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おはようございます、かなや なおこです。
5月14日、日曜日の朝ですけれども、今日はどんなご予定でしょうか。
私はですね、日曜日、雨予報なんで、家でゆっくりですかね。
溜まっている家事とかありますし、ちょっとね、米麹が届いたので、醤油麹とか色々作ってみたいなと思います。
今日なんですけれども、ちょっと昨日ですね、久しぶりに読書会に参加しました。
本なんですけれども、前もね、書いたかと言ったかと思うんですけれども、
思い通りになんて育たない半ペアレンティングの科学という本を、私の参加している主婦ゼミというコミュニティで、
去年の結構前からかな、読んでいるんですけれども、
それで、久しぶりにちょっと読書会に参加したんですよね。
今回の章の内容なんですけれども、第5章というところがですね、耳から見て学ぶ。
耳から見て学ぶって言ったっけ、なんかね、あれどうだったっけ。
耳から見て学ぶって言っちゃなかったかな。
あ、耳から学ぶやん。耳から見て学ぶって何耳にねんって話ですよね。
耳から学ぶ、そうそう。耳から学ぶっていうところなんですけれども、
内容としては幼児、ちっちゃい子、3歳よりももっとちっちゃい子を指すと思うんですけれども、
あんまり知らない人よりも、親とか幼稚園の先生とか、よく知ってる人の言うことを信じるんですけれども、
3歳児以降は、例えばね、これってAのはずやん。いや違う、これBのはずやんっていうね、
2つの違う意見があったとしたら、自信のある話し方をしている人に同調する傾向にあったりとか、
5歳になってくると結構、この人はこの、例えば医療的な話やったら、
そこら辺の人よりもお医者さんとか、そういうエキスパートの人の話を信じたりとか、
そういう判断がね、だんだんできてくるっていうお話だったんですよね。
なので、子どもはやっぱり小さい頃から、どの人が信用できるのか、信用に足る人なのかっていうのを判断していて、
それもどのくらい信用できるのか、あと疑うべきなのかまで、
結構計算できるようになってくるっていうのが、この章には書いてたんですよね。
あとはですね、子どもたちは実は事実とファンタジーの区別はついているっていうところがちょっとね、書かれてたんですけれども、
読書会の後、音読した後なんですけれども、だいたい雑談があるんですけど、ほぼね、雑談メインなんですよね。
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結構私もその雑談が楽しみで参加しているのもなんですけれども、
私このね、ファンタジーというのかな、事実とファンタジーの区別、空想ですね。
区別はついているというところがちょっと疑問だったんですよね。
私自身ね、昭和の最後のほうの生まれなんですけれども、
父から結構、なんか悪いことしたら雷様におへそ取られんだよとか、
嘘ついたら閻魔様に舌引っこ抜かれるでとかね、めっちゃ言われてたんですよ。
本当にね、雷様って、雷様自体は見たことないです。ないけれども、雷自体はなってるじゃないですか。
雷って現実のものなんですよね。
なので、雷様って見たことはないけれども、なんかね、雷自体はあるから、
雷様自体が本当に現実ではない存在なのかっていうのがね、
私4,5歳ぐらいの時は多分区別ついてなかったと思うんですよね。
やっぱね、雷になったらめちゃくちゃ怖かったから、おへそ隠して、
おへそ隠して、頭までね、布団もすっぽり被って、そういうのでね、めちゃくちゃ怖がってましたね。
だから、嘘ついたら舌引っこ抜かれるっていうのもね、結構本気で怖くて、
ちょっと、やっぱり子供やから小さい嘘とかつくじゃないですか。
ちょっとついただけでもね、もうなんかこんなこと嘘ついて、もうどうしようどうしようって、
今ちょっと父に白状したらちょっと舌引っこ抜かれへんかなとかってね、
いろいろね、そんなことをね、ちょっと小さな嘘でも、
もう、なんかね、1日2日長くて、3日とか結構ぐるぐるぐるぐる考えてたなって思い出しましたね。
なのでちょっとね、この子供は空想と現実の区別がついているっていうのは、
ちょっとね、ん?って思うところはありましたね。
そうですね、なんか面白かったです。
それで、そのお話になった後に雑談の中で、本好きになってほしいってよく子供さん、
もつ親って思うと思うんですよね。
私も本、嫌いな子よりは本好きになってくれると、まあいいなと思うのは思うんですけど、
本好きになってほしいって子供に願うこともペアレンティングですよねっていう話になったんですよね。
この中でのペアレンティングで何かっていうと、結構ね、そのペアレンティングってGoogleでいただくと、
しつけとか、なんか教育方針とかそういったことが出てくるんですけれども、
この本の中でいうペアレンティングっていう多分解釈になってくるのは、
うーん、私のイメージですよ、私のイメージはレールを敷くような、
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なので、子供にこうなってほしいって親の肩にはめて育てるような、っていうような解釈なんですよね。
だからなんかその本好きになってほしいっていう親の思いっていうのって、
やっぱりその本を読むことで頭のいい子になってほしくて、
いい学校に入って、いい会社に入って、順風満帆な人生を歩んでほしいっていう思いから、
本好きになってほしいとかね、英語が好きになってほしいとかね、
なんかいろいろきっとあると思うんですよね。
でもなんかね、それってその子にとって本当にそれが幸せなのかなとか、
そこを親が指導していくみたいな感じなのでいいのかなっていうのはね、
ちょっと私も疑問に思うところなんですよね。
私はそれよりは、そういう行為というよりも、
私自身がやっぱりもともと自己肯定感がとても低い人間なんでね、
なのでやっぱりこの自己肯定感が低いのは何があかんかっていうと、
自分のしたことに自信がなかなか持てないんですよね。
私は一応論理的に、あとは自分の経験則からして、
これはこう正しいはずやって思ってたとしても、
やっぱりほんまにこれで縁が大丈夫なんかなって、
あとね、周りからちょっと言われたりとかしたら、
あーやっぱ私あかんかったんかなーとかね、
なんかね、自分のことに自信を持てなくなっちゃうんですよね。
そうなってくるとやっぱり動きも遅くなってくるし、
なので、なんていうのかな、
私それだけは息子にさせたくないんですよね。
私が今できることって、息子の自己肯定感を高めてあげることも、
どんどん爆上げさせていくことなんかなって思うんですよね。
だから、あんまり本が好きになってくれたらいいなーとか、
英語ができるようになったらいいなーとかね、
頭のいい子になってくれたらいいなーとかね、
あんまり思ってないんですよね。
結局ね、私もなんですけど、
父が数学の先生なんですよ。
数学の先生だったんですけど、
多分ね、父としては、
数学とか理数系強い子になってほしいなっていう思いがあったと思うんですよね。
それで、数学の絵本ってあるんですよ。
それをね、私も小さい頃めっちゃ読んでたんですよ。
読んでたんですけど、私数学が全然できへんから、
結局ね、親がこうしたところで、
思い通りなんてほんと育たないんですけれども、
でも、それで自分の思い通りに育たなかったからといって、
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子供があかんっていうのって、それだけは避けたいんですよね。
なので、なんていうのかな。
やっぱり、そうですね、私が今できることは、
とにかく子供の自己肯定感を今はめちゃくちゃ上げる時期。
もう、いやもうすごいね。
こんなことができてすごいねって具体的に褒めてあげたりとか。
まあ、あかんこともぼちぼち言わなあかんところはあるんですけれども、
やっぱり、まず自己肯定感をどうやったら高めていけるのかなとか、
この子が我が家をすごく安全な場所だと思って言ったりしてもらえるのかなとか、
そういうところの方が今は私は大事なんかなって思ってます。
なので、あんまりちょっと地域とかね、
ちょっと惹かれるものはあるのはすごくわかるんですけど、
それよりもやっぱり、あなたのことがすごく大事だからね、大好きだよって、
そういうふうに今は愛を育てる方が私は大事なのかなと思って息子と接しています。
はい、ちょっと長くなってしまいました。
本日はここまでにしたいと思います。
最後までお聞きくださりありがとうございます。
本日もご機嫌な一日になりますように、金谷菜子でした。