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2026-02-04 25:11

ドキュメンタリー「Black Box Diaries」

サマリー

ドキュメンタリー「ブラックボックス・ダイアリーズ」は、伊藤しおれさんが2015年に経験した性的被害とその後の裁判過程を描いています。映画では、事件の記録や証言が巧妙に組み込まれ、サバイバーとしての彼女の苦悩や社会的な影響がリアルに伝えられています。また、性的暴力の被害者支援を目指す弁護団による映画制作の背景とその影響についても掘り下げています。映画の上映と関連する倫理的な問題が議論され、日本における上映の限界についても言及されています。

映画の概要と感想
こんにちは、ninjinkunです。
ブラックボックス・ダイアリーズという映画を見てきました。
この映画は、伊藤しおれさんという方が、2015年に性的被害にあって、
そこから、どのように事件を追って、そして声を上げ、裁判を戦い、
そして今でも、どういうふうにいろんなバックラッシュに苦しんでいるかとか、
そういった経緯を、なんと自ら監督し、編集し、作り上げたという、
凄まじいドキュメンタリー作品になっています。
伊藤しおれさんの事件は、それなりに報道もあったはずなので、結構知っている人も多いと思いますし、
伊藤しおれさんの報道とか、いろんな一連のニュースとかは目にしていて、
特に最初の会見とか、そのあたりからある程度は追っていた話だったので、
この映画は見ようと思っておりました。
まずね、映画の感想の部分と、もう一つ、この映画の、特に日本での上映に前にいろいろ起こった一連の行動というのがあって、
これについてはちょっと後で触れようかなと思って、まずは映画の感想を話そうと思います。
これはね、めちゃくちゃすごい素晴らしい映画だと思います。
素晴らしいというにはあまりにも痛々しい内容ではありますが、非常に画期的だと思うし、映像作品としての質もめちゃくちゃ高いと思いますね。
自分としてはこれはすごく広く見られてほしい、見られるべき作品だなと思います。
特に日本で起こった出来事なので、日本のいろんな視聴者の人に見てほしいと自分も思う作品です。
そうですね、まずこの簡単な話筋としては、さっき言った通り、この性的暴行をしてきた相手がTBSの元ワシントン市局長の山口氏という人で、
ジャーナリストとして駆け出しだった伊藤さんをちょっとどうも一服もったと思われる。
一緒に食事をした後、命定状態になった伊藤さんをホテルに連れ込んで暴行したというのが事件の簡単な表しで、
そこから伊藤さんが記憶がない間に暴行されて、その後ホテルから何とか出てきて、その後警察に被害を訴えるんですけど、
最初はまず被害届を受理してもらえないというところから始まって、そこから徐々に自分で証拠を集めて、
ようやく被害統計が受理されて、起訴の直前まで行くんですけど、直前で何らかの力によってそれが止められてしまうというのが発生し、
結局刑事事件にはできなかったと、そしてその後民事で戦って証拠するというのが事件としての大まかな表しになりますね。
この間の経緯が、伊藤さんがずっと録音をしていたので、例えば捜査員との話、この中では捜査員A氏というのが非常に重要な人物として出てくるんですけど、
この辺りの人たちの声で、実際に具体的にどういうことが話されていたかというのが映像に入っていますと。
声は加工されているらしいですが、実際に捜査員A氏と夕食を食べに行くシーンとかが入っていて、
ここはパンフレットを自分は買ったんで色々読んだんですけど、この捜査員A氏というのは伊藤さんは自身にとってのヒーローと言っているんですが、
実際映像に映っているのは、結構その両方の面がある、なかなかこれはこれで問題がある対応をこの人も相当していて、
例えば基礎に対して途中から積極的に動いてくれるようになったという、そういう行動を起こしてはいるんですけど、
例えば伊藤さんと会うときにわざわざイタリアンレストランみたいなところを指定して話をしていたりとか、
あとは簡単に言うとセクハラ的な発言をしている。
伊藤さんが証言を直接してくれますかって言うと、それだったら私も仕事なくなっちゃうから、あなたに養ってもらわないととか、
そういうセクハラ的な発言をしてくるという。
伊藤さんもこの映画を作るためにいろんな録音を聞き直すまで、こういうことを完全に自分の中でも忘却していて、
実際はそういう発言があった後にゼックして固まるシーンとかが入っているんですけど、
そういうことも忘れていて、この人は味方になってくれた良い人だということで片付けていたっていう、そういうのがあって、
なので実際に味方してくれた人たちの中にもかなりそういう二次被害というか、
そういう追い討ちをかけてくるような、そういうセクハラ的な言動とか問題がある態度が含まれていたっていうのは、
これはかなり自分としてもうわっていう声が出てしまったんで、
これも一つこの映画を描く側面ですね。
結局相手の弱みにつけ込んで、この人たちも多分無意識にやっているというか、あんまりそれが問題だと思って明らかにやってないですけど、
構造的にはこの人が被害にあって弱っているところにつけ込んでくる唯一の味方が実はそういうやばい伝説を振りかざしてくるっていう、
これも本当に、この場合は被害にあった女性が置かれる弱い立場というのを象徴するエピソードかなと思います。
このように一藤さんが置かれた状況というのが非常に生々しく映されていて、
そして大部分は一藤さんの自分の語り、特に友人に向けて出したメッセージみたいなものが多く含まれていて、
友達と話した内容なのかな。それで状況が語られていくという感じですね。
喋っているだけで見ていたときの緊張がちょっと産みがえてきましたけど、
そのようにして本当にこのサバイバーである一藤さんが実際何を見て体験したかということが追体験できるような構成になっているので、
最初に警告も出るんですけど、
実際に性暴力のシーンこそないものの、その周りにある本当にえげつない状況というのがこれでもかというぐらい襲ってくるので、
そういうネガティブな感情に弱い人はだいぶ喰らってしまうと思うので、あまりお勧めというわけではないんですけど、
それぐらい生々しいものがこの映画には捉えられていると思います。
映画の構成も非常によくできていて、最初にその証言の、
実際にあった事件の監視カメラが録画していた、ホテルの監視カメラの映像からが冒頭に挟まれて、
そこから何があったかというのを伊藤さんが思い出していき、そこから事件の基礎に向けて動くという、
実際の時系列を割と追体験できるような感じで、
でも最初に何があったかは結構後の方から分かってくるという仕掛けになっていて、
これも巧みだなと思いましたね。
最初に全部説明しすぎないし、実際これは伊藤さんが体験したことでもあるんじゃないのかなと思ったんですよね。
つまり最初に起こったことは起こったことなんだけど、
それを本人の中でもちゃんとその反数して整理できるようになるまで相当時間がかかっているのではないかなと。
視聴者としてはそれを追体験しているように感じられるような、そういう構成の作品になっておりました。
かなりこの編集にすごく時間がかかった、4年間くらい編集していたらしいんですけど、
というのも非常に、なるほどなという、すごく編集の映画かなと思います。
という感じで、やっぱりこれだけの作品を自分が被害者であり、
という状況の中で、相当PTSDなどにもいろいろ苦しみながら作ったということなんですけど、
もともとの記者会見をしたり本を書いたりするというエネルギー自体も相当、
このような人ってなかなかもう出てこないと思うんですけど、
でもやっぱりこの映像作品を作り上げるというこの弾力というのは、やっぱり凄まじいですよね。
まずは声を上げること自体でも相当難しいのに、
さらにこれをこういう映像メディアに作り上げてしまうという、
この伊藤さんのパワーと、そうですね、正義感ですかね。
あとやはりジャーナリストという自覚というのも強くあるのかなと思います。
というのに本当に敬意を払わずにはいられないという、そういう体験でした。
ですし、これをきっかけに一連の性暴力の判定がいかに難しいかとか、
事件の経緯
あと途中でね、これは実際シーンはなくて言葉だけで入ってるんですけど、
性暴力を立証するときに人形を使って再現とかがやされらしくて、
それもかなり、それが相当苦痛であるという、それはそうでしょうという、
本当に立証責任が被害者の方にあるというのは、実裏書き読むとそうかなと思うんですけど、
そこに伴う被害者の苦痛って相当だよなというのをね、
これは何とかならないのかなというふうに本当に思いましたね。
はい、というのが映画の主な感想で、その後、
自分はこの映画が公開されるまでの経緯もある程度いろんな報道で見ていて、
特に日本での上映前に元弁護団の数人がこの映画の映像仕様に問題があるという、
そういう記者会見だったかな、を行ってかなり衝撃を与えたということがあったんで、
それについても興味深く見てみて、
この映画の伊藤さんの公式サイトとパンフレットでも経緯の説明がされていて、
劇場にもですね、そのあたりの実際に送られたファックスかな、
印刷したものが貼られていて、ファックスじゃないか、ホームページを印刷したものかな。
それは伊藤さんが立ちがわかる視点のもちろんことではあるんですけど、
自分としてもどうしてこうなっちゃったのかなっていうのを考えてみたんですけど、
まず起こっていることとしては、最初のホテルの監視カメラ映像というのは、
もともとは裁判以外では使わないという制約書を出した上で、
受領していたものであったと。
これを劇中で使ってるじゃないかと。
無断使用だし契約違反であるという主張。
実際はCG加工されている映像なんですけど、
後から作った別映像ではなくて、あくまでも加工した映像ということで、
これは劇中でも実際まだ使われてますと。
それと、あとはこの弁護士たちの映像も含まれているんですけど、
その確認工程に問題があったというのがこの人たちの主張で、
どうもどちらも事実であるようです。
ただ、結構これだけ騒動が大きくなって双方がこじれてしまったのには、
結構いろんな経緯があるんだなというのは、
自分はいろいろ追って自分なりに解釈してみて思ったところで、
まず、この監視カメラの映像を使ったっていうことに関しては、
多分伊藤さんのサバイバーであり、ジャーナリストであり、映画監督であるって、
3者が結構絡んで決めたことかなという。
つまり、最初に自分は映画を見た時に、
この冒頭の映像は後から作り直した再現映像でも、
一応映画は成立するんじゃないかなとは思ったんですよね。
なんですけど、おそらく作り手の伊藤さんとしては、
これが一番徹底的な映像であり、自分が体験したことそのものなのだから、
これを変えては意味がないという意思があったのかなと自分は推測します。
なのでこれ抜きでは作品にならないし、
実際この映像を自分はすごく売りどころにしてきたということを発言されているので、
まずこれが作品の核であるという、
そういう選択が、意思決定があった上で作られている作品なのかなと自分は解釈したので、
伊藤さんとしてはこれは絶対に差し替えられないので、
そういう制約があることは知っている上でも使ったということかなと。
映画制作の背景と道徳的問題
それに対して、その映像の交渉に当たった弁護士が違反じゃないかと言ってくるのは、
そうかなとは思う。
そこにはロジカルな妥当性はあるなと思うんですけど、
その後いろんなやりとりがこじれたというのは、
結構本当にこじれたという言葉しか使えないんですけど、
もっと双方が織り合って、
この映画が広く見られること自体は、
もともとその弁護団、弁護士さんたちの目指している世界観にもかなうことだと思うんですよね。
性的暴力の被害者たちを支援している、きた経緯がある人たちなんで。
なので、この映画は非常にチャンスなわけなんですけど、
しかも世界中のいろんな映画祭で上映され、
アカデミー賞の長編ドキュメンタリーにノミネートされるという非常に快挙がある作品なんで、
そのチャンスを潰す形になっているっていうのは、
とても残念なことだなと自分は思いますし、
どこかで織り合う線もあったのではないかなと思うんですよね。
特に伊藤さんの方からホテルの側に使用の許諾を求める前に、弁護士の方からホテルに連絡をして、
使えませんよねという確認をされてしまったということで、
そこは協力して何とか使えませんかっていう方向性に持っていくっていうことは、
できるうちは自分はあったのではないかなとは思うんですよね。
この映像とかを使うっていう決定がされて、実際使ってでもこじれてしまったっていうのは、
どうも三段映画祭というアメリカのインディ映画の祭典があって、
そこに出品するというのが急遽決まって、
そこの最後の編集が結構急ピッチで行われて出品されたと。
その間に例えばホテルの確認とか弁護士の確認みたいなものが全然行われなかったという、
そういう急遽出品が決まったっていうところが自分は聞いているのかなと思って、
そういういろいろな確認をする手間が取れなかったかつ、
あとはこの制作チームが結構海外のいろんな国の人たちで占められていて、
プロデューサーはアメリカと日本を舞台にしている人と、
あとはイギリスの人をですね、だったり、
制作もイギリスで行ってたりするので、
自分の感覚では、
そういうアメリカやイギリスではこれぐらいの映像仕様はオッケーでしょということで、
GOを出したのではないかなという気がしております。
自分の解釈ですけど。
なので、日本の、
何でしょうね、
日本の中での映像仕様、ドキュメンタリーの倫理基準で言うと、
もしかしてアウトになるかもしれないというのは考えられたとは思うんですけど、
もっと世界で見られることをまず優先して、
これが決まったのかなというふうに思います。
それが案の定、実際の日本の弁護士に見せてみたら、
うわっとなったということかなと思うんで、
そういう時間がない中での意思決定と、
そういうアメリカやイギリスの制作体制、
そちらの視点からの主催選択というのが両方あって、
そこからのいろいろな日本の倫理基準から見ると配慮不足というふうに取られたということかなと思いますね。
日本での上映の限界
なので、これはifの世界線ですけど、
もっと制作に、直前の確認に時間が割けて、
そういう関係者へのいろいろな根回しができていたら違ったのかもなとは思うんですけど、
一方で、この映画がサンダンスでもすごくブレイクし、
アカデミー賞にのみ得されるまでいったというのはあまりにもない事実なんで、
その直前にね、しかも4年間もう編集してきて、
これいつ完成するんだみたいになって、
なのでお尻を決めてやりましょうというふうになったっぽいので、
それが作品自体にとってはいい方向に作用して、
すごく急に完成度が上がって出品できたという側面は絶対あるんですよね。
その時のおそらく潮流を捉えたということだと思うんですけど、
なので、制作出品のタイミングとしては非常にベストだった。
けど、そこから結果的に日本でどう見えるかというところは、
完全には多分配慮が回らずに出品されたというところかなと思います。
なので、本当に日本での上映も今は東京でも数えるぐらいしか、
4、5館やってるんでまだいい方かもしれませんけど、
地方だと1件1つあればいい方みたいな感じで、
これだけ海外で見られた作品が、これだけの上映規模っていうのはあまりにも寂しすぎるなと思うんで、
もっと見られてほしいし、正直、上映前のゴタゴタマジもっと上手くやってくれよっていう、
これだけのすごい作品なんだから、本当にもったいないなと思います。
なので、自分としてはこれは素晴らしい作品だと思いましたので、
もっと見られてほしいし、非常にプッシュしたい作品だと思うんで、
推していきたいなと思いました。
その上で、いろいろな経緯の説明とかは、情報はwebに出てますんで、
そういうのを見た上で、皮肉なことにこれ自体が、
例えばその元弁護団の人1人、西博弁護士かな、とか、
この映画を見ないでほしいとか言ってるらしく、
そういう構造自体が、その事件をまさにブラックボックス化する方向に作用してるっていうのは、
めちゃめちゃ強い皮肉だなっていう、
もともとは支援してた人自体が抑圧する構造側に、
結果的に回ってしまったっていうのは、
もちろんその人たちの思いとしては全然そういうことじゃないっていうのは理解できるんですけど、
構造失踪になっちゃったっていうのは、本当に皮肉としか言いようがないんで、
なんとかうまく解決してほしいなと、一所者として思いますし、
上映も増えてほしいし、これ配信には絶対来てほしいんですけど、
もしかすると一連の騒動が収まらないと配信とかに来ないかもしれないんで、
そこは頑張ってほしいなと思います。
近所の新宿の映画館では、監督本人が来る回があったらしいんですけど、
ちょっとそこに行けなかったんで、また機会があれば行ってみたいなと思いますね。
というブラックボックスダイヤリズ。
自分としてもね、これは結構調べてからしゃべらないとしゃべれないなと思ったんで、
ちょっと見てから数日間経ってて、
結構このパンフレットも読み込んでからしゃべりましたという感じです。
なので皆さんのお近くでもやってたらぜひ見てみてください。
それではありがとうございました。
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