00:05
こんにちは、横浜で15年以上、N1クラブワンコの秘密基地を運営している、なおちゃん先生と申します。
はい、だいぶ間が空いてしまいましたが、この企画をまた、約1年以上ぶりにですね、再スタートしていきたいと思います。
もう1年以上前の配信でストップしていますので、きっと覚えていらっしゃらないという方の方が多いんじゃないでしょうか。
その企画とは何を隠そう?
はい、こちらです。私の壮大な自己紹介配信。
動物好き少女がドッグトレーナーになるまで秘密基地誕生物語です。
こちらは私がドッグトレーナーとして、どうして20年以上、自分の好きを仕事にしてきたのか。
そして、16年、17年とね、今はもう17年目になりましたけれども、自分の犬の幼稚園保育園、N1クラブをどういった思いでここまで続けてきたのか。
そんなことをね、自分の過去を振り返りながら、壮大な自己紹介配信として、
音声配信のスタンドFMだけでなく、インスタグラム、ノート、そして公式LINEのオープンチャット、
そちらでもリアルなお客様に向けても、少しずつ分けてお届けしていた配信です。
前回までは、私の幼少期から、自分が動物のことを仕事にしていきたいという気づきを得るところまで、
大学4年生になって、みんなが就職表書きの中、何十冊とエントリーシートを書いているその間に、
私は自分自身が何をしたいのか、と両親に問われて、それを見つめるために世界一周の船旅に出たこと。
そこで出会った人生の先輩からの一言。
それを受けて、自分の人生、好きなことを思いっきりチャレンジしてみよう。
ダメだったら、その時で構わない。
そう思って、大学後期と併用で、夜間の動物専門学校に通い、
そこで出会ったとあるイギリス人ドッグトレーナーの先生。
03:00
その方の犬とのコミュニケーションの仕方に一目惚れをして、
私もこの人みたいになりたい。こんな風に犬とコミュニケーションをとってみたい。
そう思ってね、そのイギリス人ドッグトレーナーの先生の家に、
大きなトランク一つで転がり込んだ犬の勉強をさせてください。
と言って、転がり込んだものの、いろんなカルチャーショックを受けたよ、
というところまでお話ししました。
今回は1年ぶりの配信となりますけれども、
叱られてばかりの犬修行時代の生活についてお話をしていきたいと思います。
前回までの1番目から6番目までのお話は概要欄にURLを貼り付けておきますので、
もし興味のある方はぜひ聞いていっていただければと思います。
犬の仕事に就きたい。ドッグトレーナーになりたい。
憧れのイギリス人ドッグトレーナーさんに出会って、
この人みたいになりたいと思った私が、
トランク一つ持って英語もできない犬のこともわからないまま、
全く誰一人知らない、
日本人なんてテレビでしか見たことのないような人たちの中で、
当時まだWi-Fiもスマホもなかったその時代。
不慣れな英語、慣れない生活、文化の違い、常識の違い、
そんなことを何とか乗り越えながら、
私は日々犬まみれの生活を送っていました。
研修生として先生の家に住み込み、
お子さんが昔使っていた一室をここがあなたの部屋よと与えられて、
先生と旦那さん、
9頭の犬たち、
5頭の羊、
何羽かわからない鶏たち、
そして一匹の猫と始まったイギリス暮らし。
とにかく私は英語が不出来だったので、
まずは自分のやるべきことを知る。
生活のルーティーンと先生のサイクル、
自分がやるべきことを全部やるというところからスタートしました。
一度言われたことはできるだけ体に叩き込んで、
覚えて次の日からは先回りしてできるようにしようということで、
何度も何度も聞き返しながらメモを取り、
これで合っているのかな、
これでは違ったのかな、
06:02
そういうことを試行錯誤しながら、
どうやったらもうちょっと効率よく回るかとか、
どうやったら先生がもっと喜んでくれるかとか、
そんなふうなことを考えながら毎日やっていました。
先生と生徒といっても、
学校に通っているわけではありませんし、
カリキュラムがあるわけでも、
マニュアルや教科書があるわけでもありません。
私から求めなければ日々はただ過ぎ去っていきます。
どうしてこの犬はこうなのか、
あなたはどうしてあの時にあの犬に高齢をしてこれはしなかったのか、
これはどういう意図でこういうふうな指示を出したのか、
そういったことを私から聞かないと何一つ与えられない。
今まで私は何かを学ぶという時に、
教科書があって先生がいて、
言わなくても次はこれ、次はこれ、
そういうふうにお膳立てをされた学びしかしてこなかったんですね。
だから最初は非常に命を食らいました。
先生の家では私は住み込みながら家事もしていましたので、
自分からこれを教えてほしいとか、
これを聞きたいとか、ここに行きたいとか、
これをしたいとか、これを見たいとか、
自分から相手に伝えなければ何一つ与えられることはなかったんですよね。
だから家事をするだけで一日が終わる。
何だったら尚子これとこれとこれをやっといてねと言われて、
そして先生は旦那さんと映画を見に行ってしまう。
そういったこともありました。
そんな時、私が何かもやもやを伝えられる相手というのは誰もいなかったんですよね。
誰もいませんでした。
SNSがあったわけでもないし、こういうスタイフの場があるわけでも、
コミュニティがあるわけでも。
そして当時インターネットは有線で電話線を使ってやるので、
全部負担は先生のお家にかかるわけですよね。
だから制限もされていましたし、スマホもありませんでした。
私がそういう時にやるべきことって、自分に問いかけるしかなかったんですよね。
でも今考えると、この体験というのは私自身をものすごく強くしました。
自分はどうしたいのか。
何の目的があって、何を得るためにここにいたいのか。
そういったことを問いかけていきました。
待っていても、誰からも何からも与えられない。
09:02
自分で動かなければ何一つ得ることのないまま、時間だけが流れていき、
自分が望んでいることがわからなくなっていく。
そんな感覚をこの時、たぶん初めて味わったんじゃないかなと思います。
現状を変えたければ、自分が動くしかない。
そう思った私は、下手くそな英語で思ったことを、
そして先生が犬たちにしていることを思い出して毎日メモを取り、
それを英訳して次の日に先生にすべて聞いて、理解を深める。
そして、これを自分がやってもいいかということをチャレンジをしたり、
先生の教室の生徒さんに積極的に自分から話しかけたり、質問したり、
自分のことを伝えたりしていました。
そうこうするうちに、自分が動くと周りも変わっていくんですよね。
先生も、この子は本気なんだ、この子はこういうことを知りたいんだ、
これがわからないんだ、そういうことがわかっていったんだと思います。
きっと最初は緊張して何もできない、英語もよくわからない、犬のこともよく知らない東洋人の女の子のことを
どういうふうに扱ったらいいのか、彼女自身もわからなかったと思うし、
もしかしたらね、一人にしてあげたほうがいいのかなという気遣いのもとだったのかもしれないですよね。
私が尋ねれば彼女はきちんと答えてくれたり、プラスアルファのことを教えてくれたりしました。
そしてね、私がそういうふうにしていると、今度はあっちのトレーニングのほうに行くけど一緒に行くとか、
そういうふうに声をかけてくれるようになりましたし、
私から積極的に下手くそな英語でね、お客さんたちにもちょっとずつコミュニケーションを取ることで、
先生のお客様たちも私のことを気遣ってくれたり、私に何か教えてくれたり、コミュニケーションを取ってくれるようになりました。
中には、複数のワンちゃんを飼っていらっしゃる方は、私の犬を一頭貸してあげるから、
なおこれを先生の指示を一緒にやってみるとか、そういうふうに言ってくださった方もいらっしゃいますし、
昨年ね、私は子供たち2人を連れてワンオペでイギリスに行ったんですけれども、
その時にも2軒泊まらせていただいたお友達というのは、私の先生の元生徒さんたちなんですよね。
その時からとてもとてもよくしてくださっている方々です。
こうやって、本当に異世界転生っていうようなアニメとか漫画とか今流行ってるけれど、
私にとっては本当に異世界転生ぐらいの、
飛び込んだはいいけれど、そこで何をしたらいいのかがさっぱりわからない状況だったんです。
12:01
だけど、そこでもやはり、自分が何をしたいのか、どうありたいのか、何を選択してどれはいやなのか、
それを自分で発信していかないと、自分の世界は一つも切り開かれない、
自分が得たいものは何一つ得られることはない、ということをすごく強く感じたイギリス修行時代でした。
さらにですね、イギリスというか、もしかしたら欧米の文化と日本の文化の違いなのかもしれないですけれども、
あなたはどうしたいのか、というのを聞かれることがとても多かったです。
みんなと一緒でいいよとか、その場の雰囲気でとか、そういうのではなくて、
あなたはどうしたいのか、それを非常に尊重される文化。
自分の意見がないということは、ただそこに存在しているだけということになってしまうんですよね、壁と一緒。
そういう雰囲気も私は何度も味わいました。
例えばホームパーティーだったり、例えば何かのイベント、壁の花として突っ立っている東洋人にわざわざ話しかけてくれる人というのはそんなに多くないです。
どこかの村のパブに、地元のパブに行ったときも、私から積極的にこれが飲みたい、あれが食べたいとか、
この人とこの人はどういう関係なのかとか、そういうことも積極的に自分から行かないと何も与えられることはないという世界だったんです。
これがすべての欧米文化に当てはまるとは思わないですけれども、私が体験したのは全くその感じ。
ただですね、やっぱりそこでも元々私はコミュニケーション資質が高いので、コミュニケーションをとるということはだんだんと慣れていったし、
私という人間の面白さや良さや特徴というのを周りの方々が少しずつ知っていってくれて、
トレーナーの先生がいつも連れている東洋人の女の子というところから、ナオコという固有名詞がついて、
ナオコにこれをあげるねとか、ナオコにこれをこうしてあげてねとか、ナオコ、うちに遊びに来るとか、
そういう感じで固有名詞で認識をしてもらえるようにどんどんなっていきました。
そうなってくるとやっとイギリスの生活が楽しくなっていったんですよね。
私だけの人間関係がそこでできていったりですとか、そういうことがやっぱり自分が動かなければ世界は何も変わらないということが非常にわかった瞬間でした。
それでもあるときカルチャーショックというのは起きるんですね。
それは私がもう帰ろうかと思った瞬間が一度だけありました。
私はイギリスの片田舎、一番最寄りのバス停まで片道歩いて1時間かかる。
15:06
1日に会うのは家族と郵便配達のおじさんだけ。
そんな本当に片田舎で過ごしていたイギリス修行時代、その日はやってきました。
先生の飼っていたワンちゃんは9頭いて下は4ヶ月から上は13歳までいろんな年齢の幅がある子たちでした。
そしてあるとき私の先生はある大きな決断を下したんですよね。
それはその中の一頭を安楽死するというものでした。
当時の私にとってまだ元気で生きて自力で動けるワンちゃんを
たとえ病気であってその病気が治らないとしても安楽死を決断するということは
なんていうんですかね、自分の常識の反中外だったんです。
私は最初自分の英語がうまく聞き取れなかったんだと思うぐらい
先生の言葉が信じられなかったんですよね。
そしてその次に起きたことというのは先生の判断を責めるということでした。
もうこの人にはついていけない。
こんなに価値観が違う。こんなに考え方が違う。
この子はまだこんなに元気で自分の足で立って食べて
なのに安楽死ってどういうこと?もういらないの?
可愛くないの?愛情がなくなったの?
そう思って泣きました。その時だけです。
最初で最後泣き言を日本にいる親に電話をしたのはその時だけだったと思います。
こんなことを言われたと。こんなひどいことを私は許せない。
私の価値観とは全く違う。もうついていけない。
日本に帰ろうかと思う。
そんな風にね、電話口に泣きながら話したことを思い出します。
そこでね、母親だったと思うんですけれども
父親と母親とおそらく二人いたんだと思うんですけど
帰ってきた言葉というのは
帰りたければ帰ってきなさい。
ただ、あなたは何のためにそこに行ったのか
18:01
その安楽死という価値観の違いも含めて
イギリスの犬文化について勉強しに行ったんじゃないのと。
それでも納得できないなら帰ってきなさいと言われたんですよね。
その時に私はハッとしました。
私が泣きながら師匠に何か言葉を投げつけたかどうかはわからないですけど
覚えてないんですが
でもそういう態度は私の価値観でしかなかったなって
私の一方的な師匠の欠点についての意見だけ
それで全てを判断していたなと思ったんですよね。
今はその彼女の決断というのを私なりに理解をしています。
そもそも日本と欧米では
動物のペットの安楽死についての価値観というのは全く違います。
それは歴史的文化的宗教的
そして動物を管理する責任というものの所在のあり方
そこにまつわる意識の違いが生む違いだと思うんですけれども
私は欧米の態度というのも知っているし
理解もしているし
共感をできなくても物事というのは理解をしようとする努力はできますよね。
どちらが良いどちらが悪いというのではなくて
時に違う価値観というのは同じ空間に存在します。
どっちが良いとかどっちが悪いとか
それは一概には言えないんですよね。
でもその時の私は自分の感情のまま
師匠の下した決断は
悪だ、ひどい、残酷だと決めつけたんですよね。
そこで冷静に振り返った私
これがカルチャーショック
一番のカルチャーショックでしたね。
その後話を聞かせてほしい
どうしてあなたは長年大切に育ててきた
愛犬の安楽死を決めたのか
それについて私に分かるように教えてほしい
というふうに伝えました。
その結果私に師匠が話をしてくれたんですね。
それでやっと私は納得することができました。
共感はできませんでした正直ね。
21:02
だけど納得はしたんですね。
そして彼女自身の愛犬に対する愛情と責任
飼い主としての責任の所在は
最終的に命の判断に及んだ時にどうあるのか
というのを日本の文化と欧米の文化での
大きな違いというのを私はそこで感じました。
この点について論じるとですね
収録がおそらく倍の時間になってしまうので
今日はこの辺でやめようと思うんですけれども
とにかくここで私はいろいろなカルチャーショックを受けながら
その中でここで私が得たいことは何だろう
何のためにここに来たんだろう
そして何を持って帰りたいんだろう
とにかく自分ができる経験
全てを財産として吸収して帰ろう
良いとか悪いとか自分の色眼鏡で見ないで
全ての価値観をできるだけストックして
日本に帰ろうって思ったんです
そして異世界のようなイギリスの田舎で
そんな中でも自分の心のありを一つで
世界はどんどん素晴らしいものになっていく
その実感というのが今でも感じています
人生の時間の中で言ったら
ほんの2年にも満たない時間でしたけれども
あそこで体験した全てというのは
今の私のいろいろな価値観を作り上げているもののベースの一つ
とても大切なベースになっているなって感じますね
犬のことを学ぶ
それだけではなくて
異文化の中で暮らすということだったり
価値観の違いをどう捉えるのか
そしてそこで自分が心地よく暮らしていくためには
どういう受け取り方をしていくのか
自分が何を選択して何は選択しないのか
それについて非常に考えさせられたイギリス生活でした
さて今回は動物好き少女がドックトレーナーになるまで
1年ぶりの配信となって第7回になりました
そして私は少しずつ少しずつ日本に帰る日が近づいてきたわけです
24:03
イギリスに残るという選択肢もありました
ここに残って私の弟子として暮らしていくという手もあるよと
師匠は言ってくれました
他のドックトレーナーさんも
私は何人かのところをね
一人の人に偏ってはいけないよと先生にも言われたので
師匠が紹介してくれた先生のところに行って
講義を聞いたり2週間の研修に参加したり
それが昨年採訪したバルシー独占キャッツホームでもあるんですけれども
そこのヘッドドックトレーナーのヘッドビヘビアリストのジョンのところで
2週間3週間の研修を受けさせてもらえたりね
それもご招待でね
それはまた別のお話なんですけれども
そういった感じで犬のこともそうですし
犬にまつわる人の暮らし
イギリスの暮らし
イギリスの文化
そういったものもね
おそらくこれは最後に私はですね
オクスポードの語学学校にしばらく語学留学することになったんですけれども
同年代の英語を第一言語としない若者たちと同じ語学校に通う
これはねものすごい楽しかったです
ものすごい楽しかったんだけれども
学びとしてはね
やはりそれ以外の方が大きかったですね
いろんな経験を経て
そして最後に日本に帰ることになります
だけれども日本では何のつても子でもない私
犬業界にね
さあこの経験をもってどう日本で生かしていけばいいのか
単位をもらったわけでもない
資格を取ったわけでもない
ただただドクトレーナーの先生のもとに住み込んで
そこで見聞きしたことを
自分の経験にしていっただけ
その私が日本に帰って
どうやっていったらこの体験経験を生かすことができるんだろう
何も考えていなかったんです
帰った後のことをね
だから一瞬イギリスに残ることも考えました
先生の弟子となって
こちらで永住する
ビザを取ってね
27:02
そんなことも考えました
けれど私はこのイギリスで
見聞きし得た犬と人の暮らし
犬を犬として犬の可能性を引き出す
可能性を信じて
犬たちが犬らしく生き生きとできるような
そんな接し方をする
そのことを日本に持ち帰りたかったんですよね
だから日本に帰ることにしました
また何一つ見通しは立たないまま
帰れば何とかなるだろう
そう思っていた私に
一つの素晴らしい道が開けたんですね
今回はここまで
次回動物好き少女がドッグトレーナーになるまで
第8回また週末にお伝えしたいと思います
今回はすごく長くなってしまったんですけれども
次回はもう少し短めにしたいと思います
それでは最後まで聞いていただいた方いるかな
もしよかったら過去配信も聞いてね
最後まで聞いていただきありがとうございました