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寝落ちの本ポッドキャスト。こんばんは、Naotaroです。 このポッドキャストは、あなたの寝落ちのお手伝いをする番組です。
タイトルを聞いたことがあったり、実際に読んだこともあるような本、それから興味深そうな本などを淡々と読んでいきます。
エッセイには面白すぎないツッコミを入れることもあるかもしれません。 作品はすべて青空文庫から選んでおります。
ご意見・ご感想・ご依頼は、公式Xまでどうぞ。 寝落ちの本で検索してください。
またベッド投稿フォームもご用意しました。 レクエストなどをお寄せください。
そして、まだというそこのあなた、ぜひ番組フォローをよろしくお願いします。 そして最後に、おひねり感覚でNaotoのメンバーシップに加入していただけると嬉しいです。
概要欄のリンクからご覧ください。 さて今日は、
不可解な出来事の始まり
チャールズ・ディケンズさんの 世界怪談名作集06 信号種
です。 怖いらしいですよ。
隠密な雰囲気に覆われた舞台で不可思議な事件が起こり、最終的には説明のしようもない事件が発生する。
事件も怖いが、怪異そのものの立ち振る舞いの描写にも何とも言えない気味の悪さがある。
ものすごさや迫力はないが、日本の怪談にも通じる静かな恐怖が光る名作。 とのことです。
翻訳は 岡本喜童さんですね。岡本喜童さん、何か読んだ気がするなぁ。
何作か前に、怪談一夜造詞ってやつ読みましたね。 扉をトントン叩く音がするので、出て行って、
応対した人たちが消えちゃうってですね。
やっていきましょうかね。 どうかお付き合いください。それでは参ります。
信号手。 おーい、下にいる人。
私がこう呼んだ声を聞いた時、信号手は短い棒を巻いた旗を持ったままで、あたかも信号所の小屋の前に立っていた。
この土地の勝手を知っていれば、この声の聞こえた方角を聞き誤りそうにも思えないのであるが、
彼は自分の頭のすぐ上の険しい段階の上に立っている私を見上げもせずに、あたりを見回して、さらに線路の上を見下ろしていた。
その振り向いた様子がどういうわけであるか知らないが、少しく変わっていた。 実を言うと、私は高いところから激しい夕日に向かって手をかざしながら彼を見ていたので、
深い溝に影を落としている信号手の姿はよくわからなかったのであるが、 ともかくも彼の振り向いた様子は確かにおかしく思われたのである。
「おい、下にいる人。」 彼は線路の方角から振り向いて、再びあたりを見回して、初めて頭の上の高いところにいる私の姿を見た。
「どこか降りるところはありませんかね。君のところへ行って話したいんだが。」 彼は返事もせずにただ見上げているのである。
私もしつこく二度とは聞きもせずに見下ろしているとあたかもその時である。 最初は漠然とした大地と空気との同様が、やがて激しい振動に変わってきた。
私は思わず引き倒されそうになって慌ててアウトズサリをすると、急速力の列車があたかも私の高さに蒸気を吹いて遠い景色の中へ消えていった。
再び見下ろすと、彼の信号手は列車通過の際に掲げていた信号機を再び巻いているのが見えた。
私は重ねて聞いてみると、彼はしばらく私をじっと見つめていたが、やがて巻いてしまった旗をかざして、私の立っているところから二、三百ヤード遠い方角を指し示した。
「ありがとう。」 私はそう言って示された方角に向かって周囲を見回すと、そこは高低の激しい小道があったので、まずそこを降りて行った。
段階はかなりに高いので、ややもすれば真っ逆さまに落ちそうである。 その上にしめりがちの岩石ばかりで踏みしめるたびに水が染み出して滑りそうになる。
そんなわけで私は彼の教えてくれた道をたどるのが全く嫌になってしまった。
私がこの難儀な小道を降りて低いところに来たときには、信号車は今列車が通過したばかりのレールの間に立ち止まって、私が出てくるのを待っているらしかった。
信号車は腕を組むような格好をして左の手で顎を支え、その肘を右の手の上に休めていたが、その態度は何か期待しているような、また深く注意しているようなふうに見えたので、私も軽減に思ってちょっと立ち止まった。
私は再び下ってようやく線路と同じ低さの場所までたどり着いて、初めて彼に近づいた。見ると彼は薄黒い髭を生やして、まつげの深い陰鬱な青白い顔の男であった。
その上に、ここは私が前に見たよりも高梁院山というべき場所で、両側にはががたるしめっぽい岩石ばかりがあらゆる景色を遮ってわずかに大空を仰ぎ見るのである。
一方に見えるのは大いなる牢獄としか思われない曲がりくねった岩道の延長があるのみで、他の一方は暗い赤い火のあるところで限られた、そこには暗黒なトンネルの一層暗い入り口がある。
その重苦しいような畳石は何となく素矢で、しかも人を圧するような耐えられない感じがする上に、日光をほとんどここへ差し込まず、土臭い有毒らしい匂いがそこらに漂って、どこから友達に吹いてくる冷たい風が身に染み渡った。
私はこの世にいるような気がしなくなった。
彼が身動きをする前に私はその体に触れるほどに近づいたが、彼はやはり私を見つめている目を離さないで、わずかに一足後ずさりをして挨拶の手を挙げたばかりであった。
前にも言う通りここは全く寂しい場所で、それが向こうから見たときにも私の注意を引いたのである。
おそらく訪ねてくる人は稀であるらしく、また稀に来る人をあまり歓迎もしないらしく見えた。
私から見ると彼は私が長い間どこかの狭い限られたところに閉じ込められていて、それが初めて自由の実となって鉄道事業といったような重大なる仕事に対して新たに目覚めたる興味を感じてきた人間であると思っているらしい。
私もそういうつもりで彼に話しかけたのであるが、実際はそんなこととは大違いになって、むしろ彼と会話を開かない方が幸せであったところか、さらには何か私を脅かすようなものがあった。
彼はトンネルの入り口の赤い明かりの方を不思議そうに見つめて、何か見失ったかのように周囲を見回していたが、やがて私の方へ向き直った。
あの明かりは彼が仕事の一部であるらしく思われた。
あなたはご存知ありませんか?と彼は低い声で言った。
その動かない二つの目とその幽暗な顔つきを見たときに、彼は人間ではなくあるいは幽霊ではないかという怪しい考えが私の胸に浮かんできたので、私はその後絶えず彼の心に感受性を持つかどうかを注意するようになった。
私は一足下がった。
そして彼がひそかに私を恐れている眼識を探り出した。
これで彼を怪しむ考えもおのずと消えたのである。
君はなんだか私を怖そうに眺めていますね、と私は強いて微笑みながら言った。
どうもあなたを以前に見たことがあるようですが、と彼は答えた。
何処で?
彼は先に見つめていた赤い明かりを指差した。
あそこで?
と私は聞いた。
彼は非常に注意深く私を打ち守りながら、音もないほどの低い声で、
はい、と答えた。
冗談じゃない。私がどうしてあんな所に行っているもんですか。
仮に行くことがあるとしても、今は決してあそこに行かなかったんです。
そんなはずありませんよ。
私もそう思います。
はい、確かにおいでにならないとは思いますが。
彼の態度は私と同じようにはっきりしていた。
彼は私の問いに対しても正確に答え、よく考えてものを言っているのである。
彼はここでどのくらいの仕事をしているかといえば、
彼は大いに責任のある仕事をしていると言わなければならない。
まず第一に正確であること、注意深くあることが何よりも必要であり、
また実務的な仕事という点から見ても、彼に及ぶものはないのである。
信号を変えるのも、明かりを照らすのも、天鉄のハンドルを回すのも、
皆彼自身の頭脳の働きに言わなければならない。
こんなことをして彼はここに長い寂しい時間を送っているように見えるが、
彼としては自分の生活の習慣が自然にそういう形式を作って、
いつの間にかそれに慣れてしまったというのは他はあるまい。
こんな谷のようなところで、彼は自分の言葉を習ったのである。
単にものを見ただけで、それを育つながらも言葉に移したのであるから、
習ったといえば言えないこともないかもしれない。
その他に文数や小数を習い、代数も少し習ったが、
その文字などは子供が書いたようにまずいものである。
いかに職務であるとはいえ、こんな谷間の締めっぽいところにいつでも残っていなければならないのか、
そしてこの高い石壁の間から日光を仰ぎに出ることはできないものか。
それは時間と事情が許さないのである。
ある場合には、線路の上にいるよりも他の場所にいることもないではなかったが、
夜と昼とのうちで、ある時間だけはやはり働かなければならないのである。
天気のいい日に、ある機械を見て少し高いところへ上ろうと食わたてることもあるが、
いつも電気ベルに呼ばれて、行く場合の心配を持ってそれに耳を傾けなければならないことになる。
そんなわけで彼がすこわれる時間は私の想像以上に少ないのであった。
彼は私を自分の小屋へ誘って行った。
そこには火もあり、机の上には何か記入しなければならない職務上の帳簿や指針盤のついている電信機や、
それから彼が先に話した小さい電気ベルがあった。
私の見るところによれば、彼は相当の教育を受けた人であるらしい。
少なくとも彼の地位以上の教育を受けた人物であると思われるが、
彼は多数の中にたまたま少しく利口なくものがいても、そんな人間は必要でないと言った。
そういうことは工場の中にも、警察官の中にも、軍人の中にもしばしば聞くことで、
どこの鉄道局の中にも多少は免れないことであると彼はまた言った。
彼は若い頃、学生として自然哲学を勉強してその講義にも出席しているが、
中途から乱暴を始めて世に出る機会を失って、
次第に冷落して、ついに再び頭をもたけることができなくなった。
ただし彼はそれについて不満があるでもなかった。
全てが自業自得で、これから方向を転換するには時すでに遅しというわけであった。
カイツマンで言えばこれだけのことを、
彼はその深い目で私と人を見比べながら静かに話した。
彼は会話の間に時々サーという敬語を用いた。
ことに自分の青年時代を語るときに多く用いていたのは、
私が想像していた通り、
彼が相当の教育を受けた男であることを思わせたのである。
こうして話している間にも、
彼はしばしば小さいベルの鳴るのに妨げられた。
彼は通信を読んだり返信を送ったりしていた。
またあるときはドアの外へ出て、列車が通過の際に信号キーを示し、
あるいは機関書に向かって何か口で通報していた。
彼が職務を取るときは非常に正確で注意深く、
たとえ談話の最中でもはっきりと区切りをつけ、
その目前の仕事を終わるまでは決して口を聞かないというふうであった。
一口に言えば、
彼はこういう仕事をする人としては、
その資格において十分に安心のできる人物であるが、
ただ不思議に感じられたのはある場合に、
それは彼が私と話している最中であったが、
彼は二度も会話を中止して、
何もしないベルの方に向き直って顔の色を変えていたことであった。
彼はそのとき、
孤独な職務
戸外の湿った空気を防ぐために閉じてあるドアを開けて、
トンネルの入り口に近い火の赤い明かりを眺めていた。
その二つの出来事の後、
彼は何とも説明し難い顔つきをして火のほとりに戻ってきたが、
その間に別に変わったこともないらしかった。
彼に別れて立ち上がるときに私は言った。
「君はすこぶる満足のように見受けられますね。」
「そうだとは信じていますが。」
と彼は今までにないような低い声で付け加えた。
しかし私は困っているんです。
実際困っているんです。
「なんで? 何を困っているんです?」
それがなかなか説明できないんです。
それが実に、
実にお話のしようがないので、
またおいでになったときにでもお話申しましょう。
「私もまた来てもいいのですが、いつ頃がいいんです?」
私は朝早くここを立ち去ります。
そして明日の晩の十時にはまたここにいます。
「では、十一時ごろに行きましょう。」
「どうぞ。」
と彼は私と一緒に外へ出た。
そして極めて低い声で言った。
道のわかるまで私の白い明かりを見せましょう。
道がわかっても声を出さないでください。
上へ行き着いたときにも呼ばないでください。
その様子がいよいよ私を薄気味悪く思わせたが、
私は別に何とも言わずに、ただはいはいと答えておいた。
明日の晩、おいでの時にも呼ばないでください。
それから少しお尋ね申しますが、
どうしてあなたは今夜おいでの時に
「おい、下にいる人。」とお呼びになったんです?
私がそんなようなことを言ったかな?
そんなようなことじゃありません。
あの声は私がよく聞くんです。
私がそう言ったとしたら、それは君が下の方にいたからですよ。
他に理由はないんですな?
他に理由があるもんですか?
何か超自然的な力があなたにそう言わせたように大目にはなりませんか?
いいえ。
彼はさようならという代わりに持っている白い明かりを掲げた。
私は後から列車が追いかけてくるような不安な気持ちで、
下り列車の線路の脇を通って自分の道を見つけた。
その道は先に下ってきた時よりも容易に登ることができたので、
差し取る冒険もなしに私の宿へ帰った。
約束の時間を正確に守って、
私は次の夜、再び下の校庭のひどい坂道に足を向けた。
遠いところでは時計が十一時を打っていた。
彼は白い明かりを掲げながら、例の低い場所に立って私を待っていた。
私は彼のそばへ寄った時に聞いた。
私は呼ばなかったが、もう話してもいいのですか?
よろしいですとも。こんばんは。
と彼はその手を差し出した。
こんばんは。と私も手を差し出して挨拶した。
それから二人はいつもの小屋へ入って、
ドアを閉めて火のほとりに腰を下ろした。
椅子につくや否や、彼は体を前にかかめて、
ささやくような低い声で言った。
私が困っているということについて、
あなたが重ねておいでになろうとは思っていませんでした。
実は昨晩は、あなたは他のものだと思っていたのですが、
それが私を困らせるんです。
それは思い違いですよ。
もちろんあなたではない。
とのあるものが私を困らせるので。
それは誰です?
知りません。
私に似ているんですか?
わかりません。
私はまだその顔を見たことはないんです。
左の腕を顔に当てて、右の手を振って、激しく振って、
こんなふうに。
私は彼の動作を見つめていると、
それは激しい感情を苛立たせているような腕の動き方で、
彼はどうぞどいてくれと叫ぶように言った。
そしてまた話し出した。
月の明るいある晩のことでした。
私がここに腰をかけていると、
おい下にいる人と呼ぶ声を聞いたんです。
私はすぐに立って、そのドアの口から見ると、
トンネルの入口の赤い明かりのそばに立って、
今お目にかけたように手を振っているものがある。
その声は叫ぶような唸る声で、
見ろ見ろという。
続いてまたおい下にいる人を見ろ見ろという。
私は自分のランプを赤に直して、
その者の呼ぶ方角へかけて行って、
どうかしましたか、何か出体しましたか、
一体どこですと尋ねると、
その者はトンネルの暗闇のすぐ前に立っているんです。
私はさらに近寄ってみると、
不思議なことにはその者は袖を自分の目の前に当てている。
私はまっすぐに進んで行って、
その袖を引きのけてやろうと手を伸ばすと、
もうその形は見えなくなってしまったんです。
トンネルの中へでも入ったかなと私は言った。
そうではありません。
私はトンネルの中へ500ヤードも駆け込んで、
私の頭の上にランプを差し上げると、
周りに見えたその者の影がまた同じ距離に見えるんです。
そしてトンネルの壁を濡らしている雫が上からポタポタと落ちています。
私は職務という観念があるので、
はじめよりもさらに早い速度でそこを駆け出して、
自分の赤ランプでトンネルの入り口の赤い明かりの周りを見回したのち、
その赤い明かりの鉄はしごを伝って頂上の展望台に登りました。
それからまた降りてきてそこまで駆け戻りましたが、
どうも気になるので、
上り線と下り線とに電信を打って警戒の報知が来た。
何か事故が起こったのかと問い合わせると、
どちらからも同じ返事が来て、
こしょうなし。
この話を聞かされて、
なんだか背骨がゾッとするような心持ちになったが、
私はそれをこらえながら、
そんな怪しい人影などは何かの資格の誤りである。
荒らぬ者の影を見たりするのは神経作用から起こるもので、
病人などにはしばしばその例を見ることがあると話して聞かせた。
また、そんな人々のうちにはそういう苦悩を自覚し、
恐怖の伝播
自分で実験している人さえあるということも話した。
その叫び声というのも、
と私は言った。
まあ少しの間聞いていてごらんなさい。
こんな不自然な谷間のような場所では、
我々が小さい声で話しているときに、
電信線が風にうなるのを聞くと、
まるで立て事を乱暴に鳴らしているように響きますからね。
彼はそれに逆らわなかった。
二人はしばらく耳を傾けていると、
風と電線との音が実際怪しく聞こえてくるのであった。
彼も幾年の間ここに長い冬の夜を過ごして、
ただ一人で寂しくそれを聞いていたのである。
しかも彼は自分の話はまだそれだけではないと言った。
私は中途で口を入れたのを察して、
さらにその後を聞こうとすると、
彼は私の腕に手をかけながらまた静かに話し出した。
その影が現れてから六時間の後に、
この線路の上に恐ろしい事件が起こったんです。
そして十時間の後には、
死人と重傷者がトンネルの中から運ばれて、
ちょうどその影の現れた場所へ来たんです。
私は不気味な戦慄を感じたが、
一目でそれを押しこらえた。
この出来事はさすがに嘘であるとは言えない。
全く驚くべき暗号で、
彼の心に強い印象を残したのも無理はない。
しかも格の如き驚くべき暗号が続いて起こるというのは、
必ずしも疑うべきことではなく、
こういう場合も往々にあり得るということを
感情のうちに入れておかなければならない。
もちろん、世間多数の常識論者は
とかく人生の上に生じる暗号を信じないものではあるが、
彼の話はまだそれだけではないというのである。
私はその談話を妨げたことを再び詫びた。
これは一年前のことですが。
と、彼は私の腕に手をかけて、
虚ろな目で自分の肩を見下ろしながら言った。
それから六、七ヶ月を過ぎて、
私はもう以前の驚きや恐ろしさを忘れた自分でした。
ある朝、夜の明けかかる頃に、
私がドアの口に立って赤い明かりの方を何心なく眺めると、
またあの怪しいものが見えたのです。
ここまで話すと、彼は句を切って私をじっと見つめた。
それが何とか呼びましたか?
いいえ、黙っていました。
手を振りませんでしたか?
振りません。
明かりの柱に寄りかかって、
こんなふうに両手を顔に当てているのです。
私は重ねて彼の仕草を見たが、
それは私がかつて墓場で見た石像の姿をそのままであった。
そこへ行ってみましたか?
いいえ、私は家へ入って腰を下ろして、
自分の気を落ち着けようと思いました。
それがために私はいくらか弱ってしまったからです。
それから再び外へ出てみると、
もう日光が射していて、幽霊はどこかへ消えゆせていました。
それから何事も起こりませんでしたか?
彼は指の先で私の腕を二、三度押した。
その都度に私は恐ろしそうにうなずいたのである。
その日に列車がトンネルから出てきたとき、
私の立っているそばの列車の窓で、
人の頭や手がごっちゃに出て、
何かしきりに降っているように見えたので、
私は早速に機関車に向かってストップの信号をしました。
機関車は運転を止めてブレーキをかけました。
列車は五百ヤードほども行きすぎたんです。
私がすぐにかけて行くと、その間に恐ろしい叫び声を聞きました。
美しい若い女が列車の貸切室の中で突然に死んだのです。
その女はこの小屋へ運び込まれて、
ちょうどあなたと私とが向かい合っているここのところへ寝かしました。
彼がそう言って指さした場所を見下ろしたとき、
私は思わず自分の椅子を後ろへ押しやった。
本当です。まったくです。私が今お話をした通りです。
私は何とも言えなくなった。私の口は渇き切ってしまった。
外ではこの物語に誘われて風谷伝仙が長い悲しいうなり声を立てていた。
まあ聞いてくださいと彼は続けた。
そして私がどんなに困っているかお察しください。
その幽霊が一週間前にまた出てきました。
それから続いて気まぐれのように時々現れるんです。
あの明かりのところに。
あの危険信号塔のところにです。
どうしているように見えますか。
彼は激しい恐怖と戦慄を増したような風情で、
どうかどいてくれというらしい仕草をしてみせた。
そしてさらに話を続けた。
私はもうそれがために平和も安息も得られないんです。
あの幽霊はなんだか苦しそうな風をして何分間も続けて私を呼ぶんです。
下にいる人を見ろ見ろ。
再び現れる影
そして私をさしまねくんです。
そしてその小さいベルを鳴らすんです。
私はそれを引き取って言った。
では私が夕べ来ていたときにそのベルが鳴ったんですか。
君はそれがためにそのところへ出て行ったんですか。
そうです。二度も鳴ったんです。
どうもおかしいなと私は言った。
その想像は間違っているようですね。
あのとき私の目はベルの方を見ていて、私の耳はベルの方に向いていたのだから、
私の体に異常がない限りはあのときにベルは一度も鳴らないと思いますよ。
あのとき以外にも鳴りませんでした。
もっとも君が停車場と通信をしていたときは別だが。
彼は頭を振った。
私は今までベルを聞き誤ったことは一度もありません。
私は幽霊が鳴らすベルと人間が鳴らすベルと混同したことはありません。
幽霊の鳴らすベルは何とも言えない一種異様の響きで、
そのベルは人の目に見えるように動くものではないのです。
それがあなたの耳には聞こえなかったかもしれませんが、私には聞こえたのです。
ではあのとき外を見たらば怪しいものがいたようでしたか?
あそこにいました。
二度ながら?
二度ながらと彼ははっきりと言い切った。
ではこれから一緒に出て行ってみようじゃありませんか。
彼は下唇をかみしめてあまり言いたくない様子であったが、それでも故障なしに立ち上がった。
私はドアを開けて階段に立つと彼は入口に立った。
そこには危険信号塔が見える。
暗いトンネルの入口が見える。
濡れた岩の高い段階が見える。
その上にはいくつかの星が輝いていた。
見えますか?
と私は彼の顔に特別な注意を払いながら聞いた。
彼の目は大きく、それは恐ろしくそこを見渡した時の私の目ほどではなかったかもしれないが緊張していたように輝いていた。
いえ、いません。
うん、私にも見えない。
二人は再び内に入ってドアを閉めて椅子にかかった。
私は今この機会をいかによく利用しようかということを考えていたのである。
たとえ何か彼を呼ぶものがあるとしても、ほとんど真面目に論議するに足らないような事実を盾にとって、
彼がそれを当然のことのように主張する場合には何といってそれを時に導いてよかろうか。
そうなると私は、はなはだ困難の立場にあると思ったからである。
これで私がどんなに困っているかということが、あなたにもよくおわかりになっただろうと思いますが、
一体何であの幽霊が出るんでしょうか。
私は彼に対して自分がまだ十分に理解したとは言いかねると答えると、
彼はその目を炉の火に落として、時々私の方を見返りながら沈みがちに行った。
何の知らせでしょうか。
どんな返事が起こるんでしょうか。
その返事はどこに起こるんでしょうか。
線路の上のどこかに危険が潜んでいて恐るべき災いが起こるんでしょう。
今までのことを考えると今度は三度目です。
しかしこれは確かに私を残酷に苦しめるというものです。
どうしたらいいでしょうか。
彼はハンカチーフを取り出してその熱い額から滴る汗を拭いた。
そしてさらに手のひらを拭きながら行った。
私が上下線の一方かまたは両方へ危険信号を発するとしても、
さてその理由を言うことができないんです。
私はいよいよ困るばかりで、ろくなことにはなりません。
みんなは私を聞いても狂ったと思うでしょう。
まずこんなことになります。
私が危険、警戒を要すという信号をすると、
いがなる危険なりや、場所はいずこなりやという返事がきます。
それに対して私が、それは不明、ぜひとも警戒を要すと答えるとしたらどうなるでしょう。
結局私は面職になるのほかはありますまい。
彼の悩みは見るに絶えないほどであった。
こんな不可解の責任のためにその生活をもう覆すということは、
実直な人間にとって精神的に苦痛に相違なかった。
彼は黒い紙を後ろへ押し寄って、極度の苦悩に米紙をこすりながら言い続けた。
その怪しい影が初めて危険信号塔の下に立ったときに、
どこに事件が起こるかということを、なぜ私に教えてくれないんでしょう。
それがどうしても起こるのなら。
そしてまた、それが避けられるものならば、
どうしたらそれを避けられるかということを、なぜ私に話してくれないんでしょう。
二度目に来たときには顔を隠していましたが、
なぜその代わりに、女が死ぬ、外へ出すなとは言わないんでしょう。
前の二度の場合は、その予報が事実となって現れることを示して、
私に三度目の用意をしろというふうに留まるならば、
なぜもっとはっきりとと私に説明してくれないんでしょう。
悲しいがな、私はこの石竜たるステーションにある一個の哀れなる信号手に過ぎないのです。
彼はなぜ私以上に信用もあり実力もある人のところへ行かないんでしょうか。
この有様を見たときに、私はこの気届くな男のために、また二つには公衆の安全のために、
自分としてはこの場合、勤めて彼の心を取り沈めるように仕向けなければならないと思った。
そこで私は、それが事実であるかないかというような問題を別にして、
誰でもその義務を全うするほどの人は、せいぜいその仕事を良くしなければならないということを解き進めると、
彼は怪しい影の出現について依然その疑いを解かないまでも、
悲劇の予感
事故の職責を全うするということについて一種の異者を感じたらしく、
この努力は彼が信じている怪談を理屈で説明してやるよりも遥かに好結果を奏したのであった。
彼は落ち着いてきた。夜の更けるに従って、
彼は自分の持ち場に偶然起こるべき事故に対して一層の注意を払うようになった。
私は午前二時ごろに彼に別れて帰った。
朝まで一緒に留まっていようと言ったのであるが、彼はそれには及ばないと断ったのである。
私は坂道を上るときに幾度かあの赤い明かりを振り返った。
その明かりはどうも心持ちが良くなかった。
もしあの下に私の寝床があったとしたら、私は恐らく眠られないであろう。
全くそうである。
私はまた鉄道事故と死んだ女との二つの事件についてもいい心持ちがしない。
どちらも全くそうである。
しかもそれらのことよりも最も私の気にかかるのは、
この打ち明け話を聞いた私の立場として、これをどうしたらいいかということであった。
彼の信号手は相当に教育のある、注意深い、丹念な、確かな人間であるにはそういないが、
ああいう心持ちでいた日にはそれがいつまで続くやらわからない。
彼の地位は低いけれども、最も重要な仕事を受け持っているのである。
私もまた彼があくまでも彼の事件の探求を続けるという場合に、
いつまでも一緒になって自分の暇を潰してはいられないのである。
私は彼が所属の会社の上役に書面を送って、
彼から聞いた天末を報告しようかと思ったが、
彼に何らの相談もしないで仲介の位置に立つことは、
なんだか彼を裏切るような感じでは強かったので、私は最後に決心して、
この方面で知名の熟練の医師のところへ彼を同伴して、一応その医師の意見を聞くことにした。
彼の話によると、信号手の交代時間は次の日の夜に回ってくるので、
彼は日の出一時に時間で帰ってしまって、
日没後から再び職務に就くことになっているというので、私もひとまず帰ることにした。
次の夜は心持ちの良い晩で、私は遊びながらに早く出た。
例の断崖の頂上に近い畑道を横切る頃には夕日がまだ全く沈んでいなかったので、
もう一時間ばかり散歩しようと私は思った。
半時間行って半時間戻れば、信号手の小屋へ行くにはちょうどいい刻厳になるのであった。
そこで、このソゾロ歩きを続ける前に私は崖の縁へ行って、
千夜初めて信号手を見た地点から何心なく見下ろすと、
私は何とも言いようがないようにぞっとした。
トンネルの入口に近いところで一人の男が、
左の素手を目に当てながら熱狂的にその右手を振っているのである。
私を圧迫したその言い知れない恐怖は一瞬間にして消え失せた。
次の瞬間にはその男が本当の人間であることがわかったのである。
それから少し離れたところにはいくらかの人馬が群がっていて、
彼の男はその群れに向かって何かの手真似をしているのであった。
危険信号塔にはまだ明かりが入っていなかった。
私はこの時初めて見たのであるが、信号塔の柱の向こうに小さい低い小屋があった。
それは木材と油布で作られて、やっと寝台を入れるくらいの大きさであった。
何か返事が失来したのではないか。
私が信号柱一人をそこに残して帰ったがために何か致命的な災厄が起こったのではあるまいか。
誰も彼のすることを見ている者もなく、またそれを注意する者もいなかったがために何かの返事が失来したのではあるまいか。
こういう自責の念に駆られながら、私はできるだけ急いで坂道を降りて行った。
何事が起こったんです?と私はそこらにいる人たちに聞いた。
信号柱が今朝殺されたんです。
この信号所の人ですか?
うん、そうです。
では、私の知っている人ではないかしら。
ご存知ならばお分かりになりましょう。と一人の男が他に代わって丁寧に脱帽して答えた。
そして油布の端を上げて、まだ顔はちっとも変わっていません。
おお、どうしたんです?どうしてこんなことになったんです?
小屋が再び閉められると、私は人々を変わる変わるに見回しながら聞いた。
機関車に轢かれたんです。英国中でもこの男ほど自分の仕事をよく知っている者はなかったんですが、あるいは外勢のことについていくらか暗いところがあったとみえます。
時はまっぴるまで、この男は信号塔を下ろして手にランプを下げていたんです。
機関車がトンネルから出てきた時に、この男は機関車の方へ背中を向けていたものですから、たちまちに轢かれてしまいました。
最後の叫び
あの男は機関手で、今その時の話をしているところです。
おい、トム、この方に話してあげるがいい。
粗末な黒い服を着ている男が先に立っていたトンネルの入り口に戻ってきて話した。
トンネルのカーブまで来た時に、その外れの方にあの男が立っている姿が望遠鏡を覗くように見えたんですが、もう速力を止める暇がありません。
また、あの男もよく気がついていることだろうと思っていたんです。
ところがあの男は機適音まるで聞かないらしいので、私は機適音を止めて精一杯の大きい声で呼びましたが、もうその時にはあの男を引き倒しているんです。
なんと言って呼んだんです?
下にいる人、見ろ、見ろ、どうぞ逃げてくれ、と言いました。
私はギョッとした。
実にどうも嫌でしたよ。私は続けて呼びました。
もう見ているのがたまらないんで。
私は自分の片腕を目に当てて、片手を最後まで振っていたんですが、やっぱりダメでした。
この物語の不思議な事情を詳細に説明するのはさておいて。
信号手の恐怖
終わりに臨んで私が指摘したいのは、不幸なる信号手が自分を脅かすものとして私に話して聞かせた言葉ばかりでなく、
私自身が下にいる人と彼を呼んだ言葉や、彼が真似てみせた手振りや、
それらは全てカノキ監視の警告の言葉と同外に暗号しているということである。
1987年発行。川出処方針社。川出文庫。世界怪談名作集 上。
より独了。読み終わりです。
うーん、どうですか。ちょっと分かりづらかったな、これ。映像があんまり浮かばなかった。
岡本輝道役。頑張ってよ、岡本さん。
映像浮かびました?皆さん。なんだかね、なんだかね。
もっと怖くしようがあったはず。
まずさ、電報があるのにさ、信号機がなくて信号手がいるっていうのはなんかちょっと、それもよく分からないよね。
線路の切り替えとかをやってるってことなんですかね。なんか、うーん、うーんって感じでしたね。
怖いですよって聞いてたのに全然不完全燃焼なんだけど。
あんだかな。そうですか。はい。
ほにゃららほにゃららと信号手は低い声で言ったって書いてあったのを見て、ああ、今より低い声出さなきゃいけないんだと思って。
割とロートーンでやってますけど常に、もっと低い声出さなきゃダメなんだと思ったのを思って収録しました。
年齢を重ねるとこれより低くなるでしょう。
タザエさんは別にそんな高い声じゃないと思うんだけど、どこまでいくものかという感じですね。
世の中のアーティストのみなさんってみんな声高いんですよ。だから全然歌えない。男性の声のアーティストでも。
ビーズはまず無理。スピッツも無理。
その他多種多様なアーティストの男性アーティストでも全然みんな声高いんだもん。全然声出ない。
まあしょうがないか。こういう定めだな。
よし、終わりにしましょうか。
無事に寝落ちできた方も最後までお付き合いいただいた方も大変にお疲れ様でした。
といったところで、今日のところはこの辺で。また次回お会いしましょう。
おやすみなさい。