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寝落ちの本ポッドキャスト。
こんばんは、Naotaroです。
このポッドキャストは、あなたの寝落ちのお手伝いをする番組です。
タイトルを聞いたことがあったり、実際に読んだこともあるような本、
それから興味深そうな本などを淡々と読んでいきます。
エッセイには面白すぎないツッコミを入れることもあるかもしれません。
作品はすべて青空文庫から選んでおります。
ご意見ご感想は、公式Xまでどうぞ。
さて、今日は岸田邦夫さんの
「海の誘惑」というテキストを読もうと思います。
1回、岸田邦夫さん読んだことあるんですが、すごい短いテキストで、
方言についてというタイトルで、
15分にも満たないような短いテキストを読んだことがありますね。
岸田さんは劇作家、小説家、評論家でありまして、
劇局の代表作にジロールの秋、牛山ホテルがあり、
小説の代表作に断流、そうめんしんなどがあるそうです。
何一つ知らないですけど。
フランスに行った時の出来事を、
今回のテキストでは書いてそうですね。
夏っぽくていいんじゃないのかなという気もします。
それでは参ります。
海の誘惑。
人影のない夕暮れの砂浜をただ一人、歩いていることが好きでした。
それは私の鑑賞壁と別に関係はないようです。
水と空とを包む神秘な光に心を躍らせるほか、
一向追欲めいた追欲にふけるわけでもなかったのですから、
まして月が波の上に出るのを待って、
ロマンスの一節を口ずさむほど、
甘美なリリシズムを持ち合わせていない私なのですから。
がしかし、それは私の空想壁とは密接な交渉があるらしく思われます。
なぜなら、あの岩角に当たって砕ける波の姿から、
常に一つの連想を呼び起こし、
仰望たる水平線の彼方に、
ややもすれば機械な幻影を浮かび出させるのがお決まりだったからです。
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優秀を謳った世界最初の詩人、
シャトーブリアンの墓から右は続きに、
エメラルドの浜と呼ばれるブルターニの北海岸、
そこはカワラナデシコの乱れ咲くラ・ギモレの岬なのです。
ホテルと穴ばかりの宿に私一人が客でした。
何しにこんなところへ来なすった。
主人は私の顔を見るたんびにこう尋ねかけたものです。
それでも麦の穂が黄ばむ頃になると、
松林を背にした高層な別荘、
プリム・ローズの名のついたその別荘の前庭で、
ナポレオンの血を受けているという断層の美女が、
葉巻をくゆらせながら多くの紳士淑女にまじってゴルフなどをしているのが見えました。
ある月曜日の午後、
一台の辻馬車が私の泊まっているホテルの前に泊まりました。
車を降りたのは一目でパリからの客とわかりましたが、
どちらかといえば地味な作りをした二十二三の女でした。
女は一人でした。
さあ話が面白くなりそうです。
といって、あなた方の予想通り月並みな小説的事件が起こるわけではありません。
彼女は三度三度食堂へ出てきました。
私は蒸し肉の一切れを自分の皿に盛りながら、
いくらかの好奇心をも手伝って、彼女の住居などを尋ねました。
三日経ち、四日経ち、風が一度吹き、雨が二度降りました。
五日目の日が暮れかかろうとする頃です。
私は例によって一人で雨上がりの砂浜を歩いていました。
波が少し立っていました。
いつになく疲れが早く出て、私はとある岩角に腰を下ろしました。
私の目はもう幻想を追って、砂と水と空との間をさまよっていました。
そこには見知らぬ男女の様々な姿が浮かび、
それが変わる変わる珍しい踊りを踊っていました。
そっと私は後ろから聞こえてくるかすかな足音に耳をそば立てたのです。
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それは彼女でした。
彼女はそっと私に忍び寄ろうとしているのです。
ああ、こういうともうそんな目つきをなさる。
私はわざと驚いたふりをして見せました。
彼女は大声に笑いながら駆け出しました。
そうそう、彼女はこの土地へ着く早々、しきりに退屈を訴えました。
そして土曜日の晩を待ち遠しがっていました。
土曜日の晩にはパリから一晩泊りで彼女の夫が来るはずになっているのです。
油断ですが、パリなどでは夏になると妻君や子供を秘書地にやっておいて、
夫は土曜日の晩から日曜へかけてそこへ出かけていく風習があります。
土曜の午後、パリの各停車場にはそういう夫たちを運ぶ汽車が準備されてある。
これを俗に停止列車と書いてトランドマリと呼んでいます。
彼女はそのトランドマリを待っている妻君の一人なのです。
もっともそれを待ち暮らさないような女なら、こんな寂しい土地へ一人で来るわけがないじゃありませんか。
そこで彼女は大声で笑いながら駆け出しました。
と思うと五六軒離れた砂山の陰から水着一つになって飛び出しました。
私の方は見ずにそのまま海へ。
その姿を私は微笑みながら見送りました。
彼女の体はもう腰から下水に浸かっていました。
両手を水平に左右へ、それを肩から押し出すように振って深く深くと進んでいくのです。
一度波を浴びたその乳色の肩先が白母の光を受けて鱗のように輝いていました。
間もなく彼女の首だけが波の上に浮かんで見えました。
ここに来て、それまでは一度も海に入ろうと思わなかった私は、この時なんとなく着物が脱ぎたくなった。
何を躊躇しているのだ。
立ち上がって私はまた別の岩角に腰を下ろしてしまいました。
彼女は滅多に人と口を聞きませんでした。
どうかすると人に話をさせて、自分は何か他のことを考えている、そういうふうなことさえよくありました。
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本を読みになれば、何かお菓子しましょうか。
小説?私小説は嫌いですの。
オーミューズよ、彼女の冒涜を許せ。
彼女はその代わり、彼女の夫を何者よりも愛しているに違いない。
彼女は自分の部屋に閉じこもっていることはありませんでした。
首から上の彼女はこっちを向いているらしかった。
抜き手が時々見られた。
頭がたびたび水の中に隠れました。
それが今度は激しく洗われたり消えたりしました。
両手だけが同時に水の上に出ました。
波が細かに揺れました。
助けて、という声が聞こえるのです。
私は笑っていました。
また助けて、私は笑おうとしましたが、今度は無意識に上着を脱ぎ捨てました。
見ると彼女の顔はもうそこに見えるのです。
空を仰いで狂おしく叫んでいる。
ほどけた髪の毛が漏れ昇る波の頂の上に逆立っています。
私は夢中で水の中に飛び込んだ。
この瞬間、自分の優相な風刺を想像して、ちょっと口を歪めました。
水が膝まで来るところで、私は彼女の方に手を伸ばしました。
彼女は真相な頬に感動の色を浮かべながら、私の手に取りすがりました。
やがて彼女のぐったりした体が砂の上に運ばれました。
お芝居でしょう。
こう言って私は苦笑しました。
その翌日、夕食の時刻に、私は彼女の夫に紹介されました。
彼は幸福な男のあらゆる表情をみなぎらせながら、私の手を握りました。
彼女はその日の朝、私が散歩に出ようとするのを呼び止めてこう言うのでした。
昨日のこと、うちには黙っててちょうだい。叱られるから。
うちがあなたにお礼を言わなくても、悪く思わないでくださいね。
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その代わり、私は一生この御恩は忘れませんわ。
私は黙って彼女の目を見ました。
誘われるままに、私は二人のお供をして海岸に出ました。
彼女は昨日の事件を思い出させる場所に来ると、夫の影から私の方に笑いかけました。
この方はずいぶん御親切なのよ。
昨日私が晩御飯に遅れたら道を迷ったんじゃないかと思って、わざわざ迎えに来てくださったの。
そうか。
夫はそれほど興味なさそうに答えました。
夫はなぜだか彼女が私について話すのを嫌うように見えました。
実際彼女は私のことを話しすぎるのでした。
彼女はそれに気がついてが、
ところで店の方はどう?
などと問いかけるのでした。
そして私には時々礼の微笑を送ることを忘れないのです。
私はちょうど一人で歩いてでもいるように黙って、
自分だけの幻想を楽しみながら静かに歩みを運んでいました。
彼女のぎこちない笑い声のみが時々私の頭をかき乱すほか、
貝品の紅色は常のごとく私の心を超実在の世界へ導くのでした。
あの水の底にもっと美しい、そしてもっと自由な女を見ているのです。
その女は私に救いを求める代わりに、
私を差し招いているように思われるのでした。
いつの間にか私は二人の姿を見失っていました。
海が白い葉を剥き出して笑っていました。
翌朝、彼女は私の耳元に口を寄せて、
私たち今晩パリへ帰りますの。
私をこんな寂しいところへ一人で置いておくわけにいかないって言うんですのよ。
そりゃそうね。
夫婦はその日の夕方馬車に乗りました。
真夏の夕日が都に帰るという若い二人の背に皮肉な明るさを投げかけていました。
1990年発行 岩波書店 岸田邦全集20より読み終わりです。
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ちょっと小悪魔的な女性でしたね。
22、23でしょう。
でもフランス人ですからね。
ものすごい美人を想像なさいましたか。
僕はくるくるした毛のそばかすのある女の子をイメージしましたが、
皆さんはどんな女性をイメージなさったでしょうか。
それでは今日のところはこのへんで、また次回お会いしましょう。
おやすみなさい。