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おはようございます、グッドモーニングボイスです。
現在8月16日火曜日の夜の8時23分ですね。
だいたい、なんとなくこの流れが軌道に乗ってきたかなという感じがします。
基本的にまず私、これをCMをして、ついでその中身に入っていくというパターンを踏襲しているつもりなんですけれども、
パッとCMが考えつくかというとですね、考えつかなかったりもするんですね。
でも今日は一応最初から抑えてあって、9月の17日に第2回の働く人のための真相心理入門、学を取っています。
学を入れないというのがですね、私の自信の無さを表しているわけだけど、働く人のために真相心理の話をしますよという話です。
第1回はヒステリーという部分を強調して話したんですけど、かなりざっくりで、もっともっと話し込むことがあるなと思ったけど、
でも皆様からのご質問を何よりも優先したいという状態の中で、90分というのはあの辺が限界、ギリギリだなというところですね。
オーバーしました。
いずれこの話はもっとさせていただくけど、でも皆さんが精神分析の話をどことん聞きたいっていう方ばっかりじゃないと思うんで、
ヒステリーの話をどこまでも深入りしていくっていうのもちょっとあれだなというので、
一旦、何て言うんですかね、把握されてしまえばですね、これがいかに今の仕事場で大事な概念かというのは、
私にはもう自明以上に自明だろうという、これなしに今よくやってるよねって感じが、
私なんかほんとするんですけど、本当にこれにはいろんなややこしい要素があるんで、
まあまあおいおい、これが100回とか続けばね、今そういうふうにパッと言うと、
オアシス王さんってすごいなって思うんですよね、タスクカフェとか、リアルに100回やりましたからね。
私100回とか最初に彼が言い出したとき、何の冗談だと思ってたんですけど、
行きましたからね、やっぱり10回だって行かないですから、結構リアルってのは。
私もこれを100回やれればいいなと思っておりますが、まだ2回ですからね。
2回目のテーマは、発達障害かもしれないをテーマとします。
精神分析は多分発達障害って言わないと思うんですよ、ADHDとかADDとかね、
なんか最近でASDとかって言うかな、まあそういうやつ。
つまり不注意や物忘れやミスが多いとか、先送りをしまくるとか、
人から叱責されるのが怖すぎるとか、コミュニケーションが苦手ですとか言った話は、
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私はどういうところから持ってくればいいのかを話す中で、
やっぱり精神分析ってところからこれを特定していくのが面白いんじゃないかなと。
今働く人と発達障害って言ったら、日本に何万人何十万人といるってことになっちゃってるじゃないですか。
これ一体どういうことなんだろうと思う人は思うと思うんですよね。
私も思うんですよ。
しかも割とカミングアウトされていく話になってるじゃないですか。
これは一体本当どういうことなんだろうなって思うんですね。
これを私はこの第2回のテーマにしつつ、そこからウィニコットの話に持っていけたらいいかなと。
こういうのを詳しい人から聞いてると何を言い出すんだこいつはって思われるかもしれませんけど、
やっぱりこれ開き直りって大事だなって僕は思ってます。
49歳っていう数字は僕の中ではなかなか面白い数字で7×7ね。
昔のインドで言うと49で100ですよね。
この辺の数字になってくると平方数って私好きなんですよ。
36とか49とか64とかね。
そういうところに不思議なというか自分勝手な願掛けみたいなもんですよね。
ここまで来たらもう何を言われてもいいだろうみたいなわけわかんない発想があって。
そういうところでこういうことも言っていきます。
発達生涯をテーマに第2回9月17日にやりますけど、
これ私の中ではワンオンセッションっていうのを倉園さんやってるんですけど、
それとついには全くなりませんが60分1対1でお話ししましょうねという私とね、
というののセットだと考えておりまして、
1回でも8月9月の中旬にやります。
このセッションの対話をしていただいた方は無料でこの第2回の真相心理入門を無料で受講いただけます。
もしこの日がご都合があればアーカイブを無料で配布します。
対話をやっていただいた方はですね、
そういうアーカイブを無料で受講いただけます。
もしこの日がご都合があればアーカイブを無料で配布します。
対話をやっていただいた方はですね、そういうたてつけです。
対話をやりたくないという方もいらっしゃると思うので、
その場合は4000円を頂戴することにしております。
対話をやりたくないというか対話はいらないということもあると思いますからね、
そういう方はチケットだけご利用ください。
できればですね、アーカイブじゃない方がいいんじゃないかなと、
日々が都合がつかなければどうにもならないんですけど、
今回同様にしたのはそういう色々動かしていこうという理由があります。
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直接ですね、ご質問いただければ、
広範囲に何でもなるべくお答えしたいとは思っておりますので、
リアルにご参加いただけると、リアルチって問題ないんですけどね、
いいかなと思います。
今日はそのウィニコットの話にしたいと思ってるんですけども、
昨日散々ネタがあると言いつつ、今日はネタがもうないんですよ。
1日経つと抜けるんですよね。
あ、そうだ、1つ全然関係ない話をしておこうと思ってたんですけど、
心理って、この心理入門って言ってる、
心理学者内容って言ってるこの心理、
心理というのはですね、
心理という言葉がいけないんですよね。
心理学なんかやったっていくら勉強しても、
フロイドとかを勉強しても、
人の心理なんてわかるようになるはずないじゃんっていう言い方は、
心理の使い方に問題があるんですね。
心理学っていうのは心理の学じゃないんですよ。
この話ブログでしたことあるし、
フォトキャストでもしたことあると思うんですけどね。
心の理学なんですね。
理学っていうのは江戸時代の言葉で、
江戸時代末期から明治時代初期にかけての言葉で、
科学を理学って呼んでたんですよ。
理科って言うじゃないですか。
理学も科学も同じで、心の科学なんですよ。
だから、心理の学じゃないから、
人間心理がわからないとか、
人の心理が読めないとか言うのは、
ほとんど言いがかりみたいなもんなんですよ。
心理学を学んでもっていうやつは。
これと似た言葉に英文学ってあるじゃないですか。
あれイギリスの文学ですよね。
英文の学じゃないですよね。
英文の学って言ってしまうと、
英文を解析したり、そういう学もありますよね。
語学的に英文をここにしようがあるのは、
妥当かどうかとか、
そういうのは英文学じゃないじゃないですか。
それは英語学ですよね。
だから、英文学っていうのは、
英の文学で、ここで切るんですよ。
英と文学で切るんですよね。
心理学も同じで、心理で切っちゃダメなんですよ。
心で切って、理学なんですよ。
それがサイコロジーの役なんですね。
だから、人間真理がわからないとか言うのは、
ダメなんですよ。
英文学をやっても、
イギリスの文学ばっかりやってて、
英文の解析が出てきませんとか言ってるのと同じぐらいで、
ダメなんですよね。
これは前も言いましたけど、
農科学っていうのは農家の学じゃないじゃないですか。
農業をやってる人の学問みたいですよね。
農で切ってますよね。
農の科学じゃないですか。
これと全く対なんですよね。
心の理学なんですね。
真理の学じゃない。
だから、心理学をやっても、
真理がわかるわけじゃないっていうのは、
そういう話になっちゃうわけです。
で、今のは完全に脱線で、
本題入るんですけども、
つい、
今日の今日ですね。
まさにずっと私が、
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こういうことが起こるんですよね。
不思議とも。
不思議じゃないか、別に。
あのー、
ホールディングっていう言葉があります。
ホールディングっていうのは、
もう日本語に訳しにくくてですね、
だからホールディングって言われちゃうんでしょうね。
抱きかかえっていうと、
もう思理滅裂というか、
思理滅裂は言い過ぎだけど、
抱きかかえだと、
全く伝わっていない感じがするんですよ。
ホールディングっていうのはですね、
それも言い過ぎなんですけど、
法則に近いんじゃないかな、
法則とは違うんですけどね。
ただあの、
ウィニコットの、
よく解説してくれている、
私にとってはウィニコットが、
あれがあの人がなければ分かるようには
絶対なってないなっていうのに、
オグデンっていう人が書いた本があるんですけど、
彼が、
なかなか怖いこと書いていて、
暴れる患者さんとかを、
拘束するじゃないですか。
この拘束されるというところに、
抱きかかえられている安心感を、
どこか遠くで感じる、
というようなことがありうるんだ、
みたいな話があって、
いやそれは非常に、
今じゃもう書けないんじゃないかな、
っていうような話なんだけど、
でも拘束っていうのと、
ホールディングっていうのは、
そういうところで近づくんですよね。
あのね、
昔何かの映画で見たんですよ。
なんか不思議な映画だったんですけど、
その映画の1シーンに、
女の子が、
毛布をふわっとかける、
縛る方がいい、
ぎゅっと縛る方がいい、
っていう風に聞かれるんですよね、
おばあちゃんに。
ぎゅっとやって、
っていう風に言うんですけど、
あれが僕はホールディングだって思っています。
私もぐっとやられるのが好きだったんですよ、
布団は。
それってつまり、
そうされると安心するっていう、
ある種の心理的な弱さなのかなっていう、
心のちょっとした隙間みたいなね、
そういうものを感じさせられる話だな、
っていうのを意識したことが、
あります。
だからぐっとやってほしいっていう。
で、ですね、
これはぎゅっと抱きしめるって言っても、
まあ間違いじゃないんですけど、
本質的にはそういうことじゃないんじゃないかな、
と思うんですよね。
このホールディングっていうのは、
むしろ、
赤ちゃん抱っこしたことがある人は知ってると思うんですけれども、
抱っこしてるにも関わらず、
暴れ出す赤ちゃんっているんですよ。
もちろんわけ分かってないから、
暴れ出すんですけれども、
暴れ出して、
うわーってやって、
手離したら落ちて、
最悪死にかねないじゃないですか。
だから暴れるということは、
至って愚かなことなわけですよ。
だけど、
親は、親であれば、
子供が暴れたぐらいじゃ離さないですよね。
つまりそこに、
なんていうんですかね、
信頼があるんですよ。
いきなり話が飛ぶようなんですけど、
倉園圭三さんが言うところの信頼っていうのは、
私はこの文脈で解釈するんですね。
つまり、
暴れるというのは、
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わけが分かっていないからなんだけど、
暴れても抱っこは続けるからねっていうのが、
信頼なんですよ。
相互の、
この場合相互であることにしか、
意味ないと思うんですね。
ここは二者いなければ、
何の意味もない行動になってしまう。
暴れるからといって、
突き放しはしないし、
暴れるということを、
いくら頑張って真剣に、
暴れても大丈夫だからねっていう意味が、
ここにあるわけですね。
いや、これは赤ちゃんが暴れた場合は、
ごく当然のように思われるかもしれませんけど、
じゃあこの暴れる子がですね、
13歳の男の子だったらどうですかね。
なんなら竹刀とか持ってきて暴れるとか、
竹刀ならまだ良くて、
チェーンとか持ってきて暴れるとかね、
抱きかかえていられますかっていうような話になってくるわけです。
で、
竹刀を持ってきて暴れると、
竹刀を持ってきて暴れると、
竹刀を持ってきて暴れると、
抱きかかえていられますか。
っていうような話になってくるわけです。
精神分析とかカウンセリングの話って、
そういう部分があるじゃないですか。
これは多分、
僕はちょっと正確には引用できないんですけど、
ウィニコットだったと思うんですけど言っていた、
相手を破壊し尽くしてしまったという恐怖におののくわけですよ、
子供はね。
でも、相手を破壊し尽くしても、
そこに親が生き残っていなければいけない、
いけないっていうようなそこに8破壊されたにも関わらず親は生き残ってと 登場するみたいなそういう言い方があるんですね
それがつまりカウンセラーの仕事だってことだと思うんですよ あの最近の
トバタさんの本でこの話も何度もしてますけれどもめちゃくちゃ 女性に女性の患者さんに罵られるにも関わらず生き延びる
右のビルからカウンセラーとして機能するこれがホールディングだと思うんですね これが働く人とどういう関係があるのかというとあの
まあ働く人でなくても別に全然いいんですよ働いていなくったってですね 8例えば最近でとそうですね
100日チャレンジがホットなんで 100日チャレンジを例にとると100日チャレンジがそうじゃないですか
100日チャレンジにはタスクシュートクラウドのユーザーさんが集っていただいていて あの
まあ皆さんいい方ばっかりだからあんまりその無理難題とかは言ってこられないんですね でもまあ誰か例えば
あのコミュニティですから中にはすごいことを言うことは言う方がいらっしゃるかもしれない いないんですけどね
コミュニティってそういう荒れるとかって言うじゃないですか で運営者はこの場合親ですよねこれ運営者の方が年下のケースもあるし
未熟だったりするケースもあるかもしれませんけどそんなことはどうであっても運営してる 人は親ですよね
そうすると暴れ出す人がいた場合ホールディングしなきゃいけないと思うんですよ 抱きかかえ抱え込まなければいい
抱え込むって言うじゃないですか仕事を抱え込むみたいな そういうことってやっぱり必要だと思うんですね運営している側の人がここにその
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ずいぶん久しぶりのような気もしますけどあの例の欲打つポジションというものが関係 してるんじゃないかなって思うんですよというか関係しているはずですよね
えっと暴れた子は暴れたこの方はですね 妄想分裂ポジションなんですよある意味ではあのこの説明を全然説明せずに突っ走ってるの
ですね 30分以内に終わる関係上ここの説明までしていると多分こうアウトなんじゃないかなって
今懸念をしているも15分突破してますからね でも簡単に説明しますねあのメラニクラインというまあウィニコットのお師匠さんみたいな
女の人がいいおっぱい悪いおっぱいって話をしています いいおっぱいはまあ赤ちゃんはおっぱいを吸いたいとでも出なくなったんで腹が立って
噛みちぎるとこれが妄想分裂ポジションなんですよ 分かってないわけですね分かってないから暴れるわけですよ
分かってないから同じおっぱいなのに噛みちぎっちゃうとつまり破壊するわけですよね 分かってないから破壊するわけですよ
破壊する人ってのは分かっててやってるわけじゃなくて分からんから破壊しちゃうわけです 例えば
いい会社だと思って就職したのに入ってみたらロクでもないから辞めちゃったと辞め ちゃって困るのは会社の方である場合もあるでしょうけど実は辞めちゃった人が困る
わけですよね いい会社と悪い会社が実は同じ会社なんですよいやこんなこと分かってるよって言われるかもしれ
ませんけれども分かってないことがいっぱいありますよね世の中には例えば 親にずっと育てられていて
この話をするとちょっとさすがにエグくなるなぁと思ったんですけどまぁでも親がずっと 面倒見ていて
840になっても50になっても面倒見てるけどその親殺し殺しちゃいましたと お金をくれる親はいい親ですけれども
8やっぱりちょっと小言を少しでも言うとお前へ50になってまだ働かないのかと 言われてものすごい猛烈に腹が立って8
妄想分裂ポジションですよね8 暴れたと暴れてみたら親を破壊してしまったと
困るのは破壊した人の方じゃないかとやっぱり思うんですよね こういうことっていくらもあるわけですよ
赤ちゃんだったらいいけれど8 どうだったらいけないのかと
のっちにしても言えることはいいものだと思っている時はいいけれど悪くなった 途端に破壊したらいいものも一緒に壊れてしまったとここで後悔すると後悔する
ということはつまり一つには私がやったんだという自覚がある赤ちゃんはそういう 自覚がないですよね
8そして良いものと悪いものが同じだというのは8 因果関係というものを意識できないといけない
こうして人はですね理性というものが育っていくわけですよ 精神分裂的に言うと多分分別というものがつくんですよ
なんなら物心があって言ってもいいわけですよね そうすると分別とか物心で特にそうですけど一旦物心がついたら
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物心がつかないことにはならないはずじゃないですか ところが今の話でキーを者話しててもわかるように
50になっても物心を失うことがあるわけですよね つまり我々は8妄想分裂ポジションと欲打つポジション行ったり来たりするわけで
一度欲打つポジションを手に入れて妄想分裂ポジションの時代は終わりましたと 卒業しましたとニューフェイズに入りましたと言っても戻るんですよ
戻るから対抗って言葉があるわけなんだけど結構頻繁に戻るんですよ 戻ってまた欲打つポジションに入っていくってことはできるんですけれども
つまりその時に大事になってくるのがホールディングなんですよ 8妄想分裂になって何なら私の
8農科学的な表現で言わせてもらえば 偏頭体モードになってわけわからなくなってうわーってなって
8良いはずだったものを破壊しにかかってしまったとしても 例えばこうずっとお世話になっている取引先に猛烈にメールで悪口を書いたとしても相手は
8 すっかり破壊されたようにとなったにもかかわらずそこを乗り越えて生き延びてきてくれたら信頼できるじゃない
ですか ここにホールディングっていうことの意味があると思うんですね
親はどんな風に扱われても抱きかかえていてくれると ちなみにこれを奥さんとか恋人とか夫とかにはやらない方がいいと思います
本当に失ってだから本当に失った時にやってくるのが欲打つなんですよ 打つなんですだから欲打つポジションって言うんですね
8このこれだとネガティブな部分しか言ってないから歴史的ポジションと言いましょう っていう話もあるんだけどやっぱり欲打つポジションの方が残ってるんですね
あのこれはですねやっぱりこう ホールディングしてグッとか抱きかかえても相手はなお暴れるとついに話してしまいました
とそういうことに近いことって起こるじゃないですか 打ちひしがれるっていうことを強調したのはこれなんですね
もう親の方も旬となる子供の方暴れた後に食ったりすると 欲打つ的な状態が来るわけですよね
でもここを何とか お互い踏み留まって頑張るとで私がですね100日チャレンジの話を持ち出したのは
もちろん運営と8コミュニティに参加してるって人の話をしてもいいんですけれども それよりもですねもっと大事だというか
100日チャレンジのようなところで意識させられるのは100日チャレンジそのもの チャレンジそのものなんですね
なんなら第二領域とか習慣化の話に持って行ってもいいですよ 筋トレをやるみたいな時にも筋トレをホールにしなきゃいけないんじゃないかなって思うんですね
どういうことかというと 親だって調子の悪い日もあるじゃないですか
養育をするつまり生産的なことをしたいわけじゃないですか 第二領域とか習慣化とか言った時には筋トレが生産的っていうことになった場合
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それは生産的なことをしたいんだけど生産しただけじゃダメですよね メモとか断片とかすごいアイディアとかっていう話もありますけどそれをメモに書き
つけるこれがまあ生産だとしましょう 生み落とすわけですよね精神分析は8患者さんと
分析医の2人で 結婚して子供を生み出すという作業なんですよ
何か生産的なものをそこであの落とせなければ そのセッションは不毛なものに終わるんですよ
子供が生まれないっていうやつですね で
生み出したとしますよねメモなり筋肉なりを育て続けなければいけないですよね で途中で暴れ出すわけですよ
いろんなことがありますよね 筋トレをしていたら筋肉が痛くなりましたとかいろんなことがありますよ
だからそこで手を離してしまうと子供は落ちちゃうわけですよ ホールディングし続けられないといけないわけですねつまり
8何かを生み出すということをする人はまあそれはせつまりセックスするってことになる んですけど分析的な話をするとそれをする人は抱き抱え続けられるという
なんて言うんですかね覚悟がいるんですね 覚悟というか途中で手を離しちゃいけないわけですよ
良いおっぱいだとされても悪いおっぱいだとされてもまあどっちかという悪いおっぱいだ とされた時ですよね
ホールディングし続けなければいけないわけです つまり悪いことが必ず起きるってことですよね昨日そういう話をしたと思います
つまりしくしでかすわけですよしでかすことは必須なわけです ずっとしでかさないってことは多分
8その筋トレは筋肉つかないような筋トレなんですよ ずーっとうまくいってるようなことってまぁあの子育てではそんなこと絶対ありえないですけれども
実際にはその何でもあらゆることを先に手当てして先に手当てしては 起きそうな悪いことを取り除いて取り除いて取り除いておくような子育てってあんまり
よろしくないっていろんな子育ての本に書いてあるじゃないですか そういうことって難しいですけどね実際にはだけれどもそういうふうには
しちゃダメなんですね結局 失敗はしなきゃいけないとなぜなら失敗しないと暴れないですから暴れないと
暴れないとですね これも不思議な言い方になっちゃうんですけど出会えないんですよね
その信頼できる外にある信頼できる世界に出会えないみたいなそういう言い方をするんだけど いずれにしても出会えないわけです
出会わなきゃいけないんですよグッと抱えられるためにはですね 暴れることによってグッという力を実感できるわけですよね
それがつまり14歳とかになった時にできるかどうかみたいな話になっていったところで カウンセリングみたいなものが登場してくるんだろうと思うんですけれども
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カウンセリアカウンセラーの人はなんと罵られようともそこでこう 堪えているとそうした時にはそういうものを何てですかね
目の前で見て初めて人間にこういう力があるんだ 自分にもそういう力があるのかもしれないということを実感として感じられるわけですよね
そうするそういうなんてですかその まあ出会いですね出会いによってその
自分を信頼できるようになるっていうのが多分ミソなんじゃないかなって思うんです もちろんそのカウンセラーのことが信頼できるわけですよ
あんなにひどいことを言ってもこの人は逃げ出したり もう来ないでくださいとか言ったりせずに頑張ってくれていて
しかもなお自分のことについて考えようとしてくれている感動的じゃないですか ある意味非常に多分そういうことが信じられずに来た人っていうのが多いと思うんですよね
そんなところには ちょっと危険を損ねるとすぐに突き放してしまうとか
人の他人のために一生懸命やりますと言っていながら実は自分のため以外のことは 一切してくれないとかそういうことは普通にざらに経験してきているはずなんですよ
生きていればね だけれどもカウンセラーはそうではなくてなんかこう頑張ってこらえてくれているとお金は
払うんだけどでもそんなにやめられにあうんだからもうお金払わないでいいから帰って くださいって言ってもいいわけじゃないですか
でも言わずに相手のことを考えているとそういうふうなことをしてもらうことで 自分でもそういうことができるんじゃないかと思えるのと同時に自分ってのはそこまでして
もらってもいいものなんだとも思えるじゃないですか しかもそれだけしてもらうんだから自分ももっと自分のことについて
ちょっと辛くなってすぐめちゃくちゃ罵るっていうんじゃなくて もっと考えてもいいかなとも思えるかもしれないじゃないですか
こういうことを全部ホールディングっていうのが多分含み込んでいる言葉なんだろうと思う そこまで行かなくてもですねカウンセリングまで行かなくてもそれこそ筋トレであっても
結局今日はもう無理だなぁみたいなそういうことってあるわけじゃないですか でしない方がいいかもしれないしした方がいいのかもしれないんだけどとにかくそこで
こう投げ出してしまわないっていうのがつまりホールディングなんだと思うんですよ だからよくよくその第二領域とかを始めるときは
考える価値があると思う皆さん今の時代って特に考えるじゃないですか 本当に今子供を作っていいんだろうかとかキャリアと子育ての関係で今
キャリアを犠牲にするみたいなことをして大丈夫なんだろうかっていう話を考えるじゃない ですか
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でもなぜか筋トレとかするとき全然考えないで始めちゃうということも結構あるじゃないですか 考えてもいいと思うんですよね
ホールディング自分はできるんだろうかとでホールディングができるってことですね 結局本気でやれるかって話なんですよ
結局今の話全部そういうことでしたよね あの何があっても抱えていられますかっていう問いがそこに発生しているわけじゃない
ですか そういうことがですねあの
ミニコットがホールディングって言ったときに出てくることなのかな だからそこではきっとこうヒステリーみたいな問題つまり悪いおっぱいだった
あるいはこうタイミングが悪かったと本当は寝たいのに重乳重乳になってしまっていて 赤ちゃんは寝たいのにおっぱい伸ばされている
そういうようなことは必ず起こる つまり何事もスムーズにいかない瞬間というのがあってでもその瞬間がチャンスなんですよね
そういう瞬間があることによってえっとなんていうのかな 本当のこと柄と出会うことができるという話なんだろうと思います
何か本当らしいこと8手応えのないものじゃなくて本当に手応えのあるものに出会うことが 出会うチャンスになるんだろうな
だからですねえっと まあ失敗というものがある意味いいことなんですよ
そしてし本当の意味で失敗というのはないんですね でその
破壊してしまうと 破壊してしまった後に後悔がやってくるとしかし後悔がやってくるにもかかわらず
8それが破壊されないっていう時ですね多分僕らはそれはメラにクラインだったかな クラインの方の言葉だったと思うんだけど感謝できるようになるとここで
いわゆるなんて言うんですかねえっと 分別がつくわけですよその次のステージというものが手に入るんですね
ただこれは8頻繁に失うのでそうですよね 扁桃台モードにはすぐになります
頻繁に失うので何度も何度もこう 再何度も何度もこう
8欲打つポジションというのかなその時を超えてっていう言い方をするんですよね 悪いことといいことが起こった
その上2つの条件を乗り越えていく必要があるので 木を超えて8母親はそこに生きて存在しているみたいなこれ
プラゾのさんの言葉を使って言うならば現実を見に行くってことだと思うんですよ 現実は信頼できるものなんだということを体験体感するっていうような感じですかね
そういう話なんだろうと思いますね