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486_「である」ことと「する」こと~学会発表で深まる国語教育の問い~
2026-08-18 15:02

486_「である」ことと「する」こと~学会発表で深まる国語教育の問い~

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先日の学会発表を振り返ります。マイクを通した話し方の工夫、目標の二重構造論に基づく単元構造、質疑応答でいただいた鋭い指摘、そして聴衆からの反響まで。国語教育・単元学習・AI活用に関心のある方にぜひ聴いていただきたい回です。

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#学会発表
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サマリー

中学校国語教師である黒瀬直美先生が、先日参加した学会発表を振り返る。発表の工夫や質疑応答での鋭い指摘、そして自身の単元構想における「であること」と「すること」の問いについて語る。自身の経験を次世代につなぐための課題と、今後の国語教育への思いを共有する。

学会発表を続ける理由と発表スタイル
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道ス黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は、486回であることとすること、学会発表で深まる国語教育の問いというタイトルでお届けしたいと思います。
今日は先日参加した学会発表の振り返りをテーマにお話しします。 単元は、君たちはどう生きるかであるとするのカオスの中でというふうに題しました。
当日の工夫とか質疑応答の中身、それから次の世代にどうこの授業を伝えていくかという課題まで幅広くお話ししたいと思います。
まず、なぜ学会で発表を私は続けようと思っているのかについてお話ししたいと思います。
大学の学会というのは、やっぱりそこで発表するとなると、普通のイベントとか、普通の小さい単位での授業報告とは全然違っていて、全く種類の違うプレッシャーがかかりますよね。
特に参加される先生方っていうのは、夏休みを返上して会場に来られるわけですから、それだけ熱心で本気度の高い方々ばかりだし、特に大学ということで早々たる教授陣も参加されますから、非常に質の高いものが求められます。
私は子育てで忙しい時には参加できなかったんですけれども、子育てが落ち着いてからは4,5年に1回、特にここ最近は3年ぐらいに1回のペースで発表するようにしています。
参加者の皆さんから鋭い指摘が来るので、自分自身の取り組みの視野が狭くなっていないかとか、独善的になっていないかとか、そういったことを確認する非常に貴重な機会になっています。
過去にいろいろな形でご悲声ご批判をいただき、その都度学び直す材料になり、自分の財産として積み重なってきました。
これとは別に、全国の日本国語教育学会の全国大会も同じような時期にあるんですけれども、私は過去3回発表したけれども、私みたいな年長者は良くて若手の人にチャンスをという感じになってきているので、母校でもあるこの学会は年長者の私でも受け入れてくれる大変ありがたい場所です。
やっぱり発表するということ自体、自分を鍛え直す、捉え直す、ゼロベースでも見てもらえるという、そういう貴重な機会になっていると感じています。
当日の発表自体は練習してきた通りにうまく進みました。
20分の発表時間に対して18分から19分くらい、20分、1分くらい余らしたところで終えることができました。
発表原稿をだらだら読むのではなくて、自分で別にスライドを作って要点を中心に話すというスタイルを選びました。
原稿を読むスタイルは大変な安心感があるんですけれども、私はスライド中心のスタイルの方が聞き手の注意を私の方に持ってもらいやすいという実感があるので、
せっかく前に立って発表するんだからスライド提示して、聞き手の顔がちょっとでも私の方に上がるようにしたい、そういうふうな狙いもありました。
聞き手の人の顔が上がるということで、私自身が話しやすくなって、その場の双方向性が高まるという、そういった効果を狙いました。
特に今回はマイクを使った発表だったので、普段からポッドキャストでマイクを通して話しているから、なんか自分の中で普段通りの調子が出てくると言いますか、そういった効果がありましたし、
マイクが響くので、音が響くので、その私の音声を聞いていろいろと修正したり調整したりという、そういうふうな確認をしながら話すことができたと思います。
そういったことはやっぱり日頃、このポッドキャストで鍛えられているなというふうに思いました。
特に抑揚の上げ下げとか、速度を微妙に調整したりとか、それから、まあこれは無意識にできているんですけれども、声にちょっとしたツヤを出すとか、そういうのが意識しなくても自然に行うことができるようになっていました。
やっぱりこれも日頃の積み重ねによって、だんだん鍛錬されているんだなというふうなことが実感できました。
単元構想:「であること」と「すること」
それじゃあ具体的に単元の内容についてお話ししたいと思います。
今回の単元は目標の二重構造過論に基づいて、生徒が主体的になれる目標を設計の軸に敷きました。
さらにその単元の中身を立体的な構造にしました。
具体的に言うと、一層目で自分たちの身近な話題、例えばYouTubeとかポッドキャストとか、そういった問題意識を提示して、そのことについての評論文を挟んで、
次の二層目ではより抽象度を上げて、時代の背景から、そしてどんどん深めていくというように、一層から二層へと立体構造を取る構造にしました。
質疑応答では単元構造そのものについてであることとすることという評論と、今回その導入に安倍公報の良識派というのを入れたんですけれども、
その神話性が高いということが興味深いというコメントをいくつかいただきました。
それから今回設定した一層と二層という構造、これはもしかして逆でも良かったのではないか、それをあえて一層と二層に設定したという理由は何かということの質問をいただきました。
私はこのことについては全く身近な問題からスタートということが頭にあったので、逆にするという発想はなかったんですけれども、もしかしたら逆の方が良かったかもしれないというふうに思いましたので、
自分が思っていないことをズバッと指摘してくれるのはやっぱりこういう回ならではの出来事じゃないかと思います。
それからもう一つ、本文に線を引いて要約のガイドにするというところがあったんですけれども、ここで生徒のコメントが深まらなかったということがあったんですね。
そのことについて線を引くという作業自体が要約の方に着目させてしまって、生徒にその文章をじっくり読んで内容吟味するという活動につながらなかったんじゃないかという鋭いご指摘がありまして、
あ、線を引くということはそういうことにつながりやすいんだと。やっぱりそういった要約するとか問題を解くとか、そういう作業と内容全体に見て読解して深めていくという、そういう作業全然違うということが改めてわかりましたね。
その他にも、であることとすることとか良識派っていう、そういう昔からの定番教材を普遍的な価値のある教材として意味付け、単元構想しているということに感動したっていう、これは年配のベテランの方の感想をいただきました。
それから一番ありがたかったのは、大学の先生からいただいた質問です。
先生にとって短久的な単元構想というのは何なのかという、そういった質問をいただきまして、ここが私が最も言いたかったことだったんですね。
そのことをここでもお話ししたいと思います。
単元構想の根底にある思いと社会で生きる力
私は読み比べをするために教材を選ぶということはしたことはないんです。
読み比べをするために読むっていうのは、これは授業でやる行動で日常生活とか将来にわたって社会でやるっていう、そういう活動にはつながっていないですよね。
だから私はできるならば、まず生徒が何に悩んでいたり、何を問題としてどう解決していきたいのかとか、生活の中で何に興味があるのかっていうのを元に単元を立ち上げたいという思いがあります。
それが無理で教科書教材を使わなければならないという場合には、その教材が今の生徒とどうつながるのかを起点にして教材を立ち上げたいと思っています。
そこから関連した教材を選び、導入を考え、パフォーマンス課題を考え、単元全体の構造を組み立てていきたいと思っています。
生徒が自分の興味・関心に基づいて主体的に夢中になって取り組んでいる中で、読む、聞く、話す、書くの力を鍛えていきたいと思っています。
そして全てを学習した後に、大学生になった時とか、社会に出て働いている時に問題点にぶち当たったり、悩んだり、それからキロに立ったりする時に、
あ、こういう時ってどういう風な文章をよりどころにしようとか、そのためにどういった教材を比較の対象として読んだらいいだろうかと、そういった時に授業を思い出してもらいたい。
そして自分が自由になるためにはどうしたらいいのか。能力主義や価値観の相違による葛藤という場面に立ち会った場合にはどうしたらいいのか。
自由になるためには、自分自身を点検し、そして監視し、分析し、情報を組み合わせて、そして考え続けていくというこの授業をヒントにして、そして社会で問題解決をしてもらいたい。
社会に出ても生きて働く力になるようにという思いで単元を構想していますというお話をしました。
学会発表の反響と今後の課題
これが実は私が一番言いたかったことなんですけれども、その会が終わった後に私が所属している研究会、広島美男の会というんですけれども、その若手の男の先生からLINEメッセージが来ました。
内容が充実していて大変勉強になったと、そういう風なメッセージとともに発表後にですね、その方の後ろに座っていたその教育学部出身の卒業生の方が思わずすごいとつぶやいていましたよという報告もあり、その方もそう思いましたという風な非常に高い評価をいただくメッセージ。
これが私にとってはとても嬉しかったです。
その他にもその男性の若手の方がおっしゃってたことには、出業等では大学の先生から2名とそれから附属の先生から1名などなど専門性の高い方々から次々と質問が出たこと自体がとても聞きたくなる発表だったんだということの現れではなかったのでしょうかというそういったコメントもいただきました。
私自身は実践の反省点とかうまくいかなかったことも含めてありのままにお話しし、そこを乗り越えるためにどうしたらいいのかという意見を頂戴したかったわけですけれども、それが非常に良かったと聞き手にとっても得るものの大きなものにつながっていたんじゃないかとそういう風に思いました。
おおむねこの学会での発表が様々な人にとって何らかの印象を残して終わったということが一番嬉しかったですし、自分にとっても一番手応えのあることとなりました。
こういう風に色々この会で成長させていただいて、今御恩返しのつもりで自分の精一杯の取り組みを報告しているわけですけれども、こういった経験が次の世代につながっていくようにすることが私の次の役割になるのではないかなという風に実感したそういった学会になりましたかね。
そのためにも自分の経験とかそれから実践例を体系的に整理しておくことが必要となってくるのではないかと思います。
まあともあれしっかりした単元構想に基づいた実践報告というのは多くの学びを生むということが今回の発表を通じてよくわかりました。
でもね、横並びのシラバスや時間数の制限によって単元学習が自由に展開しにくい現場の息苦しさは今も続いていますし、それからいわゆる新学習指導要領で謳われている資質能力主義の影響で学習指導目標がスキルに偏って設定されがちな状況という問題もあります。
私自身であるとするのはざまで何をすべきか、監視し、点検し、自己批判し、学び続けるのしかないというふうに思うようになりました。
であることとすること、このカオスの中でという問いは私自身の問いであったという、そういうオチになるんじゃないかなと思います。
今回の話が皆さんの実践を見直すなんかのきっかけになれば大変嬉しく思います。
感想やメッセージは概要欄のメールフォームからお気軽にお寄せください。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
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