1. 働くメンタルをとり戻す精神分析的ポッドキャスト
  2. ナルシシズムとはなんなのか?..
2024-06-17 49:36

ナルシシズムとはなんなのか?【1001】

板倉梓さんの『瓜を割る』のエピソードをお借りして抑うつポジションへのプロセスを考えてみました。
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おはようございます。グッドモーニングボイスを少し解消いたしまして、改めてですね、
働く人に送る精神分析チャット、しばらくこのタイトルをちょっと試していきたいなと思っております。
本日はですね、6月17日月曜日、朝8時10分です。
あの、なんか元の方が当然しっくりきているわけで、ただ1000回行きましたので、
そうですね、1000回記念というのはおかしいけれども、1000回行きましたから、
いいんじゃないかと思ってこのタイトルにしてみました。
まあ好きにしてもいいよね、1000回もやればっていうような、そういうような発想ですね。
またあと、内容が一応タイトルで分かった方が、
初めて初見の人には、このグッドモーニングボイスって要は何なのっていうのが全く説明を必要とするものなので、
同じかもしれませんけどね。内容は全く変わりませんが、一応内容を説明できているタイトルの方がいいから。
ただ後ろに括弧GMVって書いてあったのはいわゆる旧GMVなんですけれども、
あの、まあグッドモーニングボイス、通称グッドモーニングボイスでもいいかなっていうので、
あの、もう定着しちゃったんで、内容を元に戻す可能性も含みつつ、とりあえずこのタイトルにしてみたといったところですね。
まあ自由自在にやっちゃってるんでね。
まあ、いいように言っては非常に適当にやっちゃってるんで、これでもいいかなというふうに思って変えてみたわけですね。
はい、お知らせです。
来週のですね、月曜日に、日曜日だ、日曜日、日曜日。
来週の日曜日にですね、23日14時からタスクシュート手帳述の会というのを開催いたします。
で、これは、あの、まあ、いわゆるタスクシュート手帳というものが、えーと、近々リリースされる予定でありまして、
近々かわかりませんが、でもそんなに遠い将来にはならないと思ってるんですけどね。
あの、とにかくリリース予定でありますので、それに先駆けてと言いますかね、
タスクシュートを手帳でやっているよという方は現にいらっしゃいますので、
その、あまりにとこアナログでやっていくのは簡単ではない方法論なので、
メソッドとしてはね、もともとデジタルで、エクセルベースで始まったものですから、
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いろいろとハードルがありますので、まあ、私はスケジュール管理はすべてアナログでは実はかなりハードルはあると思っている口ですが、
まあとにかくありますので、それをどういうふうにやっていくのかといったことをですね、
みんなで発表したり、まあ普通にありがちなコミュニティですけど、そういうことをやっていこうと。
オンラインのコミュニティも最近手帳術の会を用意しておりますので、こちらにご参加いただければこのコミュニティにもご参加いただけると。
そういった内容になっております。
23日、これはですねリアル会場が渋谷、オンラインでもアーカイブ動画も配信いたしますので、ぜひ23日までにお申し込みいただけるといいんじゃないかなと思います。
お知らせは今日はこれだけにいたしまして、早速本題に入っていこうと思っているんですけどね。
ウリオワルっていう漫画があるんですよ。 イタクラアズサさんだったかな。
あのすぐ名前がピン出てこなくなる。 私の、だって絶対忘れようがないはずなんだけれども、最近本当にパッと出ては来なくなってきてしまうんですよね。
とにかくそういうお名前だったと思うわけですが、僕はコミックで精神分析を紹介するというのは2つメリットがあると思っておりまして、実話の場合ちょっと難しくなる面もあるんだけど、
フィクションならば、当人たちの話をいくら分析的に扱っても傷つかずに済むというのがあるんですよ。
で、もう一つが、難しいと言われていますね。精神分析が。
コミックを読むのが難しいという、まあ難しいのもあるけど、これはそういうもんではないので、まあでもやっぱ結局コミックは難しくはないと思うんですよね。そこがいいと思います。
実は分析で扱われている内容はそこまで難しいことではないということがなんとなく伝わる。
これ本当はね、あの分析家の方がやられていると説得力があって、それを間違ってるからって言われると困るんですけど、しょうがないんでね。やらないと思うんでそんなこと。
よっぽど物好きでもないとね。ですので、私がやる。ということを考えてみるとコミックはいいんですよ。特に女性がSFに、まあこれはSFじゃないんだけど、ウリオワルはかなり本格的な物語のコミックで、すごいキャラも作り込まれていまして、そこが非常にいいんですが、
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3カ月チャレンジの方で、私が運営しているコミュニティですけどね、こちらでこのコミックを取り上げたグループセッションを日曜日に開催したんですね。
で、この日曜日開催、土曜日開催もあるんですけれども、もうこういうのやれと言われれば何でもやるというグループセッションなんですけど、セッションじゃないんでね。
なんか急にミニセミナーなんだけど、それもなんかこう不意に起こるみたいな形にしておりまして、曜日もちょいちょいずらしたりしてですね。
まあそういう、私はそれもそれなりに分析っぽいかなと、まあ分析っぽくはないんだけど、その不意にというのが大事だなと思っておりまして、
その中でこの話したんですね。話しているうちに、私が本当に言いたいことは何なんだろうと。
すごくこうあったんですけど、でもそれは何なんだろうって思ったんです。
で、一つはナルシシズムってことなんだけど、たぶんこの言葉を聞くとナルシストっていう言葉を連想しちゃうんですよね。
当然なんですけど、同じ意味だな、同じ語源なんで。
でもこれはナルシスの話なんですよ。ナルシストっていうと、ひたすら自分に惚れ込んでる人みたいに言われると思われると思うんだけど、
それもそういう人も含むかもしれないんですが、私はこれをこの言葉、この言葉本当に扱いが難しいというかわけわかんない言葉だと思うんですけど、
ナルシシズムというのはですね、なんつーんだろうな、知らない人みたいな感じなんですよね。
何を知らないか。外界かな。外界が存在するということを忘れかけている人みたいな、そういうニュアンスがものすごく強くて。
これやっぱり人間、だからつまり私はナルシシストっていうのは、ナルシシズムっていうのは、すべての人間が多かれ少なかれ持っているという気がするんですよ。
なぜかというと我々は空想と知覚を混ぜるからなんですよ。空想と知覚混ぜちゃったら、現実というものから隔たれてしまいますよね。
つまり夢がまさにそうなんだけど、夢を見るということはナルシシズムだと思うんですね。
だって一人で遊んじゃってるじゃないですか。遊んでるって言っても遊んでるって言うのもいいと思うんですよ。夢の中で必死に恋愛したり、なんならセックスしたり、あるいは大喧嘩してみたり。
09:04
すべてが自作自演の世界なわけですよ。これを見る人でナルシシズムじゃない人はいないと思うんですよ。だから夢見る人はすべてナルシシストだと思いますね、私は。
一人の世界に入ってるけど、そのことすらも忘れてるっていう意味なんですよ。
でも質検討式っていう、つまり妄想の世界に生きてますっていうか、幻覚とか幻聴とかの世界に入ってしまって、現実と接点を失いましたっていうのは、これはつまり質検討式と呼ばれるけど、夢と同じですよね、ある意味。起きて夢を見る。
だから私たちは起きてる時はどこかで現実との接点を取ってるわけですよね。ちゃんと獲得している。だけど実はどう取ってるのかを本人は分かってないと私は思うんですね。
こうやれば現実との接点が取り戻せますよねって私たち意識してませんよね。そうじゃないですか。
夢を見ている時にこれは夢だと常に分かっているとか、おかしいんですよ。そんなことあり得ないと思うんですね。
多分そういうことをずっとやってると何か心の機能を損なうんじゃないかっていう気がするんですね。
寝てるのにこれは夢だこれは夢だと確信してずっと寝ているっていうのはどこかがおかしいと思うんですよね。
つまり一時的にせよ私たちはナルシズムって必要だって私は思うんですよ。
問題なのは完全に接点を失いかけていくとそれはもうだいぶ問題なんですけど、
現実との接点というものがかなりあやふやなのにその人はそれなりに現実に適合しているように見えるっていうケースでは難しくなってくると思うんですよね。
私はナルシズムっていうのは結局全ての人にあるものだから、つまり全ての人には精神病部分と非精神病部分の2つを持っているっていったのがビオンですけど、
これをメラニー・クライン流に言うと妄想分裂ポジションと抑止ポジション、だからPSポジションとDポジションの行き来をする。
なんかピボットみたいですよね。バスケの。ちょっとピボット違うか。
ポジションだから野球で言うとポジションチェンジってしますからね。
セカンド守ってた人がちょっとこうサードにチェンジみたいな。
それはそんな簡単な話じゃないですけど、でもユーティリティープレイヤーとかできますからね。
なんならガイアドファーストみたいなこともやりますから。
ナイガイアのチェンジもしますからね。
ポジション変わるわけですね。
そういうポジションチェンジみたいなのもそうだけど、
つまり精神病的なポジションと非精神病的なポジションを行き来しているのが人間だっていう、
これ対照関係論の考え方で、いわゆる対抗という考え方をとる自我心理学とはそこはすごく違うと思います。
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そこのところで私はすごく対照関係論の方に惹かれるわけですよ。
つまりナルシシズムってのは、特に私が考えなければいけない関係でいうと、一時的なものなんですよ。
一時的にナルシシズムになる。
で、私もなるんですよ。それはもう明瞭になります。
大体、なるに決まってるって僕は思うんですよね。
ならないで生きるっていうのは、ある意味それは正常とはちょっと考えにくい気がするんです。
だって途中で言いましたが、空想と知覚を混ぜてるんですから、私たちは。
ある意味では、これができない人はまずいと思うんですよ。
例えば信号を見て、この話はしょっちゅうしてますが、信号を見て赤だ、止まるってのはおかしいんですよね。
赤だというだけならば、赤では絶対止まらないですよね。猫とか犬とか一切止まりませんよね。赤なだけだから。
で、猫とか犬はあれを知覚できてないわけじゃないと思うんですよ。
ただそれに何の意味もつけてないだけで、彼らの現実がよくわかってると思うんですよね。
だから惹かれちゃうんだけど、そこかわいそうですよね。
彼らの方が正しいんですよ、現実を知覚してるという意味では。
彼ら間違ったものを食べたりあんまりしないじゃないですか。
食べられる匂いのあるものとかを、現実に対する知覚力が極めて過敏で、敏感で、現実に現実にと引き付けられますよね。
空想の食べ物に物質を抜かして飢え死にしてしまうなどというのは、いかにも人間的な空想というものがものすごく勝っている優勢な生き物に、非常に不思議な生き方をしているってことだと思うんですよね。
こんな生き方は、例えばロボットとかだってある意味しないわけですよね。生き物じゃないけど今のところは。
ロボットは多分空想する理由がないから、空想とかしないと思うんですよ。
浦澤直樹さんのプルートではロボットも夢を見るのかって言ってたけど、ロボット夢見ねえだろうって、これ大問題だろうこういうことって、っていう漫画なんてすごい面白いシーンだったんですけど、
まあ見ないよねっていう考え、僕はしますけどね。
まあどっちでもいいんです。
この話でロボット工学的な、アンドロイドに意識はあるかみたいな話にはあんまり踏み込む気はないんで。
ナルシシズムっていうのは、つまり僕は正常の範囲内なんだけれども、ナルシシズム優勢というのは正常を逸脱するってそういう感じがしていて、
イタクラアズサさんのウリオワルの第1巻の一番最初に出てくるミソノさんだったっけな、ちょっと厳しめの女性キャラが出てくるわけですよ。
新入社員、新入社員というか若手社員とか言いながら詰めてビシビシと指導するんですね。
彼女が僕は一つのナルシシズムの時間が長いケースだなって思うんですね。
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で、なんで時間がナルシシズムで、ナルシスト、難しいな、自己愛的な過ごし方をする時間が彼女は長いかというとですね、
やっぱり現実というものを、なんつうんですかね、低めたいというのかな、その現実の価値を低くしておきたいという、
なんつうんですかね、必要性にニードですね、駆られているからって感じがするんですよね。
外界というものが、現実、外界、自分の外が煩わしいんですね、彼女にしてみると。
それは色々描かれていて、だからキャラが練り込まれているってそういうことなんだと思うんですね。
彼女にしてみると、現実、外界は煩わしい、どうしてっていうふうになりますよね。
どうしてなのかは実はこういうことがあったんですよっていうのをちゃんと書いてくれている。
そういうキャラなんですよって言われるだけではなくて、やっぱり経緯があるわけですよ。
これ翼打つポジションですよね。四次元的ですよ。時間の流れと歴史がある。歴史ですね。
だからウィニコットは翼打つポジションとは言わず、歴史的ポジションと言うべきだって言ってたんだけど、
ウィニコットは正しいと私も思います。
ただ、歴史的ポジションの入り口には往々にして強い翼打つ感が伴うので、
翼打つポジションといったメラニ・クラインの言い方っていうのは、
つまり主観的な気持ちの方を重視しているわけですね。
翼打つポジションと歴史的ポジションは同じことを指してますけど、歴史的ポジションの方が説明としては正確で、
でもそのポジションにいるとどんな気がするのかっていう意味では、翼打つポジションっていうのは正しい感じがします。
ただそうすると妄想分裂ポジションは妄想分裂的な気分かというとそうじゃなくて、
ここのところが急に説明的になっているので、統一感はないですね。
私は妄想分裂ポジション、翼打つポジションという名前の方が、
分析的な感じがするから、やっぱりこっちが定着しているのはそうだろうなって感じはしますけどね。
で、この美園さんは、要はずっと翼打つ的だとも言えなくはないんだと思います。
その分もすごいあれなんですよね。打つっぽい状態。打つっぽい状態で怒ってばっかりいる打つっぽい状態。
それはそういうポジションだから、そういうポジションっていうのは社会的地位だから、
現実的をあれでそれなりに回るんですけれども、そういう人ってやっぱりいらっしゃるじゃないですか。
もうとにかく会社でなぜか怒ってばっかりいる。
私言いましたもん、NTTドコモサービスの料金センターに勤めていた時、
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この人怒ってばっかりいるなっていうね。
僕が怒られたわけじゃないんで、他人事みたいな顔してられたんだけど、
ほんと怒ってばっかりいるなっていう、今思うとすごく想的なんですけれども、
そういうことってありますね。
でもその想的だっていうのは、それで通ってる間はいいんでしょうけど、
何かことがあるといきなり打つに転じてしまうっていうことはよく言われるわけですね。
で、よく打つポジションなんですよ。やっぱり。
つまりナルシシズムな状態でいる時ってのは見えないでいいってことなんですね。見ないでいい。
現実をダツカチカしてダツカチカして見たくない。煩わしい。邪魔だと。
あんまり関わりたくないわけですよ。
だから変な関わり方をされるっていうのがどうしても迫害的に感じられてしまって、
例えばコミックの冒頭でも、もっとちゃんと仕事しろって言ってるわけですよ。
これは指導しているようなんだけれども、もちろんそうなんですよ。指導してるんですよ。
でも同時にそれは、そんな話を私のところに持ってくるな、本当にそういうことを言う人もいらっしゃるじゃないですか。
つまりそんな話って現実の話じゃないですか。
私がミスしましたってことかもしれないけど、あるいは物が売れませんでしたってことかもしれませんが、現実じゃないですか。
でもそんな話を俺のところに持ってくるな、あれ女性なんだけどね。
私のところにそんな話持ってこないでって言ってるのは、現実に私を触れさせるなと聞こえますよね。
つまり、私はそういう現実とは関わりたくないんだと。
これが偉い人の場合は、これで通るって適応しているように見えなくもないって、
指導しているようにすら見えなくもないって、分かりにくくなるわけですよ、ある意味ではね。
だからナルシシズム、自己愛的なパーソナリティに見えなくもないって感じなんですよね。
私はパーソナリティと言ってしまったら、サンチャレでは言ってしまったんだけど、ちょっとやっぱり行き過ぎだなと思うんですよ。
これはナルシシズムなポジションみたいな、そういう言い方ないけど、妄想分裂ポジションみたいなね。
ナルシシズムなポジションを取っているっていう感じがすごくするんですね。
で、現実ってものの価値をとにかく下げておきたいと。
上げておきたいというか、あまりにも自分がその現実に対応するという状態は避けたいと。
なぜならば侵襲になるからですよ。傷つくからですね。トラウマになる。
だからナルシシズムなポジションっていうのは、やっぱり非常に傷つきに敏感だってこと。
他者がなるべくいてほしくないって感じなんですよ、ここ。
いるんですよ、他者。他者がこれでいませんってことになったらそれはもう僕は妄想だと思う。
つまり質検討になっていくと思う。精神病水準に近づいていくと思うので、そうではないんだと思うんですよね。
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いるんですよ、他者は。でも、いないでほしいっていうニュアンスがそこにあるんですよ。
私だけがいるんだ。
これはだから、知ってないってことを知ってないって言い方、本当困るんだけどね。
でも現実を知ってないって感じがするんですよ。
なぜならば、現実を知りたくないか。
つまり、フロイトがですね、赤ちゃんとかを指して、フロイトだけではないけど、一時ナルシシズムって言ったわけですが、
一時ナルシシズムっていうのは、やむを得ず、だって生まれ立てなんだから、何も知らないんだから、ナルシシズムでしかないでしょっていうような感じなんですね。
つまり、隔たれているわけですよ、現実と。
現実に直面するのはやばいって。やばいですよね、赤ちゃんにとっては。
時々そういうことが起こるわけだけど、お母さんがパチンコに言ってるだけでも命に関わるなんて、そんな重大な事態を把握するのは心にとって大変良くない。
恐ろしさのあまり、気が狂ってしまいかねない。
だから赤ちゃんは隔てられているわけです。
何も知らないですよね、赤ちゃんはね。
そこすごい大事ですよ。
今抱っこしているのがお父さんかお母さんかかも、さも、かすらよく分かってない時が大事なことなんですよね。
お母さんじゃなきゃダメだっていうのが、本当の意味で分からないと困るっていうのではむしろ困るわけですよ。
だから、あれを一時ナルシシズムって名付けたってことですね。
ナルシシズムって赤ちゃんって別にうぬぼれてるわけじゃないですよね。
私最高の赤ちゃんとか思ってるわけじゃないわけですよ。
賢いわ私みたいに思ってないわけですよ。
それは全然そういうことではないんですね。
なんていうんだろう、私の心が作り出した私の世界の中に生きてますみたいな感じ。
でもそれは人間みんなある意味そうだってことだと思うんですよね。
でも私たちは現実との接点をどこかで得ないと。
情報が閉ざされている存在みたいなところがあるんですよね。
でもなんとか現実との接点を保つために、
ロイターからのこの新聞のこの部分を読むんだみたいな、
そういう地下活動をしている人みたいな、
そういう感じがナルシシズムの世界に近いのかなっていうふうに私は思ってるわけですね。
だから分からないっていうのがすごく怖いわけです。
そこで分からないというものに対するある種防衛というものを張ってるわけですよ。
分かりたくないから分からないんだけど、
分かりたければもっと外に出ようよって感じなんだけど、
ナルシシズムの人はすごく本心では恐れているんで外界を。
だから分かりたくないわけです。
だから分からないようにしている部分があるわけですね、きっと。
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怒ってばっかりっていうのは要するに分かりたくないってことなんですよ。
分からせないでって言ってるわけですよ。
だから分かりたくないから怒ってるわけです。
そう思うと、その人たちが怒っているのがすごく厳しくて怖いよねっていうのは、
実は的外れかなっていう気もするわけですね。
肌迷惑じゃんっていうのはそうかもしれないんだけど、
肌迷惑とかっていうのは私は、
こういう文脈に持ち込むのはどうかなって思うんですよ。
例えば赤ちゃんが泣いてるのは迷惑ですっていう話って本当に聞くんだけど、
最近だんだんそういうのもやめようねみたいになっているし、
それはいいことだと思うんですけど、だってしょうがないじゃないですか。
それと同じようにナルシシズムポジションに、
勝手に僕造語しちゃいました、すみません。
精神分析の人ごめんなさいって感じなんだけど、
ナルシシズムのポジションを取ってる人にですね、
しかし懲りずに言うみたいなね、
あんた肌迷惑だよっていうのはね、
これは良くないと僕は思うんですね。
彼らは非常に怯えているんですね。
何の例がいいですかね。
例えばなんですけど、
社内プレゼンの準備を。
昔、私と一緒に仕事させていただいている認定トレーナーのZoeさんが、
私のCMをここですることはないんだけど、
SE女子のエクセルとか書いてるんで買ってください。
CMしておきました。
Zoeさんがですね、
ヘヌキッコというみかんの作品の中でめっちゃ頑張って練習しまくっている、
完璧主義のお兄さんを侮辱させてるんですけど、
彼は非常にナルシシズムを連想させるんですね。
つまり彼は分かんないんですよ。
どうすればいいのか。
なぜなら分かりたくないか。
分かりたくないから彼は社内プレゼンの練習とかもあり得ないぐらい頑張っちゃうわけですよ。
だからあなたは完璧主義すぎるんですって女の子に言われるんだけど、
それがピンとこないんですよ。
完璧主義っていうよりも、
完璧主義って私の心の世界に来てるじゃないですか。
完璧っていうのは定義できないんですよね。
完璧な社内プレゼン。
それはどういうものなのか。
誰にも分かんないですよね。
その人の心の中で分かるんですよ。
でもそれって心の中の出来事だから、
どこまでやっても完璧にはならないわけですよ。
ここにナルシシズムっていうものの、
私はすごく原点的なものを見る気がするんです。
ナルシシズって、
鏡に映った自分に惚れ込んで、
そこから動けなくなった人なんですよ。
すっごくあるじゃないですか、これ。
鏡じゃないですか。
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つまりいつまで経っても終わらずに、
ずっと自分を見続けている。
その社内プレゼンの練習を終えられない人って、
全くそれと同じことをやってますよね。
ずっとそれを見続けている。
自分の姿というか。
上手いと思うんですよ、その人。
ナルシシズは、つまりナルシシズっていうのはですね、
バカげたうぬぼれ屋みたいに、
思われるんだけど自分に惚れ込むとか、
アホだよねみたいに。
でもそれはカッコ悪くはないんですよ。
カッコいいんですよ。
この話も何度かここでしてますけど、
同じで社内プレゼン、
完璧にしようなんていう人が、
1日10時間とか家で練習してたら、
それがすごい上手くなってるに決まってるじゃないですか。
ただ、終わりがないというか、
果てがないんですね。
なぜなら彼は、現実を見たくないんですよ。
現実というものは怖いじゃないですか。
あいつ10時間も練習して、
すげえもうなんか、
自分に酔っちゃってるけど、
ホントヤバいプレゼンだよねとか、
言われるの嫌じゃないですか。
心傷つくじゃないですか。
だからそれを無意識、無意識なんですよね。
多分に無意識なの方ですごく調整して、
私は現実というものに、
ちゃんと立ち向かうためにこうやってるんだって、
思ってるんだけど、
実は現実は知りたくないわけですね。
だから、非現実の世界っていうのかな、
空想の世界なんですよ。
多分、自分自身しか見えないっていう状態を、
ずっと作り出してしまっていて、
そして現実の価値は低いわけです。
低くしておかないと怖いじゃないですか。
やっぱりね、
結局なんだかんだ言って、
そういう完璧に社内プレゼンの準備をしたって、
駆け口とか叩く人はどうせいるに決まってるじゃないですか。
世の中そんなもんじゃないですか。ある意味では。
そこで、駆け口を叩く奴らは分かってないんだって、
言っておく必要があるわけですよね。
つまり脱価値化が行われてるわけです。
で、それはまあ分かってないですよね。
こんなに大変な苦労して、こんなに頑張ってるってことは、
分かってないわけですよ。
間違ってるってわけではないですね。
間違ってるわけじゃないんだけど、
そういうふうに、自分が現実と本当の意味では接点を持たずに
済むような見方を、
あちらこちらで自分の無意識を騒動員して、
こしらえているために、
なんとか適応はできているんだけれども、
自分の世界から外に出にくくなっているっていう、
そういうポジションの生き方。
こんな感じがするわけですよ。
で、これにはもう一つ大事な要素があって、
結構要素いっぱいあるんですよね。めんどくさいですけど。
でもちゃんとね、板倉さんの塗りが悪いにはちゃんと書いてあるんですよ。
この美園さんという女の人は怒りまくることによって、
現実の接点というものを回避し、
で、怒りまくるってことは当然相手は脱価値化されてるわけですよ。
あなたはもう新入社員じゃないんだから、
ちゃんと仕事しなさいよって言って、
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拒絶的に出ると。
そうすると、その女の怒られた人は、若手社員の人は、
接触できないんですよね、美園さんとね。
だから現実と接触をこうやって巧みに回避されているわけですね。
でも時々、
ものすごい突っかかってくる後輩社員とかいて、
勇気ある社員いますからね、
現実に接触してしまうわけですよ。
そこがトラウマっぽくなるわけ。
相手の後輩の女性社員に言われるんですよ。
私は仕事が全てじゃないんです、あなたとは違うんですって言われる。
嫌じゃないですか、こういうこと言われるのは。
すごい嫌なわけですよ。
で、そのセリフ、もう二度目だっていうのを思い出すんですね。
またこのセリフを聞いたと。
トラウマになってるわけですよ。
つまり、ちゃんとこの話はですね、
トラウマが現実を回避させ、
そういうナルシスシズムのポジションを生きているっていうのを描いているわけですね。
で、現実が嫌で、
現実の価値を下げて置くということは、
その人はそのまんま生きているとですね、
人生の価値が全然なくなってしまいますよね。
だって周りの人は価値が低い人で、
私に怒られているダメ社員ばっかりの
ダメな会社で働いている私ってことになったら、
すごい最高にダメじゃないですか。
その人、上司のこともすごくバツカチカしていて、
上司の部長の男の人いるんですけど、
もうなんか自分のご機嫌取りみたいになっちゃってるわけですよ。
ミソノ君はそうそう、そうかっかしないで、
コーヒーでも飲もうみたいな、
変にマイルドな人になっちゃってるわけですよね。
これミソノさんから見ると全然ダメなわけですよ。
ただ上司でしかない愚かな社員なわけですよ。
男なんだけどね。
こういうふうにしていくと、よーく考えていくと、
いや、この会社、私以外全員ダメ社員じゃんってことになるじゃないですか。
すごく面白いと思うんですよね。
これってナルシシズムですよ。
私が一番じゃん。
それで全然嬉しいわけではないんだけど、
私が一番じゃん。
ナルシスはそうやって動けなくなったわけですからね。
このままいくと、
人生は最高にダメな世界になってしまう。
ので、
このような私には実は、
ちゃんと幸せに生きていくために
繋がる道が用意されている。
ここに僕はナルシシズムの万能感みたいなものが
セットでないとやっぱり大変だと思うんですね。
この人は現実見と書いてるわけじゃないんで、
いろんな意味で接触が薄くなっていて、
自分の空想の世界が優先になりすぎてはいるものの、
現実の世界に生きていますから、
このままいっては、
とてもとても人生の価値が下がってしまう。
QOLですよ。QOLが低くなる。
そこでQOLを幕上げするために、
33:02
いや私には素敵な彼氏がいるっていう
こういう裏のカードが用意されているわけですよ。
僕これですね、ドラえもんだろって思うんですよね。
完璧に。
ジャイアンはいじめるわ。テストは0点だわ。
先生に立たされるわ。ママは怖いわ。
このままではQOLは最低ですよ。
だからのび太君は偉いんで、
現実の設定を全然失わないんだけど、
殴られてばっかりいるんだけど、
普通はそうはならないはずなんですよ。
僕にはドラえもんがいるもんってなるわけですよ。
あれは万能空想じゃないですか。
万能空想のロボット化みたいなもんですよね。
素晴らしいですよ。
あれさえあれば大丈夫っていうのが
まさに象徴的に機能しているわ。
私たちにそれはないので、残念ながらね。
一家に一台ドラえもんはいないので。
そこで例えばゼニゲバの人みたいに、
俺は毎日デートレイでもやってるから、
いずれバカ社員からはおさらばなんだって考える。
これ完全に周りを脱カチカして、
万能空想に浸る。
だからナルシシストの人はどこか、
常にというわけじゃないんだけど、
どこかやっぱり傲慢に見える。
怒ってばっかりとかもちょっと傲慢に見える。
偉そうだっていうのはですね、
ナルシシストは本当に偉そうなわけじゃないんですよ。
今言ったような事情で。
これは抱えているからそうなるんですけど、
偉そうだということであるのは、
切り札を持ってるっていう意識がそうさせるんですね。
これがないと、
現実感が全くないことになるじゃないですか。
俺は王様だからみたいな、
本当に単なる妄想になっちゃうんで、そうじゃないんです。
ナルシシストの人っていうのは、
現実見当を完全に欠いてない、
現実感が全くなくなっているわけじゃない人は、
ちゃんと現実感を保持しつつ、
これをやる必要があるんだってわかってるんで、
これは仮の姿ってことにするんですよ。
この低くなってるQOLの時代、
つまり私のび太くんっぽくなってるけど、
そうじゃないからっていう、
私はドラえもんがいるから、
今はこうかもしれないが的な、
感覚で生きていらっしゃるわけですね。
山本さん完全にそうなんですよ。
彼氏がいるので、
私この人といつ結婚しても大丈夫。
この切り札に乗って、
会社の中の人間関係やら、
会社の中の周りの人間がどれほどダメであっても、
私の人生には価値がある、
信じていられる、
そういうものにものすごく偏った書き方をしているわけですね。
36:00
本当は書けるのは分散したほうがいいんで、
会社もいい関係、
プライベートもいい関係のほうがいいと思うんだけど、
山本さんはそうは考えないですね。
私はプライベートは充実しているってことを会社の人たちは知らないんだっていう、
この秘密感。
よく出てくるんですけどね。
ナルシストっていうのは心の中に秘密を持っているわけですね。
この秘密を使って、
周りの人を見下すような態度を取るっていうのが、
周りの人との関係をこじれさせることになるっていう風に、
ものの本には書いてあるわけですよ。
時々ね。
面白い発想だなっていう感じがするわけです。
うちにはドラえもんがいるからなっていう、
こういうことですね。
知りませんけれども、
俺にはなんとか組がついているんだっていうあれですよ。
だからいざとなるとお前らのことなんてなんたらかんたらみたいな、
ちょっとヤクザっぽい世界。
ああいう感じがちょっとあるわけですね。
で、面白いんですけども、
この万能空想って空想的なんですよ。
みそのさんには本当に彼氏はいるんだけど、
彼氏と一緒にいる時間は、
彼女はあんまり嬉しくないんです。
なぜならそこでも出す価値観が起こっている。
こういうところが心の世界の厄介なところなんですね。
つまり、それで喧嘩になるんです。
喧嘩って言っても一方的に幕を立てるだけなんですけど、
いつも通り。
つまりいつもいつもパターンは同じなんですよ。
万能空想が実現しそうなところに行ったからといってですね、
実現するわけじゃないんで、
まだ結婚してないわけですし、
しかもそこで出てきている彼氏に向かって、
あんたの収入は私の半分じゃんと、
現実に直面しそうになるわけですね。
本当はもっと理想的な結婚生活でなきゃいけないんだけど、
そうではないという事態をその人は抱えているので、
ここにもやっぱりトラウマが引きずられているわけです。
この人との関係も現実的になかなかできないんです。
空想的な生き方をしているんで、
だって秘密を抱えているから、
あなたたちが思っているより私の人生は充実しているっていうのは、
空想的じゃないですか。
リアルとしてそれを周りの人がみんな知ってるとか認めてるってわけではないわけですからね。
この心の構造をそのまんま、
彼氏との関係に持ち込んじゃうんで、
やっぱりいざ彼氏と喋ると、
今度は彼氏のことをだつかち化していくんですよ。
そういうのってやっぱり止まらないんですよね。
このコミックに出てくると、やばい止まらないっていうね。
そういう表現が出てきて、
彼氏をめちゃくちゃ言っちゃうという、
非常に精神分裂で言うと行進的な何かですよね。
口のサディズムみたいな感じで、
ひたすら噛みつくみたいな感じのことが起こる。
そして彼氏が怒って、怒ってなんだろうな、あれはやっぱりな。
39:01
いきなり出ていくわけですよ。
いきなり何も言わずに。
これがやっぱり当然のことなのか。
これ現実の直面化ですよね。
こうして非常に妄想分裂ポジション的だった美園さんが、
欲打つポジションに一転するという風に。
だからもう事実上欲打つ感のある入り口に立つわけです。
その時に彼氏との当然思い出に
頭がずっと向かうわけですけど、
これ歴史的ポジションですよね。
この人との関係はこうこうこうこう。
私がああいうことを言ったから別れたっていうのは、
いきなり四次元的になりましたよね。
さっきまでは何があっても三次元的なところがあって、
いきなり言ってきた侵入者にいきなり怒り、
何かマイルドに慰めようとしていた部長のコーヒーはすぐ拒絶し、
みたいな出来事に対して非常に瞬間瞬間に反応しまくる。
でも全部怒って拒絶的に反応しまくる。
そういった状況に対して、
彼氏との関係はこうこうこうこう。
怒って拒絶的に反応しまくる。
事実上四次元はいらないわけですよ。
時間的経緯とか彼女にとっては関係ない。
ここにも脱価値化っていうのが見えるんだけれども、
つまり現実の価値はすごい低いんで、
そういう反応になってしまうんだけど、
彼氏の価値はとても高かったから、
失った時にはなぜ失ったのかっていうことを
頭は考え始めざるを得ないんです。
急に四次元的になる。
この時にウィニコットが言った通り、
これは歴史的ポジションなんだけど、
やっぱりウィ・クラインが言ったように、
これは抑鬱ポジションなんですよね。
どうしてもこういう何かこの種の人が
急に三次元的に生きていた。
この空間でこいつはダメ、
この空間でこいつもダメみたいなのは、
私には大体抑鬱的な出来事が待ってるわけですよね。
待ってたわけですよ。
こんなこと起きちゃうの?みたいな感じなんですよ。
急に現実に直面する。
空想ではここを取り繕えない。
いつものように、いやいや、あいつ出ていったけど、
あんな女の人にね、あんたの年収半分だからって言われた程度で、
事実だし、出ていっちゃう。
あれはそういうダメな男だったんだから、
私にはふさわしくなかったんだよって言って、切り捨てればいいじゃないですか。
そうやって生きてきたわけだから。
ところがこれが出来なくなる。
それはその男の人に万能空想を抱いていて、
理想化してた部分があるわけで、
だからやっぱり直面してしまうんですね。
空想で覆い尽くせなくなるわけですよ。
いろんな理由づけを作れば、
責任が相手に全部あるのであって、
そもそも付き合わなかった方が良かったんだよ、
ぐらいに思うことは可能なはずなんで。
少なくともそのように自分に説明することは可能なはずなんで。
だけども、そう出来なくなるとするとですね、
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これは板倉さんがこのキャラクターにとても好感を持っているから、
ちゃんとここで抑鬱ポジションに移ることが出来るわけですね。
現実検討能力が高いわけですよ、彼女は。
だから私はひどいことを言ったみたいになって、
抑鬱的になって、
その抑鬱不安がですね、
戻ってこないかもしれないっていう風に考えることが出来るわけです。
戻ってこないと思うんだけれども、
常識的には。
僕はここから先が本当は大事だと思うんですよ。
ここまでっていうのは、
辛いかもしれないけど、
ここから先が大事だと思うんですよね。
戻ってこないかもしれないってところまで考えられれば、
もうその価値は極めて高いと思うんですよ。
若い頃は私もなかなかそうは考えられなかったんですけどね、
今はここで考えることの価値は、
男と付き合う価値の10倍も高いと思うんですよね。
何て言うんだろうな、これは。
難しいんですけどね。
あんまり別にはかばかしい言葉でも、
慰めにもならない言葉かもしれませんけど、
精神分裂に関しては、
普通に持ちこたえる力とかって言うんですよね。
あるいは苦しみに耐えられる心みたいなことを言うんですけど、
大体そういうようなことですよ。
私はこの力っていうのはですね、
何者にも変えがたいと最近思うようになったんですよ。
だからこれは、
この売り終わるを読んでいただければ、
わりとすぐ再開して、
売り終わるを読んでいただければ、
わりとすぐ再開して、
ぶっつき直して、反省述べを述べて、
万事OKなんで、
それはそれでハッピーエンドでいいと思うんですけど、
私は本当はそうじゃない、そういうことは起こらないと思うし、
そしてそれよりも価値があったのは、
二度と彼は戻ってこないかもしれないっていう、
あれを考えることができたってところに、
やっぱり価値が極めてあると思うんですよね。
こういうことっていうのは、
どういう生き方をしていてもどうせ必ず人生に起きますからね。
喪失、喪失ですよね。
対象喪失です。
トラウマになりかねない対象喪失って起きますんで、
それに持ちこたえる力というのを持たないと
まずいんですよ。
持たずに生きていくことは、
とてもその人を苦しくする。
そうすると現実ってのは、
ものすごく自分の幸不幸は、
偶然そのものだけに左右されるってことになってしまうではないですか。
彼女はまさにそうだ。
この人はそこまで行って追いかけても
多分絶対見つからないような現実ではっていうところで、
奇跡の再会を果たす。
感動的でいいですけど、
そうすると我々の人生の幸せは奇跡だのみになってしまう。
でもそんな必要はない。
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そんなことはないんですよね。
私たちの幸不幸っていうのは、
フロイト流に言うとあなたは今痛ましい状態にいるけど、
ありふれた不幸にするのはサポートできますって彼は言うわけです。
まさにそういうことですよ。
ミソノさんは今までちょっと妄想分裂的に生きていて、
ナルシズム的な人生で頑張りすぎていたので、
痛ましいことになりましたけど、
失恋なんてありふれたことですからね。
っていうふうに言えるようになるためには、
やっぱり戻ってこないっていう現実を
持ちこたえるっていう必要があるわけですよ。
彼のことも恨まないけど、
自分のことを過剰に責めないみたいな、
そういうつまんない校長先生のお話みたいなもんですけれども、
でもそういうもんなんですよ。
この力持たないと、
ありとあらゆる不幸が耐えられなくなっていって、
人生大変なことになってしまいかねないので、
あれで元に戻ってしまうとですね、
奇跡の再開を果たしてしまうと、
何かがワークスルーされない感じ、
いかにも分析的な表現をとってますけど、
物作業ですよね。
物作業というのは、
帰ってこないからこそ物作業ですよ。
帰ってくるんだったら、
それは非常に安直な世界になってしまう。
先日もお話ししましたけど、
ペットロスなどというのは本当にそうで、
本人にとってはつらいじゃないですか。
非常につらいと思うんですよね。
でもこれを電話一本で、あるいは手術一つで、
元には戻せないってところが、
現実なんですよね。
そして心というのは、
ちゃんと現実に対応できるように作られていて、
そういう苦しみには耐えられませんっていう風になってないんですよ。
壊れてしまいますみたいにはなってないんです。
なってるとしたらどこかがおかしいんですよ。
だってそれでは生きられないじゃないですか。
やっぱり失うってことは起こることが現実に。
大学に行かなかったら生きていけませんっていうことは、
大学に行かないってのはつらいことかもしれないけど、
特にそれに人生かけてきたって人にとっては、
そうだと思うんですが、
でもやっぱり起こすんですよ、そういうことは。
私の中でここの時代がこうしましたからね。
つまりそういうことは起きるじゃないですか。
だって絶対に受かるんだったら受験じゃないじゃないですか。
だから起きるんで、そういうものに耐えられるように作られているんで、
それが発揮できなくなっているとすると、
何かが気の不全を起こしている。
そこを何とかするのが分析なんですよ。
だから私はこの話をしてるんですよ。
どういうことかというと、このポッドキャストを通じてですね、
私自身はよく精神分析とか心理カウンセリングとか
臨床心理の本を読むことを通じて、
人はこういうのを気の不全に陥ることもあるんだ。
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つまりトラウマになった苦しみに
耐えられなくなるってことが起こるんだが、
それを何とかするために
毎日を尽くしてきた歴史というのもあるわけですよ。
プロイトをはじめとしてね。
ずっとあるわけですよ。メラニー・クライニーとか、
みんなそうやってきたんですよ。人生の大半をかけて。
ここに私たちが心強く思える理由があっていいはずじゃないですか。
最近のね、現代風に言うと、
プラゾン・ケイゾーさんのGood Vibesも
まさにそういうものなんですよ。
これもCMね。ZoeさんのCMしたし。
そういう人々が
いろんなやり方、いろんなアプローチ、
様々なその人その人が考え出した、
考案した方法論が全て私はここを向いている。
という点に間違いないと思うんですよ。
言い方いろいろありますよ。
言い方いろいろありますけど。
そういうことを人間は頑張ってやってきました。
だから私は多分それに触れると
元気になるわけですよ。
落ち込んでいる時は大体私は今はカウンセリングの方を読む。
そうすると何の本であっても
大体元気になる。
あれ何でなんだろうなと思ってたんだけど。
今言ったようなことがあるか。
そういう人々の努力の即席のようなものに触れられると
やっぱりこう
勇気づけられるってわけですよ。
ご視聴ありがとうございました。
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