1. 寝落ちの本ポッドキャスト
  2. 150田山花袋「一兵卒」(朗読)
2025-07-24 47:31

150田山花袋「一兵卒」(朗読)

150田山花袋「一兵卒」(朗読)

疼く痛みと書いて疼痛(とうつう)。

今回も寝落ちしてくれたら幸いです


Spotify、Appleポッドキャスト、Amazonミュージックからもお聞きいただけます。フォローしてね


--------------

リクエスト・お便りはこちら

https://forms.gle/EtYeqaKrbeVbem3v7


サマリー

田山花袋の作品「一兵卒」では、兵士が病院から退院した後に戦場へ戻る過程が描かれています。彼の身体的苦痛や過去の思い出が交錯し、戦争の現実に直面する様子が強く表現されています。また、戦争の悲哀と兵士の内面も描かれています。この物語は、戦場での恐怖や帰郷を望む気持ちを通じて、兵士の苦悩と葛藤が人間の精神の重要性を探求します。主人公は、突如として襲い来る痛みや故郷への思いを反芻しながら、自身の存在と生存の意義に向き合います。そして、「一兵卒」は、人生の初めての経験や老いを感じながら、楽しく生活することの大切さを語ります。

田山花袋と作品の紹介
寝落ちの本ポッドキャスト、こんばんは、Naotaroです。 このポッドキャストは、あなたの寝落ちのお手伝いをする番組です。
タイトルを聞いたことがあったり、実際に読んだこともあるような本、それから興味深そうな本などを淡々と読んでいきます。
エッセイには面白すぎないツッコミを入れることもあるかもしれません。 作品はすべて青空文庫から選んでおります。
ご意見、ご感想、ご依頼は公式Xまでどうぞ。 寝落ちの本で検索してください。
またベッド投稿フォームをご用意しました。リクエストなどをお寄せください。 そして最後に番組フォローもどうぞよろしくお願いします。
さて今日は、田山佳太さんの一兵卒というテキストを読もうと思います。 何個か読みましたね、田山佳太さんね。
日本の小説家、本名は六夜、群馬県生まれ。 小崎紅葉のもとで修行したが、後に国気だどっぽう、柳田国を裏と交わる。
代表作に布団、これ以前読みました。 田舎教師などの自然主義派の作品を発表し、その代表的な作家の一人。
飛行部にも優れたものがあるということです。 いずれ田舎教師も読もうと思ってるんですけど、何文字だっけな、18万字とか結構なボリュームがあったんで、
迂闊に手を出せないなという状況ですね。 まあそのうちお祝いやっていくこともあろうかなと思います。
で今日は一兵卒です。 これは何文字ぐらいだ?
13500文字なので
40分くらい からかろうかと思います。
意外とこの人あれなんですよね、脳内で映像を作りやすい文章を書いてくれる人なんで その辺も楽しんでもらえたら、まあそして寝落ちしてくれたらと思いますが
やりましょうか。 それでは参ります。
兵士の退院と苦痛
一兵卒。 彼は歩き出した。銃が重い。肺脳が重い。足が重い。
アルミニウム製の金輪が腰の腱に当たってカタカタとなる。 その音が興奮した神経をおびただしく刺激するので、幾度かそれを治してみたが、どうしてもなる。
カタカタとなる。もう嫌になってしまった。 病気は本当に治ったのでないから息が非常に切れる。
全身にはお熱をおかんが絶えず往来する。 頭脳が火のように熱して米髪が激しい脈を打つ。
なぜ病院を出た? 軍医が後が大切だと言ってあれほど止めたのになぜ病院を出た?
こう思ったが彼はそれを悔いはしなかった。 敵の捨てて逃げた汚い羊羹の板敷き。
八畳ぐらいの部屋に病兵、負傷兵が十五人。 衰退と不潔と共感と重苦しい空気とそれに凄まじいハエの群衆。
よく二十日も辛抱していた。麦飯の粥に少しばかりの食塩。 よくあれでも飢餓をしのいだ。
彼は病院の背後に便所を思い出してぞっとした。 急増の穴の掘り用が浅いので臭気が鼻と目とを激しく打つ。
ハエがワンと飛ぶ。 石灰の灰色に汚れたのが胸をむかむかさせる。
あれよりは、あそこにいるよりはこの広々とした野の方がいい。 どれほどいいか知れぬ。
満州の野は広漠として何もない。 畑にはもう熟しかけた広蓮が連なっているばかりだ。
けれど新鮮な空気がある。日の光がある。 雲がある。山がある。
凄まじい声が急に耳に入ったので立ち止まって彼はそっちを見た。 さっきの汽車がまだあそこにいる。
窯のない煙突のない長い汽車を品クーリーが数百人となく寄ってたかって、ちょうどあれが大きな獲物を運んでいくようにえっさらおっさら落ちていく。
夕日が絵のように斜めに差し渡った。 さっきの下士があそこに乗っている。
あの一段高い米のかますの積み木の上に突っ立っているのがキャッツだ。 苦しくってとても歩けんからアンザンタンまで乗せて行ってくれと頼んだ。
するとキャッツめ、兵を乗せる車ではない。 歩兵が車に乗るという法があるかと怒鳴った。
病気だ。ご覧の通りの病気でかっけを患っている。 アンザンタンの先まで行けばタイガエルに相違ない。
武士は相見互いということがある。 どうか乗せてくれって立って頼んでもいうことを聞いてくれなかった。
兵、兵と言って筋が少ないとバカにしやがる。 金州でも特立でも兵のおかげで戦争に勝ったのだ。バカめ、悪魔め。
ありだありだ。本当にありだ。 まだあそこに居やがる。
汽車もああなってはおしまいだ。 ふと、汽車。
豊橋を立って来た時の汽車が目の前を通り過ぎる。 停車場は国旗で埋められている。
万歳の声が長く長く続く。 と、忽然、最愛の妻の顔が目に浮かぶ。
それは門出の時の泣き顔ではなく、どうした場合であったか忘れたが、心から可愛いと思った時の美しい笑顔だ。
母親が、 お前もう大きいよ。学校が遅くなるよ。と揺り起こす。
彼の頭はいつか子供の時代に飛び返っている。 裏の入り屋の船の船頭が、ハゲ頭を夕日にテカテカと光らせながら、子供の一群に向ってとなっている。
その子供の群れの中に彼もいた。 過去の面影と現在の苦痛・不安とがはっきりと区画を立てておりながら、しかもそれがすれすれにすり寄った。
銃が重い。肺脳が重い。足が重い。 腰から下は谷のようで、自分で歩いているのかいないのか、それすらはっきりとはわからぬ。
褐色の道路。放射の輪立ちや靴の跡や、わらじの跡が深く記したままに石のように乾いて、固くなった道が前に長く通じている。
こういう満州の道路には、彼はほとんどアイスをつかしてしまった。 どこまで行ったらこの道はなくなるのか。
どこまで行ったらこんな道は歩かなくっても良くなるのか。 故郷の潔路。雨上がりの湿った海岸の潔路。
あの滑らかな心地の良い道が懐かしい。 広い大きい道ではあるが、一つとして滑らかな平らなところがない。
これが雨が一日降ると、壁土のように柔らかくなって、靴どころか長いすねもその半ばをぼしてしまうのだ。
大石橋の戦争の前の晩、暗い闇のデーネイを三人もこね回した。 背の上から頭の髪まで跳ね上がった。
あの時は放射の援護が任務だった。 放射がデーネイの中に陥って少しも動かぬのを押して押して押し通した。
第三連隊の放射が先に出て、陣地を占領してしまわなければ明日の戦いはできなかったのだ。 そして、週や働いて翌日はあの戦争。
敵の砲弾、味方の砲弾がグングンと嫌な音を立てて頭の上を鳴って通った。 90度近い暑い日が能天からじりじりと照りつけた。
四時過ぎに敵味方の歩兵は共に接近した。 焼酎の音が豆を射るように聞える。
戦場での思考と記憶
時々シュッシュッと耳のそばをかすめてゆく。 列の中でアッといったものがある。
はっと思ってみると血がだらだらと、暑い夕日に彩られてその兵士はがっくり前にのめった。 胸に弾丸が当たったのだ。
その兵士はいい男だった。快活でシャダツで、何事にも気がおけなかった。
新城町の者で若い関わりがあったはずだ。 上陸当座は一緒によく調発に行ったっけ?豚を追い回したっけ?
けれどあの男はもはやこの世の中にいないのだ。 いないとはどうしても思えん。
思えんがいないのだ。 褐色の道路を、兵籠を満載した車がぞろぞろ行く。
ラシャ、ロシャ。 シナ人の親父のウオウオウイウイが聞こえる。
長いムチが夕日に光って一種の音を空気に伝える。 道の凸凹が激しいので車は波を打つようにガタガタ動いて行く。
苦しい。息が苦しい。 こう苦しくっては仕方がない。
頼んで乗せてもらおうと思って彼は駆け出した。 金輪がカタカタ鳴る。激しく鳴る。
肺脳の中の雑品や弾丸袋の弾丸がけたたましく踊り上がる。 銃の台が時々すねを打って飛び上がるほど痛い。
オーイ、オーイ。 声が立たない。
オーイ、オーイ。 全身の力を絞って呼んだ。
聞こえたに相違ないが振り向いても見ない。 どうせろくなことではないと知っているのだろう。
一時思い留まったがまた駆け出した。 そして今度はその最後の一両にようやく追いついた。
米のかますが山のように積んである。 品人の親父が振り向いた。丸顔の嫌な顔だ。
うむを言わせずその車に飛び乗った。 そしてかますとかますとの間に身を横たえた。
品人は仕方がないという風でウォウウォウと馬を進めた。 ガタガタと車は行く。
頭脳がグラグラして天地が回転するようだ。 胸が苦しい。頭が痛い。
足のふくらはぎのところが押し付けられるようで不愉快で不愉快で仕方がない。 ややともすると胸がムカつきそうになる。
不安の念が凄ましい力で全身を襲った。 と同時に恐ろしい動揺がまた始まって耳からも頭からも種々の声がささやいてくる。
この前にもこうした不安はあったがこれほどではなかった。 天にも地にも身の置きどころがないような気がする。
野から村に入ったらしい。 こんもりとした柳の緑が彼の上になびいた。
柳に差し入った夕日の光が細かな葉を一葉一葉明らかに見せている。 無格好な低い屋根が地震でもあるかのように動揺しながら過ぎていく。
ふと気が付くと車は止まっていた。 彼は首を上げてみた。
柳の影をなしているところだ。 車が5台ほど続いているのを見た。
突然肩を捉える者がある。 日本人だ。我が同胞だ。下士だ。
貴様は何だ。 彼は苦しい身を起こした。
どうしてこの車に乗った? 理由を説明するのが辛かった。
いや、口を聞くのも嫌なのだ。 この車に乗っちゃいかん。
そうでなくってさえ荷が重すぎるんだ。 お前は18連隊だな。豊橋だな。
うなずいてみせる。 どうかしたのか?
病気で昨日まで大石橋の病院にいたもんですから。 病気がもう治ったのか。
無意味にうなずいた。 病気で辛いだろうが降りてくれ。急いでいかんけりゃならんのだから。
療養が始まったでな。 療養?
この一号は彼の神経を十分に刺激した。 もう始まったですか?
聞こえんか?あの砲が。
さっきから天末に一種の轟きが始まったそうなとは思ったが、 まだ療養ではないと思っていた。
アンタン山は落ちたですか? 一昨日落ちた。敵は療養の手前で一伏せきやるらしい。
今日の6時から始まったという噂だ。 一種の遠いかすかなる轟き。
司祭に行けばなるほど法制だ。 例の嫌な音が頭上を飛ぶのだ。
歩兵隊がその間を縫って進撃するのだ。 血潮が流れるのだ。
こう思った彼は一種の恐怖と同系統を覚えた。 戦友は戦っている。
日本帝国のために血潮を流している。 朱羅の巷が想像される。
作団の壮観も眼前に浮かぶ。 けれども七八里を隔てたこの満州の野は、
寂しい秋風が夕日を吹いているばかり。 大軍の潮のごとく過ぎ去った村の平和はいつもに異ならぬ。
今度の戦争は大きいだろう。 そうさ。
一日では勝敗がつくまえ。 無論だ。
今の下州は仲間の兵士と法制を耳にしつつしきりに語り合っている。 兵路を満載した車五両。
七八里の親父連も輪をなして何事をか喋り立てている。 ロマの長い耳に火が差しておりおり桁魂なき声が耳をつんざく。
柳の彼方に白い壁のシナミン花が五六軒続いて、 庭の中に炎樹の木が高く見える。
井戸がある。苗がある。 足の小さい年老いた女がおぼつかなく歩いて行く。
柳をすかして向うに広い黄箔たる野が見える。 褐色した丘陵の連続が指さされる。
その向うには紫色がかった高い山が延々としている。 法制はそこから来る。
五両の車は行ってしまった。 彼はまた一人取り残された。
会場から桃園台、観戦砲、もの次の平坦部所在地は新大使といってまだ一里ぐらいある。
そこまで行かなければ宿るべき家もない。 行くことにして歩き出した。
疲れ切っているから難儀だが車よりは帰っていい。 胸は依然として苦しいがどうも致し方がない。
また同じ褐色の道、 同じ高梁の畑、同じ夕日の光。
戦場の影
レールには例の汽車がまた通った。 今度は下り坂で速力が非常に速い。
窯のついた汽車よりも速いくらいに目まぐろしく谷を越えて走った。 最後の車両にひるがえった滑稽が高梁畑の絶え間絶え間に見えたり隠れたりして、
常にそれが見えなくなってもその車両の轟きは聞こえる。 その轟きと混じって法制が勘断なしに響く。
街道には久しく村落がないが、西方には柳のやや暗い茂が至るところに固まって、 その間からちらちら白色褐色の民家が見える。
人の影は辺りを見回してもないが、青い細い水煙は糸のように寂しく立ち上がる。 夕日のものの影をすべて長く引くようになった。
高梁の高い影は二軒幅の広い道を追って、 さらに向こう側の高梁の上に覆い重なった。
路傍の小さな草の影も帯だらしく長く、東方の丘陵は浮き出すようにはっきりと見える。 寂しい悲しい夕暮れは、たとえがたい一種の影の力をもって迫ってきた。
高梁の絶えたところに来た。 忽然彼はその前に驚くべき長大なる事故の影を見た。
肩の銃の影は遠い野の草の上にあった。 彼は急に深い悲哀に打たれた。草むらには虫の声がする。
故郷の野で聞く虫の声とは似もつかぬ。 この似つかぬことと広い野原とが何となくその胸を痛めた。
一時途絶えた追戒の情が流るるようにみなぎってきた。 母の顔、若い妻の顔、弟の顔、女の顔が草元のごとく旋回する。
欅の木で囲まれた村の休暇、 断乱せる平和な家庭、続いてその身が東京に修行に行った折りの若々しさが思い出される。
神楽坂の夜の賑わいが目に見える。 美しい草花、雑誌店、新刊の書、
角を曲がると賑やかな寄せ、待ち合い、 三味線の音、あだめいた女の声。
あの頃は楽しかった。恋した女が仲町にいてよく遊びに行った。 丸顔の可愛い娘で今でも恋しい。
好みは田舎の豪華の若旦那で、金には不自由を感じなかったからずいぶん面白いことをした。 それにあの頃の友人はみな世に出ている。
この間も外兵で第六師団の隊員になって威張っている奴に出くわした。 軍隊生活の束縛ほど残酷なものはないと突然思った。
東京は不思議にも平成のように反抗とか犠牲とかいう念は起こらずに、恐怖の念が盛んにもあえた。
出発の時、好みは国に捧げて君に捧げて遺憾がないと誓った。 再び帰ってくる気はないと村の学校で凶しい演説をした。
当時は元気旺盛、身体壮健であった。 で、そう言ってももちろん死ぬ気はなかった。
心の底には花々しい凱旋を夢見ていた。 で、あるのに。
今、突然起こったのは死に対する不安である。 自分はとても生きて帰ることはおぼつかないという気が激しく胸をついた。
この病、この滑稽。 たとえこの病は治ったにしても、戦場は大なる牢獄である。
いかにもがいても焦っても、この大なる牢獄から脱することはできぬ。 特立で戦死した兵士がその以前彼に向かって、
どうせ逃れられぬ穴だ。思い切りよく死ぬさ。 と言ったことを思い出した。
彼は疲労と病気と恐怖とに襲われて、いかにしてこの恐ろしい災厄を逃れるべきかを考えた。
帰郷の思い
脱走?それもいい。 けれど捕らえられた暁にはこの上もない汚名をこむった上に同じく死。
さればとて、前進すれば必ず戦争の血股の人とならなければならぬ。 戦争の血股に入れば死を覚悟しなければならぬ。
彼は今初めて病院を退院したことの愚を必死と胸に思い当たった。 病院から抗争されるようにすればよかった、と思った。
もうだめだ。万事急須。逃れるに道がない。 消極的な悲観が恐ろしい力でその胸を襲った。
と、歩く勇気も何もなくなってしまった。 とめどなく涙が流れた。
神がこの世にいますならどうか助けて下さい。 どうか逃げ道を教えて下さい。
これからはどんな難儀もする。どんな善事もする。 どんなことにもそむかぬ。
彼はおいおい声をあげて泣き出した。 胸がひっきりなしにこみあげてくる。涙は性にでもあるように頬を流れる。
自分の体がこの世の中に無くなるということが痛切に悲しいのだ。 彼の胸はこれまで幾度も祖国を思うの念が燃えた。
会場の看板で軍歌を歌った時には悲壮の念が全身に満ち渡った。 敵の軍艦が突然出てきて、一砲弾のために沈められて、海底のもぐずとなっても遺憾がないと思った。
近州の戦場では、機関中の死の叫びのただ中を血にふしつつ勇ましく進んだ。 戦友の血にまみれた姿に胸を打ったこともないではないが、これも国のためだ。
名誉だと思った。 けれど、
人の血の流れたのは自分の血の流れたのではない。 死と相面してはいかなる勇者も戦慄する。
足が重い、けだるい、胸がむかつく。 大石橋から十里、二日の道、よつゆ、おかん。
確かに持病の活気が更新したのだ。 流行り町胃熱は治ったが、急性の活気が襲ってきたのだ。
活気昇進の恐ろしいことを自覚して彼は戦慄した。 どうしても免れることができるのかと思った。
と、居でも立っても居られなくなって、体がしびれて足がすくんだ。 おいよい泣きながら歩く。
野は平和である。 赤い大きい火は地平線上に落ちんとして、空は半ば金色、半ば暗黒色になっている。
金色の鳥の翼のような雲がひとひら動いていく。 高梁の陰は陰と覆い重なって、高梁たる野には秋風が渡った。
洋洋方面の砲声も今まで盛んに聞こえていたが、いつか全く途絶えてしまった。 二人連れの城頭兵が追い越した。
すれ違って五六軒先に出たが一人が戻ってきた。 おい、君どうした?
彼は気がついた。声を上げて泣いて歩いていたのが気恥ずかしかった。 おい、君
再び声はかかった。 かっけなもんですから。
かっけ?
それは困るだろう。よほど悪いのか? 苦しいです。
困ったなぁ。 かっけでは昇進でもすると大変だ。
どこまで行くんだ? タイがアンザンタンの向こうにいるだろうと思うんです。
だって今日そこまでは行けはせん。
まあ寝台市まで行くさ。そこに兵団部があるから行って医師に見てもらうさ。 まだ遠いですか?
もうすぐそこだ。それ、向こうに丘が見えるだろう。丘の手前に鉄道線路があるだろう。 そこに国旗が立っている。あれが寝台市の兵団部だ。
そこに医師がいるでしょうか? 軍医が一人いる。
蘇生したような気がする。 で、二人について歩いた。
二人は気の毒があって銃と廃納刀を持ってくれた。 二人は前に立って話しながら行く。
療養の今日の戦争の話である。 様子はわからんかなぁ。
まだやってんだろう。 遠大で聞いたが、敵は療養の一里手前で人支えしているそうだ。
なんでも主残法とか言った。 後尾がたくさん行くな。
兵が足りんのだ。敵の防御陣地は素晴らしいものだそうだ。
大きな戦争になりそうだな。 1日法制がしたからな。
勝てるかしら。 負けちゃ大変だ。
第一軍も出たんだろうな。 もちろんさ。
一つ上手く背後を立ってやりたい。 今度きっと上手くやるよ。
と言って耳を傾けた。 法制がまた盛んに聞こえ出した。
新大使の兵団部は今雑踏を極めていた。 後備旅団の一個連隊がついたので、レールの上、家屋の陰、
兵壢のそばなどに軍房と重剣とが満ち満ちていた。 レールを挟んで敵の鉄道援護の英車が5棟ほど立っているが、
国旗のひるがえった兵団本部は雑踏を重ねて、兵士が黒山のように集まって長い剣を裂けた士官が幾人となく出たり入ったりしている。
兵団部の3個の大窯には火が盛んに燃えて、煙が薄暮の空に濃くなびいていた。
1個の窯は飯がすでに炊けたので、水士軍曹が大きな声を上げて部下を叱咤して集まる兵士にしきりに飯の分配をやっている。
けれどこの3個の窯は到底この多数の兵士に言う飯を分配することができるので、その大部分は白飯を藩号にもらって各自に飯を作るべく野に散った。
やがて野のところどころに黄梁の火が幾つとなくもされた。
家の彼方では手ずやして戦場に送るべき弾薬弾丸の箱を汽車の貨車に積み込んでいる。
兵士輸卒の群れが一生懸命に奔走している様が白馬のかすかな光に絶え絶えに見える。
一人の下士が貨車の荷物の上に高く立ってしきりにその指揮をしていた。
日が暮れても戦争は止まぬ。 杏山灘のバーンのような山が暗くなってその向こうから砲声が断続する。
彼はここに来て軍医を求めた。 けれど軍医どころの騒ぎではなかった。
一兵卒が死のうが生きようがそんなことを問う場合ではなかった。
彼は二人の兵士の尽力の下に僅かに一合の飯を得たばかりであった。
仕方がない少し待て。 この連隊の兵が前進してしまったら軍医を探して連れて行ってやるからまずは落ち着いておれ。
ここからまっすぐに三四町へ行くと一棟の洋館がある。 その洋館の入り口には主宝が今朝から店を開いているからすぐわかる。
休息の願い
その奥に行って寝ておれとのことだ。 彼はもう歩く勇気はなかった。
中途背の音を二人から受け取ったがそれを背負うと危なく倒れそうになった。 目がグラグラする。胸がむかつく。足が気だるい。頭脳は激しく旋回する。
けれどここに倒れるわけにはいかない。死ぬにも隠れ家を求めなければならぬ。 そうだ、隠れ家。
どんなところでもいい。静かなところに入って寝たい。休息したい。 闇の道が長く続く。所々に兵士が群れをなしている。
ふと豊橋の兵衛を思い出した。 主宝に行って隠れてよく酒を飲んだ。
酒を飲んで軍曹を殴って銃影僧に処されたことがあった。 道がいかにも遠い。
行っても行っても羊羹らしいものが見えぬ。 三、四丁と言った。
三、四丁どころかもう十丁も来た。 間違ったのかと思って振り返る。
兵団部は十日の光。かがり火の光。 闇の中を行き違う兵士の黒い群れ。
弾薬箱を運ぶ掛け声が夜の空気をつんざえて響く。 心はもう静かだ。
辺りに人の影も見えない。 にわかに苦しく胸が迫ってきた。
隠れ家がなければここで死ぬのだと思ってがっくり倒れた。 けれども不思議にも前のように悲しくもない。思い出もない。
空の星のひらめきが目に入った。首を上げてそれとなく辺りを見回した。 今まで見えなかった人群の羊羹がすぐその前にあるのに驚いた。
家の中には桃花が見える。丸い赤い蝶鎮が見える。 人の声が耳に入る。
銃を力に辛うじて立ち上がった。 なるほど、その家屋の入り口に手法らしいものがある。
暗いからわからぬが、何か窯らしいものが郊外の片隅にあって、 薪の燃えさしが赤く見えた。
薄い煙が蝶鎮をかすめて淡くなびいている。 蝶鎮に、しるこ一杯五千と書いてあるのが、胸が苦しくって苦しくって仕方がないにも
関わらず、はっきりと目にえいじた。 しるこはもうおしまいか?と言ったのはその前に立っている一人の兵士であった。
「えぇ、もうおしまいです。」 という声が家から聞える。
庫内を覗くと明らかな光。 西洋ろうそくが二本裸で灯っていて、瓶詰めや小物などの山のように積まれてある中央の一段高いところに、
太った口ひげの濃い、にこにこした三十男が座っていた。 店では一人の兵士がタオルを広げて見ていた。
そばを見ると暗いながら、低い石段が目に入った。 ここだなと彼は思った。
とにかく休息することができると思うと、優に言われぬ満足をまず心に感じた。 静かに抜き足してその石階を上った。中は暗い。
よくわからぬが廊下になっているらしい。 最初のととおぼしきところを押してみたが開かない。
兵士の苦痛
二三歩進んで次のとおを押したがやはり開かない。 左のとおを押してもだめだ。なお奥へ進む。
廊下は突き当たってしまった。 右にも左にも道がない。困って右を押すと突然、闇が破かれて扉が開いた。
室内が見えるというほどではないが、そことなく星明かりがして、前にガラス窓があるのがわかる。
銃を置き、灰のを下ろし、いきなり彼は横に倒れた。 そして、おも苦しい息をついた。
まあ、これで安息所を得たと思った。 満足とともに新しい不安が頭をもたげてきた。
倦怠、疲労、絶望に近い感情が縄張りのごとくおも苦しく前進を押した。
思い出がみなキレギレで、電光のように早いかと思うと、牛野は鋭義のように遅い。
感談なしに胸が騒ぐ。
重い。けだるい足が一種の圧迫を受けて頭痛を感じてきたのは、彼自らにもよくわかった。
ふくらはぎのところがズキズキと痛む。 普通の頭痛ではなく、ちょうど小村が帰ったときのようである。
自然と体をもがかずにいられなくなった。 綿のように疲れ果てた身でもこの圧迫にはかなわない。
無意識にてんてん反則した。 故郷のことを思わぬではない。母や妻のことを悲しまぬではない。
この身がこうして死ななければならぬかと嘆かぬではない。 けれど、悲嘆や追慮や空想や、そんなものはどうでもよい。
頭痛、頭痛、その絶大な力と戦わねばならぬ。
潮のように押し寄せる。暴風のように荒れ渡る。 足を固い板の上に立てて倒して、体を右に左にもがいた。
苦しい、と思わず知らず叫んだ。 けれど、実際はまたそう苦しいとは感じてはいなかった。
苦しいには違いないが、さらに大なる苦痛に耐えなければならぬと思う努力が、少なくともその苦痛を軽くした。
一種の力は波のように全身にみなぎった。 死ぬのは悲しいという念よりも、この苦痛に打ち勝とうという念の方が強烈であった。
一方には極めて消極的な涙もろい意気地ない絶望がみなぎるとともに、 一方には人間の生存に対する権利というような積極的な力が強く横たわった。
頭痛は、波のように押し寄せては引き、引いては押し寄せる。 押し寄せるたびに唇を噛み、歯を食いしばり、足を両手でつかんだ。
五感の他にある別種の官能の力が加わったかと思った。 暗かった部屋がそれとはっきり見える。
暗色の壁に想定高いテーブルが置いてある。 上に白いのは確かに紙だ。
ガラス窓の半分が破れていて、星がキラキラと大空にきらめいているのが認められた。 右の一隅には何かごたごた置かれてあった。
時間のたっていくのなどはもう彼にはわからなくなった。 軍医が来てくれればいいと思ったが、それを続けて考える暇はなかった。
新しい苦痛が増した。 とこ近くコオロギが鳴いていた。
靴にもだえながら、「ああ、コオロギが鳴いている。」と彼は思った。 そのあいせつな虫の調べが、何だか全身にしみいるように覚えた。
とうつう、とうつう。 彼はさらにてんてん反則した。
苦しい、苦しい、苦しい。
続けざまにけたたましく叫んだ。
苦しい、だいか、だいかおらんか。 としばらくしてまた叫んだ。
強烈なる生存の力ももうよほど衰えてしまった。 意識的に救助を求めるというよりは、今はほとんど夢中である。
自然力に襲われた木の葉のそよぎ、波の叫び、人間の悲鳴。 苦しい、苦しい。
その声がしんとした部屋にすさまじく漂い渡る。 この部屋には一月前までロシアの鉄道援護の士官が飢餓していた。
日本兵が初めて入ったとき、壁には黒くすすけたキリストの像がかけてあった。 昨年の冬は満州の野に降りしきる風雪をこのガラス窓から眺めて、その士官はボッカを飲んだ。
毛皮の防寒服を着て、戸外に兵士が立っていた。
日本兵のナスにタラザルをいって、虹のごとき起煙を吐いた。 その部屋に今、
水死の兵士の呻きが響き渡る。 苦しい、苦しい、苦しい。
自己の意識の深化
弱としている。コオロギは同じ優しい寂しい調子で泣いている。 満州の黄昏たる野には、遅い月が昇ったと見えて、
辺りが明るくなって、ガラス窓の外はすでにその光を受けていた。 共感、悲鳴、絶望。
彼は部屋の中をのた打ち回った。 軍服のボタンは外れ、
胸のあたりはかきむしられ、軍棒はあごひもをつけたまま押しつぶされ、顔から頬にかけては、おおとした汚物が一面に付着した。
突然明らかな光線が部屋に射したと思うと、扉のところに西洋ロウソクを持った一人の男の姿が浮き彫りのように現れた。
その顔だ。太ったくちひげのある朱穂の顔だ。 けれどその顔にはニコニコしたさっきの愛嬌はなく、
真面目な青い暗い色が昇っていた。 黙って部屋の中に入ってきたが、そこに唸って転がっている病兵をロウソクで照らした。
病兵の顔は青ざめて死人のように見えた。 おおとした汚物がそこに散らばっていた。
どうした、病気か? ああ苦しい苦しい
と激しく叫んで転々した。 司法の男は手をつけかねてしばし立って見ていたが、そのままロウソクのロウをたらしてテーブルの上にそれを立てて、
そそくさと扉の外へ出て行った。 ロウソクの光で部屋は昼のように明るくなった。
炭に置いた自分の肺脳と中途が彼の目に入った。 ロウソクの火がちらちらする。
ロウが涙のようにだらだら流れる。 しばらくしてさっきの司法の男は一人の兵士を伴って入ってきた。
この向こうの家屋に寝ていた後軍中の兵士を起こしてきたのだ。 兵士は病兵の顔とあたりの様と見回したが、今度は検証を司祭に検した。
二人の対話が明らかに病兵の耳に入る。 18連隊の兵だな。
そうですか。 いつからここに来てんだ?
少しも知らんかったです。 いつから来たんですか? 私は十時ごろぐっすり寝込んだんですが、ふと目を覚ますとうなり声がする。
苦しい苦しいという声がする。 どうしたんだろう。奥には誰も居ぬはずだがと思って不審にしてしばらく聞いていたです。
するとその叫び声はよよ高くなりますし、誰か来てくれという声が聞こえますから来てみたんです。 かけですな。かっけえ正真ですな。
正真? とても助からんですな。
それは気の毒だ。兵団部に軍医がいるんだろう? いますがな、こんな遅く来てくれやしませんよ。
何時だ? 自ら時計を出してみて、もっともだという顔をしてそのままポケットに収めた。
何時です? 2時15分。
二人は黙って立っている。 苦痛がまた押し寄せてきた。
うなり声、叫び声が絶え難い悲鳴に続く。 気の毒だな。
本当にかわいそうです。どこのもんでしょう。 兵士が彼のポケットを探った。
軍隊手帳を引き出すのがわかる。 彼の目にはその兵士の黒くたくましい顔と、軍隊手帳を読むために宅上のロウソクに近く歩み寄った様が写った。
三河の国厚見郡福江村加藤併作 と読む声が続いて聞こえた。
故郷の様がいま一度その眼前に浮かぶ。 母の顔、妻の顔。ケヤキで囲んだ大きな家屋。裏から続いた滑らかな磯。
青い海。なじみの漁夫の顔。 二人は黙って立っている。その顔は青く暗い。
折々その身に対する同情の言葉が交わされる。 彼はすでに死を明らかに自覚していた。
けれどそれが別段苦しくも悲しくも感じない。 二人の問題にしているのは彼自身のことではなくて、他に物体があるように思われる。
ただこの苦痛、耐え難いこの苦痛から逃れたいと思った。 ロウソクがチラチラする。
コオロギが同じく寂しく泣いている。 明け方に兵団部の軍医が来た。
けれどその一時間前に彼はすでに死んでいた。 一番の汽車がカイロカイロの掛け声とともに
時間と意識の流れ
アンザンタンに向かって発車した頃は、その残月が薄く白けて寂しく空にかかっていた。 しばらくして砲声が盛んに聞こえ出した。
9月1日の療養攻撃は始まった。 1969年発行。
門川書店 門川文庫 布団 一平卒 より独領読み終わりです。
はい。 苦しそう。
カッケって死んじゃうんだね。 なんかあの膝のところ。
まず足先をプラプラさせて、ぶら下がらせて 膝のちょっとくぼんでいるところみたいなところをトーンと叩いて
なんかピクンってつま先が前に毛上がるような反応を見せたらカッケじゃないから大丈夫 みたいなのを子供の頃聞きましたけど。
試してみて実際自分の意識せずにつま先がビョーンって動くんで。 病気じゃないわって確認した記憶がありますが。
死に至る病だとは知らなかったですね。 ビタミン不足が始まって足のピクンピクンがなくなった後、その心臓にまでそれが達するとなくなるということらしいです。
調べてきたところ。 そうですか。
ビタミンB1が足りないとそうなるんだって。 何で取るんですか?豚肉ですか?Bは。
調べてみると肉、魚、豆類、穀類とありますね。 じゃあ満足に食べていれば、いろんな食材満足に食べていればならないということでしょうか。
戦争中だもんね。 今年2025年は戦後80年という節目の年らしいですが、これはあれですもんね。
第二次世界大戦1945年終結から数えて80年ということだと思いますが、 今日読んだ一平率は満州の話をしていたので、
もっと前ですね。1945年より1930年代の話。 一次大戦と二次大戦の間、
日本が半島を広げていた時代の話ですから、80年どころじゃないですね。もっと前だと思います。
今年の夏は少し戦争物っぽいもの、 当時の情景がわかりそうなやつとかを少し読もうかなと思ってますけど、タイトルカードだとあんまりわからなかったりするんだよな。
あと昔読んだ、 堕落論とかもう一回読み直そうかなと、読み上げ直そうかなと思ってます。昔のを削除して。
今の方が多分うまく読めるんでね。なんてことを考えたりしておりますが。
先日飼っている2匹の猫のうち、 お姉ちゃんの方、さくらちゃんがですね、12歳になりました。
人間でいうと64歳だそうです。 もうえきっとしたおばあちゃんですけど、全然元気なんで、
長く健やかに過ごしてほしいと思いますね。 全然、
だるがらみするとキレてるからね。 キレてるおばあちゃんってちょっともう面白いでしょ。
心配しなくていいだけ面白いですね。
そう、この前、X、旧ツイッターで
あのー、ラーメン食べ歩くのが趣味なんで、ラーメン用のアカウントを僕はあるんですけど、
必然そのアカウントに紐づいているのは、ラーメン食べるのが好き勢とラーメンのお店の関係者勢みたいな形のフォロワーが多いわけですが、
そういう中で、
とあるお店の店主、60過ぎの方がお休みの日に
少し話題の若手のホープルーキーのような人がやってるお店にラーメン食べに行って、
勉強になったみたいなツイートをしてたんですけど、 それがね、あのー、
寒暦すぎてジジイに片足突っ込んだ俺でもまだまだ負けてらんないなと思ったよ、みたいなこと言ってるんですけど、
寒暦すぎたら、ど真ん中ですよジジイって思って、片足突っ込んでるどころじゃないよ。
なんかそこのとこ少しもうちょっと謙虚にした方がいいんじゃないですかって、こう、年下ながらに思いましたね。
まあとはいえ昔と比べて寿命もガンガン伸びて、 メディアの中で活躍する人たちもだいぶ年下さがある方が、
そうは見えない形で活躍されているのを見るにつれ、 なんていうかな、その、
老人までの時間が長い、 というか、まあ老人からの時間も長くなってるんでしょうけど、
ね、そういうのをなんか、 ストに感じますね。
人生の初めての経験
男子秘匠が亡くなる前に、「わかんねーよ俺、老人初めてだもん。」って言ってましたもんね。 みんな初めてですからね。
年老いていくのを感じるのも初めてで。
まあ初めての人生なんで、楽しくほどほどにやっていきましょう。 どんなまとめ方なんだろう。
よし、俺以上。 無事に寝落ちできた方も最後までお付き合いいただいた方も大変にお疲れ様でした。
といったところで、今日のところはこの辺で。 また次回お会いしましょう。おやすみなさい。
47:31

コメント

スクロール