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こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園N1クラブを行っている、なおちゃん先生と申します。
今回は、壮大なる私の自己回想記録。 動物好き少女がドッグトレーナーになるまで🐶秘密基地誕生日は、第16回目をお届けします。
こちらは、私がドッグトレーナーになるまでを第一部。 そして、N1クラブワンコの秘密基地の誕生までを第二部。
そして、ワンコの秘密基地N1クラブを運営してから今までを第三部、という三部作に分けて、壮大な自己紹介をしていく企画となっています。
今回ね、もう16回目になるんですね。 毎回ね、週末のこの自己回想記録を楽しみにしてくださっているというね、
あの、軽々な方もいらっしゃいますので、本当にどうもありがとうございます。 前回は、私がね、2足のマラジオを履いて
渋谷のね、オフィスに派遣社員として、週に2、3回勤務をするようになったよ。 そしてね、そこで
今ね、旦那様と出会ったよ、というお話をさせていただきました。 私にとってはね、この
渋谷の派遣社員としての業務、そしてその業務のある日以外には、ドクトレーナーとして
CさんやTさんと一緒に、ドクトレーナーの派遣業務、
ということで、お客様のお家にお伺いしたり、横浜のね、とある駅の近くの駅ビル、
駅ビルではないですね、駅か、駅のほんと、歩いてね、3分ぐらいのところにあるビルの1階をお借りして教室を行ったり、そういったことをしていました。
本当にね、この渋谷時代っていうのは、楽しくて気楽で、そんな私の人生の中で最も華やかな時代だったなぁと、今振り返っても思います。
今はね、もうこの渋谷のオフィスはないんですけれどもね、そして、このオフィスに勤めながら、空いてる日にドクトレーナーとしての活動を行っていくという、
その二足のわらじ生活が、私にとっては非常に心地が良いものでした。
おそらく2年ぐらいね、そういった業務をしていったんだと思います。
私自身はね、これといって、その時にはその状況に、現状に不満があるわけでもなかったし、
野望があったわけでもなかったしね、 とても強弱的な、
その当時は、 状態で
自分の若さをね、無駄遣いしていたと思います。 今考えるとね、
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今考えると、無駄遣いをしていたな、というふうに思います。 まあでも人生にはそういう時期も大切じゃないですか。
もう何もあたたかい考えずね、ただただ遊ぶ時期っていうのもあってもいいじゃないですか。
でもね、それを良しとしなかった人がいるんです、一人。
さあ、それは誰でしょう。
デレデレデレデレデレデレデレデレデン。
はい、ここに来てね、数回前のコメントを残してくださった方がいらっしゃったんですけど、
ここまでね、登場してないぞと。 あの人がね、あのゴッドファーザーがね、出てきてないじゃないかと、
野望ちゃん先生。 安心してください、ここから出てきますよ。
はい、そうなんです。そんなね、二足の同じ生活、あっちも楽しい、こっちもちょっとだけある、みたいな、
そんなね、あの切な的なね、生活をしている私をですね、
あの事業者で経営者である父はですね、モヤモヤとしながら見ていたようです。
あいつはね、あんなどっちつかずな人生をこれからも送るつもりなのかと、
ね、母にね、 聞いてきたそうですね。
母はね、そういうことは自分が聞きなさいよと。
それはそうですよね。 彼女はね、徹底的に間には入らないというスタンスを取っているので、
あのね、それが彼女を守ってきたわけなんですけどね。 まあ、母の話はいいでしょう。
なので、あの、モヤモヤしていたわけなんです。
まあ、女の子だからっていうのもね、まあ昭和の人間なんで、そういう、こう、ジェンダー的なね、
うーん、 区別というか差別というかね、は家庭内でも私は
昔から感じてはいました。ただ、うんと、それを不快に感じることでもなく、他、なんていうんですかね、
押し付けられているわけでもなかったんですけれども、逆に言うと私は、このジェンダーさ、ジェンダーさっていうの、弟が2人いますのでね、
ジェンダーさっていうのをうまく、うまく使ってきたなっていう感覚もあります。
ですが、ここにきてね、やはり結婚もしない。
ね、事業を起こすわけでもない。 なんだか趣味程度に犬の仕事をしていながら、
派遣の仕事をしている娘を見て、
なんてどっちつかずなね、 ことをしてるんだ、こいつはと。
こうなったらもうね、 事業をやらせてしまおうと。
まあ、かなり余計なお世話ですよね。 はい、余計なお世話なんですよ。余計なお世話なんですけれども、
まあこれが親心でもありですね。
うんと、 まあ彼はね、
経営者の長男ということで、 親から事業を引き継いで
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いましたし、その事業は自分のね、 やりたいことではなく、親の事業を引き継いだ、
ということだったので、自分自身がこっちをやってみたいという事業を別に持っているわけですね。
なので、事業をね、いくつか掛け持ちをしている人間なので、 こういうね、私みたいなあのどっちつかずの生き方をしているのが非常にね、
まあよく言ってしまえば心配だったんでしょうね。 でですね、
これが私、ただ私の性格というのもよく知っているわけですよ。 それまでね、20何年育ててきてますから。
私の性格上ですね、これをやれとかね、 これをするなとかいう、この二択みたいな感じの
問い方をすると、絶対に反発をするとわかっているわけですね。 絶対に素直にうんとは言わないと。
ねえ、本当に、 まあこの父にしてこの娘ありっていう感じなんですけども。
なのでね、じゃあ違う方向から攻めようと思ったのかどうかわからないですけれども、
はい、聖典の霹靂がある時、舞い降りたわけです。 それは何かというと、
ある時ね、私は父に呼び出されまして。 父と父の親友の一人、
おじさんがね、まあ家によく来たりしていたので顔は知っているんですけど、 そのおじさんが
ご飯を食べているところに何か呼び出されたわけですね。 なんだろうと思っていたらですね、
そのおじさんが、この方は不動産、 事業不動産に関わる方なんですけれども、
ね、とあるね、図面を見せられまして、
なおちゃん、ここで犬の仕事をやってみないかい、というわけです。
でね、 私はもう聖典の霹靂ですよ。
いやいやいやいやいや。 ねえ、
別に私、自分の店を持ちたいとか、一言も言ったことないし。
なんならめんどくさそうだし。 東京のね、
ワンちゃんのトレーニング施設で働いていた時には、 店舗ごとのノルマっていうのがあって、月運100万みたいな、売り上げ目標達成みたいなのがあったんで、
その店舗を維持、経営していく大変さっていうのは、 私は経営人に全く勘でませんでしたけれども、大変だなっていうのは、
そばで見ていてわかるわけですよ。 そんなね、苦重いことをやりたくないと進んで、私は今のこの状況が気に入ってるんだと、
思ったわけですよね。 なんですけど、その場所っていうのが、
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その事主さんというかね、その権利を持っている方が、 ぜひね、犬に関わる仕事、
ペットに関わる事業のやる方に、この場所を貸し出したいということだったんですよね。
それでそのおじさんが、 あの、
ペットのことで誰か何かやってる人はそういえば、 うちのね、父親の娘さんがなんかペットのことやってたなぁということで、
父の方にその話が来たみたいなんですね。 ただですね、実際、父もそのおじさんもですね、私がどんなことを具体的にやってるか、
一切知らないわけですよ。知らない。 だけどなんか犬のことやってるらしいということで話が回ってきたんですね。
だから父が私に次に告げた言葉っていうのが、 お前だったらこの場所で何ができるか、計画書、事業計画書を書いてこい。
お前だったらこの場所でどんなことができるのか、どんなことをやってみたいのか、予算とか、
そういったことは抜きにして、お前なら何ができるのか、何をしたいのか、 どんな提案があるのか、
それをね、書いて、出してこいって言われたんですね。
で、もしね、ここでお前なんかやれって言われたら、私は、
いや、私はそういうことをやりたいと思っているわけじゃないのでって断ったかもしれないです。
ただですね、この場所を使って自分だったらどんなことができそうかなって考えてみてっていう、
このやり方はね、非常に上手だなと思うんですけど、 そこでね、やっぱり私の想像力がかきたてられたわけなんですね。
なので、私だったらこの場所を使ってこういうことをやりたいなと思いますっていうことを書いてね、提出しました。
その結果ですね、結局このおじさんが紹介してくれたこの場所っていうのは、
ちょっとね、建物内の中だったので、 私が思い描いている使い方ができるような場所ではなかったので、
結局その計画、その土地、その場所を使って店舗を運営するっていうことは、別の方にお話が行ったみたいなんですけれども、
私がね、裏紙に、私だったらこういう場所でこういうふうなことをやってみたいと、
まあね、何の事業計画的なことも、経費とか予算配分とか長期展望とか、
そういったことを考えずに、ただただ私の夢だけを詰め込んで書いたその案がですね、
父はこれは面白そうと思ったらしく、 あの場所はダメだったけれども、
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面白いと思ったのか、これをチャンスと思ったのか、これをね、実現化に向けなければ、
うちの娘はね、こんなふらふらと時間をね、過ごしているだけだと思ったのかわからないですけれども、
じゃあこれをできる場所を探そうということになったわけです。
いやーこれねー、本当に、
ね、そうなんですよ、それでうっかりですね、
えっ、これ実現しちゃうの?みたいな、はい、
っていう形になりまして、で、その場所を探すことになりました。
私が裏紙にね、自分だったらこの場所でどんなことができる、そうなのか、
どんなことをやってみたいと思うのか、それをうっかり書いたことから、
最初の土地がダメになったけれども、じゃあこれができるところを探してみよう、ということで、
探すことになったわけです。 ところがところがですね、
なかなか見つからないんですね。 当初ね、私が計画していたのは、
ファンちゃんのトレーニング施設。
犬の、今の私はやっている犬の保育園がありますね。
これの前身となる犬の幼稚園ですね。
この犬の幼稚園授業、かつペットホテル授業ですね。
それからお教室だったり、あとは本当はね、ドッグカフェもやりたかったんですよね。
ドッグカフェ、ホテル、それからトレーニング、それからお教室、
それからドックランとして貸し出す、人をただただ遊びに来てもらうっていう日もあるっていう感じで、
曜日ごとに、今日は保育園の日とか、今日はペットホテルだけの日とか、
今日はお教室とかセミナーをやる日とかね、そういう感じで場所を使っていきたいっていうね、そういう計画を立てていました。
それをできる場所を探そうということになったわけなんですね。
理想はですね、人がわりと横浜の中でも集まりやすい場所がいいんじゃないかなと思ってたんですけど、
とにかくね、高いんですよね。はい、そりゃそうだろうっていう話なんですけど、高いし、あとは、
犬のことをやる、動物のことをやると言うと、もうね、資金、礼金が倍だったりとかね、
あとは昼間はいいんだけど、夜間はやめてほしいとかね、
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入口のところが閉まってしまうとかね、商業ビルの中、1階とかね、あとやっぱり路面店だと非常に高いんですよね。
でも2階だと、共有部分、階段とかね、エレベーターとか、そういう共有部分は犬を歩かせない、
歩かせてはいけないとかね、今でもそういうペット関連のお店っていっぱいあって、この辺にも。
はい、そうなると、大型犬は負荷だったりするわけですよね。抱っこできるサイズじゃないから。
でも私は大型犬も小型犬も、一緒に受け入れたいなって思っていたのもあって、
そうなるとね、予算的にすごく厳しくなってしまう。
月ね、当時17年、18年、17年前ぐらいか、の価格で、私が探していたところでですね、月の家賃がやっぱり
4,50万、今だったらもっと上がってるんじゃないかなと思いますけどね。家賃だけで4,50万、それに高値通貸だったり、
そういった運営資金だったりというのが上乗せされてくるので、そうなるとね、やっぱり一人の力だとすごく難しいなというふうに思ったんですよね。
だけど人間って単純というかね、人間というか私ですね、私ってすごく単細胞だなって思うところがあって、
一回ね、計画を立ててみると、なんだかできそうな気がしてきちゃったんですよね。
それとともに、やるぞ、探すぞっていうふうにね、号令を取るね、音頭を取って先頭を歩く人がいたので、
これはね、もうなんか、あとは土地さえ見つかればできるんじゃねっていう感じになってきちゃったわけですよ。
これがまたお気楽なところですよね。
なのでなんか、ちょっと到底他の皆さんの思考回路にはないかもしれないんですけども、
半信半疑で紙に書いたものが、できない、これはできないな、難しそうだな、やめたほうがいいなっていうのじゃなくて、
じゃあどうやったらできるのか、どこだったらできるのか、どういう形だったらできるのかっていう思考にどんどん変わっていったっていうことなんですね。
これは私とですね、きちいに共通している考え方だと思います。
何かことが起きた時に、できない理由よりもできる方法を探す、とにかく。
本当にできないのかなっていうのを探す。
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だから諦めが悪い性格なんでしょうね、きっとね。
ということで、いろいろ探したんだけど、やっぱりちょっと立地と予算等がなかなか厳しい。
いやーこれは厳しいねーって言っていたらですね、なんとなんとここで母が渾身の一言を繰り出すわけです。
はい、なんて言ったのでしょうか。
これ来週の質問にしてみようかな、今週の質問にしてみようかな。
はい、じゃあこの母が言った一言が私の運命を大きくまた変えることになったんですけど、
母はなんと言ったでしょうか。
もしね、これが知ってるよっていうね、稀な方がいらっしゃいましたら、
ぜひね、コメント欄に書いていただければと思います。
それでは今回はここまで。
また続きは来週、来週から第3部に入っていこうと思います。
最後まで聞いていただきありがとうございました。