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2023-07-12 41:48

愛に飢えると素直になれない【GMV814】

儲けにくい気持ちと投影同一化

Summary

彼は暑い夏の中、おすすめのフォロワーやプロ野球について話し、精神分析の概念について考えています。独特な心理を持つ子供たちは、愛することに対して恐怖を感じることがあります。この心理は、親子関係に根ざしていると考えられています。例えば、好きだと言ってしまうと傷つくかもしれないというトラウマがあるため、自分が好きではないということにしてしまうこともあります。ここでは、愛に飢えると素直になれない心理や相手への投影について説明されています。愛情飢餓とは、必要としている人が素直になれない状態のことであり、罪悪感や恐れと不安が関係しています。

暑い夏とオフラインイベント
おはようございます、グッドモーニングボイスです。
いやー、暑いですね。もう暑いぐらいにしか言わなくていいんじゃないかぐらい暑いですね。
7月17日水曜日、朝の9時57分、まもなく10時になるところです。
この辺からガンガン気温が上がってくる感じですね。
その暑い中、7月17日海の日、まもなくですが、
倉園圭三さんとぶっちゃけ相談のリアル版をやりますので、
15時からかな、上板橋です。
こちらはオフラインオンリーということになっていますので、
ぜひ会場の方に来て、暑いかもしれないけど会場の方に来てですね、
ぜひ楽しく会を盛り上げて、
僕がこういうことを言うのはあんまないんでね、
違和感あるかもしれませんが、あんまりその辺は気にせず、
ガンガン来ていただければと思います。
あとですね、最近これね、果たしてどうなるのかってもうみんな思うところじゃないですか。
スレッドと写真の共有
スレッドってやつがありますよね。
なんとなく僕結構こっちに投稿してみているんですよ。
こういうのってみんな多少、人によってすごい個人差あるんですけど、
多少考えることがあるじゃないですか。
自分はこういうの投稿するぞみたいなのとか、
Twitterにはこれで、スレッドにはこれで、
Facebookにはこれで、Instagramにはこれみたいな、
考えちゃうじゃないですか。
なんとなくこういうのを何度もやってきていると、
これからこうなるんだろうな、ああなるんだろうな、
みたいなのも考えちゃうと思うんですけど、
僕はとりあえずこう、
なんとなくInstagramから来たわけではないと思うんですけど、
そういう方向性があるんで、写真はあげたいなみたいな、
でも僕写真はあんまり、こういう言い方も変なんですけど、
別に人に共有したいと思うような写真を普段から撮るぜみたいなのが、
今はないんですよ。
気がつくと写真撮ることなんてすっかり忘れてしまうという方なんで、
ツイートするとかの方がまだ全然機質にはあっているんですね。
でもせっかくなんで、せっかくなんでとしか言いようがないんですけど、
写真もガーデニングをやっているんで、
うまくいったやつを中心にアップするとか、
そういうことをしていこうかなというふうに、
野菜とかそういうやつですね、やっていこうかなというふうに考えております。
よろしければですね、スレッドの方を見てやってください。
これどうやれば見るとか、そもそもこれ続くのかなっていうのがね、
やっぱり疑心暗鬼になっちゃいますよね。
Googleプラスみたいなことが起こったりしているし、
それこそ何ですか、Twitterでもクラブハウスとか、
これが世の中天下とるぜぐらいなことを言うんだけど、
あれどこ行ったんだっけみたいになっちゃうこともありますからね。
多分にやってますからね、こういうのって。
僕なんかもう完全に傍観者的に眺めちゃっていて、
でもあんまり傍観者的に眺めていると、
出したくはぐらいはなるっていう感じで今やっていますね。
おすすめのフォロワーとかもですね、今のところ外国人の方が多くて、
どういうことになっているんだろうっていう謎が多いんですよね、今のところはね。
おいおい変わっていくんでしょうけど、
なんか今見ているとこれTwitterとどう違うんだっていうぐらい、
よく似てきているんですよ、最近のこの見た感じ。
なんかTwitterライトみたいな感じがするんですよ。
ライトといえば、これをツイートしたんでそっちを見ていただければいいかと思うんですが、
タスクシュートのクラウドライトというのを今開発中でアルファ版なんですけど、
私はこれもちょくちょく、こういうの考えちゃうんですよね、やっぱりね。
でもスレッドに投稿するようなものでもないような気もするんですけど、
Twitterかな、本当にちょくちょく投稿していければいいかなと思ってます。
画面というやつですね、画面の雰囲気みたいな。
でも一回見ていただければだいたいわかるんじゃないかっていう気もするんだけど、
画面の雰囲気なんかをスレッドにも投稿して、
なんかあれですよね、雰囲気があってくればスレッドにも投稿していこうかなぐらいな感じでいます。
野球のマーケティング戦略と精神分析
そしてですね、今日は何の話をしようかと思ったんですけど、
今日は休もうかなぐらいにも思っていたんで、暑いからですね。
時間がたれば経つほど不利になっていくと言いますか、
MLBのオールスターでも見て過ごそうかと思ってたんですけど、
それもどうかと思ったのでちょっと話そうと思ったんですけど、
いきなり用語で恐縮なんですけどね、
精神分析って僕はまずはですね、ラインファク的に、
これよしよしもあると思うんだけど、
でもラインファク的にコミュニケーションで難しいことが起きそうになったら、
専門の概念を思い出すって使い方から入るのは、
やっぱりこれを聞いていただいているような方には、
僕はいいんじゃないかって思っているんですよ。
もっと先行っちゃってる方っていっぱいいらっしゃる気もするんで、
そういう方はどんどん独自の探求をしていっていただければいいと思うんですけど、
僕の今のポッドキャストはですね、あれなんですよ。
プロ野球が好きな人が勝手なことをしゃべっているのを聞くことで、
プロ野球が盛り上がるのはいいことだっていうのと、
精神分析に置き換えているっていう考え方でやっているんですね。
そもそもそういうのってどうなのっていうのは、
僕あんまり考えてないんですよね。
やっぱりプロ野球はいいんじゃないかと思うんですよ。
それを精神分析にしちゃうのは良くないかもなんだけど、
でもそういうことが全く起こらないよりは、
起きた方がいいんじゃないかなっていうふうに思うんですね。
人口に一切感謝しないけれども、がっちり市民に根を下ろしてますっていうのは、
無理があるっていう感じがするんですよね。
MLBとかもそうで、結構野毛さんとかが行った頃はね、
よっぽど好きな人じゃないと、
あんまりやっぱり日本人大リーガーの話題って話題になってなかったんですよ。
僕なんか野毛秀夫さんかなり好きだったんで、
幸いうちは母もそうだったから、
ワウワウとかでですね、毎試合毎試合見てたんですよ。
ノーヒットドラマとか見てすごく興奮したんですよ。
そんな人あんまりいないじゃないですか。
面倒だし手間もかかるし、どうなるかわかんないし、
お金もかかるしね、そんなに多額にかかるんじゃないんだけど、
ワウワウとか月々そんなに高くはなかったんですけどね。
とにかく盛り上がってないと話題にならないんですよね。
野毛秀夫さんが話題になった方なんですけどね。
それこそイラブヒデキさんとかね。
ロッテの監督がやってた井口さんとかもそんなに注目されて、
新庄さんも言ってたんですよ、ビッグボスに言ってて、
結構独特の活躍の仕方をするんですね、やっぱり彼らね。
こういう話をしていてもしょうがないんでやめますが、
つまり精神分析というのは、
メジャーリーガーよりもはるかに盛り上がってませんから、
世の中的には。
これをデタラメでもいいから話すやつがいた方がいいっていうのが、
今の僕の考え方なんですよ。
だからこういうのを聞いてですね、
いや佐々木がくだらない間違ったことばっかり言いやがってと腹を立てる人が、
精神分析の勉強してるとね、でもいいと思うんですよ。
なんかこの訳わかんないライフハック系のやつが、
精神分析なんか喋っちゃって本当にろくでもないなみたいに思いながら、
その人が精神分析の勉強をするとか、
いいことだと思うんですよね。
そういうのがないよりは、僕の感覚では。
これ一切ないっていうのが一番なんか大変なんじゃないかなっていう気がするんですよ。
例えば語学の勉強とかでも、
やっぱり英語とかの勉強はもうこなれてきているからやりやすいじゃないですか。
これがそうだな、スワキリ語とかになっちゃうと、
画前難しくなると思うんですよね。
やっぱりその孤独だし、
方法がよくわからないし、
なんかこう、どこに行けばそれができるのかも難しいじゃないですか。
まさに僕はそのスワキリ語の状態と精神分析の状態は、
酷似してる気がするんですよ。
最近だいぶ違ってきた雰囲気ありますけど、
もう2000年初期の頃なんて、
何もなかったぐらいな勢いが感じられてたんですよね。
カワイハヨウさんがいるぐらいな感じ。
なんか巨像のようにいるんだけど、
他は何も見えない。
一般的な人からすればっていうんですよ、これは。
でも僕の感じでもずっとそういう感じがあって、
いまだにあんまりそんなに事態変わってないんじゃないか。
例えば書店とかでもですね、
精神分析の本を見つけ出すことがそもそも難しいじゃないですか。
うちの街なんかにはそんな本置いてませんからね。
実は新書の中にくまなくさがせばあるんだけど、
それはたぶんくまなくさがす人見たことないぐらいな勢いになっちゃうと思うんですよ。
ここは神田とかじゃないけどね。
そういうわけで、何からやるといいかなと思ったら、
一番僕がいいと思うのはコミュニケーション。
特に対人支援に近い仕事をしていらっしゃる方ですね。
コーチングとかも全然アリだと思うんですよ。
精神分析をするって意味じゃないですよ。
コーチングと精神分析は違うんで、
する必要はないと思うんだけど、
ここで何か起こるじゃないですか、やっぱり何かが。
その時に、これはああいう概念で言ってたことなのかなぐらいなのが予期。
頭をかすめる方が全くそれがないより、僕はいいと思うんですね。
そういう話をしているつもりでいます。
で、その中でいくつか絶対これを知っていた方が、
例えばエリプスコンプレックス、あるいは昔で言うヒステリーとか、
やっぱり僕はこれを乖離性障害に全部置き換えるよりは、
今使っちゃいけない用語かもしれないけど、
ヒステリーっていうのが頭をかすめた方が、
特にこれを女性にじゃなくて男性に用いた方が僕はいいと思うんですよね。
僕の経験からそういうものを感じるんですよ。
例えばヒステリーというべきではないかもしれませんけど、
やっぱり性死と言いますか、欲死と言いますか、
いきなり言葉がややこしくなるんですけど、
要は何かができなくなるってことが起きるんですよ。
起きることが人生で何回かはあると思うんですよね。
起き上がれないとか、病気だからとかじゃなくて、
体の病気だからとかじゃなくてですね、
学校に行けなくなるとか、いろいろとあるんですよ。
それを全部ヒステリーだとか、そういうふうに考えるではなくて、
そういえばそういう話ってあったよね、だいぶ昔からって、
思えるかどうかだけでも違うと思うんですよね。
僕はこれを今は、例えば一瞬でもあんなオールとかが、
頭をかすめなくなってると思うんですよね。
ないほうがいいぐらいに思われてる気がするんですけど、
僕にはそれは納得できないんですよ。
ドーラという名前が全く出てこないよりは、
間違っててもいいから出てきたほうが、僕はいいですね。
全く出てこないのはどうなんだろうっていう感じが、
そして全く出てこないほうがいいぐらいになってる気がするんですよね。
それを全部、例えば行動主義だけで説明するほうがいいっていう感じって、
1970年代のアメリカってまさにそんな感じだったと思うんですけど、
今はもう2020年代の日本じゃないですか。
そういうふうであるほうがいいとは思えないなっていう感じが、
僕はするんですよね。やっぱり機械じゃないからね、人間は。
そんなことを思っております。
だからコミュニケーションを考える上でですね、
考えるというか、やっぱりこじれるとかトラブルとか難しくなるとか、
そういうようなことが起こった時に、
ライフハック的にっていうのはあんまりいいとは思わないんだけど、
東映同一化とか、ヒステリーとか、
妄想分裂ポジションでもいいんだけど、
罪悪感とか自責感とかですかね。
そういったものがハック85みたいにはならないほうがいいと思うんだけど、
でもそういうのに僕ら慣れちゃってるところがあるから、
ハック85みたいな感じで東映同一化っていうのが、
たとえそうだというふうにしてもですね、
よぎる、頭をかすめたほうがかすめないよりはいいんじゃないかなって思うんですね。
で、東映同一化の話をするわけですよ、これから。
ぐるっと回りましたけどそういうことなんですよ。
東映同一化の話をするって言っても僕は別に専門家じゃないんで、
佐々木がこう言ってたからテストでそう書きましたっていうのはダメですからね。
たぶん丸にならないと思います。
非常に頭に入れて自分の体験した実例を考えて考えて、
ここで喋ってるって感じですからね。
すごく研究して関係論文をくまなく読んだみたいな話とはちょっと違いますからね、これはね。
で、なんで東映同一化かというとですね、
僕の感覚ではやっぱりこれがよく起きてるからですよ。
よく起きてるって言ってもあっちでもこっちでもボンボン起きてるってことではないんだけど、
なんかこう難しい状態に会話がなったなっていうときには、
これを疑う価値があるぐらいには起きてる気がするんですね。
セミナーとかでですね、やっぱり僕は質問、
僕が必ずしも質問を受けてるのは限らなくて、
特に外から見てると気づきやすいんですね、やっぱりこの種のことは。
僕の郷土の人とか、それこそこのタスクシュート協会の認定トレーナーの方が、
質問を責めに、あ、言ってもいいじゃないんだけど、質問されてきていると。
そのときに、あれ?ってときに、
あれ?ちょっとここは知識の上ではともかく言い淀みがあるよね、みたいなときに、
あ、もしかするとかな、東映が、東映もあるよな、そりゃああって当然だよなと思って、
ついに考え始めると、あ、そういう文脈で考えると多分これは、
あの、同一化っぽい動きが、動きってのはおかしい、雰囲気ですね。
考えるという、念頭に置いておくといいかな、みたいな、
あくまでもそのやりとりは、仕事術とかライフハックとかタスクシュートレーの文脈からそれちゃいけないと思うんですけど、
急にそこに親子関係のトラウマとかって急に言い出すのは全然良くないんですけど、
そんなことは言い出さないですからね、普通に。
だから、念頭に置きながら答えていくっていう風に考えると、
いいっていうか、ということがあってもいいんじゃないかなと思うんですよ。
あのね、例えばですけど、先日トーマス・オグデンさんの本読んでいて、
そうだよな、まさにそういうことはあったし、これからもあるだろうと思った非常に面白い事例に、
なんて読めばいいんですかね、儲けるのが嫌いなやつですよ。
あれ、ちょっと読めないんですよね。
とにかく儲けちゃダメっていうのがあるじゃないですか。
なんでもかんでも、儲けちゃダメを東洋ドイツ課で説明するのはどうかと思うんですけど、
あれはですね、やっぱり健忘だからあの人の商売やりにくいよね、みたいなのだけでは説明不足だと僕は思うんですね。
儲けるのが嫌いっていうだけではダメなんじゃないかな、お金が嫌いみたいなのあるじゃないですか。
そういう日本だから、授業文化みたいな製品店、清らかな貧しさみたいなのも僕はあると思うんですよ、もちろん。
だけどそれ以外のこともやっぱり考えてもいいと思うんですね。
製品だけかな、みたいな。
あの、儲けちゃダメだ、みたいな。
その、むやみにね、セミナーとか工学で儲けるのは宗教みたいだし、壺売ってるみたいだし、みたいなそういう話を。
壺もね、僕は一言で壺って言っとけば、それが批判になるっていうのもどうかと思うんですけど、
まあその、むやみに儲けちゃダメだっていうので、
でもその人が、あの、儲けちゃダメだって言うんだけど、iPhone買ってますみたいな。
割と儲けてるじゃんって思うわけですよ。
iPhoneって安くないですからね。
あの、もっと安いスマホはいくらもあるわけですから。
あの、お金が嫌いっていうだけで話が通るかなという、
これは別に、このお金が嫌いなのはいけないとか、
儲けちゃダメだと思ってちゃいけないっていうことではなくてですね、
もっとお金を取るっていうことに対する独特の罪悪感。
フラドのさんのグッドワイブスリーに言うと、罪悪感が。
僕にもあるわけですよ。
あるからこそ逆が非常にスムーズな気がしちゃうわけですよ。
例えば、格安にすると気持ちがいいとか、気が楽になるとか。
これ結局罪悪感があるわけですよ。
これってどういうことなのかなとやっぱりやっててつくづく思うんですね。
安くすれば安くするほど安心だって考え方を貫いていくと、
やっぱり非常に仕事はやりにくくなるわけじゃないですか。
無料にしたから自分はいい人になった気がして、
清々しいですみたいなことをずっとやってると、
やばい、クレジットもローも払えないよってことになるわけですよ。
これって他の人が例えば、いつもセミナーで1000円とか取っちゃってるよ、
高すぎるじゃんって言われた時に、
いやでも1000円でもダメかってことになると、
いくらにすればいいんだろう、300円とかですかみたいな、
そういう話になってくると、やっぱり良くないと思うんですよ、ある意味では。
300円のセミナーってアイスクリームの値段よりも安いっていうね、
どうかと思うんですよね、やっぱりね、
変ですもんね、なんかあるじゃないですか、
その値段がついたらさすがに変だろうっていうような値段って。
昔僕、ラジコンというものが異常に好きで、
ラジコンが欲しくて欲しくてしょうがなかったんですけど、
なんかうちの親ラジコン買ってくれないんですよね。
別にお金がなかったってことじゃないんだけど、
しょうがなくてですね、
もう安くてもいいからだと思って、
なんか880円のラジコンとか、
当時ラジコンで最低でも5000円はした時代なんですよ。
880円のラジコンとかを流し屋とかで売ってたから買ったんですけど、
なんつうんですかね、ラジコンになってないんですよね。
アンテナあるんですよね、車に。
無線で動くからこそラジコンなわけですよ。
だけどそのアンテナのところに線をくっつけていないと、
だから線の半径までしか車動かないラジコンなんです。
880円、それでも880円しましたからね。
300円のセミナーとかはいかんと思うわけだし、
800円のラジコンとかも当時としてはダメだったわけですよ。
何の話をしてるんだかわけわかんなくなったんで、
戻しますと、つまりですね、
ネガティブな心理を持つ子供
フォーリンサポルとかっていう表現あるじゃないですか。
それムサボルって言いますよね。
ムサボルっていうのは、
それ自体がネガティブな言葉なんだけど、
ムサボルっていう行為って実はないじゃないですか。
ムサボルっていうのは、
普通にお金を取るときはお金を取るわけですよね。
ご飯を食べるときは食べるわけですよね。
ムサボルように食べるっていうのはあるかもしれないけど、
ムサボルも食べるも違いはないわけですね。
ムサボルっていうのは表現なんだと、解釈と思うんですよ。
で、このムサボルというもの、
様子を人に見せたくないという、僕らは真理が働くので、
これも罪悪感なんだけど、真理が働くので、
さもムサボってないようにいうわけですよ。
この辺に、
そういう分析的な雰囲気っていうのが少し出てくると思うんですね。
お好みけいごさんが新書で書いてたことなんですけど、
新書でですからね。
ごく一般的な本の中で割と書いちゃってることなんですけど、
チョコレートが食べるとなくなることを心配している子供っていうのは、
実はチョコレートを平気で食べちゃう子よりも欲深いんだってことを書いてたんですよ。
これは僕はすごいいい話だなというか、
非常に大事なポイントだなと読むたびに思ってたんですね。
結局、僕らよくそういうふうな真理になっちゃいますよね。
つまり、食べてしまえばなくなるから。
だから食べずに食べることができないって人は、
確かに鈍欲、ムサボりたいんだけど、
そこを我慢してしまうぐらい欲が強いわけですよ。
欲が深いと言うべきですかね、欲は。
だから欲深いんですよ、食べられない人は。
この理由で食べられない人はですね。
食べちゃう子より欲深いっていうのはものすごく感じるんですよね。
食べちゃう子っていうのは言ってみれば、
食べたり食べるって感じなわけですよね。
素直ですが、素直に出られない人っていうのは、
やっぱり一段欲が深いんだと思うんですね。
恋愛における欲深さとリスク
僕はこの真理はとってもよくわかる気がするんです。
恋愛とかでよくこの事態を招くというか、
心理的にこの事態を招く。
好きになったら負けみたいな表現ってあるじゃないですか。
私が好きだってことになり、
しかも相手はそれほどでもないってことになると、
辛いじゃないですか。
だから好きっていう気持ちを抑え込む。
私大して好きじゃないからってことにすると、
安心できるって人は欲深いと思うんですよね。
その分自分が大事なんですよ、やっぱり。
普通に好きって言って素直に出れば、
それで事足りそうなもんなんだけど、
でもそれでは相手が好きじゃなかったとき気づくとか、
相手のいいようにされてしまうから、
好きなんだけど好きじゃないことにしましょうみたいなのって、
複雑な上に、ある意味どん欲じゃないですか。
ほんとむさぼるほど好きなんだけど、むさぼりたくないみたいな。
だから自分は好きじゃないことになりましたっていう、
すごくある意味リスクを取ってる気がするんですね、
それはそれで。いろんな意味で。
心理的にも。
これが僕はお金取れないってことに関係するんだなって思うんですよ。
これって相互にそういうところがあるって話を、
オグデンっていう人はしてて、
要するに、分析の話なんで、
クライアントさんが治療に来るわけですよ。
治療に来るんだけど、
いや私は先生の治療なんかに期待してませんから、
みたいな感じなわけですよ。
これがむさぼりたい。
どん欲なんですよ、こういう患者さんは結局。
期待しているってことにするのが怖いんですよ。
さっきの恋愛のと同じで、
私が、要するにチョコレートのたとえって、
お好みさんも書いてるんだけど、
私がそれを愛するということは、
親子関係と心理のトラウマ
嫌な事態を招くっていうトラウマがあるんですね。
これのトラウマのベースにやっぱり親子関係を見るっていうのは、
ありだと思うんですよね。
お母さんとかお父さんとかが、
赤ちゃんはやっぱり親好きですから、
大好きみたいに言ってるわけですよ。
そうすると、そうみたいな感じで親が、
独特の心理、別にひどい。
ひどいかやっぱりこれは。
でもひどいというわけじゃなくても、
子供が赤ちゃんがお母さんって感じで、
ふーんみたいな感じで、
しれっとしてると、やっぱり傷つくじゃないですか。
子供的に。
こういう目に二度と会いたくないと。
覚えてないんですよね。
でも一歳児の頃にそういうふうに、
子供なりに心に誓ってしまうと、
その後もいろいろこう、
似たり寄ったりのトラブルが起きるわけですよ。
例えば告白しておきながら、
男の人だった場合ね。
どっちでもいいんですけど、
告白しておきながら、
俺別にあなたのことそんな好きじゃないからみたいな、
わけわかんない態度になっちゃうわけですよ。
わけわかんないですよね、これはね。
相手にしてみれば。
何がやりたいんだお前はって感じがするじゃないですか。
でもこれと全く同じことを、
気の場でやってますよね。
わざわざ精神分析に来ておきながら、
いや僕別に問題ないんですけど、
じゃあ来んなよみたいな感じになるじゃないですか。
よく似ているんですよね。
これは実はすごい問題なわけですよ。
こんなことを言ってる時点で、
すでに問題なわけですよね。
でもこれ、よく見られますよね。
多分コーチングとか、
それこそ学校の先生とか、
塾の先生とか、
絶対経験してると思うんですよね。
僕ら、
ライフハックセミナーとかでも、
すっごい経験しますよ、こういうのは。
来て、
すごいわざわざと、
僕からいらした方がですね、
ちょっと見てみたくて。
嫌なんですよ。
自分がこう、
欲求全面に出してるんで、
かっこ悪いっていうのもあるんだろうけど、
一番やっぱりあるのが、
これで相手に冷たくされたら、
耐えられないみたいな心理がですね、
働くんですよね。
やっぱりそれは、
それを親子関係に、
追っていくって考え方は、
非常にこう、
常にそうするべきだとは、
全然思いませんが、
精神分析がよくやるように、
そこの親子関係に、
覚えてるはずないんだけど、
そういうことを小さい頃に、
親にされたと言うべきなのか、
そういう独特の親御さんだったのではないかと、
考えるのは、
非常に良い発想だなとは、
思うんですよね。
子供が一番そういうのを、
全面に出して傷つくってことが、
起こりえそうですから、
もちろん恋愛でも起こりえそうなことですけれども、
で、
そういう態度に出られると、
ここから先が大事なんですね。
あのしれっと、
先生のことなんか全然期待してませんが、
精神分析なんてそんなんで、
人治るわけないですからとか言って、
毎週来るとかね、
逆さからっていくと。
これは明らかに僕は告白しておきながら、
お前のこと好きじゃないとか言ってる、
いるんですよ、そういう人って。
僕大学時代に友達にもいましたもん。
そういう非常に不思議なことを、
何度も何度もやる人。
あの男でですね、
すぐ落とすんだけど、
落とした後でやたらと冷たいみたいな、
何がしたいのかさっぱりわかんないんだけど、
本人はなんか、
いや恋愛ってこういうもんだぐらいな勢いで、
しかもモテたりするんですね。
すごい立ちが悪いと思ってたんですよ。
僕はモテなかったからね。
非常にいるんだよね。
でもこういう人っていたんですよ。
だから、
いて不思議のないタイプだと、
僕は思うんですね。
で、ここから先なんですよ。
ここから先に投影が、
ここの段階ですでに投影は起きているわけですね。
結局相手に親を見てるわけですよ。
精神分析では、
そういう説明をするんですね。
相手に親を見ている。
冷たかったあのお母さんなりを見ている。
そうすると、
投影が起きていて、
だから、
私はお母さんに期待しないからね。
これは大体の場合、
これそれこそグッドワイブスなんですが、
裏園さんがよくおっしゃるように、
他の本でもそういうことは書いてあるけれども、
時々、
罪悪感を持たされてるんですよ。
投影される心理と行動化
例えば、
よくあるのが、
これもよくあるほど、
本当によくあるのかと思うんだけど、
よくあるんだろうな。
お母さんが、
あなたが生まれたから私は、
仕事辞めなきゃなんなかったのよ、
とかって言うわけですよ。
言っちゃダメですよね。
それも、
いくつになっても言わないほうがいいと思うけどね、
それを5歳の子とかに言っちゃったら、
もうそりゃ、
罪悪感持ちますよね。
あなたさえ生まなければ、
私は離婚できて、
もっと、
バリバリ仕事できた人になってたのよ、
みたいなことを言われると、
子供は、
うわってなるわけじゃないですか。
これが、
Good Vibesでもよくお馴染みの、
罪悪感。まさにこれは、
原初の罪悪感、
現在みたいな感じになっちゃいますよね。
私が生まれてきたから、
お母さんは幸せになれなかったんだ、
みたいな。
話としても深刻だし、
しかも自分、
生まれてきたらよくなかったです、
みたいなこと言われてるし、
ひどい話なんですけれども、
こうなると、
だからもうこれ以上迷惑をかけないために、
私は何も望みません、
みたいになるわけですよね。
これがさっきの態度とよく似ていると思うんですよ。
お母さん大好きっていう風な態度を出すと、
こういうのが返ってくる。
お母さんが、
私がお母さんを必要とするということが、
もう悪なんだってことになってるから、
何も必要としません。
物もちょっとしか食べません。
早く家から出ていきます、みたいになるじゃないですか。
こうやってでも生きるのは、
非常に厳しいので、
コーチングぐらいは受けにきますよね。
でも、
同じ態度が出ちゃうんですよ。
相手のコーチングをしているコーチの人を、
お母さんに見立てて、
私はコーチに何も期待してませんから、
ごめんなさい。
生まれてきてごめんなさい。
そういう感じなんです。
ごめんなさい。お金払いますから。
でも大丈夫です。何も期待しませんから。
こうなるわけですよ。
別にこれ何でも同じになるわけですよ。
タスクシュートとかでも、
ライフハックとか、
私ライフハックとか全然何も期待してませんから。
ライフハックセミナー来て、
邪魔でした。すいません帰りますよ。
そういう感じだけど、
毎週来るとか毎月来る。
どういうことなのかと。
どういうことってこういうことなんだけど。
そうすると、
1対7だともかく、
コーチングみたいに
1対1でこれを投影されてくると、
これが投影ドイツ化になってくるんだけど、
投影はもう投影ドイツ化なんですよね。
ある意味。
コーチの人はお母さん役をさせられてるわけですよ。
でも最初は、
いや私コーチであって、
あなたのお母さんじゃないか。
そういう態度なの?みたいな感じで、
突き放すかもしれないけど、
何度も何度もこれで来られると、
お客さんですからやっぱり、
だんだん期待されてる役割を、
果たしてしまいますよね。
意識しないうちに。
つまり、
なんかこう、
そんな別に、
あなたコーチが必要ない。
そういう人ってまたこういうことをやり始めるんですよね。
コーチングに来て、
いや私もうコーチング必要ないぐらい、
もう完璧にやってます。
仕事もバリバリできてるし、
なんなら恋人もいるし、
もう全然問題ないですから。
コーチング全然役に立ちませんから、
大丈夫ですからって言ってコーチングに来ると。
これを何度もやられると、
コーチの人もさすがにですね、
いやこの人からお金取ったら、
まずいかなって、
思いますよね。
普通に。
あの、
役に立たないんだったら、
いやじゃあ、
半額にしときます?みたいになっちゃうじゃないですか。
ここに僕はその、
儲けちゃいけない心理ってものが、
ある気がすっごいするんですよ。
てか被ってきちゃうんですよ。
商売やってると。
あの、
結局、子供が
お母さんに必要としないって、
お母さん、子供もそうなりやすいと思うんですね。
えっと、
家事私するから、お母さん何もしなくていいから。
なんならこう、
愛人と遊びに行ってもいいから。
お母さんも大丈夫だから。
私も学校の勉強も宿題もきちんとするからみたいな。
こう、愛情が
極めて貪欲なんだと、
愛情を表現できないみたいな。
そういう心理って。
要するにチョコレート食べられないっていう心理ってな。
こういう話を
指してるんだと思うんですね。
そうすると、
そのお母さんはやっぱり結局、
私子供に、
自分が悪いって言っちゃ自分が悪いんだよ。
子供に必要とされてないんだよ。やっぱり私は。
って思うじゃないですか。
この心理が、
コーチとかに投影されて、
お母さんその心理を、
投げ込まれるとか言うんですけど、
この心理に沿って、
報道させられてくるわけですよ。
投影同意使ってそういう話だと思うんですね。
えーと、
私は役に立たないのかな。
この人にコーチングはいらないな。
みたいな。
でも来ちゃうから、
なんか役に立ってんだろうな。
みたいな気持ちが、
非常にモヤモヤした気持ちの中で、
必要とされていない心理
やらなきゃならないわけですよね。
そうすると、
時間をちょっと、
1時間無料で延長しましょう。
みたいなね。
そういうことを、これは行動化っていうんですけど、
非常によろしくないとされてるんだけど、
やりたくなりますよね。やっぱり。
あなたに、
このコーチングだけで役に立たないから、
ちょっとここで僕が面白話でもしましょう。
余計なことをしだすわけですよ。
あるいはこう、
役にするとかね。
じゃあもう短く、
30分で切り上げて、
余計にも半分でいいですよね。
これも行動化の一種なんだけど、
そういうことが起こるんですよ。
この人実はすっごい、
カウンセリングなりコーチングなり、
必要としてるんだけど、
必要としてないという風に、
言わなければならないほど
必要としているために、
相手もですね、
必要とされてないという気持ちに
圧倒され始めて、
必要とされてない人らしい行動を
するなと思います。
私この説明を
オグデンの本で読んだとき、
これが一番商売やっていて、
お金取れない心理を、
的確に説明しているように
思えて仕方がないんですよ。
愛情飢餓の概念と心理
おけっこう、
そういうことってあると思うんですよね。
本当はすごい必要としている人ほど、
素直に出てこない。
いかにも必要としていないってこと、
そもそもわざわざじゃない。
本当に全然必要としていないなら、
登場してこなければいいわけじゃないですか。
登場してきて、
必要としていない、
これには価値がないんだって言って、
わざわざ言ってくる人、
そしてそうされることによって、
なんかこう、
値下げ圧みたいなのがかかってくるみたいな、
そういう気持ちになるってのは、
僕は、
これを東映同意使っている概念が、
せっかくありながら、
全く知らずに、
単に儲けるのが嫌いとか、
製品で受競だ、
みたいな、
説明されるよりはですね、
僕には、
1枚加わっている感じがして、
非常に納得が高いなって思うんですよね。
単にお金が嫌いなだけではないよな、
みたいな、
そういう、
ありますよね。
江戸時代以来の受競だから、
全くなくはない。
そりゃもうバンバン、
1回のセミナー100万円です、
そういう受競的な感覚に、
刺激されるかもしれないんだけど、
そういうのではなくてですね、
1回6000円で、
1時間帯は、
高くないでしょうっていうのを、
わざわざ5500円とかにしている、
みたいな時に、
実はこういうことが起きているんじゃないかと、
考えてみる価値は、
やっぱりあると思うんですよ。
結局これって、
非常に端的に言えば、
罪悪感だし、
恐れと不安なんですよね。
いろんな意味でね。
あちらこちらに恐れと不安がありますよ。
そういうのを一つ一つ整理しては、
洗い流していく、
みたいな感じに、
していかないと、
このまま行動化行動化で、
やっていくとですね、
僕ら精神分析の訓練とか、
受けているわけじゃないので、
こういうドイツ科の中で、
飲まれていって、
流されていっちゃうと思うんですよね。
3000円一律でやっている人になっちゃいました、
愛情飢餓と母子関係
みたいな。
そうならないために、
こういうのを抑えておくのは、
大切かなっていうふうに、
思ったわけです。
全部が全部、もちろん、
これで起きているわけではないんだけれども、
一体ただとしてもですね、
こういう圧を感じ始めると、
1人、いや2人だけだとしてもですよ、
気が付くと、
なんか全部無料にして、
YouTubeの広告から、
生きている方が、
なんか清らかな感じがして、
気持ちも楽になるし、
いいよね、みたいなことばかりやっていると、
逆に、
自分の価値あるものは、
出せなくなっていくと思うんですよね。
子供に必要とされていない母親、
これ最初の出だしに、
問題があったと思うんだけど、
でも、そういうふうに子供が、
私は家事、育児も、
私に任せてください、
みたいな、
学校の成績もバッチリですよね。
お母さんは愛人だ、損できてね、みたいな。
そうすると、お母さんは、
価値もあることが、
できなくなっていくと思うんですよね。
これは僕はすごく根の深い、
東映ドイツ科の行動家なんだろうな、
って思うんですよね。
そして、
外で男の人だって、
娘が全部家のことやってくれるから、
みたいなわけがわかんないじゃないですか、
ある意味では。
これって、何もかもがうまくいっているようで、
それが病んでいるような、
そういうシチュエーションを作っちゃいますよね。
まあ、
いろんなここには、
ややこしい心理が、
今のは図式的にわかりやすく説明させられて、
漫画みたいになっちゃいましたけれども、
本当は、
こんなに簡単じゃないと思うんだけど、
でも、こういう心理が、
回っているっていうのかな、
その人々の間で。
お互いの、
お互いの役割を、
少しずつずれたものにしていくような、
ある種の力が働いている、
わけですよ、きっと。
私はそういうのを、
そういうの自体を、
体験したというよりは、
まさにそういうことって、
ありそうだと。
非常に自分の欲望に対して、
自正的な人が、
実は非常に貪欲であって、
欲深いがゆえに、
そうは簡単に、
求めることができない。
そうすると、
求めていないものを、
勝手に、
どんどんどんどん提供しても、
なんか虚しいじゃないですか。
こういう時に、
何かが始まっているんだと思うんですよ。
そのお母さんにしても、
子供が本当は、
自分の愛情を求めてくるというのは、
嬉しいと思うんですよ。
だけども、
本当自分は欲しいものが、
いっぱいあるんだという時に、
子供が愛情を求めているから、
ただただ、
抱っこして優しくするということが、
できないという心理が起こっていると思うんです。
だからやっぱりこの辺には、
根底的にはみたいな話になっちゃいますけど、
愛情飢餓というのは、
深刻だなという感じがするんですよ。
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