1. 丹羽には、にわかに庭が広い。
  2. 小説の主人公よりも普通じゃな..

2月は「逃げる」と言っていた校長先生の話を思い出した丹羽です。

タイトル長々してますが、山本文緒さんの「絶対泣かない」を読んで、自分が社会的でないことに不安がってます。

後半は自分の汚い感情を話していて、たぶん聴く人を分けてしまいます。 📫おたよりはこちらまで

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Summary

2月になりました。ウルード市では28日間ではなく29日あるため、2月も逃走期間が長いと感じております。また、最近私は小説の中の人物よりも人間らしくないと感じ、いろいろ考えている状況です。話の内容を共有できた大学生のグループワークが辛いと感じています。

Table of Contents

2月の逃走期間
2月2日、第80回目の、にわにわにわかに庭が広い。です。
2月になりました。
まあ、そりゃなるんですけども。
4月から始まって、3月に終わる、1年度っていう単位でいくと、
1月は行く、2月は逃げる、3月は去る、みたいな、
この、まあ、三学期っていう期間はとっても短いよっていうことを、
まあ、なんか小学校の頃の校長先生が言ってたなっていうのを思い出して、
なんか、ありましたよね。この1月は行く、2月は逃げる、3月は去る、みたいな、
よくわからない、ああいう絵を作ると思ってたんですけど、
本当に早いなと思います。
冬休み明けって、1年の終わりモードになるというか、
次年度に向けてのモードに入ったりとか、
うん、少し寂しいみたいな空気感が、もう1月冬休み明けから漂い始めて、
校長先生の話を思い返して、なんかジンとくることあるんだなと思いましたね。
けど、この2024年の2月は、あの、ウルード市なので、
2月が28日間じゃなくて29日あるので、
まあ、逃げるけど、まあ、ちょっといつもより1日だけ、
まあ、逃走期間が長いということで、
まあ、2月も精一杯、冒頭しないでね、過ごさないとなっていうところです。
山本文雄さんの絶対泣かない
庭のガーデニング、このコーナーでは私、庭の好きなものをお話しするコーナーです。
今、山本文雄さんの絶対泣かないっていう小説を読んでいます。
働く女性のある一期間を短編の、なんていうか共通の題材にして、
いろんな女性が出てくる短編で、ものすごく一つ一つの話が短くて、
読みやすいなあと思いながら読んでる小説で、今やっと半分超えたぐらいまで読んでるところですね。
夏頃に、山本文雄さんの自転しながら好転するっていう作品読んだっていう話をこのポッドキャストでもしてたと思うんですけど、
なんかそれからちょっと気になって、プラナリアっていう直木賞を取った作品を読もうと思って、
文庫を見てた時に、近くに絶対泣かないっていう本も一緒に置いてあったから、その時一緒にまとめて買った本で、
本当はプラナリア目的で本屋さんに行って、プラナリアから読むべきなのになぜかこっちの絶対泣かないっていう本の方から読んでるっていう状況なんですけど、
この絶対泣かないってタイトルいいなあってすごい思いましたね。
買った時も読んでる、今も。強く痛いみたいな意思を感じなくもないし、でもそれ、でもなんかそこに弱さもあるようなこのタイトルがすごい好きです。
なんかちょっといい感じの文庫本カバーで、いつも私文庫本読む時はなんか透明カバーをつけるんですけど、この絶対泣かないには透明カバーつけずに読んでますね。
女性のお仕事者っていうと、なんかだいたいイメージとしてオフィスワークのOLさんみたいなイメージよね。私も固定観念持ちがちなので、そういう人たちがいろいろ出てくるのかなと思いきや、そうでもなくて、今読んだ時点のものでしか言えないんですけど、
漫画家もそうだし、お酒の卸売を営業の方に回った人っていうのもそうだし、あとは専業主婦とかも書かれていて、なんかこう頭でイメージする働く人っていうのがすごい狭い世界だなっていうのもやっぱり思い知らされながら読んでるし、
それぞれの話がまあ短いからなのかはわからないけど、かなり綺麗にまとまって終わるんですよね。その、このなんだろう、綺麗な終わり方っていうのがなんかリアリティ感じなくて得意じゃないっていう人もいるのかなぁなんて思いつつ、
自分もちょっと前まではそうだったなぁとか思いながら読んでいて、なんか最近の自分の買う本の好みが前と全然違うなっていうのもいろいろ思いながらいますね、最近は。
この前も本屋さん眺めたんですけど、全然ピンとくるものがなくて、その山本文夫さんの絶対泣かないと、プラナリアはどっちも短編だったから、なんか長編を読みたいなーって思って本屋さん行ったんだけど、なんか全然ピンとこなくて、買えるみたいなことを2,3回繰り返してた。
小説の中の人間よりも人間らしくない
しかもどれも1時間ぐらい本屋さん見てるっていうめちゃくちゃなこと、時間の無駄遣いといえば無駄遣いをしているような気になることをしていて。
昔、ちょっと前だったら、ちょっと前の自分だったら、表紙を見てあんまりあらすじ見ないでバッて決めて変えたんですけど、なんか最近あらすじを読むようになってしまって、そしたらなんか全部しっくりこなくてダメになってきたというか、
全部しっくりこないっていうのは、なんだろう小説の中の人の、なんかそのあらすじの設定を読むと、最初から何か持ってる人じゃんって思うようになってしまったというか、
なんかそう思ったら楽しめるかな、この本って思うようになって何も買えなくなったりとかして。
あと中学生ぐらいまではミステリー系楽しく読めてたんですけど、なんか全然ここ何年かずっと気分じゃなくて、
何かなーっていう、なんかだからそうお仕事なんだか好みの転換点を迎えている気がしながら今過ごしてますね。
山本文夫さんの自転しながら好転するを読んでた時も思ったことなんですけど、自分の人生で小説に書けないなーって思ったというか、
自分の人生に小説的な、フィクション的なロマンチックなこととか、大きい出来事とかがないなーって言いたいんじゃなくて、むしろ山本文夫さんのその自転しながら好転するとか、今読んでる絶対泣かないとかの方が、なんか現実的な人なんですよ、主人公が。
現実的な人っていうのは、そのリアリズム的な考えを持っているとかじゃなくて、何ていうか、何だろう全然フィクションじゃないというか、当たり前の人なんだよなーと思って、上手く言えないんですけど、
なんかそれはその、自分は大学生として以外でバイトしたことないし、それ以外の外に出たことがないから、その山本文夫さんの自転しながら好転するの主人公とか、まあ絶対泣かないのそれぞれの主人公とかと年齢とか、まあ属性が違うからこんな人生じゃないなーみたいな、
思い方をするんですけど、でもそこを抜きにしても、ここまでこうなんか人間的な社会的な女性の当たり前みたいな段階を踏めるのかなーっていうことを思ったり、私は踏めないだろうなと思ったり、なんかすごい色々考えてますね最近。
あの小説の中の人たちの方が、よっぽど社会に当たり前にゲーグをしていて、ゲーグをしようとしている人が主人公じゃないんですよ。なんかそもそも一般ピープルみたいな、そう、なんか、うわーってなるんですよね、だから。
そうだからなんか、自分の存在が普通の人じゃないなーってどんどんなる感覚もあって、そう、最近映画とか見ても、なんか、ああ、こういう気持ちになることもあるんだろうなーみたいな、ちょっと引いた目線で見るようになって、
その感情引入みたいなのをしなくなりつつあって、なんかちょっと自分が嫌になってくる。
なんかその見方を感情引入しないようにしようって意識的にしたわけでもないし、
なんかこういう見方してみようみたいにお試しでやったわけでもないのに、いつの間にか、なんか感情引入しなくなっていて、うわーってなってる。
なんか成長とかじゃない何かを置き去りにして過ぎていったみたいな、変な感覚が、なんかちょっとショックを受けている。
でも結構涙は流したりするんですけど、なんかでもそれが、なんか自分のなんだろうな、自分の中に照らし合わせてるわけじゃなく、
なんか完全に切り離して見てる感覚で、ちょっと冷め気味なのかなーみたいな、そう思いましたね。
本当にその最近の感情としては、人生というか、なんか自分は本当に小説の中の人間よりも人間らしくないんじゃないかというか、
なんかいろいろ考えていた感じですね。
2話のようけい上、このコーナーでは私2話の最近あった出来事をお話しするコーナーです。
最近、中学高校の頃の友達4人の、なんかこうグループラインがあるんですけど、
そこで一人の子が、なんか大学が辛いっていうラインをよこしたんですよ。
大学生のグループワークの悩み
で、案外その4人のグループラインが稼働するのって、なんかそんな頻繁じゃなくて、
その長期休みの時期のちょっと前ぐらいに稼働するみたいな、なんかそのぐらいのライングループなんですけど、
だから突然一人がそういうことを言うのはすごい珍しいなぁと思ってたんですよ。
なんで辛いかっていう内容を、なんか話そうとはしないけど、
しんどいみたいなのだけタラタラと送ってくるから、何があったのって一応聞いてみたら、
その大学のグループワークがしんどいっていうのが返ってきたんですよ。
簡単に話の内容をまとめてしまうとそういう話だったんですけど、
こう、大学生ってこういう悩みをだいたい持つんだなーっていうのをちょっと共有できたというか、
そういうのがあるよねーってなったのと同時に、
まあなんかその子が高校生の1,2年の担任にめっちゃ懐いてたというか、めっちゃ好いていたから、
なんかその担任の先生だったらこういうこと言うんじゃないかなみたいなことを、なんかすごい迷惑かなと思いながらLINE返したりしたんですけど、
自分、LINEを返している間に、なんかものすごく悪い感情があって、
自分が今辛いっていうのを打ち明けられただけ良くないかって思いながらLINEを返している私がいて、
なんか不思議な感情、悔しいみたいな感情に近い負の感情を抱いていました。
自分、今回だけに限らないんですよね。こういう、なんかいいよいいよとか言いながら、裏ではめっちゃ嫌って思ってるとか、
そういう人なんだよなーってすごい最近思うんですよね。自分の嫌な感じというか、
根っこが腐ってるというか、なんというか、そんなにこう、自分の中でぐるぐるマイナスな感情があるなら、
なんかいいように言わなきゃいいのになーみたいなこととかって何回もやってて、本当にダメだなーって思いますね。
なんかずっと等しくかどうかわからないけど、なんか周りのいろんな人、全員のどこかが羨ましいですよ。
何なんだろうなーこれと思って。その、なんか特定の属性の人、なんか似たような肩書きの人に対して羨ましいとか思うんじゃなくて、
なんかみんなそれぞれの良い部分みたいなところに、なんか羨ましさとか悔しさとか思うんですよね。
なんかこれって何なんだろうってずっと思ってて、コンプレックスとかじゃないよなーってすごい思うんですよね。
なんかコンプレックスとかなら、一個のことに執着して何々がどうしても悔しいとか羨ましいとか、
なんかその部分のマウントを取ろうとしてみたりとか逆に取られたと思ってみたりとか、
なんか特定の何かとかじゃなく、等しくみんなが羨ましいなーって思う。
なんかそう、だからなんか毎日のように人と比べてるなーって、なんか今回のもすごい羨ましかった。
大学は全然違うのに、高校の頃の友達に大学の辛いっていう話、人間関係の話をできるっていうのがすごい羨ましかった。
なんかずっとこういうこと思いながら過ごすんだろうなーって思って、
なんか自分のことが嫌になったなーっていう期間が結構ありましたね。
そろそろ第80回目を終えようとしているところです。
今回の回はなんか自分の話だったなって思います。
なんか最近ものすごく自分を考え、まあ考えてる、ほぼ毎日考えてるような人でもあるんですけど、
なんか最近何のためにみたいなこととか、なんかそういうある意味考えても仕方のない方向に走ってるなーって思う。
あんま良くない傾向かなっても思いながら、もうなんか自分のことがちょっとずつ嫌になっている、そんな時期でもあったりしますね。
いやー、にのつくポッドキャストをやっている人間からすれば2月はなんかポップな感じでいたいんですけど、
暗い、暗いというかなんか汚い感情の話をしていたような気がします。
でもこれからもこういう、でもこれからもこういうこう、なんか自分の中にあるぐちゃぐちゃっとした、ある意味グロテスクな感情とかってあるまま過ごすのかなーと思いながら、
でも急にその小説にハマれなくなるとか、主人公に感情引入できなくなるみたいに、なんか急に病んだりするのかなーとか、なんかいろいろ思いますね。
自分の中にあるこのぐちゃぐちゃっとした感情がなくなったら、それはそれでこう何かを失っている感じもしなくもないなーって思ったり、
なんか自分のこのめんどくさいところがまた出現してきたなーっていう感じがして、そんなめんどくさいところをちょっと喋ってみたような回でした。
あんまり良い回じゃなかったと思いますが、またにのつく日には庭が庭かに広い庭を開きますのでお楽しみに。
では。
20:12

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