朝散歩を奪われた理由
おはようございます。おはなし屋なおとです。今日は、朝散歩を取り戻した話、というテーマでお話ししていきます。
現在、朝の7時44分、朝散歩を取り戻しました。
ラジオを毎日聴いてくださっている方は、僕が朝散歩できなくて悔しがっている姿を捉えてくれているかもしれませんが、
今日は改めて朝散歩を取り戻した話、それをするということは、つまり朝散歩を奪われてしまった話、別に誰から奪われたわけでもないんですが、
ただ、自分の手からはスルリとこぼれ落ちていったという事実には変わりません。
今日の話から、皆さんに得ていただきたい教訓があります。
それは、緊急動を優先していれば、自分のやりたいことなどできないということです。
事の展末から話します。
最近、僕はお盆で生活リズムを狂わされておりました。
具体的に言うと、お盆だからといって、特別親族が集まったりするように顔を出したりしていないんですが、
お盆ならではの集まる予定が2件ほど入っていて、
あとは幼稚園保育園の休みなこと以外は、普通の1週間になるはずでした。
ただ、最近の放送でもよく話している通り、
お盆というのは何かしらと、アクシデントや目に見えないものとつながりやすい季節ではあります。
このお盆の5日間に、うちは救急外来に2回行きました。
事情が突発性保診という状況に渡ってしまって、突発性保診で良かったんですけど、
40.7℃ですね。
これ、くるめの気温じゃないですよ、40.7℃。
最近、日本でも40℃を超えるようなところが出てきましたね。
これ、めちゃくちゃ油断なんですけど、地球が暑い、地球が暑いって騒いでいるけど、
そもそも地球というのは氷河期だったり温暖期を繰り返して活動している星ですので、
僕らが生きていた十数年前と比べて、夏が暑いとか、冬が寒いとか、雨が多いとか少ないとか、何の問題なんですかね。
確かに農作物を作っている人たちからしたら大問題ですが、
地球が去年と同じ環境を自分たちに届けてくれる当然だという権利意識がなければ、
暑い暑いと騒ぐこともないんじゃないでしょうか。
人間のせいで地球が温暖化されている。
いやいや、人間が生まれる前から地球は暖かくなったり寒くなったりしてたんじゃないでしょうか。
と僕は思います。
僕が思うだけです。話は戻ります。
地球が暑いですね、大抵ですね。
その後というか、時を同じくして、長寿も体に湿疹ができて、特に変なものを食べたわけでもないんですが、これはなんだと。
長寿の場合は、熱が上がってから、熱が下がって発疹が出るというような病気だったんですが、
長寿の場合は明らかに発疹が出ていること以外は元気なんですね。
なので、これは突発性発疹ではないだろうということで救急に行きました。
2点目です。
原因わかりませんでした。何かしらのゼンマシンだろうと。
最近流行っているリンゴ病とか、そういうものではないから、安心はしてほしいが、どうなるかわからないから、一旦アレルギー検査もしないでおくねということで。
長寿は謎のゼンマシン、熱寿は突発性発疹ということで、娘たちの皮膚が赤く立たれる1週間を過ごしております。
そこで、僕はお盆なので、お仕事の予定というのもそんなに入っていなくて、本来であればカレンダーだけを見れば、わりとゆっくり過ごせるはずの1週間だったんです。
ルーティンの崩壊
ただ、現実問題どうなったかというと、日々自分がやっているルーティンワークすらできなくなり、YouTubeの投稿もなるべく3日以上空けないようにしていたにもかかわらず、3日経ったのに手元には編集している素材すらない、台本すらないという状況で、
おしまいには僕が必ず行っている朝の散歩ですら満足にできていないという、そういう状況になってしまったんです。何を間違えてしまったんだと。これは絶対に良くないと僕は考えました。
そして、なぜこうなったのかということを考えました。そうした時に逆にスケジュールがスカスカだったからそうなったんじゃないかということを考えたんですね。そもそも朝散歩ができなくなった理由は何か。朝9時まで寝てたんですよ。
なぜ9時まで寝てたか。夜12時まで起きてたんです。なぜ夜12時まで起きてたか。鬼滅の刃を見てたんです。なぜ鬼滅の刃を見てたか。日中忙しかったんです。ただ日中忙しくて仕事ができなかったストレスを夜中鬼滅の刃を見ることで晴らしていたんです。
つまり、仕事は進んでいないのにストレスだけ発散して朝散歩に行けず、朝散歩に行けないことで仕事が進まずストレスを貯めるということをここ数日僕は繰り返していたんですね。
今こうやって喋ってみるとアホでしかないですが、ただ人間というのはこういう生き物なんじゃないかなと思うんです。気づいたら本来の自分がやりたいことではないということをしていて。
じゃあ仕事しない日中何してたかと言われると、うちの怪獣が今家に2人いますから。しかも常にどちらかが体調不良を訴えているというような怪獣の相手をし、要求に応え続けていたわけです。
つまり僕はこのお盆の1週間、自分の要求に応えず娘の要求、妻の要求にばかり応えていたんです。
それもまた自分がこのお盆は家族のために過ごすぞと思っていたのであれば、別に何ら困ったこと、おかしいことではないわけです。
ただ僕はお盆休むつもりありませんでした。日常通り過ごすつもりでした。
友人との集まりが2件あること以外は、通常通りルーティンをこなし、通常通りYouTube動画を撮り、通常通り朝散歩をしてラジオを撮るつもりでした。
ただそれが気づいたらできなくなっていった。
もちろん妻の仕事がお盆休みであったり、幼稚園・保育園がお盆休みであったりすることも影響するとは思います。
だからといって、自分のスケジュールを守れないのは誰のせいなのかと言われると、僕は自分のせいだなと思いました。
今までは娘の幼稚園だったり保育園、妻の仕事だったりで、午前中暇になる時間が必ずあったんです。
朝、子どもたちが社会に出るので、社会に出るための準備をするためには起きる時間が固定されていたんですね。
だから目覚ましなんてかけなくても、妻が起きてくる、子どもが起きてくるので朝は必ず起きるし、その間に僕は朝散歩を済ませて妻と交代するというルーティンがあったんですね。
だからそのルーティンに身を任せていたんです。自分からやり始めたことではなかった。
だからそのルーティンが壊れてしまったときに、僕のルーティンも一緒に壊れてしまったんですね。
会社を辞めてから、自由だと無職を謳歌していた人が、1ヶ月、2ヶ月経って、真摯に口を置き足し始めたことがあるんですね。
それは他人に決められた出勤時間とか出勤場所がなければ、何一つ自分から予定を入れていなかったことに気づいて、緊急性がなくなった日々に焦りを感じ始めるんですよ。
今まで自分はこんなに仕事ができると思っていたのに、こんなに生産性があると思っていたのに、他人からお前は何時にどこに来いと言われないと
子どもとの関わり
自分の仕事すら満足にできないという現実に打ちひしがられるんです。打ちひしがれる。打ちひしがられる。打ちひし。打ちひしなんですね。
今の話を聞いてギクッときた人もいるかもしれません。
本当は自分の事業に対して、ビジネスに対してやりたいこといっぱいあるのに、全然作業できていないという人いると思います。
僕も少し気を抜くとそうなります。結局僕たちは離休で雇われているわけではないので、働いたら働いた分のお金しか入りません。
もしあなたがお金をいっぱい今年売り上げているのであれば、それはあなたが頑張ったからというか、あなたが行った行動が誰かに届いたという結果であり、
お金が入ってきていない、売り上げが入ってきていないのであれば、ひょっとしたらあなたは頑張っているかもしれないが、あなたのやっていることはまだ顧客に届いていないということでありますから。
僕たちはただ体を動かせばお金が入ってくるわけではない。本来そうですよね、狩りの世界。僕たちはきっとマンモスを飼って生きていた時代があったんじゃないでしょうか。
すごい頑張ったんだけどマンモスが取れませんでしたってなったら、神様が手当を出してくれますか。そんなことはないんだな。マンモスが取れなかったらその日の家族のご飯はないんです。
本来僕たちはそういう世界を生きていたはずなんです。ただいつの間にか毎日埋めれば毎日ご飯が食べれるよねということが当たり前になってしまって、
自分が失敗したらご飯食べれない、そんな待遇低いところで働かねえや、みたいな感じになってしまった。
皆さん舌が凍えてしまったんですね。
そうなった時に会社という組織は優しいんですね、どこまでも。あなたが労働力さえ提供してくれれば、あなたが動くきっかけまでくれる。
あなたは強制力にブーブー言うが、あなたは強制力でなければ何もできない。
そういう人間になっちゃっている可能性はあります。
昔は遊ぶなと言われても遊んだし、何時までに帰っておいでよと言われてもそれを守らなくて遊び続けてしまうぐらいあなたは実勢があったんです。
みんな実勢があったんです。
ただその実勢をいつの間にか社会性というわけわかんないステータスに置き換えられて、僕たちは自分で何をすればいいかわからなくなっているんです。
だから子どもの気持ちを取り戻さないといけないのです。
具体的に言います。子どもと一緒にいる時間が長すぎて自分の仕事が全然できていない人いるでしょう。
なぜか教えてあげましょうか。
子どもは自主性の塊だから自主性を社会に奪われてしまったあなたと戦ったときにあなたはもう子どもに勝つ術がないんです。
今日の朝も僕は暑散歩をするために起きました。
そしたら次女がはい、父上起きましたね。私も起きますので外に行きましょうみたいな形で次女の方が先に部屋を出てきました。
起きたと。朝起きたらもう冷蔵庫にかじりついて離れません。
これを開けろと。開けたらパパ抱っこしろと。中を見えるように私を持ち上げろと。
持ち上げたらあれを取れと。ディフィニュースヨーグルトだと。私はあれを処分している。
デリーじゃない。お茶じゃない。アクエリアスじゃない。ヨーグルトだ、ヨーグルトを取れって言ってるんだろう。
強制力の塊です。勝てません。
朝散歩の危機
このまま行ったら僕はもう朝散歩を今日も諦めなければいけないのかなと思います。
ただ僕はいつもと違います。そうかと。泣き叫ぶ娘に対して屈する必要ないんだと。
確かに交渉さえするがヨーグルトをあげました。
僕は娘にエプロンつけました。お茶を飲ませました。
娘をリビングに一人残して外に寝ようとしました。
そしたらちょうど妻が起きてきたので。
よかった今からアオイを一人でヨーグルトを食べさせながら俺は散歩に行こうと思ってたんだよ。
言ったら妻が待ってる。バトンタッチって僕が出てくる。
子供というのはとんでもない力を持っています。
あいつら強制力の塊です。自主性の鬼です。
だから社会に自主性を奪われた私たちは子供の前では出す術がないのです。
私たちは簡単にこうしたいというものを取り下げる。
だから子供があれをしたいと言えば自分のやりたいことを即座に止め子供を優先します。
子供というのは自分の弱さを最高権力として奉仕しています。
お前が私を優先させなければ死ぬぞと言う。
そんな子供を優先させなければ死ぬ。
子供の弱さを最高権力として奉仕しています。
お前が私を優先させなければ死ぬぞと言う。
そんな交渉を挑んでいます。
今自分で喋っていて気づきました。
うちの妻は僕に子供の交渉を行使していますね。
あなたがこれをしてくれなければ私が困るよ。
子供の交渉をしてきているんですね。
だから僕は妻の交渉に無視図が走るんですね。
君は大人だ。
自主性の再発見
だから僕は君の親じゃないんだといつも言っているのはそういうことなんですね。
妻の僕への勝負の挑み方は、
なるほど、子供が使う強制力を行使しようとしているのだ。
それは僕は許せないですね。
なぜか僕は大人という社会性に押しつぶされ自主性を失った人間だから。
それをされると羨ましくてしょうがないんです。
僕は我慢しているんだから君がそれをするなと言っているんです。
つまり僕の問題です。
僕が自主的に自分のやりたいことを率先して構え、
大人になることで経済力も手に入れたし体力も手に入れた。
別に自分の弱さをひけらかす必要もない状態になった僕が
自分のことを優先させれば最強なわけですよ。
ただ僕はこの最強のカードを
大人という名目のもとに捨ててしまっている状態なんですね。
取り戻さなければいけない。
だからこれを取り戻せばきっと妻との争いもなくなる。
なるほどな。
今僕は喋っていて気づいてしまいましたね。
子供が強制力を発揮させてくる同じ構造で妻は私を動かそうとしているんだ。
だから僕は子供のそれは子供のそれとして受理するが
同い年の君がそれをするのは下せないと言っているんですね。
ただ妻は自分がそういう構造を取っていることは気づいていない。
だからそれに屈する私が悪いんですね。
気づきましたね。
皆さん良い気づきをありがとうございます。
これでうちの夫婦は一歩前に進めそうです。
何の話だった?
強制力です。
皆さん僕はお話ししながら人気づきしてしまいましたよ。
強制力の話です。皆さん強制力に屈していませんか?
個人授業で飯を食っていくと決めたはずなのに
一日どれくらい仕事してますか?
自分が今日もやり切ったなと思って布団に入れてますか?
なぜできてないんでしょう?
それは外から来る強制力に負けてしまっているからではないですか?
本当はあなたのやりたいことなんで、誰に強制されずともあなたがやればいいんですよ。
あなたはコーチとして生きていきたいんですよね。
じゃあアポしたらいいじゃないですか。
情報発信やりましょうよ。
毎日ラジオできるようになった?
じゃあ次YouTubeやろうよ。
やればいいよ。YouTubeやったら売れるよ。
何でか教えてあげようか。
YouTube情報発信をやろうよ。
売れるよ。何でか教えてあげようか。
YouTube情報量多いから。
コーチって私YouTuberじゃないからみたいな顔してるやつばっかりだから
YouTube一生懸命やったら売れるよ絶対。大変。本当に大変。
僕は自分YouTuberだと思いますよ。
別にそんな限りないだろうとは思うけど
YouTube本当大変だから
こんだけやってるんだから売れないとおかしいだろうって思ってるもん。
だからやっぱりYouTubeをやるというよりかは
自分が俺売れないとおかしいだろうって思えてることの方が大事なんですよ。
だからやることぶっちゃけ何でもいいんです。
ラジオを必死に攻略するでもいいと思う。
ノートを必死に書くでもいいと思う。
結局ライフコーチとしてのあなたの収入はあなたが決めてるんです。
0円なんだったらあなたまだライフコーチとして稼げる資金ってないんですよ。
100万円なんだったらあなたは自分は100万円くらいもらってもいいけどなって思ってるんですよ。
年収600万円なんだったら
年収600万円もらわないとおかしいでしょって思ってるんですよ。
だから思えるだけの行動をしたらいいんですよ。
あなたが新規のお客さんを取らないのは
あなたに新規のお客さんがふさわしくないと思ってるからですよ。
誰が?あなたがです。
あなたが決めてるんです。
あなたの現実はあなたが決めてます。
あなたがそれにふさわしいと思うから
あなたが自分を信じていないから
あなたにはお客さんがいなかったり少なかったり安かったりするんです。
だってそれが気持ち悪いなと思えば買えるはずですよね。
今の状況を許しているのは誰ですか?
確かに今の状況は運も影響してくると思います。
ただ今の状況を許しているのは誰でしょうか?
今の状況に気持ち悪さを感じずに
今の状況にとどまっているという判断を
今日もしているのは誰でしょうか?
あなたですよね。
だからあなたの収入はあなたが決めてるんです。
だからYouTubeやれば収入伸びますよ。
何でか教えてあげます。もう一回ね。
YouTubeはめっちゃ大変だから
YouTubeをやっていたら
こんだけやっているんだから
俺の収入が低いわけないと思えるよ。
本気でやればね。
僕はYouTubeをやり始めてから
収入が上がったというか
0になった収入をYouTubeからまた600まで戻したという経験があります。
やっぱりね
情報発信をするのでも
当たり前にできる
ラジオとか特に
工夫しなくても毎日撮れるじゃん。
ってなったら
最初はいいんだけど
だんだんラジオを撮ることが何の苦でもなくなってきて
出応えなくなってくるんですよね。
仕事している感じにならないね。
ただYouTubeはどこまで行っても仕事している感がある。
YouTubeをやっている時の僕の収入は高いんですよ。明らかに。
それはデータで出ても。
なぜかYouTubeをやっていると
こんだけやっているんだから
俺売れないとおかしいとか
こんだけやっているんだから
俺他のコーチと同じなわけない。
他のコーチより相場が高い。
当たり前。俺どんだけ頑張っていると思っているのにYouTubeってなるんですよ。
で、あの
一つで
YouTubeをやっていても
YouTubeにコミットしていないコーチばっかりなんで
これはね、僕がYouTubeを始めて5年経ちますけど
状況変わってないですね。
本気でやらないとできない。
YouTubeという面では。
コーチという
皮をかぶったまま
自分をさらけ出す
勇気がない人は
動画の前では喋れないんです。
なのでYouTubeをやったほうがいいんですよ。
収入と自己認識
思えるよ。自分が。
こんだけやったんだから売れなきゃおかしい。
こんだけやったんだからお客さん取れないとおかしい。
こんだけやったんだから単価低いのおかしい。
思えるよ。
あなたの単価が低いのは
あなたにお客さんが少ないのは
確かに運もあるかもしれないけど
あなたがそれを当たり前に受け入れているから
今日もあなたのお客さんは少ないし
今日もあなたの単価は安いんだよ。
それをね、どうにか。
もちろんマインドだけで突破できるんだったらどうぞ。
突破してください。
あなたが売れていいんだよって
本の文を一行読んで
あなたが売れることを許可できるなら
どうぞそうやってください。
僕はできない。
僕は自分の体を動かすことでしか
自分の認識を変えられない。
そういう人間なので
今日もやるんです。
お客さん、なんでそんなに稼げるようになったのに
そんなに素晴らしいお客さんに出会えるのに
そんなに頑張るんですか?
僕は僕がこれだけやってないと
自分のことを信じられないんです。
だから
あんまり向いてないと思います。
コーチで本当に楽に稼げる人は
損税給が高いんです。
当たり前に受け取れる金額が高いんです。
ただ、僕はその教えを何度も何度も
何度も何度も自分に刻み込めましたけど
その刻み込んだ
自分がやるべきことをやってないと
物を受け取れない、収入を受け取れない
豊かさを受け取れないという
その姿勢は取れないんです。生半可では。
そして僕はその姿勢が取れなかったから
収入がなかったから困るんです。
家族を養っているから。
これは誰が何と言おうと
自分を高める努力
僕がやりたくてやっていることなんですよ。
家族を養うということはね。
だから僕は
頑張らなくていいよという教え
素敵だと思うけど
頑張ってる感じじゃないんだけどな。
でもコツコツやるという方向性で
行くと決めてます。
自分の存在給が大事なんだ。
手放したら入ってくるんだ。
だから自分に許可をして生きていくんだ
という時期がありましたが
結局僕はそれで貧乏したので
良いところは取り入れますが
僕は自分がそういうふうに思えることが
大事なのであって
頑張らないとか手放すとか
それも手段だと思ってます。
自分が手放しても入ってくるということを
認識するために
僕は手放したら入ってくるのに入ってます。
ただやっぱり僕は
やることをやってないと
自分に許可が出せないです。
お客さんの前でプロとしての顔を出すのに
ちゃんと確固たる習慣がないと
僕は自信がないです。
僕のこと自信たっぷりな人だって
思ってるかもしれないけど
俺の毎日見てみてよ。
気絶するよ。
そのくらいやってます。
仕事もやってるし
勉強なくやってる。
なぜかそうでもしないとね
自分を高く保てないのよ。
そういう人間なんです僕は。
だからあなたがどんな人間かによります。
そんなことしなくたって
自分は収入もらえるよ。
お客さんたくさん取れるよ。
参加高くやれるよ。
当たり前に信じれるよって言うんだったら
それでいいんじゃないですか。
何もしなければいいんじゃないですか。
ただ僕はそう思えません。
毎日しっかりやることやってないと
不安になるタイプの人間だし
だってちっちゃい頃から教わってきたし
実際僕はね
スポーツで日本一になるっていう経験も通じて
成功体験もあります。
なかなかそれを取るのは生半可ではないし
僕もいずれ頑張れなくなる日が来るので
このやり方というのは
変えていかなきゃいけないなと思いますが
でも結果としてうまくいってる人って
みんなこうじゃんって思うので
大きな路線へこむ必要ないかなと思ってます。
ただ目的意識が違いますね。
僕は僕に許可を出すために
毎日やってますし
YouTubeを始めてとても快適です。
なぜならこんだけやってるんだから
売れて当然だろっていう気持ちにやっぱり慣れてる。
収入が低かったらいやおかしいだろって思えてる。
ただ調子が悪い時って
調子が悪い並みのことおかしいだろって思えないんですね。
まあこんぐらいの活動量だったら
こんぐらいの収入で当たり前だろって思えてる時って
ただそれが運が悪くて収入が低かったとしても
上げる努力しないんですよ。
おかしいと思わないのよ。
焦るだけで不安になるだけで
いやおかしいだろ。
こんだけやってんのにって思わないのよ。
じゃあ今収入が低くて悩んでる人に
聞きますよ。その収入の低さ
いや絶対おかしいって思えてますか?
思えてないから今日もそうなんじゃないの?
っていうこと伝えておきます。
そのために何か自分がそう思えるような
頑張ったから収入が増えるんじゃないです。
あなたがその収入で自分がふさわしいと思ってるから
あなたがその仕事は自分にふさわしいと思ってるから
あなたがその客数を
その客単価をふさわしいと思ってるから
あなたはそれを受け入れてるんですよ。
どういう現状になるかどうかは運です。
運要素もたくさん絡みます。
人との出会いなんで縁も絡みます。
ただそれをあなたが受け入れてるからあなたが損なの。
だから僕はやることをしっかりやって
いやこれだけやることやってるんだから
その程度の結果じゃ受け入れない。
だからもっと次
自分にふさわしい結果を出してください。
神様これも神様の意図を読むことじゃないですか。
神様の突きつけてきたシナリオにちゃんと首を振れるんですよ。
なぜなら僕はそれ以上のことをやってきてるからです。
神様と胸張って交渉できるだけの毎日を贈ろうかな
今日の結論は
そういう話をするつもりではなかったんですが
朝散歩を取り戻すという話から
どこに着地するかわからない話をひたすら続けてきましたが
結論、神様と胸張って交渉できるような毎日を過ごそう
信念を持つ重要性
お後がよろしいようで