久しぶりの復帰と今日のテーマ
こんにちは、創作者のための心身最適化コーチのほうりです。
よろしくお願いいたします。
約1ヶ月ぶりぐらいの収録ですね。
めっちゃ久しぶりな感じしますけど、皆さん元気でしたでしょうか?
まあこの1ヶ月間私は、推し活と、あのToon Blastというゲームにちょっとハマりまくってて、
めっちゃ充実してたわけなんですけども、
まあそろそろちょっと喋り足りなくなったので、復帰させてもらいます。
まあゆるゆるマイペースにやっていこうと思うんですけどね。
今日のテーマは、創作においてのAIを使うのに、
抵抗を覚えている人に向けてお話ししたいことがあるんですよね。
AIの普及と創作活動への影響
今はものすごい勢いで、画像生成ソフトとか文章作成ソフトとかといった
AIがすごく生活にね、普及してるなというふうに感じるんですよね。
私自身、創作で使うっていうよりも、自分自身の心と向き合うために
チャットGPTをもともと使ったんですけども、今はGeminiの方を使ってるんですよね。
もともとGoogleのドキュメントとかGmailとか使ってたんで、
容量を増やす意味でも最適なプラン、ちょっと容量が増えるプランに入ってたんですけども、
それにちょっとプラスして、AI、Geminiの上位互換版使えるっていうんで、
今はチャットGPTじゃなくて、そっちの方に課金してるんですけども、
それでも画像生成ソフトとか、ナノバナナってあるんだけども、
それをやっぱり使ってみると、すごいクオリティだなって思うんですよね。
今YouTubeの方でも、確か帰省が入ったじゃないですか、
今年の3月ぐらいから収益が停止したとかっていうような、そういう騒ぎになってたんですけども、
あれって、AIで作ったコンテンツかどうかを見極めるためっていうわけじゃないけども、
そうしたAIの動画もすごくクオリティが上がってるから、
それでそういった動画に収益広告、広告の収益を上げるのはどうかということで、
テコ入りしたなんてことを言われてるわけで、私の気に入ってるチャンネルとかも、
今までゆっくりレイムちゃんとかゆっくりマリサちゃんか、
あれにしゃべらせたのをすごく工夫して、自分自身の肉性を入れるだとかっていうような、
あと回帰を動かすというような、そうした工夫をして、
収益化のアップを狙ってるような動画とか、そういった裏事情も見てるんですけども、
そうした事情をちょっと帰り見ても、今創作活動でAIを導入するか、
それともしないか、でも抵抗があるっていう方も、やっぱりちらほら見受けられるんですよね。
新しいものへの抵抗感の根源
私のところに相談してくださってる方にも、ちょっとAIについての相談っていうのも何件かもらったんですけども、
やっぱりね、新しいものを入れるってなると、すごい抵抗を示すっていう人が一定数いるわけなんですよ。
で、これがAIだからそんな風に抵抗感を示してるのかっていう風に考えてる人が多いんじゃないかと思うんですけども、
実はね、そうじゃないんですよ。
そもそも人間の脳みその構造的に、新しいものに対して抵抗感を示すっていうのは、
すごいににかなってる行動なんですよね。
なんでかって言ったら、人間って変化を好まない生き物だからなんですよ。
私たちの体と脳みそっていうのは、古代の時代からアップデートされてないんですよね。
これは変化を嫌うっていうのは、私のラジオでも何回も言ってますし、
いろんな心理学者とか農家学者とか、はたまたダイエットパーソナルトレーナーの方もすごい提唱してるわけなんですけども、
私たちは本当に今の便利な時代に合わせて、心も体もアップデートしてるんじゃなくて、
原始時代のままの体と頭の根本的な部分は変わらないで、そのままうまく順応してここまでやってきてるってわけなんですよ。
だから原始時代になると、いきなり今の生活をガラッと変えて、今まで山で暮らしてたのをちょっと川に引っ越して、
そこで生活していこうってなったら、間違いなく命の危険に晒されるわけじゃないですか。
何も情報のない時代で、いきなり山の生活から川の生活に行くってなったら、全然もう得体の知らないところで暮らすわけになるだから、
今まで通用していた常識とか、そうした使ってた道具とかが役に立たなくなって、生活が立ち行かなくなる恐れがあるわけじゃないですか。
そうした恐怖をずっと私たち人類は持ち合わせてきて、そうやってここまで進化してきたわけなんですよ。
つまり何が言いたいかって言ったら、今AIがここまで普及されてきて、創作にもAIを持ち込もうかって考えるときにすごい抵抗感が湧くって言うんですけども、
それはもう私たちの原始時代の山の生活から川の生活に変えるときになって、死ぬかもしれないからやめときなとか、
ちょっと生活が立ち行かなくなったらどうするのって言ったら、そうした恐れと根本的には一緒なわけなんですよ。
歴史に見る新しい技術の受容
そしてもう一つ伝えたいことがあるんですけども、今こうやって2026年現在、AIの普及によってすごいAIが抵抗感があるけども、
ちょっと同時にしなきゃならないのか、でも抵抗感あるんだけどなっていうふうに悩んでて、どうしようか、入れたらいいのが分かってるんだけどっていう方いると思うんですけども、
AIに限らず私たちって、創作活動にも限らずですよ、私たちって今までないこととなく新しいものに対して抵抗感を持っても最終的には受け入れてきたっていう歴史を歩んできてるわけなんですよ。
ちょっと身近な例で例えてみると、ちょっと視点を俯瞰して考えてみたら、例えばインターネットなんて今はすごい当たり前のように普及してるわけですけども、
私はね昭和の55年の生まれだから、もうその頃に比べたらインターネットなんて命もなかったし、なんなら今のウェブイベントだとか、
印刷所がすごいオンデマンド印刷で安く印刷できるだとか、あとネット上に作品をアップするなんてことは、昔の私に言っても多分信じなかったと思うんですよね。
私同人活動は14歳の時から知ってるわけなんですけども、14歳の私に本を作らなくても、ただであんたの作品を見られる媒体があるって言っても嘘つけこの野郎って感じで信じなかったと思うんですよね。
それで私はインターネットに関しては、本を出す制作費とかお金とかの問題ですごい頭を悩ませてたし、本にしたらコピーの失敗とか製本の失敗とかでコストばっかりかかるからどうにかならないかなって思ったところに、
こうしたネットの普及があって、やったって言わんばかりに乗り換えた口だから抵抗とかは感じなかったんですけども、
でもインターネットがやってきたってなった時に今まで本で活動してきた人は、え?ってなったと思うんですよね。
だって同人活動って本作ってなんぼでしょっていうような。
それにインターネットに載せたら、そうしたふうに作者様の目に触れられて活動休止になったらどうしようって思って抵抗感を示した人って一定数いると思うんですよ。
そういう人たちはどうしてるかって言ったら、徐々に徐々に慣れていったか、もしくはネットなんて邪道だから私のままで通りにオフラインの活動に従事するってそのまま本を出すことを中心にして活動している人がいると思うんですけども、
だけども今ってネットって現代人では切っても切り離さない生活必需品だからどっか国家で使ってると思うんですよね。
私自身も周りのお年寄りとかもネットとはなんぞやとは言ってても、スマートフォンとかタブレット持ち込んで新聞読んでるおっさんとかも結構目にするんですけども、
なんだかんだ言いつつ使いこなせてるようなって思うんですよね。
今ネット繋がりで思い出したけども、あとはスマートフォンですね。
私はこれ今当たり前のようにスマホでラジオこうやって撮ってますけども、私はもうギリギリまでガラケー使っててスマホはもう絶対使いづらいから嫌だって言った口なんですよ。
だからガラケーだってあれ、結局製造中止になったのっていつぐらいかな。
製造中止になるギリギリまで私使うって言ったんだけども結局ガラケーがぶっ壊れてスマホの方が安くなるよって言われたから、
まあ渋々乗り換えて、最初のうちは今まで片手でピコピコピコピコ動かせたのに、スマホになると左手で本体持って右手で指を文字をタップしながらやるっていうのがすんげえくそめんどくさかったけども、
それでも今はもうアプリ入れまくったり、いや電池の消耗が激しくなるからあまりやりたくないんだけども、
アプリ入れたりこうやってスタンドFMで配信したりとかしてなんなく使いこなせてるわけなんですよ。
過去の技術革新と抵抗感
抵抗感が最初あったにもかかわらず、もっと古い観点から見ていくと、例えば馬車、外国とかで言うと馬車がありますけども、
馬車から車になったりとか、あとは鉄道の発達によって物資が遠くまで運ばれるようになったりとか、
あとは自転車とかね、自転車とかの発明によってもやっぱり抵抗感っていうのはそこかしこね、あったはずなんですよね。
でも今はみんななんなく受け入れられてるわけじゃないですか。
だからAIを使って創作活動をするってことに抵抗を感じるって人は、それはあって当たり前の反応なんですよ。
なんでかって言ったら人間は変化を嫌うから。便利になるとわかってても、今のこのままの生活の方がいいっていうふうに人間の脳みそっていうのはそれで判断してるから。
どんなに豊かになるってわかってても、動かないのはその豊かになることで何か恐れが死ぬかもしれないっていう恐れがあるから。
だからそういうのが抵抗感という形で出てきてるわけなんですよね。
AIと人間の持ち味、抵抗感との向き合い方
でもAIがこれから圧巻しようとしても、私はAIを使わない、人と人との味が感じられる創作とかイラストとか文章っていうのは絶対捨てられないと思うんですよ。
これは以前ラジオで話したんですけども、アウターゾーンっていう漫画の歪んだファートっていうエピソードに、私はそれは収録されてるなって思うんですよね。
どんなに精巧な技術を持ったり知識を持ったアンドロイドでも、人間の持つ不安さとか繊細さとか不器用さには、絶対これはAIには今のところ出せない味だから。
だからAIを活用しても活用することに抵抗があるっていう人は、まずは一旦置いといていいと思います。
無理に馴染む必要ないです。私の柄形と一緒だと思ってください。
私なんだかんだ言って柄形は2010年代入るまで買えなかったから、そんな私でも必要に駆られて買えたわけだから、そういう時が必ず嫌って訪れるから。
そうなるともうAIは嫌でも向き合わざるを得ないと思いますし、今は抵抗があるんだったらそれは私の本能がきちんと働いてる証拠だなってことで、それはそのまま受ける、大丈夫ですってことです。
あと便利さがわかってても抵抗が芽生えるっていうエピソードだったら、昔NHKの人形劇かなんかで見たのが、ランプが主流だった、海外の話なんですけども、ランプが主流だった時代に伝統が発明された時に、
ランプで商売をしていた人がすごい伝統の普及に反対か何かして、よしじゃあ街中の伝統を全部ぶっ壊してやろうっていうクレイジーな考え方についてきてね。
結局火打ち石で伝統の会社か何かを燃やそうとしたのかな、ちょっとうろ覚えだから何でも言えないんだけども、燃やそうとして、結局マッチがつかないから火打ち石で火をつけようとした時に、その時にビジネスの人は思い立ったそうなんですよ。
火打ち石がこうやって不便だからマッチっていうものが発売されたんだな、だったらランプもそうした風に伝統にとって変わって当然なんだなっていうような、そうした悟りを得たっていうようなそんな話だったんですけども、ちょっとうろ覚えだったらごめんなさい、ちょっと途中から見たし何よりもガキの頃に見たからちょっと思い出せないんですけどね。
だからそうしたAIについて抵抗感があるっていう人は、今はまだその時期じゃないってことで、この抵抗感はあなたが時代遅れたからとか、時代の流れに追いついていけない関西が古いとかそういうんじゃなくて、あなたの本能がきちんと働いてる証拠ってことです。
人間はなかなかどんなに不便な場所でも今のこの状況を心地がいいっていう風に判断しちゃってるわけだから、変化をしようとするとそれなりの痛みとか疲労とかめんどくささっていうのが伴うんで。
それでもAIを使わざるを得ない状況になったらもう嫌でも使うことになるんで。
今はその抵抗感は自分の本能があーちゃんと働いてるんだなってことで、受け流して大丈夫ですから。
まとめと今後の情報発信
というわけで、このチャンネルでは脳みそと心の仕組みを応用して創作活動に懐いているお悩みを軽くする情報やヒントを発信しています。
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最後まで聞いていただきどうもありがとうございました。
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うちはそういうルールですので。
では。