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2026-02-19 14:06

助動詞のまとめ

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助動詞のお話です。聞き流してみてください

サマリー

日本語の助動詞について、その詳細な一覧表を紐解きながら、言語の魔法とも言える仕組みを解説。助動詞が単なる暗記項目ではなく、動詞などとの「接続」ルール、助動詞自身の「活用」、そして多様な「意味」という3つの軸で体系化されていることを明らかにする。特に「れる・られる」の多義性や、「そうだ」の接続による意味の違いなどを例に、助動詞がコミュニケーションにおける繊細なニュアンスを伝えるための論理的で美しいシステムであることを解説している。

助動詞へのワクワクと設計図としての捉え方
こんにちは。さて、今回はですね、あなたが共有してくれた、この日本語の助動詞の、いやー、ものすごく詳細な一覧表。
これを眺めてると、なんだか学生時代の文法の授業を思い出して、ちょっと身構えちゃうんですけど。
ふふふ、わかります。
でも、同時にすごくワクワクもするんですよね。
だって、例えば、食べるっていう、たった一つの言葉じゃないですか。
でも、その後に、食べない、食べよう、食べたい、食べます、食べられる、食べさせる、ってほんの一文字、二文字で意味がガラッと変わる。
そうですね。
これって、冷静に考えると、もう言語の魔法だと思うんです。
まさに、設計図という言葉がぴったりかもしれませんね。
設計図?
ええ。これ、単なるアンキリストだと捉えると、すごく無味感想に見えちゃうと思うんです。
はいはい。
でも、日本語の表現の豊かさを裏で支えている、非常に洗練されたメカニズムの解説書だと。
なるほど。
そう思ってみると、ガダン面白くなってくるんですよ。
一つ一つの助動詞が、どんなルールで動いて、どんな個性を持っているのか。
その仕組み自体に、今日は迫っていきましょう。
仕組みですか。いいですね。
接続:助動詞と動詞を結ぶ「お見合いのルール」
では、早速なんですけど、この表を見て、まず最初に気になったのが、左側にある接続っていう欄です。
はい。
どうやら助動詞って、どんな言葉にも好き勝手にくっつけるわけじゃないと。
ここにかなり厳しいルールがあるように見えるんですが、これはどういうことなんでしょう?
素晴らしい着眼点です。そこが全ての始まりなんですよ。
はあ。
助動詞と、それがくっつく先の言葉、つまり動詞とかですね。
その間には、厳格なお見合いのルールみたいなものがあるんです。
お見合いのルール?
ええ。動詞は、文脈の中で、未然形とか伝用形とか、形を変えますよね。
はい。やりましたね。
その特定の形が、特定の助動詞とだけ連結できる、いわばドッキングポートになってるんです。
ドッキングポート。なるほど。じゃあ、例えば、否定のないを見てみると、接続は未然形ですね。
いまだならずの形。つまり、まだそうなっていない形。
その通りです。
あ、だから書くじゃなくて書かないになるのか。
書くという行為がまだ発生してない状態だから、未然形の書かにドッキングすると。
そういうことです。これから書こうという意思を表す、う、ようも、同じく未然形接続です。書こう。
ああ、これもまだ書いてない。
ええ。アクションの前の段階ですよね。
このように、未然形っていうのは、これからどうするかとか、まだやっていないっていう未来とか過程のニュアンスを持つ助動詞と非常に相性がいいんです。
なるほど。ロジックが見えてきました。
じゃあ、丁寧さを表すますとか、願望のたい、この接続は連用形ですね。
活用:助動詞の「出自や性格」が見える変身
はい。
連用につながる、他の言葉に続いていく形。書きます、書きたい。これはどう考えれば?
連用形は、アクションの途中とか中心を表す形だと考えるとわかりやすいかもしれません。
途中、中心。
書きという行為に、ますという丁寧さや、たいという気持ちを付け加える。
さらに言うと、過去を表すたも、この連用形に接続するんですよ。
え、あ、そうか。
なので、ます、たい、たは、よく連用形接続の三兄弟なんて呼ばれたりもします。
非常に重要なパターンです。
ああ、本当だ。書きました、書きたかった、全部、書きっていう連用形をハブにしてつながっていくのが見えますね。
ええ。
これは面白い。これまで無意識で使ってましたけど、言われてみれば全部同じ形にくっついてますね。
そうなんです。
じゃあ、終止形、つまり文が終わる形に接続する、らしいとかべしっていうのは、
書く、らしい、みたいに一度言い切った形にくっつくのはどうしてなんでしょう?
それはですね、話し手の主観的な判断を付け加えるニュアンスだからなんです。
主観的な判断?
はい。書くっていう客観的な事実や情報を一度提示した上で、らしいよと伝聞の情報を付け加えたり、べしと自分の意見を述べたりする。
ああ、なるほど。
一度完結した思考に自分のコメントをポンと載せるような感覚ですね。
いやあ、面白いなあ。ドッキングポートの形が違うだけで、言葉のニュアンスが根本から変わってくるんですね。
意味:多義的な「れる・られる」と「そうだ」の分岐点
ええ。
なるほど。接続のルールはよくわかりました。でもこの表をさらに読み進めていくと、次の活用の欄でまた混乱が始まるんです。
はいはい。
ドッキングした助動詞自身も今度は返信を始めるわけですよね。
ええ。そこが第2の面白いポイントです。助動詞はただの付属パーツじゃない。それ自体が声明を持っていて、動詞や形容詞のように姿を変えるんです。その返信パターン、つまり活用の種類に注目すると、その助動詞の出自や性格まで見えてくるんですよ。
出自や性格ですか?例えば、さっきも出てきた否定もない、この活用の欄を見ると、なく、なかった、なく、ない、ない、ねれ、まるとありますけど、このパターン何かに似てるなぁとずっと思ってたんですが。
いいところに気づきましたね。それはまさに形容詞の活用そのものなんです。
ああ、やっぱり。
美しいが美しく美しかったと変化するのと同じ、形容詞型の活用をします。
うわ、ほんとだ。
だから、私たちは値段が安くないとか、楽しくなければ意味がないみたいに、ないをまるで形容詞の一つのように自然に変化させて使えるわけです。
言われてみれば、完全に形容詞のルールですね。ないの正体は形容詞だったのか。
ふふふ。
じゃあ、一方で、丁寧のますはどうでしょう。
表を見ると、ませ、ましょう、まし、ます、ます、ますれ、ませ、まし。
これは動詞とも形容詞とも全然違う独自のパターンに見えます。
なんだか孤高の存在というか。
まさに孤高の存在です。
これは特殊型と呼ばれる活用でして、ますとその仲間しか持っていません。
へぇ。
なぜこんなに特別かというと、その出自が特殊だからなんです。
もともとは、もうすのような謙譲語が変化してできた言葉なので、他のグループとは違う独自の進化を遂げた結果なんですね。
へぇ、歴史が還元してくるんだ。
じゃあ、古文で出てくるけりはどうです。
ら変格活用型って書いてありますけど、こんなの現代語では見たことないです。
そうなんです。
けりは過去の出来事への永短、つまり、だったんだなという気持ちを表しますが、このら変型は今では完全に使われなくなった非常に古い活用パターンでして、
はい。
あり、おりといった極一部の古典的な言葉だけが持っていた特別な活用で、いわば生きた化石のようなものなんです。
なるほど、活用のパターンを見れば、その助動詞が新しい仲間なのか、古くからいる長老なのか、はたまたひとりおろきなのか、みたいなキャラクターが見えてくるわけですね。
ええ、そういうことです。
これは面白いなぁ。
接続という合体のルールがあって、活用という変身の術がある。まるで一冊の忍法杖みたいだ。
良い例えですね。まさに忍法杖です。そして、その忍法杖に書かれた術を組み合わせることで、初めて意味という忍術が発動するわけです。
忍術ですか。じゃあ、いよいよその白心部分、意味の話に行きましょうか。
はい。
ハードウェアはわかった。でも、それがどうやってあの複雑なニュアンスを生み出すのか。この表で一番目を引くのがやっぱりレル・ラレルですね。
ああ、来ましたね。
一つの言葉なのに、受け身、可能、自発、尊敬って4つも意味が書いてある。これ、ちょっと欲張りすぎじゃないですか。
確かにそう見えますよね。
先生に叱られるは受け身。
パンが食べられるは可能。
ふるさとが思われるは自発。
まあ、自然とそう思っちゃう感じ。
そして、先生が来られるは尊敬。
同じ形なのに、文脈で全く意味が変わる。これが日本語の面白いところであり、学習者が頭を抱えるところでもありますね。
そうですね。
でも、これだけ意味が違うのに、どうして私たちは混乱しないんでしょう。何かこの4つの意味を貫く共通のテーマみたいなものがあるんですか。
素晴らしい問いですね。実はあるんです。
この4つの意味に共通しているのは、守護がその動作を自分の意思で積極的にコントロールしていないという点なんです。
コントロールしていない。
ええ。受け身は他者からされる。可能はできるという状態。自発は無意識にそうなる。尊敬は相手の行為を間接的に描写することで敬意を示す。
どれも守護が俺がやるぜと前に出ていない。そういう視点を少しずらした表現をしたいときに、このレル・ラレルが全部引き受けてくれる。非常に効率的なシステムだと思いませんか。
なるほど。言われてみれば全部そうですね。守護がアクションの主体じゃないというトーンで全部つながっているんだ。
そうなんです。
目から鱗です。1つの言葉に複数の意味を詰め込むことで言語は効率化を図っているわけか。
いやー深いな。
そして意味を区別する上でまた最初の接続ルールが重要になってくる例もあるんですよ。
ほう。
表の中にそうだという助動詞が2つあることにお気づきですか。
あ、ほんとだ。1つは様態・推量でもう1つは伝聞って書いてありますね。これもややこしい。
でも見分ける鍵は接続なんです。
接続。
3体のそうだつまり〜みたいだという意味のほうは動詞の連用形にくっつきます。雨が降りそうだ。
はい。
これは空を見て今にも降りそうだなと見た目から判断している様子です。
なるほど。降るという連用形に接続している。
一方で伝聞のそうだつまり〜らしいよという意味のほうは終止形にくっつきます。
終止形。
天気予報によると午後から雨が降るそうだ。これは誰かから聞いた情報を伝えているだけ。
降るという言い切りの形に接続していますよね。
降りそうだと降るそうだ。接続する動詞の形が違うだけで自分の推量か他人からの情報か意味が180度変わるのか。これはすごい。
私、以前日本語を教えていた学生がこの2つを混同して面白い間違いをしたことがあって。
上司の機嫌が悪いのを見て同僚に部長見た感じ怒ってるみたいだよと伝えたかったらしいんですが間違って部長は怒るそうだと言ってしまった。
それだと誰かから聞いた情報として部長はこれから怒るらしいって意味になっちゃいますね。
そうなんです。同僚は何で何かあったのとパニックになってしまって。
たった一文字。接続のルールが違うだけでこれだけコミュニケーションに疎合が生まれる。この表はそうした意味の分岐点を明確に示してくれる非常に精密な地図なんですよ。
言葉は生きている:新しい助動詞の誕生?
いやー面白いですね。そのエピソードすごくよくわかります。バラバラに見えた助動詞の一つ一つが接続活用意味この3の軸で見ていくと見事なまでに体系化されている。
今回の話で助動詞が決してカオスな暗記かもとなんかじゃなくてものすごく論理的で美しいシステムなんだってことが腑に落ちました。
そう言っていただけると嬉しいです。あなたが共有してくれたこの表はまさにそのシステムの全体像を理解するための最高のガイドブックですね。
そしてこのシステムを理解するというのは単にテストで点を取るためだけじゃないんです。
言葉の裏にある話しての確信度らしいなのかはずだなのか感情たいなのかて欲しいなのか相手の経緯情報の出どころといったコミュニケーションの根幹をなす非常に繊細なニュアンスを正確に読み解く。
そして自分でも使いこなすための強力なツールを手に入れることと同義なんです。
確かにそう考えると助動詞を制するものは日本語を制すると言っても過言ではないかもしれませんね。
ええ。
さてこの表は今確立されている日本語のルールを見事に示してくれています。
でも言葉って常に生きていて変化していくものですよね。
おっしゃる通りです。
そこで最後にあなたに一つ問いを投げてみたいんですけど、例えば最近よく聞く推ししか勝たんという表現がありますよね。
はいはいありますね。
この勝たん、これってこの表にも載っている古典的な否定の助動詞ぬの未然形、つまり勝たないの古い言い方が何か別の意味で使われているんでしょうか。
ああ面白い問いですね。勝つものはないという否定が転じてそれが一番だという強い肯定になる。興味深い現象です。
ですよね。これってもしかしたら否定の意味を完全に離れて、シャス最高だっていう意味を持つ全く新しい助動詞的な何かに生まれ変わりきつある瞬間を私たちは目撃しているのかもしれない。
そう考えると50年後、未来の日本語の教科書に載る助動詞の表には一体どんな新しい言葉が加わっていると思いますか。
しか勝たんは果たしてこの忍法上に新たな1ページとして書き加えられるんでしょうか。ちょっと想像してみるのも面白いかもしれないですね。
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