このまま勤めても先ねえなって気づく人が増えちゃったりだとか、
実際コロナでリモート化が進んで、
あれリモートしても全然この仕事問題ねえじゃんみたいな、
あれみたいな、自分の生活の大半の時間を使ってやってるこの仕事、
あれ本当にそんなに大事なことじゃないんじゃねえみたいな風に思う人が増えてきたのかなと思っていて、
僕もやっぱり在宅でコーチをやってる身ですので、
そこでうまくマッチングができればいいなと思ってるんですけど、
人と話すことを、
人と話してお金もらえたらそれはいいじゃないですか、
みんな思うと思うんですよね、人と話してお金もらえたらいいなみたいな、
いろいろありますよ、コーチングを通して誰からの人生をとか、
誰々の人生をスポットライト当てて何とかかんとかとか、
いろいろそれぞれ綺麗な理由から汚い理由からいろいろ理由はあるんですけど、
僕はシンプルに人と話すことが好きなので、
これ仕事にしたらええんちゃうかって思ったっていう、
本当シンプルな話で、
きっかけというか考え方として、
人と話すことでお金をもらうっていうのは、
友達から悩み相談を受けて、
その相談を受けた俺にご飯でもおごるわみたいな、
ありがとう相談聞いてくれてみたいな、
そういうときに1000円の定食をおごってもらったら、
それって人と話して1000円稼いだってことじゃないですか、
これを1万円にして10万円にして100万円にして、
年間で10人やったら年収1000万円みたいな、
そういう計算なんですよ、僕の頭の中では。
みんな人と話すことをお仕事にしたいよって考えた人って、
コーチングかなとか、
カウンセリングかなとか、
資格は取ったほうがいいのかなとか、
まず勉強かなとか、
すごい人に弟子にしなきゃなとか、
スクール通わなきゃなとか、
一緒に頑張る仲間見つけようとか、
そういうふうに思う人って結構多いと思うんですよね。
だからコーチとして専業で飯とか食えてる人って相当少ないんですけど、
コーチングスクールを卒業して、
コーチになりたいんだけど何やっていいかわからないから
UUUMみたいな人って結構な数いるって言われてて、
それこそ昨日ちょっとリサーチのためにいろいろなページを見てたんですけど、
僕の認識ではコーチを名乗ってる人は3万人の、
実際に食えてる人は3000人で、
僕は僕のコーチにそんなふうに聞いたんですけど、
そのページには、
コーチとして食えてる人は200人くらいしか実際いなくて、
コーチングスクールを卒業したけど、
コーチングで食えてない、
コーチ予備軍みたいな人が1万人くらいいるって書いてて、
さすがにもうちょっと食えてる人いるだろうと思ったんですけど、
僕の体感値で言うと、
コーチングやってますって10人くらいに会うと、
コーチングで食ってる人見つけたわみたいな感じになるっていうのが体感値で、
もしスクールとか通ったことある人とか、
ビジネス学んだことある人とか、
そういう人分かるかもしれないですけど、
みんなでコーチング学ぼうぜとか、
みんなでビジネス学ぼうぜとか、
そういう環境に行くと、
だいたい食えてる人って10人に1人くらいかなって思ってて、
その中での10人に1人の中でも、
1年食ってる人はそのうち10人に1人くらいかなみたいな、
だいたい100人いたら90人食えなくて、
10人くらいは月に10万くらいは稼げるようになってて、
そのうちそれを1年間継続できる人とか、
1ヶ月何百万円か稼いじゃって1年間稼ぐ必要ない人とか、
そういう人が1人みたいな、
だいたいそういう分布になると思うんですよね。
8対2の法則っていうかパレットの法則っていうけど、
8対2より少ないくらいかなっていうイメージですね。
9対1くらいかな。
9対1今日8対2かなとか思いながら、
食える人って結構ひと握りな世界なわけですよ。
これはもうコーチングビジネスが難しいからとかじゃなくて、
何かを学んでそれを食べられるレベルまで消化するっていうのは、
結構難易度の高いことなんですよね。
それはもう何でもそうです。
プログラミングを学ぶ人の人口の中で、
プログラミングで食えるようになる人も2割ぐらいじゃないかなと思ってて、
それはもちろん最後までしっかり勉強して、
プログラミング例えたらですよ。
最後までプログラミングっていう技術をしっかり勉強して、
じゃあ転職エージェントにこのぐらいまでやってますよっていうのを示した状態の就職率っていうのは、
8割超えたりするかもしれないけど、
そもそもそのプログラミングの門を叩いて、
プログラミングの出口、
初心者脱出と言えるぐらいのレベルまでやれる人っていうのが、
そもそも多分2割もいないと思うので、
そういう意味ではどんな業界でも学ぶ場所っていうのは、
学んでからそれをお金にできる人っていうのは、
大体2割に満たないぐらいなのかなと思っているんですけども、
特にコーチングはそれが強いというか、
コーチングやってる人って頭良すぎて難しく考えすぎですよね。
コーチングの技術とはとか、本当に正しいコーチングとはとか考えがちというか、
ありがちなのがうちの環境は本当にみんな良い人だから、
この環境に出会えて良かったみたいな、
結構言ってる人とか認定コーチの人とかいっぱいいますけど、
友達作りたくてスクールに入ったんだったら大成功だったねっていう感じなんですけど、
独立したいとか人と話すこと仕事にしたいっていう状態で、
学びの門を叩いて、ゴールが独立できたかできてないかとか、
お金稼げたか稼げてないかじゃなくて仲間できて良かったみたいな。
それちょっと違うねっていう人は多いんですよ。
何が言いたいかっていうと、
人と話してお金を稼ぐっていうことについて、
もうちょっと真剣に考えた方がいいんじゃないかなと思っていて、
結構これってみんな見失い、シンプルなんですけど、
みんな見失いがちなんですよね。
だからさっき言った友達の相談聞いて1000円もらって、
1000円もらってっていうか1000円分のご飯をおごってもらって、
じゃあこれ2000円分のご飯をおごってもらうにはどうしたらいいだろうとか、
ランチじゃなくてディナー、居酒屋をおごってもらうにはどうしたらいいだろうって考えたら、
例えばライトな恋愛相談とかだとランチしかおごってもらえないかもしれないけど、
転職の相談とかさ、その人の人生に直結するような話をするとさ、
その人がその話をしなければ今の仕事場でずっと我慢して働いてたのを、
その話をしたから新しい職場に行く決意ができてとか、
そんなんだったらその話ってその人の人生に大きく影響を与えてるわけだから、
居酒屋ぐらいおごってよって言ったら、それはおごってくれるよねっていう話で。
シンプルに人に対話で価値を与えられれば別に何でもいいわけですよ。
それがコーチングだろうが、カウンセリングだろうが、タロット占いだろうが、
僕が最近好きなそういう表現で、
AI手相診断であろうが、この間ねデパートに行ったらね、
AI手相診断っていうのにね、女性が行列を作ってて、
なんやねんみたいな。
AI手相診断ってなんや?って言ったら、
うちの奥さんのマリちゃんが、
あーそこいつも人気あっていつも並んでるよーみたいなこと言うから、
へーみたいな、チラッと見たら、
めちゃめちゃWindowsの分厚いパソコンでなんか色々調べてるんですよね、
その手相診断の人が。
AIかー。
めちゃめちゃそのパソコン重そうやけどなーみたいな風に思って。
すみません、話し取れちゃいました。
まあAI手相診断であろうが、なんでもいいんですよね。
結局その人がお金払ってでも、
お金払う価値があったって思う対話が提供できればいいわけで。
僕はコーチングっていうことに関しては、
もう一発目45万円の対話を売るところからやったんですけど、
僕は元々そのブログでビジネスの経験があったので、
19,800円の商品を販売したことがあったし、
20,900円の商品を販売したことがあったし、
5万円のコンサルティングサービスを販売したことがあったし、
10万円の動画サービスみたいなのも販売したことがあったので、
まあまあまあ大体、
このぐらいガッチリサポートしたらこのぐらいやろうみたいな想像がついてたから、
いきなり45万円で始めたんですけど、
実際に僕の読者さんとかYouTubeの視聴者さんとかでも、
いきなり15万円とれましたとか、
いきなり40万円いきましたとかいう人もいるっちゃいるんですけど、
いきなりそんなこと言われても想像つかないよっていう人が、
9割ぐらいなんじゃないかなと思ってて、
というか思わなかったんですけど、
最近結構読者さんとやり取りすることが増えてきて、
ひょっとしてほとんどの人は僕の売っちゃえばいいんだよっていうことを、
理解できてないんじゃないのかな、
ちょっと飛びすぎたかなと思っていて、
やっぱりコーチングビジネス単体でいうと、
もう本当に一発目から売っちゃえよっていうところから僕は始めたんですけど、
それは結局そのブログであったり、
何かしらのビジネスをやったことがあったっていう、
土壌なしで語れるものでなかったのかなと最近思っていて、
てことは1000円送ってもらって、
それをランチからディナーにする方法を考えるみたいな、
そんな感じですごくシンプルでいいんじゃないのかなと思っていて、
僕はそんな感じです。
みんなコーチングっていうことに固執しすぎて、
コーチングをします、コーチングをしますって言うと、
それはコーチングをしてる人と同じ土俵で戦わなきゃいけないじゃないですか。
でもコーチングの今の業界的な流れ的に考えて、
コーチって食える仕事って認識されてないじゃないですか。
コーチングで食いたいって思ってる人ってきっと人と話すことが好きな人であって、
コーチングに活路を見出した人では多分ないと思うんですよね。
だってコーチングって単価低いじゃん。
コーチングって食える仕事じゃない。
食える仕事なんだけど食える仕事じゃないっていうのが現状だと思うんですよね、僕は。
だから自分のフィールド作るしかないよねっていう話で、
自分のコーチングっていうものに突き詰めれば、
コーチングに需要があって、コーチングの単価感が高ければ、専門性が高ければ、
別にコーチングって技術を身につけただけで飯が食えるようになるんですよ。
それが今のプログラミングみたいなもんですね。
プログラミングっていうスキル自体に需要があるし、スキル自体に希少性があるし、価値があるし、
プログラマーが作ったウェブサービスっていうのは、
なぜプログラミングに需要があるかって考えたら分かるんですけど、
プログラマーが納品したウェブサービスっていうのは直接お金を生むことができるので、
プログラマーに100万円払っても、
プログラムが1000万円稼いでくれたら全然ペイだよねみたいな感じの、
だから今需要が高いんですけど、
コーチングってぶっちゃけ誰でもできるし、スキルを可視化できないし、
人によってコーチングの定義も違ければ、
コーチングで得られる成果も違うわけじゃないですか。
だからそこの定義をしっかりするというか、
コーチングを受けるとこうなるよということが分かってないと、
コーチングをやるということで市場に出したって、
そんなあやふやだし誰でもできるようなことを追うということになるわけですよね。
これは僕が実際にコーチングを4年間ぐらい売ってきた肌感があるから、
分かることだと思うんですけど、
コーチングっていう回数が増えれば増えるほど収入って下がる傾向にあるなと思っていて、
本当に稼げてるコーチっていうのはコーチングやってますってあんまり言ってないですね。
だいたい月100万とか普通に稼いじゃう人っていうのはあんまりコーチングって言わないんですよ。
僕はコーチング企業をしてる人に向かって言ってるからコーチングっていう単語をよく使いますけど、
なんでかっていうとコーチングっていう単語自体が稼げる単語じゃないからですよね。
コーチって言ったら何万円払うのが当たり前でみたいな概念がないので、
コーチングっていう言葉に反応する人っていうのはコーチングを勉強している人か、
コーチングを受けてみたい、コーチングに興味がある人。
でもコーチングっていうジャンル自体が儲かるジャンルじゃないんで、
それ言った時点でそっちの相場感で見られちゃう。
人間心理ラベリングとか言ったりしますけどね。
そんな感じでコーチングは食えるものじゃないのが現状です。
プログラミングは年収1000万いって当たり前みたいな空気感になってますし、
全然1000万払うよみたいな気がいっぱいありますけど、
コーチだから年収1000万全然払うよみたいな人っていないと思うんですよね。
いないです。いないいない。
だからもっとシンプルに考えようと。
コーチングっていう枠にとらわれずに、
シンプルに人からお金もらえるような対話のレベルを磨こうでっていう話なんですよね。
僕のおすすめは自分の対話に値段をつけて、
売れるだけの値段をつけて、売れるギリギリを攻めるというか、
チキンレースみたいなもんで、
1枚いけるかなみたいな、いや無理か、じゃあ5000でいこうかなとか、
そういう感じで売れるだけの高値をつけて売ってみて、
売ってみるともっともらえたなとか、もっとこうしたりになって分かってくるから、
自分の対話を商品と考えてその商品を育てるみたいなイメージなんですよね。
コーチングってあくまで概念なんで、
その概念を曲がりしたって結局自分の会話が育ってないと、
自分の対話技術が育ってないと、
コーチングスキルとは別ですよ。
対話技術、人の人生を変える技術、
対話で喜んでもらって何かしらの相手の人生が変わるから対話を通してね、
お金もらえると思うんですけど、
悩み相談とかだってそうじゃないですか。
相談することで人生変わるからお金、
お金というかランチ起こるよってなるわけで、
人の人生に影響を与える対話っていうのを磨かなきゃいけなくて、
多くの人はコーチングっていうものを学ぶんだけど、
それを学んだことを生かして人の人生を変える対話を育ててないから、
学んで終わりっていうね、
結局ポケモンの攻略本めっちゃ読んで、
ポケモン育てずにずっとバッジ全部欲しいなみたいな、
言ってるけど、
それ使って自分の対話育てんかいっていう話で、
だから正直コーチングみたいなことをしっかり学問立てて学んでる人が
本気出したら僕なんか絶対かなわないわけですよ。
だって僕独学でやってるわけだから、
根本にガッシートした理論ないんで、
感覚というか、