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2023-11-27 55:23

マッチング不信だった私はイケメンになりたがった【GMV 891】

夜の墓場には何もいない。

サマリー

朝7時22分には、グッドモーニングボイスの新エピソードがリリースされています。また、J松崎さんの新著「先送りゼロ」の予約注文が開始されます予定です。求められていないことをする必要はありませんが、夜の墓場に行っても何も怖くありません。悪いおっぱいを作らなくても済むことは、とても安心感を与えてくれます。マッチング検索とは、恐怖を免罪する万能空想であり、相性を究極的に考える偽りの概念です。マッチングに頼る限り、真の出会いは得られません。マッチング不信だった彼は、イケメンになりたがっていました【GMV 891】エピソードでは、精神分析協会の中での話を通じて、喋っていることが幸せとは思わないという感想が述べられています。

新エピソードリリース
おはようございます、グッドモーニングボイスです。
はい、11月27日、月曜日、朝7時22分ですね。
昨日のぐっときた寒さに比べれば、今日はだいぶマシな感じはします。
今ね、このPodcastを撮るために、私、ワイヤレスのマイク、ヘッドホンセットをつけてるんですが、
これ、バッテリーハイ以外、言われたことがないんですよ、スイッチ入れた瞬間。
今日バッテリーミディアムと言われて、非常にアーって思いました。
久しぶりに、ちゃんと充電できてなかったという。
でも、まずハイなんですよね。だからちょっと今日は短めにしなきゃな、とか思っているんだけれども。
多分、無くなったことがないんで、そんなんじゃ無くならないんじゃないかなって。
多分、半日以上は放置してたと思うんですよね。付けっぱなしにして。
で、やっとミディアムっていうのを生まれて初めて聞いたぐらいなんで。
ほぼ全くどうでもいい話でした。
えーとですね、11月29日であさってですね、いよいよ、
J松崎さんとの、彼にとっては一応、初著作ってやつで。
先送りゼロというタイトルで、技術評論者さんから、
おそらく1600円で予約注文いただけるようになると。
ちょっとね、日付前後する可能性がないわけではないと思うんですよね。
Amazonの申請って時々ということが起こるんで。
でも、もう登録データはバッチリなんで、後は待つばかりといった感じになりました。
よろしければですね、予約注文が殺到すると、
多分、僕はだいぶこう、またいろいろと元気になって、
いろんな活動ができると思うので、
私の活動を興味持ってくださっている方は、予約してやってくれると、
すごいありがたいと思います。
多分なんですけど、今予約注文って圧倒的にAmazonだと思うんですよ。
圧倒的にAmazonが突出してると思うんで、
ここで売れ行きをとりあえず発売前は、
測るより他ないんじゃないかと期待しているんですけどね。
キノクニ屋さんへの注文で決まるんだぜ、みたいなのだったら、
ある意味どうにもならないんで、
多分キノクニ屋さんへの注文とか入らないと思うんで、
事前にはね、どうしようもないわけですけど、
でも、まあAmazonだろうと思います。
Amazonで判断すると信じたい。
そうじゃない理由はほとんどないですからね、今の時代は。
私も書籍のオンライン注文と、電子書籍は言うまでもないですけども、
比較するのも虚しいみたいな、
もっとも僕のはAmazonだから飛ぶように売れてるってわけじゃないんだけど、
他のやつはもうパーセンテージがあるのかっていう、
円グラフで言うと全部これ、その他みたいなやつで、
その他を全部合わせても千一本分ぐらいしかないんじゃないかっていう状態になって、
久しいので、しかも昨日今日始まったことではないんですよね。
この流れに逆らうんだっていう人も、
もちろん出版関係者の方でいらっしゃるんですけど、
この流れに逆らうのは容易ではないというか、
なぜここまで放置してしまったんだって逆らう必要があるならばですね、
思うんですけど、これはいたしかたないと思う。
言ってしまったものは一旦しょうがないですよね。
そんな感じで、これにこうするって言い切れるわけでもないんですけれども、
11月29日予約が注文開始で、
12月30日にくらずのけいぞうさんとやります。
これは本の、この本にも加工つけるという形をとっていつつ、
タスクシュートとグッドバイブスみたいなテーマで、
前回の対談が好評だったんで、これの第2弾と考えていただければと思います。
少し前回ちょっと短かったかなって感じがあったんで、
もう2時間やったんですけどね。
もうちょい長くやれればいいかなというふうに思っております。
12月30日という、すごいもうほんと年乗せギリギリですけれども、
もう翌日だったら大晦日ってやつなんで、どうしようか考えたんですけど、
ここでいいだろうと私は思いましてですね。
当日難しくてもアーカイブ視聴いただけるし、
意外と年末年始ってある意味暇じゃないですか。
僕だけかもしれませんが、暇な人もいらっしゃるんではないかと思いますので、
ここでやってしまおうというふうに考えました。
こちらまたよろしくお願いします。
こんなもんですかね、とりあえずは。
いろいろ周辺ではイベントをいっぱい出るニュースがあって、
ありがたいなと思っているんですけれども、
J松崎さんの新著の予約注文開始
昨日そういう話をしていたんですが、
この収録終わったら僕二度寝するんですよ。
こういう話を僕がする意味って実は全くないと思うんですけれども、
本当に全くないなと最近思ってるんですけどね。
なんでするのかというと、やっぱり一応抵抗しているわけですよ。
僕はありもしないストレスと言ったらいいのか、プレッシャーと言ったらいいのか、
僕にはないんで本当に。
というかこの世にはそんなものはないと思っているんですけれども、
あるというふうに集団…
なんて言ったっけ。
吉本孝明さんのやつですよね。
集団で見ているあれ。
そうそう、最近Kアリーナというところでちょっと
物騒と思われる事件があったじゃないですか。
女性刺されたっていうやつね。
ああいう時に我々はですね、
集団でこの先日から言っている不在論をやってしまうんですね。
悪いおっぱい捕まえろっていうことになっちゃうわけです。
一旦こうなると、悪いおっぱいってなくないっていう発想を持てないんですね。
人間の集団というのは。
そういうふうに思っている人は絶対いると思うんだけど、
かき消されてしまうってやつ。
なんかですね、そういう声はないものと見なされて、
一斉に何かあるという前提で動き始めるんですよ。
これが警察の人が多分最初から分かってたような雰囲気もあるんだけど、
要するにあれは狂言というやつだったんですけどね。
これはこれで何か事情があったんでしょうけれども、
いずれにしても犯人という人はいなかった。
自作自演ということになるのかな。
そういうことになっているわけですね。
これが面白いことに、僕もそうだったんですけど、
刺した人が横浜のど真ん中で、そもそもそんな人がいっぱいいたのに、
どうやって逃げたんだろうみたいなことがテレビでも盛んに真剣に、
真剣に喋ってないのかもしれないけど、
真剣に議論されていて、どうやって逃げたんでしょうねみたいな話をしているわけですよ。
これはいないんだから逃げ放せられるわけですよね。
いないっていうこと。僕らの頭はですね、
ないってものを意識するのは大変困難なんだなっていうのを、
ああいう時には思い知らされると言いますか、
よくよくこういうことをやっちゃうよなと。
みんなで作り出したわけですよね、頭の中に。
みんなで作り出した命名の犯人像というのがいるんだけど、
いないわけですよね。悪いおっぱいっていうのはですね、
こうやってないところ。ただし、ないんだけれども苦痛や不安がある。
だからその苦痛や不安があるっていう自覚が弱い時にですね、
自覚が弱いんですよ。やっぱり自分の心の中のものだという自覚が弱いので、
外在するということになってしまうんですね。
外にあるんだという。そして外にあったものを探しに行ってしまうと。
何ならこの場合は捕まえてやろうということになっているんだけど、
ないかもしれない。ないかもしれないと思い始めるっていうのが、
アルファ要素ってビオンが名付けた専門用語ではですね、アルファ要素ってやつ。
悪いおっぱいが多分ベータ要素ってやつだと思うんですけどね。
ベータ要素からアルファ要素へっていうのは、
思考の水準が飛躍を遂げているんですけど、この飛躍がですね、
赤ちゃんには当然非常に難しいとして、我々にもなかなか難しいと。
一旦ベータ要素を作っちゃうと、
アルファ要素に行き着けなくなりやすい時があるわけですよね。
特に集団でそれをやってしまった時はもうかなり厳しい。
だから我々はテレビを見てうーんって思ってると思うんですけど、
やってますよね、盛んにイスラエルの軍がここに基地があったとか、
ここにこれ何か思い出すんですよね。
昔アメリカがイラク戦争に踏み切った時も、
大量破壊兵器があるみたいな話、一生懸命してたじゃないですか。
あれ日本から見たら非常に微妙だったと思うんですけど、
アメリカ国内で全然ニュアンス違ったんですよ。
絶対あるだろうみたいなことを大学教授をはじめ、
みんな盛んに熱っぽく議論してましたから。
ないと思ってる奴頭おかしいでしょうぐらいな人いっぱいいましたからね。
今もいると思うんだけど、
あれイスラエルはその日ではないと思うんですよね。
イスラエル国内であった場合は。
もちろんこの場合はないということ自体が、
非常に難しい状況にあるよってのがあるんだけど、
だからいっそうなんですけどね。
ないかもしれないって思うっていうことが、
集団の思考の影響
そもそも難しいケースってのがあるんですよね。
ないものはあるみたいな話なんだけどね。
不在の対象ってのは本当に言葉遊びみたいなんですけど、
不在の対象なんていうものが要するにないものがあるって言ってるわけですから。
ないおっぱいってやつね。
漫画家の人がてんてんてんで書くやつですよね。
最近思うんですよ。
寒暖差が激しいって皆さんおっしゃってるじゃないですか。
ちょっと前まではあまりにも熱いっておっしゃってたわけですけど、
要するに人間は生きていく上で苦しみというものを持っているわけですね。
持っている時間があるんだと。
それはしょうがないですよね。
生き物としては。
これをですね、
外在する理由を作り出してしまうというのを、
グッドワイブスでもこの部分、
倉園恵都さんこれだけ言ってるわけではないってよく言いますけど私が。
倉園恵都さんがよくおっしゃる、
この熱中症はないとかね。
熱中症はないとまではおっしゃらないですけど、
そういうことなんですよ。
環境によって決まらないっていうのもそうなんですけれども、
要するにこういうことに、
いかにないっていうふうに考えられるかという、
考える水準を上げていかないと、
私たちは容易にベータ要素の中で苦しみを倍増では済まないんですよね。
やっぱり僕最近の経験で考えると、
10倍増ぐらい増えてしまってるんで。
薬9倍増とかって言うんだっけ。
知らんけど。
9倍ぐらい増えてますからね、苦しみが。
これを9分の1に減らすだけでも、
知ってみると健康になれるっていうのも、
もう一つなんですよね。
そういうことではないんだが、
ない苦しみを作り出さないというか、
というか、
まずないと疑ってみる必要があるんですよね、やっぱりね。
自由じゃんと言われると、自由なんですよ。
赤ちゃんが空腹というものに気づかずに悪いおっぱい作り出すのは、
あたちの自由でしょって言われると、
そうですよねってことになるんだけど、
でも悪いおっぱいが苦しめるんですよっていう話は、
いやそれないからって言っちゃいますよね、こっちとしてはっていう。
こっちとしてはがカウンセラーなんだけど、
必要ですよ、やっぱり。
人なんでね、これが入児ではないってことなんですよね。
許されないとは思わないですよね。
赤ちゃんが許されないとは思わないから、
ないおっぱいを我々が作り出すことを許されるべきではないというのは、
無理があると思うんですよね。
だけれども、それは自由だけども、
ここにはまり込むというのをやってる限りは、
なんつうんだろうな、このポイントは、
つまり赤ちゃんが、いやお母さんいないのかもって思うポイントっていうところに差し掛かる、
このポイントを我々はみんな持ってますからね。
中小指向できるわけだから。
持ってるこのポイントを、
わざわざスイッチを起動しないという状態、
そしてベータ要素で苦しむという状態を維持することはないとは思いますね。
だからなんで僕が2度寝するとか、
昨日は1週間くらいの平均睡眠は異常に長かったんだけど、
11時間くらいに達してたんですけど、
平均は達してないか、
そういう日が多かったという程度なんですけど、
中央値みたいなやつですけど、
大体8時間以上は寝て、9時間くらいに差し掛かってる感じなんですが、
なんていうんですかね、
求められていないことについて
求められていないことについて考えなくていいと思うんですよ。
世の中舐めてるのかみたいな声がするとか、
ないんですよ、そういうものはね。
作り出したわけですね。
作り出してるっていうのはすごくポイント、大事なポイントで、
作り出さなければ、
逆なんでね、苦しみがあるから作り出すんですよ。
夜は墓場で運動会なんですね。
真夜中に墓場に行かないとなんだけど、
行ったとするじゃないですか。
なんかいるよっていう人が出てくるわけですよ。
その人は怖いからなんかいる気がするわけですよね。
怖くなければ何もいないわけですよ。
僕怖くないから何もいないわけですよ。
つまりこの夜の墓場になんかいるっていうのは、
心の反映だということなんですよ。
夜の墓場の議論
僕らは、誰が言ったんだっけな、
レッドドラゴンじゃないな、
羊たちの沈黙の一番最初に書いてあるんですけど、
人は見るものしか見れないし、
見るものっていうのは観察の観の字を当てるんですね。
見るものしか見えないしの見えないの方は、
普通の見るを当てるんですよ。
また観察に戻るんですけど、
見るのはすでに心の中にあるものばかりである。
あれはまさに対照関係論みたいな、
多分錯観の言葉なんですけど、
その通りなんですよね。
概念を持ってないものが目に入ってきても、
それは多分ですね、
僕らは認識できないんだと思うんですよ。
これを僕らは信じてないんだけど、
間違いないと思うんですよ。
だから夜は墓場で運動会なんですよ。
墓場に行ったって、
怖くない人には何も見えない。
怖い人にだけお化けが見えるような気がする。
だから何かいるって言うけど、
お化けがいるとあんまり言わないじゃないですか。
あそこに何かいるよみたいな。
あれが恐怖の表現なんですよね。
つまりそれは心の中の出来事を言ってるのであって、
外界にあるものについて何か言ってるとは言い難い状態。
これがβ要素って状態だと思うんですけども、
これと全く同じだという、
その心の働きは同じだということを意識すれば、
β要素っていうのは多分ですね、
α要素によってとって変わられるとビオンが言ったわけですね。
だからないかもしれないっていう気持ちが、
ないかもしれないというときには落ち着いてるわけなんだけど、
落ち着いてないかもしれないと思ってみるっていう順番に
とりあえずなるのかな。
意識してる私たちとしては。
そうすればα要素が動き出して、
考えられるようになるんです。
何かいるかもしれないって考えてませんよね。
ただただ怯えてるっていう状態ですよね。
この状態を脱するために、
何もないかもしれないが第一点のような気がしますね。
何もないかもしれないと思えれば、
僕らは持ってるα機能って今度は言うんですけど、
α機能によってα要素が出現するわけです。
そうするとβ要素っていうのは恐らく消失する。
ここが大事なんですよね。
ここで万が一何かいたらどうするのっていう話をしてるってことは、
つまり話の水準が噛み合ってないんですよ。
万が一いるかどうかっていうのについて考える前に、
自分の心の状態はどうなってるのかというのを、
まずとにかく考えてみましょうってことですよ。
その怖さを取ってみないと、
いるかどうかが判定できる状態にならないんですよ。
怖さが悪いおっぱいを作り出してしまうので、
だから万が一いるかいないかっていう議論をしてるっていう段階で、
すでにもうβ要素の中に組み込まれているというか、
心の中はまだβ要素でいっぱいで、
α機能が起動してないんですよね。
α機能を起動させてからでないと、
その議論は始まらないということなんですよ。
万が一いるかいないかっていう議論は。
悪いおっぱいを作り出さずに
万が一は関係ないんで。
パーセンテージもこの場合まだ考えられてはいないはずですからね。
だから万が一っていうのは確率の話してるじゃないですか。
確率の話をするにはα機能を起動させましょうと。
それはα機能を起動させる気持ちにならないと。
ここで覚悟とか、ほら肝試しっていうじゃないですか。
覚悟とか関係ないんですよ。
覚悟と言っている段階でまだβ機能の状態にある。
β機能っていうのかな。
β要素の段階にあるんですよね。
お化けでいっぱいなわけです。
一旦怖さというものを取ってから、
もう一回お化けがいるかどうかを検証し直しましょうっていう話に、
順序としてなる。
実際にそうはならない。
ほとんどの場合この議論は、
いやいや、万が一お化けがいたら、
お化けに対策を立てておいた方が安全でしょうっていう話に終始する。
つまりα機能はまだ停止したままなんですよね。
ないはずはないんで。
本人の中には思考する能力はあるんで、
使わないことに決めてるというのに過ぎませんから。
で、なんで使わないことに決めてるかというと、
そういう心理状態にあるからなんですよね。
それ以上のことはもうある意味言えないかなって感じがするわけです。
覚悟と言われれば、覚悟のように見えるんですけれども、
私がここで2度寝するっていうのもそうなんですよ。
覚悟とは関係ないってことなんですね。
今私が別にこれといった運動をしてないというのも、
覚悟とは何の関係もないんですよ。
人に求められてないことはしないんですけれども、
それは私が怖くなくなって以来、
β要素が消滅したからなんですよね。
ここで危機感を持つためにβ要素を復旧させましょうっていう方すらいらっしゃるんですよ。
何をおっしゃってるのかはあんまり自覚はないと思うんですけれども、
つまり危機感を持ってモチベーションを上げましょうっていう話をしてるんですけど、
アルファ要素からβ要素に戻るってやつ、対抗するってやつはダメなんですよ。
だってダメな感じがしません。
これからちゃんと社会人として働くためにニュージーに戻りましょうっていうのは、
いや、何かパンチュンだろうな。
そういう気持ちはないのかもしれないんだけど、
そういうふうに人の心は働いてしまうんでね。
悪いおっぱいを作り出しましょうよっていう話をしてるんだけど、
悪いおっぱいなんていうものは作り出すものではないんですよね。
勝手にできちゃうからこそ何とかしましょうっていうことを考えるポイントであって、
悪いおっぱいを作り出して朝4時半に起きてマラソンと筋トレと語学学習をしてみても
これをするのが良くないって言ってるわけではないんですよ。
ただこれを恐怖という心理をなくして本当にやるだろうかっていう、
というか一旦なくしてみないとその検討に入らないよねという話なんですね。
だから検討していれば、検討してるってことは怖くないってことなので、
人に何かを言われることが怖いとか、
何か求められていないことでもしておかないと将来が危ぶまれるとか、
搾取されるとかそういう恐怖はすべて悪いおっぱいを作り出した後の話ですから、
これを作り出す前に、作り出さないようにするためにα機能を使うと。
思考の邦画ってやつなんですけど思考の芽生えみたいなもの。
ここの起動スイッチを切ったままにしてこの議論を始めるのは、
なんていうんですかね、この議論は始まらないと思うんですよね。
これは当然、これを聞いている人には当然僕はGood Vibesの影響でこれを喋ってると思うでしょうし、
その通りなんですけれども、もともとの僕の気質にもあるとは思うんですよ。
もともと僕は朝活とかを全然してきてはいない口なんですよ。
言ってはいないですけどね。
してませんよとはわざわざ言いませんでした。
してると信じられていた時代には。
でもしてますよと言ったことは万が一あったにせよ、
ごく少ない回数だったはずなんですよ。
してなかったから。
朝早く起きて散歩とかしてましたけど、
それは僕は朝活だと思ってたわけじゃないし、
何を言ってるかというとですね、求められてはいないだろうってことなんですね。
私が朝早く起きることも求められてなければ、朝活も求められてない。
もちろん筋トレも運動も英語の勉強も全然僕には求められていないんですよ。
で、求められていることをやるというのが、
これも同じ話になっていくんですけれども、
簡単さみたいな話と似てくるんですけれども、
どれほど悪いおっぱいを作り出さずに済むかっていうのが、
倉野さんだとだいぶ違う意味だからほぼ同じ話をしてくださるんですけどね。
とにかくないものを作り出さずにできる。
これはすっごい安つんですかね。
まあ幸福ですよね。
どうしても僕が一人きりでやるってやつ。
要するに将来に備えて何かをするっていうのが、
もう全然すっかりやらなくなってるのは、
何かを作り出さずにそれをするのは、
僕には難しいというか、全く無理だなというのが感じられるからなんです。
例えば将来老後お金がなくなるというものを作り出して初めて、
つまり恐怖があって初めて作り出すものなんだけど、
このモードに入っていなければ、
なかなかそういう気になれないじゃないですか。
本当にそのうちまで生きるかどうかもわからないのに。
これはベータ要素の状態っていうものを維持した上でやってることだと思うんですよ。
僕の感じでは。
悪いおっぱいか、墓場のおばけか、
そういうものを意識し続けて初めてできることだと思うんですよね。
判断さも僕から見ると、
僕から見るとというか結局同じことで、
身体に影響があるのかもしれませんけれども、
多分これはですね、僕が今そうであるように、
その影響は意識できないレベルのものなんですね。
ただ何かしらの苦痛が定流にあると、
僕らはその苦痛で刺されたというニュースを聞くと、
その不安から犯人というものを作り出すように、
犯人を作ってしまうんです。
そして、あ、判断さがあるから辛いんだと。
本当は逆なんですね。
だから何かあるんじゃないかという、
思考ではないな、空想が走って、
で、あ、判断さというものが見つかりました、
というこの順序だと思うんだけれども、
というかこの順序なんですよ、これはきっと。
こうでなかったら、
なんていうのかな、
個人差がやたらある理由が、
説明がほとんどつかなくなってしまうんじゃないですか。
ここでマッチングって話が出てきちゃうんでしょうけど、
マッチングの話まで今日行くべきなのかな。
じゃあ行っちゃいましょうか。
判断さの話しててもしょうがないですね。
判断さは気をつけてください。
気をつけたいと思う方は。
ただ、心の停留にある不安とか疲れとか恐れとか、
苛立ちみたいなものを一掃したときに、
同じ感覚は持たないだろうっていう、
たぶん判断さというものは頭から消えてなくなっちゃうだろうな、
っていうふうに、僕が今そうなっているように。
人と話は合わせますよ、僕は。
ここでGood Vibesの話をするというふうな性格じゃないから、
人と話は合わせますけど、
僕の中で判断さっていうのはもう、
最近ずっと温度計も温度も一切見てないんですよ。
これは、
なんつうんですかね、
見る意味がないというか、
娘が服装のために見てくれって言ったときは見ますけど、
その次の瞬間にはもう忘れてしまうんですよ。
だからなんつうんだろうな、これは。
どっちでもいいことなんだと思うんですよね。
たぶん僕のように、年も50までいってて、
別に眼鏡でもなんでもない人間でも、
全然これによって健康損なうことがないというのは、
いかにこのベータ要素、悪いおっぱいだよね、
に僕らの心身がものすごく損なわれているという、
僕はそれについては、
ここ数2、3年の出来事で確信してるんですけれども、
悪いおっぱいを作り出して良いことが起こったことは、
本当にただの1回もないんで、
作り出さなければ何が起きるかは分からないにせよ、
そうじて人生は9倍ぐらい幸福にはなるんですけれども、
これはですね、ただ、
マッチングの恐怖と偽りの相性
これによってアトピーが治るよとかいう話とは関係ないんですよね。
別に治らなくても良いと思うんですよ。
突き詰めて言ってしまうと。
医療の話とかもあんまり本当は関係ない気がするんです。
だって悪いおっぱいってないわけですから。
作り出したものだからね。万能空想によって万能的に。
この言葉は僕は今はあんまり響かないんだけど、
当時は響きました。本当にそうだなと。
何でも作れてしまう。チンマシンでもアトピーでも。
肝断酸による体調不良でも。
何でも自由自在に作り出せる。
ここが凄まじいんですよね。
心の中の出来事だから現実には関係ないでしょって、
これを聞いている人は思われるかもしれませんが、
ぜひですね、真夜中に墓場に行ってみてほしいんですよ。
一人でね。できれば真っ暗なところで鬱陶としているところにね。
僕は全然大丈夫なんですよ。
子供の時にそういうところで生活してきたから。
だけれども大概の人はそうじゃないんですね。
で、その時見えるものは全部心の中のものですよ。
でもそういう感じがしないと思う。
現実に何かがあるように感じられると思ってしまうと思うんですよね。
これがなんて言うんですかね。
心音的に現実を作り出すってことで、
で、我々はそういうノリ、流れに乗って、
警察の捜査が始まり、現実が動き出すんです。
本当にね、そうしてマッチングアプリができるんだと僕は思うんですよ。
このマッチングってのは本当に弱い、弱いというか恐怖ですよね。
恐怖が作り出すものとしては一つの最高傑作に近くて、
あんまりだからこれの営業妨害をするつもりはないんでね。
まあ多分最高傑作だからここで喋るぐらいじゃ大丈夫でしょう。
つまり僕は昔、ほら彼女がすごい欲しかった時代があったわけじゃないですか。
マッチングってものすごく救いになるわけですよ。
自分、モテるようにならなくていいんだって思えてしまうから。
マッチングなんだから。
でもあれは運命の赤い糸と何も変わらないんですよね。
非常に合計的に見えて、科学的に見えて、
オカルドやってるというありがちなパターンなんだけど。
マッチング検索ってのは本当に、なんて言うんですか。
一つなんだけど究極的には。
二つの我々の免罪してくれるんですよ。
非常に簡単に言うと、僕当時はイケメンになりたかったので。
イケメンになれば問題解決する気がしたわけですよ。
でもマッチングアプリができてくれて、
イケメンにならなくても済むじゃんって考えるわけで。
つまりこれは間違った努力だと思うんだけど、
間違った努力でもなんでも、
要するに努力しなくて済むわけですよ。
マッチングって考え方は。
でも努力しなくて済むのはいいけれども、
これは実は恐怖を片側にしてくれている感じがするんですね。
運命の赤い糸も大して変わらないんですよ。
やっぱりこれも恐怖を免罪っていうのはおかしい気がするんだよね。
恐怖は罪ではない。
でも不安や恐怖というものを片側にしてくれている感じがするんですよ。
だってマッチしてるかしてないかが問題なんだから、
相性の問題なんだから、
自分を磨くとかしなくていいわけじゃないですか。
磨こうと磨くまいと相性変わらないわけですからね。
僕は磨くことで解決はしないと思うんだけれども、
相性というのもまた解決しないんですよね。
このさっきの簡単さと何が絡むかというと、
結局この環境と自分の相性の話にしていくというのはですね、
不在というものを無視していると思うんですよ。
たぶん。
そこには遭うへの苦しみみたいなものがあって、
っていうか遭うへの苦しみではないんだけどね、実は。
例えば、話が今日はいい感じにグダグダになってますね。
グッドモーニングボイスの新骨頂感が出てるんだけど、僕の中で。
話がものすごく揺れ動き、あっちへ飛んだりこっちへ飛んだりしてるんですけど、
それだけ不在論が刺激的なんですよ、僕にとって。
昨日はずっと不在論読んで過ごしてたんですけれども、
何週もしてるわけですよ、120ページしかないわけだから。
でもやっと1週したなと思ってからが、
非常に周回速度が速まってるんだけど。
要するに不在というものはですね、
不在と同時に苦しみがある。
そして不在に対する自覚がないっていう状態ですね。
お腹が空いたを考えられないから、
とにかく苦しいになってしまうわけです。
とにかく苦しいは捉えどころがないので、言葉にも直しにくいですよね。
我々は苦しみというものをもっと対象化してるので、
お腹が空いたとか、
彼氏がいなくて寂しいとか、
もっと言うと友達がいなくて寂しいとか、
次の検査が怖いとか、対象化してますよね。
でもこれをもっと前の段階に落としてしまうと、
具体化してしまうと、苦しい、とにかく苦しい、
なんだかよく分かんないけどつらいみたいになって、
息づらさとかっていう表現は、おそらくこっちに近いと思うんですね。
ここにはまだ何も考えられていない状態というのがあって、
次にほんのちょっとだけ考えたところに、
悪いおっぱいが出現するわけですよ。
考えた要素っていうのは思考の一番原始的な人間の形なんですね。
何でもありな苦しみっていうやつです。
怖いから墓場でボバケが運動会をやっているっていう、
これはもう完全に自由自在の空想から生み出される水木しげるさんですね。
だから僕らはこのようにしてアウェイというものを作り出すわけです。
本当はただプレゼンをするのが不安だっていう気持ちがあるだけなんだけど、
そこにはアウェイだから、聞いている人が相性がマッチしてないから、
うまくいかないんだよっていうものを作り出すわけです。
分かんないわけですからね。
相手は危機として聞いている可能性が十分ある。
でもここは僕はもう少しあると思うんですね。
最近求められていることしかしないっていうか、
求められていることをとにかくするっていう、
求められていることしかしないというふうにはならないんだけどね。
求められていることをとにかくするっていうようにしているうちに
分かってきたんですけど、
アウェイとかフォームっていうのはやっぱり、
もちろんこれはイリュージョンなんだけど、
割とかくたるもののように、
僕がさっき勘ダウンさといったのも測れますからね。
温度差がでかいっていうのも事実だし、
何の影響もないとは思わないんだけれども、
ただそれは測れるか測れないか、
アウェイかフォームは測れないから、
測れるか測れないか、
確固とした事実かどうかっていうことは全然関係ないということ。
大事なのは恐怖だってことです。
この点さえ落とさなければ、
僕は絶対にこういけると恐怖だってこととないってことですね。
で、この2つが結びつかない。
僕らは恐怖だとあると思ってしまう。
恐怖だと何かが現実にあるんだって信じようと頑張る、
という癖がある。
多分これは癖だと思うんだよね。
だって墓場に行って怖いってのは絶対あれは思考の癖だと思う。
アウェイとフォームの冗談
犬とか見てると何かを怖がっているようには全く見えませんからね。
当然ですよね。墓場などという概念はないわけです。
あれ概念ですからね。
その…なんつうんですかね。
アウェイとかミスマッチとか、
求められていないところで、
よくこれほら、タスクシュートとかで出るんですよ。
相性があるみたいな。
僕あれは話を合わせますけれども、
この番組では全く信じてないんですよね。
相性があるというのは。
それは割と僕の中では確固たるものがあって、
エビデンスではないんだけど、
僕最初にタスクシュート見たとき、
合わないだろうなって一瞬で思ったんですよ。
見たときですね。
これが相性の正体だと思うんですよ。
つまり相性という話は、
もともとないと思うんだけれども、
運命の赤い糸と僕が途中言ったのは、
遺伝子ってのを僕はやっぱり考えるんですよ。
でも遺伝子ってのは過去のデータから来るようなものに、
限りなく近いと思うんですよ。
全く無関係だとは言いませんけれども、
それで結婚生活を語れるかというと、
冗談みたいな感じになってくるんですよ。
結婚してですね、1,2年目は、
まあまあ語れる感じがするんですけど、
結婚して十数年経ってみると、
もうこの相性、マッチングで云々っていうのは、
完全に冗談だなって感じがするんですよね。
いいんですよ、別に冗談でも。
ビジネスだし、ある意味遊びだし、
そう言うと怒られるかもしれませんけどね。
まあいいんですよ、別に。
マッチング検索の実態
ラフォームとアウェーとか言ってんだって別にいいんですよ。
だけれども、フォームとアウェーなんてものは、
やっぱないんですよね。野球でもそうじゃないですか。
いやフォームだと勝率いいよねって言うときは、
平気で言うけど、
アウェーの方が圧倒的に勝率が良くて優勝するチームって、
いくつも過去にありましたからね。
常にありましたからね、そういうことはね。
そういう時は、いやこのチームはアウェーで強いんですよね、
みたいなことを言うんだけど、
本当にね、人ってのは、
ありもしない理屈を作り出す、天才ですよね。
そういう能力にはすっごい長けてると思うんですよ。
みんなしかもそれを喜んで聞きますしね。
フォームで強いんじゃなかったの?という、
アウェーに強い理由っていうのを作り出そうと思えば、
評論家の人がもう、
理論、整然とその理論を述べるんですよね。
でみんなが、なるほどってことになるんだけど、
あれはあれですよね。
あの、なんだっけ、
また話飛んでるんですけれども、
イスラエルのそれこそ、心理学者の人が言ってたやつ。
怒るとうまくなって、
あれですよ、的に当てようとして、
外れるとダメじゃないかって言われると、
次は真ん中に近づくっていう。
これは偶然の産物なんですけれども、
そうじゃないことにしちゃうわけですよね。
統計でランダムにとっても、
ほぼ同じ結果が出るんだけれども、
だって大きく外した後、真ん中に近づくのは当たり前ですよね。
で、褒めると下手になるっていうのは、
その次、じゃあよくやったって言うと、
今度はまた外すと。
そりゃそうですよね。
さっきは真ん中に近いところに刺さったんだから、
次は何もしなくったって端っこの方に行くんですけれども、
当然僕らはそこにありもしないものをデッチ上げるわけですね。
ありもしないものをデッチ上げるっていうのが、
僕らの万能空想の得意技なんですね。
それを思考だと信じている。
何かを考えた結果だと思っちゃうんですね。
マッチング検索って本当に僕は、
これの究極形だなって思うんですよ。
みんながこれで納得できる、
そういう意味では凄まじいものなんだけれども、
事実はそこには多分何もない。
ないんだけれどもあるように見えるっていう意味で、
やっぱ墓場の運動会だなって感じが非常にするんですね。
本当に僕はまずダスクシュートね。
一番それを実は内心では常に意識させられる。
あれはもう本当相性全然ダメだったわと思った。
ここの段階しか見ませんよね、マッチングってものは。
決してその後の段階を見ようとしない。
この段階ですでに合わないんだったら
やめるという選択が働いてしまうので、
僕は多分このマッチングだけに頼っていたら、
一生ダスクシュートとは出会えない。
使って半日ぐらいは本当にアプリ合わないわって思ったんだけど、
使って2日目にはもう二度と手放せない状態になって、
この感激が全然表現できないんですよ、ああいうものでは。
僕はこういうことが出会い系だろうと何だろう、
無数に存在しているに決まっていると思うんですよね。
一瞬一瞬変わるじゃないですか、
相性というような雰囲気とかですね、一瞬一瞬変わる。
僕はあれがもう制御できなくて制御できなくて、
制御しようとすんなよって思われるでしょうけど、
マッチングと相性の問題
たけてる人にはね、僕なんかもうたけてない上に付き合いたかったのに、
そういう機会はもう数えるほどしかなかったから、
めっちゃ大事にするわけですよ、その関係を。
必ずそれが僕のしくじりは、
しくじりいくらでもしますでしょ、
そういう心理状態の上に常にしくじりを、
ものすごく神経とがらせてるわけだから、
もう本当に水をこぼしたらもう相性は悪くなるわけですよ。
水こぼしますからね、僕はね、そういう時は特に。
だから絶対ダメなんですよ、こういうことをやっていたんでは。
でも絶対やっちゃうんですけどね。
そして相性というのが僕を免罪してくれるんです。
いや、水こぼしても大丈夫、相性いいってアプリが言ってんだもんみたいに、
そういうふうになるわけですよ。
多分ですね、相性でエバーノートを使い始めて、
相性でタスクシュートを使わなくなっていたら、
僕の人生めちゃくちゃになっちゃうだろうなって感じがしますね。
全く意味がない何かを信じるってことに、
だからでもそれは全然驚くようなことではないと思うんですよね。
だってヘアリーナーですよね。
僕らは本当に社会を動かすんで、
このヘアリーナーの人たちに、
悪いおっぱいを追っかけて、
社会全体が動いていき、
それをテレビの中で評論していても、
誰も不思議だと思わない。
こういうことができちゃう生き物ですから、
いくらでも今本当に一番良くないなと思うのは、
戦争中の出来事ですよね。
ここに敵の司令部があった。
あれ、ものすごく信じられてると思いますよ。
僕らがそうじゃないから、
変な芝居でも見てるような気になるかもしれないけど、
そんなことはないんですよ。
これで人がやっぱり、
あんなに破壊力のあるものを使い始めるってところが、
すごいっていうか、
凄まじいというか、
ないものの力みたいな。
ないっていうのは生物にとって難しい。
難しいですよね。
ないものは認識とか知覚の対象になりにくいんでね。
僕はもっとしょぼい話をして、
マッチングとか言っちゃってるわけですけれども、
もう一つがグッドワイフスですよ。
あれなんかは、
裏園さんがチェンジ図というところで僕が連載していただいたんだけど、
最初の1回目、2回目とかは、
本当なんか困った連載だなって、
ここだけの話とか言って、
ここだけの話世界中で聞けるんだけど、
でもいいと思うんですよね。
チェンジ図がないからね。
本当困った連載だなーみたいに思ってたわけですよ。
一応ライフハックオンラインマガジンと銘打ってはいたんで、
もうすでにそうなってないなと、
自分の連載がそうなってないなって思ってたんで、
ライフハックとか言ってるのは逆引きだよねぐらいなつもりでいたんだけれども、
ライフフィットで相性が良くないっていうのがあったんだと思うんですよね。
1回目2回目読んだ時に、
面白いんだけれども、
面白いんだけどっていう、
ミスマッチ感をすごい感じたんですよ。
でも4回目ぐらいになってから、
もうこれだけでいいやみたいな、
他の連載いらないじゃんぐらいな、
これももう感じすぎなんですけど、僕の場合極端なんで、
相性っていうこの表現されてるものってのは、
何かを変化させるとか、
決定的な違いを何かが生み出してしまうっていうのが、
全く考慮されてないと思うんですよ。
結婚生活って多分にあるじゃないですか。
悪い方面でも多分に動くじゃないですか。
相性抜群だわと思っていて、もうアプリもそう言ってるしと思って、
めちゃくちゃラブラブだったんだけど、
3年後に殴り合ってるとか、あり得る話じゃないですか。
全然不思議じゃないですよね、これね。
でも、じゃあアプリは何をそこで計測したのかというか、
計測しなかったのかというと、
この変化が訪れてしまう。
しかもその変化は人の心が強い力を持って、
変化を引きずり出すっていうことを無視しているんだと思うんですよ。
で、僕らはないものを作り出す天才なんで、
さっきも言ったようにないものを作り出す天才なので、
そこに何でも見てるんですよ。
マッチングの中に何でも見るわけです。
愛も見るし、永遠の愛みたいなものも平気でそこに見ますからね。
で、ないんですよ、それは最初から。
ないんだけど作り出してしまう。
二人で一緒に作り出すから、
もうあるものになっていくんだけど、
どっかでないってことになると、
途端にもうガラッと世界が変わるわけですよ。
人生そのものがガラッと変わる。
で、新しく違うものを作り出すんですよ。
裏切られたとかそういう新しい悪いおっぱいを作り出して、
で、一生の愛という話が殴り合いみたいになってしまうということが起こる。
起こって僕らはでもそのようなことを知ってるし、
見もしているし、
そのことを不思議だとも思ってないんだけれども、
マッチングというものを信じてしまうんですよね。
で、アウェイとホームを信じて、
簡単さも信じるという風に、
できているんだと思う。
できてるんだけど、
僕がそのタスクシュートに対して自分を変えたように、
グッドバイブスに対しても、
倉田さんの渋谷でのセミナーも、
1回目聞いたときと3回目聞いたときの印象は全く違うんですよ。
だからこういう時にもマッチングとか相性っていうもので、
判断してはダメなんですよ。
大幅に変わってしまうから、自分自身が。
この話で僕がある程度深刻だなと思っているもう一つのが、
精神分析の問題点
精神分析なんですね。
精神分析はPRとアセスメントについて不満があるという指摘を、
下山先生という方がされている。
これ今ののってるのはめちゃくちゃマイルドですよ。
もっとめちゃくちゃ絶好すると批判されてましたけれども、
そういう本もありましたけれども、
一番難しい問題は、
求められていない精神分析という風に、
山崎孝明さんも精神分析のある方で繰り返し書かれているんですけど、
求められていないところで精神分析やっちゃダメだからねっていう、
これ相性とマッチングの話じゃないですか。
しかしですね、一番問題なのは、
精神分析というのは求められていない人を求めた人に
変えていけるようなところに、
治療がそもそも含まれているっていうところに
ポイントがあると思うんですよ。
これを受けることによって精神分析そのものの印象と、
自分が望んでいたものそのものが変化していくというのが
最大の魅力なので、
それを勝手にやるのはインフォームドコンセント等ね、
人権問題だろうっていうのはそうなんですよね。
ここは本当に難しいと思いますね。
でもそれによってめちゃくちゃ幸せになるっていうことが
起きた場合、
そこのところはどうするんだっていうのが
残ってしまうんだと僕は思うんですよね。
このことはコリン・ウィルソンという、
久しぶりにこの言葉を出したら、
彼がもうちょっと簡単な話で書いたんですよ。
龍町で足を引きずっているおばあさん、
足が痛いって言ってゆっくりしか歩けないおばあさんに
ブルドックでっかいやつ仕掛けて、
うならせて、
ほら歩けみたいにやるの、だめじゃないですか。
めちゃくちゃだめですよね。ほぼ犯罪ですよね。
でもそのおばあさんがうわーと思って急いで走ったら、
足治りましたってなった場合、
これは良いことなのか悪いことなのか、
どう判断すればいいのかっていう、これが分かりやすい例ですね。
そんなこと起きるかどうか知りませんけど、
ウィルソンは声の書くの上手いんで、
ニーチェっていうのはこういうことを言ったんだって話を、
バートランド・ラッセルっていう人を批判する上で
この話を出してきたんですけど、
マッチングというのは絶対におばあさんの足は
この状態のまま変わらないという前提では
正しいのかもしれない。
けれども今みたいなことが起きるっていうのが
全然この中に入ってこないんですよ。
マスクシュートもそうで、
全然相性が良くないですって人はごまんといると思うんだけど、
使った人がいやーこれは最高でしたっていう、
これはどうするのかっていうのが出てこない。
グッドバイブスなんてのはさらにそうで、
精神分析も同じなんですよ。
こんなの絶対無理っていう人はいっぱいいると思うんですよね。
でも受けてみて、
いやもうこれがなかったら人生どうなってたか分かりませんみたいな人も
いっぱい出ちゃうものなんですよ。
これをどうするのか、相性で語り出すと
意味のないものになっちゃうというか、
ここを考慮できないんですね。
適応とマッチングによる存在の変化
自分の言い方が多分3次元的なんだと思うんですよ。
違う言い方をすると。
やっぱり実際に僕らの生きている一番の意味っていうのは、
4次元的なところにある。
特にその中でもダイナミズムに利悪を遂げるっていう、
β要素からα要素っていうのは
つまり物がありますあります。
とにかく悪い物があって、
何かの昔の何とか細胞なんですけど、
お化けがいるんですと言っている何かいるよあそこに言ってるその人がないって いうことになったとさに全然見る世界がガラッと一変するわけですよね
簡単性がないってなった簡単さはあるのか 簡単さはあるんだけどそれによる
8体調不良はないってなった時に消えてしまうんですよ体調不良か ここの飛躍のことを8環境医師と私医師でのマッチで考えると絶対に出てこないと
思うんですよね どうしたって冬は南へ行くこれはまあカフカが何かの小説に出てくるんだけどこういう発想
なっちまうんで冬は南に行くのはいいですけれども ハワイのリゾート地とかねえっとそれはそれでいいと思うんですよねここもまた面倒
なところでえっとはいそれはいいです 自由です幸せですねあの行っていってらっしゃいませってことになるんだけどでも
えっと エスキモージンは冬にあの格好で過ごせるわけじゃないですか
つまりそういうことなんですよねそこのところはまた別の価値があると思うんですよ 適応するとかではないと僕は思うんですよね僕グッドバイスに適応したんですねって言われる
と そうなのかなぁって感じがするんですよ
適応なのかなこれやっぱり僕はこれを飛躍っていう感じをむしろ 8持ちたいんですよね
マイケルバリント的に言うとえっとトンボ帰りをしたっていうことになるのかな とにかくなんかこう
ガラリと自分が変わる体験ての僕らは割としょっちゅうしているはずでなぜなら僕らもの じゃないですか
その適応適応という感じではないと思うんですよね その環境とのマッチじゃないんですよこれは
自分自身が全然違う選択ができるっていう話でその 違う選択をした瞬間に違う存在になってしまう
これはもう本当にですねあのちょっとした場面でも割と見ていると頻繁に起きますから だから僕はセミナーとか自己啓発とか
も含めてですねえっといわゆる教育的なものとか啓発的なものとか いろいろそこには問題もあるんですけれども確かに単純に社内プレゼントかでも
えっと侮っちゃいけないとよく思うんですよね それによって誰かが何かを急変させる可能性はいっぱいありますからね
そういう観点で見てれば あのこの人にあの話をするのは相性が良くないっていう風にして話さないとなってくる
とえっと僕は多分タスクシュートを見ることもできず ウッドバイブスを聞くこともできない人生を歩まなきゃなんないんですよ
で本当にここは難しくてねあの無理って言ってる人に無理やり見せていいのかって こともあるじゃないですか
だからそういうことはできないんだけれどもでもあの 見たり聞いたりするということによって何かが180度変わってことが起こり得ますんで
起こり得ないんだったら多分こういう活動ってないと思うんですよこの世の中に最初から 起こり得ますんで
僕はそのアウエイトフォームっていうようなやつも基本的にはないだろう だからまあここも無理時はしないし話合わせるんですけれどもね
えっと山崎孝明さんのライフハックのところに 安崎さんあれちょっと無理がなかったみたいな話も出るんですよ当然ああいうことをやった
でも僕はそれは少しも思わないんですよね そんなことはないんですよきっと彼がフォームの
精神分析協会の中での話
精神分析協会の中でそういうのはあるのか知りませんけど だけ喋っていることが幸せだとか
えっと彼の話に興味のある人人だけが来る集まりで話すのが幸せだというふうには 全然思わないんですよね
もしかするともうなんか空き缶とか飛んでこないと思うんですけどそれに近いところで 喋っているうちにえっとあれですよ
急にもうみんなが一生のなんかお弟子さんみたいになっていくみたいなことは十分起き 得ると思うんですよねあの
ジュリアスシーザーでしたっけ 焼き討ちに来た人たちの群衆の前で有名な演説をしましたよね
で演説聞き終わった群衆たちはそもそも彼らを消しかけた人たちを今度殺しに行く っていうああいうことはまああれは演説の力だって
8 全然違う話かもしれないけど非常に高感動的な面がまあいい話じゃないかもしれないです
けどね感動的な部分はあると思うんですよね 人の力ってそういうもんだなって感じが私はちょっとするんですよ
完全をアウェーじゃないですか自分殺しに来た群衆の前で演説しているんだから でもやっぱり自分に優しくしてくれる人たちの前でだけ喋っていることが一番
いいことですってことにはなんないだろうなーって感じがします だから8ないもの
やっぱり恐怖とないものをかけて8その掛け算から悪いおっぱいと 赤羽の運動会を作り出した
しまうんですけど後でですね ないかもこれが多分アルファ木のやつのスタートだと思うんですよないのか
いうふうに考えるっていう これはもう考えないとできないことがあって
ないのかもしれないと思って現実をよく検討すると 今ですね思い出したんですけど今朝生まれて初めて名責務というのを実用に生かせたんですよ
ボール蹴ってたんですね夢の中でボール蹴ってたらうわぁと思って足が釣りそうになったん ですよで
瞬間的に思ったんですよね在論読んでたおかげなんのかもしれないです あのこのボールないんじゃないって思ったらあの
する方と反対側に夢の中でなんだけど足をこう戻せたんですよ で目が覚めたら釣るギリギリのラインで立ち止まれてつらなかったんですよね
非常にまあがくったらない話ですけど非常に幸福感があって このレベルで思考が動かせればこのないもの問題から相当開放される気がしたんですよね
まあ名責務なんだけれども夢ってないものじゃないですか だからないものを豊富で
作り出した時にここで何かこう まあ僕らできるんですよでもそれできない人は多分このようにいない
赤ちゃんにできるんだから8そこから成長した人には基本この能力は持っているはずなんて 使わない意思決定さえしなければこれは基本はできるんですよね夢の中では難しいかもしれないけど
起きている現実の中では絶対できるはずのことだと思うんですよ やらないぞと思ってさえいなければ
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