都市伝説への興味
26年前の帰り道
編集者による中記。 以下の文章は、1986年にバックルームの階層であるレベル444Nに迷い込み、
偶然にも現実世界に脱出できたと思われる放浪者の一人に対して行われたサイト編集者によるインタビューの書き起こしである
個人情報を保護するため、この放浪者の名前や言及された人名、居住地域の一部は仮称などに伏せられていることをあらかじめご了承いただきたい。
それはもう何十年も前の夏のことだったと思います。 僕はその頃まだ中学2年生だった頃のことで、あの頃の僕はといえば
オカルト話や怪談が特に好きで、テケテケだとか口裂け女だとか、 当時よく話題に上がっていた都市伝説をよく調べてはノートにまとめたりとかもよくしていました。
学校ではその話は極力しませんでしたが、あんまりオカルトが好きな友達がいなかったので、
一人や二人、同じように怪談が好きだったりする同級生の友達がいて、 心霊スポットを巡ったり、都市伝説の検証を複数人で回したりと色々考えて結構熱心なことをやっていましたね。
そんなある時、僕の特に仲の良かったTという友人が、 夜、赤い霧が出ている時に山奥に向かって入っていくと異界へ行くことができる
という都市伝説があるという話をしてくれたんです。 Tは確かにオカルト仲間ということでよく一緒につるんでいましたが、
彼は時々怖い話を持って話す癖があったので、 そんな都市伝説聞いたことがないと、僕はそれに疑いの目を向けていました。
異世界へ移動するエレベーターの話くらいなら聞いたことはありますが、 まあそれも本当かわかりませんでしたけど、
赤い霧が出る夜なんていうのはあまりにもあからさまっていうのかな。 親友だったとしてもやっぱり信じることは難しかったんです。
本気でオカルトを調べてましたからね、当時の僕は。 でもTは強く反論してきました。
最近の都市伝説であることは間違いない。 実際にそれで異世界に行ったという人がいるんだって。
じゃあ実際にそれは誰なんだよと聞いても、 またギキデだからって言ってTも知らないようでした。
ますます僕は事実かどうか疑うようになりましたが、 実は話そのものに興味がないわけではありませんでした。
今ならすぐにその話を検索して調べることも難しくはないでしょう。 でも当時はこの時代のようにインターネットなんてものはありませんでしたし、
電話といえば家に備え付けの黒電話か、 よくてプッシュ本が一般的でした。
なのでそういった話の本当かどうかを検証することなんて簡単にはできなかったわけです。
ではどうするかっていうと、 もちろん僕とTはその話の真偽を確かめる方向に舵を切りました。
またギキを追いかけるのもいいけど、それをするくらいなら実際に検証するのがいいだろう。
オカルト研究家として現地に足を運ぶ方が楽しいじゃないかって。 ちょうど夏休みに入る前で僕が実家に寄生するという話も重なっていたこともあり、
Tと一緒にN県の山奥にある実家に帰ることになったんです。 N県のとある山中の村に僕の実家がありました。
異界への探求
今はその実家は村ごと市町村の合併とダム建設で、 今はなくなってしまいましたが当時は綺麗な田んぼで、
夏になれば稲が村一面を覆うような感じの景色が見れました。 Tと一緒に来るのはこの時が初めてというわけではありませんでしたが、
明確に都市伝説の検証のために寄生に言い合わせてくれたのはこれが最初で最後でしたね。
でも勢いだけでTと一緒に実家に来てしまったわけなんで、 赤い霧なんてものが早々に見られるとは到着した時点の頭ではなかなか思えませんでした。
なぜなら僕の実家は心霊現象が起きたという話一つなかったですし、 特に何らかの事件や合戦があったなんてこともなかったからです。
そういうスポットの山であれば可能性はあったのかもしれないとこの時はちょっとだけ 後悔みたいな感情を抱いていたのを覚えています。
とはいえ既に着いたのだからしょうがないって。 その日の夜になるのを待って僕とTは家を出ました。
両親や祖父母に見つかると面倒なのでみんな寝静まったタイミングを見計らって家を抜け出しました。
山奥に入ると危険だから行くなという言い付けはもちろんあったので赤い霧が見えない間は ただ麓の道を散歩するくらいで済ますつもりでした。
Tともそうすると言ってましたしね。 家を抜け出し麓を歩き回っていて20分から30分かしたくらいだったかな。
深夜1時に回ろうとしたくらいで少し歩き疲れていた僕に向かって Tは振り向いて言いました。
何か見えると 何を?
まさか霧でもあったのかと思ってTが指差した方を見たんですが その先にはただの街灯しかありませんでした。
暗い夜道を一定間隔で照らす街灯の一本を指差して 期待か不安かあるいはその両方かを抱いているような表情で
その先に見えているものを僕にも見るよう伝えるんですけど 僕には彼が何を見ているのかわかりませんでした。
とはいえ 霧ではないにしろ何か彼にしか見えないものがいるのだとしたら
何もないより話題にはなるだろうということもあって 二人でその街灯に近づいていきました。
ですが近づいたところで街灯は街灯です 他でもないただの街灯
やはり見間違いじゃないかとTに声をかけようとした時 横に立っていたTは空を見上げていました。
えっ さっきからTは何が見えているんだと僕も同じように上を向くと
おかしかったんです空が 僕たちは深夜に家を出たはずなのになぜか真っ赤な本当に真っ赤な夕焼け空が空を覆い尽くしていました。
僕もTも頬に嫌な汗を滴らせました どうしてこんな時間になっているんだと
しかも夕焼けは真っ赤に空を覆っているのに日の光は全く地上を照らそうとしていませんでした なので僕やTを含め街灯から少し外れたところを歩くと互いの姿すらわからなくなりました。
ただ少ししか離れてないはずなのにはぐれてしまったと すぐに僕はそう思いました
ぞわりとした怖さを感じながら僕はTの名前を叫んだんです するとすぐそばでTの返事が聞こえた気がしましたが振り返っても彼の姿は見えませんでした
おそらく山の影でわからなくなった道を 点々と続く街灯を頼りに探して歩き回りました
遠くにいるのか近くにいるのか Tの声だけが時々聞こえるんですけど姿はどこにも見えなくなってしまったんです
僕はその時すごく怖くて泣きそうになりました だって何の前触れもなく都市伝説にあったような現象もなく異界へ飛ばされたって怖いじゃないですか
迷いと恐怖
オカルトを追い求めるだけで実際に経験したことなんてなかった そこら辺にいる中学生でしかない僕やTが突然このような状況になればパニックにならない方が変じゃないですか
それで歩き疲れて泣き疲れて 一本の街灯の下に来ると僕はそこにしゃがみ込みました
すでにもう一人だけになってしまった僕は後悔してました こんなことならあんな都市伝説を試そうなんてしなければよかった
Tの言葉なんて信じなければよかった 泣きべそをかきながら僕はただじっと夕日と山の境目をじっと眺めていました
しばらくそうやって休んでいた僕はTも同じようにどこかに留まっているはずだと思い なんとかしてここから抜け出す方法を考えました
見たところその空間はあまり広いようには見えませんでした 街灯が点々と存在することは遠目でもわかりましたし
辺りが真っ暗だったからか街灯の明かりは嫌に目立っていたので 僕は何も話さずその街灯をたどって歩き始めました
一本 また一本と街灯を確認していきますがTの姿はありません
いつしか距離感もわからない彼の声も聞こえなくなりました きっとまだ立ち止まって僕が来るのを待っているんだろう
僕はそう信じました 彼との信頼の上では信じない方がおかしいですから
この夕暮れの場所をしばらく歩いていると時々信号機に出くわしたんです いやまあ確かにそれは信号機ではあるんですけど何もないような一本道らしき場所で出てくるから
僕は見かけるたびに少し不安な気持ちになりました さらには全部の信号が赤色なことが多いみたいでそれが不安な気持ちに拍車をかけてきました
Tを探して街灯を通り過ぎると時々街灯の下にはよくわからないものが転がっていることもありました
瓶に枯れ切った花が生けられていたり後ろ向きの地蔵がいたり 小学生の通学棒が落ちていたりと見つかるものは様々でしたが
Tに関わるものは見つかりませんでした そういったものを見れば見るだけこの異界にいればいるだけ心が疲れてくる
けれど別に死んだ先の世界であるとかそういった感じもしない不思議な場所でした もうかれこれ1時間ほど歩き回ったくらいだったでしょうか
遠目に何かがゆらゆらしているのが見えました それが何なのかははっきりしなくて目を細めてよく見ようとしてもわかりませんでした
真っ暗闇の中でやけにはっきりと見えたそれは どんどんそれは近づいているような感じでまた僕はぞわりとしました
僕はなるべくそのゆらゆらするものに目を合わせず元来た道を戻りました 嫌な予感を感じて振り返るとその先にもまたあの揺れるものが見えました
おそらく僕は何かに気に入られてたんだろうとその時思いました
幽霊との帰り道
ゆっくりと近づいてくるそれが恐ろしいと思っていましたが 足がすくんで逃げようにも逃げられなくなりました
いつしかそれは僕の目の前に立っていました 真っ白で全身が光のような子供でした
低学年生ぐらいの小さい子供の幽霊でしたかね そこまで近づいて僕は呼吸が荒くなっていましたが不思議と先ほどまであった恐怖感はなくなってました
むしろ安心するような落ち着くような気持ちがありました その幽霊は僕に手を伸ばしていました
何かを知っているみたいなそんな感じがしていました Tの居場所やここから抜け出す方法
それは知っているのではないかと僕はそう思いました なぜそう思ったのかはあまりわかりません
なんとなく僕はそう思ったということだけは覚えています 幽霊は僕の手を取るとゆっくりと歩き始めました
僕と一緒にゆっくりと 夕日に照らされた山は赤くなるわけでなく遠くに時々見える鉄塔が目に入ると不思議な気分になりました
それはなんというか懐かしいって言うんですかね そのなんだか幽霊と一緒に僕が知っている帰り道を歩いているかのような
そんな懐かしさみたいなのをちょっと感じていました なぜかはわからないけれどそれが楽しいように思えてきたんです
ともかく僕は幽霊に従って歩き続けました 時々視線のようなものを感じたり
街灯に大人の影のようなものが立っているのが見えたりと不自然なところもありましたが 幽霊と一緒なら不思議と不気味さや恐怖感は薄れていました
幽霊は歩くのをやめました いきなりで少し戸惑いましたが少し遅れて僕も立ち止まりました
幽霊に目を向けていた僕はそれの見ているであろう方向にゆっくりと目を向けました その先にあったのはあの信号機でした
ですが今まで見てきた信号機とは違っていてすべての信号が青色に輝いていました 目のような模様の
こちらを見下ろすような青色に僕はその先に何があるのかは想像したくありませんでした どこかすごく気持ちが悪かったからです
ただの直感に過ぎませんでしたが幽霊が急いでそこに僕を呼び込もうとしているような気だけは分かりました
このままそれに従ってはいけないとそんな気がしてしょうがなかったんです
僕は立ち止まったままただ そっちにはいけないとだけ静かにつぶやきました
でも幽霊は何も言わず信号機の向こうで手招きをしていました さっきまで落ち着いていた不安感がまた一気に押し寄せてきて
ヒヤリとした感覚が全身を一気に突き通りました このままこの幽霊に連れて行かれてしまうんじゃないかとどうすることもできない気持ちになっていたその時
突然聞こえてきたのは町内放送のような音楽 夕焼け小焼けの曲でした
26年の歳月
そのジリジリとした音混じりの曲は空間の全体に響いてました ゴーゴーという深い変な音が挟まりながら
低い歪んだ声が後から響いてきました その声が何を言っているのかはうまく聞き取れませんでしたがなんとなく家に帰るように言う言葉であることは分かりました
ふとまた幽霊の方を見ると僕はハッとしました なぜならその音を聞いた幽霊がしゃがみ込んでいるように見えたからです
苦しそうにうずくまり耳を塞いで音から逃れようとしているようにも見えました よしこのタイミングならと僕はそのまま後ずさって振り返って逃げようとしました
幽霊は僕の真後ろに気配を感じさせていましたが追いかけてくるような感じはしませんでした そこからはただがむしゃらに走り続けました
早くここから逃げたいきっとこのままここにいてもろくなことにならない そういう一心で僕は訳のわからないことを叫びながら走りました
真っ暗闇を街灯が見えるままに走ったのです しかしあまりにも意識せずに走っていたためか
道中ですっ転んでしまったところで記憶が飛んでしまいました 次に目が覚めたのは病院のベッドでした
どこの病院かもわからなかったのですが後から東京の大病院であることを知りました 医者が言うには渋谷の交差点の中央で倒れたまま
気を失っている僕を通りかかった人が見つけて救急車を呼んで病院に送られたと 説明されました
嫌にはっきりした意識で僕は考えていましたがどうして n 県の実家から渋谷まで移動したのか
全く思い出せませんでした ですがそんなことはどうでもよくて
何よりも驚いたのは僕がいつの間にか40歳になっていたことです 中学生だったのにですよ
鏡を見てカレンダーを見て気づいたことです 26年間僕は何をしていたのか
何も思い出せません しわしわになった手や顔を見て僕は怖くなりました
そもそも僕は n 県の実家に t と一緒にいたはずで あの夕焼けの空間にいたはずで
渋谷になんて行った覚えすらありません その実家も今はダムの底ですし祖父母は当然
両親もずっと昔に 僕は狂ってしまったんでしょうか
未だにわかりません 僕を知る人はもうどこにもいないので
t についてのその後は聞かないでください 思い出したくもない