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86|ホークス工藤公康元監督からみた小久保裕紀「彼は間違えることはしない人間」
2026-06-17 12:14

86|ホークス工藤公康元監督からみた小久保裕紀「彼は間違えることはしない人間」

西日本新聞の記者がアスリートの素顔やスポーツの可能性についてお話しする「スポーツ余聞」。今回、大窪正一記者が語るのは、工藤公康氏から見た小久保裕紀氏の知られざる素顔だ。

 1995年、王貞治監督の就任と同時にホークスに移籍した工藤氏。万年Bクラスのチームでカルチャーショックを受ける中、「頼もしく感じた」のが入団2年目の小久保氏だった。「頂点をつかむためにやるべきことを当たり前にできていたのが小久保だった。まだ、2年目だけどホークスのリーダーになっていくんだろうなと感じた」。通算224勝を挙げた大投手は、後輩に厳しい指導で知られたが、「小久保に対しては、ああだこうだ言った覚えはない」と語る。

 その後、巨人で再会した際、工藤氏は小久保氏の「顔が優しくなっていた」ことに驚く。眉間に皺を寄せていた若手時代から、人間としての丸さを備えた40歳の姿へ。現役47歳まで投げ続けた名投手が、盟友に贈ったエールとは。師弟を超えた絆を大窪記者が語ります。

#工藤公康 #小久保裕紀 #福岡ソフトバンクホークス #王貞治監督 #西武ライオンズ黄金時代 #2000本安打 #プロ野球名選手 #師弟関係 #スポーツ余聞 #西日本新聞ポッドキャスト

◆出演:大窪正一(スポーツ記者/宗像支局長)、中富一史(MC/販売部)、横山智徳(MC/メディア戦略局)、音声編集:中富一史、映像編集:井上知哉(ビジネスマーケティング部)

◆収録日:2026年5月21日

◆大窪正一記者の記事一覧
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サマリー

この記事では、西日本新聞の記者が福岡ソフトバンクホークスの元監督である工藤公康氏の視点から、小久保裕紀氏の知られざる素顔に迫ります。工藤氏は、チームが低迷していた時期に、入団2年目ながらリーダーシップを発揮していた小久保氏の姿勢に感銘を受けました。また、巨人で再会した際には、小久保氏の人間的な成長と顔つきの変化に驚き、後輩の進化を喜ぶとともに、現役生活を長く続けることへのエールを送りました。

番組紹介と工藤公康氏の連載について
西日本新聞ポッドキャスト。
西日本新聞スポーツ余聞。
この番組は、記者生活の大半をスポーツの現場で過ごしてきた大久保さんが、
アスリートの素顔やスポーツの可能性についてお話しします。
こんにちは。福岡のニュースアプリ、西日本新聞民の横山智則です。
西日本新聞の大久保です。よろしくお願いします。
同じく、西日本新聞社の中富一文です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
それこそ、ついこの間までやってた西日本新聞の連載。
今日はYouTubeの背景はそれにさせてもらいましたけど、
生きる力を身につける工藤元監督の聞き書きシリーズでしたけど。
面白かったですよね。
めっちゃ面白かったですね。あれ、毎日楽しみでした。
毎日楽しみでした。
工藤さんの持ってるポテンシャルがすごいなというのを感じる連載でした。
連載でしたね。
工藤公康氏から見た小久保裕紀氏の初期の印象
今回、その工藤さんについてちょっとお話をさせていただければなと思っているんですが、
その動画を見てる方はわかるように写真があって、真ん中に秋山さん、両端に国保さんと工藤さんがいるという写真なんですけど、
工藤さんから見た国保さん。
2人とも結果的に選手でも一緒で、なおかつ2人とも監督をされたというところでも共通点があるということで、
実は国保さんが現役晩年ですね、2000本アンダーを目指しているときに僕、連載をしていまして、
いろんな方から見た国保さんみたいなものを連載する機会があったんですけど、そのときに工藤さんに聞いたお話を今日はさせていただければなと思っているんですけども、
工藤さんですね、もう野球が好きな方ご存知かと思うんですけど、もともと西部の黄金時代を支えたピッチャーですね。
工藤さん自身、1995年に佐田春監督の就任と同時にフォークスに移籍。
同じ年だったんですかね。
そうなんですね。いわゆるフォークス上昇への道のスタートみたいな形でしょうかね。
王さんも巨人で勝ちを知る方ですし、工藤さんも西部の黄金時代を築いた人の2人ですからですね。
ただ当時のフォークスっていうのは満年Bクラスです。
そうですね。覚えてますよ。
工藤さんにお話を聞いたときは、もう現役を築かれていて、横浜のご自宅の方に取材に伺ってお話を聞かせていただいたんですけども、
すごく当時を振り返るのを楽しそうに振り返ってくださったんですけど、やっぱり西部から来た時のフォークスっていうのがカルチャーショックを受けると。
なんで弱いのかとなんで勝てないのかがすぐに見えた。
すぐに見えた。
どういうことですかって具体的にはということをお聞きすると、ミーティング中に平気で飲みに行く話をする選手が。
最高ですね。
これは工藤さんがそのときお話をされたからですね。
もうその空気感がやっぱりちょっと緩んでいるという空気の中で、さあどうするかなというふうな工藤さんが思う中で、チームを上昇への道に持っていく過程において頼もしく感じたのが、当時入団2年目の国防さんの存在だったそうです。
そのくらい世代は違いますよね。
工藤さんが西部で一通り活躍した後に移籍した、その年にまだいわゆる今の国防監督っていうのは入団2年目ですから、やっぱりそうですよね。そのくらいの差がありますもんね。
もう本当に若手な若手ですよね。ですので国防さん自身もレギュラーが約束された立場でもないので、もともと猛練習の選手ですけども、工藤さんが言ってたのは、頂点をつかむためには苦しいことをやらないといけないんですよ、やるべきことは。
それを当たり前にできていたのが国防だったと。常に前向きで前に進もうと邁進してると。もう2年目ですけど、もうフォークスのリーダーになっていくんだろうなぁと感じたということをおっしゃってましたですね。
巨人での再会と小久保裕紀氏の人間的成長
その通り国防さんの背中を見て松中さんだったり井口さんだったり定島さんだったりが追いかけていくという形になりましたし、工藤さんがキャッチャー定島選手を育てるというのはすごく有名な話になってますけど、
そういう結構優選手には手厳しく上昇軍団への道を解いていたんですが、国防さんに対してはああだこうだ言った覚えはないよとおっしゃってました。それが僕も、だって当時まだ今言ったように2年目じゃないですかね。
それぐらいだったそうで。で、このお二人ですね。実は選手としてもフォークスと一緒だったんですけど、実はその時期を同じくして巨人でも一緒に過ごした時期があるんですよ。
そうなんですね。 そこも含めてその印象は変わらなかったそうです。ということは国防さんは若い頃にそういうがむしゃらでやっていた、結構巨人に行く頃にはもう主力打者になっていましたけど、でもその時になってもそういう満身だとかそういう姿勢がなかったということですよね。それをすごく言ってました。
当時国防さんと工藤さん、対談でゆっくりと話す機会があったそうなんです。その時の話をしてくれたんですけども、変化がただ変化は感じたということで、何が変化したかって言ったらすごく国防さんの顔が優しくなっていたそうなんですね。
若手のフォークスの時代はいつも未見に視野を寄せている。なのに今も2000アンダーを目指す。万年ですよね、僕が話を聞いたのは。丸さというのかなと。何か自分の中で変わったのか、何かを極めたのかと。取り組み方が変わったのかと。
すごく工藤さんが感じていた国防さんの厳しさを猛練習するその姿勢だけじゃなくて、そこに人間としての大きさも感じたというふうに。当時国防さんが40歳ですからですね。
やっぱり工藤さん自身も国防さんの進化みたいなものを先輩として後輩が成長しているのをすごく嬉しく感じたということをお話ししてたのがすごく印象に残ってますね。
工藤公康氏から小久保裕紀氏へのエール
工藤さんプロ野球で通算224勝も上げているんですけれども、だからこそその時2000アンダーを目指している国防さんに対して少し気にかかることがあるとおっしゃってました。
それは2000アンダーを達成した後のことみたいなことをおっしゃって、そこを2000アンダーを超えると野球を考える時が一番楽しいと思える時期が来ると。そんな年齢になったんだと。この先少しでもまだやりたいという思いがあるんだったらもういいやと思ってほしくないと。
世代交代ってよく言われるけど長くできる人は長くやってほしいという期待をかけていた言葉がすごく印象に残ってますね。
工藤本監督の連載の中でも野球が面白いって思うよりだいぶ後だっていうことが書いてあって、好きだからやってるけども振り返った時に楽しいっていうのはひょっとしたらそういうことなのかもしれないですね。
だからまさにそういう工藤さんの経験を同じ道を歩んでいると感じたんでしょうね。大選手としての。なので自分と同じことを感じる時期が来ると思ってその言葉をかけたんだと。
正直僕この取材をした時はこの言葉の深い意味がわからなかったですね。だけど同じスターの道を歩む者同士を感じるものがあったんだなということだと思うんですよね。
長く現役を続ける秘訣と工藤氏の小久保氏への評価
月並みですけど、じゃあそうやって長寿、長生き、選手として長生きする秘訣は何ですかって僕が工藤さんにお聞きしたらやっぱり自身の経験を交えて下半身の強化だというふうにおっしゃってました。楽しむためには若い時以上に苦しい思いもしないといけない。
長くやるなら走りなさいとみんなに言ってる。まあ国母はわかってると思うけどねとおっしゃってましたですね。
だからやっぱり年齢とともに野球ができる幸せをかみしめていった工藤さんですよね。あの連載でもそんなもの。
まあそういうその自らと国母さんを重ねて思ったそうですね。すごく印象に残った最後を聞いて言葉が、工藤さんは国母さんに対して彼は間違えることをしない人間だと野球で見せた。
謙虚に野球に向き合ってきたからこそ今があるから自分の思い通りの野球人生を全うしてほしいというふうにエールを送られたんですけど、でもまさにその通りで今福岡移転後史上初のリーグ3連覇目指す指導者にね、成長というか歩んでいらっしゃいますし。
このなんかやっぱり動画であるあの写真の若いお二人が年を重ねていっても野球というものを通じて通じ合っている思いというのを改めて感じるなと思った次第でした。
工藤公康氏の偉業と番組の締めくくり
工藤さんいかがでしたでしょうか。
工藤さんって現役47歳まで続けているのと224章って今ほとんど出ないんですよ。日米通算で今ダルヴィッシュ投手と田中マー君があるんですけど18年くらい日本だけの通算で200章やれる人って今いないんですよ。
そのぐらいすごい人がいうことによってやっぱりこうわかるというかすごいなという言葉になってるなって感じですね。
ありがとうございました。
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