1. 佐々木正悟のライフハックからの精神分析
  2. 野の医者はわかりすぎている【..
2025-04-22 39:37

野の医者はわかりすぎている【続・特別説明会】

「なぜうまくいくのかはわからない」を、取り扱えるか?
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サマリー

このエピソードでは、特別説明会の裏側や正規と非正規の精神的支援の違いについて考察されています。また、野の医者がどのように生計を立てているかについても触れられています。さらに、野の医者が持つ2階建ての構造やフロイトの教育分析について考察し、トカゲとドラゴンのメタファーを用いてビジネスモデルの理解を深めています。精神分析の複雑さやその影響についても掘り下げられています。加えて、精神分析の理解とその評価について考察がなされ、特に野の医者が抱える問題について説明されています。ドラゴンのような強い人物が登場し、心理臨床の本質や非正規の立場からのアプローチについて議論されています。野の医者に関する議論では、結果に対する責任感や説明の難しさ、視点の多様性が強調されています。

特別説明会の背景
おはようございます。人生相談のための精神分析的ラジオ【特別説明会】続編とさせていただきます。
4月22日火曜日7時28分です。なぜこんなことをやっているかというとですね、
実はゲストで、ゲスト会の収録がすでにありまして、そこで会議を言っちゃってるからですね、
長時流会わせたいという気持ちが、会わなくなってきたら向こうを喋り直そうと思ってるんですけど、
まあ明日にはアップするだろうということで、こういうことをやっているというのが一つと、
特別説明会はどこかでやらなきゃと今月思っていて、結局のところも今月が終わろうとしているから急いで昨日やったというのも一つで、
そこで本当のところもう少し言いたいことがあったんだけど、1時間近かったので打ち切るしかなくて、
しかしあの続きを喋らなきゃと思ってしまっているという事情が重なりまして、こういうことが起きております。
3ヶ月チャレンジおかげさまで第10期がですね、おかげさまでそもそも10期が続けられたということと、
ほぼほぼ満席となりましたということで、ここでちょっとこれについて説明をしておく。
本当はノートとかで書いたりもしたいんだけど、ノートに書いたところで一体どのぐらいの人が読むんだろうと思うと、
もう結構昨日もいっぱい喋ったじゃないですか、言いたいことはかなりあるんで、書くとなるとですね、結構大変だと。
書くとなると、喋っている場合にはもう言ってみてちょっと違うなと思ったら、大量に喋ってそこを埋め合わせるということもできますが、
ということをするのはあまり良いことじゃないかもしれませんけどね。書くというのはそういう行為ではないので、はっきり言って頑張らなきゃならないわけですよ。
まだ割と生に絵のことがいっぱいあるのに頑張らなきゃいけないわけですよ。そうまでして、読むのめんどくさいんですけどっていう気持ちを引き起こすのは、
あまりにも気が乗らないということでしてね。書く気は全然慣れてないわけですね。要するに書く気には慣れないと。
書いても読まれないだろうしなぁと。これ喋れば聞かれるのかっていうとそれも微妙なんですけど、喋るのは仮に聞かれなくてもそんなに苦痛じゃないんですよ。
そんなに大変だと思ってないから。書くのはそことこ大変なんで、普通なんですよね。
端的に言って読まれないとなってくると。読まれないかどうかわからないんだけど。そういうわけでよく喋ってます。
一応昨日の鈴木であり、しかもこれ別に普段通りのフォトキャストと言って差し支えないんですが、
その場合には番号の調整の問題が出てくるということと、説明会はしなきゃいけないと。
4月中には絶対、だから10期の説明ってことなんで、しなきゃいけないと思ってて、もう4月が終わろうとしていて。
結局のところ説明会を本当はですね、セミナー形式でやろうと思ってたんですけど、その機会はついに一時まして、こういうことになっておるわけでありますね。
昨日たまたま、昨日の説明会に反応してくださったサンチャレの参加者さんがいらっしゃいまして、そこであ、そういうことだわっていうことに気がついたので、非常にありがたくですね、そのままこの続編に流れ込むと、そういうことを言おうとしてたんだけど、時間切れになっちゃったんですよねっていうことがあったわけですね。
正規と非正規の違い
だから非常に昨日はありがたい体験を、僕がありがたい体験をセッションでしていてはいけないんじゃないかと思うんですけど、しばしばそういうことは現実にあります。3ヶ月チャレンジはそういうのもありますということですね。
で、昨日した話の流れの中で、一番私が考えさせられたのはですね、正規と非正規はそもそも違うと。
で、3ヶ月チャレンジは心理臨床という意味では非正規です。大臣支援という意味では正規も非正規もあんまり、そこをあまり言ってもしょうがないよなと。そんなこと言ってたら、すべての相談は非正規ですってことに。いや、大半の相談はね。
だから極端に言うと、部官がメンタルがちょっと調子が悪い、会社の上司が話を聞くのは非正規だから良くなくて、ここに公認心理師を呼ぼうみたいな話になったらおかしいじゃないですか。
そんなこと全部についてやってられないじゃないですか。そんなことは。お金を取るから非正規じゃいけないっていうのかもしれないけど、それだって相当微妙な話になってくると思うんですよね。
っていう話は散々してますから、ここではすっ飛ばしますが、要は正規か非正規かという話ではないと思うんですよ。
で次に、非正規でしょうがないじゃんというか、非正規だっていいじゃんというのはあると思うんですけど、でも非正規って全然良くないこともあるよねっていう部分はどうするんだっていう話があると思うんですよ。
これもまたどこにでも常にあるわけですよね。
前にね、非常に私は極端な例をお好むので極端な例として、永田花火さんの寂しかったからレズ風俗言ったよってレポートの話で、本当はカウンセリングを受けるべきだったっていう話なのだろうか、あれはっていう僕は疑問を呈する形でノートに書いたんだけど、
まあ誤解されるよね、そういうことを書けばという。やっぱり正規のカウンセリングがいいでしょうってことになるかもしれないし、それはそうなのかもしれないんですよ。レンタルお母さんとかレンタル恋人みたいなやつですよね。知らんけど、私はそのようなサービスがあることを漫画で知りましたから。
で、それは要するにエッチな漫画を読みたくてただ読んでいたら、いやこのサービスってカウンセリングっぽくないか、すごいこういうサービス本当にあるのっていう感じがして、これって要するに不在の母親の話だよねっていうように読むのは、まああんまり多くないかもしれませんけど、どう見てもそう見えるわけですよね。
レンタルお母さんってもう言葉からしても、環境としての母親なのか、対象としての母親なのか、その何をレンタルするのかということをついつい考えてしまいますよね。
まあレズという表現をとるべきなのか、母と娘という表現をとるべきなのか、僕はやっぱり非常にそこのところで、もうずーっとそのことを、あの本を読んで1ヶ月ぐらいはそのことばっかり考えていたわけですが、
それをまあ僕は男子にした場合に、何にも例外と母子関係の違いというものが見出せなくなってくるという、どこが違うんだって考える、母子じゃないってだけじゃんっていうことになってしまうという、甘えさせてくれるでしょう、ご飯一緒に食べるでしょう、他愛のもない話をするでしょう、お母さんとしないのはセックスだけじゃないかという、だったらお母さんとセックスしてはなんでいけないのかっていうふうに考えてしまうわけですよね。
いや、したいってことじゃないですよ、これは。なぜいけないことになったかということを考えると、なんか古代アステカ文明ではどうだらこうだらっていう本を僕は気がつくと読んでて、なんで俺この本読んでんだっけってことになっちゃうわけですよね。いや古代アステカ文明ではこれはありだったのかみたいなことを読んだりしているうちに、いやここ読んでても答えに行きつかんだろ俺はっていうことに気がつかないまま読んでたりするわけですよ。
なんか気がつくとね、私人文の研究ってだからあんまりこう、なんていうのか、自分には向かないと思うんですよね。お前には向いてるっていう人もいっぱいいてくれるんだけど、いやだから俺には向かないんじゃないかって思うんですよ。目的を意思するんですよね、気がつくとね。あまりにものめり込んでるうちに。そこがいい、そういうふうでなきゃいけないっていう意見もわからないではないんですけど、やっぱりこう手、そういうのはね、手の問題だと思うんですよね。わからんけど。
野の医者の生計
まあそういうことです。どういうことだ。つまりですね。で、野良でいいとかいう話に非正規でいいっていうことにした場合、やっぱりここは野の医者は笑う読むべきだっていうか、べきではないけど別に読むわけです。僕はそういうことを考えたときはあの本に当たる。そうすると答えは書いてあるわけですよ。つまり野の医者はどうやって儲けてるのかって話に、これは行きつくわけですね。
良い悪いの話をする前にまず、それで食えるのか食えないのかって話なんですよ。正規の人は野良は危険ですと昨日も言ったようにそこだけを言うんだけど、そもそもそれは野良の人のところに患者さんなり信者さんなりユーザーさんなり参加者なりがわっといるっていうような勝手なイメージがあるんだけど、いや別にだって一人もいないっていうケースも少なからずあるわけですよ。
一人しかいないとかね。それだったらもうなんか撲滅させようとかする必要はないわけですよ。僕はカウンセリング名称の独占問題みたいなそんな問題は実はないかもしれないし、真面目に考えてる人はいないかもしれないんだけど、あのヤフーの記事とかもそうですけどね。カウンセリングという名称を独占してみたところで、患者さん増えませんよっていうその正規の方にとってね。
そんなにそこに人行ってないんですよっていうのと、そこに行ってる人がいきなり正規のところにくるっとやってくるわけでもないんですよっていうのと、いろいろあるわけですよ。一番僕が思ってるのはですね、僕の知る限り、これアメリカにいた時からそうなんですけど、正規を利用してる人が非正規を利用してるケースすごい多いんですよ。
で、非正規全く利用したことないですって人は正規も利用しないんですよ。この事実はなんで定欲無視されてるのかなっていうのがすごい気になるんですよね。人に相談したくないマインドの人は誰にも相談しないんですよ。いきなり正規だけ行くっていうケースはものすごい稀なんですよね。はっきり言って多分。わからないですけどね。完璧に統計取ったことが僕があるとかじゃないんで。
でもですね、多分ですけれども、なんか占いのところに行っててカウンセリング受けに来ないみたいな、この話も何回もしてるから無駄なこと喋ってるなと思うんですけど、占い師のところに行ってる人だからカウンセリングにも来るんですよ。占い師に一回も行かないです。おみくじも絶対引かないですって人はそうそう困ったからと言って話せば治るなんて思わないから行かないですよ、正規のところにも。
そういう人は必ずまっしぐらに、本当に困ったらですけど、まず薬で何とかしようとしますよね。エナジードリンクとかは飲む可能性高いと思う。カフェインとかね。で、とにかく話をしてどうにかしようとはされないと思いますね。人に話をするということに全く期待していないというタイプの人は結局占いだって、生命判断だって、手相だって、そこでのコミュニケートに意味がかなりあります。
そんなことは言ってる人はだいたい知ってるんですよ。逆に言うと、本当に悩んだ時には人にまず全然相談しないぞっていう人は、非正規行かないですけれども絶対に、宗教とかまず行かないと思いますけど、そういう人は正規も行かないんですよ。正規だけ違った目で見るってことは、僕は多分起きないと思うんですよね。ここまで考えた時に、野野医者は笑うよって見るとですね、やっぱそういうふうに書いてあって。
で、一番人が言っている野野医者のところってやっぱり何かあるわけじゃないですか。てか何かあると思うじゃないですか。ここで何が行われているかっていうと、それと同じようなことをやっていて、非常に考えさせられるわけですね。何をやってるかというと、野野医者で喰えてる人は教育してるんですよ。つまりトカゲとドラゴンの話なんですね、これがね。
トカゲとドラゴンっていうのもまた面白いと思うんだけど、要するに野野医者には2種類いて、誰だっけな、その途中で出てきた人が解説してくれるんですよね。野野医者の世界は2階建てになってるんです。これは野野医者がそう説明してくれるんですよ。そういうの説明したがり系野野医者なんでしょうね。
2階に住んでる人が偉いんですと。2階に住んでる人だけが儲けてるんです。1階に住んでるのはトカゲばっかりで、彼らは食いや食わずで頑張ってるだけなんですっていう。何をやってるかというと、ドラゴンはトカゲを育ててるわけですよね。
つまりそれはあれですよ。教育分析っていう言葉になってるやつですよ、精神分析の世界で。後年、晩年、フロイトが一部の、誰か名前がいきなりどう忘れしてますが、信じられない50になるということが起きます。後で調べてください。
フロイトはそれで批判した人がいたような気がします。あなた、ある意味楽してるって言ったんだとあれは思うんですよね。でもフロイトはそういうふうに突き上げを受けることもあるでしょうし、フロイトだとそこについて真剣に考えたり腹を立てたりするかもしれませんけど、多分僕は野野医者はそういうふうには考えない。
間違いなく楽によりビジネスがでかくなるならそれに越したことはないだろうと率直に考えて、ドラゴンはいよいよドラゴン化が進むと思うんですよ。どういうことかというと直接臨床をしなくなっていくと思うんですよ。
何でもいいんですけど、佐々木メソッドとかを、佐々木メンタルカウンセリングとか考案して作り出したとするじゃないですか。対象関係論と日行動両方と混ぜこぜにしてちょっとだけ前みたいな考え取り入れましたみたいなそういうものを作り出したとするじゃないですか。
それの動画とテキストを作ってこれを高額で売るわけです。そんなの売れるのかよって思うかもしれないけれども、私が今やっているぐらいの収益のこの半分でもいいから稼げればいいって思う人は私に何かを習ったら元が取れそうな気がするじゃないですか。
だからこれを受けに来る人はいるんですよ。でもう一つはで私のところに来たいという風な人が一定数いらっしゃるということは私がここがポイントだと思うんですよね。直接臨床というのかな直接ワンオンセッションしなくなりましたとなるとでも受けたいですっていう人はじゃあ佐々木メソッドを高橋さんから受けてくださいってこれが代替になるのかってのが最大の問題なんだけれどもこの言い方をすることによって高橋さんは
可能性を見ますよね。あ、私のところに来てくれる人が私のところに来てくれるんだからここで佐々木に一度100万円とか払っちゃったとしてもこの人たちから5万円ずつ20回やれば元が取れるって考えるじゃないですか。これがトガゲとドラゴンのシステムだと思うんですよね。
そうすると私は高橋さんみたいな人にどんどんどんどん教育していくとお一人100万円だから数字が変わってくるわけですよ。これが2階建ての2階に住むっていうことの意味なんですよね。
このことは私が高橋さんじゃないですよ。こういうことは世の中で十分考案されていますし、現にこういうふうにやってらっしゃる人はいっぱいいると思う上にどの医者を笑うにがっちり書いてあるわけですよ。だからトガゲとドラゴンという比喩で書いてあるわけですね。
教育分析とビジネスモデル
で、このドラゴンさんの教育が残念ながらフロイトみたいに超大真面目にやってるとは、これは誹謗中傷になっちゃうんである程度いい加減にしておきますけど、僕の目にもさすがにそうは思われないですね。
このことが先日アツさんという方とね、あの夫婦関係学のアツさんという方とコラボで対談した時に出てきた話題なんですよ。いやもう本当に薄っぺらい教科書が届いただけでってアツさんはおっしゃってたんだけどそうなんですよ。そこに問題がある。フロイトも同じ構造でやってたんだけど多分フロイトがやったのものすごい厳しいんで、まああそこまでやればねすごい人出てくるよね。
ビオンとかそういうことが起こるわけですよね。だってもうなんかいつになったらその教育終わるんだよぐらいやらされてるし、もうなんか。あ、失礼しました。つまりですね、こういうことなんだと思うんですよ。こういうトガゲとドラゴンで考えていくとフロイトってつまりグランドドラゴンじゃないですか。
で、そう考えていくならば、あのシステムってある意味野良じゃないですか。こういうとものすごく奇妙な感じがするけど、でもそもそも喪失した国の喪失者が、その喪失した状況の喪失した国の中で、つまりナチスドイツってことですけど、公認しませんでしたよね。明らかに。
フロイトもう少しで捕まって、まあ収容所に入れられそうだったわけですよ。ユダヤ人だからね。これは良いことのはずないですけど、ただ公認ではなかったわけですよ。公認のものではないんですよ、精神分析というのは。当時のその国の中では。つまり公認ってのは文化的政治的なものだと思うんですよね。
で、非公式のものというのは、こういう構造になってないものはおそらくほぼないと思うんですよ。フロイトがここはまたドラゴンの考え方次第で変わってくるんですけど、直接認証したしなかったわけではないですね。教育分析だけやってたわけではないと思うんですよ。
でも教育分析というものをやるということは、つまりドラゴンがトカゲを作るという構造は持ってるわけですよね。いや、実際現在も精神分析はその構造は持ってるんですよ。むしろその構造持ってないから持ってないのではダメだっていうことをおっしゃるぐらい持ってるんですよ。
これがつまり、今でこそもうがっちり経緯が出来上がってますけど、もともとは佐々木メンタルメソッドというものを作ったとしてね、やってることは同じなんですよ、ある意味では。
僕がそれを今作っても多くの人にバッシングされるという程度であって、そのバッシングをくぐり抜けてきたという意味においても精神分析はその比じゃないわけですね。だって私バッシング受けてもバッシング受けるだけじゃないですか。せいぜい大炎上するだけじゃないですか。
なんか強制収集とかに連れていかれるわけではないですよね。この差でかいですよ。で、あの、でかいというかこの差以上のものってあるかぐらいな感じがしますよね。だからやっぱりこう表現の自由とかっていう話になってくるわけじゃないですか。
で、ここでまたちょっと考えたくなるというか、ここで一番考えるのは、ではどうすりゃいいんだっていうか、どこをもって何が信用でおけて信用をおけないのかを分けて考えるのかと。まあこれも野々井さんは笑うには出てくるんですけどね。
正義は潜在意識とは言いません。でも私ね、あれは十分ではないって思うんですよね。そうかもしれないけど、だって潜在意識と言わないのが正義だって言うなら言わないですよね。私言わないですもん。野良はみんな潜在意識言うかって言うとそんなことはないわけですよね。だから穴を開け方はやっぱりライフハックなんですよ。ライフハックは例外があるわけですね。例外が多くあるんですよ。
だって具志堅クリニックさん、あそこに出てくる冒頭で出てくる、みるみる一点集中で、祖先の霊が悪さをしていなければ統合主張症治るみたいな不思議理論を展開している方ですけど、あの人なんか潜在意識言わないような気がしますもん。
6番目のおばあが悪いことをしているって、くだまって言葉は使うけど、くだまが頭にあると統合主張症で、肺にあると癌になるみたいなまたすごい理論なんだけど、あの、くだまとは言うのは出てきてるけど潜在意識って出てきてない気がするんですよ。でも彼はどう考えてもそのくだま理論で直してる点においてはですね、正義だとはとても覚えないわけですよね。
だから非正規は潜在意識ってことを使うってことを簡単には区別できる気がしないですよね。
非正規は非正規で、まして非正規のあのトカゲさんのところに直しに行ってもらうのはちょっといくらの、どうもあれだっていう人。一方でこの正規に本当に通うのかってなってくるとそれもどうもあれだっていう方。
まあそういう方のためにと言ったら言い過ぎですけど、そういう方のサービスとして3ヶ月チャレンジというものも用意しましたっていうのが僕のポジションですけど、3ヶ月チャレンジはじゃあそのいわゆる潜在意識とかくだまとか言わないという以外に何があるんだっていう風に聞かれたときにですね。
合理的なのかって話でもいいんだと思うんですけどね。
考えたんですよ。それを考えるしかないなって感じで考えてるわけですね。それがこの特別説明会の意味ですから。続編までやっちゃってる。
私がその昨日もお話ししたのはですね、非常にこれも否定形でもっての定義みたいな感じなんですけど、わからないってことだなって思ったんですよ。直感的にはこれしかないなと。
これも山崎孝明さんと戸畑海斗さんの臨床心理学という学術雑誌で出てくる編なんですけど、臨床心理は何に効くのかわからんみたいなテーマの論文があるわけですね。論文でこれを言ってるってことですからね。
で、昨日ですね、最近だ。ずっと鈴木智美さんの本読んでてすごいいいなと思ったのが、美音が全然わからないっていうのが出てくるんですよ。すごいこれもいいなと。やはり鈴木智美さんという方はそこまで言えちゃう人なんだなと。読んでもさっぱりわからないと。
あの漢字なんですよね。あの漢字が僕は最初フロイトに来たんですよ。読んでもさっぱりわからないっていうこの漢字がね、精神分析には何か付きまとうんですよね。
美音はグリッドというですね、エクセルみたいな表に縦軸と横軸が書いてあるんですよ。縦軸と横軸がぶつかったところに、一番わかんないのがプサイみたいなギリシャ文字が出てきて、ギリシャ文字だと思うんですけど、ギリシャ文字とか知らんのでわかんないですけど、縦二列目かなんかにプサイみたいなのが出てきて、さっぱりわかんないですよ。
マイナスKのことみたいな漢字が書いてあったような気がしたんですけどね。とにかくこのテーブルがある。ユングも変なマンダラみたいなのが、これ言うとユング派の方に怒られるでしょうね。でもマンダラあるんですけど、マンダラはまだわかるじゃないですか。
ユングはやっぱりこういうロールプレイングゲーム大好きみたいな人が作っちゃうものを作っちゃったなって感じ。それが良い悪いとかじゃないですよ。これだとちょっとバカにして中二病みたいに言ってるみたいに聞こえますが、そうではないんだけど、すごいものなんだと思うんだけど、でもマンダラですよ。
マンダラはまだ、まぁマンダラね、受け入れる受け入れないを選択できるじゃないですか。でもこれがビオンのグリッドとなってきますと、もうなんかこれは何なのだろうと。なんかあれと似てるんですよ。科学の元素記号表。元素記号表みたいなものが心を解明する世界で登場してきちゃって、しかもそんなこと言ってるのはビオンだけなんですよ。
なんかやばいだろこれっていうものにも見えるし、何しろ意味不明だし、とっても魅惑的ですよね。もうなんかあれですよね。ドラゴンスレイヤーとかのレベル10とかにビオンのグリッドがあるのじゃみたいに言われると、すごいなんかもう是非欲しくなるじゃないですか。意味はさっぱりわかんない。いや、意味がわからないからこそ欲しくなるじゃないですか。そういう雰囲気ありました。私も。
精神分析の理解
だから松木さんがこれを書いてるんじゃなきゃいけない。松木さんがグリッドの解説っていうのをされてるんですけど、松木さんがされてるんじゃなければ、多分僕は藤山直樹さんがされてたり、長畑海人さんがされてたりしたら、もうあれは明らかにスルーしてただろうなと思うんですよね。
松木くにひろさんとなってくると、逆にかえってあの先生だからこういうものをすごく解説されるんだろうかって気もするけど、とにかく冗談半分ではないなっていう感じ。何しろ、なんていうのかな。
これは誤解かもしれませんけど、僕の知ってるっていうか知らないんだけど、誰一人として限り松木さんほど冗談言わなさそうに見える本を書く人もいないんで、グリッドは冗談ごとではないんだろうなと思ったわけですよ。
で、このグリッドで鈴木智美さんが面白いこと書かれていて、もしグリッドがわからなければ精神分析がわからないというのであれば、私は精神分析を諦めると思ったって書いてるんですよね。そのぐらい意味不明なものなんですよ、あれはね。
で、まさに野の医者感があるじゃないですかって僕は言いたいわけですよ。これは正義でありちゃんとしたものだが、野の医者が書いたマンダラはもう中二病のおもちゃであるって、なぜそう言えるんだろうねっていうのを考える。その場合どうすればその違いがわかるか、グリッド理解するしかないですよね。
もしどうしてもっていうことであるならば、わからんものがそこに含まれていて、それは中二病ではないことは明らかですとか言うのはおかしいではないですか。わからんくせに、そんなこと言えないじゃないですか。それはドラゴンスレイヤーのマップと違わないじゃないかっていうふうに思ったのかもしれないじゃないですか。つまりデタラメな評価もしれないじゃないですか。そんなことわかんないのに、こっちはちゃんとしたものだ。なぜならば政府が公認してるからです。
それはもう時代主義の極みじゃないですか。そんなこと言ってたら。それはないだろうって僕はやっぱ思ったわけですね。ここでわからなさっていうものをどう取り扱うのかっていうテーマがあると思うんですよ。
一つ確実に感じられるのは、野の医者は笑うでも全部そうなんですけど、あまりにもわかっていすぎるっていうのが非常に引っかかってくるわけですよね。それがビジネスでありマーケティングなんだという言い方をするならば、それはつまりわかってないってことですよね。
すごい人が出てくるわけですよ。あの中にまさにドラゴンですよね。麻生玲子さんって名前カタカナだったけど出てくるし、分析心理学みたいなのも出てきて、この人のはすごい結構ちゃんとしてるコラージュを使ってたと思ったんですけどね。両方として。
で、戸方さんも受けるわけですよ。で、いきなりまたお説教されて、この野の医者さんに出てくるお説教ってすごいですよね。あの、私絶対避けたいと思ってるものの一つで、もしやっちゃったらもう完全にやっちゃった感で、その後で自己嫌悪でいっぱいになるんだけど、それは僕はある種の東映同一化だという言い訳っちゃ言い訳ですけどね。
ということにして、でも謝りますからね、後でね、ほぼ。だって、あの、お説教するということは、まあ、まあ少なくとも、あの、なんていうのかな、平調というのとは程遠い感じなんですね。介入の中でも介入的ですよね。
もっとも、あの、あれですよね。平気で嘘をつく人たちにも、どう聞いてもそれはお説教だよなって、結構この人もすごいなっていう人が登場しますけどね。普通にアメリカの正規の精神分析家ですね。あれはね。心理臨床家ですよね。日本でいうところ。
で、もう、まあでもそうは言っても、あんな頭ごなしなお説教はしないよねっていう感じがします。で、えーと、太鼓さんって言ったかな。そういう、でもあれはすごい人だと思います。ああいう方のダイレクトに受けると、そこに少々強引なところがあったとしても、あの、一定の何かしら効果はあるだろうな。これはあると思うんですよ。
ドラゴンのような人たちの場合には、それがどういう手法であり、どういう内容であっても、この辺が今のこの特別説明会になるもののポッドキャストのメインテーマです。何らかの効果はあるだろうと。例えば、具志堅クリニックさんに行って、えーと、統合主張症が治った気がすると。気のせいだという、ここがまさに議論のところなんですよね。気のせいだと言うでしょうと。正規の人たちはね。
でも、なぜ気のせいだと言い切れるのかっていう議論は、おそらく残っちゃうっていうことを、その医者は笑うでは、真面目な部分としてはテーマにしてるはずなんですよ。だって、だってですよ。その正規の人の、あの、学術雑誌の中に何が効いてるんだかは、実は分かってないって言っちゃってるんですから。正規の人がね。
でも、この点が大事なんですよね。何が効いてるのかが、分かってますっていうのを言い切っちゃうところが、非正規的なんですよ。だから、私はそこをさらにグレーに行くんですよ。私は非正規ですが、そして心理臨床をやってませんけれども、つまり、まあ言ってみれば、ビジネス系対人支援に精神力度の考え方を、えーと、無理やり応用しているという立場ですが。
非正規の立場とプラシーボ効果
私は分からないというふうに、えーと、一応ですね、あの告知のところにも、分かってますっていう話はしてないつもりなんですよね。なぜなら分かってないですから。
分かっているっていうふうに、分かっているんならいいんですが、分かっているっていうふうに言い切ったところに、その人が分かってない部分があるような気がするっていうのが、私が非正規のところで一番、私だったら、なかなかここに入ってはいけないなって感じがするところのポイントなんですよ。
果物で言われても、本当に果物だと言い切ってるんだろうか、この人はと思っちゃうという。言い切ってるだけなんじゃないかと。実は果物じゃないものの可能性が否定しきれてないんじゃないか、本人的にもっていう。そういうことなんですよね。これは霊気であれなんであれなんですよ。
だから、えーと、何だろうなぁ。うーん、何だろう。そう、太鼓さんっていう方も堂和田先生に言ってましたね。劇的に変わりますよと。劇的に本当に変わる根拠があるんだろうかっていうのがまずあるのと。そもそも劇的にどう変わるのか知ってんのかっていう、劇的に変わるだけじゃ困るじゃないですか。
劇的にもっと悪くなるのだって、劇的に変わることに含まれるわけだから。劇的に変わるのかもしれないけど、劇的にどう変わるのかが分かってるんだろうかっていう、なんていうのかな。懸念を感じません?私はやっぱ感じちゃうから近づけなくなるんですよね。劇的に変わる方がむしろ近づけなくなるんですよ。劇的には変わりたくないなって思うんで。
だから劇的に変わりたい人は昨日も言いましたけど、毒々しいピンク色の水の方がむしろ飲みたくなるかもしれないんですよ。僕は日常では困り事がないとか悩み事がゼロだとは言いませんけど、いろいろありますからね。でも、劇的に変わりたいほどは困ってないんですよ。だから、できればもっと穏やかに変えてくださいって言いたくなるわけですね。
あと、僕の同意なしに変えないでくださいって言いたくなるわけですよ。お説教ってのはそこにポイントがあるんですよね。その変化については、現状維持が最高だとは思ってないけど、その変化についてはまだ不同意ですってところに怒りがやってくるわけですよね。
変われと。お前変わんないからダメなんだよと。そうなのかもしれないんだけど、でも変われと言われても、じゃあどう変わるんですかっていうことに対する答えがですね、根拠が薄弱である気がする。
だけど、多くの場合、非正規のドラゴンの人たちは、ここの根拠が全く自明であるっていうハイドなわけですよね。これをどう捉えるかってことなんだと思うんだよね。
正規の人は、実はよくわかってませんっていう。だから慶長なんですよね。この実はよくわかってませんという態度を、やっぱり今のところ、一応、ゼとしていい。
ただ、こうなると今度はですね、逆の問題が起きてくるわけですよ。逆というのはつまり、マーケティング的に脆弱なというか、非常に薄弱なものがある。私たちは根拠がありますというのが正規ですよね、立場的には。
しかし実はよくわかっていません。おかしいじゃないですか。ここがやっぱり心理系の話っていうののややっこしいところなんですよ。現段階では私は原理的にノラがいなくなるはずはないと思っている。
だって、ドラゴンの人たちは実は嘘をついていますって話ではこれはないですから。彼らの中では自明なのかもしれないんで。自明だと本当に思っている人もいると思うんですよ。
これに対して自明でないと言い切る、言い切れる根拠があるということになってくると、つまりこちら側も、いやそれが嘘であることは自明であるという根拠をこっちは持ってますってことになるんだけど、持ってないって言ってるわけですよね、一面ではね。
だから原理的にこの原理が含まれている限り、私は世の中から非正規の心理カウンセラーがいなくなるはずがない、心理的カウンセラーがいなくなるはずないなって思うんですよ。そこにはプラシーボ効果も絶対あると思いますしね。
私は正規っていうもののもう一つの重要な意味として、プラシーボ効果が起きやすいってことがあると思います。それだけの理由で両方が50-50であるならば正規に行くべきだって思うんですよ。
ただそれはさっき言ったように非常に権威主義的な何かですよね。正規だから治るっていう理屈ですよね。でもありましたもん、うつ病苦断にも。うつ病になっちゃった千崎学さんだったかな。苦断が。
小木差市ですね。慶応病院に行ってガッチリ入院設備取ってもらって、お兄さんがお医者さんだから、そっち系の。これでいけるっていうふうに思うんだけど、やっぱり不安になると。
私治るんでしょうかと慶応大学の先生に聞いたら、当然治るに決まってるじゃないですか。ここをどこだと思ってるんですか。慶応病院ですよって言うんですよ。すごいですよね。
これって何ら理論は野の医者の理論と変わらないですよね。千崎さんが書いてるんですよ。この科学的根拠が全く感じられない言葉に私は救われたって。
そういうもんだと思うんですよね。でも心理臨床はある程度は絶対に。やっぱり根拠だけでいけてるわけじゃないと思うんですよ。
あれは心理臨床というよりは、いわゆる薬理療法に限りなく近いから、根拠は科学的にもないわけじゃないんだけど、でもやっぱりいざとなると言ってることは、ここは慶応病院だから治るなんですよね。
これだったら佐々木メソッドでも別に構わないわけですよ。言い切れる力さえ強ければ。そういうふうにある程度はできてる。ある程度はできてるんだけれども、
分かってないというふうに、これも変ですね。言葉としては変ですが、分かってないというふうに信じられているかどうかが、私が信じるところの当てにできるかどうかの分水嶺です。私にとっては。
分かってないと、ある程度この人が思えてるってところじゃないと、私は近づく気になかなかなれないっていうのはあります。分かっていますっていう、これがだから正義の方法論であろうと何であろうとなんです。
結果と責任
まだ今のところ分かっていないはずだっていうのが私の中にはあって、確かにこれは間違いないんだっていうことをおそらくどっかで思ってると思うんですよね。思ってる一方で、でもこれは私には分かってない部分があって、つまり結果に責任が負えませんってどっかで言っているっていうふうに感じられないとやる気になれない。
もう一つは、たとえ分かっていたとしても、うまく説明できないっていう部分が、つまりうまく説明できないっていうのはやっぱり分かってないってことなんですよね。
ここのところがですね、あまりにもはっきりクリアになりすぎているっていうのが、特にクリアにしすぎているですね。しすぎているっていうのが、私はその非正義の難点だと思いますね。
野の医者は笑うでも本当にそうだったんですけど、とにかく自明であるという、光とか霊気とかなんでもいいんですけど、これがうまくいくことは明らかなんだっていう、明らかすぎる。だから明るすぎるんですよね。笑うでも説明しすぎるでもなんでもいい。笑いすぎるって書いてありましたけども。そういうことですよね。明るすぎる。
最後に出てきたX字。これもX字なんだけどね。プロゴルファーは猿やってるんじゃないんだからって思うんだけど、X字なんですけども。
これも私はそれをもって野の医者の総意であるっていうのはおかしいと思うんですよ。いくらそのX字がすごい人で、なんでもわかってる人だったとしても。
すごいわかってるんだろうけど、それはその人の見解であって、そういう見解もありだと思うんですけどね。私はやっぱり全然そうじゃない人もすでに出てきてるじゃん、こんなにって感じがしました。だからやっぱりライフワークなんですよね、それはね。
というふうに思ったところで、ようやく昨日50分、今日40分かけまして、特別説明会は終わりにしたいと思います。
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