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こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園N1クラブを運営している、なおちゃん先生と申します。
今回は、壮大なる私の自己愛想記録、動物好き少女がドッグトレーナーになるまで🐶秘密基地誕生秘話、第12回目をお届けいたします。
こちらは私がドッグトレーナーになるまで、そして自分のN1クラブ、ワンコの秘密基地というね、ワンちゃんの保育園を誕生させるまで、そしてこのワンコの秘密基地を運営して、今までというね、三部作に分けて、壮大な自己紹介をしていく企画となっています。
今回は、ドッグトレーナーとなった私がN1クラブを運営させるまでの第2章、ここの第2章の3回目、12回目のシリーズとなります。
前回は、私がイギリスで出会った憧れの日本人女性ドッグトレーナーさん、シーさんをね、追いかけて、その会社に入社をさせていただくというコネクションをいただき、入社をしたと思ったところですね、いろいろあって退社することになった。そこまでお話をさせていただきました。
君の代わりはいくらでもいるから、というふうに言われて、契約更新をしてもらえなかったんですが、その契約更新に至らなかった悔しさも去ることながら、私はどこかね、ほっとしていたんですよね。
そして、私の家族、当時ね、まだ実家に暮らしていましたので、私の家族の反応は、というと、明日からもう会社に行かなくていいことになった、ということでね、伝えたところ、家族はほっとした顔をしていました。
あなたがやりたくてやっていることだったから、何も言わなかったけれども、本当はいつ辞めるんだろう、いつまで続けるんだろう、というふうに思っていたのよ、ということをね、母親に、そして父も同じ気持ちであったということを告げられて、
そして、私はね、これは今もそうなんですけど、大きな大きな渦の真ん中に巻き込まれている人というのは、自分のいるその渦の大きさが、時としてどのくらい大きいものなのか、本人は台風の目にいるから止まっているように見える、というようなことがあるんじゃないかなって思っています。
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そして、自分はこの渦の中に巻き込まれてそこにいるのか、逆に渦を起こすために中心にいるのか、それをはっきりと、ある程度ね、自覚した状態でないと、大きな渦に巻き込まれているときには、その渦の大きさ、どれだけ振り回されているのか、
というのが、わからなかったりして、結局心も体も疲弊して、気がついたら、渦の外に弾き飛ばされている。そんな状況ってね、実は結構あるんじゃないかなって思っています。
さて、お話が横にされましたが、私はこの会社を辞めた後、さあ、じゃあどうしようかな、というふうに思っていました。
当然またイギリスに行くことにして、イギリスに行って、師匠や懐かしい人々に出会ったり、私で研修を受けたりして、また日本に帰ってきて。
もうそこからはね、本当に振り下というか、さあ、明日から何しよう、という感じでした。
その時に、私がどういう経緯だったか忘れてしまったんですけれども、とある方から声をかけられたんですよね。
それは、めぐりめぐって、介助犬の育成団体につながるんですが、この介助犬の育成をしているという方と知り合うことになったんです。
幸い、私には特にやることもなかったですし、もちろん犬にどんな形であれ携われたらいいなというふうに思っていたので、
その介助犬の育成をされている方のお話を聞きに、団体さんのトレーニング場まで足を運んだところ、
自分はこういう感じでやっていますと。
そして手が足りないので、私がドクトレーナーとしてこういう経歴を持っていますという話をしたら、ぜひ手伝ってほしいというふうに言われました。
そしてプロではあるので、少しだけだけれどもお給料も出しますというふうに言っていただいたんですよね。
ただ完全にNPO団体だったので、私はそこに、その方にたくさんお金をいただくというのがとても心苦しいかったので、
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私はそこの場所、トレーニング場でお預かりをして、介助犬と聴導犬ですね、耳の不自由な方へのヘルプをする聴導犬の育成ボランティアをさせていただきながら、
そこのトレーニング場を借りて一般家庭犬のしつけ相談やプライベートレッスン、そしてしつけ教室なんかをやらせていただいてもいいですかということをお伝えして、ここで交渉が成立しました。
なので本当にお小遣い程度のお金というのをボランティアさんから、交通費と食事代と、あと本当に時給いくらとも言えないぐらいのお金ですよね。
それはその団体さんから出してもらって、私はそこの場所を借りて、そしてそこでお声掛けをしてね、そしてそこに来ていただいた方にしつけのご相談やトレーニングクラスなんかをやらせていただきました。
これも今考えるとすごくね、なんの、なんていうんですかね、それこそ集客の方法とか、どういうアプローチを、マーケティング、市場調査をして、価格設定はこれで、どんなふうにやっていたらいいのかとかね、戦略なんてほとんどないまま、ただただこう手作りのチラシを作って、
そして、この海上圏のボランティアさんのイベントだったりとか、街頭募金だったりとかね、あとはそのユーザーさんですよね、海上圏のユーザーさん、町道圏のユーザーさんが集まるイベントだったり交流会とかに行ったときに、私は個人でこういう活動もしているので、よかったらこういう方が周りにいらっしゃったら、
トレーニングやしつけ教室やっているので来てくださいというような感じでね、ビラを配らせていただいたりとか、まだそのときにはメシも作ってなかったんじゃないかなというふうに思います。
本当にね、全部手当たり次第、行き当たりばったりでしたね。
それでも本当に数名の方ですけれども、しつけ教室に来てくださったり、プライベートでレッスンさせていただいたり、
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あとはね、やはりこの海上圏や町道圏のトレーニング、そしてそのユーザーさんとの触れ合いっていうのが、私にとっては非常に今までとはまた違う犬世界、犬業界の在り方ということを見せていただいて、とても学びになりました。
特に私自身はこのユーザーさんですね、特に海上圏の方は車いすの方が多かったんですけれども、この車いすの方々のワンちゃんを時々ね、預かるということもしていました。
え、海上圏ってずっとユーザーさんと一緒にいるんじゃないの?というふうにね、思われたと思うんですよ、皆さんね、これ聞いて。
私も最初びっくりしました。なぜかというと、こういういわゆる私益圏、作業圏って言われる子たちの代表格は盲導圏ですよね。だから盲導圏ってどこに行くにもユーザーさんと一緒っていうイメージがあるじゃないですか。
だけど、実際的には海上圏の子たちっていうのは必ずしも24時間365日一緒にいなくてもいいわけなんですよね。
何かしらの時に私はこの、なぜかですね、ユーザーさんたちと非常に仲良くなりまして、皆さん本当に良い方々ばっかりだったんですよね。
その育成団体の所長さんというかね、団長さんというか、この方はすでにトレーニング場でたくさんのトレーニング権たちをお預かりをしているので、
普段はそこでお預かりをしていたようなんですけれども、よかったらなおちゃんに連れて帰ってもらえないかということを言われてですね、何度も当時の実家にラブラドール2頭とか3頭とか連れて帰りましたね。
なぜかというと、やっぱりトレーニング場のワンちゃんたちっていうのは、そんなに家庭圏とはまたちょっと違う生活をしていて、どちらかというと訓練所のような生活をしていたんですね。
つまりは行動や生活に制限がある程度あるという状態で生活をしていました。
だけれども、介助犬の子たちというのはユーザーさんたちと一緒に家庭で、もちろんお仕事の犬でもありますけれども、かわいい家族としても一緒に生活をしているわけです。
ですから、私と一緒にお家に帰るという時には、一般家庭の犬という形で預かってもらえるということで、ぜひなおちゃんがよければお金はお支払いするので連れて行ってもらえませんかということで、介助犬のワンちゃんたちを自宅でお預かりをしたことっていうのは何度もあります。
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その時に感じたのは大きさっていうのはあまり関係ないなと思って、小さくても手のかかるワンちゃんよりも大きくても本当にきちんとトレーニングされた子たちの方が全く手がかからないんですね。
これはイギリスにいた時も先生がラムラドールとかゴールデンとかをたくさん買っていたので、同じように思ったことでしたけれどもね。
この介助犬のユーザーさんたちというのは必ず補助や介助の人たちがセットで自由生活でもいらっしゃるんですよね。
だからワンちゃんがいない時にこの方々っていうのは一緒にいることが生活の解除補助をすることが多いので、その方々ともそうですしユーザーさんともそうですし、
こういうふうに実際は私たちのイメージじゃなくて、こういうふうに実際は介助犬たちっていうのはユーザーさんたちと一緒に暮らしているんだということを私は非常に近くで学ばせていただきましたね。
そしてこの団体主催のいろんなイベントごとですよね。それこそクリスマス会だったりピナ祭りだったりとか、季節ごとのイベントをトレーニング場でやるんですけれども、そういう時には私も呼んでいただいて、皆さんと一緒にパーティーをしたりね。
非常に私の知らない世界をその時に見せていただく、かつ私にできることをやることで、少しばかりですけどもお金をいただくことができるということで、これはこれでお金はね、本当に東京のトレーニング施設で働いていた時よりもさらに少なくはなりましたけれども、
でも私自身は特に贅沢をするわけでもないですし、彼氏がいたわけでもないですし、実家に暮らしていたわけなので、本当に好きなことをやらせていただいていて、さらに自分でプラスアルファどうやったら自分の好きなことを生かして、
人に喜んでいただく、そしてワンちゃんに喜んでもらう、そしてそれがお金に結びつくんだろうということを、この辺りから本当に真剣に考え始めたんじゃないかなと思います。
これが多分、いくつぐらいでしょうね、ちょっと忘れちゃったんですけど、4歳ぐらいかなというふうに思います。
ただですね、ここで聖典の霹靂がまたやってくるわけなんですね。この聖典の霹靂がやってきたことで、私はこのNPO団体を後にして、また違う新たな方向性に向かっていくわけなんですけれども、これはまた次回のお話にしようと思います。
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このボランティア団体っていうのは、今は他の大きなところに吸収されてしまったので、この当時の代表の方にも連絡がつかない形になってしまっているんですけれども、
私がこの自分のN1コラボをオープンさせた時には、この車椅子に乗られていた会場券ユーザーのユーザーさん、そしてワンちゃんもオープンおめでとうということで、オープニング記念パーティーに来てくださったことを今でも覚えています。
と同時に、個人で小さなNPOの事業を生業にしていくことの厳しさや難しさ、そういったこともしっかりと裏側を見せていただいた貴重な時間でした。
会場券、聴導券、そして盲導券の子たちとも出会うことができて、そしてそのユーザーさんの生の声を間近で聞くことができた貴重な時期でしたね。
ということで今回はここまで。次回は、ではこの私をですね、次なる聖典の霹靂が襲ってくるわけなんですけど、これは何だったのか。
そしてその団体を辞めて、そちらの方向に向かっていったのはなぜなのか。
もうここまでいたらクイズですね。皆さんはどうしてそうなったのか。
勘の良い方だったらね、もしかしたら気づくかもしれない。いやー気づかないかな。
ということで、謎のクイズ形式にしてね、今回はおしまいにしていきたいと思います。
それでは、動物好き少女がドックトレーナーになるまで第12回、こちらで終了とさせていただきます。
次回13回目は、また次の週末に配信させていただきます。最後まで聞いていただきありがとうございました。