1. グッドモーニングボイス
  2. 【GMV550】二つのものの見方
2022-02-08 38:04

【GMV550】二つのものの見方

なるべく分けずに見る
00:04
おはようございます。 グッドモーニングバイブスです。
今週の土曜日ですね。 シーズン3、グッドバイブス勉強会のシーズン3第2回。
テーマは人間関係でお送りします。 人間関係といえばですね、第1回は仕事でしたけれども、仕事と並んで
私たちを悩ませるというか、悩ませる人みたいな話で、グッドバイブスでも基本的にはこの人間関係というのが
メインテーマみたいなものだなと。 最近出たプラザノフさんのコミュニケーション。
グッドバイブスなコミュニケーションから。 攻撃のないコミュニケーションですね。
最近ようやくですね、 コミュニケーションから攻撃というものを
なんていうんですかね、 極力
極力
混ぜないというのは難しい言い方で
つい飛び出さないようにするみたいなのが、僕の感覚にはあっているんですが
まあその そうは言っても
飛び出してしまった後でないと気づかないことが多いというのは、この番組でもおなじみのお話なんですが
飛び出す前にはもちろん気をつけるつもりはいるんですけれども 飛び出させてしまうっていうところもあるので
その辺を ようやく気をつけるということが始められるようになったかなと
いった感じです。
ですね
今日はまとまりがつかないんですけど、こんな時間になってますし
なんていうんですかね、ここのところ2つほど
改めて 考えてみて
またこれで少し進められるかなという
発見というのはおかしいんですけれども そう考えるといい。つまりですね
自己啓発とかウッドワイブスもそうなんですが、物の見方を変えればこうなるっていう
まあ楽になれるとかそういった話だと思うんですけれども
言ってしまえばそういうことなんですよね。物の見方を変えれば。 ただこれもっと具体的にってよく言われるじゃないですか
物の見方を変えるだけではなく、ただ一方で例えばそれこそすごく具体的に
タスクシュートを使うだろ、エバーノートを使うだろって言っても、やっぱりこれは物の見方を変えているだけでもあるんですよ
例えばだって、忘れないように書いておくとか記録に残すというのだって、それは記録を読むということで
03:03
行動が変容するというのは物の見方を変えているわけですよね。 記憶から思い出すのではなく記憶に頼るのではなく
記録を読むというのだって、結局は物の見方を変えていることに違いはないと思うんです
だから物の見方を変えるしかないんですよ。新しい知識をつけるのにしたって物の見方を変えてるんですよ
物の見方を変えてるんではない。本当に何かを使って明らかな違いを生み出すというのは例えば
これまで歩いて行ってたところに新幹線に乗って行くとか、そういう話になれば具体的に
はっきりと何かが変容するんでしょうけど、私たちの日常生活で多くの場合、何かを変えようと思った時にまずできることは
物理的に訴えるのでない限りは物の見方を変えるしかある意味ないわけですよね
最近物の見方が変わったという点で、グッドバイブスみたいな
体型だってそういう新しいものをドーンと取り入れたというところから、だんだんやっぱり小さな変化を起こすしか
なくなっていくわけですが、なぜ小さな変化を起こしたいかといえばやっぱりそれこそ人間関係であれば人間関係で
怖いことを減らしたいとか、怖がることを減らしたいとか、そういったことなんですよね
怖がるというのは怖いことが起きる前に感じていることであればあまり意味のないことなので
怖がっている時間をいっぱい増やしたからといって怖いことが起きないようにはできないので
そこもやっぱり物の見方を変えるわけだけれども
まとまりがつかないと言っているのはですね、2つのことがありまして、この2つは
関係し合っているんだけれども、話としてまとめるとおかしな話になってしまいそうな気がするんですね
そういうことが今私の脳内に2つほどありまして、1つがですね、自立神経失調症ってよく言われるあれなんですよ
あの言葉ってそもそも何かわかったようでよくわからない、ノイローゼ神経症と似てますよね
神経症っていうのも何かよくわかったようでわからない
フロイトは定義しているけれども、今フロイトの定義通りではないような気もするんですよ
ノイローゼとヒステリーみたいな話って本当、文献を読んだイメージと
国語辞典から引いてみたイメージとか全く違いますよね、こんなに違っていいのかっていうくらい違います
の1つに自立神経失調症っていう言葉があって、これもう本当に私には言葉だけなんですけど、でも何か訴えてきますよね
ストレスって言葉と似てますよね、最近ある人との話をいろいろ伺う中ですごくこう
目を開かされたっていうのとまた違うんですけど、なるほどなぁと思うことがあったんですね
06:03
それはこの自立神経失調症の話と似てるんですが、副交換神経って言葉なんですよ
この言葉自体は私は小学校5年の頃から知っていた言葉で
つまり自分にとって新しくもなんともない言葉なんだけれども、そしてやっぱりこれといった意味を持ってない言葉だったんですね
交換神経と副交換神経ってよく言うじゃないですか
だけれども、それが実際どのようにどうなっているのか、それは解剖図みたいなので見ることはあったりするわけですよね
赤い交換神経と青い副交換神経みたいな、そんな色はついてないはずなんですが
そういったような、体をコントロールしている2つの性質の異なる支配体系みたいな
もうすでにこの説明だけでも、私はしかも素人だしよくわからんものなんですが
これでもですね、私、子供の頃から1つ非常に悩まされていることがありまして
多分これは副交換神経の働きってやつなんでしょうが
本屋さんに行くとですね、トイレに行きたくなるんですね
これがですね、私すっごく長いことありましてですね
それもいろんな説明されてますけれども、とにかく説明はともかくとして
問題なのはですね、本屋さんのトイレは大きくないってことなんですね
なぜ行きたくなるのかの説明を聞く前に、どうすりゃいいのかという問題があります
これはね、やばいじゃないですか、やばいことになった
で、大体面白いことに、クローズなんですよ
クローズというのはつまり誰かが使用中なわけですよ
これはつまり、僕だけじゃないってことなんですよ
で、とにかく空いてないと、しかもとにかく抜き差しならない事態になるので
結局本屋から出なきゃならなくなるわけですね
そして結構遠くまで行ってトイレを済ませると、もはや本屋に戻る気がしないということも多々あったんですよ
私中学の頃これ本当悩んだんですよ
で、いろんな考え方があるんでしょうけど
一つはやっぱり私の実感として、本屋が好きだということが一つ
そして大都市に行くと、つまり東京ですけど、本屋に行きたくなると
それには二つの理由があり、そもそも本屋が好きだというのが一つ目の理由ですけど
もう一つは、本屋以外の東京は好きじゃないってことがあったんです
だから東京に行くと、ある種の不快感というものが上がってくる
そして本屋に入ってみると落ち着く
そうするとトイレに行きたくなるわけです
この落ち着くというのが急激に上がってくるというのが
私の中の一つの問題で、トイレに行きたくなるという問題で
しかも容易に、要は済ませられなくなるというのが一層の問題だったわけですけど
09:04
このカラクリが何となく了解されるような話を伺ってみて
なるほどなと思ったんです
これは全然グッドバイブス的な話ではないし
自分は肉体ではあるとかないとかいう話でも
難しくなっちゃうんですけど
その時、副交換神経というのが出てきて
昔、私は塾で習ったんですよね
副交換神経が有意になるとトイレに行きたくなるって話をしてくれた先生がいたんですよ
つまり、狩りとかやってる時にトイレに行きたくなるというのは良くないわけですよね
これはよく分かるんですよ
テニスの試合中とかならないですよね、多くの場合
上手いことできていて
つまり交換神経有意っていうのはそういうことであって
私、本では書きましたけど
3Fと似た条件にあるのかなと思うんですね
同じじゃないと思うんですがね、こういうのって
ファイトフライトですよね
戦うか逃げるかしたいという時に
トイレに行きたくなるというのは不都合だと思うんですね
この寄せては返すみたいな感じだけれども
要するにどっちの方が有意な時に
何をしてる時どっちが有意だと便利かといった点で
仕事はどうなんだろうっていつも思うんですよね
仕事を副交換神経有意だと多分うまくいかないと思うんですよ
やる気にならないって言ってる人の少なからん%が
この状態にあるんじゃないかなと思うんですよね
だるい
だるくなるということはつまり
寝てたほうがいい感じなんですよね
寝てる時とトイレに行きたくなる時が
重なるのもあんまり良くないんですけど
でも私はよくわかるんですよそれも
多くがそうなりやすいんですよね
私これが不思議だったんですよね
昔から
自分は結構緊張状態にある人間なのに
どうしてこうだるくなったり
トイレに行きたくなったり
この緊張が緩んだ時に起こりそうなことが
頻繁に自分を襲ってくるんだろうと思ってたんです
これを
カウンセリングの方から説明する方が
実は楽というか
イメージしやすかったんです
ところが
この交換神経と副交換神経のつまり
すごく基礎的な
それこそ小学生でも一応習うような
ベーシックな神経系統から説明されてみると
なるほどと思うわけですよ
そうする時に
その両方がやってきた時
つまりカウンセリング的に
あるいは分析的に説明してみても
神経系から説明してみても
同じところに行き着くならば
まあまあ多分そういうことが起きていると思って
良さそうなんだろうと
結局私はどっちでもないので
カウンセラーでも医者でもないので
分かんないんですけれども
12:01
分かんないんですが
でも自分だけのこととして
クローズに考えてみた場合はですね
結局緊張過剰であるということと
いつもいつも緊張を緩めたいという意識がある
それとですね
いつも交換神経有異になりがちな人間が
その反動として
急にだるくなったり
急にトイレに行きたくなったり
何度も襲われてしまうということを
重ねて考えてみると
そこに矛盾はあんまりないなと思うんですね
昔から私は胃腸の調子が悪い人間なんですよ
なぜなんだろうってこれもずっと思ってたんです
脂物に弱いとか
いろいろ言われてたんだけど
そういうようなことだけでは済まされないなと
コルジゾールっていう説明は
あれは神経系じゃないけどいい説明で
いかにもそれっぽいんですよ
私の場合も
だけれどもあれはあれで
そういう知見を得たからといってですね
自体をどうにもこうにもできてないという方に
むしろ問題があったわけです
だからこのコルジゾールでも
副交換神経でも
カウンセリングでも
何でもいいんですけれども
何にしても一番の問題
つまりいらない緊張してるってことなんですよ
いらない緊張してる
家でも
特に家で
家でもそうだし
外に行くと余計そうなのかもしれない
これをまた
母親とかに責任を帰すのは
簡単なんだけれども
私はやっぱり釈然としないんですね
これは何度かこの番組で
言った通りなんですけど
例えば母親は毒親と呼んでみたところで
何も解決しやしないんですよ
そして私の中では
あれは平均的な母親でしかないんですね
ちょっと母が良かったら良かったのにって
考えることは可能ですけど
ほぼ無意味ですよね
これは大人だとか
人格がなってるとか
なってないとかいう話と
あんまり関係ないような
気がするんですよ
ことが深刻であればあるほど
むしろですね
ますます母親のせいなんかに
してる場合じゃないと思うんですよね
あと30年経ったら
多分母はいないわけじゃないですか
私はあと30年後も
人生続いてそうですよね
死んでしまったところに
責任を期してみたところで
何かになるわけじゃないですよね
だとすると今だって
同じだと思うんですよ
ここからなんですよね
ここから私が
ということはですね
ライフハックじゃ十分じゃないな
と思うようになったわけです
これはちょっと飛躍があるようなんですけれども
つまり怖がらないということはですね
むしろ私の感じでは
ライフハックしないって感じが
するんですよ
15:00
原因をどこかに起きするということに
意味がないならば
意味はないように思うんですね
もはや原因をどこかに起きする
これは精神分析に言ったところの
環境としての母親不全っていうので
説明は相当つくと思うんですが
それを今言ってみたところで
やっぱり昔母親に
ああ育てられていればと
思えるということによって
なんか一歩も前へ進む感じが
しないんですね
そうすると
ライフハックというのは原則的には
外的な何かに
原因を求めるものですから
例えば皿を割って
怒られるのも怖いみたいな
だから皿を落とさないようにしようって
これは外的ですよね原因が
皿を割るという
車を擦って
トラブルになるのが怖いと
怖いんだけど
だから車を擦らないようにするために
例えばセンサーを付けるとか
これがライフハックじゃないですか
でもこれは全部原因が
外にあるわけですね
そして時系列の因果関係を
持っているわけですよ
Aという出来事が起き
そしてその次に
Bという出来事が起き
その結果として
Cという私の恐怖がやってくる
っていう考え方なんですね
多少これで防げることも
あるんだけど
これで防げるのは
事態であって
イベントであって
私の中の神経系の話には
実は定食してないと思うんですね
私はその前から
怖くなってしまっている
つまり私の神経系というやつで
説明してもいいと思うし
私のうちなる母で説明しても
何をしてもいいんですけれども
これらの説明によって私が
つまり一番到達したいのは
怖がらないことなんですよ
他人をね
他人を怖がると思っている
その他人というのが
自分が空想している
他人なんですよ
多くの場合
まず出来事が起こる前から
怖いんだから
当然そういうことになっている
はずなんですよね
出来事が起こる前から
車を擦る前に
つまり普通にライフハックというものは
当然そうなんだけど
予防措置ですから
予防ってことは
怖いことが起きる
空想をするってことですから
先に
それを一切しないんだったら
予防できないですから
この空想することが
私の神経を乱すんですね
ここがあれなんですよ
一番の問題なわけです
最近思ったことのもう一つが
これが結びつけると
分かんなくなるので
ちょっと今の神経系の話から
一旦切り離したいんですけれども
最近思ったことの一つに
そもそも
事前っていう発想が
いけないんだと思ったんですね
これもちょっと分かりにくいと思うんですけれども
予防って発想は事前にするものですよね
18:01
でも事前っていう言い方をするからには
その何かことがあるわけじゃないですか
そのことを
つまりトラブルになることを
空想するか思い出すか
どっちかを必ずしてますよね
絶対にどんな場合でも
どっちかをしてるんですよ
それいつするんだろうって思うんですよ
いつするんだろうと考えてみたとき
そりゃ暇なときなんですよね
私はきっと
ここに僕の問題の
大半があるんだろうなと思ったんです
空想してるのは
時間があるときのはずなんですよ
時間がないときには
空想しないんですよね
ということはつまり
私が怖がってるのは
いつだって暇なときのはずなんですよ
忙しいときは
怖いということは
多分あんまり考えてない
忙しいというときは
つまりそのときのことに
かかりっきりになってしまいますから
かかりっきりになってないときに
私は神経を自分で乱すんですよね
これをやめりゃいいんだと思ったんですが
どうすればやめられるかというと
一つは暇にならなければいいんですね
というのはつまり
どういうことなんだろうと考えたんですよ
このときに
私は逆を逆を
いつもやろうとしてたんだと思うんです
つまり自分は
暇になろう暇になろうとするんです
よく
この番組だけではありませんけれども
自分の時間を奪われるって言い方するじゃないですか
このときに問題になっているのは
つまり自分としては
やりたくもないことを
やらされてるって話ですよね
これを全部やめて
私が何をするかというと
暇になるはずなんですよ
そこを目指しますよね
やりたくもないことをさせられるということを
全部シャットアウトすると
結果私はどうなるか
暇になるんですよ
で暇になるとどうなるかというと
怖くなるんですよ私の場合
これは暇になると
お金がなくなるって話じゃないですよ
暇になると勝手に
事前の出来事を予測しては
予防を始めるから
つまり怖くなるんですよ
予防しようとするってことは
怖いことを想像するってことですから
これをやめるということは
つまりやらされて
何かをやらされるということを
回避しないってことになるんですよね
これはGood Vibesで
依頼を即受けるって話に
結局つながってますけれども
私は今そういう道筋ではない方から
来たっていうことをお話ししたいんですね
つまり私は
どうして自分は怖くなるのかと考えたら
暇になってる時に怖くなってるんだと
で暇になるのはどうしてかというと
暇になろうと頑張ってきたからなんですよ
これじゃまるで
怖がるために頑張ってきてるみたいじゃないですか
つまりでも私は長らくこういう
ライフスタイルを押し進めてきたから
21:02
怖くなってるわけですよ
一番最初に来たことは
つまりやりたくもないことを
させられるっていう恐れから来てるんですよ
その恐れもいつしたかというと
たぶん暇の時にしたんですよね
この辺の流れが僕をぐるぐるぐるぐると
巻き込んでるんだなと思うようになったんです
私はしたくないことをしたくない
したくないことはしたくないわけだから
したくないんだけれども
じゃあ代わりにしたいことは何かっていうと
結構ライフハックだったりするわけじゃないですか
それは何かというと
怖い時のための予防措置ですよね
これを私は
なんて言えばいいんですかね
サイクルだったんですね
一つの負のサイクルだったわけです
この負のサイクルは
なんと言えばいいのかな
冒頭でなぜ神経系の話をしたかというと
この負のサイクルを回しているうちに
だんだんだるくなるだけの理由を
理由があるんだということを知ったということなんです
これは心の問題なのかどうなのかは分からないんですけど
私の場合は間違いなくそういう面があるということです
この負のサイクルの中には緊張感を高める作用があるんですね
そもそもタスクシュートではないけれども
タスクリストというものを見ていれば緊張状態は高まります
私はそういう人間ですから
約束を守れなかったり仕事が片付かなかったりする
不安というものがよぎらない限りは
あのようなものは作らないはずなんですよ
作るということは忘れないようにしようと
人に指摘されないようにしようと
指摘されないということが一番
自分の中ではしっくりくる言葉ですね
人にとやかく言われないようにしようかな
それを意識するということが
一つの緊張感を生み出して
だから私はいつもその緊張から逃れたいというふうに思っていたわけです
温泉入りたいとか思うわけですよ
そういうふうに私は
私の中の緊張感が高まってきたよという合図の逆サインとして
私がやりたいことというものが出てくるんですね
南国に行きたくなるわけですよ
冬は南に行くって書いたのは
カフカだったかな
カルだったかな
あのセリフは僕にはすごくしっくりきたんですね
冬は南に行く
つまり緊張感から解放されたいわけじゃないですか
寒いところって緊張させられますからね
肉体が
私なぜ寒くなると自分の体調が悪くなったり
ご飯食べてる人はまだ分かんない
これいつ効くか分かんないですからね
とにかく冬になると胃腸の具合が悪くなるわけです
その理由もなんとなく先日のお話で分かった気がするんですね
すべて私のライフハックとかライフスタイルというものは
24:03
これに対するアンチテーゼだったんだなっていう風に理解できたんです
だからなんだなって一つ思い当たることがあったわけです
つまりこの因果関係の中に生きようと生きている限り
まずイリュージョンから逃れるのは不可能なんですね
時系列の因果関係っていうのはそれ自体が空想の産物なので
絶対にこれをやる限りはこの空想から逃れられない
その時に不思議な言葉を思い出したんですよ
確か
ごめんなさい正確じゃないような気がします
メラニー・クラインの著作なんですけど
戦亡と感謝かなそういう論文があるんですよ
タイトルこのままかは分かりません
ただ人はどうやって戦亡を乗り越えて感謝できるようになるんだろうって
これがつまりいいおっぱい悪いおっぱいで
悪いおっぱいだから破壊してしまおうとしたんだけど破壊しきれなかったと
そうですよね赤ちゃんは悪いおっぱいだからって噛みちぎるって言ったって
またおっぱいは出てくるということがあるわけです
もうちょっと違う言い方をするとミルクを飲み干したからといってまたミルクが出てくると
ここを2つのものは1つであるということに感謝できるようになろうっていうのが
メラニー・クラインの多分精神分析のゴールなんですけれども
そういうことだなと思ったんですよある時不意に
なんて言うんですかね2つのものが1つであって
いいものと悪いものが同じであることが僕ら嫌なんですよ
一番わかりやすいところで言うといい上司と悪い上司が同一人物であることが嫌なんですよ
もうちょっと言うとよく言うじゃないですか恋人とか夫婦
あの人にこういうところがなければ最高の人なのって
あれですよねあれは嫌なところといいところがあることには感謝できないんですけれども
同一人物であるということがありがたいことでないと話としておかしくなっちゃうわけです
いい会社と悪い会社給料くれるときはいい会社なんだけど
上司が残業振ってくるときは嫌な会社なんですよ私たちにとっては
それが同一でなければいいのにって思うんだけど同一なんですよね
そこに感謝できるようになろうっていうのがつまりそこに感謝できるようになるってことは
エナルシズムを出すってことなんだけれども
そういうことをクラインが言っているわけです
で私がこの時に考えたのはつまり同時的ってことなんだなっていうこの番ですよ
今日は話が抽象的な上にあちこち飛んでて申し訳ないんですけど
これはここ3日休んだ反動で調子が出てないと言えます
もう昼にやっちゃってますしね
私が感じた最近のことというのはつまり
27:03
神経系の話にしても扇望と感謝の話にしても問題は同時的っていう話なんですよ
私たちはついついそれを通時的前と後ろの話にしがちなんです
前と後ろに分けてしまう
そうすることによって私たちは悪い出来事が起こることを予防しようとしちゃうんです
私はすごくそれを極端にやってきた人間なわけですよ
だけれどもそれを予防しようということはどういうことを生み出すかというと
例えば交換神経のことしか意識しないとかね
これはすごくライフハックとか時間管理術で出てきている
私の感じで今思っている中では一番まずいやり方なんですね
副交換神経というものは最初に言った通り
二つの異なる性質のものに私たちは同時に支配されているはずなのに
片方だけの見方をしたくなる
でも我々にとってそれは常識的なものだと思うんですね
いい人にだけいい顔をしたい
あるいは機嫌のいい時の相手だけにいい顔をしたい
そういうふうに生きています
給料をくれる時だけ会社に行きたいわけですよ
そういうことはできないわけだし
そもそも二つに分かれていないものを二つに分けるということは
それは一つのイリュージョンを作り出すということで
しかもそのイリュージョンを作り出した結果
悪のほうが出てきちゃうわけですよね
この悪を避けるというのが予防なんだけれども
これをやりすぎるということの結果
人生がひどく暗いものになっていくというか
例えば私にとって冬がひどく暗いものであったように
そういうふうになりやすいわけですよね
つらいんで黒い部分に触れるということ
赤ちゃんにとっては出ないおっぱいに触れさせられるのは
つらいことなので
もう永遠におっぱいを飲めなくなってしまうのではないかという
恐怖にとらわれるのでこれがイリュージョンですよね
それをクラインのような人は
原初のイリュージョンみたいにとらえたわけですけど
そういうものに僕らはいつまでも悩まされることになる
だからそれを避けるためにはやっぱり
過剰に良いほうに入れ込まないことなんだなって思うんですよ
そして一番良いのは
善望から感謝へ行くようにですね
何かを得るときに
失うときに
同時的に何かを見るということなんだと思うんです
例えば赤ちゃんの例というのは確かに良い例だと思うんです
悪いおっぱいに吸い付いているときに
得ているものがあるはずだということですよね
30:02
悪いおっぱいに吸い付いているときにも
得ているものがあるはずなんですよ
これとクラノノさんのGood Vibesというところの
与えた途端に与えられるというのは
おそらく同じことをクラインは言っていたんだと思います
そういう瞬間ってきっと多々あるはずなんですよね
嫌なことが嫌なことだけを意味する瞬間なんていうのはむしろないので
これもあれなんですよ
その厳しい世界の中に良い面を見出しましょうみたいな話になるんだけど
多分そういうことではないと思うんですよね
この話をもう少し詰めていきたいと思うんだけれども
間もなく私は迎えに行かなければならないんですね
迎えに行くとかそういうときに起こる現象だと思うんですよ
これの悪い面だけ見るのはとても簡単なことじゃないですか
よく自己啓発にあるような面倒くさいことの中にも
良い面を見出すみたいなのも頭ではできますけれども
意味がないような気がするんですね
そうではなくて何かこのときに得ているものがあると
その得ているものというのは多分与えていることなんだと思うんですよ
これ非常にややこしい感じがするんですけれども
結局悪いものが差し出されるっていうのは本当はないはずのことであって
私たちは何かを与えるというのはつまり使用されるみたいな感じなんですけれども
これも日本語で言うと変な印象になるんですよね
利用されるみたいな感じなんですけれども
このときに利用されるというとネガティブなニュアンスが必ず含まれるじゃないですか
でも利用するっていうのは非常に良い意味である使い方もしてますよね同時に
この同時性っていうのが大事なんだろうなと思うんです
クラゾンさんがグッドバイブスでよく後から感謝されたりすることには
おまけほどの意味もないっていうような言い方があるんだけれども
私はそれは非常に扇望と感謝というものと内容はおそらく酷似している感じがするんです
良いおっぱいと悪いおっぱいは同じものなんだっていうこと
そしてそれは結局おっぱいをスーってときにだけ成立する話ですよね
スーってときでなければこの概念それ自体が無意味なものになるはずです
不機嫌な家庭内で不機嫌な奥さんなり旦那さんなりと接しているときにだけ与えられることっていうのはあって
しかもそのときには良いものと悪いものが同一になっている
33:03
だから同時的であって機嫌を直してもらったから後で笑顔で接してくれるとかいうのもいいんだけれども
そういう因果的なものとか時系列で語られるものじゃなくて
そのときに同時に起こること
それが私の頭の中では神経系の同時支配というものとすごく関係があるような気がするんです
どっちかにグッと寄ってしまうと必ず善悪みたいなものになってしまう
とにかく白と黒みたいなものになってしまう
そうやって私たちは白と黒みたいにすることでメリットとか損失とか損をしたくないとか言うじゃないですか
時間を失うとかそれはその瞬間に何か現れるような気がするんですよね
時間を失うんではなくてネガティブとポジティブに分けた瞬間に
そのネガティブっていうものを回避しないとダメだっていう意識を生んだところから始まるような感じがするんです
それを何て言うんですかね
そういう観点をやめるって感じなのかな
だから物の見方を変えるみたいな話になるんだけれども
これは物の見方を変えるというよりはその観点をいい加減やめるっていう感じがするんですよ
やっぱり赤ちゃんのときに始めたぐらい原点は古いもので
そういう損害のことで苦しむことはだいぶ自分も減ってはきたんですけれども
これを時系列で見る時に
時系列で見るっていうのは時系列で見てるわけではなくて
時系列で説明しようとするそういう視点があるんですよね
ビューポイントがあります
このビューポイントを捨てれば最近そういうことを少しできるようになってきたんですよね
ビューポイントを捨てればさっきで言うところに
神経系の交換神経が強く緊張していくというか
強く働き始めるということをやめることができるんですよ
そうしたときにそうじゃない神経系の支配もコントロール下にもあるということに気づくことができて
これが不思議な結果を生んだ気がするんですよね
最近はすごく一時ひどく調子が悪くなっていた部分がそこまで調子悪くならなくなったんです
それはどっちもあまり働かせないということによってできることな気がするんですよ
時間を大切に思えば思うほど失うことが恐ろしいことに
恐ろしいというかものすごく理不尽なことをされているような気がするものなんです
36:05
今ちょっと話題になってましたよね
例えばワクチンの電話がかからないということに
ものすごくお怒りの方が結構いらっしゃるみたいで
よくわかるんだけれども
でもワクチンじゃないですか
すぐに何かの治療薬を打たないと死んでしまうという話とこれは違うと思うんですね
この行き通りみたいなものって僕らはどこまでもエスカレートさせていくことができる気がするんです
それって悪いおっぱいというものに対する恐怖を
多分赤ちゃんにとっては大変な恐怖なんだと思うんですけど
どこまでも絶大なものにしていくことができて
ということは当然その逆をすることもできて
その差っていうのは本当にある意味では天国と地獄っていうのはそういうことなのかなと
出る出ないは違うんですよ
給料をもらうのと残業させられるのは違うんだけど
それが普通の観点から見ると相当神がかってるっていうのはおかしいけれども
相当独特な観点を取れた人ぐらい同じに見える人と
それがもう人格が乖離しちゃうほど違って見えるという見方
その見方の違いに過ぎないけれども
あんまりにもそれにしても住んでる世界が違うようになることがあるんだなということを
そういうことを最近立て続けに話を聞いて
なんとなくわかったような気がしたわけですね
38:04

コメント

スクロール