で毎年オープンしていまして、
その間は交付の店が閉まっているという状態になります。 10月からは今度交付の店がオープンして、4月までやれるんですけれども、
その間は竹野美術館が閉まっているというような、 季節で場所を変えてやるような形のところなんですけれども、
美術館は最近、ここもう何年かは完全予約制になってまして、 私が父の作品の解説ツアーと、あと父の生前の映像を見ていただいて、
その後工芸品の方のツアーというのを、初回の方にはセットでやらさせていただいていて、 そんな形で、交付の店は予約制じゃないんですけど、
やつら竹の方はそういった形で運営させていただいています。
竹といっても竹氷ですよね。 竹氷でいろいろ編んで、
一度見たことあるんですけどね、照明をつけると蝶が飛んでいるようなものとか、いろいろありましたけど、その辺もお話しいただけたらと思います。
たぶん野々室さんにご覧いただいたときは、イベントの時だったんですかね。
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今みたいな解説ツアーには参加していただいていないと思うんですけど、 やっぱり僕がいろいろ試行錯誤をやってきて、
父のやったことってすごく特殊なので、なかなかただ見ていただいただけだと、 わかっていただけない部分がすごく多いというのを感じてまして、
今のようなスタイル、解説ツアーというスタイルにしているんですけど、そうするとお客さんもね、
やっぱりこれ解説がないとわかりませんねって言って帰るという、そういうことになっているんですけど、
いろんな作品があるんですけど、 結局でも父のやったことって、誰もやったことがないことをやっているので、
逆に言うとラジオで映像がないと結構難しい部分もあるんですけど、
やっぱり一般的な竹細工とか、竹のクラフトとか、竹の工芸をやっている方がいっぱいいるんですよね。
それが基礎になっているんですけど、その技術が基礎になっていて、
それを芸術、アートに消化させたというには言われているんですけど、
アートの方に持っていったというのが、応用発展の作品を、誰も作ったことがないような作品をたくさん作ったということなんですね。
さっきおっしゃったように、蝶がたくさん360度出るようなランプとかですね、
かなり奇跡的な作品がいろいろありまして、
網目は蝶々になっていないのに影が蝶々になるというね、本当に皆さん、実物を見るとかなりびっくりされるんですけど、
そういう奇跡的な作品をいろいろ残したということですね。
お父さんが生きていた頃に、その芸術、頭の中で想像しながら作っているんですよね、あれはたぶんね、作品はね。
そうですね。父はもともと工業デザイナーだったので、立体のものを作るというのはもともと、立体のデザインをするということ自体はもともと専門、プロとしてずっと長年やっていたんですよね。
だけどそれは、自分で作るということは昔はしていなかったんですけど、この竹という素材で、自分でその、さっきおっしゃったその秘宝を作るところから、竹を半分に割るところから全部手作業で自分でやって、こういった芸術作品にするということなので、
一般的にはそのデザイナーさん、職人さん、アーティストというのはね、別々の、一人一役というか感じだと思うんですけど、
父の場合はその三つを一人でやっちゃったということなので、そこも非常に特殊なのかなというふうに思います。
生前は海外にも作品を持って行かれたりしていたことがあるんですよね。
そうですね。フィンランドなんかでは二度招かれて個展をしたりしてますし、やっぱりフィンランドに行ったときに、向こうで見てきたものをまた作品にしたりとかですね、そういったこともありましたね。
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日本の芸術界の評価というのは、あるのかないのか?
だから結局、本当に特殊で、さっきも話した通りなんですけど、竹でアートをやっている人自体がほとんどいなかったということなんですよね。
地が美大に行ったときに美大で竹の授業がなかったんです。
それはやっぱり工芸、クラフト、竹細工をやっている人がいるけど、アートをやっている人がいなかったということで、授業がなかったんですけど。
でも逆に父がそこに目をつけたというか、竹でアートって誰もやってないなと。
で、父は子供の頃、竹でよくいろいろいじって遊んでたみたいなんで、近所に竹山があってね、そういうとこから竹を切ってきていろいろ作って遊んでたらしいんですよね。
だから、そういった竹をアートにできたら面白いんじゃないかなというのは、大学時代から思ってたらしいんですけど、そこにいきなりはできなくて、最初は会社に就職して立体の工業デザイナーとして働いていて、そこを辞めて山梨に帰ってきてから本格的に始めたという流れですね。
大阪さんは父が作品を作っているところとか見たことはありますか?
見たことはありますけど、そんなにゆっくりまじまじとっていうのはないです。
じゃあ子供ながらにどんな感想を持っていますか?
だから子供の時はよく分かってなかったですよね、やっぱりね。
今になると本当にすごいことだなと思うんですけど、とにかくさっきもお話しした通り、ひごを自分で作るところからやらなきゃいけなくて、そのひごを作る方が編むよりも時間がかかるんですね。
要は一本のひごにどこまで手をかけるかということなんですけど、そこをやっぱり本当にすごく手前をかけてひごを一本一本作るので、
だから気が遠くなるような、他の絵画とかだと絵の具とキャンバスと筆を買ってくれば小学生でもすぐに描けるじゃないですか。
普通の材料屋さんがいて材料を買ってくればすぐに作れるということなんですけど、竹はそうではないし、もちろんひごを作る場合でもどこまで時間と手をかけるかというところによってひごの質がもう全然違ってくるので、
やっぱり緻密なものを作ろうと思えば、本当にのぎすで0コマ何ミリまで揃えてとかっていう世界になってくるので、本当にそこはもう気が遠くなるような仕事だなというのは思いますね。
不審があるからね、竹はやっぱり。パーって全部いっぺんにできないというところがありますね。
その美術館を見るには何分ぐらい時間が必要になっていますか。
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今は開設ツアーは全部では、全部トータルだと2時間半です。地の作品のツアーと地の映像と工芸員のツアーセットで。
2度目からは別にツアーに参加しなくてもいいので、見るだけとかお買い物だけとかということもできる。
ただ予約だけはしてくださいという形です。
ここで予約の連絡先などあれば。
私の携帯あるいはホームページの方からも予約できるんですけれども、
電話番号言っていいですか。070-5013-1934に、原則は2日前までにご予約いただいてという形になります。
ツアーの準備とかもあるので、そういった形にさせていただいています。
じゃあここで一曲紹介していただこうと思いますけど。
そうですね、私が昔若気ぬいたりで作ったCDの中から一曲聴いていただければと思いますが、
無限というグループをやってたんですけど、心のままにという歌をお願いします。
光と影の中で
僕らは生まれ育ち
時にはもうダメだと思った時もある
悩み傷つき立ち上がれない
俺はどこへ行く
懐かしく思う
なんて子供だったのだろう
苦しい時があり
今の俺がいる
すべての時をありがとう
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自分自身を探し続ける
もう立ち止まりはしない
迷わず一度しかない
人生だから
心のままに生きるよ
俺が選んだ道を
迷わず真っ直ぐ行くよ
一度しかない
人生だから
心のままに生きるよ
今日は穂坂のりお、タゲノ造形美術館代表の穂坂幸喜さんにお話を伺っております。
今年ですかね、
文学館を作られたということで、それは今どんな感じでなっていますか?
これはですね、私の祖父が穂坂孝人と申しまして、
単家の家人だったんですね。
竹の美術館の脇に父のアトリエがあったんです。別棟で。
そこは父が亡くなってから全く使ってない状態だったんですね。物置状態みたいな感じで。
使わないともったいないし、建物を傷んでしまうということだったので、
実は父が生前、祖父の文学館を作りたいとずっと言ってたんです。
どうせ使ってないので、そこをちょっと改装して文学館にしようということで、
祖父の文学館にしたんです。
祖父は学校の先生をしていたので、北斗市の学校でも先生をしたこともあったりして、
実は白州小学校の校歌の歌詞は祖父が書いています。
今も白州小学校の校庭に行っていただいて、
籍碑があるので校庭で籍碑を見ていただくと、作詞は穂坂孝人と書いてあります。
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2015年には田原町さんが司会で、祖父のことをテーマに、
短歌の全国大会というか座談会みたいなのもやっていただいたりしてまして、
元の甲府市の市立図書館の館長さんは、
本当は孝人先生は、県立文学館に穂坂孝人コーナーを設けてもらわないとおかしいみたいな話までしてくださっていたんですね。
だけどそうなっていないので、じゃあ自分で作るしかないからという感じで、
その父のアトリエを改装して、祖父の文学館にしたということですね。
初めてその話を伺いましたけど、
何年くらい、どのくらいの…
祖父は明治41年生まれて、教員になる前の10代から亡くなる94歳まで、80年間くらい短歌を作っていたんですね。
生前も歌集を何冊か出していたんですけど、亡くなった後に全歌集というのを出していまして、
それが当時の新聞記事、今ここに持ってきているんですけど、
田原町さんが司会でやってくださったということで、
祖父も父も山梨出身なんですけどね、
結局山梨の人も祖父のことも父のこともまだまだ知らない方がいっぱいいらっしゃると思うので、
ぜひ地元の方にも知っていただければなというふうに思っています。
祖父は北都市とのつながりということで言うと、
貝コマ畑が大好きで、貝コマの歌をいっぱい読んでいるんですよ。
今文学館にも祖父の作品を塾草とか楽草を準備して飾っているんですけど、6月20日オープンなんで、
貝コマの歌がすごいいっぱいあります。
6月20日は祖父の命日で、美術館も20周年なんで、ちょうど2020というか同じ20の日なんで、
6月20日にコケラ落とし的なことをやろうかなと思っているんですけど、
それはただちょっと、その日はどっちかというと孫とかが集まったりするような感じで、
祖父のようは息子と娘はもうこの世にいないので、
祖父に一番近いのは孫なんですね。
そこでちょっと集まってやって、一般の方向けにはちょっとまた別日でそういった機会を設けようかなと思ったりはしています。
あとは美術館に来ていただいた方は、時間があれば文学館も見ていただいてというのができますので。
ではそちらもホームページなどで?
そうですね、美術館予約の際に例えば文学館も見たいとかいうふうに一言添えていただいたりすれば大丈夫です。
予約が必要という?
そうですね、どちらにしても予約は必要ですね。
その美術館もそうですけど、建物自体もすごい凝ってるじゃないですかね。
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はい、美術館の建物は全部山梨県産の無垢の木を使っていて、
壁紙とかも和紙とか軽相同でできているので、全部自然素材の建物で、
今はもうとても建てられないお金的に、当時だったから建てられたという、
今だともう当時のたぶん3倍とか値段すると思うので、
今だともうとても建てることができないような結構だから、美術館の建物も貴重だなと思っています。
建物を見るだけでも結構見ごたえがあるというかね、と思いますけど。
大工さんがそうおっしゃるので間違いないです。
皆さんにぜひ見に行っていただきたいですけど、そこにお店もあるじゃないですかね。
お店もすごいこだわった商品ばかりをだらけでいらっしゃいますけど。
本当に和のセレクトショップギャラリーということで、ずっと工夫のうで店をやってきているので、
いろんな工芸品とか産地とか素材とかあるんですけど、
やっぱりピン切りでいうピンのものを僕がセレクトしてきているので、
やっぱり一般的なものとはレベルとか次元が違うものが多いので、
皆さん使うと感動したりとかびっくりしたりとか、ということが起きますね、それは。
前回はいつも講演されると、すべてメイドインジャパンですっていうことをおっしゃられていましたけど、まだ続けていらっしゃるんですか?
もちろん、全身メイドインジャパンで今日も着ています。
やっぱりいろんなものを穂坂さんに紹介してもらったこともあるんですけど、靴下とか。
和紙のね。
本当は履くと全然、冬も寒くないし。
そうなんですよね。やっぱりとにかく人って体験しないと分からないんで、その違いが。
僕の講演会とか、さっき言った美術館の工芸品の解説ツアーとかは、五感をフルに使って体験していただくんですね。
味覚、視覚、聴覚、触覚、嗅覚って。
そうするとやっぱり、こんなに違うんだっていうのが踏み落ちるというか。
例えば軽いって聞いても、どれぐらい軽いかって実際分かってないんですよね。
持ったときに初めて、こんな軽いんだってなるんです、皆さん。
なので、解説ツアーでも講演会でも体験していただくっていうことを必ずしていただいてるんですよね。
そうするとやっぱり分かるので、本当の意味で。
講演会ではどんな話をされていらっしゃるのか。
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そうですね。講演会では、僕はもともと国際政治が専門なので、最終的には政治とか社会の話もするんですけど、
最初は日本の伝統工芸とか伝統がいかに素晴らしいかということをお話しますね。
そこがやっぱり日本人に伝えられていない、
日本人なのにその日本の素晴らしさを知らないっていうのがものすごい大きな損失だと思っているので、
それも体験していただきながら感じていただいて、
その後、今のこの世界とか日本の状況ですね、そんな話をして、
最終的にはその状況で私たちがどうしたらいいのかっていう。
どうしたら今の発泡ふさがりとか悪循環の社会から、
高循環発泡施設の社会に転換できるかっていう具体的な方法とか考え方とか、
そういうのをお伝えして、それをみんなでやりましょうという形で13年間、全国各地で続けています。
講演も聞いたことがありますけど、やっぱり本当に何を手にするにもかかるにも、
本当にピン切りで、石を使えるものもあれば、使い捨てのものが今溢れていますけど、
そういう現状を見てどう感じるっていらっしゃいますかね。
だから本当、自分で自分の首を絞めるようなことばっかりやっているっていうのが、
全ジャンルで行われていると思っているので、
やっぱりそこだとなかなか社会が良くなっていかないし、
みんな生活でどんどん大変になる一方だしっていうことなんで、
そこを、ただ気づきがないと人間と行動を変えようとかって思わないので、
そこに気づいていただくための講演でもありますし、
例えば単純な話、今どんどんキャスレス化っていうのは加速されていますけど、
キャスレスして本当にいいのかっていうことですよね。
いろんなデメリットが大きいんですけど、そこは伏せられたままキャスレスキャスレスってなっているので、
実はすごく良くない部分が多いので、そういうところにも気づいていただいて、
なるべく元気に使いましょうとか、そんな形のお話はしています。
売っているものは高価なものだと思うんですけど、
その高価なものほど価値があるっていうお話があれば。
結局何が高くて何が安いかっていうことなんですけど、
安いものを買ったつもりで高くついたとか、
逆に、昔よく安物買いの税入失いって言葉があったんですけど、
今の時代って税入失いで済まないようなケースも多くて、
安物買いの健康失いとか命失いとかっていうケースもあるので、
やっぱりどういうものを選ぶかっていうのはすごく大事かなと思いますし、
僕はよくうちで売っているものをお客様に見ていただくと、
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非常によく言われる言葉があって、
お坂さんこれ一緒物ですよねってよく言われるんですけど、
私にいつもそう言われると、これ一緒物じゃないんですよ、
代々物ですよって言うんですけど、
そうやって代々使える、要はゴミにならないものっていうのはあるんですよね。
だからそういったものを買えば結局全然安いんですよね。
どうしても皆さん買う時の値段だけで高い安いを判断するっていうのが多いと思うんですけど、
それをどれくらいの頻度で買い替えるかとか、
あと例えば電化製品であれば電気代もかかるわけですから、
そういうランニングコストとか、そういった買い替えの費用とか、
そういうことも含めて高い安いを判断しないと、
安いものを買ったつもりがたくさんお金を払う羽目になるっていうケースもすごく多いと思うので、
うちのものはみんな僕はすごく激安だと思って売っているので、
1日1円とか2円で使えるようなものばっかりなんですよね。
そこの考え方も含めて講演会ではお伝えしています。
ありがとうございます。
じゃあここでもう1曲紹介していただこうと思いますけど。
今度は玉木浩二さんのメロディーっていう歌が好きなのでそちらをお願いします。
今日は穂坂のりお竹の造形美術館代表の穂坂幸喜さんを招きしてお話を伺っております。
今ね、日本の宝というかね、職人さんが本当に作るものとかの話を聞いてきましたけど、
なかなかそこを知る機会もなければ選ぶのもお店が限られているじゃないですかね。
そうですね。
穂坂幸喜さんはどうやってそういうものを探していくんですか?
それはもう本当に44年かけて、1年で集めるって言ったら絶対無理ですけど、
長い年数かけていろんな方法で集めてきてはいるんですけどね。
本当にだからありがたい出会いの連続というか、ということですけど。
穂坂さんが見て、これは本当に良いものだとか、これは他に作っている人がいるなとか、
そういう見極めとかはどんな感じなんでしょうか?
そうですね。長年見ていくといろんなことが分かってくるというのもありますけど、
あともう一つ大事にしているのは、極力自分で使ってまず見る。
着てみる。着るものだったら着てみる。履くものだったら履いてみる。
自分で良いと思ったものをご紹介するという。
自分が使ってみてあまり良くないなと思ったものを売るのはできないですから。
自分で使って良かったと思えば本当に自信を持ってお勧めできるので、そこは一つ大事にしていますね。
そういう商品を見て感じることもあるんですよね。
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そうですね。お客さんの反応もやっぱりありますね。
僕も使いますけど、お客さんが購入されて、例えば感動するスプーンとかってあるんですけど、
それをお客さんが買った後に使ってお店にいらして、
この間買ったスプーン感動しましたって言ったので、感動するスプーンという名前になったんですけど、
そういうお客さんからもちろん反響も見ながらというのはありますね。
うちのものはほとんどロングセラーばっかりなので、本当に間違いがないというか、
ずっと売れ続けている商品が本当に多いので、
それは使った方が良いと思わなかったらロングセラーにならないので、
本当にそういった良いものを少しでも皆さんに知っていただいてという風には思っています。
そういうものが日本にはまだまだ溢れているということですね。
そうなんですね。でもそれに結局、僕はいつも言うんですけど、
出会わないと億万長者でも買えませんよって言うんですけど、
うちに来たお客さんの言うことって大体4つに決まっています。
もっと早く来ればよかった、ここで買えばよかった、
こんな良いものあるの知らなかった、欲しいものだらけ、
この4つのセリフを何度聞いたか分からないんですけど、
結局良いものがあっても出会わないと買いようがないので、
やっぱり出会いが大事だなというふうには思います。
足元の宝ということを僕はいつも言っていまして、
日本に良いものがいっぱいあるんですけど、
それは知らされていないんですよね。
例えば霧ダンスとかも、本当に世界に誇る日本の家具なんですけど、
今、若い方も霧ダンスを見たことがないとか、
引き出しがこういうふうになるとか、それも知らないとかですね。
そんな状態なので、それはやっぱりなぜかというと、
子供のとき教わっていないから、だから大人も知らないということになっちゃうんですよね。
僕がやっているのは小中学生向けの寺小屋で、
地元の良さとか日本の良さをちゃんと子供たちに伝えるということと、
大人向けには講演会というのをやっていまして、
日本の足元の宝をみんなが知ってもっと活かすということで、
日本が地域は元気になるというふうに思うんですね。
父の作品なんかも、見た方はこのポスターにもあるんですけど、
神の領域とか人間国風衣装とかって言ってくださるんですけど、
この評価が全然世間に広まっていないんですよね。
父も生前言っていたのが、俺が評価されるのは死んでからだと言っていたので、
私が何とかしなきゃいけないのかなというところなんですけど、
息子は私一人しかいないので、僕がそういった使命とか役割があるのかなと思って、
今も美術館でそういった解説をさせていただいているんですけど、
本当に父のこととか父の作品を山梨の方々が、
山梨にはこういう大阪の領っていうすごいアーティストがいるんだとか、
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すごいこんな奇跡的な作品を作った人がいるんだとかっていうふうに、
自慢してもらえるようになるといいのかなというふうに思います。
寺川の話が少し出ましたけど、どんなことをやられているんですか。
寺川は小中学生対象に、さっきも言ったように日本のこととか地元のことをちゃんと学ぶ場というところでやってまして、
いろんな先生が入れ替わり立ち替わり授業をしてくださっていて、
プロとか専門家が先生になっているということで、
その辺が学校と大きな違いかなと思うんですけど、
週5回、月、火、水、木、土と授業をしてまして、
学校よりも寺川のほうに行きたいという人を対象に基本やっているんですが、
ただ今実際問題、不登校のお子さんも増えているので、もちろんそういう方の受け入れもしてはいるんですけど、
そちらは甲府のほうで、甲府の富竹二丁目っていう、
結城村さんっていうお店の近くあたりなんですけど、
そちらで民家を借りて授業を、小中9年間一貫教育ということでやってます。
今生徒が、ちょっと3月に卒業生が出たりした関係で減っているんです。
今3人になっているんですよ。
3人だと非常に運営が大変で赤字がすごいので、
今生徒の募集を一生懸命やっているようなところですね。
ただ、本当に今その3人のうちの1人が横浜から移住してきて、
わざわざ寺川に入りたいということで入ってくれた生徒がいるんですけど、
その保護者の方なんかは、こんなすごい先生が揃っている学校どこにもないって言って、
月何十万払ってもいいぐらいだって言ってくださっていて、
また寺川の価値がわかっていただければ入りたいという方ももっと増えるのかなと思うんですけど、
いかんせんまだ存在も知られていなければ、なかなか価値も伝わっていないというところがあるのかなと思うんですけど。
それは見学とかも自由に。
見学とか体験もできるので、それももしご希望の方がいたら私の方にご連絡いただければ。
寺小屋で検索すれば出てきますかね。
本物寺小屋で検索すれば出ると思います。
一応今、FacebookページとInstagramとYouTubeチャンネルとブログノートとホームページと5つネットのメディアがあるので、
検索していただくと見ていただけて、それで連動して探していただけると思います。
その寺小屋、本物寺小屋ですか。
子どもたちを育てて、どんな子どもたちになってほしいってあるんですか。
そうですね、やっぱり自分の力で生きていける人を育てたいということでやってますね。
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実際の生活で役立つ学び、どうしてもテスト受験のための勉強になっていくと思うんですけど、
そうじゃなくて生活で役立つ学びとか、自分の力で生きていける人を育てたいということでやってるので、
読み書きその場もするんですけども、やっぱりいろんな学校ではなかなか教われないような日本のこととか地元のこととか、
例えばお料理とか防災のこととかですね、いろんな授業をやってるんですけど、
なるべく地元のところで職場体験したりとか見学に行かせていただいたりとか、
そういう地元のいいところを回ったりして、いろいろ机の上の勉強というよりは見学とか体験とか感じることを大事に運営してます。
子どもたちからの意見とか感想とかは上がってきたりしてますかね。
そうですね。横浜の移住してきたお子さんなんかは本当に親御さんが、そのお子さんは普通の学校に昔は行ってたんですけど、
もう全然違いますって言われてますね。いろんなことが。
学校に出た時は家に帰ってきてからも学校の話なんか全然知ってくれなかったけど、
今はもう今日こんなことがあってどうなのどうなのってすごく言ってくれますとか、表情も全然違うとかって言ってくれていて。
どうしても義務教育の学校だと結構縛られちゃってますからね。
そうですね。寺子屋は校則も制服もテストも通知書もないんです。
でも生徒が進学したいといえばそれに対応することもできるし、少人数なんで。
実際この間もお話したことがあるんですけど、今回初めて卒業生が出て、その子は途中から高校に行きたいって話になったので、
そういった対応もさせていただいて、中学に全然行かずに公立高校に置かれるという、結構階級だと思うんですけど、そういったこともできたので。
その辺は少人数だからこそそういった対応もできるというか、感じだと思います。
本社の方が言っているのは、生徒たちはもう贅沢だと、幸せだと、こんなすごい先生にこんな少人数で教われてっていう話はしてくださっています。
じゃあここでもう一曲紹介していただこうと思います。
今度は私が最初の心のままには二人でやってたときの歌なんですけど、今度は侍のようにという歌で、私がソロになってからの歌になります。
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これは25年くらい前に作った歌なんですけど、20年後のコロナの日本を予言したような歌詞の内容になっています。
20年後のコロナの日本を予言したような歌詞の内容になっています。
20年後のコロナの日本を予言したような歌詞の内容になっています。
20年後のコロナの日本を予言したような歌詞の内容になっています。
20年後のコロナの日本を予言したような歌詞の内容になっています。
嫌になるほどの憂鬱なニュース
不安ばかりが膨らんでいく
それでも君と歩いて行かねば
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休むことなく地球は回る
右に倣わず孤独を恐れず
長いものに巻かれずに侍のように
黒い瞳を引き開いて
公演があるそうなので公演のお知らせをお願いします。
全国で公演会13年ぐらい続けているのですが、ほとんど県外が多いのですが、今回7月13日に県内であります。
月曜日ですが、午後から公演会で、夜ちょっと懇親会になるのですが、
おかめさんというお寿司屋さんが藤川町にあるのですが、そちらで公演をさせていただきます。
店のホームページにも載っていますのでそちらでご覧いただければと思いますが、県内でやる機会はそんなに多くないので、ぜひこの機会に聞いていただければと思います。
いろいろやられているので伝えたいことはいっぱいあると思いますが、最後に一言というか伝えたいことをお願いします。
今日は美術館の紹介メインということで来させていただいていますので、ぜひまだ大阪塗岡竹の造形美術館に来たことがないという方は、
ぜひ一度地元の方に地の作品を見ていただきたいので、本当に奇跡的な作品ですので、結構みなさんびっくりされますので、
ぜひ見に来ていただきたいということと、そのわきに今度文学館もオープンということなので、両方合わせて父や祖父のことを知っていただく機会があればと思います。
今日は大阪塗岡竹の造形美術館代表の大阪幸喜さんをお招きしてお話を伺いました。お相手は野村誠治でした。ありがとうございました。
ありがとうございました。