ワーキングホリデーの始まり
はじめまして、NatsukiKです。私は、2016年にワーキングホリデー制度を利用して、オーストラリアへ移住し、現在も引き続きオーストラリアで一人暮らしをしながら、メルボルンの会社でフルタイムで働いています。
このラジオでは、海外で暮らすこと、働くこと、そして一人の女性としてどのように今後の人生を生きていくか、そんなリアルな日常や気づきをシェアしていきたいと思います。
記念すべき第1回目のラジオのトピックといたしましては、ギリホリデーオーストラリアにやってきて、今年の2025年の10月で実は10年目を迎えるんですね。
ワーキングホリデーピザってオーストラリアにやってきて、現在の生活はどのようになっているのかということですね。
10年前に戻るとしたら、私にワーキングホリデーを勧めますか、といったトピックでお話をしていこうかなと思います。
現状はですね、2025年も10年前に、10年になるんですけれども、10年前にその同時期にですね、ワーキングホリデーや学生ビザで滞在していた人たちって、現在はですね、私の友達だったりとか知り合いはほぼ帰国しているのではないかなと思います。
だいたい8割ぐらい、8割9割が日本の生活に戻っているのではないかなと思います。
現在はね、私まだオーストラリアに、自分でもね、ちょっとまさかこんなに海外にいるとは思わなかったんですけれども、私はですね、オーストラリアのメルボルンというところにおりまして、仕事はですね、冒頭でもお話しました通り、メルボルンの会社にフルタイムで勤務させていただいております。
実際その会社っていうのは、私のような日本人もおりますし、オーストラリア人もいますし、多国籍な国の方々と一緒に働いているような状況ですね。
オーストラリアってそもそも結構ね、移民の方が多くて、私も含めなんですけれども、いろんな国籍の方が住んでいる国になります。
その中で私もちょっとオフィスにね、通いながらね、いろんな国籍の方々と働いているような形ですね。
10年前はちょっと信じられなかったですね。
英語の課題と成長
日本で働いていたときはもう本当に日本人しかいなかったですし、お客様でいらっしゃる海外の方とか、たまーにいらっしゃいましたけど、英語を話せるともうどうしようどうしようみたいな感じだったので、まさかね、ちょっとフルタイムで働いているというのはちょっと想像できなかったかなと思います。
オーストラリアに会社があるっていうのもお伝えしてるんですけれども、実際にはですね、オーストラリアだけでなく、本当にヨーロッパだったりアメリカだったりとか、そういったアジア圏だったりですとか、全世界に同僚がいるような形になっているので、
システムというか仕事を進めていく中で、ミーティングだったりですとかっていうのはほぼ英語がもちろん共用になっているような生活環境ですね、におります。
英語に関してなんですけど、これは耳が痛い話。英語どうなったのっていう、英語力どうなったっていうところに結構気になる方もいらっしゃるんじゃないかなと思うんですけれども、
これは本当にお恥ずかしながら、私は全然英語ができる方ではないんじゃないかなと思っております。
もともとワーキングホリデーでオーストラリアに渡った時も英語が全然できなくてですね、英検3級くらいのレベルでオーストラリアにいているので、そもそもそんなに最初はできなかったんですけれども、今もそんなに上達していないんじゃないかなと思っております。
やっぱりね、海外で住む日本人にとって英語って一つ、課題の一つで残るんではないかなと思います。
もちろん仕事で英語を使ったミーティングとかに参加してますし、自分が考えるプロジェクトだったりとか自分の意思だったりとか伝えなくちゃいけないところ、英語で話すっていう機会もかなり多くあるんですけれども、
たまにね、たまにというか結構の頻度で、あれ?この人何言ってるんだ?みたいなこととかも結構ありますし、私の英語ちゃんと伝わったかな?あれ?みたいな感じで思うことも多々あるので、私は全然まだまだ勉強中ですね。
ただ一つ言い訳として言うのであれば、ワーキングホリデー、そもそもオーストラリアに来ようと思ったきっかけっていうところでね、
海外のお友達、海外出身の人と友達になってみたいっていうところがそもそも海外に住む一つのきっかけではあったので、
英語が、私は英語のスキルを伸ばしたいとか話せるようになりたいとかかなり高いモチベーションがあったわけではなかったので、そのままズルズル来てしまったっていうのはあるかと思うんですけれども、
10年前の英検3級に比べたら話せるようにはなったかなとは思いますが、まだまだ目指すところは、そろそろというかもう遅いかもしれないんですけれども、
いつオーストラリアを離れるかもわからないですし、せっかく英語圏にいるからチャンスだと思って、本腰を入れて英語もうまくなったらいいなと思っているところです。
ノマド生活の実現
生活面はどのような変化があったかというと、ワーキングホリデーの時はシェアハウス、シェアルームですね。
結構ね、オーストラリアでは主流なんですけれども、一番初めは一つの部屋の中に、もう家とかではなくて、小さな部屋の中に二段ベッドとかで、そこからスタートしましたね。
その小さな部屋に女の子3人で住んで、二段ベッドと一つのベッドと、違うお部屋には違う国の方がシェアルームをしていて、一番初め私はシドニーでオーストラリアのワーキングホリデーをしたんですけれども、
同じアパートメントの中にお部屋が二つあって、キッチンが一つあって、ルームをシェアする、3人でシェアするというところからですね、現在10年でようやくメルボルンで一人暮らしをできるようになりました。
その一人暮らしのエリアもですね、すごくこだわって、自分が好きなエリアに住めるようになりました。
ただね、すごく悠々自的な生活をしているかというと、そういうわけでもなくですね、家賃がすごく、私はその自分の今住んでいるアパートメントが自分の家ではないので、レントといってお借りしているような状態なんですけれども、
そちらのね、家賃が上がっていったりですとか、いろいろなことはあるんですけれども、現在は一人暮らしができているというような状況になりました。
あと、生活面で大きく躍進したなぁと思えるところは、夢だった、ノマドができるようになったというところはすごく大きいかなと思います。
実際にオーストラリアにワーキングホリデーに来たんですけれども、ワーキングホリデーその時は1年で買えるだろうというふうに思っていたんです。
その1度ワーキングホリデーで日本に戻ってしばらく考えて、その後学生ビザでオーストラリアに戻ってくるということをするんですけれども、
その学生ビザで戻ってくるまでに自分がどんなふうな大人になりたいかなとか、いろいろ考えた時期があったんですよね。
そんな中で、自分の人生を模索している中で、海外ノマドっていう言葉というか働き方に出会いまして、
その海外ノマドという考え方がですね、パソコン一つ持って世界中どこからでも働けるっていうそういったものを海外ノマドっていうふうに言うんですけれども、
結構ね、今はその言葉を使って、日本だったらワーケーションとか言うんですかね、あるかと思うんですけれども、
私は今年2回目の世界一周をしてきまして、2年前に世界一周を初めてしたんですけれども、
その時もですね、やっぱりパソコンを持って海外を回りながら仕事をしながら旅をしたというのがですね、
すごく10年間の中で一番大きい夢が叶ったという点ではすごく大きな躍進になったのではないかなと思います。
ざっくりね、話しているとこんなふうな変化があったかなと思います。
まだまだお話できていないところもあるんですけれども、おいおい少しずつエピソードとしてお話できたらなと思っています。
次のトピックといたしましては、やっぱり海外生活が長くなって長期住んでいるからこそぶつかる壁というものもやっぱりあるんですね。
山盛りにたくさんあります。そんな中の壁の一つをどういうふうに今乗り越えようとしているのかっていうのをちょっとお話できたらなと思っております。
ここまでお付き合いくださった方、本当にどうもありがとうございました。
次回ありましたらまた次のラジオでお会いしましょう。バイバイ。