1. 佐々木正悟の自由連想
  2. 「精神分析的」とは何だろう?
「精神分析的」とは何だろう?
2026-09-17 43:47

「精神分析的」とは何だろう?

9月26日の山崎隆之さんとのイベントの裏テーマです
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00:05
おはようございます。 佐々木正悟の自由連想をお届けします。
えーっと、今日は9月の何日でしたっけね。 えーっと、9月の17日、木曜日、朝、7時22分です。
早い、早すぎる。 あーまあね、だんだんこう、うちの子も高校の大学年ともなってきまして、
なんかこう、部活のね、責任とか何とか言い出して、選挙管理委員会とか何とか言い出して、早いんですよね、朝が。
本当にやめてもらいたいですね。私は、あの、3分の1も真面目でない学生だったんで、そんなもんやったことがないんですけど、
まあやっぱり、ここら辺が男女の違いかもしれないんですけど、それはよくわかんないから、まあしょうがない。
とりあえず、令和の親としては付き合っておくしかないといった感じがします。
はい、お知らせです。9月の26日の土曜日に人望、リアルには人望庁、基本的にはオンラインのイベントを開催します。
山崎隆明さんですね。精神分析的心理療法課、あの、公認心理師、臨床心理師でもある山崎隆明さんを、まあお招きしてというか、彼とのトークイベント。
前回に引き続き第2弾ということで、前回大変好評だったということがありまして、
あの、まあ、彼、理由に言うと、要するにここで私と佐々木さんが喋っとけばいいんですよ的な、そういうふうに言ってくれたんで、まあそういうもんなんだということにしておいてですね、
えーと、やりますんで、まあアーカイブ配信もしますので、よろしければ是非、あの、
コードの木場ですね、NOKIBAで1000円引きとなりますので、えー、まあ連休中にでもお申し込みいただいておけば、
台風基礎ですしね、連休は、あの、どこも出かけにくいと思いますんで、お出かけのご予定ある方はちょっとあいにくなコースに、だんだん台風になってきましたけれども、あの、
よろしければご参加いただけるとありがたいです。
まあ今日はその話に加工つけて少しちょいちょい私が最近こう行き詰まっているのか進展してきているのか難しいところではありますが、
私のライフワークでもある精神分析的ビジネス個人コンサル、長いな、まあ3ヶ月個人コンサルと最近は名前をしつこく改めてですね、
3ヶ月チャレンジから3ヶ月セッションから、もうセッション1ヶ月も持ってないんですけど、3ヶ月個人コンサルという名前でやっていきたいと思っておりまして、
まあ基本は3ヶ月なわけですよ結局、で、まあそれをこう、お試し1回、で1回良ければ4、5回、でこれも良ければ3ヶ月と、いつでもお申し込み今いただけるようにしてあります。
03:00
お悩みはね、3ヶ月に一遍ちょうどよくやってくるわけじゃないと思うんで、何でも何でもなんですけれども、やっぱりまあ仕事上のということになると思うんですね。
仕事上のお悩みがある方はですね、持ち込んできていただければ、まあ私が心の表面と真相と、要するに善意気ですけど、心の善意気に対照関係論、
まあこの番組では説明いらないと思いますが、精神分析のですね、ある学派の、それをやるっていうんじゃなくて、それを私が常時意識のところにこう、なんて言いますかね、こう、バックグラウンドでそれをずっと動かしておきながらお話を伺っていくと。
で、ケースによっては、それによって非常に精神分析的な、私が考えるですね、精神分析的な方に行くこともあれば、行かずにあくまでもビジネスコンサルの領域に留まる。
あ、ちなみにビジネスコンサルというのは個人ですからね、全部個人、あのいわゆる企業コンサル的なものではないということですね。まあ企業コンサルだって結局社長のお話を、社長という個人のお話を聞くんだと思うんですけど、まあえーとなんて言うんですかね、企業をコンサルするとかファイナンシャルをコンサルするとかではないということです。
いわゆるお悩み相談です。仕事上のお悩み相談ですけど、そういう意味では私が昔からやってきた、私仕事術の本格人間だから当然そういうのを持ち込まれるということは実は多々あったわけですよね。それをむしろ中核に置き直して、しかもそこのペースにですね、私としてはやっぱりこうライフハックや仕事術では、ではというかそれだけを持っていても気がつくとですね、あのその時はもちろん意識してなかったけど、
精神分析というもので説明されている事態が進行しちゃってたんですよね。そのことはうすうす意識してたんですよ。そういう言葉で今言ったような言葉で説明できなかったけど、うすうすそういう事態が進行している。
例えば明らかに自分は親代わりにならされつつあるみたいなことは感じてたわけですよ。でもそれも私はアメリカで5年留学で心理学やってたし、あそこは心理学とか言っても臨床心理学やらされるんですよ。3つあるんですよ。アブノーマルサイコロジー、異常心理学ってやつと、それはもう教科書の表紙がフロイトバーンですから、アブノーマルサイコロジーでしょ。
パーソナリティセオリーズっていうのがあったような気がする。性格理論みたいなやつなんですよ。あれは一般の心理学で必修でしたからね。必修で何も取ってないんで。私当時は臨床心理にはほぼ全く何の興味もなかったんで、ひたすら心理学と脳に興味があって、実験心理学一変等みたいな人間だったんで、コンピュータベースと実験心理学ね。そういうの大好きだったから。今でも好きですけどね。
でもまあ今はほとんどそっちの系のは読まないんですけど、社会心理学も面白かったけど、それも必修なんですよ。異常心理学でしょ、性格理論でしょ、あと臨床心理学みたいなやつやるんですよ。臨床心理学そのものではないんですけど、でもやったのはCBTですよ、完全に。完全に。認知行動療法ですよね。私それを受けさせられたし、実践でやったこともある、プラクティカムとか言うんですよね。だからやってるんですよね、そういうこと。
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なので何が嫌いかというと、だから別に臨床はできるよって話は、そんなものは私がしようと思ってることでもないし、そういうことじゃないんですけど、親が俺になっていくよねって、あれこれどっかで読んだ記憶があるっていうふうに思ったわけですよね。それはアブノアのサイコロジーで読んでるわけですよ、転移出てくるんで。
だから、あの、という事態が進行してるっていう意識を持っちゃったら、興味というよりは危機感に近い何かを持つことになるんですよね。あれだけど、これで自分が説明しているライフファクト、タスクシュートの話をしてる気でいるけど、本当にそういうことになってるかこれはっていうような、やっぱり疑念が湧いてきていて。
で、それで、フロイト読んで、クライン読んでみたいなことをチャラチャラやってて、全然わかんないって思ったんですよ。全然わかんない。特にクラインはさっぱりわかんねえと思って、何が言いたいのかも全然わかんないなと思ったわけですね。それで一体放り出したんですよ。
で、そのだいぶ経ってから、あの、クラザノケドサのグッドバイですね。あれはどう聞いても、まあ、クラインだって思ったわけじゃないんだけど、彼はそういう風には絶対言わない人ですし、まあ彼の信念としてそれはありだと思うんだけど、ただ、私は、いやこれ絶対あれだよって、あれってどれだよって感じだったんだけど、要するにあれって対象感、いやあれってクラインなんですよね。
あれだよあれみたいに、これいいおっぱいと悪いおっぱいと東映ドイツカの話してるよ絶対っていう風に思ったわけですよ。してるし彼は。
で、そして、やっぱりクラインをもう一回、なんとなくクラインなんじゃないか感の、このものすごく遠い、どこかで聞いてあるあの音楽の名前は思い出せないんだけどみたいな、なんかラジオのDJとか天才的じゃないですか、なんか変なダダダとか言ってると、あーとか言って、じゃあ流しますとか言って、それなんですよね。
あれもうどういう能力だよと思うんだけど、まさにそういう感じで、なんかクラインっぽい気がするとは思ってないんだけどクラインを読んでて、やっぱりよくわかんなかった時にたまたま、あのたまたま松木さんの本とたまたま藤浜さんの本と、いやそんなことないだろうって思われるかもしれないけど、本が少ないんで、当時特にコロナの前ですから少なかったんで、そのような棚に行くともうそれしかないみたいなのがあったわけですよね。
たまたまフロイト全集は先生から無理やりがめたから持ってたんだけど、それらへんをぐるぐる回っているうちに、このカチャッとハマったわけですよ。
要は集中講義と不在論と対象関係論の講義ってやつにハマって、これがコロナの時にちょうどラッキーはいけませんかね。とにかく家から出られなかったから、もう読みふけてたわけですよね。しかも私はそういうのがもともと好きなんで、なんかめちゃくちゃ読んだわけですよその時。
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集中講義5週ぐらいした気がする。他にやれることなかった。すっごい仕事もどんどんなくなって、本当に本当にやばかったんで、なんかね、現実逃避を兼ねてたんですよね。あまりにも仕事がなくなって恐ろしくなって、全くなかったわけじゃないんだけど幸いにも。でも給付金いただきましたよ本当に。
だって収入が前年度の同じ月の3分の1を切るとあっさり全然切ってたから、いやそんなんで生きていけるわけないじゃんと思うんだけど、とにかく本当に外にも出られないしセミナーもできないし打ち合わせもできないしさ、やれることがないんですよね。だからしょうがないからアフロイトの本を読むとかしょうがないから集中講義読むとか、もうこんなの読んでて俺死んじゃうんじゃないのって本当にこんなの読んでてどうすんだよって思ってたんだけど、
それが自分の今の仕事になってるわけだから、やっぱり世の中わかんないもんですよね。
本当だって集中講義とかさ、藤山直樹さんがこれを読んでもわかるようにはなりませんからねとか平気で書いてあるし、どういう条件で読者が読むかわかんないから書かなきゃいけないし、あっさり書かないでほしいですよね。
こんなの読んでても役に立ちませんよみたいなことをあっさり書いてるけど、シチュエーションが半端なくヤバかったんで、本当に大変恐ろしい体験でしたが、おかげさまで集中できたっていう。
私集中とかできない人間なんで、ああいう時に集中、過集中というかもう猛烈に現実逃避ですよね。コロナのことをとにかく忘れたかったから、コロナのことを忘れるようにしてむさぼるように本を読むわけですよ。
なんか上次第の講義受けてるぐらいの気持ちできっといるわけですよ。でも自宅の書斎で仕事のない人間がもう40半ばにもなって、そうだよねその辺だよね。40半ばにもなって無消費でほぼニートタロウそれっていう感じですよね。
読んでる本が交渉であろうとなかろうと、仕事してないでしょそれはっていう。してないんですけど、そういうわけで読んでいたわけです。
藤山さんの本と松木さんの本を、結局相当3年ぐらい続いたじゃないですか。3年2人の本しか読んでなければそれは結構読みますよね。怖くてしょうがなかったから、ああいう本読んで気を紛らわしてたわけですよ要するに。
ゲームとかしてるのほんと怖いじゃないですか。同じことなんだけど。なんかもっともらしいことをやってる方がまだしも気は楽だ。僕は気が小さい人間なんでそういうことになっちゃうわけですよ。
多分ね応用に構えられる人がいないときにゲームとかして、なるようになるさとかって言ってる人はだいたいなるようになるんだけど、私のように昇進者はなるようにならないあれですよ。なるようにならないかもしれないっていうときになんかこうカウチでを使って今でも週4回でやってるんです。本当かって感じ。特にコロナの時とかどうやってたんだよって感じがしますが。
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まあとにかく週4回今でもやってるんですみたいなことを書いている本を読んで、なんかなんとなく、いや猛烈に慰められてたんですよね。あの頃アドピーも治ったんですよ。その辺の話をこのイベントでどのぐらいどういう展開できるかということもあるんですが。
一旦ちょっと話を戻しまして、要はタスクシュート。入り口付近にタスクシュートがあるのは確かなんですね。タスクシュート協会を作ってますし、タスク管理の一種法なんですけどね。どうやって接続するかが問題だと。
昨日私たまたまそのそっち系のタスクシュートじゃないんですけど、タスクペディアっていう方の専門の作った人、そういうシステムを作ってる人に話を伺ってて、いやもうなんちゅうのかな。どっちかというとベースはもうタスク管理、タスクペディアの話をするというよりはもうワンワンなんだと。つまり私と同じですよね。ある意味で。ワンワンをベースにしてそっちから展開するんだみたいな。
まだ私それがイメージしきれない。ワンワンってだってさ、人来なければベースにならないじゃないですか。つまり最初にやることはSNSでつぶやくとかそっちから入るじゃないですか。そっちをどう、そっちに興味持った方をどのようにイベントにとかどのようにワンワンに集客するかみたいな話なんだと思うんですよ。
私もうこの手法にいい加減うんざりしていて、なんかこれやってても不幸だなって思うんですよね。だから最近XはCMとか告知とか言うよりはただただ本当に際どい言いたいことをガンガン言ってるだけになってるんですけどもちろんそれは仕事になってないのでダメなわけですよ。
なんとかこの導線って言うんですか。でも僕導線って考え方がどうもよく理解に苦しむんですが、でもなんかやっぱり必要だなと思うわけですよね。でタスクシュートもずっとこういうふうに僕ずっとやり込んでいて、もう24時間の記録が残っている状態が10年も続いていてそれでも行き詰まったから、グッドバイブスから精神分析という流れに入ったわけですけど。
でもこれはこの線で入るべきだってことじゃない気がしてきたんですよね。だってそんなことをこの3ヶ月セッションの人はやっていらっしゃるわけじゃないんだと。タスクシュートで行き詰まったからここ来ましたというふうに皆さんがおっしゃってるわけじゃないんですよ。そういう方もいるけれどいたけれどそうじゃない人の方が普通に多いわけですよね。
その昨日のタスクペディアの話を伺った時も思ったんですよ。必ずしもタスク管理で行き詰まったから1on1をやってもらうわけじゃないんだなと。それはそうなんですよね普通に考えて。でも問題なのはでもタスクシュートしかないこの私の名前といえばライフハックかタスクシュートしか連想されないこの状態でどういうふうな接続だと接続接続どういう連想していただくといいのか。
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1on1が絶対必要だっていうんじゃないんですけどこの私として精神分析というものに興味を共有していただくにはどうしたらいいのかと。やっぱりタスクシュートから精神分析できて明らかに無理があるわけですよ。自分の中でももうそうなってないしタスクシュートは今でもやってますか。
正直僕にはあるといいけれど他の人にとってわからないですよね。あれは投資費で何かをもたらすと思うんです。一番似てるのはカーナビなんですよ。
カーナビっていうものが時間に関わるからタスクシュートは生活の多くの領域に関わっては来られますがカーナビが人生の問題を解決するかってそれはないんじゃないですか。でもカーナビはあった方がいいと思う人はいっぱいいるわけじゃないですか。なくたって全然いいよって人もいるでしょうけどでも試してみる価値ぐらいはカーナビってあると思うんですよ。
タスクシュートはカーナビと実によく似てるんですよね。シミュレートはしてくれるが計画を立ててるの。カーナビの道順って示しますけどあれ計画じゃないですよねどう考えても。あのように計画して人は車の運転してるわけではないと思うんですよ。
すごい充実になぞる人もいますよ確かに。リルートしてくれるから別に好きなように走って方向さえ間違ってなくて大通りの方の道を間違わなければ基本的にはどういってもいいわけですよね。タスクシュートって本当それとよく似てるんですよ。
ただし軌跡が残る。走った道が残る。これが結構大事。なぜならば人生に地図はないからむしろ軌跡が残らないと時間シミュレーションしかしませんからね。タスクシュートは。
このことが精神分析と無理矢理関係すぎれば関係付かないわけじゃないんだけどただ私の感じではむしろこのアプリを使おうとしているとかそれよりももっとこういう言い方ができるんですよね。
絶対必然的にこれをやる。自分の言葉がややこしい硬いんだけど時間自分の時間の構造上これらのことはしないっていうのは異常だっていうことすら怪しくなってきたっていう時に精神分析なんですよ。僕の接続的にはこうなんですよね。
例えばやらないってことはできますよ。昨日その方とお会いしてきてもう僕が声をかけて是非会いたいと思ってお誘いしてるわけですよ。でもこれは家庭の話ですね。すっぽかすことはできますよね。
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いやあの今日は雨で行く気がなくなりましたとかでもやばい人になっちゃうんじゃないですか。でもできなくはないし世の中そういう人も現にいますよね。つまり自分の時間の構造上計画っていうまでは行かないし計画しなくったってそれは現地にはせさんじますよみたいな渋谷ですよ。渋谷に11時半に行きますよそれはね。
行かなかったらもちろんだから子供が交通事故がありましたとかでひらやまりに謝ってでもその時にキャンセルするってことはできるけどキャンセルはそのぐらいの意味を持つじゃないですか。少なくともね。だから雨降ったから行くのやめるよみたいなそれじゃあやばいでしょう。でもそういう人もいるわけじゃないですか。
でこの時間をどう構造化していくかっていうのはその人その人によってすっごいその人の価値観が出ていてでその人の価値観の中でまあこういう時に長寿がって言いたくなるんだけど別に長寿がとか言わなくてもいいわけですよ。その構造上これだけは外せない。そうなると絶対にこの前にこれはしなきゃなんない。
例えば絶対に駅まで歩いていくつもりならば雨も残坂だしここで傘を持たなきゃなんない。だから持ち物に傘が入るみたいなそういう構造なんですよ。これは計画っていうのと違う気がするんですよね。でこういう構造を組んでみると組んでみると面白いことに体内の人は寝る時間を含めると寝るでしょ人間は24時間がいっぱいいっぱいになるんですよ。これがタスクシュートの原理なんですよ。
気がつくとこれしかできないっていうそのことを多くの人は残念に思うものなんです今の時代。いや俺この2倍はやんないとあの一発の人間なれないし何なら5倍はやんないとみたいだから24時間に120時間っていうギャグが出てくるわけですよ。無理だっていうことを我々はまず自覚しようとしないんですよね。
これをこれは意味違うん本当に絶対に違うんだけどこれを僕は万能空想と言いたくなるんですよ。意味違いますよ。万能空想というのは精神分析的にこういう意味ではない。だけれども非常に万能感があるんですよここには。古代感もあるし本人はそう思ってないんですよ。古代だとか万能感だと言われるとカチンとくるかもしれませんがそういうことじゃないんですよね。これはやっぱり無意識が持つ古代感なんだと思うんですよ。
いやあの田崎さんは夢がありませんとか言われるんだけどそういう問題じゃないんですよこれは。もともと人間の現在の生活はそういうふうにはできてないってことが大事なんですよね。AI使えばっていう話はあると思うんだけど私はそういうもんではないなと思うようになったんですよ今のところ。
別にAI使えばそれは本1冊分1日で無理矢理書かせることできるしそいつをたたき台にして語触を外して自分なりの表現に色々切り替えていった方がおそらく早くかなり早く本は書き上がると思うんだけど私はそういうもんじゃないなと思うんですよねやっぱりね。
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あのこれ難しいんですよね何だっけ詩人がドガに言ったんでしょう。ドガがあの詩のアイディアいっぱいあるんだけどね詩が書けないんだよって言ったらこの詩人にこうあの悟されて詩をアイディアで書くもんじゃないから言葉で書くもんだからこれは本当につくづくそう思うんですよね。
AIはプロンプトって言うじゃないですかだから話が逸れてますがアイディアで書いちゃうって思われてるんでしょうねでも文章は言葉で書くからなって僕はよく思うんですよだから僕はどうしてもあのみんなそれに対して異論を唱えられるんですけど僕本50冊書いて大した本じゃないと言われればそれまでですけど
絶対に1文字目から書いていくつまり頭から書いてるんですよアウトラインとか目次とか作った試しが実は作りますよ編集さん用にとかでもそれはとりあえず用意してるだけであってそのようなものはあまり念頭になくひたすら第一章の第一節からひたすら前から書いてって最後まで書き終わったら本が書き上がるんですよ
これ以外の本の作り方って私には全く理解できないものなんですよねあのアウトラインを作るとかそういうのでもいいんでしょうけど別にだって別にっていうかなんというかさっきの詩人の人の話と同じでアウトラインによって本は作られないからなっていう本は結局こと区によって作られるもので同じことなんですけどね僕は詩人みたいにそんなに凍結した考え方を持ってるとかではないんですが
どこだってそうじゃないですかってこれ誰かの本に書いてあったんだよこれも精神分析家の本に書いてあったんだけどその通りだと思うんですけどどこだってそうだと思うんですよアイディアで絵描いてるわけじゃないと思うんですよ彼は絶対に絵は絵筆と絵の具で書くもんだからって言うと思うんですよつまり自分の専門領域になると途端にそうなるくせに自分の非専門領域だとなんかアイディアで何かをするみたいに思っちゃうんですよねアイディアとか全く関係ないと僕は思うんですよ雷河博本ってアイディアをあのー
なんていうのかな並べ立ててるものだと思われてるかもしれないけどライフハックはアイディアですけどライフハックの本はアイディアで書けるもんではないような気がするんですよね話はそれてんだから僕が ai でが本書くっていうのは
AIが本を作るのを手伝うのはわかるんだけどそして本とそっくりのものもできる気がしますけどAIで本は書けない気がしますよねっていう感じがするんです
なぜなら文章は頭から最後まで全部繋がってるからなんですよでこれが繋がっちゃってますよね佐々木さんのって言われてそれがある種のこう
出席なのか編集さんによって批判なのかしてから来られる方もいてこの人にとったらそういうもんじゃないんだろうなと僕からするとつまってるでしょそりゃって思うわけですよ
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1章から8章まで全部繋がってますよそりゃそうですよっていうだってそれしかないじゃんっていう感じがする僕からすると本て川みたいなもんなんで
川というのは途中で途切れてる川っていうのはそれは川じゃなくて湖だろって感じがするんでなんちゅう沼とかね川が最初から最後まで流れてますからしょうがないですよねそれはっていう気がしますねだから川を aiで作ろうみたいな
なんかそれは僕からすると偉い不思議な話みたいに聞こえますね川を ai で綺麗にしようならわからなくはないけど川を ai で作んないだろうみたいな感じがします
まあそういうことですねどういうことなんだ私が今したかった話はですねだからタスクシュートから精神分析ではないんだが
でも私にとってはなんかこう精神分析に行き着いた必然性みたいなものはあってですねそれを26日にはお伝えしなければいけないと思っているわけですね
で皆様にはおそらく興味の分かれないところだと思うのでこれをメインテーマにはしないし当時当時剃り上げることもしないかもしれないことがもう一つあってでもここではしゃべっちゃうことがあって精神分析的とは何なのかっていうことを
これがあるから私と山崎さんがトークするんですよね多分これね多くの人が興味ないんだと思うんですただ私はこれに興味を持たざるを得ないところがあるんですよ
いや興味を持たなくたっていいんですよだからお前のの医者のくせになんか大真面目に物事考えすぎなんだよとこれ誰かに言われたんだけどもっともなんだけどしゃーないんですよ
気質なんですよこれはそれが立派だとか偉いとか思ってるわけじゃなくて他のやり方は考えつかないんですよ私には
だから山崎さんがポストって言われている精神分析的心理療法っていうのは藤山直樹っていう人がそれに対して異論を唱えてはいるけれど結局並行異動仮説だと思うんですよねつまり週に1回だからダメなんですよ週に1回だから精神分析的とか言わなきゃなんなくてあれはほぼほぼ精神分析なんですよ形式といい資格といい
精神分析の資格とってないとかっておっしゃるんだけどでも訓練受けてるぐらいの人やっぱり精神分析
まあだから何種のかなそれはいずれ精神分析かになるでしょうしなんないかもしれないけど山崎さんはそれはいずれ精神分析と言っていいものになるなるかその手前にある言うなら回数だけだよねその問題はっていう回数が重大な問題なんですけど
1回4回にしたら単純に値段4倍になりかねないし4倍にならないんですけどただ時間は絶対4倍になっちゃいますしねしかもオンラインじゃないわけですよね
でも少なくとも精神分析かじゃないかもしれないけど公認心理師とか認証心理師ではあるわけじゃないですか
大学院出ていて正規の訓練も受けていてっていうことになってくるとですねこれは精神分析的とはいえ精神分析にちゃんと迫ってるぞと客観的にもというべきなの外形的にもというべきなのか一方で私のは頻度の問題じゃないんですよ三角形で区切ります大学院も出てません
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で、認証心理師でも公認心理師でもなんでもなくて精神分析科の知り合いも誰もいません訓練を受けたことなんてもちろんありませんしかも週4回とか6回とか実はやっちゃってますというどうやっても精神分析には慣れない精神分析的ビジネスコンサルなんですよこの精神分析的とポストで言う精神分析的は明らかに違うんですよね
このようなことを僕は絶え間なく意識してるわけですよじゃあ精神分析的とお前が言う場合はどういう意味なんだっていうことになるからそれは精神分析の要素が入ってるんですよって言わなきゃなんないですよここで山崎さんが書いていることが実はとてもいいようでとてもネックにもなるようなじゃあ精神分析って何ですかってことになるじゃないですかどうしても精神分析の要素を持ってると要するになんちゅんですかね
言い換えてるだけだから言い換えるのはやめよう
エレメントを持ってると言い換えた英語でねエレメント持ってると
じゃあエレメントってなんだよってことになるつまり精神分析ってのはなんだよってことになっちゃうわけですよ
よくありがちなそもそも論ですよねそもそも精神分析って何なのってことになっちゃうわけですねで精神分析って何なのかっていうと山崎さんに寄せるとそれは人の数だけあってコンセンサスありませんってことになる
これはすぐに異論が出るんですけれども精神分析ってのはこういうもんだよみたいな
戸川さんって方と対談を精神分析は楽しいっていうムックの中でなされていて戸川さんがそれに対してあっさり言いを唱えていらっしゃるわけですよ
でも戸川さんのを読んでいけば読んでいくほどですねいやでもそれを精神分析以外ではありえないんだと言われても
現にこの週4とか週6とかでやっちゃってるこの精神分析的ビジネスコンサルという私がやってるものの中でその言われてることは起きている気がして仕方がないんだけどっていうことになっちゃうわけですよ
例えば非表彰領域とか言われて非表彰領域でのあれでしょみたいな非言語的な東英ドイツ化を中心としてそこでコンテナを発動させ発動はさせないんだけども
でもコンテナがあってアルファ機能が刺激されてっていうやつだよねっていうそういう説明をするとまたそれに対する否定性が出ると思うんですよ
だいたいそういうことをお前みたいな奴がやるなよってことになると思うんですよでも怒っちゃうんですよ
それにそんなことは夫婦間とかでは起きちゃってるんですよねで夫婦間で起きるのはいいんだって皆さんおっしゃるんだけど
夫婦間で起きていること夫婦の間で夢が見られなくなってPSポジションにお互い入ってまあ要するにそんなにかっこいいことを言わなくても
30:02
あの物投げあって口汚く罵っていて犬も食わない奴をやってるだけなんですけどねそして頭がカッカして言わなくていいことを言っちゃってっていうだけなんですよだけなんだけど
物の本を読んだ上でそれを遭遇してみるといやこれもう絶対定義だしっていうことになってるわけですよね
松木国室さん流に言うと松木さんがおっしゃるところのですね奥様のことを分析的に読むんですかいや読みっぱなしですねって先生言ってたようにですね僕にとって先生じゃないんだけど
そうなるだろうやっぱりって思うんですよ読んでまあこれをだから山崎隆一さん流に言うと読むのは構わないけどそれを解釈するのはダメだよねってそれはダメなんだけど解釈はしないまでも読むってことはやるわけじゃないですか
読むってことをやった時に自分も読むってことをやるわけですよなぜかというと早く回収したいから早く収束させたいからやっぱり早く収束させたいって思うのはその分析ルームとかセッションとかではダメかもしれないけど夫婦喧嘩だったら絶対早く回収させたいと収束させたいと思うわけですよ早く収束させるにはここで何が起きてるんだろうってこれ完全に精神分析の文脈でしかも役に立っちゃうわけですよ非表彰領域で起きていることがあるわけですよ
言葉でやりとりしてるったってバーカお前こそバーカってやつでしょそんなにそんなに馬鹿っぽくないけどでもそんなもんですよね大したこと言ってないわけですよ誰のおかげで食えてると思ってんだってあれだって要するにバーカお前こそバーカですよ本当に何にも変わらないですよね子供の喧嘩と
そのつまり2歳児と2歳児が物投げ合ってるような状態になっちゃった時に言葉の上では最もらしいことを喋ってはおりますけれどもそれはただ言葉の上でも最もらしいことを喋ってるだけであって例えば例えばですよ
例えばとしても相当現実に接近してくるんですけど例えば私の髪の毛がさらに落ちていましたとで妻からするとそれは二重三重に許せないことなんだけど何が一番最も許せないかというとですね妻はそこに悪いお父さんを見る悪いお父さんとは何かというと先日お亡くなりになったんで別に悪口僕言ってるわけじゃないんだけどあの彼女のお父様は髪の毛がほぼないわけですよ
それに私がなるということが彼女にとってはどれほど罪深い誰が罪深いのか知りませんがことかとこういう時に私が何か無造作な発言をすると結構炎上するわけですよこれは変異だろうやっぱりと思うわけですよ私の髪の毛はまだあんなに薄くないしっていうかまだ全然普通にあるしっていう話をしたくなるんだけどわかんないでしょっていうことでほらこういうもうなんか冗談みたいなやり取りになってるわけですよ
だからこの間のあの毛生え薬みたいなものはちゃんと塗ってのみたいなことになってその時の顕幕はこうやって言うとただのギャグみたいだけどすげー顕幕なんですよだからうちの奥さんからしてみるといろいろとお父さんのことはすごい仲いいんだけどでも非常に気に入らないところいっぱいあって本当にあのね私の義母ですけど亡くなった時もお父さんに対していやそれはちょっと良くないでしょうぐらいな感じでツメツメに詰めてて
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もうお父さん泣きそうだったんでお父さん非常にマイルドで柔らかい人なんですよここまで言うことなくないみたいな感じがしたんだけど明らかにやっぱりまあだから ps なんだけどやっぱ対抗って起きるわけですよねで面白いことに人間の対抗ってのはなんかある種の何種のかな
小学校高学年の女の子の責任感みたいな独特の言った感じ始終の女性ですからね中年の女性ですからね
ツメ始めると会社の上司みたいになってくるわけですよでも明らかにあれは対抗してるわけですよで対抗しているということは子供っぽいから感じとしてわかるんだけど見ようによってはですねでも詰められてるお父さんにはよくわかんないですよねそれはねそんなこと考えてるわけじゃないんだしだからそのなんでこんなに対抗したんだろうと思ったらお母さんが亡くなったからなわけですよでお母さんが亡くなったその穴を
あの家は女性はうちの奥さん一人だしお兄ちゃんはお医者さんで偉いんだけど家のこととかしないくせにエヴァルだけはエヴァルみたいな典型的な感じでお父さんはまあるい人なんだけど自分先になくなると奥さん先になくなると全く思ってなかったから先立たれて動揺してよくわかんなくなっちゃってるわけですよそれはそれで対抗なんだけどだから
なんか4歳になってるお父さんを12歳のうちの妻がめちゃくちゃ詰めてるみたいなで激詰めなわけですよねでそこについてにお父さんに思ってる日頃からの気に食わない部分髪が薄い部分とかでなんかこう殴り殺しかねないわけは全然ないんですけどでもなんか怒鳴っただけで人をうつっぽくできるところまでこの人持ってきちゃってる感じがして
うちの娘もあれはちょっとよくないんじゃないのかなみたいな感じだったんですけどそういうわけですよという定義が私との夫婦喧嘩で髪が抜けるたびに髪が僕の髪が1本2本抜けるたびになんか激凛に触れていた時期があったわけね私からするとそれはナンセンス極まりないから言い返しじゃないですか普通にうるさいなっていう感じで言い返しじゃないですかそしてボーンってなるじゃないですか
これがまさにだから定義だし東映同一化だしそれは細かくプロセスを言っていくとでも東映同一化だよなベータ要素あるしなんですよでやっぱこれを認識しておいた方がこの話はしませんよ一つもしないけどこれを念頭に置いて冷静になった時に図に書きながら
だからこういうところが自分が父親転移されていて良くないお父さんになっちゃってこの人が対抗してこうなってこうなっているからここではこらえてここではこう言おうみたいなのを携えていくと喧嘩収まるんですよ
36:13
おさまった気がするんですよはっきり言ってただ時間置いてるだけかもしんないんですよだからわかんないんですよ究極的に言うようにするに変容性弱気解釈になっているのかそれともたまたまうまいことが言えただけなのかそんなことはわかんないんです究極的にはでもいいんですよ別に
ただこれが私の場合は結構人間関係で有効に作用している感じがするし説明読む限り月さんの説明からそんなに疎後はないし美容の説明だけどそれで納得できるっていうことがだからそういう言い方をするとだったら何でもいいじゃんってことになるし山崎さんはそれに限りなく近いことをおっしゃるんでそれはそれで僕としては困るんだけどてか面白くはないけど
でも東川さんみたいにそれは絶対に到達できないからあなたのは全部誤解ですからみたいなノリになるのもあれはあれで面白くないんでそういうことなんですねそういうことを僕はコロナ以降だから2019あたりから20あたりから今26だから67年延々これなんですよ
精神分析的とは何なんだろうでもでもですね成果に関して言えば今回はちょっとご本人のご許可もいただきましてサンチャレ時代に4期ぐらいのある男性の方ほぼほぼほぼほぼというか1回もグループレクチャーなのセッションなのにはご参加されなかったので他の方は誰もご存知ないんですけどこれ普通の形なのかもしれないですけどね精神分析的なことをあえてやらないといけないので
名乗っている以上はですねコミュニティ作れないですからねあれは本来それはそれとしてそのお話ししようと思ってるんですけどそれも大成功大成功事例なんてそもそもあるのかどうかっていうのも疑わしいどういうふうに終わったらそれが成功と言えるのかその後のコンタクトとかもとまあ取ってる人もいるんだけど取ってない人がほとんどだからあのおかげさまでとか言われたっておかげさまでと言っている翌日にぜ不調になられるかもしれないじゃないですか
まあそのこれを聞いている方にもそれはあのなんていうのかなそういうもんなのって思われるかもしれませんけど私が思うにそういうもんなんだと思うんですよね心理臨床だってそうだと思うんですよ本当に元気をなんか書いてはありますよそういうのを呼べば本当に元気になられてまた復職して結婚をして人生順調になったんだみたいなまあ臨床のおかげでってことですよね分かるんだけどでもでも翌日ってことは僕は全然普通だったんですよ
思うんですよそっちの方が人間の心っていうものはですねあのな帰って良くない言葉だと思わなくはないんですけど中は中間休止でもそう思っておかないといろいろ良くないと思うんですよ手放しで喜んじゃうっていうのは明らかにない感じがするしだからといってなんていうのかな治癒みたいなものが私の場に治療じゃないって歌ってますけど中みたいなものが起きないわけじゃないしでもだからといって
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そもそも中が起きないんでは悲しすぎるじゃないですかだから中間休止っていうのは言い過ぎな日もするけどでも非常に良いフォローになってるなっていう感じもいつもこの言葉を思い出した時
なんていうのかな変な部屋を見つけ出してくる自分だと思うんですよね漫画家の要するに中間領域を見つけ出してくるわけですよ子供で言うと秘密基地かな隠れ家ですよね逃げ子みたいわけですよね社会生活が辛くなるから何で辛くなるとかじゃないんですよ辛くなるんですよ
母親にただコンテインされてるだけ以外のことはできない状態ってあるんですよでもそういう場合の母親はだいたい杖さんのもそうだったんだけどなんか違うんですよね
それじゃあコンテインなってなくはないけれどもなれないでしょうこの場合はみたいな母親なんですよむしろなんかすごい迫力があるお母さんが出てきちゃってしかもその奥さんと称してる人が中間領域をメタメタにしてしまうわけですよね
もう本当にこう目も当てられないぐらいあの中間領域を無残に打ち砕いていくわけですよだからまあ子供の秘密基地を解体してしまうわけですよね
土管はもうあの綺麗さっぱり綺麗にしてあなたの秘密基地ごっこは今日で終わりねみたいなそういう子供からするともう本当になんだよって感じじゃないですか
先生はうるさいし宿題は全然やってないし成績も良くないしみんないじめるしやっとここでくつろいでるのにそれ全部取り上げてどうすんだよって感じのことがどのようにして大人には起こるかということを
非常にこう僕はまあああいうのがやたら好きなので僕自身はああいうところが必要だっていうタイプとはちょっと違うんだけど
あれを読むとやっぱり非常にくつろげるわけですねこの世は理不尽だなあって感じがするわけですね
あの中間領域を作るのがやっぱり私のような仕事をやってる人間の基本方針だと思うよねだから全然理解されない
そのセッションやってるっていう人とでもコンサルやってるっていう人でもコーチングやってるっていう人とでも
佐々木さんのあの3ヶ月チャレンジってのはどうなんですかみたいな
まああれはだから要するに大人にとっての同感ですみたいなよくわかんないことを言うだけのやつになって
相変わらず佐々木さんは意味不明だってこれでどうやって食ってんだろうみたいな感じになるんですけど
でも私はこれがないと困るよなあっていう感じで
42:00
どんなにもう皆さんがおっしゃるのはわかるんですよ
ソリューションってやつですよね問題解決志向ってやつで
仕事上で行き詰まってるんだからやっぱり転職するべきなのかどうなのかって言ったら
それについていい答えがあるといいわけですし
タスク集とかせっかくあるんだから時間をこううまく使って副業する時間も作って
で副業することによってこのAI時代に取り残されなくなるとか
そういう話をすればいいってことになってるわけでしょ
でも私はそういう話は好きなわけではないし付き合わないわけでは無論ないんですけど
そういうことでは全くないなって感じはするわけですよ
でもどういうことであるのだってさすがに全く説明しなわけにはいかないんで
ただ面と向かってレストランで1時間ぐらいで説明できそうなもんですが
全くできないということに気づいて今度山崎さんのところでは実例を交えながらですね
これで伝わるんだろうか本当に伝わるだろうかっていう偽装もしますしね
そんなにでもしませんよ
これで明らかに本質的な部分にはなるって思うんですよ
ただ成功事例とは言い難いって感じもあるんですよ
だけど何をもって成功って言うんだろうっていうのもいっぱいあるんで
そして結局精神分析的言ってるのはこれは精神分析的だと私は思うし
戸川さんは違うっていう感じなんやけど
それこそいろんな専門家の方は多分違うっておっしゃいますけど
でも僕の実感としてはこれこういうもんだよきっとっていう感じはします
それがうまくいったっていうのとは違うんですけれども
でもこういうものは必要なんだよとはやっぱり強く思うんですよ
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