海外移住のきっかけ
はーいみなさん、NatsukiKです。私は、2016年にワーキングホリデー制度を利用してオーストラリアへ移住し、現在も引き続きオーストラリアで一人暮らしをしながら、メルボルンの会社でフルタイムで働いています。
このラジオでは、海外で暮らすこと、働くこと、そして一人の女性としてどのように今後の人生を生きていくか、そんなリアルな日常や気づきを、シェアしていきたいと思います。
第4回目の本日のテーマは、銀行を辞めたときに大手企業の社長から言われた今も心に残る一言、です。
この話をしようと思ったきっかけがですね、昨日すごく面白いイベントに参加させていただきまして、そのイベントがメルボルンに住んでいる企業家さんだったりとかフリーランサーさんだったりとか、
そういった方々が集まって情報シェアだったりとか、自己紹介だったり、自身のビジネスを紹介する、そんなイベントに参加させていただいたんですね。
大体15人ぐらいだったんですけれども、皆さんいろんなことされてまして、マーケティング業務でお仕事されている方だったり、日本に住んでいる方がオーストラリアで就職できるようにあっせんされている方だったりとか、
自分でお洋服をデザインして、それを販売して、例えばメルボルンのファッションウィークっていうイベントがあるんですけど、そこに出展されたりですとか、そこでファッションショーをやったりですとか、日本の大好を広めるためにご活躍されている方だったりとか、
本当にいろんなことをされているエネルギッシュな方々とお会いすることができて、私もすごくモチベーションが上がったんですね。
その中で、皆さん一人一人自己紹介をしていただいたんですけれども、皆さん10年、20年とオーストラリアで住んでいる方々ばかりで、海外に住もうと思ったきっかけって、いろいろ皆さんそれぞれあってすごく面白いな、ドラマだなとかって思っていたんですね。
そんなことを考える中で、自分自身が海外に行ってみようって思っていた時のことをちょっとふと思い出して、その時にお客様に言われた一言っていうのが、今の自分を作っているじゃないですけど、大切にしたいな、もう一回きちっと大切にして生きていきたいなと思ったので、その話をさせていただければと思います。
そもそも、結構海外に行くっていう風に決断すると、割と大丈夫?将来どうするの?とか不安じゃない?とかって言われがちだと思うんですよね。
特に私はワーキングホリデーを30歳、最後のギリホリっていう風に言うんですけど、オーストラリアにワーキングホリデーできるのが当時は30歳まで、31歳の誕生日を迎えるまでとかそれぐらいだったので、社会人を経験してからワーキングホリデー行くっていう風になると、結構周りから大丈夫っていう風に思われる状態というか、そういった行動なんじゃないかなっていう風に。
ワーキングホリデーを決めたりとか、留学を決めたりとかすると結構周りから反対されるとかっていう声もちらほら聞くんですけれども、私の場合はすごく周りに恵まれていてとてもラッキーで、周りから誰にも否定されなかったんですね。
もしかしたらそういう大切な自分の人生を決めることって本当に自分で考え抜くので、あんまり誰にも相談しなかったら行こうかと思ってるんだよねとかっていうのはあまり誰にも相談しなかったせずに、自己報告だったっていうこともあるのかもしれないんですけれども、あるのかもしれないですし、
たぶん本当に昔から好き勝手やってきたので、こいつは止められないなと思われていたのかもしれないです。両親にもそうなのとか言って、千尋にもすごいねみたいな感じで言われたので、すごくラッキーだったのかなっていう風に思ってますし、本当にむしろ頑張ってねって応援してもらえたことが今でも本当にありがたいと思っています。
ワーキングホリデーに行くというふうに決めたとき、私は何をしていたかというと、当時は東京の都議院で銀行で営業職をしておりました。
キムチは横浜、神奈川のほうだったんですけれども、営業職をしておりまして、当時の私の担当が、もちろん窓口に来てくださったお客様のご対応をするっていうのもあったんですけれども、
富裕層の方だったりですとか、企業の社長さんの個人産運用管理っていうのを担当していたんですね。なので、例えば投資・信託をご案内してみたりだとか、医療保険だったりとか、投資制の保険だったりとか、私の銀行は信託銀行でもあったので、優位言だったりとかそういったことを担当しておりました。
なので、そういった業務って、例えば投資・信託を買ってくださったお客様、買って終わりとかではなくて、今その相場が、例えば1ヶ月、2ヶ月経って今どういうふうになってますよとかっていうのをしっかりとフォローしていくっていうこともあって、私は結構、定期的にお客様にご挨拶に行ったりとかすることが本当に私の業務でありました。
なので、辞める前はですね、次の公認のものにきちっと引き継ぎをしなくてはいけないので、担当していたお客様一人一人に挨拶に伺ったりしていたんですけれども、やっぱり、え、なんで辞めるの?みたいな感じで聞かれることが多く、正直に理由を話していました。
その中で私が心に残っている社長様がいらっしゃるんですけれども、私のお客様で、年齢が何歳ぐらいだったのかな、65歳ぐらいだったんじゃないかなっていうふうに思います。
当時、私もともと営業だったんですけれども、一番初めに入社したときはですね、テラー業務といって間の口で公共料金を受け付けたりとか、お金を受け付けたりとか、そういった業務をしていたんですね。
なんやかんやあって、営業というところに転換、転職ではないですね、かかりがえかになりまして、対応していたんですけれども、そのかかりがえになったときからずっとお世話になっていた。
3年ぐらいかな、ご対応させていただいていた社長様なので、私のこともすごくわかっていただいているかなっていう、そういった社長さんになります。
そちらの社長さんは、私もすごく尊敬している方で、ご自身一人で、一台で会社を本当に大きくされた素晴らしい方で、そのお仕事というのはもちろん詳しくは言えないんですけれども、
どちらかというと、社会性の高いお仕事をしている方、公共事業だったりとか、そういったことをその世に近いようなお仕事をされている方だったんですね。
その方に、ワーキングホリデーで実は海外に行ってみようと思うんですよねって、本当にお世話になりましたみたいな感じでお話をさせていただいたときに、その社長が私に、
もちろん私のことは苗字で呼んでくださっていたんですけど、「ああ、それはあれですね、あなたらしい〇〇さんらしい決断をしたね。」って言ってくださったんですね。
その時は正直、私らしい決断って何だろうっていうふうに、正直よく意味がわからなかったんですけれども、本当に否定するでもなく、心配するでもなく、本当に応援するよっていうふうに言って、そのままの私を受け入れてくれた言葉だったので、すごく嬉しかったことを覚えています。
今10年以上海外に住んで、つまり銀行員を辞めて10年以上経って、その言葉を思い出してみて思うことなんですけれども、多分その社長は私が銀行員らしくないねとかってそういうふうに思っていたわけではないんじゃないかなと思うんですね。
自分らしい選択
もしかしてそういうふうに思っていたかもしれないんですけれども、でもそうではなかったのかなというふうに思っています。
でも、きっと社会性のある社会に貢献していく、そういった社長からの目線で、私その社長さんから見て、未知の世界に挑戦していくその姿だったりとか、自由にのびどびと生きていくことっていうのが、その社長が言う私らしさに見えたのかなというふうに思っています。
まるで私もよく海外に行って、今の働き方をしていたときに、結構水を得た魚のように生きているねっていうふうに言っていただけることが多くて、私はそういう生き方が合っていたのかもなというふうに思うようになりました。
今の自分に対して、もちろん海外に住まなくても皆さんいろんな悩みとかっていうのはもちろんあると思うんですけれども、やっぱりその環境が違うところで海外に住んでいて、すんなり行ったかというと別にそういうわけではなくて、やっぱり今から思い返してあれ大変だったなみたいなこともやっぱりすごくたくさんありますし、日々決断を責められることもあるんですね。
例えば、いつ会社をクビになるかもわからないですし、日本よりも本当に簡単にクビが切られてしまうような海外にいますので、そうなるかわからないですし、私のビザがオーストラリアからいつ執行されるっていうこともなくはないと思うんですよね。
例えば、今住んでいるアパートメントも自分のお家ではないので、オーナーさん、ちょっと名前忘れちゃった。貸してくださる方が、例えばここの場所に戻ってきますとか、誰か違う人入れたいですみたいな感じで言うと、私はそれに従ってすぐに出なくちゃいけないとかってそういうことがあったりするんですね。
なので、ずっと落ち着いた気持ちで入れるわけではないんですけれども、そのためにいろんな困難がいろいろあったんですけど、そのためにやっぱり自分で自分の人生を決断しなくちゃいけないポイントっていうのがすごく大きかったかなと思います。
でも、それでもやっぱり100%悩みに悩んで出してきた決断なので、本当に何も後悔していないですし、これからも多分そういった悩みだったりとか、嫌な気持ちになったりとか、すごくそういったこともこれから待ち受けているかと思います。
でも、そういったことがあるために社長から言ってくださった、この選択っていうのは自分らしい選択なのかなっていうのを無意識のうちに考えるようにしているなというふうに思いました。
新年に立てた自分の人生を自分で舵を切っていきたいっていうふうに決めたんですけれども、それもそうですし、自分の人生が終わりになったときに後悔したくないですし、自分が幸せだと思える選択、多分それは私らしい生き方をすることということだと思うんですけれども、それを改めて大切にして生きていきたいなと思いました。
ここまで聞いてくださってありがとうございます。このラジオがどなたかの気づきや新しい価値観をそっと渡せる、そんな時間になっていたら嬉しいです。また次回お会いしましょう。バイバイ。