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こんにちは、犬の保育園の先生、なおちゃん先生です。
さて、今週の木曜日、明日ですね、10月14日の10時から
午前10時から、私のこのチャンネルで元獣医師、現アクセサリー作家のアトリエ太郎さんと
元獣医かけるトレーナーと、ちょっと雑談しませんか、ライブを行いたいと思います。
お手すくみの皆さん、どうぞお越しくださいね。
さて、今日はお待たせいたしました、待望の世界一周の船旅【上海・後編】をお届けいたします。
船内のオプショナルツアーで、餃子作りとマンガン解析に参加し、
そのお店でお友達と再会を約束したにもかかわらず、まさかの店舗違いで、
友達と合流できなかった私、焦る気持ちで友達が待っているであろう店舗にタクシーで向かいました。
というところまで前回お話しましたね。今回はその続きからになります。
ほどなくしてタクシーは繁華街で止まりました。
うんちゃんはここだって言うけれど、目星人たちも長安餃子楼の看板も見つからず、
え?嘘でしょ?と思ったけれども、お金を払ってタクシーを降りました。
ツアーで次の目的地に向かった皆さんに、「大丈夫です。」と笑顔で強がったけれど、
この時ほど不安に駆られた気候地はなかったんじゃないかと思うぐらいです。
仕方ない、ここだと言うならまずは探そうと辺りをぐるっと見回すと、
表通りの角から見慣れた友達の姿が。
みんなで気性を上げながら駆け寄って抱き合いました。
半泣き状態で事情を説明して謝ると、中国語の堪能なお友達が説明してくれました。
彼女はこのお店がチェーン店であることを知って、これは大変と思い、
ツアーの企画元に国際電話をかけ、私が参加している店舗を聞き出していました。
そして今まさにガイドブックに載っていた店舗に、
私宛ての置き手紙をして餃子ツアーをしていた店舗に向かうためにお店から出てきたところだったんです。
今になって思えば、なんで船に戻って合流にしなかったのかと思いますが、
船は市内より少し離れた港に泊まっていたため、
時間がもったいないと若者らしい考えだったのかもしれませんね。
いずれにせよ最初の寄港地でのこのインパクトある体験は、
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今でも上海イコールすれ違ったということしか覚えてないぐらいです。
この後、友達と一緒に市内観光をして、
お菓子を買ったり裏路地を散策したり足つぼマッサージをしてもらいました。
足つぼマッサージは当時1時間で68元、約1020円という記載が日記に残っていましたが、
きっと今はもっと物価が上がっているでしょう。
朝10時のツアーに参加し、船に戻ったのは夜10時と記載があったので、
まあとにかく遊んだ、歩いた、1日となりました。
翌朝は8時に船を出て、中国語のわかるお友達と5人で自由行動へ。
翌日もどんより曇って、風が強く、はざはざむかった様子です。
上海寄港の2日目は有名な観光地、夜苑からスタートしました。
そしてお昼はこれまた有名な小籠包、南小饅頭店という現地でも有名なお店で、
コロナ禍の今では考えられないほどすし詰めに詰め込まれた店内と当然ながらの合席。
たくさんの観光客とそれを裁く殺気だった店員さんたちが印象的でした。
街中の名前も知らない市場では、ダイナミックな肉のぶつ切りやら、巨大なカエルやら、
毛をむしられて半目のままぶら下がっているアヒルやら、
どう見ても観光客なのに何とか売りつけてこようとする上海商人たちのたくましさ。
大きなショッピングストアでは、現地人式トイレを初めて経験して衝撃的でした。
昔は中国のトイレにはドアがないと言われていたものでしたが、まさにその通り。
ただただ真ん中に洋水路のように川が流れていて、等間隔に壁にペーパーが。
ついた手は何箇所かあり、それがいわゆる個室の境目といったところでしょうか。
扉も天井もなく、ただただ前の人のしているところは見えないよというスタンスでした。
前の人との間に申し訳程度のついた手があるというような感じでしょうか。
各国でトイレには入りましたが、これは勇気がいりましたね。
お友達と変わる変わるトイレの入り口に立って、誰か入ってこないか見張ってもらって、一人ずつ用を足したことを覚えています。
このショッピングストアでは、日本で言うところのイオンとか洋華堂といったところで主に雑貨が売られていました。
面白いのは、日本ではありえないちょっと昔のオリンピックのTシャツとか、
絵描きとか、靴下の山、下着の山の中から無造作にそれらを引っ張り出し、
お眼鏡にかなわないものはそのまま床に投げ捨てるというスタイルにもびっくりでした。
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上海で一番お金を使ったのは中国茶を買ったときです。
出港時、私には野望?希望?がありました。
コーヒーや紅茶、そしてパンが大好きな私。
気候地ごとにコーヒーとパンを買うということを決めて乗船していました。
だけど中国だったらやっぱりコーヒーじゃなくてお茶でしょということで、
中国語のできる友達が現地の人に聞いて紹介してもらったちょっと高級そうな中国茶のお店に行きました。
深飲をすることを聞き茶といいます。
いろいろな種類を深飲させてもらい、入れ方の作法なども教わり、
お茶菓子までいただいて小さなバラの花がたくさん入っているローズティーと、
お湯を注ぐとジャスミンの葉の間から花が開くジャスミンティーを購入しました。
旅の醍醐味の一つはそこに生きる人々ですよね。
私がものすごく驚いたのは小さな男の子を見たときでした。
なんとその子のズボンにはお尻にぱっくり穴が開いていたんです。
それはなんて言うんですかね、お尻の割れ目に沿うようにぱっくり穴が開いているんですね。
え、どういうこと?と思っていると中国通の友達が、
あれは子供がすぐにしゃがんで湯を足せるようにだよ、と説明してくれたのですが、えー!でした。
もちろん20年も昔の下町での光景ですから、今は違うと思いますよ。
ですがこの旅の間も確かに私は小さな子供たちが道端で湯を足していたことを覚えています。
中には女の子もいましたね。きっと今では衛生状態は全く違うと思います。
最後に上海の街並みの印象を当時の日記から抜粋しようと思います。
上海の街並みはバリアタイと同じく裏道はゴミゴミしていて、お世辞にも清潔感にあふれているとは言えず古くて匂うところもある。
私はこういうアジア独特の混沌としてちょっと匂ってごちゃごちゃしている下町の雰囲気が大好きだ。
上海がバリアタイとは大きく違うのは洗濯物が家々の窓から突き出された物干し竿にたくさん干してある風景でものすごく中国っぽい。
でも本当はこれは行けなくなってきているらしい。
上海は大都会だけれど開けてきたのはアヘン戦争の後、開放港となりイギリス人居住区として栄え始めてかららしい。
だから上海には中国式の古いビルよりもヨーロッパ式の近代建築物もしくはごく最近の高層ビルが立ち並んでいる。
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そういった意味では我が町横浜ともちょっと似ている。
けれど夜景は格段に上海の方が美しい。
バンドの水面に映る建物の照明がより上海夜景の鮮やかさに花を添えていた。
さあ船は帝国通り夜8時上海を出航し次なる寄港地ベトナムダナンへ向かう。
さて今回はここまでとなります。
上海最初の寄港地の思い出いかがだったでしょうか。
船はこれからダナンベトナムへ向かいます。
実はベトナムダナンは2年前コロナが始まるちょうど直前に私は家族4人で訪れていた地でした。
その変わりようにびっくりしたものです。
それでは次回はベトナムダナンの港からお届けしたいと思います。
本日も最後まで聞いていただきありがとうございました。