おはようございます。人生相談のための精神分析的ラジオ、第1155回をお送りします。
3月14日、金曜日、9時9分です。 実はこの回もちょっと楽しみにしておりまして、
なぜかというと、1155なんですね。 この1155という数字は、相当どうでもいいんですけど、3×5×7×11なんですよ。
後で計算していただければいいかなと思うんですけど、 素数を指示したからかけ上げていくと、この数字が出てくるという数字なんですね。
私はこういう数字が割と好きで、やっぱり約数多い方が計算しやすいよねっていうのがあるのと、
平方数をここの中に含まない。 3×5×7×11は3×3とかが入ってこないので、9では割れないみたいなね。
本当はここに2がかかってなければいけなくて、だから偶数じゃないとダメなんですよ。
そうするためにはあと1,155回やらなくて、2,310回か。 その辺に行かないとダメなんですよね。
私210って数字も結構好きで、あれ2×3×5×7なんですね。 これ簡単ですよね。
で、どうでもいいことなんですよね。 だから1155はちょっと前からチェックはかけていて、
ついにここにたどり着いたなと。 なんてことはないわけですが。
はい、お知らせ、最後のお知らせですね。 明日、山崎隆さんと新井さんと私とでセミナーやります。
夜の6時から9時まで。 3時間。 渋谷でやる方は満席となりました。ありがとうございます。
オンラインの方はまだ引き続き余裕は当然ありますが、 結構な人数ご参加いただいて、動画配信の方もかなりご予約いただきまして、
急いでですね、基本取っ手出しをまず出させていただき、 必要に応じて編集をかけたやつを後日また出すというような形にしようかなと思っております。
動画編集って私ほとんど全然したことがない人間なんですけど、 少しはしようかなという、カットぐらいはしようかなというのを少しだけ思うようにはしないような気もするんですけどね。
だいたいせずに済むことは何もしないという、 今日そういう話もしたいと思っておりますが、引き続き最後のお知らせということになります。
もう30名を超えて、総勢でね、動画配信予約まで含めると30を超えていって、 うまくいけば40いくんではないだろうか疑惑があって、疑惑じゃないけど、
ぜひ今回のは面白くしたいなと思い、ちょっと力んでおりますけれども、 力んでいるぐらいなんで楽しみにしていただければと思います。
では本題で、今日はですね、めったに言ってこなかった、言ってこなかったのには一定のわけがある、避けてた面もある話として、
聞いたことがないかももしかするとあるんですが、行動化という言葉があります。
私この行動化という言葉が精神分析の本で出てくると、必ず強烈にそこに興味を持って読むという習慣がありまして、なぜかというと、
いかにも精神分析的で時々危ういことが出てくるのは基本的にこの行動化だからなんですよ。
行動化を取り上げてないってなったら、それは失敗の予兆みたいな話になっていて、わかんないですけど偉い人から怒られるのかもしれないし、不穏なんですよ、とにかくね。
この不穏さを真正面から取り上げていらっしゃる方の一人が藤山直樹さんで、彼の精神分析という営みという、
どちらかというと彼の新しい、もしかすると実質一番最初の本、実質というのは要するにそれ以前にいろいろ論文とか絶対書かれるしわかんないから、
実質一番新しい方の本のさらに一番最初に行動化の話がしかも劇的な形で出てくるんですよ。
つまり患者に殴られたって話、患者の行動化なんですよ、殴るっていうのはまず確実に。
不穏じゃないですか、患者に殴られたとかってね、非常に怖い話がいきなり入ってきて、これはいろんな効果があって、
やっぱりこれは良い本だなと読んだ時にすぐ思ったのがこれなんですよ、まずいきなり行動化が出てくる。
行動化ってある意味失敗なんで、だって患者に殴られるって決して良いことじゃないじゃないですか、自分被害者ですけど、
とにかく失敗談なんで、書きたくはないはずですよね、もし本当にあったことなら余計。
だから行動化について触れるっていうだけでも偉いと思うんですよ、読者としては。
でもそれはあくまでも良い話ではないわけですね、本人にとっては。
で、当たり前ですけど。
もう一つが、これは軽症なんだろうな、やっぱりっていう。
下手にね、ノラカウンセリングとかしてるとこういう目にも合うんだよっていう警告なんだろうなと。
こういう警告って聞かないんですけどね、あんまりね。
二通りの理由が僕あると思う。
一つは、自分もそんな目に合わないよと、あっさり鷹をくくられるというケース。
ノラやる人っていうのはある意味ずぶといわけですから、やっぱりいろんな意味でね。
だから自分例外にあっさりしてしまうというタイプの人が多いと思うので、
この手の軽症は結局気の弱い人に抑止がかかるだけであって、そういう人は最初からノラとか手を出さないと思うんで、
この手の軽症っていうのはどのぐらいの効果があるんだろうと時々思う。
もう一つは、仮にこういうことが起こるのだとしても、
そういう目にも合ってみたい的な不思議な心理の人っていうのもいるじゃないですか。
怖いもの満たさの方にむしろ近づいていってしまうみたいなね。
これも軽症効かないですよね。むしろほぼ逆効果的な何かがありますよね。
世の中の人の発想って様々なんで、
これらのことを藤山直樹さんのことだから、もう含み込んでここに置いたんだろうかと考え始めて、
なんだかそこでずっと空想をしてしまうのが私の読み方なんですよ。
私が読んでる時はこういう空想がずっとしていて、そこから全くページが進まなくなっていくと、
なんなら最初から読み直すみたいなことが起こるわけですね。
1ヶ月ぐらいかかりかねないわけですよ、もうここだけで。
それぐらいでもインパクトはあって、やっぱり本の書き出しはこうじゃないとなと、
本を書く人間としてもちょっと考えながら読んでた。
これが行動家のお話の、僕がやっぱり一番パッと思い出すのは簡単。
こんな喋りながらでも簡単なんで、やっぱりこれはいいところに置かれているいいエピソードなんですよね。
まあいいエピソードじゃないかもしれませんけどね。
で、私がやっぱり扱わなかったというのは、一つはこれは思いっきり精神分析的な話なんですよ。
だからこの番組では精神分析的ラジオっていうのは扱えよって話なんですけどね。
扱いにくいところはやっぱりあるわけですよね。
第一に行動家っていうこの言葉がほぼ悪い意味で使われているのは、
しかしそれは精神分析だからの話なんですね。
大体世の中、特に私たちはライフハック畑にいたわけですよ。
ライフハック畑で一番何を主張するか、行動しろじゃないですか。
行動家が悪い意味を持つっていうこと自体がものすごく実は価値観として真逆を向いている兵庫なんですよね。
どちらかというと我々はですね、考えてばっかりで行動しないってことをものすごく低く見積もる癖が、
特に2010年代は強かった気がするんです。
とにかく行動しろと何でもいいから動けみたいな。
行動家を抑止するって発想そのものがもう真逆なんだと思うんですよね。
だから私は精神分析というものをライフハックにむしろ組み込むことは到底できない。
知っておくだけは、明日そういう話を少しさせていただくことになると思うんですけど、
存在を知るっていうのがすごくいいと。
特にライフハックにのめり込む人はこの存在を知っておくっていうのはとってもいいことだと思う。
何しろ行動家とか言っちゃうから。
つまりそれはよく考えろっていう話なんですよ。
考える代わりに行動を起こしちゃダメだと。
ほとんど逆じゃないですか。
多分ね、私はそういうことを書いたことはないつもりなんだけど、
ビジネス書にはあったと思いますよ。
考える前に行動しろみたいなことがね。
これは行動家よりもなおなんか行動的な感じですよね。
つまり行動家が悪いことだということ、悪いとまでは言わないまでも、
決していいことではないよっていう概念を持ってるという段階ですでに取り上げにくいんですよね。
非常に取り上げにくい。
なぜならば行動家っていうためには前提として精神物質的を前提としちゃってるわけですね。
つまり要するに患者さんが殴るというのは非常に極端ですけれども、
殴っちゃダメじゃないですか。
やっぱり殴りたくなりましたっていうのはすごくいいと思うんです。
でも殴るってのはダメですよね。
すごく良くはないか。
でもまあいいことだと思うんですよ。
殴りたくなりましたと考える。
なぜ殴りたくなったんだろうと考えるっていうのはいいことなんですよ。
殴ってしまう。
考える代わりに行動に出てしまうっていうのは良くないわけですよね。
ここのところにすごく違いを見るためには、そもそもそういう設定がいるということなんですよ。
設定がないと行動家なのか何なのかがそもそもわかんないじゃないですか。
基本的に松木邦弘さんはすごくそこのところをクリアに書く。
ある意味ストイックな方なんで多分。
まず絶対行動家を考えろみたいなことが最近取り上げてるパーソナル精神分析事例にあっさり書いてあるんですよ。
用語辞典かなちょっとタイトル精密じゃない性格じゃないかもしれません。
あのとにかくとにかく行動家だと思えみたいなところがあるんですよね。
だから偶然行動を起こし始めたと思っちゃダメだっていうわけです。
しかもその行動が良い悪いは関係ないく基本的に全部行動家であって治療者としては失敗しつつあることに反省しなさいみたいなそういうノリで相変わらずこう容赦ないなって思うんですけれども。
あのつまりですね。
例えばえっといかにも行動家って言うんだとまあ結婚したくなりました恋愛しましたとかえっとあと転移ですよね。
転移ってことはつまり治療者に告白しちゃいますみたいな。
なんなら抱きつきたくないこれ行動家ですよね完全にね。
つまりなんで好きになったんだろうと考える代わりにもう好きというのを行動に移すと。
これもよくあるじゃないですか。
うじうじ考えてないでさっさと告白しなさいみたいなそういう行動家をむしろ促すみたいなのが世の中には十分あるんですよ。
だから行動家すなわち反省しろみたいなのはやっぱり特殊な文化なんですよね。
でまあ私はその特殊な文化の方を必死に取り込もうと必死になっている面があるわけですけれども。
だからといって私は精神分析やってるわけじゃないから。
やってる人がやってる人がっていうのはつまり例えば3ヶ月チャレンジの参加者さんが行動を起こし始めたものを行動家とは呼ばない。
だからこれを取り上げるのは難しいんですよ。
なぜならば3ヶ月チャレンジというのは精神分析と違って設定が曖昧で設定が脆弱といえば脆弱なんで。
全ての行動家をやめさせて演技関係に持ち込んで何なら行動家はここでやりなさいみたいな。
だからアクティングインとかって言うんです。
持ち込ませるみたいな。
つまりここに集めろって言ってるわけですよね。
外に出させんなと。
外では極力穏やかに過ごさせなさいみたいなそういう。
だから外で行動を起こすのは全部ダメなわけですよ。
ということになってくるとやっぱりビジネス界隈の世界としてはビジネス界隈の世界としてはさすがにそれは行き過ぎだろうと思うしそうはできないですよね。
そう解釈のしようがない。
そこまでその外側で起きてるのは本来カウンセラーに話し合うカウンセラーとそこで検討を加えるべき事項なのにそうではなく行動になってしまってるんだとまで言い切るためには。
やっぱりそこに設定をガッチガチに固めていかないとそういう判断すること自体ができないじゃないですか。
この曖昧さを極力排除するために設定をがっちりと固めて何でも行動化だと考えて
行動化が起きているということは何かが間違っているというか何かが不十分であるというか何かが未熟であるというか
そういうような話にしていくわけですね。
でも私はそういう話にするわけにいかないので
外で例えば資格試験の勉強を始めましたって言ったらいいことですってことに
これをまさに資格試験の勉強で書いてあったんですけど
松木さんの時点だと資格試験の勉強だからいいってことにはならないっていうふうに書いてあって
それは最もなんですよ
つまりそれは行動化だからですよね
しかもアウトじゃないですか
アウトってのはアクティングアウトっていうのはつまり面接のセットの外で起きていることですよね
面接の中に持ち込んだらアクティングインで行動化なんですよねどっちも
どっちも行動化なんだけど持ち込みなのか外出しなのかということが分けられている
分けられているのではないのかもしれないけど多分分けて考えるんだと思うんですよ
アウトを減らしてインを増やさせれば基本的にいいわけですよ
その分精神分析に入ってきてるわけですよね
そしてしかもインを増やさせてそれをさらに行動には移させないという
そうすると転移がどんどん進行していくっていう多分そういうことなんだと思うんですよね
だから外で人にガーって怒る代わりに外では穏やかになってんだけど
面接室に来て私とかにガーっと怒るみたいなそういうことが起きる
だからこれは精神分析ではないからそういうことは言えないんだけど
面接室とか私の場合オンライン対面ですけれども
私に対して抜刀するとか批判するとかこれやってても全然役に立ちませんとか
佐紀さんは能力全然足りませんとか野良ですとか言われるのはとてもいいことだってことに
まあとても良くはないかもしれないけど基本いいことだってことになるわけですよ
ここに集まってきているからここで集まるということは
ここで集めてここで取り扱うということができますよねっていう話なんですよ
外に出てっちゃってたら私の手の届かないところに行っちゃいますよね
で一番手の届かないところに行く要するに行動化として中断というのがあるわけですよね
だからこれが中断なのかそれとも治療がうまくいった集結なのかをはっきりさせるためにも
やっぱり設定が設定をきっちりしておくことが大切と
なんとなく辞めてしまったのはこれはうまくいったからいい集結だったんだとか考えちゃいけないってことなんですよね
それは行動化であってしかもある意味最悪の行動化なわけですよね
まあ基本的に仕事を一つ失うわけですから
だけどここまではやっぱり言えないわけですよ
私の場合3ヶ月で終了することになってんでその時の終了が良かったのか
それともただ3ヶ月が来ちゃっただけなのかは
私の方ではある程度検討がつくようでないとダメかもしれないけど
でも究極的にはわからないところもあるじゃないですか
いろんな事情があってこのいろんな事情ってのが癖もので
その事情を自分で作り出すのが私たちですから
しかも無意識に作り出すのが私たちですから
結局のところそれはアクティングアウトでしかなかったのかもしれないわけですよね
しかも3ヶ月チャレンジは都度払いじゃないんで先にお金取っちゃうんで
こういうふうにですね都度払いにすることで
アクティングインなりアウトなりが見えやすくなりますよね
その時お金をごまかそうとするとか払いたがらないとか
いろんな行動化として現れ始めるんで
それはその人の考えが行動に現れているという意味で
考えられるようにはまだなってないということをある意味意味していて
考えられるようにすることを
エンパワーメントするんでしょうね
考えるということを支援するってことに
支援はしないのかもしれないけど支援するってことになるんでしょうね
ここのところだけ私はそうしてるんですよ
つまり行動化というものが基本いいものとはみなさん
別に精神分析みたいに行動化というものを全部捉えて
なるべく全部捉えて解釈するとか
全部を転移関係に集中させるということまでを
する気は全然してないですけれども
何でも行動したがるというのがライフハック的ですから
ここを脱却するというこの行動を取りたくなるというのはどうしてなのかと
典型的なのがあれですよね転職ですよやっぱり
転職とか休職とかこれがもう
つまりそれについて考える前にもう転職を始めてしまうと
ただこれがですね人生においていいか悪いかはまた分かんないじゃないですか
だから松木さんのように定義をしっかりするということになるわけですよ
それについて考えてないということが問題なのであって精神分析的には行動化なんだけど
我々的には行動じゃないですかそれは行動化じゃなくてですね
だからそのこと自体を止めたり避難したりするってのはおかしいし
また特に私の立場であればそれはしないんで
基本的に現状維持を良しとするぐらいには私は考えてるんですけれども
でも別に現状維持しなければいけないとも思わないですし
離婚ってのは多分アクティングアウトなんでしょうけれども
だけれども離婚を進めるってことは私は絶対しないですけど
だからといって結婚生活絶対維持しなければいけないっていうのものでもないじゃないですか
結局そういうのっていうのは設定をよほどがっちりしない限り
行動化だというわけにいかないしその行動に良し悪しを言うこともできないので
あれですよねなるべく検討を加えたいというところに留まりますよね
設定が十分がっちりではないのであれば
3ヶ月チャレンジで3ヶ月チャレンジなりの設定はありますけれども
それはせしむせぎみたいなものではありませんからね
だからここのところはすごい私としてはすごいなんていうんですかね
ぐるぐる矢印が向こうを向いたりこっち向いたりを繰り返さなければならないんですよ
でも一つあるのは何もしないということに何の罪悪感も感じないようになるっていうのは
私が一つ一応意識する方向の一つなんですね
何もしないということができないという何もし行動を取らないで考えているということが
いきなりもう悪みたいになってしまうっていう
そういう行動を原理主義みたいな長時間に押されるっていうことがしばしば起きるんですよ
やっぱりライフハッカーっていうのはですね行動が好きなんで
行動家とは言わないまでもそういうのを捉えられるようになるっていうのは
一つの方向性として持つんですよね
これを持ってると次に起きることが100日チャレンジですら実は起きるんだけれども
アクティングインみたいなことが起きてくるんですよ
ここに持ち込まれ始める
つまり私が怖くなったりあるいは長時間が怖くなるから私のことを
なんて言えばいいのかな
怠惰の勧めをしている人みたいに批判されるって方が出てくる
これは私は基本的にはやっぱりいいことなんだろうなと
いいと言わないまでも起こりうる変化の一つとしてはっきりあるよなっていうのは感じるわけですね
だからいわば行動家の外に外出しが減ってきているわけですよね
持ち込むっていうのもオンラインだと持ち込めないので
だからこれが面接室という設定は大事なんですよ
持ち込むっていうことがはっきり出るじゃないですか
例えば飲み物持ち込むとか
何にも特に言われてないですから私も考えたことがあるんですよ
大船のカウンセリングをやっていたときにですね
暑いじゃないですか夏とかね
飲み物ってあれって感じなんですよ
つまり飲み物を持ち込むというのは
もうこれニュートラルなものは何もないんで絶対アクティングインになるわけですよ
何かそこに意味があるわけですよね
何があるかはその都度その都度考えなきゃいけないんだけど
とにかく何かがあるわけですよ
でもまあ喉が渇くとか何しろ最近は温暖化で猛暑なので
めちゃくちゃ暑いのは確かじゃないですか
つまり行動化ということを考え始めるときりがないわけですね
服装が変わるのも行動化ですよねアクティングインですよね
だけれども夏になれば服変わるに決まってるじゃないですか
見当を加えているかどうかってことが大事なのであって
これも私の身内の話になっちゃうんですけどやっぱりですね
なんていうのかな精神病水準の人っていうのは服装が微妙に分け
服装がすごく不思議なんですよ
だからそれは行動化という言い方をすることができるようにするには
設定が大事ですよね
そうするとこの人がどうして服を変えてきたのかの意味っていうものが
きり見えやすくなるわけですよね
それはどんな服を着てもいいはずっていうかいいわけですよ
いいからこそ行動化ができるわけだから自由なんですよ
多分飲み物もそうなんだと思うんですよ
僕持ち込んだことないですけど
飲み物を飲むからいけないってことはないじゃないですか
でもいいとも悪いとも言われていないし書いてないんですよね
こういうところに何かがあるんですよ
つまり自由に選択できるということは
この自由な選択によって何々をどう思われるだろうって思っちゃう人もいるでしょうし
そんなの自分の自由じゃん
何ならもうめちゃくちゃ露出度の高い服を着ていくことも
私は男ですけど自由じゃんっていうことを言う人もいるでしょうし
この服装でいったら変に思われるかなって思う人もいるでしょう
この変にっていうのだって
実は精神分析的心理療法科か
とにかくカウンセラーさんがどんな人なのか知らないんだから
わかんないですからね
どんな人なのかは全く知らない
名前しか知らないんですからある意味では
だからこの辺が精神分析でないって
3ヶ月チャレンジとかはないと私が言う
なぜなら私はどんな人間かをベラベラ喋ってるし
ものすごく自己開示が多めの人間になっているので
どんな人間かがもう先入観がついちゃうじゃないですか
つまり変異が不十分なものになりやすいですよね
ある程度これはわざとしているところもあるんだけれども
とにかく精神分析のようにはならないようにしているわけですよ
ある意味では
ものすごく意図的にそうしているってわけじゃないし
入ってくる人の中にはこの番組とか一切聞かないし
僕の方も一切読まないっていう人もいるわけですから
いらっしゃるわけですから
分かっていないとは限らないとも言えるんだけれども
読むことを強要するわけにはいきませんからね
この辺も結局自由ですよね
どう思われるかなどというのは
どう思われるかをそもそも気にするというのは
その人の内面に関わる話であって
みんなが気にするわけでは全然ないじゃないですか
だから飲み物を持ち込むとか
ある種の服装で行くとか
どんな種の服装で行ったってある種の服装ですからね
だからやっぱり考えるようになりましたね
僕もね
私なんかいつも同じような服着てるけれども
考えるようになりました
つまり考えるってだけでももう行動化の一種だと思うんですよ
こういう場合は
今まで無造作に服その辺にあるのに
何か考えてから着るようになるみたいなことが起こるわけですよね
だから服を変えるっていう行動化は
当然かなりいろんな意味を持ち得るものではあるわけですよね
そういうの全部取り上げられたわけではないですけど
取り上げる素材としては
いくらもあり得るということになるわけですね
中でもやっぱり遅刻とか
キャンセルはでかいですよね
これはもう別に精神分析とか全然知らなくても
キャンセルというものが無意味に起こるものでないっていうのはよくわかります
扱いもすごい難しいっていうのもよくわかります
第一、下手なことを言いたくない面もあるけど
黙って言いたくもないみたいな
こういう葛藤を生む行動化っていうのは
すごく注目せざるを得ない
ずっとこの人来なくなったみたいなね
連絡をするべきなのかするべきでないのかとか
悩むじゃないですか
この悩みを生み出すということはすごく意味があることなんですよきっと
もちろんそれをうまく扱えるかどうかは別の問題だけれども
少なくともそこに扱うべきポイントがあるというのは
私なんかは服なんかよりはずっと
そういうことは考えさせられますよね
服はあんまり普段から考えてない方なんで
もっと考えなきゃいけないんだろうなと思いつつも
全然僕は考えられない人間なんで服については
奥さんが言った通りの服着ていればいいだろうぐらいに