もうレリコンですよ、みたいに私は言いたい。
このまま苦労してて、おしゅうとめがあとどのぐらい生きるかわからないんですけど、死ぬまでこうですよね。
夫はマザコンですよ。
マザコンの夫っていうのはどうしようもないと、若い時は思ってたんですけど、
年取ってくるとマザコンの夫って最後まで親の面倒を結構見る時がある。
だから結構役に立つ。
またマザコンで母に対する愛情を人類一般あるいはこっちにもかけてくれないとも限らない。
マザコンって悪いことじゃないなって、60代後半になって今は思ってます。
でもこの場合、この夫としゅうとめタッグっていうのがあってあなたをいじめてくるんでしょ。
だから50代ぐらいまでだったら、レリコンですよ、みたいに。
いっしょーっていっちゃおう、みたいな感じでいきたいんですけど、その後60代70代になると私は言いたくないんです。
後の生活設計が大変です。
まず年金生活だって、2人で一緒に暮らすのと別々に別れるのと、
それが半分にパキッと分かれて年金取れるかって言ったら、そうでもない時がよくままあり。
あるいは半分に分けた年金で暮らせるかって暮らせないでしょ。
あと年取ってくると何よりも自分の身を殺すのが流産運って言いたいんですけど、流産運じゃないですね。
何よりも身を殺すのが孤独のような気がするんですよ。
一人で暮らしていってどうやって一人で死ぬのかっていうのが、
たぶんここにいらっしゃるこのメンツ見てるとそう分かる。
この半分ぐらいの人たちは日々考えてることなんじゃないか。
その時にどんなに仲の悪い夫でも私のことをいじめた夫でもそこにいるっていうだけで、
死ぬ時はすぐ見つけてくれなくても孤独死じゃないみたいな。
まあそんなもんです。
うちの中に雑巾っていうのが1個置いてありますよね。
かなりボロボロになるまでそこにありますよね。
そんな状態なんじゃないか。
その頃にはもうシュート目死んでますからね。
だから60代70代の方には積極的に離婚は進めません。
今までも年取って70代の人から離婚したいんですけどみたいな人生相談入ったことがあります。
1回ならずありました。
その時どうしたかというと、私の答えは別々の老人ホームあるいは老人施設に行く。
それが一応一番ベストの滑らかなベストかなって思うんですよね。
もう一つはシュート目とか実の親でも嫌な人たちいっぱいいますよ。
実の親で子どもたちをコントロールして抱えるっていう人が、このケース全く開けないんですけどよく言ってね、
毒親とかって言われてるんですよね。
でもね、どっかで許せるか許せないかってちょっと大きいような気がしますね。
だからあなたがもしシュート目が本当に追いかけた時に魔性がなかったかみたいに思えるんだったら幸せだし、思えないんだったらいいですか。
それまではなんかお父さんめんどくさーとか思ってちょっと引いてたのが、
なんか積極的にお父さんが生きてるっていうことに関わっていけるようになったんですね。
だからおすすめなんですね、独居してる親、多分持ってらっしゃると思いますけど。
で、だからね、そういう独居しといた方が親は泣く。
で、自分の時間って持ってた方が幸福。
パートナーは別れない方がいい。
仕事を持ってるんだったら仕事は辞めない方がいい。
親が死んでも仕事は続くっていうことです。
で、私ちょっとこのところプロモートしてる映画がありまして、数年前に上映された映画なんですけど、
人生をしまう時っていう映画がありまして、時って時間って書くんですね。
で、それは訪問医療のドキュメンタリー映画です。
何年か前に風切られて、その前にNHKのドキュメンタリーでされた、作られたそういう映画でした。
で、なんで私がこんなにこれにこだわってるのか。
ついこの間、熊本でも上映会を企画してやってたんですけど、
なんと主役が主役というか主な先生、医者がね、森鴎外の孫なんですよ。
森鴎外は女化けですから、孫に会いたくて会いたくて、会ってみたらむっちゃかっこよくて、
で、孫から女化け認定され、で、私はもう本当、私の旦那の孫ですからね。
で、嬉しくてしょうがないわけ。
で、とにかく先生もかっこいいんですけど、映画そのものがね、人がどうやって老いて死ぬかっていう。
中には独居して死んでいく人もいるし、親が子を見とる人もいるし、で、同居して親が死んでいく人も、
それに対して訪問医療のチームが実に人間的に寄り添っていくっていう。
で、埼玉県の話なんですけど、熊本の女性化をやったときに、熊本のヘルパーさんに来てもらったんですね。
で、熊本どうですかって言ったら、訪問医療のチームはみんなこんな感じですっていうことです。
ですからおそらく福岡でも、大本は福岡か、地理が全然わかってないですね。
この辺でもね、みんなそんな感じでシステムができてるんじゃないかと思います。
だからあなたもお母様87歳、お父様95歳、で、ちょっと離れて暮らしていても十分やっていける。
新しい形の家族っていうね。でも身を粉にして頑張んなくちゃいけないんですよ。
でもその代わり、親が死んだときにはすっごい何かを得られます。私も得られました。
なんていうか達成感じゃないんですね。後悔があるんですね。もっとやってあげたらよかったなとかって思うんですけれども、
それ以上になんか大人になったなみたいな、いいものを見せてもらったなみたいな。
親が死んでいく。親が死んでいって最後はちょっと下の世話もさせてもらったみたいな。
お父さんのうちんち握ったみたいな。それもいちいち経験として素晴らしかったんですね。
だからお勧めいたします。じゃあ次いきます。
50代の女性です。女性として育てられた人です。
知り合いのお子さん中二の男子です。について、学校には四次元目から通っています。
以前は卓球、最近はピアノを習い始める。
ご両親も一昔前の昭和のタイプだったが、最近は半ば本人に任せている様子。
かといってほとんどの時間、スマホをいじっている息子に対して不安感は拭えない。
これからどういうふうに見守ったらいいでしょうか。
まずあなたの立ち位置なんですけど、知り合いのお子さん。
あなたは知り合いですよね。子どもの親の知り合いですよね。
まずこれはあなたの問題ではない。これが一番だと思います。
万が一、親にどうしたらいいんだろうって相談されているとしたら、
親をそれなりの広見の番状件に書かせるとか、あるいはカウンセリングに親を行かせるなりして、
あなたがそばでやいのやいの言わないほうが親はすっきりします。
なぜかというと、親はおそらくこの問題をあなたの30倍ぐらいあるいは100倍ぐらい考えているはずなんです。
もしかしたら朝から晩までそのことで思い詰めているんです。
思い詰めているときには、ああしたらいいか、こうしたらいいか、私のあれがだめだったんじゃないか、
私はこうしたらこうなるだろう、こうなるだろう。
後悔とこれからのいろんな不安がませこでになった状態なんですよね。
あなたがいろいろと考える、でもあなたは人生の中で本当のこのぐらいしか考えていないと思う。
知り合いの息子だから。それでこの時間で考えるだけのことは親は考えている。
だとしたら親に考えさせてもいいと思うんですよ。
親はどうするかというと、いくつかあるんですね。
子供に任せておく。子供はおそらく親よりも何千倍も、自分はこれからどうなるんだろう、悩んでいるんじゃないかと思います。
ですから本当にやりようがないんですけど、誰か一人子供と親のそばにいて、近くにいて、専門家がちゃんと見てやれたらいいなというような感じです。
それなりの然るべきところに相談して、私みたいな実は、
これ私なんてさっき中井さん、君みたいなまじない子はみたいに言われたんですけどね。
人生相談だってまじないじゃないんですよ、これは。でもほとんど民間療法なんですよ。
民間療法の拝み屋みたいなもんですよ。
ですからこんなところに相談してもしょうがないんで、
もうちょっとちゃんとしたプロに一体どういうことができるのかっていうことを相談したら、
その人たちにそばにいてもらって、子供のことをよく見てもらえばいいと思います。
で、あなたにできることは一つだけある。
何かっていうと、そのお友達に対してもその子本人に対しても絶対に否定しない。いいですか。
全身全霊をかけて、いい子だね、この子はっていう。
とにかく何度もいいからいいところを見つけて褒めてあげてください。
そしたら親はね、ほっとするんですよ。
そして子供もね、褒められたら、どんなにひねくれ曲がった中二だってね、褒められれば嬉しいんですよ。
毎回毎回毎回褒めてごらん。そしたらちょっと関係性が変わってくる。
このおばちゃんの子いいじゃんとかって思って、おばちゃんには懐いてくるかもしれない。
そしたらおばちゃんと仲良しのお母さん、まあああいう友達がいるんだから、
うちの母ちゃんも捨てとんじゃないみたいな感じがあるかもしれない。
ちょっと長い長い止まりですよ。そのうちに地球温暖化して地球滅びるかもしれない。
だけど、その長い感じで子供を、とにかくあんたはいいよ、あんたでよかったんだよ。
あんたのやってることは、100%おばちゃんは納得しないけど、あんたでいいんだよっていうことを、
なんかね、言葉を浪費して褒めてあげて、本当に違ってきます。
私、早稲田大学で3年間教えてまして、子供たち歪み切ってるのがいっぱい来てね。
なぜかというと、私は書くのが専門の文化構想学部というところの文芸ジャーナリズムってところで教えてたんですよね。
みんな歪み切って早稲田に入ってきてるんですよ。文学好きでね。
半分以上の子は東大をうっこって来てますから、
俺は東大に、私は東大にっていう、なんか傷を持って入ってくるんですよね。
でも、歪んでるな、こいつらとか思って。その子たちを褒めるんです。
褒めて、褒めて、褒めて、褒めて、褒め抜くと、時々舞い上がってどっか行っちゃう子がいるんですけど、
とどまっている子たちは、パーっと開いてくるんですね。
それ、大学生ですらまだ手遅れじゃない。中2もっとですよ。本当にそう思います。
恐れ入ります。スタッフの皆さん。
もし書いてらっしゃる方がいましたら、
集めていただけませんか。私はこのまま続けます。
60代、性別その他ということですね。
議員や検事などによる浮気、不合意、セックスの報道をどう思うか。
また、人としてのセックス浮気痴漢とは。
全くこれ答える気になれない。ごめんなさい。
まずその報道のやり方っていうのも、考えたの長かったですね。
あの人、ああ、なんかやってるんだ、ああ、みたいな浮気、不合意セックスはありえんとか思ってますけどね。
ただ、なんかちょっとごめんなさいね。
また人としてのセックス浮気痴漢とは、これもちょっとあまりにも抽象的すぎて、
私はもう少し、もう少し皆さんの苦しみそのものに立脚した、そういう苦しみに答えたいです。
ごめんなさい、次行きます。
40代の女性として育てられた方です。
50歳が間近になり、日々の楽しみを見つけるのが難しくなってきました。
広美さんはこのような無給力時期がありましたか。また、もしあればどのように乗り越えてこられましたか。
40代ですね。
あったっちゃあったし、なかったって言えやなかったですね。
私は、まず40代っていうのは、これから高年期って見据えるんですよね。
高年期っていうのは、だいたい女が平均するのは55です。
だいたい55くらいに平均します。
平均の前と後に何年かずつ、プレ高年期があって、ポスト高年期があって、
それでだいたい60くらいになってくると、老年期っていうのが始まるわけですよ。
楽しくてよかなかったです。
何が楽しいって言って、高年期でもって我々の体は変わるんです。
私は55くらいで高年期になったときに、ふっと気がついたら、目の前に真っ青な空が広がっていたんです。
それまでの空は曇った空だったんです。
その曇った空の中に稲妻がパパパパパッと光ってまして、
時には竜花なんか見える感じで、なんだこれは、みたいな。
あれが欲しい、これが欲しい、あれがしたい、これが欲しいって欲望がいっぱいの雲だったんです。
それがいきなりパーンと開けて、すっきりした。
これは何なんだろうって考えたときに、
これは私のせいじゃなくて、欲望のいっぱい詰まった雲を作っていたのはホルモンさんだったんだ。
私はもともとこんなふうにピュアで、まっすぐで、素直な人間だったのに、
ホルモンっていうのが高年期ぐらいにムニャムニャムニャって出てきて、
高年期からどうも私の人生は暗くなったし、
ホルモンがなくなったら、私はもうすっきり爽やかじゃないか。
実はこれは先輩たちがみんな言ってたんですね。
で、先輩たちが言ってて、名前あげますよ、上野静子とか、上野静子とか、上野静子とか、
ああいう童貌な先輩がそういうこと言ってるから、まっさかーとかって思ってたら、
自分がその年になったらやっぱりそうでした。
で、今あなたは40代、そしたら高年期を見据えていくんですよ。
じゃあ、高年期、これはいいですか、日々の楽しみを見つけるのが難しくなってきました。
それはあなたの目が曇っているだけなんです。
高年期になって何ができるか、我々は恥という概念をかなぐり捨てることができるんです。
我々は何にも恥ずかしくなくなるんです。
恥ずかしくなくなると、人前で前を向いて足を大股開いてってじゃなくて、
この股関節からの筋肉をパンと開いてですよ、まっすぐ立って人に物を言うことができるんです。
世の中の悪いこと、不平不満、それを吸い取ることもできるんです。
それが高年期ですよ。はっきり言えるでしょ。
おばさんと言って世の中に嫌がられてますけど、これは我々が言いたいことを言うからなんです。
しかもファッションだってね、それまではちょっとでも異性に魅力的であれとかね、
ちょっとでも細くあれとか瞬間体重みたいなものを考えて、ハイヒールなんか履いて、
それがおばさんになるとですよ、高年期前後になってくると、
ハイヒールなんかかなぐり捨てて、みんなスニーカーですよ。
で、もうドザドザドザって歩いてますよ。
着てるものも動物柄、うちなる野獣を出して平気なんですよね。
あるいは時にはおばさんたちってシャーッと線の入った一世見分けみたいな、
ああいう高い衣装を着るじゃないですか、あれっていうのはトランプの女王みたいなコントロール欲ですよ。
それからたまにはおばさんとして花柄の服をいっぱい着てる人がいて、ミルクかなんかの。
若い時に可愛い格好したかったけど、いろんな事情でできなかった、今するわみたいな。
で、時にはおばさんたちっていうのはエズニックな格好しません?
コンペとか好きじゃないですか。
エズニックな格好で、この辺もこんな感じのスカーチョンみたいなのも履いたりして、
エズニックな格好、それは楽なんですけれども、そこには自分が地に足をつけていきたいみたいな、
同じエズニックでもこの辺をピッと締めたアルプスの少女みたいな、
あんなエズニックな格好してる人いませんよね。
大体アジアンテイストか、あるいは日本のカスリか、その辺に行きますよね。
それがやっぱり自分の生まれてきたのはどこなんだ。
自分の文化は何なのか。
フェミニズムの始まりですよ。
こういうのをパーンと出せるのが思春期じゃなくて後年期なんですね。
というわけで、これから後年期、日々の楽しみはどんどん増えていくはずです。
で、その時にもう一つ、後年期になってすごい大切になるのは女友達。
今までいろんな人生歩んできて、女友達っていうのはだんだん無産していきます。
もう中学校ぐらいでトイレまで一緒に行かなくちゃ。
もう住まなかった女友達がだんだん無産していきますね。
それは理由は、いろんな生活をするからなんです。
結婚する人、しない人、結婚したい人、全然したくない人、
男とセックスするのが好きな人、男とセックスはしたくない人、
あるいは女とセックスするのが好きな人、女とセックスは全然興味ない人、
子供を産む人、産まない人、産める人、産めない人、母乳で育てる人、育てない人、
母乳で育てたい人、育てられなかった人、まだいますよね。
いろんな女がいて、一人一人行く先が違うんです。
で、そこで話が合わないんです。
しかも子供が万が一生まれて、子供がこのぐらいになったときに、
女同士に起きるのは競馬の馬主的な感覚ですよ。
この自分の持ち馬がどこまで行くかみたいな。
自分じゃなくてそっちにかけるみたいな。
で、後年期ぐらいになってくると、やっとそれがすっきりして、
自分は自分みたいな感じで、女同士が結構対等にしゃべれるようになるんですね。
しかもこれから我々を待っているのは介護です。
介護はどんな形で、どんな経緯を経てきた女たちでも、
みんな同じだったんだなって感じさせる。
なぜかというと、全員誰かの娘なんです。
これはね、やっぱりね、介護でもってもう一回リユニオンするっていう、
そういう女たちが多いもんですから、楽しみにしててください。
で、だんだんそのぐらいになってくると、一般論ですよ。
中にはものすごく例外ありますよ、もちろん。例外ありますからね。
多分あなたのところも例外かもしれませんけど、一般論ですよ。
男が高年期すぎると、本当に使えなくなってきます。
で、だんだんだんだん狭まってくるんですね。なんか興味が。
本当になんかいろんなものに興味持たなくなってくるのが、年取った男なんです。
そうすると、デイサービス行きましょうよ、おじいちゃんなんて言っても、なかなか行かないのが男なんです。
ヘルパーさんと日常会話ができないのも、男の年取ったやつなんです。
だから、そうやって夫がどんどんどんどん乖離してたときにも、女の友達がいたら、そこで動けるんです。いいですね。
でも、そんな夫でも、いるだけで、お茶一緒に飲むだけでも、全然違いますから、大切に。
なんかあんまり、あれじゃないかもしれませんが、次行きますね。
男性、50代の男性として育ってきました。
2人の息子がいます。長男は大学で海外へ、次男は高1で不登校になる通信に行っています。
怠け者で、昼夜逆転ゲーム依存の日々です。
父親の自分は厳格な父に育てられたせいか、どうしても次男のことが受け入れられません。どうしたらよいでしょうか。
めっちゃわかりますね。この不登校って本当に多くてね。
ある意味、私たちが意識変えなくちゃいけないんじゃないかな。
昔、日本には、お知らさまじゃないわね、なんだっけな、ドアスでした。
家の中にいると、隠れて出てくるような妖怪。座敷笑し。
座敷笑しだと思ってくださると、いいような気がするんですよ。不登校とか引きこもりとか。
昔は、その俺が家にいたらよかったんですよね。
今だって、もしかしたらその子が一人いるだけで、悩みが尽きない。
悩みが尽きないっていうことは、人生の上でずっと考えることがあるっていうことで、ずっと心配することがあるっていうことで、死ぬまで心配してるってことで、
死んじゃったら意識なくなりますから、後は野となれ山となれって素晴らしいことわざがありますから、
それまでその子のことを心配していればいいわけですよ。
そういう意味で自分に、雑巾のような夫と同じでね、自分に心配の種をくれてる。
雑巾わらしじゃん、これ。と思ったらまたちょっと変わるんじゃないかなと思います。
で、うちにもいたんですよ、昔。雑巾わらしが。
で、今うち野犬っていうのを飼ってまして、本当に野犬です。代々野犬のファミリーから来た。
全然なすかないんですけどね。
これもうちに雑巾わらし、犬型の雑巾わらしがいるんだなと思って、外に出ないんですけど飼ってるんですけど。
で、そういうふうに意識変える。
うちの子供、私自分自身もそうだったんですけど、接触障害でだいぶ苦しんでまして、
接触障害の子供ってね、付き合ってるとね、この子たちは、
接触障害って今時のそういう精神的なそういうものを持ってる問題がある子なんじゃなくてね、
これはね、キツネ好きと同じなんじゃないかなって思うときがあるんですよ。
あるいはその妖怪の中では、夜になると頭をパカッと開いて、ここにおにぎりいっぱい入れるみたいな、そういう妖怪いましたよね。
ああいうものがこの子に取り付いてるんじゃないかって思うことがあって、妖怪と思ったら、なんかまた違う。
そしたらね、この子はこの子なんだって思えるんですよ。
妖怪さんがいる、でもこの子はこの子なんだって思ったら、またちょっと違うんじゃないか。
っていうところまでは雑談でございます。
基本、根本どうしたらいいか。
お父様は、お父さんのお父さんからのあれなんですけど、さっき言った同じような答えになりますけどね。
息子、本当にもうイライラするでしょ。もうムカついているでしょ。たまんないでしょ。
だけど置いといてですよ。何とかいいところを探してあげましょうよ。
今日のその生徒はかっこいいね、とかね。
親父そんなこと普通言わないのに、なんて絶対思いますよ。
というのはあなたのせいでもあるんです。いいですか。
親父が息子のことを褒めたときに、息子が驚くような、そういう親子関係を作ってきたのはあなたです。
親は子供と同じところまで目線を下げて、子供と同じものを見て、それからものを考える。それが基本です。
普通の関係だったらいいんですけど、この子のように困っちゃった子ね。
この子はたぶんゲームに依存してますけど、それ以上に自分で悩んでるはずなんです。
ですから、そういう子供ってやっぱり不安でいっぱいですから、少しでも自分の承認欲求を満たす、それをあげるといいんですよね。
それが親からっていうのはものすごく効きます。
少しでもいいから褒めてやる。本当に少しでもいいから褒めてやる。
これを地道に少しずつ少しずつやる。これは素晴らしい効果を生みます。
そして私は言いたいです。通信に行ってますよね。不登校になる通信に行ってます。これ素晴らしいことなんですよ。
不登校になった子が通信に行けないで、そのまんま引きこもってる子を私はどれだけ知ってるか。その親たちの苦しみをどれだけ知ってるか。
本人たちののたうち回るような苦しみもわかりますよね。それに比べたら通信に行ってるって、これ素晴らしいんですよ。
まずそこを見直してやりましょう。そしたらだんだんだんだん変わります。
それよりも何よりも一番大切なのは、あなたとおそらく妻がいるでしょうから、妻との仲良しとですね。
で、妻を仲良しにさせるのは、まずいくつだ、50か。微妙だこう日本の男って早いから。わかりますね。
セックスです。ちゃんとする。セックスがもしできなければ、一緒にどっかに行く。手を握る。
もうこのぐらいの年になると、手を握りたくないみたいに思われると思うんで、そのときはなるべくそばにいる。
手握らなくても握りそうな感じでそばにいる。で、一緒に何か食べる。どっか行く。
で、どっか行ったら、もうたい焼き1個でいいから買って帰る。お母さんほらお土産。
お花1本でいいからお土産みたいな感じで、それを繰り返す。
つまりあなたが、もう今の男らしく育てられた、これが問題なんですね。
男性をかなぐり捨てて、俺はこれから全然違う、あんたたちに、妻、子供、ゲイゴーした生き方をちょっと生きてみるみたいなつもりで、手を擦りながらですよ。
ちょっと擦り寄ってみたら、一年頑張ってみましょう。だいぶ違ってくると思います。
それで、バカなーなんて今思ってる、どこにいらっしゃるかわかりませんが、思ってらっしゃると思うんですけど、
一年頑張ってみたら、そこで、あ、伊藤があそこであんなバカなことを言っててみんな笑ってたか、もしかしたらそうだったんだって思えるから。
でも自分の男性、ここに問題があるんだっていうことは忘れないで。
そしてそれをもう一回確かめるためには、各地の男女三角共同センターみたいなところでしょっちゅう講座やってます。
で、いろんなところが力を入れてるのは、男たちに対する講座です。
中には四角四面のつまんないのもありますが、それが時には刺さるときもあります。
言ってみてください。男たちが今一番つらいのは、お前たちのせいでこうなったんだって言われることなんです。
今までお前たちが持っていたいろいろな既得権益は、もうお前たちは持ってないんだって言われることなんです。
九州の歴史では、いろんなことが起こりました。
明治9年、熊本では新風連の乱というのがありまして、明治10年、西南戦争がありまして、その前後にもいろいろな元武士の反乱というのがありましたよね。
大好きな話があって、切符が大好きなもんで、その辺を詳しく研究しております。
それも全て既得権益を失った。
自分たちはこれだけできたのに、こういう地位にいたのに、いきなりパンと落とされた。
その人たちが不満に思って、不満を募らせて起こしたことでしょう。
今、たぶん、あなた方は地球温暖化で地球が住めなくなる以前に、ふつふつと不満をたぎらせて、地球温暖化の前に不満を表現したいなと思っていると思うんですよね。
でも考えてみましょう。そういうことであります。
もう一つ来ました。
69から。
病院、老犬の厨房のパートに行ってます。仕事は好きですが、人間関係は嫌です。辞め時かと思います。
77歳ですね。
12月に2人がパートに辞めます。
社員さんの言葉がきつい。
同じ間違いをしても、私ともう一人の人に若ざたり強く仕事をしていて、強い口調で言われます。何人入れ替わりがあったでしょう。
良い人が辞めて残念です。この歳で他のところに行っても今のところは歩いていけるし、休みは欲しいだけ休ませてもらいます。
時給1000円。早朝手当がなくなり、ボーナスも出ません。こんな風に大変ですということが書いてあってですね。
主人は高生年金。私は国民年金で平均あります。畑もすくったので、やりくりして残りの人生を楽しんだ方がいいか悩んでます。
体は元気です。昨年乱層がんにかかる手術をして、今は月10日ぐらい行ってます。
主人が介護さんになり、半分家で半分施設でお世話になってます。月9万ぐらいかかりますということなんですが、迷ってらっしゃいますね。
人間関係が嫌で辞めどきかと、あまりいい思いもしていらっしゃらない。辞めどきかって考えながらお金がかかるな。
でも一応基本のクラスはお金はあるけれども、夫のいろんな介護なんかでお金がかかる。
さあ、辞めるか辞めないかっていうことです。わからない。私はその場にいないから、あなたがどんな生活してるかよくわからないんですが、
仕事を遠ざかると、誰でもそうなんですけどね、辞めちゃうとふっと現役感なくなっちゃうんですよね。それはつらいですよね。
ちょっとでも仕事に行ってると、そこでいろんな人と話す嫌な思いもする。全部刺激になって、社会の中に生きてるっていう感じで生きていられます。
そういう意味では、できること、できるところまで続けたらどうだろうって言いたいんです。
ただ、お年もお年なので、もし体がつらくなったら、それはやめなくちゃいけません。何とか暮らせてるみたいなので、
そしたらそれで新たな人生作るっていうのも、自分でもう何十回も考えたことですよね。
ただ、たぶんこの人が考えてなくて、私が考えてるなと思うのはここですね。社会に関わることをやめちゃうと、本当にパカッと引退になっちゃうんですよ。
そうすると、その人自身がシューってしぼんじゃうなっていうのを何回も見てきたので、それはちょっと考慮に入れてもいいのかなと思います。
いつまでも現役でっていうのは、もしできればやったほうがいいのかなって実は思ってます。
最後の質問です。
主人とは友人の紹介で結婚しました。2人目を生まれる頃に夫が鬱になり、それからはずっと相鬱を繰り返し診療内科に通っています。
今はそう状態。朝からどうでもいいようなことをずっと喋ってます。ストレスです。
人は変えられないのに自分の考え方を変えるしかないと分かっていてもイライラします。どうしたらいいですか。イライラしないようにしたいです。
60代の女性からです。今まで大変だったでしょう。本人も大変だと思うんですけど、そばで住んでる鬱病の患者の連れ合いね。そういう本もありますよね。本当につらいですね。