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79|元ホークス監督・工藤公康の知られざる過去 連載担当記者が語る取材の裏側
2026-04-13 24:44

79|元ホークス監督・工藤公康の知られざる過去 連載担当記者が語る取材の裏側

西日本新聞の記者が取材の裏側やニュース解説をお届けする「西日本新聞me Podcast」。西日本新聞で好評連載中の元ソフトバンクホークス監督・工藤公康さんの「生きる力を身につける」。「生みの母の顔を知ったのは55歳の時でした」――華やかな球歴の陰にあった知られざる生い立ちや、妻・雅子さんとの絆、1999年ダイエー初優勝後のFA宣言の舞台裏などを、執筆を担当する運動部の西口憲一記者が語ります。
◆収録日:2026年3月19日

◆出演:西口憲一(運動部兼論説委員)、横山智徳(MC/メディア戦略局)/音声編集:中富一史(販売部)/映像編集:井上知哉(ビジネス開発部)

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#西日本新聞mePodcast #工藤公康 #生きる力を身につける #ホークス #西日本新聞me

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サマリー

元ソフトバンクホークス監督・工藤公康氏の知られざる過去に迫る本連載。執筆を担当する西日本新聞の西口記者が、工藤氏の生い立ち、妻・雅子さんとの絆、そして現役時代の苦悩やFA移籍の舞台裏などを語る。特に、55歳で初めて実母の顔を知ったという衝撃的なエピソードや、妻との支え合いが工藤氏の野球人生に与えた影響について深く掘り下げている。また、工藤氏の指導者としての姿勢や、現在の農業ライフについても触れられている。

連載開始のきっかけとタイトル秘話
西日本新聞 Podcast
西日本新聞me Podcast
この番組では、西日本新聞の記者が、取材の裏側やニュース解説、福岡の街のあれやこれやをお話ししています。
こんにちは。福岡のニュースアプリ、西日本新聞meの横山智則です。
今、西日本新聞では、元ソフトバンク・ホークス監督の工藤公康さんの「生きる力を身につける」の連載中です。
今日は、その執筆をされている運動部の西口さんに来てもらいました。今日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
西口さん、運動部の方、よくですね。
ホークス一筋ですという方もいれば、ホークスも取材するけどもサッカーもするし、オリンピックにも行きましたみたいな人も結構あるじゃないですか。
西口さんはどちらのタイプの運動部の記者さんなんですか?
私はどちらかというと、ホークスがメインの。
ずっと。
はい、そうですね。
入社して、当時はホークスの大英ホークスだったんですけども、2軍の担当から始まりまして、1軍、それから記者生活みたいになりました。
それこそ工藤さんとは、もう駆け出し時代から取材もされているということですよね。だから工藤さんがそれこそ大英ホークスに来ました辺りからの関係ですか?
そうですね、ちょうど私が来年から1軍やれと言われまして、95年だったんですけども、そのタイミングで工藤さんが西部から来られました。
来られましたよね。
当時工藤さんのみならず、その前の年には秋山康二さんいらっしゃいましたし、ドラフトでは国防裕樹選手、大物選手が続々と入ってくる中で担当を拝命したという感じです。
当時95年っていうのは福岡ドームでした?それともまだ平和大でした?
福岡ドームでした。平和大球場そのものはあったんですけども、93年に福岡ドームができまして、そこからはずっとあそこの場所に。名前は?
今はみずほぺいぺいドームですね。
変わりましたけどね。
ということなんですね。それこそ今回も今、今日の収録時点では大英フォークスに来た工藤さんが日本一を果たした後に出ていっちゃうみたいな場面が今ちょうど3月19日の収録時点ではなんですけども、最初にお聞きしたいのは
今回すごく多分読者の方も毎日楽しく読んでると思うんですけど、工藤さんのこの聞き書きをすることになったきっかけって言うと、どういったやりとりでこの今のタイミングで工藤さんの、言ったら聞き書きシリーズって新聞ではなじみのある言葉なんですけども、新聞の読者じゃない方に言うと、工藤さんの物語のずっと繁盛を綴った連載、といえば連載なんですが、書き方が聞き書きというだけあって、書いてるのは西口さん記者なんですけども、
原稿としては工藤さんの話口調というか、工藤さんが話してるような連載になって非常に面白いですけど、そのある種きっかけって言うと。
きっかけはですね、聞き書きシリーズという弊社のコーナーがあります。50年近くやってるんですけども、ただこれまでスポーツ関係は何かあったんですが、プロ野球っていうのが今までなかったということを知らなかったんですけど、ある会社の方からそういう脱信がありまして、
福岡に本拠地を今あるフォークス、ぜひこのタイミングで取り上げるのはいったいどうだろうかということをご提案ありまして、それでその中で最近監督されてました工藤さんという方をこちらの方から推薦じゃないんですけども、そういうやり取りの中で結構割り返しすんなり決まったという感じです。
工藤さんもそういうことならいいよっていうのは。
なるほど。そういったところから連載が始まったということなんですね。じゃあ、いわゆる今日の時点から言うと2年前に構想というか。
2年前というか2020だから4年の12月。
じゃあ1年少し前という感じですか。
そういうことタイトルが生きる力を身につけるという格好で、元プロ野球選手でタイトルが生きる力を身につけるというと、なんとなくしっくりくると言われる方もいるんだろうと思うんですよ。
なんとなくでちょっとなんでみたいなところもあって、これは工藤さんが考えたタイトルそれと西口さんが考えたタイトル。
生きる力というのは最終的には工藤さんです。当初はほぼ思い人というタイトルで決まりかけてました。
思い人。
思いというのは想像の層なんですよね。これでスタートしようというふうになってたんですけど、実際もう正式にタイトルを決めないといけないというところでちょっと考えさせてくれという話がありまして、
その中でポッと出てきたのが、やっぱり生きる力って大事だよなという会話の中から、じゃあそれにどうですかというところからもう逆転したという感じですね。
当初は思い人だ、それはそれで気になるんですけど、思い人っていうのは誰を思う思い人というイメージだったんですか。
知られざる生い立ちと母の顔
これはですね、これは僕の推測なんですけど、工藤さん、僕が監督と言うんですけども、いろんな監督は現役時代からいろんな方の思いの中で生きてきたと。
家族もそうですし、もちろん塚枝監督もそうですし、千生銘と、そういう中でやっぱり自分は生かされてきたみたいな言い方をされる。
だから、もちろん自分が監督になって、ご自身が監督になってからはやっぱり千生のことを思う、改めて家族のことを思う、思われたり思ったりという中での思い人というふうに最初は決めかけていました。
そうなんですね。連載の話にちょっとさせていただくとですね、それこそ連載の2話目、スタート当初にですね、僕はもうこの回がちょっと衝撃的でですね、タイトルだけ言うと、
海の母の顔を知ったのは55歳の時でした、というタイトルになっている回が連載の2話目に出てきて、工藤さんがお母さんの顔を知ったのは言ったら55歳でしたという話なんですけど、
子供の頃の工藤さんってあんなに苦労されてたんだというのは、僕も初めてですし、そんなプロ野球ファンの人も知ってたんだろうかと思いながらですね。
そうですね。はっきりとは知りませんでしたというよりも、なかなか聞いてはいけないことかなというのが当時ありましたし、聞くタイミングももちろんなかったというのがありまして、
改めて今回おいたちからお話を伺う中で、工藤さん側の方からも触れてもいいよということだったので、なるべく早い段階で登場させたという感じになります。
言葉にすると簡単ですけども複雑と言いますか、工藤さんの物心をついた時には、実のお母さんは家にいなかったという。だから当然、写真とか普通のご家庭であればあるとは思うんですけども、
お父様がその辺を全部処分されてたということからの顔はぼんやりとはわかってたみたいですけど、実際はわからなかったという。
そうなんですね。子供の頃は結構そういったこともあってということなんでしょうけど苦労して育ったと。もうそれこそ亡くなられたというお話でしたけど、お父さんは神話を読むだけではいわゆる昭和の雷親父のような印象を受けるお父さんで、
妻・雅子さんとの絆と支え
そうだったのかなと思いながらですね。工藤監督っていつも、戦士の時もそうですけど監督自体も普通監督って嬉しい時でもムカッと来た時でもいつもむすっとした顔をして腕組みをしてベンチの後ろ側に立っているという監督がまあ多い気がしますが、
苦労監督はそういった意味では監督自体も結構表情豊かというかイメージで明るいイメージしてたけど、なんかそういった苦労さんなのにって言ったらあれだけど、子供の頃はこうだったんだっていうのが僕の率直な。
監督になられてからおそらくやっぱり自分がご自身が見られてるっていうのはやっぱり意識されてたと思うので言葉が相応しいのかわかりませんけどやっぱりこうなんですかね作ってると言いますか予想ってると言いますか感情とは別な部分でそういうのを見せないとかもちろん秋山さんもそうでしたしそういうところはこう使い分けてないかなというふうに思います。
それこそ今日はどっちかというとグランドの中の苦労さんというよりもそうじゃないところを聞ければなと思ってるもう一つがあって連載の中では毎回は言い過ぎですけど妻のまさこさんがもう今日も出てたし昨日も出てたしでやっぱりしょっちゅう出てきて苦労選手であり苦労監督をずっと支えてくれてるんですけども。
西口さんにとってそのまさこさんの印象的なエピソードも何度も出てきてますけど何か一つ紹介するとすればどういったところを。
そうですね何ですか関係性と言いますとやっぱりある意味苦労さんとバッテリーと言いますか苦労さんが投げる球をまさこさんが受け止める。
そういう先ほどのお母様の話もありましたけどお母さんの役割もされてるのかなという気がします。
エピソードというのはちょっとはっきりわかんないんですけどもやっぱり苦労さんやっぱり現役時代旬風満帆ではなかった時期もありましたし怪我とか成績が出ないとかいうところもあったと西武時代ですけども
そういう時に出会って私の趣味は野球で夫を笑わせること要はやったぞというふうに苦労さんに言わせるそのために頑張るみたいなそういう風のものをエネルギーにしてたというのは聞いたことありますけどね。
それこそあの連載の中ではそのほんとか言うとおりですけど結構その叫びたりの時期があってそれをある種の克服して結果的に47歳まで現役されたんでした。
48まで現役。
その礎になったのは奥さんのある種手料理でありみたいな確か連載そんなことがありましたよね。
苦労さんの担当記者いっぱいいると思うんですけど皆さん聞かれてると思いますけどやっぱりその妻政子さんとの出会いがなければ自分はいないということは常々やっぱおっしゃってましたし逆に言えば28歳9歳由来の出会いですけどもうちょっと早く知り合って家庭を持っていればもっとひょっとしたら長くとか成績も含めて
っていうのはもう後悔ではないですけど常におっしゃられます。
それこそ今何度も話してます収録日は3月19日で配信からすると1月ぐらい前の状況になるんですけどこの19日の時点ではちょうど連載は1999年の大英フォークス初優勝。
ダイエー初優勝とFA移籍の舞台裏
そして優勝したまでは良かったんですけどその後苦労さんはちょっとゴタゴタとありFAをして巨人に移ることになる。
あの頃のそれこそちょうど西口さんもまだ若い西口さんがちょうど大英を取材してた頃だと思うんですけどあの頃の球団ってガタガタして何でしたっけ。
野球でいきますとおっしゃられたように王さん来られて5年目飛眼の初優勝した選手も揃ってきた。
すごいやっぱり活気もありましたし僕ら当時西スポ紙の中では連日のように書いてました。
ただ一方でやっぱり親会社の業績というのがやっぱり苦しい大英本体ですね。
それがやっぱり球団経営にも影を落としてましたしそういうのがこの今回の工藤さんの契約交渉にも影響を及ぼしたというのは担当者としても肌感覚で感じてました。
その後工藤さんは結果として巨人に行ってその後横浜どこでしたっけ。
巨人に行かれてその後は横浜のDNAベースさんですね。
そこで3年やられまして最後西武ライオンズにもう一度1年戻ります。
最後は西武で1年だったんですか。
プラス1年所属せずに次なるチームを模索していた1年があるんですけどもその1年を含まれて現役30年というふうに。
そういうことなんですね。
プロ野球の一軍の舞台で投げられたのは29年ということ。
現在の工藤公康氏と指導スタイル
それこそ振り返ればそのウィキペディアとかで調べてもまあ輝かしい成績を残していらっしゃるし。
ある種現役はそうですしその後のある種ホークスの監督時代まで含めても何度も優勝してくれて僕らも一緒に喜ばしてもらってっていうのはありますけど。
その工藤監督って今はそれこそ皆さんご存知で監督は辞められて実際どこ福岡にいらっしゃるどこで何をされているんですか。
監督は今ですね横浜の方でご自宅で家族と暮らされています。
ライフワークではだと思うんですけどその山梨の方にもう一つ拠点がありましてそこで時期を見て農業の方に。
農業されてるんですね。
いうことを聞いてます。
僕はですねyoutubeを見てるとですね時々工藤さんが出てくるんですよ。
でね僕が見てるyoutubeはねなんかね高校生ぐらいの男の子にが一球ピュッと投げるわけですよ。
で分かった分かったとか工藤さんが後ろでついて言ってちょっと手の振りをこうしてみとか足の踏み込む位置をこうしてみって言って。
もう一回投げさせるんですよ。
そしたらさっきの球よりもまた10キロぐらい速くなったようなのをズバーンと投げてそうそうそう君の場合は何とかとか言って情報と動画がよく流れてくるんですよ。
やっぱすごいすごいなぁと思いながらですね。
そうですね。
そんなの見たことありません?
西木さんのyoutube出てこない?
実際その僕も大英担当時代に自主トレとかにお邪魔するんですよね。
その時にちょっと忘れましたけど発泡スチロールか何かを投げるトレーニングというかそういうのがある。
それをやってみと。
で実際こうだろうということをただ単に記者に見て書かせるんじゃなくてだからこうなんだよっていうところを分かりやすく実体験踏まえて体験もさせるってことはやっぱり
今のジュニアの方とかにもされてるみたいですし一緒にそうやってこう学んでいくというかそういう姿勢はもう変わらない気がします。
そういうことで今お住まいは横浜って言われてましたけども取材は今工藤さんと何度もお会いして取材されてるんだろうと思うんですけど横浜まで行かれてるんですか?
横浜も行きましたしその福岡にでもやっぱお仕事テレビの野球の解説もありますし
やっぱり年間講演が多いんですよね。
学生相手の講演、企業の社会人相手の講演も引っ張りだこう。
そこでやっぱ福岡に来られるタイミングでお時間をいただいてお話を伺ってるっていう状況です。
取材されてて工藤さんって20歳から見てどういう方なんですか?
一番難しいです。
厳しい人?面白い人?明るい人?
皆さんそれぞれの年代で工藤さんに対するイメージって終わりだと思うんですよね。豪快というか明るいとか、破天荒のイメージとか理論家のイメージ。
いろんな工藤さんのイメージがあると思うんです。
僕の場合は厳しいと言いますか、つたない質問とかすると言われますし、昔ですね。
最近でも会った時にお前はどう思うんだと。なぜそう思うんだと。なぜというのが会話の中では。
だからいろんなものをナーナーにしないと言いますか、突き詰めると言いますか、そういうのは取材してても自分が感じる。
あとよくおっしゃってたのは選手を甘やかすのは良くないと。やっぱり地元市だからこそ厳しい時は厳しく、悪い時は悪いと書きなさいと。
それで何くそと思って選手が頑張ればそれでいいじゃないかと。
選手と仲良くなりたいが故によいしょよいしょするのは逆に良くないと。
なんだお前この記事はというようなことは何度も言われたことがありますし、今もそういうふうには西スポだからちゃんとそういうところは書きなさいということも言われますね。
連載の今後の展開と今年のホークス
あれですよね。記者としては勝った試合はいいとしても負けた試合だったりミスが出たりした時は、
した時にあっても何かいいところを見つけて書こうと一方ではしますよね。別によいしょするとかじゃなくても。
そうですね。だからどうしても西スポの場合、紙面があった時にはどうしてもこう紙面を埋めないといけない。
どうしてもやっぱり選手にも聞かないといけない。聞くには教えてもらわないといけない。
仲良くしないと聞けないというようなやっぱりそういう連鎖的なものがありまして。
昨日ケチョンケチョンに書いた記者に仲良くしゃべってくれるかというといかんと。
ただやっぱり工藤さんは分かってるんですよね。分かってるんですけど、やっぱり本当に選手のことを思うんだったら厳しいことも言える関係性を築きなさいと。
なるほど。
ということは今のソフトバンクの監督の担当者もふとしたらそういうことを言われたのかもしれませんけど。
それこそですね。これ配信が4月のちょうど中旬ぐらいになると思うんですね。
なので今日から言うと1ヶ月後ぐらいなんですけど、その頃の連載というのはもうどうなんだろう。
教授院に行って監督になってる頃なんですかね。どうなんですかね。4月の中旬。
そうですね。監督になられてからの話も当然ありますし、監督を終えられてからの話。
あと野球だけじゃなくて考え方。あるいは娘さんがプロゴルファー。
ですよね。
はるかプロ。そういう娘さんへの思いとか。野球のみならずというところまで広げられたらなというふうには思ってます。
そのあたりの取材っていうのは確かまだあれで今からだという。
そうですね。ちょっとなかなか僕の方が記事書くのが遅いものでなかなか進んでませんけど、そういうところも触れられて伝えられたらなと思ってます。
ありがとうございます。それこそ最後にまたちょっと違う質問で申し上げたいんですけど、今年のホークスにじくさんの注目のポイントは。
すみませんちょっと担当ではないんで取材はしてないんですけど、先ほどの工藤さんの話でもありますが、野球はピッチャーだと思うんですよね。
今の野手の顔ぐらい見ても揃っている中で、ただやっぱり去年いた有原東州ですが、
有原東州の穴をどう埋めるのかが一つのポイントかなと。最大のポイントかなとは思います。
工藤監督もおっしゃってましたけど、やっぱり長いシーズン、3連戦の頭、初戦をきちっと任せられるピッチャーというのはやっぱり必要だと。
それはご自身もずっとやられてきていますし、火曜日に投げるピッチャーというのは。
エースですね。
そこを誰が埋めていくのかというのがポイントかなと思います。
やっぱり今も昔も火曜日投げるというのはやっぱり一つのプロ野球で基本的に月曜日がお休みで火・水・木あって、金・土・日なんですね。
そうですね。金・土・日とかはシーズンによってはバラつきますけど、だいたい火曜日。
おそらく国防監督もお考えだと思いますけど、カード頭というのは監督は2勝1敗2勝1敗を常に考えると思いますので、
まず1勝しかも相手がいいピッチャーが来ますから、そこに投げ勝てるピッチャーというのを置いていきたい。
しかも計算できる。必ずイニングを投げていくので保証しない。
年間を通して170イニング投げられる投手というのはエースしかいないかなと思います。
ありがとうございました。
番組からのお知らせ
番組からお知らせです。西日本新聞MEでは今シーズンからフォークスの人気グッズのプレゼントの企画が始まりました。
ぜひふるってご応募ください。ここまで聞いていただきありがとうございます。
今後とも番組の応援とスマホアプリ西日本新聞MEのご協力をお願いいたします。
本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
どうも西日本新聞MEです。
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